Angel Beats! 失われた未来   作:大小判

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遊佐

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いいか!僕はパパの子供なんだ!つまり、お前らは僕の下僕!言う事を聞かない奴は飯抜きだからな!』

 

院長を殺した後も、家族と暮していた時も、死んだ後も、こいつの言葉を俺はずっと覚えている。なぜ俺は、俺達はこいつらの言いなりにならなければならなかったんだ?

余りの苦しさに、自分の意思を殺した奴がいた。変わらない生活に自ら命を絶った奴がいた。そして俺は、殺人鬼の烙印と共に自分の手を血で染めた。こいつらさえ居なければ、形は違えど幸せになれた筈なのに・・・。

 

 

 

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目の前の怨敵が遊佐ちゃんの前で立華の刃を構える。その光景を見た瞬間、思考が頭を巡るよりも先に体が動いていた。突き立てようとした腕を握り潰さんとばかりに力を込めて掴む。

 

「久しぶりじゃねぇか・・・五十嵐ぃ」

「気安く呼ぶな。目ん玉抉り出されたいか?」

 

それにしても、なんて力で引っ張ってきやがる。生前は良くも悪くも平均程度の筋力しかなかったように思っていたが、立華並みの力だ。その答えは、恐らくこの腕から生えた刃。立華と同じ刃だ。

 

「ガードスキル、distortion」

「っ!?」

 

千葉がそう呟いた瞬間、掴んでいた俺の腕は弾かれた。これも立華と同じ力だ。間違いなく、千葉はAngelPlayerを使っている。

そう驚きながら、俺は遊佐ちゃんの腕を掴んで千葉と距離を取る。

 

「おい、遊佐ちゃん!しっかりしろ!」

「はっ・・・はっ・・・はっ・・・はぁっ・・・・!」

 

全身から嫌な汗を拭きだし、焦点の合っていない眼で俯いている。体の震えは収まらないし、呼吸もなんだかおかしい、ストレス性の過呼吸か?

 

「おいぃ・・・そんなクソ女に構って、俺を無視してんじゃねぇよ五十嵐ぃ」

 

千葉が言葉を吐く度に、遊佐ちゃんの体はビクッと跳ね上がる。歯がガチガチと音を鳴らす音、何時もの遊佐ちゃんの様子とはかけ離れていた。

 

「俺はお前に会うために、準備してきたってのによぉ」

「準備?」

「そうだ!見ろっ!!」

 

千葉は刃が生えた腕を掲げる。その光景は相変わらず、仮初の力を手に入れて喜ぶ小物の様にしか見えなかった。あの時と同じだ。俺が死んだ夜と同じ。

 

「お前を殺す為にこの力を手に入れた!!死なない世界で死ぬまでお前を殺す為にな!!」

 

狂人の叫びが食堂に木霊する。それに比例するように遊佐ちゃんの小さな体がより大きく震える。自分の腕で強く体を抱きしめて、痙攣を押さえている。

 

「・・・・そんな事は、どうでもいい。今すぐ失せろ」

 

遊佐ちゃんに背に回す形で立ち塞がり、千葉を威嚇する。そうだ。今は奴に構っている暇はない。すぐにでも仲村とかに遊佐ちゃんを保護してもらわねぇと。

 

「お~、怖っ!そんなに使い古し(・・・・)の女が良いのかよ」

「ひっ・・・!」

「・・・・・・・・・・」

「まぁ、俺が輪姦(まわ)したお古で良いならくれてやるからよ、とにかく俺と――――」

 

・・・・・一瞬、頭に血が上り過ぎて意識が遠のいた。こいつが何を言っているのか分からない。俺はそう簡単には怒らない方だと思っていたけど、案外そうでもないらしい。

 

「まぁ、処女じゃ逆に萎えるって奴もいるか・・・って、聞いてんのか!?」

 

眼の前の奴の声が五月蠅い。

縮こまっている遊佐ちゃんを見る。これ以上、奴の声を聴かせたくない。

 

「千葉・・・お望みなら今すぐここでやってやる」

 

とにかく黙らせられるなら何でもいい。どんな奇天烈な力を持っているとしても関係ない。拳の骨を鳴らしながら軽く柔軟、すぐにでも潰してやる。なのに、千葉はまるで小馬鹿にしたような下卑た笑みを浮かべて口を開く。

 

「にしても分からねぇな。何でお前がよりによって遊佐を庇うんだよ」

 

その言葉を聞いた途端、走り出したのは直感だった。こいつをこれ以上喋らせてはならない。俺は全力で拳を突き出す。

 

「うおっ!!?」

 

千葉の周りに発生した変な力の影響か、拳は見えない壁の様なものに阻まれた。力任せに突き抜くと、千葉は靴裏を床に擦らせながら1メートルくらい後退した。

 

「こっえー、やっぱりお前化け物だぜ」

 

千葉の声の続きを無視するように、すぐさま接近して蹴りを入れる。続けざまに拳、とにかく喋らせないように責め立てる。だが千葉はお構いなしに大声で喋り始める。

 

「おおい遊佐ぁ!!五十嵐ぃ!!お前ら知ってるか!!?」

「・・・・・?」

「・・・・黙りやがれ・・・!!」

「1月の夜、雨が雪に変わった日だったよなぁ!!」

「っ・・・遊佐ちゃん、聞くな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遊佐が五十嵐を刺したのはよぉ!!」

 

千葉は、とうとう言ってしまった。遊佐ちゃんが知らなかったことを。俺が今まで隠してきた(・・・・・・・・・・)、たった一つの事実を。

 

「千葉ぁぁぁぁっぁぁぁぁぁ!!!!」

「はっはぁぁあ!!」

 

急速に頭に血が上るのが分かる。床を蹴って千葉に殴り掛かったが、千葉は背を向けて走り出す。俺は後を追掛けるが、足の速さも立華並みだ。忌々しいが、俺じゃ追い付けない速さだ。

 

「そんな・・・嘘、です・・・そんなこと・・・・」

「嘘じゃねぇさ!!俺がお前にやらせたのを、忘れちまったかぁ!?」

「それ以上喋るな!!」

 

食堂の机を千葉に向かって投げつけるが、千葉の身の回りにある力場がそれを許さない。千葉はその忌々しい口をさらに開く。

 

「どうだった?今まで友達ごっこしてきた奴を刺した感触をはよ。俺は最高だったぜ、こいつの頭をぶん殴ったのは特にな!」

「・・・だって・・・五十嵐さんは・・・・・違うと・・・思って・・・」

「遊佐ちゃん!」

 

遊佐ちゃんはショックに耐え切れず、遂に気絶してしまった。これ以上、心が壊れないように自己防衛が働いたんだろうか?どういう訳かは分からないが、今は気絶してもらった方がありがたいかも知れない。

 

「さぁ、邪魔者は落ちやがった。いい加減に俺と――――」

「遊佐さん、五十嵐君!!」

「お前ら、無事か!?」

 

その時、食堂の扉が勢いよく開いた。仲村を筆頭とした、死んだ世界戦船の作戦実行班だ。

 

「ちっ!邪魔が入りがった」

「きゃあっ!?」

「うおっ!?」

 

それを見るや否や、千葉は凄まじい速さで戦線メンバーの壁をかき分け、食堂から飛び出す。

 

「待ちやがれ、千葉!」

 

俺もすぐさまは追掛けたが、戦線メンバーをかき分けた時には、既に千葉の姿はなかった。くそっ、逃げられた・・・!悔しさのあまりに、拳で壁が陥没する程の力でを叩く。

 

「五十嵐君!ここで一体何があったの!?」

「そうだ・・・仲村!遊佐ちゃんを・・・!」

 

結局俺は、多くの禍根を残したまま最大の怨敵を逃してしまった。俺の未来を奪い、遊佐ちゃんの人生をも狂わせた悪魔はこの学園のどこかにいる。院長を殺した時と同じ、怨嗟の炎が雪雲を焼かんと燃え上っていた。

 

 

 

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それから3日後、千葉は毎日のように人間を襲うようになった。1日に何人もやられ、戦線も目を皿にして探しているが、相変わらず影も形も捉えられない。

仲村は初め、立華を疑って彼女にアプローチを掛けたが、当の立華も千葉を探していているらしい。

 

『生徒を襲うのもそうだけど、前に一度私の部屋に泥棒が入ったから、今回もそれが関係しているかなって』

 

恐らく立華の勘は正しかったんだろう。立華の部屋から力の大元を掠め取って好き勝手している千葉を放っては置けない。その事実が戦線を駆り立てていた。

 

「・・・・遊佐ちゃん・・・どうしてっかな」

 

遊佐ちゃんはというと、ショックで部屋から出てこない。飯もまともに食べていないらしく、死なない世界と言えど無茶が過ぎる。あぁ、こんな日が来ないことをずっと願っていたが、事はそう簡単には運ばないらしい。

校長室の窓から見上げる空は、相変わらず灰色の雪雲で覆われていた。雪が降るか降らないか、そんな微妙な空模様はまるで俺達の心の様。なんて、ありふれた言葉を考えていると、校長室の扉が開き、仲村は中に入ってきた。

 

「準備が整ったわよ、五十嵐君」

「ん。手間掛けさせて、悪いな」

「そう思ってるなら、遊佐さんを部屋から引きずり出してきなさい。その為に女子寮に入るのを協力したんだからね」

 

仲村から投げ渡された一本の鍵を受け取る。遊佐ちゃんの部屋の鍵だ。あの後、事情を説明しなければならなかった俺はすべてを話した。俺と千葉の関係を、生前に起きた俺と遊佐ちゃんの出来事について全てを―――。

 

「千葉は昔遊佐ちゃんがやっていた事を真似して、俺達を誘き出そうとしたんだな」

「十中八九そうでしょうね。でも天使の力を使うなんて思いもしなかったわ、今思えば不自然だったけど」

 

幾ら広いとはいえ、初戦は学園。あれだけ犯行に及んでいた奴があれだけ探しても見つからない方がおかしかった。人間じゃできない事でも、立華と同じ力なら出来ることもあるんだろう。例えば、岩沢に変身したアレとかな。

 

「目的はやっぱり・・・」

「・・・俺だろうな。あいつとの傍迷惑な腐れ縁が、まさか死後の世界でも続くとは思いもしなかったけど」

 

でも当たり前と言えば当たり前だ。院長を殺した後、しばらくの間あの孤児院の事はニュースにも報じられていた。今まで悪事を根掘り葉掘り掘り返されて、残った奴がどんな目に遭ったかは想像に難くない。実の父を殺し、人生を狂わす発端を生み出した俺を恨むのは当然の事だった。でも千葉、それを理由に遊佐ちゃんを巻き込んだお前を、俺は許す気はない。そういう意味では、俺とお前は同じだ。

 

「五十嵐君・・・・生前にあなたを刺したのが遊佐さんだって、いつから気づいていたの?」

 

真剣な光の中に、探るような眼差しを向けてくる仲村。もうこうなったら中村は譲らない。今更隠しても無駄だ、全部本当の事を話した方がいい。

 

「初めて会った時には気づいていた。あの時は雨の日の夜だったから、俺は顔を確認できたけどな、街灯が逆光になって邪魔したのか、ただ単に俯いていたか分からないが、遊佐ちゃんは俺に気付いていなかったんだけどな」

「こんな言い方はしたくはないけれど、遊佐さんはあなたの殺しに加担した1人だったんでしょ?彼女を恨まないの?それとも、復讐が目的で遊佐さんに近づいたのかしら?」

 

仲村らしいキツイ言い方、だが仲村は今までそうして仲間を守ってきた。だからこそ思う。仲村みたいな奴が、遊佐ちゃんの味方でよかったと。

 

「正直、遊佐ちゃんを同行するかは、俺自身にも分からなかった。復讐がしたいのか、訳を問いただしたいのか、忘れるべきなのか、あの一刺しがなければ、俺は生きていられたかもしれない。でも・・・」

「でも・・・?」

 

背中を刺された時の灼熱、それと共に振り返って見た綺麗な女の顔。そのあまりに昏くて悲しそうな眼を見て、俺はどう思えばいいのかも分からなくなった。

そして訪れた死後の学園。そこで見た遊佐ちゃん顔は能面みたいだったけど、何処か明るくて。何かと思って付いて行ってみれば、そこには沢山の仲間に囲まれた遊佐ちゃんの姿。

 

「戦線の皆と一緒にいる遊佐ちゃんが、余りに幸せそうだったから、今更あの時の事を掘り返す気にもなれなくてな。隠し通したままにすれば、あの子の小さな幸せが続くと思ったんだが、まさかこうなるとはな・・・・」

「五十嵐君、遊佐さんの事が好きなの?」

「ぶっふおぉっっ!!?」

 

突拍子のない仲村の言葉に思いっきり咽こむ。な、なんてことを聞きやがるんだ・・・!?

 

「・・・それは、どういう意味でだ?」

「五十嵐君が、遊佐さんの事を異性として好きなのかって」

「何でそうなるんだ?」

「だって、普通自分を刺した相手をそう簡単に許そうなんて思わないでしょ?ましてやそれが元で死んだのに。これはもう、愛の力が五十嵐君をそうさせたとしか」

「ほっとけ!」

 

こんな恥ずかしいこと、こんな所で言えるか。仲村に言えば、瞬く間に戦線に広まる事は目に見えている。

 

「・・・・否定しないのね」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

だからと言って、一切の否定が出来なかった。仲村の言うとおり、俺は遊佐ちゃんの事を好いているのは確かだからだ。事が事だけに、俺はその事を打ち明けるつもりはサラサラなかったが。

 

「もしそうなら、さっさと遊佐さんの所に行きなさい。お姫様が待っているわよ」

「だから放っておけっての」

 

仲村は笑顔で俺の背を押してくれた。それに答えるように、俺は校長室を出ていく。

 

「五十嵐君、遊佐さんに伝えておいて」

「何をだ?」

「仕事が溜まってるから、早く出てきなさいって」

「はいよ」

 

遊佐ちゃんを想う、仲村なりの言葉を確かに受け取り、俺は女子寮へと足を運んだ。

 

 

 

   ------------

 

 

 

戦線の女子メンバーに導かれてこっそりと女子寮に忍び込んだ俺は、遊佐ちゃんの部屋の前に来ていた。ノックをしても開かないのは先刻承知、仲村から借りた鍵を鍵穴に差し込み、解錠する。

 

「遊佐ちゃん」

 

遊佐ちゃんはそこにいた。ベッドの上で布団で体を隠し、あの時と同じ昏い目でこちらを凝視している。千葉の言っていたこと、そして仲村から聞いた話を総合すれば、遊佐ちゃんの心中は察して余りある。いや、察するなんてのは無理だ。俺は男で、遊佐ちゃんは女。女には女の苦しみがある。男の俺にはそれを理解することは、恐らく永遠に不可能だろう。

 

「・・・っ!」

 

それでも良い。俺の考えの全てを、どうしても伝えなければならない。その結果、遊佐ちゃんが俺を恨んでも構わない。俺はまた一歩遊佐ちゃんに近づく。

 

「・・・・・・・・・・」

 

それに反応するように、遊佐ちゃんもベッドから立ち上がった。その手には鈍く光る工務用の大きな鋏。ベッドにシーツには、それによる穴が沢山開いていた。俺を部屋に入ってきた敵と認識したのか、何時も二つ結びにしている髪は解け、血走った目で幽鬼の様に近づいてくる。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

だからどうした?俺が今まで何を相手にしてきたと思っている。

鉄パイプに木製バッド、釘バッドに金属バッド、ナイフに拳銃、小太刀に長ドス、手裏剣にクナイ、ハルバートも天使の刃。あんなチャチな鋏が、どうして俺の命を奪える?関係ないんだ。遊佐ちゃんは俺を殺してなんていなかった。俺を殺したのは千葉だ。そうだ、やっぱり俺が遊佐ちゃんを恨む理由なんてなかったんだ。

 

「っっっ!!!」

 

また一歩、遊佐ちゃんに近づいたその時だった。床を蹴って間合いを詰めてきた遊佐ちゃんは全体重を速度に乗せて、全力で鋏を俺の腹に食い込ませた。

 

「ぐっ!」

 

腹に食い込んだ刃は初めは冷たく、やがて灼熱する。俺は避けることもせず、痛みを歯を食いしばって耐え、両腕で遊佐ちゃんの体を抱きしめる。

 

「あ・・・あぁ・・あああああああああああああああ!!!!!」

 

絹を引き裂くかのような絶叫を上げ、遊佐ちゃんは俺の腕の中で暴れだす。これまでの怒りと憎しみの全てを開放するように、今まで俺が接してきた遊佐ちゃんが夢幻だったかのように。

 

「汚い手で・・・触るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!」

 

食い込んだ金属が腸を掻き混ぜ、抉る。それでも抱き染める腕の力を緩めない。

 

「離せ!離せええええええええええええええええええええええ!!!!」

「・・・離すか・・・っ!」

 

腹から滴る血が、部屋の床を赤く染める。こっちが本当の遊佐ちゃんなのかもな。まぁそれで俺の気持ちが変わる筈もないが。人間のというのは案外図太くできているらしく、こんな状況でも悠長にそんな事を考える。

 

「がああああああああ!!あぐぅっ!!」

 

遊佐ちゃんも遊佐ちゃんで必死に抵抗する。鋏で腸を抉るだけじゃ飽き足らず、今度は血が出るほどの力で俺の首元に噛み付く。火事場の馬鹿力とでもいうべきか、首元からブチブチという音と共に血が滴り落ちる。

 

「ぐぅ・・・・。っ!」

「うぐぅっ!?んんんんんんんんん!!」

 

それでも構わず、遊佐ちゃんの頭を俺に押し付ける。すると更に強い力で腹を抉り、首元を噛み千切る。まるで遊佐ちゃんに捕食されるかのようなイメージが湧く。光を受けて輝いていた綺麗な金髪が、今はその艶を失っている。その事実が酷く悲しかった。

あぁ、それでも構わないさ。俺が知っている遊佐ちゃんに戻らなくてもいい。俺の我が儘だけど、ただ聞いて欲しいんだ。俺の意思を。俺の心臓の鼓動を―――。

 

「どうして・・・?」

 

その時だった。遊佐ちゃんは俺の首元から口を話し、俺に何かを問いかける。

 

「離せと言っているのに、なぜ離さない・・・?」

 

何時もの敬語ではない、まるで遊佐ちゃんの素のような自然な口調。ようやく、俺はこのステージに立てたのだと実感する。しかし、何で離さないのか、か。理由は酷く単純だが、この雰囲気に乗せて言うべきなのか、俺は少し悩んだ末にこれだけは誤魔化すことにした。

 

「離したら、遊佐ちゃんは手の届かない場所に行っちまいそうだからな」

「だから、どうしたんだ・・・?」

「俺は君に言いたいことが一杯あるから、それだけは絶対に言わなきゃならない。まず始めに、どうしても言わなきゃならない事があるんだけど・・・・あー、なんて言えばいいんだ」

 

仲村から聞いた初めの遊佐ちゃんは、男を殺す事だけを目的に死後の学園を彷徨っていた。そして千葉のあの言動、そこまでくれば遊佐ちゃんの身に何があったのか、想像は容易い。

もしかしたら他の事かもしれないが、俺はこの事だと直感する。事はやっぱり俺には理解することはできない。遊佐ちゃんが感じた痛みも苦しみも、全て遊佐ちゃんの物だ。誰にも共有できないし、誰にも消せやしない。だから俺の口から発せられたのは、なんでもない励ましの言葉だった。

 

「―――辛かったな」

 

そう言って、抱きしめる腕により一層力を込めた。この後に何か言葉を続けなければならない。なのに、俺の心の内には何一つ言葉が残っていなかった。弱ったな、これじゃ意味が解らなくなっちまう。案の定、遊佐ちゃんは俺に向かってまくしたてるように言葉を並べる。

 

「何を言っている・・・!お前に何が分かるんだ!私の何が・・・――――」

 

言葉が切れた。

遊佐ちゃんの瞳から、何かが零れ落ちる。

それは電灯の光を反射して、キラキラと光りながら遊佐ちゃんの柔らかい頬を滑り落ちて行った。光の雫は、いくつもいくつも溢れ出てきた。遊佐ちゃんの口から嗚咽が漏れる。

遊佐ちゃんの涙には、色んな意味が込められていたんだろう。それは男への憎しみであったり、辱められた悔しさであったり、俺の知らないかつての遊佐ちゃんだったり、俺が知っている遊佐ちゃんだったり。

 

遊佐ちゃんは今、その全てを抱えきれなくなっているのかもしれない。

 

遊佐ちゃんの頭を撫でた。

 

言葉は出てこなかった。

 

遊佐ちゃんの柔らかい髪を撫でる。

 

何度も、何度も。

 

遊佐ちゃんはその身を寄せてきた。もう何も考えなかった。体が勝手に動いた。俺はゆっくりと遊佐ちゃんの体を受け止めた。改めて腕の中にいる遊佐ちゃんを認識する。その体は、小さく感じた。

 

その小ささが、やけに切なかった。

 

 

 

   ---------------

 

 

 

遊佐ちゃんは長い間泣いていた。目の周りは真っ赤に染まり、今俺と並ぶようにベッドに腰を掛けて俯いている。ポツリ、ポツリと、遊佐ちゃんは言葉を零した。

 

「私の家は、有名な政治家の家だった。何時も体面ばかり求められて、私自身の事を家族は誰も見てはくれない。両親の意向で有名な進学校に通わされた私は、そこでは友達も作らずに何時も誰かを蹴落としたり、誰かに蹴落とされる競争の毎日を送っていたんだ」

 

それは遊佐ちゃんが俺がいるこの場で零した愚痴だった。誰かに言わなければ、やりきれない事もあったんだろう。今この場でそれを零したのは前進だと俺は感じた。

 

「それでも・・・人並みに友達とか、恋とか、そういうのを望んで生きてきた・・・あいつが、現れるまで」

 

遊佐ちゃんの声が震える。それは過去と向き合う恐れなのか、今この世界にいる千葉への恐怖なのか。

 

「あいつは・・・塾の帰りの私を無理矢理・・・引っ張って・・・・そこで・・・私を・・・!」

「遊佐ちゃん、無理して喋らなくても・・・・・」

「っ!」

 

俺の言葉に頭を横に振り、遊佐ちゃんは絞り出すかのような声で言葉を紡ぐ。

 

「写真を取られて、脅されて・・・その事を家族に相談したら、すごく怒られた。『その事を絶対に他の人にバラすな。私の名誉に関わる』・・・そう言われて。・・・友達も居なくて・・・誰にも、話せなくて・・・あいつの言いなりになるしかなった」

 

ありったけの勇気を振り絞って話す遊佐ちゃんの言葉をしっかりと耳に刻みながら、俺は千葉への怒りを高めていた。奴さえ居なけれな、遊佐ちゃんには将来があったのに。

 

「そんな時・・・ある男をナイフで刺せって・・・言われた。やらなきゃ、私の写真を家や学校にバラすって。私は、それが怖くて、刺した・・・・あの雨の日に・・・お前を・・・」

「・・・・そっか・・・」

「その後・・・あいつが死んだって知って・・・もう誰を恨めばいいのか分からなくなって・・・それで、男を次々と刺すようになった。・・・私は、通り魔だって警察に追われるようになって・・・逃げてたら・・・車に撥ねられて――――」

 

 

「―――誰にも・・・励ましてもらえなかった・・・!」

 

 

そこで遊佐ちゃんの言葉は止まった。その後の事は知っての通りだったんだろう。

俺は天井を仰いだ。なぜ俺達はこんな目に遭わなければならないんだ?仲村はこの世界を創った神がそうしたのだといった。だがそれは違う。少なくとも遊佐ちゃんの人生はそんなものでは片付かない。遊佐ちゃんの人生を狂わせたもの。それは遊佐ちゃんの幸せに見向きもしなかった〝家族〟が。その幸せな未来の可能性を奪った〝千葉〟が。そんな世を作り出した〝世間〟が。悪魔を放置した〝五十嵐竜司〟がそうさせたに他ならない。

 

「教えてくれ・・・どうして私の所に来た?私を憎んでいないのか?それとも・・・復讐の為にワザと私に近づいたのか?」

 

図らずとも、仲村と同じことを聞くのは長年通信してきた影響だからだろうか?その事実に何だか安心して、自然と笑みが毀れる。

 

「・・・・何がおかしい?」

「いや、悪い悪い。なんか安心してな」

「安心・・・?」

「あぁ・・・遊佐ちゃんと戦線はまだ繋がってるって、そう思ってな」

 

俺は遊佐ちゃんと向き合い、おもむろに顔の包帯を剥がす。包帯に覆われ、熱を帯びた患部が冷えた空気に冷やされていく。遊佐ちゃんは言葉のない驚きをを露わにし、俺を凝視している。

 

「その答えを言うには・・・まず俺の事を話さなきゃな」

「・・・お前の・・・事・・・?」

「そうだ。あれはもう、何年前だったかな」

 

寒い部屋の中で、俺は過去を語りだす。趣味ではないが、全てを隠さずに語らなければ遊佐ちゃんの心には届かない。そう信じて口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 




heavensdoorでの遊佐はこんな感じで、敬語を使わない乱暴なしゃべり方だったと思うのですが、どうでしょうか。
遊佐の過去については作者のオリジナルですが、『五十嵐竜司という人間が居た場合での平行世界の遊佐』とでも思ってください。
皆さんのご意見ご感想お待ちしております。

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