どうしてこうなったと、俺は自問する。
「貴様だな!?ゆりっぺを侮辱した奴は!!」
影で覆われた校舎裏、俺は竹箒を片手に斧とも槍ともつかない武器を持った男と対峙していた。男の眼には明確な戦意と殺意が宿っている。
ゆりっぺ・・・ということは、仲村の仲間なのだろうが、いきなりこんな刺客を送りこんでくるとは想像以上に過激だな、死んでたまるか戦線。
「本当に、どうしてこうなった」
昨日の勧誘をけった後、俺はそこら辺に居るNPCに泊まれる場所はないかと聞き、学生寮へと向かった。その時NPCは凄まじく怪訝な表情を浮かべており、それと同時に納得したものだ。
『あぁ・・・確かに都合よく設定される』
そんな話は今は置いておこう。
翌日、生活に必要な奨学金の事を聞いた俺は、職員室に行って奨学金に関する連絡事項を聞いた。すると、1ヶ月に一度渡される金額とは別に、学校の清掃などといった雑用をこなせば、追加で奨学金を貰えるというではないか。
金はあるだけ損はないと、生前身をもって知った俺はその話を受けることにした。
そして言い渡されたのが校舎裏の清掃。木々が多く、それに比例して落ち葉の多いこの場所を綺麗にしてほしいとのことなので清掃に取り掛かろうとした矢先―――――
「おい!聞いているのか!?」
こいつが現れおった。
「あのな、俺は勧誘を断っただけだろ?大体、お前等がやってる事は傍から見ればイジメにしか見えないんだよ」
「貴様ぁ・・・!ゆりっぺのする事にケチをつける気か!?」
火に油を注ぐとはこの事か。男は獲物を構え、俺に突撃してくる。
「貴様は1000回死ねぇぇぇぇ!!!」
斧のような刃に槍のような矛先、どちらも当たれば致命傷は免れないだろう。この世界では死ぬことはないらしいが、それを知っていてもやはり見た事がないものだから下手な真似はできない。
「しぃっ!!」
「ごげっ!?」
故に俺は打撃に頼ることにした。
突き出された長大な獲物を半身になって避わし、そのまま勢いをつけて男の後頭部に肘打ちを食らわす。男は地面に膝をつき、そのままうつ伏せになって倒れた。
上気する背中だけが男が生きていることを証明している。この男も多少はできるようだが、いかんせん武器に頼りすぎている。昔読んだ漫画の受け売りだけど・・・。
「さて、掃除の前にこいつを片づけるか」
俺は放棄を壁に立てかけ、男と男が持っていた獲物を引きずって保健室へ向かった。
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「お疲れ様です」
保健室に男を放り込み、部屋を出るとそこには遊佐ちゃんが立っていた。
「どうした、遊佐ちゃん・・・・って、あぁ、そういや遊佐ちゃんはここで寝てる奴の」
「はい。同じ戦線メンバーです」
俺が男を引きずっているところを見かけたのか、はたまた喧嘩したところを見ていたのか、遊佐ちゃんが様子を見に来たのだろう。
「あぁ、悪いな。色々あって怪我させちまった」
「いいえ。もとはと言えば、野田さんが一方的に五十嵐さんに勝負を挑んだ結果ですから」
「そう言ってくれると助かる」
野田。それが男の名前なんだろう。
そして遊佐ちゃんの言を聞いて、何となく野田が仲村の刺客ではない事を感じた。
「それにしても、先程は見事な瞬殺劇でしたね」
「獲物の扱いには慣れてるみたいだったけど、俺は素手対武器でかなり経験があるからな」
「・・・それは生前からですか?」
「ん~、まぁな」
いくら給料の良いバイトをしても、子供3人を養うのには心許ない。だからといって、バイトばかりにかまけていても3人の世話ができない。
そこで俺がとった選択肢は、喧嘩賭博場と呼ばれる場所だった。
基本的にルール無用で、相手が戦闘不能になるか降参するまで続けられる戦いを勝ち抜き、それによって得た金で子供たちを養っていた。
中でも素手対武器は、賭け金の倍率が違うもんだから一回で多く稼げる。そんな生活を続けているうちに、刃物相手にもすっかり抵抗をなくした。
「今思ったんだけど、戦線の服とNPCの制服って違くないか?」
「戦線メンバーとNPCの見分けをつけるのが目的ですから」
「へぇ」
「そういう五十嵐さんは、制服どうしたんですか?」
「あぁ、学ランって動き難いから部屋に放置してる」
現在俺は学ランを脱いで、Tシャツにズボンと完全な私服だ。周りは制服なのに俺だけ私服、しかも顔の包帯も相まって目立つ目立つ。
「おっと、俺掃除の途中なんだったわ」
「掃除ですか?」
「ほら、あの奨学金アップの」
「あぁ、あれですか」
「それじゃ、またな」
俺は遊佐ちゃんに背を向け、校舎裏へと戻って行った。
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『野田君が負けた?それも瞬殺で?』
『はい』
『只者ではないと思ってたけど、思った以上の戦闘力ね』
『ですが、天使との戦いは銃撃戦が主です。椎名さんと同等の実力がなければ戦闘員として勧誘するほどではないかと』
『なら、その実力を確かめるだけだわ。椎名さん、お願いできるかしら?』
『・・・了解した』
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清掃を終え、少し遅い昼食を摂った俺は財布を持って購買へと向かった。辺りは静まり返っていて、廊下の向こうから僅かに教師の解説の声が、今が授業中であることを告げている。
「これと、これ。後これもくれ」
購買で購入したのはシャーペンと消しゴム、色鉛筆とスケッチブックだ。
キャラが合ってないと思われるかもしれないが、実は俺の趣味はスケッチだったりする。幼少の頃から周りにあるものを模写するのが好きで、今では結構な腕前になってると思う。死後の世界にきて、急にやることが無くなった俺には丁度良い暇潰しだ。
「そこで何をしているの?」
そんな時、後ろから声をかけられた。
振り返ってみると、そこには昨日映像で見た銀髪の少女がジッと俺を見つめていた。
「今は授業中よ。早く教室に戻って」
「・・・いや、俺は教室には戻らねぇ。授業受けても内容理解できないしな」
天使は淡々と俺に語りかける。俺はそれに本当の事を言って拒絶の意思を表す。
「・・・でも、」
「なぁ、それより聞きたい事があるんだけど」
俺は天使のセリフを遮り、質問する。会う事があれば、2つだけ聞きたい事があった。
「あのさ、他の奴とは違う制服着てる連中いるじゃん?」
「えぇ。居るわね」
「あいつらがお前の事を天使って呼んでたんだけど、本当に天使なのか?」
聞きたい事その一。『お前のは本当に天使なのか?』。
もしこいつが仲村たちの言うような奴なら、俺もそれなりに態度を考えなければならない。俺もまだ消えるには心の整理がつかないんだからな。
「私は天使じゃないわ」
「・・・そっか」
それだけ聞ければ十分だ。もちろんこいつが嘘を吐いている可能性もあるが、少なくともこいつの眼は嘘を吐いているようには見えなかった。
「じゃあ最後に」
「何?」
「俺は五十嵐竜司って名前なんだけど、お前の名前は?」
「立華。立華奏」
「そうか。じゃあ、またな」
俺は立華に背を向け、その場を後にした。
「そういえば、あなた制服は」
「さようなら!!」
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「ここなら邪魔されないだろ」
やって来たのは、俺がこの世界で目が覚めた校舎の屋上。俺はそこに座りこみ、スケッチブックを開く。最初に描く絵は決まっているのだ。
「ここでなら、あいつらの顔がよく浮かぶかな」
愛する家族の絵。会えないのなら、せめて絵を見てあいつらの事を思い出したい。女々しいかも知れないが、それくらい許されてもいいだろう。
俺はスケッチブックにペンを滑らせ、頭の中で描いた家族を描いていく。
俺を含め、男2人女2人の生活だった。
次男の啓太は運動が好きなやんちゃ坊主。
長女的なポジションの亮子はマセた明るいムードメーカー。
次女の美雪は引っ込み思案で大人しい。
そんな3人の性格が絵に表れるように色をつけていき、絵が完成する事には校舎に夕陽が差し始めていた。俺はスケッチブックをたたみ、立ち上がる。
「あいつら、どうしてるかな・・・?」
たとえ届かないと分かっていても、俺は空に手を伸ばす。もし俺があの空から落ちてきたなら、あの空の向こうにあいつらが居るのだろうか?
あぁ、クソ。風が冷たくなってきやがったな・・・・。
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