改めて見てみると、えらい整った綺麗な顔立ちだった。
桜色に濡れた唇にスッと通った鼻筋。クールな性格に反した赤く大きな瞳に、風に揺れる綺麗な金髪。そして男の憧れである抜群のスタイル。
そんな遊佐ちゃんは今、背を向けて俺を誘導している。
『あなたをゆりっぺさんの所へ連れて行きます』
この世界について説明を求めた俺に対する遊佐ちゃんの返事はこれ。
詳しくは聞いていないが、遊佐ちゃんはあるグループに所属しているらしく、この世界に着た所謂新入りはグループのリーダー、『ゆりっぺさん』に説明を受けるのだとか。
「あそこにいる方がゆりっぺさんです」
屋上から場所を移し、やって来たのは巨大なグランドを見下ろせる校舎の前。
遊佐ちゃんが指を指したその先には、校舎の壁にもたれ掛った一人の女子生徒。黒、というよりも紫色の髪の少女は興味深そうに俺の顔を見る。
思わず顔の包帯に手を触れた。生前からだが、やっぱりこの包帯は目立つようだ。
「遊佐さんから話は聞いたわ。私は仲村ゆり。そして、ようこそ死んでたまるか戦線へ」
「死んでたまるか戦線・・・?」
俺は今、何とも言えない微妙な表情を浮かべているのだろう。戦線ということは、何かと戦う、もしくはただの同好会か・・・?
「唐突だけど、あなた入隊しない?」
「は?何で?」
いきなりの入隊勧誘。サバイバルゲームの人数合わせなら可愛いもんだが・・・。
「遊佐さんに聞いたと思うけど、ここに居るってことはあなたは死んだのよ」
「知ってるよ」
「・・・報告通り、かなりの順応性ね。大抵の人は現実から目を背けるのに」
「死んでなきゃおかしいってことを、してきたからな」
何でもない様に俺はそう答える。でも、本題はそんなことじゃない。
「悪いけど、俺はそんなグループの話を聞きに来たんじゃないんだよ。この世界について聞きたいことがあるって聞いてなかったか?」
「戦線に入隊したら、教えてあげるわよ?」
「じゃあ交渉決裂だな」
教えるくらいタダでしてくれないところは大抵信用できない。そうやってすぐに信じる奴ほど痛い目見るもんだ。俺は背を向けて歩き出す。
「あーーーー!分かった、教えるわよ!」
「初めからそうすればいいものを」
俺はもう一度仲村のほうに向きなおる。
「この世界が死後の世界だということは、もう知っているわね?」
「あぁ、そうらしいな。もっとも、確証なんざ何処にもないわけだが」
「あるわよ?」
「え?」
「この世界では、人間はすでに死んでいるからもう一度死ぬことはない。傷を受ければ痛みはあるけど、時間が経てば完治するわ。それが致命傷でもね」
成程。大抵の無茶は簡単にできるということか。試したいとは思わんが。
「あと、私たちは既に死んで残機無限のマ○オ状態だけど、それ以外は普通の人間と何ら変わりはないわ。お腹も空くし、汗もかくわ」
「ここに居る奴等、全員が死人なのか?」
「そうではないわ。この学園には死者とは別に、ノンプレイヤーキャラクター、所謂NPCと呼ばれる存在が殆どよ」
「NPC・・・ゲームとかでコンピューターのプログラムで動くアレか?」
「そう。この世界に迷い込んだ死者の、学園生活を円滑に進めるための存在。でも、彼らにもそれぞれの意思があって、私たち死者と見分けがつかないのよ」
自分が死者であるかどうかを、自覚している以外ではね。そう仲村は付け足す。人間に近い人形、そんな表現が頭に浮かんだ。
「・・・ここが死後の世界だということは、一応納得した」
「そう?それじゃ、早速戦線に」
「最後に!」
俺は中村の声を遮り、一番聞きたい事を聞くことにした。
「この世界から・・・・・・・なんて言えばいいのか、俺が、死ぬ前に居た世界の様子を見ることはできるのか?」
「・・・・・・・」
仲村はジッと俺のほうを見据え、そして首を横に振った。
「・・・そうか」
仲村が嘘を吐いているようには見えなかった。恐らく本当に知らないんだろう。微妙に重苦しくなった空気を払拭するように、俺は努めて明るい声で問いかける。
「で?そっちの、入隊ってのは何の事なんだ?」
「いいわ。場所を変えましょう」
-------------
仲村と遊佐ちゃんに連れてこいられたのは、何と校長室だった。ここが死んでたまるか戦線の本拠地らしい。ならこの部屋の主である校長はと尋ねると
『追い出して私たちが使ってるわ』
何とも過激な話である。もしかして、俺はとんでもない場所に連れてこられたのかもしれない。だが、ここまで来ては引き返せない。俺は校長室の来賓用のソファーに座る。
「ここはね、生前過酷な人生を過ごし、ありふれた学園生活さえ送れなかった若者の魂が死後に行きつく場所なの」
仲村は窓からグランドを見つめ、そう語り初めた。
「人の死は無差別に起きるものだった。だがら抗いようがなかった。でもここは違うわ。抵抗すればいつまでも存在し続けられるのよ」
「抵抗って、何に抵抗するんだよ?」
「神と天使によ」
は?神と天使?
「あたし達は今まで理不尽な人生を送って来たわ。なら、そんな過酷な人生を強いて来た何者かが居るとは考えられない?こんな世界が存在する以上、否定はしきれないはずよ?」
「それが、神と天使ってか?」
「そうよ。より正確にいえば、天使は神の使いであり、この世界に迷い込んだあたし達人間を消滅させる役割があるの。だからあたし達はまず天使を駆逐し、その黒幕である神に復讐する。そしてこの世界を手に入れる!!それがあたし達《死んだ世界戦線》の目的よ」
復讐。仲村の言を信じるのなら、この世界に居る死者達は皆、現世に強い未練を残した若者たちが行きつく場所。そんな自分達を消す存在がいるのならそれを消し去り、自身の人生における憎悪の全てを清算し、この世界で果たせなかった青春を謳歌しよう言うのか。
「その神と天使ってのは、いったいどんな奴なんだ?」
「神については、私たちも姿を見た事がないので詳細は不明です」
遊佐ちゃんはそう補足する。
「ですが、天使についてならこちらの映像をご覧ください」
遊佐ちゃんが壁にあるボタンを押すと、天井から大きなテレビが降りてくる。そこに映っていたのは、銀色の髪の人間離れした容姿の少女。
「彼女が天使よ」
仲村は忌々しそうに画面を見つめる。そこに映し出されたのは一方的な蹂躙劇。多くの男子生徒が拳銃を持って立ち向かうが、天使と呼ばれた少女はそれを意に介さず生徒を切り裂いていく。撃ち出された銃弾は天使に当たる直前に軌道が逸れ、手から生えた剣が血に染まる。
「彼女はこの学園の生徒会長として、私たちに模範通りの生活を強いるわ。でも、私たちは普通の学園生活を送ると、いずれ消滅してしまうのよ」
「どんなに切り付けられても死なないのに、普通の学園生活を送ると消滅?ますます意味の分からない学校だな、ここは」
「あなたもこの世界に居るということは、過酷な人生を味わって死んだはず。戦線に入れば、あなたにそんな人生を強いた神に復讐ができるのよ?悪い話じゃないわ」
仲村は俺に手を差し出してきた。俺はその手を―――――――――
「悪いけど、俺にメリットが無いや」
掴まなかった。仲村は心底驚いたような表情を浮かべる。
「どうして!?神に復讐できるのよ!?反抗しなければ、この世界から消えてしまうというのに!あなた消えたいの!?」
「消えるのは御免だけどな、それも学園生活を送らなきゃいい話だろ?」
確かに仲村たちの方法を一つの手だが、こっちのほうが簡単だ。
「それに、俺はどんな理由があっても女の肌に傷をつけてはいかんと教えてきた」
そう、愛する家族に教えてきた。教えた俺がそれを守らなければ、あいつらに示しが付かない。これは俺が自分に課した絶対的なルールの一つだ。
「随分フェミニストなのね。でも、天使を前にして同じことが言えるかしら?」
「言ってやるさ。俺は死んでも女の肌に傷をつけん」
そもそも、いくら相手が強いからって、一人の女を集団でいたぶるのが気に入らん。
「それに、俺にとっては神様とやらに復讐するのはお門違いなんだよ」
「それって・・・」
「お前らにどんな事情があるのかは知らんし、お前等のやることを邪魔しようとも思わんが、場合によってはその限りではない事を覚えておけよ」
そう言って俺は中村に背を向ける。校長室を出る前に、遊佐ちゃんに目を向けた。
「悪いな遊佐ちゃん、わざわざ案内してもらったのに、いろいろと空気を悪くして」
「いいえ。気にしないでください」
「・・・そうか。じゃあ、縁があればまた会おう」
そう言って、俺は校長室の扉を閉めた。
皆様のご意見ご感想お待ちしております。