もし、トラブルの神様が居るならぶん殴ってやりたい。俺はそんな事を思いながら、目の前の光景に呆然としていた。
「ふふ・・・おしおきね」
「現れたわね、天使!!」
「今日こそ決着付けようってのかよ!?」
今日は戦線メンバーと、変装した立華で楽しく釣りをしていた筈だった。それなのに何故か、遊佐ちゃんの釣竿に立華が掛かり辺りは一触即発。釣りモードから戦闘へと移行した。
「何でだよ!?『天使』が来るはずがない!!」
音無が叫ぶ。それはそうだろう、音無の隣に居るのも立華。今しがた釣り上げたのも立華。同じ人間は2人と居ない、だったら奴は一体何者なんだ?
「唯一つ・・・目の色は違うみたいだけどな・・・・」
「・・・本当だ」
俺達とずっと一緒に居た立華の目の色は金。対して向こうは赤だ。
「あれはあたしがハーモニクスで増やした『あたし』よ」
場が混乱を極める中、立華が小声で俺と音無に伝えてきた。
「どういう事だ!?」
「やっぱり・・・心当たりがあるみたいだな」
あの手のモノには大抵立華が付きまとう。どうやら今回もそうらしいが、また話がややこしくなりそうだぞ・・・?
「ハーモニクスって・・・一体何なんだ!?」
「分身のスキル」
「何でそんな事を――――」
「麻婆豆腐が沢山あったから、一緒に食べてもらったの」
「そうか・・・そんな理由が・・・・・・・・・・・・・え?麻婆豆腐?」
一瞬流されかかって、力ずくで思考が止められた。おかしい、此処はもっとこうちゃんとした理由が・・・・。
「一人の食事は・・・・寂しいから・・・・」
「・・・・・・なんか・・・・悪い」
俺は今、罪悪感で胸が一杯だ。何だっていいじゃないか、理由なんて。
「ここの河は立ち入り禁止よ。生徒会長として見過ごせない・・・!」
「こっちも戦線のリーダーとして見過ごせないわね。神の使いをブチのめすチャンスだもの!」
いかん。早く何とかしないと、本当に戦闘が始まってしまう。
だがあの立華・・・赤目とでも呼ぼうか。・・・赤目は立華の力で作り出した分身。立華なら赤目を消すことも容易い筈―――
「戻し方?・・・・・・・・・・・・・さぁ?」
駄目だ。まるで当てにならない・・・!
「ど、どうすんだよ!?せっかく和解しかけたのに、これじゃあ意味ないし!」
「しかも見ろ。あの赤目の表情を」
「・・・ふふふ」
臨戦態勢を取る戦線フルメンバーを前にして尚、好戦的で凶悪な笑みを浮かべる赤目。あれを友好的に捉えろというのには無理がある。
「さて・・・お仕置きの時間よ」
台詞からしてもう悪役だしな。
「あたし達をどうするつもり!?」
「そうね・・・廊下に立ちたい?校庭を十周?それとも反省文を書いて貰おうかしら?」
・・・・・・・うん?
「え?そんなもんで良いのか?この学校にゃ反省室ってもんがあるのに・・・・」
俺達くらいの年齢の奴に反省を促すには、どれも弱いと・・・・・・・・・・・あ。
「じゃあ反省室に十日くらい入ってもらいましょうか」
「・・・・・・五十嵐さん」
「・・・・・・正直、悪かったと思ってる」
失言と気付いた時は時すでに遅し、遊佐ちゃんの冷たい視線と共に捕まることが許されなくなってしまった。
「仕方ねぇ・・・・俺が追っ払ってみっかねぇ」
「ちょ・・・!?今が天使をブチのめすチャンス―――――」
「・・・あぁん?」
「~~~♪」
何かを言いかけた仲村に握り拳を持ち上げて一瞥をくれてやると、口笛を吹いて明後日の方向を向いてくれた。何度でも言うが、俺は女の肌に傷をつけるような真似は許さん。
「あら、最初は貴方?だったら甚振ってあげるわ」
「いーや、お前にはこのまま帰ってもらう」
とは言ったものの、どうしたものか。赤目が立華の分身なら、実力も同等と考えるべき。あの人間離れした力を持つ立華に、どれだけ対抗できるか。
「ガードスキル、ハーモニクス」
「くっ・・・!」
「ど、どんどん増えてくよー!?」
ハーモニクス。さっき立華本人から聞いた分身の力。喧嘩をするにして、これほど厄介な事は無い。数は力、人数は多ければ多いほど有利なのだ。それをたった1人で賄うなんて、生前じゃあり得ないな。
「っ!」
来る―――――!
数は総勢10人、戦闘をトテトテと走ってきた1人の額を伸ばした腕で押さえて進行を阻み、横からヘロヘロと振り下ろされた刃を体を逸らして避けて、途中で転んだ奴の手を引っ張って起こしてやって・・・・・・ん――――?
「な・・・何か弱くないか?」
「どういう事だ?」
「・・・・・そうか!分かったわ!!」
「ん?何か分かったか?」
どうせまたアホな事を思いついたんだろうが、一応聞いておく。
「増えれば増えるほどアホになるのよ!!」
「マジか!?」
そんなアホな・・・と、言いたいところだが。実際違うとも言い切れない。現状は言葉より雄弁に物語っていた。・・・・・なるほど、アホになったと・・・・。
「遊佐ちゃん、クーラーボックスから試作品ナンバー12番を取ってくれ」
「了解しました」
投げ渡された冷えた紙パックをキャッチする。それを赤目達に突き付けると、赤目達は揃ってその紙パックをを凝視して動きを止めた。
「激辛・・・・麻婆ミックスジュースですって!?」
「何だその不快なジュース!?」
「視聴者のニーズに応え、購買部が開発した試作品です。前作の麻婆ジュースは中々の反響でしたので」
正直あれが売れるなんて思いもしなかったが・・・・・今はどうでもいい。
「・・・・これが欲しいか?」
麻婆ジュースを掲げ、左右に動かすと、赤目達はそれを追うように顔を動かす。これは・・・・・いける。
「・・・ほれ」
俺は麻婆ジュースを河に向かって投げた。ポチャンと、音を立てて水底に沈む紙パック。それと同時に赤目達は河に向かって走り出した。
「わ――――――」
「わ――――――」
「わ――――――」
「わ――――――」
「わ――――――」
「わ――――――」
「わ――――――」
「わ――――――」
「わ――――――」
「わ――――――」
結果全滅。麻婆ジュースを追いかけ、赤目達は河へと身を投じるのであった。
「どうやら麻婆に異常な執着を示すようね」
「立華の好物だからなぁ・・・。アホになってなかったら引っかからなかったかもしれないけど―――――」
『わ――――――』
『お前は行くな』
前言撤回、アホにならなくても引っかかる。いや・・・元々アホだからか・・・?
「怖かったわよね。あいつは天使で、あたし達の敵なの」
仲村は立華を安心させるかのように優しい声を掛ける。だがそれは逆効果だ。なぜなら仲村が華田だと思っている奴こそ、立華本人だからだ。擦れ違いは何処までも続く。自覚がない分余計にややこしい。
「やめろよ!」
そんな時、遂に耐え切れなくなった音無が待ったをかけた。事情を知る俺達にとってこの状況は非常によろしくないが、一体どうやって言いくるめる気だ?
「天使は良い奴なんだ。さっきの赤目達は天使・・・・立華が創った別人格で・・・」
「は?」
音無は正直な事を告白するが、戦線メンバー達は当然『何言ってるんだこいつ?』みたいな目で音無を見る。
「何を馬鹿なことを・・・・」
「あの凶悪な刃で何度殺された事か」
「そうそう、ハンドソニックだっけ?」
「ハンドソニック(笑)」
「技名自分で考えてんだろーなぁ」
「自分の部屋で練習して・・・・」
「やめろってえええええ!!」
その極めて事実に近い当てずっぽうに言葉も出ない。お前らはエスパーかと言いたくなる直観力だ。だがどうする?これじゃあ余計に話が拗れるぞ・・・?
「天使が良い奴な訳ないでしょ・・・?どれだけの間あの子と戦ってきたか知ってるの!?」
そして仲村が何か言い始めた。えぇい、また話を混ぜ返すな。いい加減こっちの言い分も聞いて欲しいんだが・・・・。
「戦線メンバーの想いをかけて・・・・髪を引きずり出すことだけ考えて・・・・ずっと、ずっと・・・・!あたしが・・・どんな思いで・・・!!」
「ゆり・・・」
ん・・・まぁ・・・それも完全に勘違いな訳だけどな。しかも超アホらしい理由での。
「万が一良い奴だったら・・・?その時は―――――」
「生まれたままの姿になって!!3回回ってご主人様の奴隷ですワンつって!!更には屋上からクラウチング土下座!!天子様の足の指の間をそれはもう綺麗にペロッペロに舐め尽くしてあげるわよ!!!」
叫びは河と森の間を反響した。『わよー』と、山彦の様に何度も聞こえてくる。それほど大きな宣言。仲村の覚悟の大きさを表していた。
「・・・・・・・・・せ、宣言しやがった・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
俺と音無、そして当の本人である立華は完全に固まった。というか、固まざるを得なかった。
「これが私の覚悟よ!!」
「流石だぜ、ゆりっぺ!!」
そんな俺達と戦線メンバーの温度差が酷すぎる。ていうか、これ・・・・。
「でもお前一人に背負わせたりしないぜ・・・・そうだろ皆!!」
「当たり前だ!!その時は俺達も全裸でクラウチング土下座してやる!!」
「あなた達・・・!」
しかも何か便乗し始める戦線メンバーの大多数。ご丁寧に、遊佐ちゃんは便乗したメンバーをメモしていた。
「で、でも万が一の事があったら・・・」
「っ!!!」
「この場に居る全員が証人ですからね」
「確かにな。もし良い奴だったら、あたしの想いなんだったんかーい!?って言うね!!」
「苛めっ子かよ!あっはっはっはっ!!」
やばい・・・・これもう何も言えないぞ・・・?言葉だけなら説得力が無くても、証拠が揃えば戦線メンバーの大半(女子も含む)は全裸で3回回って屋上からクラウチング土下座した後、立華の足を舐め回して奴隷宣言しなければならなくなってしまった・・・。このままでは、感動の和解シーンが集団公然猥褻物陳列に早変わりしてしまう・・・!
「ま―――――ぼ――――――・・・・・」
「えっ・・・!?」
その時、河から伸びた手が仲村の足を鷲掴んだ。見てみると、その手は河に飛び込んだ赤目のものだった。それに続くように、麻婆を求めて川に飛び込んだ赤目達が上がってきて、何故か揃って仲村に群がり始めた。
「麻婆・・・おしおき・・・」
「・・・おしおき・・・・麻婆・・・」
「・・・麻婆・・・」
「もっとお仕置き・・・」
「・・・麻婆もっと欲しい」
河を見てみる。そこには空になってプカプカと水に浮かぶ紙パックの姿が。くっ・・・もう飲みきったか?
「遊佐ちゃん!他の麻婆は!?」
「在庫切れです」
「くっ・・・!打つ手なしか・・・!」
そのまま仲村は麻婆豆腐と共に10日間反省室に閉じ込められるしかない。そう諦めかけたその時――――
「・・・すけなきゃ・・・」
小さな呟きと共に、一陣の風が吹き荒れた。木葉と砂塵を巻き上げ視界を遮るが、俺には何が起こったのか見えてしまった。
動きに合わせて舞い上がる銀の髪と、軌跡を描く鈍色の刃。掛けていた伊達眼鏡は外れ、ドサクサに紛れて踏み割られる。河原に巻き起こった小さな竜巻は、赤目達を纏めて吹き飛ばして河に叩き落として土左衛門にする。そして―――
「・・・・・あ」
「・・・・・・」
眼鏡が外れて変装が解けた立華と、何が起こったのかいまいち理解できてなさそうな顔で呆然とする仲村の目がバッチリと合っていた。
「・・・・・・・・・・・・」
何食わぬ顔でレンズに罅が入った眼鏡を掛ける立華。いや・・・もう遅いだろ。
「スゲーぞ華田!!お前がゆりっぺを守ってくれたんだな!!」
「風で良く見えなかったけど、一体何をしたの!?」
他の戦線メンバーにはバレていない様だが、そんな事は何問題でもない。問題は何かって言うと―――
「わるいてんし、やっつけた」
とんでもない片言言葉を言い残し、走り去っていく立華。この作戦は―――
「なぁ・・・もしかして・・・」
「あぁ・・・仲村に顔見られたな」
失敗に終わったって事だ。
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結局作戦はご破算。華田は転校(成仏)したと戦線メンバーを強引に納得させ、この一件は幕を下ろした。
だがこれは決して無駄ではなかったと思う。形はどうであれ、仲村の『立華=天使』の常識を揺るがしたんだ。これを機に和解の足掛かりになればいい。
それで良いんだが―――
「五十嵐さん。華田さん・・・いえ、天使が変装までして戦線に潜り込んだ理由について、ご説明を」
俺に新たな危機が及んでいた。
なんと、遊佐ちゃんにも華田の正体が立華であることがバレてしまったのだ。