Angel Beats! 失われた未来   作:大小判

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因縁の決着

 

 

 

俺の昔話は終わった。

 

静かな部屋の中、俺と遊佐ちゃんは相変わらずベッドに並んで腰を掛けている。遊佐ちゃんは静かに俺の話を聞いてくれていた。俯いた顔と震える指先、遊佐ちゃんは今何を想っているのだろうか?千葉への恐怖?それとも俺に対する罪悪感?やがて遊佐ちゃんは震える唇を開き、言葉を紡いだ。

 

「分からない・・・・だったらなぜ私を恨まない?私さえ居なければ、家族と一緒に生きていられたのに」

「そう思うのは・・・まぁ、普通か。確かに、あの一刺しさえなければ俺は生きていたかもしれない」

 

誤魔化すわけにはいかない。全てを伝えて、その上で遊佐ちゃんを救わなければならない。そうしなきゃ、死んだ後に出来た未練にしては大きすぎる。

 

「でもな遊佐ちゃん、俺はあの時に病院に行くって選択だってできた。千葉との決着をさっさと済ませることだってできた。・・・・・・むしろ、謝りたいのは俺の方だ」

「・・・・・え?」

「俺が千葉との因縁を清算しておけば、遊佐ちゃんは千葉と会う事すらなかっただろうし、つまらない事を背負わせることもなかった」

 

あの時の俺は、生活や家族の事で精一杯で、それ以上に千葉とはもう関わりたくなかった。そうして月日が経つにつれて、俺の記憶から千葉の事が消えていく。それで良いと思っていたその矢先に刺された。

 

「この世界で初めて君と出会った時から、俺の背中を刺した奴だってことは分かってたけど、俺は黙ってた。今ある君を壊してまで、追及する気になれなくてな。このまま俺が黙っていれば、あの時の事は無かった事になるんじゃないかって思っていた」

 

ただ、千葉さえ居なければ上手くいくはずだった。それなのに・・・本当に余計な事をしてくれる。

 

「良かれと思っていたことが、より一層君を傷つけることになってしまった」

 

生前じゃ地獄の一因を作り出しておいて、死後には傷口に塩を塗り込むような事をして。一体何がしたかったんだって言いたい。

 

「許してくれなんて言わねぇよ。遊佐ちゃんには俺を恨む理由があるんだ」

 

思わず自嘲の笑みが浮かんだ。もしかしたら、俺自身傷付きたくなかったからこそ、遊佐ちゃんには黙り続けてたのかもしれない。昔っから、良かれと思ってやったら失敗してばかりだ。

 

「・・・・・でも一つだけ言わせてくれ」

「・・・・?」

 

俺は立ち上がり、遊佐ちゃんも立つように促す。そのまま扉の方まで歩みを進めると、遊佐ちゃんは戸惑ったような表情を浮かべて立ち止まった。

 

「遊佐ちゃん」

「・・・・・・・」

 

扉を開け、手招きする。遊佐ちゃんはおずおずと扉に向かって来る。

 

「遊佐ちゃんがこの世界で昔していたことは、今じゃ戦線の皆が知っている。流石の仲村も、一連の事が起きたからには隠し通せなくてな。色んな意見が飛び交ったけど、最後は皆同じ気持ちだったぞ」

 

遊佐ちゃんは、扉を潜った。

 

それと同時に呆然とする。

 

そこには―――――

 

「・・・・みんな・・・・・・」

 

立華と、死んだ世界戦線一同、女子寮の廊下を占拠していた。男も女も関係なく、わざわざ机やソファーでバリケードまで張って、床に座って眠っている。無理もないだろう。今はもう夜中の1時、音無の差し金だろうか、わざわざ立華まで巻き込んでまで。

 

「ていうか、あんなバリケード、普通の学校じゃ大騒ぎになってるぞ」

 

バッタバッタしてると思ったら、あんな事をしてたのか。多分余りのしぶとさにNPCの方が諦めたんだろうな。

 

「これは・・・」

「皆君のために集まったんだ」

 

思わず日向の顔を見る。

『仲間に入れるのはハッキリ言って反対』なんて言っていたのに、今はこうしてここまで来ている。もう夏の日の幽霊は居ない。死んだ世界戦線のメンバー、遊佐ちゃんが確かにここに居る。

 

「生前はそうじゃなかったかもしれない。・・・でもな、もう君は一人じゃない。何があっても君の味方でいる奴がこんなに居るんだ」

「・・・っ・・・!」

 

遊佐ちゃんは震えた。嗚咽は静かに、暗い廊下に響いている。もう遊佐ちゃんが暗い目をする事は無い。こんなに仲間が居るじゃないか。

時間は掛かるだろうが、いつか遊佐ちゃんの心を癒すだけのものはちゃんとある。だから―――

 

「遊佐ちゃん」

 

―――これで良かった。

 

「後の事は俺に任せて、ゆっくり休め」

 

背を向けて、その場から立ち去る。元々俺は戦線メンバーじゃないし、今すぐに決着を付けなければならない奴がいる。

 

「・・・・?どこに・・・・」

「遊佐ちゃん・・・・せめてもの頼みがる」

 

これが最後の会話になるかもしれない。それでもやらなければならない。今度こそ本当の、何もない孤独が待ち受けているかもしれないけど、それでも俺は―――――

 

「今から俺がすることを、見てくれるな」

 

俺の未来を奪った、あいつを許せない。

 

 

 

   -----------------

 

 

 

あの時と同じように、夜空に雪が舞っていた。肌を切る寒さの中で、俺は歩く。奴を探し、歩く。大型のライトに照らされたグラウンドに、奴は居た。

 

「へへへへへ・・・!来たなぁ、五十嵐ぃ!」

 

千葉は余裕の笑みを浮かべ、足元には名も知らぬ戦線メンバーの血濡れの死体が転がっている。人の神経を逆なでする事ばっかり美味い千葉は、耳障りな声を発している。

 

「決着だ、五十嵐ぃ。俺とお前、どっちが先に潰れるかよぉ!!」

 

因縁もここまで続けば逆に感心する。今すぐ絞め潰して黙らせたいが、その前にどうしても聞きたいことがある。ここで潰してしまえば、二度と知る機会を無くしてしまう。

 

「・・・千葉、お前は鍋島哲也を知っているか?」

「・・・・・・・誰だそりゃ?聞いたことねぇよ」

 

一瞬の間、千葉は何事もなかったように返す。

 

「俺達が死んだ冬より前に、何者かの手で殺された男だ。そいつは大金を抱えてたんだが、不思議な事に金には一切手を付けていられなかった。金目的じゃない、だが誰かに恨みを買うような奴でもない。だとするなら、俺か知り合いの女の子に関わる事でしか殺される理由が考えられん」

 

降る雪越しに千葉を睨み、人差し指を突き出した。

 

「お前が鍋島を殺したんじゃないか?」

「・・・・・おいおい、難癖付けてんじゃねぇよ。そんなつまらねぇ通り魔に殺された奴なんざ知る訳ねぇだろ?」

「可笑しな事を言うな?俺は鍋島が通り魔にやられたなんて一言も言ってないぞ?」

 

俺の指摘に千葉は黙った。・・・・つまり、そういう事なんだろう。千葉はくつくつと笑い声を零し、下卑た表情を浮かべた。

 

「ひゃははははは・・・!変に頭なんか使いやがって・・・」

「認めるんだな・・・?」

「そうさ!お前のお友達の鍋島哲也君はぁ、俺が殺してやりましたぁ!!」

「・・・・・鍋島がお前如きに殺されるとは到底思えん」

 

鍋島はそれなりに腕の立つ喧嘩屋だ。たとえ不意打ちや大人数で襲われたとしても、逃げ出す事すら出来ずやられるなんて到底思えなかった。そんな俺の疑問に答えるように、千葉は言葉を発した。

 

「普通ならなぁ。・・・・・沙夜子って言ったか?〇〇病院にいたガキ」

 

この時、千葉が何を言ったのか一瞬理解できなかった。さよこ・・・沙夜子ちゃんの事を言っているのか?鍋島が救おうとした少女の名前。それがなぜ千葉の口から――――

 

「お前・・・・まさか・・・!」

「あいつバッカだよなぁ!!あんな死にかけのガキの為に金稼いで、そのガキを殺すぞって脅したら大人しく殺されてくれたぜ!?可哀そうになぁ・・・俺はお前を苦しめばいいと思っていたから殺したんだ!!お前とさえ出会わなきゃ、殺さることもなかったのによぉ!!お前にも見せてやりたかったぜぇ?ガキを殺すって言った時の、あいつの心底絶望した顔をよぉ!!」

 

ブツリと言う感触が、握り締めた掌から伝わった。滲みだした温い血は冬の冷気で冷え、滴り落ちて凍りつく。頭は焼け付くように暑いのに、なぜだがスッキリしている。

笑って消え去った親友の顔を思い出す。鍋島・・・・もしかしてお前は、俺と千葉の事を知っていたのか?知っていて、それで何も言わなかったのか?俺が言えた義理じゃないが、そんな隠し事は無しにして欲しかったぜ。

なぁ・・・鍋島。俺達の因縁がお前まで巻き込んでいたなんて・・・・もうお前に謝る事も出来ないなんて、そんなのありかよ。

 

「・・・決まりだ」

「あぁ?」

 

だから鍋島、もし見えているなら見ていてくれ。

 

「お前が鍋島を殺した」

 

お前の仇は・・・俺が――――!

 

「もう黙っていいぞ千葉!まずはそのよく動く喉から潰してやる!!」

 

 

 

   -----------------

 

 

 

言い知れない不安が少女を押し潰していた。この世界で出会った優しい青年が、少女が知っている青年が消えてなくなってしまうのではないか?少女は走り出す。青年の言いつけを破り、青年の元へと―――――

 

 

 

   ------------------

 

 

 

「へへへ・・・潰してやるだぁ!?やれるもんならやってみろ!!俺には天使から奪った力がある!!」

 

千葉は余裕の笑みを浮かべて笑う。確かに、立華の力を発揮されれば苦戦は必至だ。だが気づいているか?その力の欠点がちゃんとあるという事を。

 

「ガードスキル、disto―――がっ!?」

 

瞬間、俺は千葉の喉を握り潰した。そのまま頭を地面から叩き付けて粉砕する。バキャッと頭蓋が割れる音と共に血が飛び散った。鳩尾に足を突き刺して蹴り飛ばす。

 

「べらべらとよく動く喉は、柔らかくて潰しやすかったぞ。お前には立華の力は使いこなせねぇ」

 

肉体の再生が進み、地面に倒れながら俺を睨む千葉を見下ろす。考えてみれば、あんな日常に異常をきたす超常の力を常時使っている訳がない。立華だってそうだ。

だったらあの力を使うにはある程度自分の意思が必要になる。そういった意志を、暴力を持って刈り取れば使えない。鋼の精神力を持つ立華だからこそ出来たんだ。この矮小な男が使い切れる筈がなかったんだ。

 

「は、handso―――ぼげっ!?」

 

顔を蹴り飛ばし、仰け反ったところを腹を踏みつぶす。吐きだした血がズボンを汚すが、それに意を介さず髪を掴み上げて首の骨を折る。

またすぐに再生が始まるが、そんなものは関係ない。

 

「借り物の力を手に入れれば、俺に勝てるとでも思ったか?・・・立て。さっさと再生しろ。殺しても死なない世界で、死ぬまでお前を殺してやる」

「っっ!!」

 

咄嗟に距離を開けようとした千葉の服を掴み、背負い投げの要領で頭を地面に叩き付ける。地面には倒さず、腹に膝蹴りを決めて吹き飛ばす。頭を力一杯踏み潰して踏み躙る。

 

・・・・・こんな男に、俺の未来が奪われたって言うのか?残されたあの子達はどうなるんだ?

 

「ま、待ってくれ五十嵐!!お、お前・・・お前・・・!?」

「・・・何だ?遺言なら聞かんぞ」

「お前・・・・・・!!」

 

その瞬間、千葉の姿が変わっていく。岩沢に化けた力。染めた緑の髪へ、懐かしい顔へ。

 

「俺を殺すのか?」

 

・・・・俺の親友の顔に。熱が頭に集中する。硬直する手足を自覚した。

 

「handson―――ごばぁっ!!?」

 

気が付いたら、俺は友人の顔をした怨敵の顔を蹴り飛ばす。白い歯がグラウンドに飛び散り、倒れた千葉の喉を踏みつぶす。

 

「で・・・でめ、ぇ・・・・じんゆうに・・・対しで・・・・!」

「鍋島は消えた!もう居ない!お前がやったことは、火に油を注いだだけだ!!」

 

倒れる千葉を殴り、蹴り、潰し、砕き、殴り潰し蹴り殴り砕き砕きへし折り踏み殴り潰し蹴り砕き踏み潰しへし折り殴り蹴り潰し砕き踏み折り殴り潰し砕き蹴り踏みへし折る。

延々と、延々と繰り返し、千葉は自身の血で、俺は千葉の返り血で真っ赤に染まっていた。もしこの世界で癒せない傷があるとするのなら、それは心的外傷、心の傷だ。肉体が滅びることが無くても、此処でこいつの心を殺してみせる。

 

どの位そうしていただろう。一瞬だったような気がするし、何時間もやっていたように思う。首を掴んで持ち上げた千葉は言葉の無い呻き声をあげ、青黒く腹上がった、酷く怯えた表情で俺を見下ろしていた。

 

「だ・・・だずげ・・・・でぇ・・・・」

「そう言った遊佐ちゃんに、お前はなんて答えた?」

 

首を握る力に更に力が籠る。何を思って遊佐ちゃんを巻き込んだ?一体何を持って俺に刃向った?地面に放り出し、胸を踏み潰しながら拳を振りかぶる。

 

「ひ・・・ひ・・・ひぃ・・・!」

「お前に鍋島の無念が分かるか?・・・・・残されたあの子達の不安が、分かるか?人生を踏み躙られた、遊佐ちゃんの悔しさが、お前に分かるかぁ!!?」

「あぁ・・・あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

奴の頭を砕こう。そうすれば、きっと俺はもう正気を保っては居られない。だがそうしなければ、俺の無念は晴れる事は無い。振りかぶった拳を振り下ろした―――――

 

 

 

 

 

「やめて・・・・!」

 

その瞬間、温かい何かが俺の背中一杯に広がる。聞き慣れた、声。愛した少女の温もり。あぁ・・・・なぜ止める?血濡れの俺に背中から腕を回す少女を振り返らず、俺は問いかける。

 

「遊佐ちゃん・・・付いて来るなって、言ったろ。何で止める?」

 

遊佐ちゃんは答えず、代わりにより強く俺の抱きしめた。しばらくの沈黙、やがて遊佐ちゃんの方から呟いた。

 

「これ以上は・・・止めて・・・・!」

「・・・・・やっとだぞ・・・・やっと!鍋島の仇が討てるんだ!!俺の未来の仇が討てるんだ!!今此処で――――!!」

 

遊佐ちゃんの言っていることが理解できなかった。奴を討つことは遊佐ちゃんの仇を討つことでもあるのに、何で止めるんだろう?でも・・・遊佐ちゃんの制止を振り切るくらい簡単なのに、なんで俺は動けないんだろう?遊佐ちゃんの言葉が耳に入るたびに、体が冷え固まっていく。怒りが流されていく。

 

「お願い・・・・優しいあなたも・・・私の知っているあなたまで居なくならないで・・・・!」

「・・・・それでも、俺が奴を殺すと言ったら、君はどうする気だ?」

「その時は・・・・私もあなたと一緒に堕ちていくから・・・・あなただけに、背負わせたりしないから・・・!」

 

必死で俺を呼び止める遊佐ちゃんの声。握り締めた拳を解き、背中から回された腕を、俺はそっと包んだ。

 

「・・・そうなったら、君は戦線に残れねぇじゃん」

 

千葉から足を退け、雪が舞い散る天を見上げる。まるで弟や妹に怒られた気分だ。一気に毒気が抜けるというか、やってるこっちが申し訳なるというか・・・・。

 

「分かったよ・・・・。もうしない」

 

結局俺はいつまでも中途半端で、いつだって他人に振り回されてしまう。もし家族の事以外で未練があったとするならば、多分それが俺の未練だったのかもな。一度は好き勝手生きたかったと心の何処がで思っているのかもしれない。

 

「へ・・・・へへへぇ・・・ひ・・・・ひぃ・・・・」

 

覚束無い声が足元から聞こえた。すっかり肉体が再生した千葉は、起き上がることもせず、呆然と天を見上げていた。そしてドンドン希薄になる存在に気が付く。

 

「千葉・・・・お前・・・・・」

「へ、へへへへ・・・・・ひゃはははははは・・・・・・」

 

フッと、まるで最初からいなかったかのように、千葉という存在が消え失せた。なぜ?この世界では未練を果たした者だけが成仏できる。考えて、その答えはすぐに浮かんできた。

 

「逃げられた、か・・・・」

 

この死後の世界が地獄でしかなく、消える事に救いを求めたなら消える事も出来るんだろう。大方、俺の事を地獄の閻魔にでも見えたのだろうか?いずれにしろ――――

 

「本当に・・・・勝手な奴だ・・・・」

 

俺と遊佐ちゃんの体に雪が降り積もる。冷たい冬は、まだ終わりそうになかった。

 


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