まぁ、隠し事ってのはいつかバレるもので、それがバレる時は大抵慌てるものだ。それが関係者ともなれば尚更である。それなら隠し事なんかしなければいいじゃないかと言われれば弱いのだが、そうもいえない状況というものがある。
つまり何が言いたいかというと―――
「五十嵐さん、華田さん―――いいえ、天使が変装までして戦線に潜入してきた理由について、納得のいく説明を要求します」
こうやって仁王立ちする遊佐ちゃんの前で正座させられるくらいなら、初めっから話しておけばと後悔しているって事だ。
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結局、音無や立華には悪いと思いながらも、俺は知っていることを全部話した。立華が天使などではないという事、そもそも悪い奴ではないという事、俺達と同じ魂を持った人間であること、敵対の理由は仲村との初対面時に起こった勘違いであること、その勘違いの理由が―――
「・・・漫画にハマって、その台詞を真似していたから・・・・と。正気ですか?」
「普通、そこは本当かと聞くところだよな?」
その言い方だと、まるで俺が正気じゃないみたいじゃないか。
「ですが、そう聞くと不思議と納得できることが幾つか。普段の言動と戦闘時の言動のギャップもありましたし」
「例えば?」
「『古の記憶が・・・!』、とかよく言って胸を押さえてましたよ。普段は物静かな印象ですけど」
真顔で声真似をする遊佐ちゃん。立華、そんな事言ってたのか・・・そりゃ勘違いされてもおかしくは無いかもしれん。
「ていうか、誰も変に思わなかったのか?普通に考えればただのちょっと痛い人だぞ?」
「まぁ、アホの集まりですし。私も天使・・・立華さんとちゃんと話した事はありませんから」
さり気なく自分はアホじゃないとアピールする遊佐ちゃん。ていうか、元の人格をどうこうするのに何度か話したはずなんだけど・・・・まぁこれを言うのは野暮だろう。
「それはそれとして、今の問題はゆりっぺさんですね」
「あぁー・・・・あっちも何とかしないとな・・・・どうこうなる気がしないけど」
あれ以降、仲村の様子がおかしい。立華が敵じゃないと思い始め、これまで自分を支え続けてきたものが崩れたんだろう。なんか色んな意味で真っ白になってた。何を聞いても上の空、手の打ちようがないらしい。
「まったく・・・眠いな・・・」
雪解けの水は流れ、この学園に桜が舞い踊る。この世界に来てから、初めての春が訪れていた。
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多くの人間が厚着を脱ぎ、陽気は燦々と地表に降り注ぐ。そんな中、俺は一日中影に覆われた校舎裏に居た。そこは俺と鍋島が最後に過ごした場所だ。手に持った缶ジュース2つのプルタブを開け、一つは自分の口に、もう一つは備え付けのベンチに。ちょっとした墓参りの様なものだ。
「・・・今にしてみれば、お前の墓参りは2度目か」
1度は生前、そして2度目は今。千葉は何も為せぬまま、この世界から消滅した。この世界には束の間の安定を続けていた。あの冬の一件から、1度も墓参りは出来ていなかったから今日はその為に来た。
「なぁ・・・俺が遊佐ちゃんを許したって言ったら、お前は俺を笑うかな・・・・」
俺の人生の末路を知ったとして、今の俺を鍋島はどう思うのだろうか?死人どころか、この世界からすら居なくなってしまった奴に聞くのは不毛だとは思うが、この墓参りを期にもう一度整理を付けておきたい。
きっと鍋島は笑うだろうな。ちょっとくらい我が儘になって見ろって。まぁ、そう思うくらいには色々我慢してる自覚はある。思うように過ごせればどんなにいいのか。
でも、これでも俺はこの世界で少し我が儘になった。お前以外の初めての友達が出来て、なにより好いた女が出来た。それが俺を殺した一因となった女だと知ったら、お前は一層笑うんだろうな。
「我ながら安直だよなぁ」
苦笑し、もう一つの缶ジュースを飲み干しながら立ち上がる。
さぁ、行こう。今日も戦線に呼ばれている。鍋島が居なくなった空虚も、いつかあの場所が埋めてくれるだろう。
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まぁ、今の状況で立華=良い奴と戦線メンバーに説くのは逆効果だろう。皆が皆遊佐ちゃんみたいに理解が良いわけでもないし、何より立華と戦線は長く戦い過ぎた。
とにかく戦線のリーダーである仲村から動かなきゃならないんだが―――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・(ぶつぶつぶつぶつぶつ)」
ここ数日、ボソボソと何かを呟きながら真っ白になっているから始末が悪い。まぁ、立華が良い奴だと思い始めて、今までの前提が覆りつ
つあるのだから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが。
そんな仲村を正気に戻すべき、戦線メンバー達と共に色々とやっているのだが―――
「ゆりっぺ・・・見て・・・楽しいよ、ねぇ。ほら、僕こんなになってるよ・・・?こんなに弾んで・・・凄いよ!ねぇ、ゆりっぺ・・・
どうかな?・・・僕どうかな!?」
「もうそのノリは止めろぉぉぉぉぉぉ!!!」
バランスボールらしきものに首から下全てを減り込ませ、ボヨンボヨンと跳ね回る大山を、日向が見かねて止めに入る。本当に、何をしているのか?さり気なく松下も猫の着ぐるみを着てるし。しかも似合わない。
「で?何でこんな事になってんだ?」
「ツッコミの申し子であるゆりっぺさんなら、皆さんのアホな行動に条件反射で鋭いツッコミを入れると思ったのですが・・・どうやら想像以上の重傷の様です」
「言わんとすることは理解できるけども・・・・」
この見るからにツッコむ気力もない奴相手に、一体どれほどのボケをかませば食いつくのというのか。
「仕方ねぇ・・・ここはちょっちショック療法を試すとするか・・・」
指を伸ばし、仲村の頭に手刀を叩きこむ。
「うわっ!?」
ゴスッと、良い手応えが伝わる。完全に決まったが――――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「駄目だこいつ・・・早く何とかしないと」
まるで応えちゃいねぇ。ショック療法が駄目になると、他に何があるだろう?
「後は何したらいいのかなぁ・・・?」
「納豆食わせてみるか?」
何故納豆?俺が怪訝な表情を浮かべていると、遊佐ちゃんが補足してくれた。
「ゆりっぺさんは納豆が大の苦手ですからね。何でも靴下の匂いがするとか」
「そ、そうか・・・?俺は結構美味いと思うけどな」
好き嫌いは人それぞれだし、どうこういう気は余りないけども、靴下の匂いってどういう事?
「せめて話ができればいいのに」
「話と言ってもこの様子では・・・」
「まったく・・・こういう時一番無い知恵絞りそうな奴も居ないしよ」
ドカッと乱暴にソファーに座りながら愚痴る日向。そう言われて俺も気付く。この校長室には俺を含め、遊佐ちゃん、日向、大山、松下、高松、藤巻だけだ。椎名は仕事、ガルデモは練習、TKはダンス、音無は用事という事でこの場にはいないが、あの暇そうで一番仲村の事を想っている男が居ないのは一体―――
「待たせたな!!」
その瞬間、バーーンと、大きな音を立てて校長室に入ってきた奴が居た。
長いウェーブの掛かった黒髪と、フリルが大量に使われている洋服。唇を染める紅と眼元のマスカラは汗で少し滲んでいた。髪留めのリボンとハルバートがチャームポイント(?)の―――
「ゆりっぺ・・・もう、大丈夫だ」
そんな野田の艶姿。
「不安しかねぇええええええ!!!」
日向の絶叫が校長室に響き渡る。一体全体、何がどうしてこうなった?
「とりあえず・・・理由を聞こうか」
「うむ・・・俺は必至に考えたのだが・・・」
野田の話によると、たまたま廊下で話していた入江と関根の会話が原因らしい。何やら言い難そうにしている入江に対し、関根はこういったとか。
『男の子には言いづらい悩みでも、同性になら話せる時ってあるでしょ?』
「そして気づいた。・・・これだ!とな」
「お前の精一杯の結論が女装なのか・・・?」
ていうか遊佐ちゃんに任せればよかったのでは?・・・・いや、駄目だ。お世辞にも遊佐ちゃんは悩みを聞くのに向いてなさそうだし―――
「五十嵐さん、何か失礼な事を考えませんでしたか?」
「・・・・いや、別に」
どうも最近遊佐ちゃんの勘が良い様な気がしてならない。そんな事を考えていると、野田は女装姿のまま仲村に詰め寄った。
「ゆり!俺・・・いや、アタシよ!悩みがあるなら言って頂戴!」
何だろうか、ガタイの良い男があんなフリフリの服を着て女口調で話していると―――
「大丈夫かなぁ、野田君」
「あれじゃあただのオネェだぜ」
まさにそれだ。昔遠巻きにオカマを見た事があったが、実際に直面してみるとハッキリ言って気持ち悪い。そんな俺達の印象を、遊佐ちゃんは驚きの反論を示した。
「いえ、一理あるかもしれません」
「女装が!?」
「女性の心をもった男性の方が、相談相手には向いていると聞いたことがありますし」
「・・・要するに《コレ》なのか?」
「それです」
御馴染みの右手を顔の左側に持っていく日向。ていうか、言うに事欠いてそれかよ。ふと仲村と野田の様子を窺ってみると、状況は進行しようとしていた。
「なぁゆりっぺ、頼むよ・・・!お前が元に戻るなら、アタシなんでもするから・・・!」
「野田・・・!」
そんな野田の言葉に、なぜか心打たれたような表情を浮かべる男子たち。お前ら・・・・。
「僕感動したよ!!」
「なんでも・・・か」
「お前一人にいい恰好はさせないぜ!!」
「・・・お前ら」
なんたって自分で自分を無茶苦茶な状況に置こうとするのか。
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「藤巻なかなか似合ってるわね」
「ヤダそう~?」
「この衣装気に入りました」
「夜の柔道教えてあげるぅ♡」
こうして、藤巻は遊女、高松はバニーガール、松下はチャイナドレスを着るとゆう地獄絵図が校長室にて実現した。もう見るに値しないというか、心底気持ち悪いというか・・・。今戦線メンバーの馬鹿さ加減は最高値に達している事だろう。ていうかそれぞれの女性像が見え隠れして嫌過ぎる。
「あらぁ?日向君と五十嵐君は?」
「・・・俺は良い・・・」
「・・・勘弁してくれ」
俺までそっち側に連れて行こうとするな。
「・・・あれ?そう言えば大山は―――」
「ゴメーン、遅れちゃった~!」
この場に居ない大山を探してみると、別室から大山本人が入ってきた。
「お前・・・大山か?」
「そうだよ。ねぇ、僕可愛いかな?」
そこに居たのは戦線の女子の制服に身を包んだ大山。ショートヘアのカツラにリボンを付け、まるで本物の女子と見まごうばかりの大山が―――
「あんたはこん中にでも入ってればいいのよ!!」
「何よこんな!」
藤巻、野田、松下、高松の手によって再びバランスボールの中に納められてしまった。・・・何だろう、本日何度目かの不穏な空気を感じたぞ?
「何かしら・・・この気持ち」
「なによ・・・私が一番可愛いのよ・・・!」
俺の予感に応えるかのように、どんどん様子がおかしくなる男子共(日向除く)。これは・・まさか・・・。
「なりきろうとして、心までオカマになりつつあるようです」
「これが女の戦いなのか!?」
なんてものに芽生えようとしているのか、明日からのこいつらの尊厳を心配してしまいそうだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「あぁ!?仲村の全身から鳥肌がっ!?」
なんか禁断症状的な感じで、肌から細かいイボと見紛うばかりの鳥肌が生える仲村。この考えで行くと、ツッコミを促すのは案外効果的なのか?
「さぁゆりっぺ、女らしいアタシに相談して!」
「女らしいのはアタシだよ!」
女装男子5人に詰め寄られ、顔面蒼白どころから紫に変色しつつある仲村。あの気持ち悪さ、気絶していても伝わるらしい。
「一番女らしいのはアタシよね!日向、五十嵐!!」
「うえっ!?」
何故か矛先がこっちに向いた。本当に勘弁してほしい。
「そうよ、男の意見が聞きたいわ!!」
「意見って言ってもなぁ・・・何を基準にすりゃいいんだよ」
「誰に一番きゅんとしたかとかで」
「「きゅんとしねぇえええええええええええええ!!」」
思わず日向とも度絶叫してしまう。冗談は恰好だけにしてほしい。
「こうなったら色仕掛けよ!!」
「うげっ!?来やがった!!」
熱烈抱擁の構えで俺と日向に突進してくる女装男共。前に見たホラー映画が可愛く見えるおぞましさだ・・・!
「皆さん、それ以上は別料金です」
「遊佐ちゃん!?」
何処からともなく値段表を取り出す遊佐ちゃん。フォローになってない上、俺達を売らないでくれ。『お触り』とか『脱衣』とか洒落にならない。
「食らいなさい、アタシのハグをぉぉぉぉ!!」
「食らって堪るか!!」
「へぶぅっ!?」
俺に抱き付こうとした松下の顎を打ち抜く。こうなったら徹底抗戦しか手はない・・・!
「やったわね!?アタシは乙女なのに!!」
「酷いわ五十嵐!!女には手を上げないんじゃなかったの!?」
「どの口がほざく!?」
鏡と事実を確認してから言って欲しい。もう心から乙女と化した男子共には早々に気絶してもらうとしよう。
「行くわよ皆!!なんとしても五十嵐君のお尻を手に入れるのよ!!」
「その唇、頂くわ!!」
「本当に・・・性質の悪い・・・!来い、一人残さず叩きのめしてやる!!」
そして始まる俺VS戦線の変質者5人。既に餌食になった日向の為にも、今此処で奴らを倒す―――
「あんじゃお前らはあああああああああああああ!!!」
「うおっ!!?」
その時、校長室に絶叫が響き渡る。この声は、まさか―――
「ゆ、ゆりっぺ!!?」
「ったく、あんたら見てたら悩むなんてバカバカしくなってきちゃったわよ」
「アホすぎてか?」
「うん」
即答かよ。
「本当にアホばっかりだし・・・でも、ありがとう。あたしはリーダーとして間違いの無い様に進めばいいだけよね」
そう言って頼もしく笑う仲村。いや、これまで間違いだらけだったのだけれども。
そんな野暮な事を考えていると―――
「騒がしいわね・・・!」
「お、お前は赤目!?」
校長室の扉をトラップごと粉砕し、乗り込んでくる赤目。えぇい、騒ぎ過ぎたか!?
「来たわね赤目天使・・・!でも残念ね。今ならどんな障害を持跳ね除けれそうな気がするわ。この頼もしい仲間たちと一緒なら―――!!」
両手を広げて、誇るかのように胸を張る仲村。その背後には―――
「・・・・・えっ?」
着物姿の藤巻、バニーガールな高松、ゴスロリ野田、チャイナ松下、バランスボール大山。2度は見られない変態達の宴が行われていた。呆然とする赤目。必然、次にとる行動と言えば―――
「変なおじさん達――――――!!」
「え!?」
泣いて逃げた。気持ちはわかる。本当に勘弁してほしい。
「失礼な奴だな!!」
「これはアタシ達の絆の証なのに!!」
「・・・そうよねぇ」
「冷静に考えたら、それはねーわ」
「ゆりっぺええええええええええええええええ!!?」
心底絶望したというか、白けきった目で男子共を見る仲村。
「近寄らないで」
そして、俺たち全員は校長室から追い出されてしまった。
「まぁ、何となく結果は判ってましたけどね」
「言うな。止められなかった俺らも俺らだから」
そして仲村はまた数日間引き籠った。
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