それは、俺が何時ものようにスケッチする場所を探している時の事だ。
「野田・・・また死んだのか」
校舎の裏で、野田の背中に大振りの鋏が突き刺さっていた。
だが慣れというのは恐ろしいもので、生前なら動揺していたことも今ではこの通り、「あぁ、またか」位の印象しか残らない。生前の俺にこの映像を見せてやればなんて思うか―――
「いや、とりあえず保健室に運ぼうぜ」
「日向」
この世界の嫌な日常茶飯事に思いを馳せていると、後ろから日向が声をかけてきた。確かにその通りなので、野田の背中に突き刺さった鋏を抜く。普通なら出血を防ぐため、鋏はそのままにするべきだが、死後の世界では関係ない。
野田を背負い、日向と共に保健室に向かって足を進めると、日向が呟いた。
「それにしても、今日で2回目だぜ。こういうの」
「2回?」
「ここに来る途中、高松の腹に鋏が刺さって死んでたんだよ」
「鋏?野田と同じだな。同一犯か?」
「まだ分からねぇけど、高松を保健室に運んだ後、今度は野田の叫び声が聞こえてきてな。来てみれば案の定だ」
やれやれと頭を振って、日向は嘆息する。
「だがなぁ・・・なんたって凶器が鋏なんだ?」
「知るかよ、そんなの」
鋏というのは、凶器としては余りに不十分だ。元々生き物を着ることを想定して作られていない鋏は、弾力のある人間の体に刺すには相当力がいる。煉瓦の方がまだ殺傷能力がある。
そのことに疑問を感じつつも、俺と日向は保健室に足を運ぶのだった。
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保健室の扉を開けると、そこには見知った先客がいた。
「音無!」
「日向、それに五十嵐も」
特徴的な赤い髪を揺らし、ベッドの脇に備え付けられている丸椅子に座った音無は日向の声に反応し、こちらに振り向く。
「どうした、高松の見舞いか?」
「いや、藤巻が・・・」
「藤巻?」
野田を隣のベッドに寝かせ、音無が指を指したベッドを覗き込む。そこには死人のように真っ青な顔の藤巻が寝転がっていた。その隣には高松が同じような顔して寝転がっている。
「何があったんだ?」
「俺にも詳しくは分からない。河原を歩いていたら、上流から藤巻が流されてきたんだ」
そう言えば、藤巻はカナヅチだったな。足を滑らせて溺れたか?
「それと、藤巻の胸にこんな物が刺さっていた」
そう言って音無が取り出したのは、またしても鋏だった。
「また鋏かよ!?」
「また?どういう事だ?」
「今両隣で寝ている、野田と高松にも鋏が刺さってたんだよ」
戦線メンバーが3人も同じ凶器で殺されている(藤巻はよく分からないが)。今、この学園で何が起こっているんだ?
「これじゃあ、あの時と同じだぜ」
「あの時?一体どういう事だ?」
日向の呟きに俺と音無は反応する。以前にも同じ様な事があったのか?
「五十嵐や音無は知らないだろうが、何年か前の夏にとんでもねぇイカレ女が居たんだよ」
「女?そいつも、今回と似たような事をしていたのか?」
「あぁ。男ばっかり狙う通り魔でな、人間だったからゆりっぺは戦線に入れようとしてたんだが、俺はハッキリ言って反対だったぜ。何せ、被害者の中には戦線のメンバーもいたんだ」
大山と野田もやられたからな、と言って日向は顔を顰める。日向の言い分は分からなくもない。身内が傷付けられれば警戒するのは当たり前だからだ。
「そいつは結局、どうなったんだ?」
「成仏したらしい。ゆりっぺが確認した」
「この死後の世界で通り魔をするような奴が、本当に成仏したのか?」
「俺も疑問に思ったけど、ゆりっぺが話をしてから見なくなったからな」
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今回の事を報告するため、俺達3人は仲村の元へと訪れた。珍しく屋上で考え事をしていた仲村に事情を話すと、しばらくの間険しい顔で顎に手を当て、やがて口を開く。
「しばらくの間単独では行動せず、団体行動を心掛けて。こちらでも調査をするから、この事をメンバーに報告するように」
「分かった」
音無と日向は屋上を後にした。だが俺はある疑問を仲村に問いただすことにした。
「仲村、なんでわざわざ日向達に報告するようになんて指示を出した?遊佐ちゃんが居るだろ」
オペレーターの役割とはつまりそういう事だ。こういう仕事こそ遊佐ちゃんに頼むべきだろう。
「・・・遊佐さんは他の仕事で忙しいのよ。何でもかんでも彼女を頼るわけにはいかないわ」
「まぁ・・・そういう事なら別にいいが」
仲村の反応を気がかりに思いつつも、俺は仲村に背を向けて屋上に後にしようとした時――――
「五十嵐君」
「ん、どうした?」
「悪いんだけど、遊佐さんのボディーガードをお願いしてもいいかしら?誰が犯人か分からない今、遊佐さん1人じゃ危ないわ」
「む・・・わかった」
「後、これが一番重要な事なんだけど、遊佐さんにはこの事件の詳細は決して悟らせないように」
「おい・・・仲村、それはどういう・・・」
「あたしから遊佐さんに知らせておくから、お願いね」
仲村は俺の問いには答えず、そのまま屋上を出て行った。
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それから数日たったが、通り魔の存在は確認できなかった。被害者も顔を確認する前に殺害されているらしく、、探りを入れるのが得意な椎名でもその存在の影も形も捉えられず、何故か戦線メンバーのみならずNPC、それも男子生徒のみが鋏で殺害されるといったものばかりだ。俺と遊佐ちゃんは仲村の指示通り、共に行動しつつ情報を纏めることに専念していた。さっきもNPCが殺害されたところだ。
「これで9件目ですね。
仲村が遊佐ちゃんに出した指示と、俺が事件には触れさせないようにしている為、遊佐ちゃんの事件への認識はこんなものだ。そして、何故仲村が遊佐ちゃんをこの事件から遠ざけている理由も、この数日で何となくわかってきた。
それで良いと、俺もそう思う。俺が最近危惧している事と、もしこの事件の犯人が
「・・・?どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
俺が見ていたことに気付いたのか、遊佐ちゃんは不思議そうな顔をするが、適当にはぐらかすと特に追求することなく、再び音楽に耳を傾ける。
出来るなら、この光景、この姿がずっと続けばいいと思う。変化しないなんてことはあり得ない。そう思うからこそ、より強く変わらない事を願ってしまう。
「あっ!遊佐さーん!五十嵐くーん!」
時間も昼前、腹が減った俺達が食堂へ続く橋を歩いていると、背後からガルデモメンバーが追掛けてきた。その付添いには大山とTK。
「これからご飯?一緒に食べない?」
「私でよろしければ、ご一緒させていただきます」
「俺も別にいいぞ」
「herewego!Lunchtime!!」
騒がしくも明るく、まるで生前の過去を忘れたかのように、俺達は食堂に向かって足を進める。
「このまま杞憂であってくれよ」
そう呟いた俺自身にも掠れて聞こえる小さな声。それなりの幸せ、それなりの楽しみ、そして多くの仲間に囲まれた遊佐ちゃんを見ていると、そう願わずにはいられなかった。
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そんな事を考えていた2週間後の事だった。
「今日も通り魔は現れませんでしたね」
「一体どうしたんだろうな」
通り魔事件がバッタリと発生しなくなって、1週間が経過した。初めは何かの前触れかと思ったが、はたしてどうなのだろうか?
「このことに関して、仲村はどう言っているんだ?」
「現状を維持するようにとのことです」
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そして、さらに1週間が経過したが、事件が起こる前触れもなかった。初めこそ警戒を保っていた死んだ世界戦線だが、ここまで何もないとすると、通り魔をしていた、人間だと思われる人物は成仏をしたのでは?という、推測が飛び始める。
「警戒を解除するわ。各自、夜道などには気を付けるように」
仲村による警戒体制の解除が言い渡されたのは、その更に1週間後の事だった。
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吐く息が真っ白になるほどの寒い日々が続いていた。今にも雪が降りそうな灰色の雲が天を覆い、太陽と空を隠していた。そんな時に外を出歩く気にはなれず、寮の自室でコーヒーを飲んでいた俺だが、ふとベランダから下を見下ろしてみると、中庭に備え付けられたベンチに座る遊佐ちゃんの後姿を見た。
「何で男子寮の庭に?」
まぁ、中庭に関しては出入り自由だから別にいいが、こんな寒い時に外で座っている遊佐ちゃんを放っては置けなかった。俺はコートを羽織り、財布と部屋の鍵を持って中庭へと降りた。寮内にある自販機でコーヒーを2つ買い、遊佐ちゃんの元へと歩み寄る。
「こんな寒い時間に、一体どうした遊佐ちゃん」
「五十嵐さん」
振り返った遊佐ちゃんの顔は、寒さで少し赤くなっていた。俺が買ったコーヒーの内の1つを渡すと、遊佐ちゃんは素直に受け取る。
「ありがとうございます」
「そんで、こんな寒い中どうした?」
「何時もの情報収集をしようとしたのですが、この寒さで誰も出てこないようで」
「まぁ、な。今にも雪が降りそうだもんな」
遊佐ちゃんと俺はコーヒー缶のプルタブを開け、ゆっくりと傾ける。
俺だって遊佐ちゃんの姿が見えなければ外には出てこなかっただろう。指先が一瞬で冷たくなるこの気温じゃ、スケッチに行く気にもなれない。カイロか何かあれば別だが・・・何より変色した顔の左半分が疼く。
「いつも思っていたのですが、この世界に来た時から五十嵐さんは常にその包帯を着けたままですね」
俺が包帯に触れていたからか、遊佐ちゃんは何気なくそう聞いてきた。
「この世界では生前の傷なんて無くなっているのですから、着けていても意味はないのでは?」
「いや、何かもう着けてないと落ち着かなくてな」
苦笑しながら答える。あながち嘘ではないが、正直この傷を周囲に見せてもいい気分にはなれないというのが本音だ。
「相変わらず可笑しな人ですね」
「ほっとけ」
何気ない談笑が続く。そうしていると、戦線の服を着た女子生徒が近づいてきた。あれは・・・岩沢?
「遊佐。ちょっと用事があるんだけど、良い?」
「分かりました。それでは五十嵐さん、私はこれで」
「おう」
遊佐ちゃんを伴った岩沢は、そのまま食堂へと進んでいった。またゲリラライブの打ち合わせでもするのだろうか?
「さて、俺も部屋に戻るか・・・ん?」
自室に戻ろうとした時、俺は奇妙な光景を見た。いや、ある意味では自然な光景でもあった。女子寮と男子寮に挟まれた渡り廊下を歩くギターケースを持った女子生徒、特長的な赤い髪。
「・・・・・岩、沢?」
「ん?・・・五十嵐。どうかした?」
「お前・・・ついさっき遊佐ちゃんと食堂に行ったんじゃないのか?」
俺がそう言うと、岩沢はさも不思議そうに顔を顰め、首を左右に振る。
「いや、私はさっきまで、寮の部屋にいたけど」
どういう事だ?じゃあ、俺がさっき見た岩沢は・・・遊佐ちゃんを連れて行った岩沢は―――
「っ!!?」
全身に嫌な予感が駆け巡る。気が付けば、俺は食堂に向かって疾走していた。
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岩沢に連れられ、食堂に入った遊佐は猛烈な違和感に囚われた。
(人が・・・居ない?)
この大食堂は生徒の溜まり場だ。それがどうだろう、人間はおろかNPC1人すらいない。不気味なまでの静寂と、場違いにも思える電灯の光が遊佐を包む。
「岩沢さん、ここで一体何をするのですか?」
「ん?あぁ、とりあえず、こっちに来て」
遊佐は少しだけ警戒し、岩沢の言うとおりに動く。そこはいつもガルデモがゲリラライブの際に使用する大きな階段、その2階の踊り場だった。
「一体何を・・・」
「それはね―――」
下り階段を背にする岩沢と、上り階段を背にする遊佐は対面し合う。そして、岩沢の口から信じられない台詞が飛び出した。
『『お前は五十嵐を誘き出す餌にするんだよ』』
まるで2人の人間が同時に喋ったかのような、そんな声だった。それと同時に、岩沢の姿はグニャリと歪み、やがて再び形を成していく。
「そ・・・そんな・・・」
それは、遊佐にとっては悪夢のような光景だった。現れたその姿は175センチほどの男の輪郭。染めた金髪と整った表情を狡猾に歪ませている。
遊佐はその男を知っている。否、忘れられるわけがなかった。自分の人生を狂わせた憎き男。死後の世界で、仲間と出会うまで悪霊の様に彷徨う原因となった男。男、男、男男男男男男男――――!!
「ガードスキル、handsonic」
男の腕から、天使の刃が具現化される。遊佐は信じられないものを見たと、珍しく目を見開いて驚愕した。
そもそもhandsonicという刃は、この世界のマテリアルに干渉する事を可能とするソフトAngelPlayerを用いて立華奏が自衛用に作り出した代物だ。
遊佐自身がその事を知らなくとも、天使以外に使える者は居ないという偏見と、男がなぜ使えるのかという目の前の現実に混乱し、体の自由が利かなくなってしまった。
いや、そもそもこの男が遊佐の目の前に姿を現す。この事だけでも、遊佐にとっては致命的だった。
「はっはぁ!」
そしてそれは最大の隙を与えることでもあった。その整った容姿からは想像もできない下品な笑いが口から洩れ、刃を遊佐に向けて突き出し、肉薄する。
それに対して、遊佐は胸を両手で押さえ、全身から嫌な汗をかきながらただただ震えるのみ。凶刃が遊佐の胸に突き刺さろうとした―――
「させるかっ!」
その瞬間、剛腕が男の腕を捕らえる。まるでコンクリートの壁にでも腕を刺し込んだかの如く、ビクともしない腕を見て、次にその元凶を見て、男は顔を歪める。
「五十嵐・・・竜司・・・!」
「千葉・・・!」
死してなお、因縁は2人を出会わせた。重々しい灰色の空から、未だ雪は降らなかった。
今思えば、五十嵐竜司の容姿を説明してなかったな、と思いますので、この後が気を使って大雑把に説明させていただきます。
身長は180センチ 髪はうなじが隠れるくらいに伸びた茶髪 顔の左半分を包帯で覆っている 常時私服着用 包帯の下は額から頬にかけて大きな傷があり、処置を誤ったため黒く変色している。
皆様のご意見ご感想お待ちしております。