机の上に置かれた書類と睨めっこする事5時間、ようやく区切りがついた俺は背筋を伸ばし、部屋に備え付けられていた冷蔵庫からkeyコーヒー(MP回復アイテム)を取り出し、一気に飲み干す。
窓から見下ろす中世の街並みを眺めながら、俺は今いる部屋を見渡す。校長室の2倍はあるであろう広さと、さっきまで座っていた高級感が漂う作業机。大きな来賓用のソファと机、数々の賞やら盾やらが飾られた棚。
よくもまぁ、俺は此処まで上り詰めたもんだ。
「失礼します」
口の中に広がる苦味と甘さを堪能していると、木製の扉をノックする音。入室の許可を出すと、ピシッと決めたスーツ姿の遊佐ちゃんが、書類を抱えて入ってきた。
「どうした?遊佐ちゃん」
「・・・勤務中は、ちゃん付けは止めて欲しいと伝えましたよね?」
「いや、遊佐ちゃんは遊佐ちゃんだし」
「むぅ・・・まぁ、良いです」
それよりも、と話を切り出す遊佐ちゃん。
「午後から冒険者ギルドとの商談の時間です。社長、準備を」
「あぁ。確か、回復薬の材料になるバナナと薬草の値段交渉だったな」
「その後はオークション会場で、僧侶専用装備である《聖魔無限支配杖アポカリプス》を出品予定です。各国から王族や貴族が集まりますので、此処が今年一番の稼ぎ時になるでしょう」
遊佐ちゃんの言葉に自然と背筋が伸びる。ここで信頼を勝ち取り、会社に利益を入れることがギルドと国家、我が社の未来に繋がるのだ。
長かった確執もここまで、今日遂に3者が手を取り合うのだ。
「よし!行こう」
「どこまでもお供します、五十嵐社長」
『『『行ってらっしゃいませ、社長!!!』』』
多くの部下や社員に見送られ、俺と遊佐ちゃんはリムジンに乗り、商談場所へと向かった。
------------------
「どんだけ躍進してんのよぉぉぉぉぉおお!!!?これ剣と魔法と戦いのRPGでしょうがああああああああああああ!!何で非戦闘員の商人が主人公みたいになってんのよぉぉぉぉオ!!?」
「落ち着け仲村」
無事に商談を終えた俺と遊佐ちゃんに、仲村は叫んだ。一体何が気に入らないというのか?無事に商談を終え、皆が皆得をした一日だというのに。
「まず!この城みたいなビルは何!?」
「我が社の本社ビルですが・・・何か?」
「本社ビルって・・・まるで支部でもあるみたいな言い方だな」
「実際各国に幾つか構えてるぞ」
「言いたいことは一杯あるけど・・・・!とりあえず納得するわ。でも!」
クワッと、眼を見開いて仲村は叫ぶ。
「《聖魔無限支配杖アポカリプス》ってなんじゃああああい!?何か凄そうな装備が知らないオッサンに売られていったんですけどぉぉぉぉぉぉ!!?」
「《聖魔無限支配杖アポカリプス》は世界最強の杖です。装備者のステータスを全て+100。消費MP半減、更には極大消滅呪文メドロー○が使用可能になる―――」
「良いわよ別に説明なんて!!売られた物は戻ってこない!!余計に惜しくなるだけなんだからあああああああああああああ!!」
自分から説明を要求しておいてこの返し。かなりの動揺だ。別に悪い事をしたつもりはないのに、何故だかごめんなさいと言いたくなってしまう。
「ていうか、そんなに凄い武器があるなら売らずにおいて置いてくれればよかったのに」
「あれを装備するには、お前らのレベルが足りなさすぎる。魔王を先に倒した方が早いってくらいに」
「もう何のゲームが主体なのか分からなくなってきたな」
「ふん!あんな武器が無くても、ラスボス如き一捻りだ!!」
どうやら野田はかなりの自信があるようだ。俺は応援しかできないが、此処は野田に期待したいところ―――
「俺はラスボス戦の前はしっかりレベルを上げる男!今までラスボスに苦戦したことなど一度も無い!!」
なのだが、何故だか一気に不安になってきた。日頃の行いのせいだろうか、はたまたこれもフラグという奴なのだろうか?どうも野田の「大丈夫」は信用できない。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「ゆりっぺさん、落ち着きましたか?」
「えぇ・・・ありがとう遊佐さん」
遊佐ちゃんから受け取った缶ジュースを飲み干す仲村。どうやら落ち着いたらしい。
「でも2人のおかげで装備とアイテムはすごく豪華になったよね」
「まぁ、確かにこれなら問題なく進めそうね。あんな2週目プレイ御用達装備が無くても、何とかできそうだわ」
「となると、後はレベルを上げながらストーリーを進めていくだけだな」
「そう言えば、魔王まであとどのくらいなんだ?」
俺と遊佐ちゃんはずっと商談で、ついさっき戻ってきたところだから現状がいまいち分からない。
「後は幹部達を倒せば、魔王のステージが出現するらしい」
「幹部って?」
「この世界で言うところの、物語の途中で出てくるボスキャラの事です。ゲームでは欠かせない重要なキーパーソンですね」
なるほど、聖神伝《ETERNAL》で言うところの天使か。となると、問題はその幹部とやらがどんな奴かという訳だが・・・どうも敵の多くは戦線メンバーらしい。藤巻も初っ端にやられたし、つまり幹部は戦線の主要メンバー?藤巻は別として。
----------------
結論から言うと、俺の勘は的中した。仲村達を除く戦線の中心的メンバーは次々と俺達に襲いかかる。
「・・・oh・・・mygod」
TKを倒し、《めだぱにゃ(混乱する呪文)》を覚えたり―――
「松下くんの服から肉うどんが・・・」
「何処に入ってたんだろ?」
松下を倒して肉うどん(HP回復アイテム)を手に入れたり―――
「何か・・・高松が血走った目で剥ぎ取った眼鏡を見てるんだが・・・・」
「気にせずに行きましょう」
高松から眼鏡を剥ぎ取り―――
「そいつに・・・・触るなあああああああああああああああ!!!!」
「うおおっ!!?危ねえええええ!!?」
死してなお(HP0の状態)ギターを奪い返そうと襲いかかる岩沢。
「音無さんが無事なら・・・僕は・・・」
直井を倒して、《音無を讃える心》を手に入れ―――って、なにそれ?
「これは野田君が装備してね」
「うおおおおおおお!!?ちょ、やめ・・・音無さああああん!!」
その後も順調に戦線メンバー達を倒していく仲村チーム。俺と遊佐ちゃんがサポートをしつつ、装備もアイテムも万全の状態で魔王の所までやって来た。
「装備やアイテムも充実したし、何よりレベルも良い感じに上がったわね!」
「意味のない物もあるけどな。《讃える心》とか」
「魔王は俺が倒して
「
「野田君・・・使えない子に育ったわね」
そんな会話を耳にしながら、俺は手に入れた呪文やアイテムをもう一度確認していた。商人としてか、はたまた社長としての勘がどうも胸騒ぎを起こしてならない。
「どうかしましたか社長?」
「勤務外で社長はやめて欲しいんだけど」
「勤務中にちゃん付けは止めて欲しいのですが?」
言ってくれる。でもまぁ、その話はまた今度にしよう。今はそれよりも優先すべきことがある。
「これ見てくれ、遊佐ちゃん」
「戦線メンバーから剥ぎ取ったアイテム等ですね。それがどうかしましたか」
「足りないんだ」
「え?」
「剥ぎ取った戦線の主要メンバーのアイテムで、あいつの分が足りないんだよ」
------------
そしてとうとう俺達は魔王の居城まで辿り着いた。薄暗く、不気味な雰囲気が漂う通路だが、そんな中でも戦線の雰囲気が崩れる事は無い。その事が酷く頼もしく思えた。
「遂に来ましたね、音無さん!俺が音無さんをお守りします!当然ゆりっぺも!」
この性格がブレ放題の野田さえ居なければの話だが。装備はともかく、とにかく使えない子に育ったこいつをどうにかして使いこなさなければ、色々と危ういかもしれない。
「此処で魔王を倒せばゲームクリアよ」
「野田君が創った世界からやっと解放されるんだね!」
「俺は知らないやんよ」
野田の言い分は恐らく正しい。この世界を創ったのは多分あいつだ。
「・・・・・・」
遊佐ちゃんも神妙そうな顔で通路の奥を見やる。この先に待ち構えているであろう魔王に対する緊張か、はたまた裏切りに対する困惑か。何れにしろ厄介になることは間違いない。
「居たわよ!」
そしてついに仲村が魔王の姿を捉える。女子生徒よりも小柄な体と、俺からすればあまり馴染みのないおかっぱ頭。大きな黒縁眼鏡が灯りに反射して輝いていた。
「うそ!?」
「そんな・・・バカな!?」
「なぜ貴方が・・・!?」
「裏切ったか!?」
今思えば初めからおかしかった。Angelplayerは簡単に言えば死後の世界で超常の力を生み出すパソコンソフト。だからバグってこんな世界に紛れ込んできたんだと初めは納得しかけたが、適当に弄っただけで綺麗に整った世界が生まれるなんてまずあり得ない。
パンフレットでその疑問は確信へと変わり、襲い掛かる戦線メンバーの中で、最後までこいつが居なかったことで魔王の正体を確信した。一体どういうつもりだ・・・?
「竹山」
「僕の事は、クライストと呼んでください」
クイッと上げた眼鏡が光を反射する。何時もの仕草、だが今は不気味さを漂わせるものでもある。
「これはどういう事かしら?竹山君」
「どうしてこんなことをするの竹山君!?」
「こんな事は止せ竹山!!」
「早く俺達も元の世界に戻せ竹山やんよ!!」
仲間たちの叫び。だがその声に対し、竹山は俯いてプルプルと肩を震わせている。一体どうしたんだろう?訝しんでいると、竹山は頭を上げて叫んだ。
「竹山竹山と・・・・!いい加減にしてください!!」
「た、竹山君・・・?」
「あなた達が僕を竹山と呼ぶ度・・・僕はクライストと呼んでほしいと何度も言いました。なのにあなた達は僕を竹山と呼ぶ!そうなった理由はゆりっぺさん!」
「わたし!?」
「貴女最初僕を皆に紹介する時、『ハンドルネームは竹山』って思いっきり間違えましたよね!?それからですよ!皆が皆僕の事を竹山と呼び始めたのは!!ていうか、他の皆さんもクライストと呼んでくださいって言っても無視するし!!おかげで僕の生前の未練は『クライスト』と呼ばれ無かった事とか視聴者の方々に勝手に噂されるし!」
「何の話!?」
最後の方は何の事かさっぱり分からなかったが、とにかく戦いは避けられないのだとこの場に居る全員が理解した。竹山は自慢のノートパソコンを開いて仲村達の前に立ち塞がる。
「これはあなた達に対する反逆なのですよ。此処であなた達を倒して、僕の名をあなた達の脳裏に刻む!!」
「それって竹山?」
「違いますよ!分かっててボケてませんか五十嵐さん!!?もう良いです!これがラスボスの呪文です、イオ○ズン!!」
『『『ぎゃああああああああああああ!!?』』』
竹山が目にも止まらぬ速さでキーボードを打つと、仲村達を中心に大爆発が巻き起こる。原理はいまいちよく分からないが、装備のおかげで仲村達は何気に無事だ。
「流石ラスボスですね。1ターン目から爆裂系の極大呪文ですか」
「よく分からんがヤバいのか?」
「パーティー全体に大ダメージを与える呪文ですね。まぁ、装備のおかげで一撃死は免れましたけど」
確かに、普通なら体が木っ端微塵に吹き飛んでもおかしくない爆発だったけれど、仲村達はノソノソと起き上がった。防御力という値がそのまま体の耐久力に繋がるこの世界ならではの現象だ。
「まずい・・・!今のでかなりHPが削られた!」
「ま、まだよ!回復し続ければ全滅はしないんだから!」
「よーし!ポイミ!」
「回復アイテムは沢山あるわ!」
そう言って仲村はバッグに手を入れ、回復アイテムを取り出す。ほかほかの湯気を漂わせる丼――――肉うどんを。
「よし!!ずるずるずる~~~」
「余裕ですか!?」
「ぶほぉぉぉっ!!?」
野田が肉うどんを食ってる間に攻撃してくる竹山。鼻から噴出されるうどんの麺。哀れな・・・・。
「プレイヤー側からは分からない、ゲームキャラの苦難が目に見えて分かりますね」
「喧嘩中に飯なんか絶対食えないもんな。遊佐ちゃん、念のため準備しておいてくれ」
--------------------
その後も―――
「メラ○ーマ―――――!!」
「ぐわあああああああああ!!」
「ポイミィィィィ!!」
「マヒ○ドーーーーーー!!」
「うわあああああああああああああ!!」
「ポイミィィィィ!!」
「バギク○ス―――――!!」
「やんよおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「ポ、ポイミィィィィ!!」
「ベギラ○ン――――!!」
「いやああああああああああああ!!」
「ポイミィィィィ!!」
こうして瀕死と回復を繰り返すこと数百時間が経過した。既に野田が48回、音無が12回、大山が23回、仲村が5回死んで蘇っている。その上肝心の竹山には殆どダメージは無い。そこまで来て、俺はある事に気が付いた。
「今思ったんだが・・・攻撃力が足りなくて、回復で死ねないってことはもしかして・・・」
「無限ループ・・・・というものですね」
何という事だ。死ねないからレベルの上げ直しも装備の変更も出来ないなんて・・・・。
「ふはははは!!どうですかどうですかぁ!?○ガデイン――――!!」
「やんよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ポイミ~~~~~~~・・・・」
回復専門の僧侶パーティー。それはリアルでは無慈悲で残酷なものだった。
「ふふふ。どうです皆さん。そろそろ僕の事をクライストと呼びたくなってきたのではないですか?」
不敵な笑みを浮かべて倒れ伏す仲村達を見下ろす竹山。完全に悪役の顔、普段仲村がしている表情を他の誰かがしているのは中々に新鮮だ。そんな竹山に対し、仲村達は不屈の闘志で睨み返す。
「私達を・・・見くびらない事ね!」
「あぁ!俺達はこの程度では絶対に屈しはしない!」
「この世界の為にも、僕達は君をクライストと呼ぶわけにはいかないんだ!!」
「お前を倒し、世界に平和を取り戻してやんよ!!」
初めに断っておくが、これはクライストと呼ぶか呼ばないかの問題である。
「なんか皆して変なテンションになってきてるよなぁ」
「五十嵐さん、例の物が届きました」
「お。ようやくか」
「五十嵐君?一体何が届いたの?」
遊佐ちゃんからトランクを受け取り、仲村の元まで歩み寄る。トランクを開けると、そこには一本の杖が入っていた。それを見て、竹山は驚愕の表情を浮かべる。
「そ、それは!?《聖魔無限支配杖アポカリプス》!?馬鹿な!今更そんな物を持ってきたところで、装備レベルは足りませんよ!?」
「いえ。これは我が社で開発した《学園無限蹂躙杖アホカリプス》です。性能はやや劣りますが、ラスボスを倒すには十分な装備。装備条件は装備者がアホであることに限ります」
アホカリプスなだけにな。
「さぁゆりっぺさん、受け取ってください」
「この杖はお前にこそ相応しい」
「どういう事かしら2人とも?」
顔に血管を浮かばせながらも、杖を受け取る仲村。
「まぁ良いわ。こんな茶番は終わりにしましょう」
「う・・・うぅ・・・」
仲村の手に光が収束される。光はやがて弓となり、その矢は竹山に向けられていた。
「僕は・・・終わるのですか!?またしてもクライストと呼ばれることなく、竹山と呼ばれ続けたまま終わるというのですか!?だとしたら僕は何の為に・・・・!」
「俺はお前が何でその呼び名に拘るのか、それは今でも分からない」
消えゆく竹山に俺は声をかける。竹山は泣きそうな顔で俺を見ていた。せめて最後に伝えなければ、竹山は浮かばれないだろう。
「遊佐ちゃんから聞いたよ。お前凄いハッカーって奴なんだってな。現にこんな世界まで作るなんて、お前本当にすごいよ」
「い・・・五十嵐・・・さん?」
「俺にはパソコンなんて使えねぇからな。・・・・ほんと、尊敬するぜ。クライスト」
「っ!!」
竹山の瞳が、涙で滲む。まるで何年も塞き止められた川が、その障害を吹き飛ばすかのように零れる涙。鼻水交じりの嗚咽が竹山の口から洩れた。
「じゃあな、クライスト」
「ばいばい、クライスト君」
「お疲れ様でした、クライストさん」
「ふん!・・・・まぁ、貴様の事は少しは認めてやらんでもないやんよ!クライスト」
仲間たちの、最初で最後のクライストという呼び名。そして光の矢は、遂に解き放たれた。
「さようなら、クライスト君。・・・メドロー○ーーーーーーーーーー!!!」
極光が竹山の体を飲み込んでいく。視界の全ては光で埋め尽くされ、眼を開ける事すら許されない。そんな白い闇の中で、俺達の耳には確かに声が聞こえた。
―――ありがとう
そして世界は光に包まれた。
---------------
竹山を倒してゲームをクリアした俺達は、無事元の世界に戻って来ていた。まるで夢でも見ていたかのようだったが、あれもまたこの世界での現実なのだろう。
竹山は光に呑まれて消えて行った。ただそれだけで、皆が集まる校長室はやけに広く感じた。それでも俺達は元の日常を過ごしていく。何の変わり映えの無い、俺達の日常は――――
「社長、売店の新メニュー麻婆ジュースの試飲をお願いします」
「おぶっ!?辛っ!?」
とんでもなく困ったことになっていた。何で俺はこんな冷たくて甘いのと猛烈な辛さが同時に襲いかかってくる謎のジュースの試飲をせねばならんのか?遊佐ちゃん、これは売れないぞ。
「音無さん、今俺がkeyコーヒーを買ってきます!!」
「あ、あぁ。よろしく」
「何だ貴様は!?僕が買ってきて差し上げます!!」
音無を取り合う野田と直井という珍奇な光景。
そう、なぜかあのゲームの世界で得たものの一部が、そのままこの世界に反映されてしまっているのだ。そのおかげで、ゲームの世界では社長と社長秘書なんてやってた俺と遊佐ちゃんは売店のオーナーとその秘書に。野田は《音無を湛える心》をそのままに元の世界に戻ってきた。
「ほんと、すげー困ってるんですけど」
疲れたような表情を浮かべる仲村。ほんと、厄介なものを残したものである。
-----------
後、竹山も普通に戻って来ていた。