ある日の校長室、今日死んだ世界戦線に新たなメンバーが加わった。何時もならまた一人の女を寄って集って嬲る奴が増える。それは良い様な悪い様な、でも今回ばかりは間違いなく良い方なんだろう。
「音無と五十嵐が見つけたんだって?」
「新人が来るのは久しぶりだねー!」
「女だ、女!」
戦線メンバー達は新しい人間に大きく興味を示し、仲村は普段の暴虐無尽っぷりを見せない優しい笑みで新しいメンバーを迎える。
「ようこそ、死んだ世界戦線へ!あなたを歓迎するわ!」
「・・・よろしく」
普段とは違う髪型の、眼鏡を掛けて戦線の制服を着た立華を。
なぜこうなったかと言えば、つい昨日の事だ。
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常日頃から、俺と音無は立華と戦線を和解させようと行動してきたが、長年天使と戦い続けて来た戦線メンバーはそう簡単には信じられないだろう。特に事の発端の一人である仲村は―――
『天使が良い奴な訳ないでしょーが。私達の敵で言動だって―――は?漫画の影響?天使が漫画なんて読むわけないでしょうが』
といった感じだ。
戦線の大前提として、天使は憎き神の手先であり、最大の宿敵でもある。でもそれは完全に勘違いだ。その誤解を解かない限り、戦線と立華の争いは終わる事は無い。
どうしても立華が天使などではなく、良い奴であるという事を戦線に受け入れてもらわなければならない。その為にはまず、立華という人間を戦線メンバーに知ってもらう必要がある。
「その為には、まず立華が変装して戦線に入ってもらうっていう作戦なんだけど、どうだ?」
「・・・変装?」
そう言った旨を花壇の整備をしていた立華に、音無は提案した。立華も戦線のとの関係をどうにかしたいと考えているから、音無は俺に協力を持ちかけてきた。
俺は懐から長方形のケースを取り出す。中を開けると、そこには眼鏡と、眼鏡を拭く専用の布が収められている。
「近々売店じゃ、視力の悪い生徒の為に眼鏡を販売し始めるんだ。度は入ってない眼鏡だけど、着け心地をテストしてもらうっていう名目でちょろまかしてきた」
「・・・・相変わらず手広くやってるな」
スポーツで壊したり、ファッションで着ける奴(主に高松)も多いからな。
「・・・でも・・・変装・・・・」
しかしどういう訳か、立華は酷く思い悩むような表情を浮かべていた。一体どうしたんだろうか?
「立華が嫌なら、もちろん断ってもいい」
思い悩む立華を見て、音無は先んじてそう言う。確かにこれなら、立華に選択の自由が与えられ、失敗しても後悔はしないだろう。音無にはそう言った気遣いが多く見られる。
「出来れば俺は和解してほしい。皆良い奴らだから。・・・・それに、俺ももっと立華と親しくなれたらって思うし」
「今でも十分親しい方だと思うけどな」
「いや、お互いの立場ってのがあるから・・・」
だが立華に関して言えば、どうも首を突っ込み過ぎる傾向がある。俺は
「それにほら!きっと皆と友達になれると思うし!」
「友達・・・・?」
お、立華が反応した。
「――――――やるわ」
「そうか!――――って?」
「立華、芝刈り機をどうする気だ?」
どういう訳か、立華はおもむろに芝刈り機の電源を入れ始めた。高速回転する電動丸鋸は花壇の手入れには決して使わない。なら何の為に?その答えはすぐに返ってきた。
「これで髪を―――」
「わー!!?待て立華―!!」
「えぇい、早まるな!」
芝刈り機をバリカン代わりに、髪の毛を刈ろうとした立華を止めるのに1時間もかかった。何でも変装と聞いて、全体の印象を変えようとした結果らしい。
結局その後、普段の印象を変える為に普段は後ろで少しだけ纏めていた髪を、サイドテールにすることで事なきを得た。
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という事があって、俺達は戦線メンバーとは内緒で立華を戦線に体験入隊をさせることにした。させる事にしたわけだが―――
「で、あたしはゆり!あなたの名前は?」
「かなd『わああああああああああああ!!?』」
いきなり本名を暴露しようとした立華を、音無は寸前の所で遮る。あ、危ない・・・。幾らこいつらがアホでも、本名を言われたら感づかれてしまう。
(何か適当な名前をでっち上げてくれ)
(『立華奏』だから・・・・)
「・・・『華田かな』よ」
まぁ・・・急ごしらえにしては中々の偽名だと思う。近いようで違和感がない。これなら問題ないだろう。目論見通り・・・何とか遊佐ちゃんにもバレずに立華を紹介し終える。すると、次に待っているのは勧誘だった。
「新人さんならどこの部隊に入るか決めないとな」
「陽動部隊ならもれなく、ガルデモと握手!」
「アホ比率が高すぎて困ってます。頭が切れるなら頭脳班へ是非」
「戦闘要員が増えると助かるぜ!」
まるで漫画で見たかのような勧誘。色んな所から引っ張りダコ状態の立華を見て、これが立華と分かってしてくれるならいいと思う。
「なんとか・・・上手くいきそうか?」
「多分な。勘の良い遊佐ちゃんや竹山も気づいてないみたいだし、他の奴が気付く可能性も低いだろ」
何せアホの集まりだし。
「さて、新人が入ったところで今日のオペレーションを始めるわよ!」
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「っしゃあああああああ!!」
俺がよくスケッチに来る広い河に、ギルドの釣り好きで有名なフィッシュ斉藤の叫びが響き渡る。さて、なぜ俺達は此処に来ているかというと―――
「モンスターストリーム?」
「食糧調達のオペレーション・・・簡単に言えば釣りですね」
話を聞いてみると、オペレーション〝ハリケーン〟で得た食券で毎日食事するには限界があるらしい。なら近くに河があるし、釣りでもして食券の節約をしようじゃないかという事になったそうだ。
それにしても―――
『うぉおお――!?地球釣ったあああ!?』
『ぎゃああああ!?針が指に刺さったああああ!!』
『お、落ち着けってユイ―――って、ぎゃあああああ!針が顔に刺さったあああああ!!』
ぐっだぐだじゃないか。何時もなら統率を取れた動きをするんだが、このオペレーションは遊びを兼ねているのかもしれない。
「さて・・・俺もやるかね」
針に釣り用の虫を刺し、河の深い場所へと投げ込む。後は岩とかで固定して、俺は鞄からスケッチブックと鉛筆を取り出した。待ち時間を絵を描いて待つのだ。
「五十嵐さん、随分手馴れていますね」
「生きてた頃は、釣りで食費を浮かしてたからな。竹に貰い物の釣糸と裁縫用の針曲げた奴を括り付けただけの粗末なもんだったけど。まぁ、近くに海があったから河で釣りした事は無いんだけど」
「あぁ・・・そういえば」
答えると、遊佐ちゃんの顔にスッと陰が落ちたように見えた。
俺が住んでいた所と、遊佐ちゃんが住んでいた所は割と近い。だからこそ、あの事件が起こってしまった。ちょっと言葉が悪かったな。
「遊佐ちゃんは釣りしねぇの?」
「はい。釣竿が余っていませんので」
「じゃあ、俺の分やるよ」
俺は固定してある釣竿を手渡す。
「・・・よろしいのですか?」
「いいよ。まぁ、やりたいないならだけど」
「では、失礼します」
そう言って遊佐ちゃんは釣竿を両手で持って、俺の近くにあった岩に腰を下ろした。俺も岩に腰を下ろし、スケッチブックを開く。鉛筆で簡単に、河ではしゃぐ戦線メンバーをざっと描いていく。
「そう言えば五十嵐さん、この後はどうすればよろしいのでしょうか?」
「ジッと待つだけ。竿の先が曲がって、手に振動が伝わったら魚が食いついた合図だから、そこから一気に引き上げる」
「そうですか」
河のせせらぎと皆の声、鉛筆を走らせる音だけが聞こえる。その内回りの声がどんどん聞こえなくなって、最後には聞こえなくなって――
「五十嵐さん、暇です。何か楽しい話題は無いのですか?」
「釣りなんてそんなもんなんだけど・・・まぁいいか」
さて、何を話すか。・・・・・・そう言えば―――
「前に全校放送で変な曲が流れなかったか?」
「変な曲・・・・ですか?」
「あぁ。歌詞は覚えてないんだが・・・・・なんかこう・・・ゾワッとくる曲だったな」
悪い意味で。
「3日前の・・・・18時くらいだったか?なんか入江の声に似てたような・・・」
「・・・あぁ。『Miyukichi`sSong』の事ですね」
「み、みゆきちず・・・・?」
「何でも電波ソング作戦らしく・・・・」
遊佐ちゃん曰く、関根が仲村に立華との戦闘について作戦を提案したことが始まりらしく、『カッコいい曲を流すと士気が上がる』からとの事らしい。変な曲になったのは仲村がチェックしてなかったから。
大方、関根が面白半分に言ったんだろう。提案する関根も関根だが、承諾する仲村も仲村である。
「相変わらずアホな事してんなぁ・・・・」
「しかも作戦は成功してますから、天使も相当なものですよ」
「この学園はアホばっかりだな!?」
脇目にすっかり意気投合した仲村と、華田かなこと立華を見る。素性を隠したらすぐに仲良くなるのは、多分仲村の気質からくるものなのだろう。この2人が敵対したのは、立華の紛らわしい言動と仲村のアホさが起こした化学反応的なものに違いない。そして戦線メンバーもアホ揃い、音無が来てようやく指摘されたと。
「ホント・・・・この瞬間が何時までも続けば平和なんだけどなぁ・・・」
「・・・・?何か言いましたか?」
「いや、何でもねぇよ。・・・よし、こんなもんか」
出来上がった絵に目を通し、頷く。そこに描かれたのは立華を交えた戦線メンバー達の楽しそうな姿。
画用紙の左側に、大きめに書かれた遊佐ちゃんに気合を入れたのは俺だけの秘密だ。他のメンバーも
それなりに気合入れたし。
「描けましたか?」
「あぁ、今さっきな」
スケッチブックを遊佐ちゃんに向かって広げる。
「相変わらず、見た目に似合わず上手ですね」
「見た目は余計だろ」
「いえ、顔に包帯を巻いた筋肉質の男性にこんな特技があるなんて普通誰も考えませんよ?」
川沿いで並んで座って、なんてことのない他愛な話で盛り上がる。たったそれだけのことが、ひどく幸福に感じられた。
それでも、いつか終わりは来る。
この世界の人間には等しく生前の未練が襲い掛かると分かってはいる。俺と遊佐ちゃんも、まだ逃れられたとは言えないんだろう。それでも、この瞬間をいつまでも留めていて欲しいの願ってしまう。
役立たずで気まぐれな神様よ。あんたの手は借りない、その代わり邪魔だけはしてくれるなよ。
「・・・・あ」
「ん?どうした」
「竿が引いてます」
見てみると、遊佐ちゃんが持っていた竿の先端は大きく曲がり、釣り糸は右に左に暴れまわっていた。
「これは相当デカいな。って、危ない!」
「っ!」
魚の力に負け、河に落ちそうになった遊佐ちゃんを後ろから抱きとめ、遊佐ちゃんの手に重ねるように釣竿の柄を握った。
「あ、あの・・・五十嵐さん・・・・この体勢は・・・」
「喋んな・・・・これ相当デカいぞ!」
河の流れの力も働いているんだろうか、幾ら女である遊佐ちゃんが軽いからって人間を引き摺りこむなんて相当な力だ。ていうか、現に俺も加わって引き上げようとしてるのに殆ど動かないって、一体どんな・・・!
『なんだ?大物か!?』
『よし、全員でかかれ―!!』
戦線メンバーが俺達の状況に気付いたのか、まずは斉藤が俺の背中から腹に腕を回して後ろへ引っ張る。それに習うかのように、次から次へと列をなしてゆく戦線メンバー達。その中に、立華と仲村が引っ付いて引っ張っている事に気が付いた。
「よかった・・・これで・・・・」
そんな俺の呟きは皆の雄叫びにかき消された。いまは、この強敵を―――!
「行くぞ・・・皆ぁ!!」
『『『せぇぇぇ―――――――――のぉっっ!!!!』』』
この時、河から盛大な水飛沫が上がった。
引き上げられた獲物を見る。そいつは、全身真っ白なえらい見覚えのある奴だった。
濡れた髪と制服からはボタボタと水が滴り落ち、紅い目で呆然とする俺達を見据える。
口に咥えられた魚をそのままに、そいつは言った。
「
「天使!?」
「また邪魔しに来たのか・・・!?」
「「「・・・・・・え?」」」
俺と音無、そしてその隣に居た立華のリアクションがシンクロした。
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