直井の事件の後、生徒会をサボりまくる直井の代わりに立華が再び生徒会長の座に就いた1週間後の出来事だった。
ここは屋上。今日、俺は珍しい事に音無に呼び出された。戦線でも珍しい常識人である音無は、俺にkeyコーヒーを投げ渡す。俺達は缶のプルタブを開けて、同時にコーヒーをあおる。
「それで?話ってのはなんだ?」
「いや・・・前から思ってたんだけど、天使は・・・立華はホント―――に、敵なのかって思ってさ」
それは戦線の存在意義すら失いかねない、戦線の新人メンバーの疑問だった。
「そう言えば、お前は直井の事件の時も立華と一緒にいたんだったな。その時に、何かあったのか?」
「あいつは・・・天使とかそんな物騒な奴じゃなくて、俺達と同じ人間だと思うんだ。麻婆豆腐が好きで、真面目なくせに天然で・・・。とてもゆり達が言うような奴に思えないんだよ」
あくまで俺の憶測だが、音無は誰も知らない立華の一面に踏み込んだからこそ、そう思っているんだろう。音無の疑問は戦線メンバーとしては異端中の異端だ。だが―――
「あぁ。俺もそう思うぞ」
俺から見た立華も、そんなに危ない奴には見えなかった。戦線と敵対しているのも、何か別の理由があるんじゃないかと思えるくらいには俺も立華と話した事がある。
音無は俺以上にそう思っているんだろう。だからこそ、戦線や立華と関わり持ち、尚且つ部外者である俺に相談を持ちかけたんだろう。
「五十嵐もそう思うか?」
「少なくとも、仲村の言うような奴じゃないと思えるくらいにはな」
「今日の会議でもその事を戦線の皆に言ったんだけど、なんて言えばいいのか・・・何かおかしくてな」
「おかしい?」
戦線メンバーがおかしいのは何時もの事だが、それを踏まえて言うのならよっぽどなんだろう。
「一体何があったんだ?」
「なんでも、立華は『俺達を消して世を無に帰したい』とか」
・・・・・・・・・・・・・・は?
「他にも『邪神の力を取り戻して人間界を支配したい』とか、『実は魔族の生まれ変わりで、時々過去の記憶が蘇るたびに胸の痣が疼く』とか、戦線の立華の設定がバラバラ過ぎるんだよ」
「それは・・・・確かにおかしいな」
少なくとも、立華にはそんな素振りはなかった。俺や音無が知らないだけで、実際はそうだという可能性もあるにはあるが・・・。
「一番初めに立華と敵対したゆりが言うには――――」
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これは、音無や竜司が死後の世界に来る前の話。仲村ゆりと立華奏が敵対する原因となった物語の軌跡である。
立華奏は長年死後の学園の生徒会長として君臨していた。この世界で何日も、何か月も何年も・・・時間の感覚が分からなくなるくらい一人で過ごして――――
(・・・・・流石に退屈)
立華奏は人間である。ショッピングも出来なければ遊園地もない。修学旅行もなければゲームセンターもない。こんな世界で遊びたい盛りの学生が閉じ込められれば、ある意味当然の感覚。
そんなある日の事だった。
立華奏は持ち物検査で没収した物を生徒会で整理している時、ふとある本を興味本位で開いた。その本のタイトルこそが―――
《聖神伝 ETERNAL》
宙二コミックと呼ばれる大人気漫画雑誌に掲載されていた人気漫画である。人類を滅ぼさんとする神々達に、主人公とその仲間たちが立ち向かうという物語で売りだ。
「・・・・・っ!!」
それは、今まで趣味らしい趣味を持たなかった立華奏は余りに大きな衝撃を与えた。学生と身分に身を任せ、勉強を励んできた者が大人になって初めてゲームをしてドハマりするのと同じ原理である。
結局その日、立華奏は寮の門限になるまで漫画を読みふけっていた。
(かっこよかったな・・・。この感動を表現したい・・・)
その日の消灯時間前、《聖神伝 ETERNAL》に思いを馳せていた。その時に思い付いたのが、作中に登場する《ホーリースティンガー》という敵の武器である。
立華奏は敵役の残忍さに痺れるほど感動していたのだ。丁度、立華奏はAngelPlayerなるパソコンのソフトを入手していた。それはこの世界のマテリアルに干渉する事を可能とするものだった。
それを用いて、立華奏がしたことはと言うと――――
「・・・・・ホーリースティンガー」
戦線でも御馴染みのhandsonicを作って、鏡の前で決めポーズをすることだった。
(・・・・カッコいい)
この時から、誰も居ないところで決めポーズをすることが立華奏の習慣となったのだった。これが全ての始まりであるとも知らずに―――
(誰も居ない・・・よし)
今日も立華奏は決めポーズの練習のため、校舎裏へと来ていた。誰も居ないことを確認すると、立華奏はセリフを口にする。
「神から授かりしこの力、見るがいい・・・そして戦慄せよ・・・!ホーリースティンガー!!」
何時になく大きな声で決め台詞を口にする立華奏の表情はどこか高揚していた。
(気持ちいい・・・・)
その姿はまさに生粋の中二病患者だった。そして今日はこれだけでは終わらない。
「そこにいるのは分かっているのだ。彷徨える哀れな仔羊たちよ・・・」
そういって適当な茂みに指を指すと―――
「「!?」」
何かが居た。否、それは後に敵対することとなる仲村ゆりが、立華奏の様子の一部始終を見ていた。
「つ、ついに正体を現したわね!?その力を使ってあたし達をどうする気!?」
仲村ゆりはどういう経緯かは分からないが、立華奏こそが自身に理不尽な人生を強いた神の眷属ではないかと疑っており、今日はそれを確かめるべく彼女に張り込みをしていたのだった。
そんな感じで、正体を現したと本人は思い込んでいる仲村ゆりに対し、立華奏はと言うと―――
(これは・・・《聖神伝 ETERNAL》のセリフ―――――――!!)
勿論偶然である。しかし更に偶然な事に、仲村ゆりの容姿は作中に登場し、先のセリフを言ったキャラクターと非常に似ていた為、立華奏の誤解を深めることとなった。
(この子もあの漫画が好きなの?それなら・・・)
(くっ・・・!このオーラ・・・得体の知れないものを感じるわ!!)
両者、認識の差があるにも気が付かづに物語はついに動き出す。
「愚問。下等な人間共を抹消する為よ。この神なる力、ホーリースティンガーがあれば容易い事。それこそが、神の使いである私の使命」
「何ですって・・・!?」
此処に来て、両者の間に盛大な誤解が生じることとなった。
(嬉しいな・・・キャラになりきるほどあの漫画が好きな子がいるなんて)
(間違いないわ!!あたしの読み通り・・・天使は脅威!!)
その後、今回の出来事が誤解であると気が付いたのは立華奏だけだった。
その後、何とか誤解を解こうと戦線に近づく立華奏だったが―――
「あの・・・話が・・・・」
「出たわね天使っ!!」
会って早々に戦闘に持ち込まれる。これに対応するために、Angelplayerで自衛用の能力を生み出したのも過ちの一つだった。
「よくもあたしの人生を弄んだわね――――!!」
「!」
この時、またしても仲村ゆりは作中の、例のキャラのセリフを言いながら銃口を向けた。もちろんこれも偶然である。
「オーバーザレインボー!!粋がるな人間っ!!」
ガードスキル、ディストーション。体表に特殊な力場を発生させ、弾丸や爆風を弾く事が出来るガードスキルだが、立華奏はついついセリフに釣られて前口上と共に発動してしまった。
「この
「流石天使だわ・・・!」
(・・・しまったわ)
その結果が、誤解をさらに深めることとなった。それでも立華奏はめげずに、誤解を解くために話しかけるが―――
「・・・・あたしは人間―――」
「ストップ!!」
大きな声で、仲村ゆりに言葉を遮られた。
「そうして同情を引こうとしたって騙されないわ!仮に元が人間だったとしても、今のあんたは「天使」そのもの。人間なら例えば好きな漫画を読んで幸せになる感情があるはず・・・・そんな感情が、あんたには無い!!」
「えっ」
誤解は更なる誤解を生んでいた。
「
憶測が飛び交う仲村ゆりの発言に、立華奏は呆然とした。そして同時にこうも思う。
(このゆりという子は・・・人の話を、聞いてくれない)
これこそが戦線メンバーの自己完結型の人間の量産の大本となったのかもしれない。リーダーがすれば部下はそれを真似するものである。
(どうしよう・・・これ)
不器用で天然。鈍感で口下手な立華奏は目の前の難題に途方に暮れていた。
その後も何やら誤解に誤解を重ねて、事態は引っ込みがつかなくなってしまっていた。立華奏も誤解を解こうとするが、それ以上に話を聞かない戦線メンバー達は自信を見かける度に攻撃をする。そんな事が幾年も繰り返された。
「・・・ちょっと、寂しいな」
それは余りにもか細い声だった。立華奏の生前は、かつて病に侵され病院の外にも出られないか弱い女の子だった。故に青春には強い思い入れがあり、この世界でもそれを謳歌したいと考えていた。
しかし運命とは気まぐれにして残酷だ。生徒会長という立場は一般生徒に煙たがられ、この世界で初めてできた趣味は誤解に誤解を重ねて勘違いで敵対する者たちを生み出してしまった。
彼女が夢見る、友人に囲まれた幸せな平穏は依然として現れなかった。
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「とまぁ、こんな感じでゆり達は立華を神の使いだって思い込んでるんだよ」
「成程なぁ」
音無の話を聞き終え、俺は思わず腕を組んで考え込む。なんか、誤解に誤解を重ねていそうな感じがするのは気のせいか?
「というか、立華って『粋がるな人間っ!!』とか、そんなこと言う奴だったか?」
「ゆりは、今までは神の命令で沈黙を守っていて、この世界で天使が動かなければならないトラブルが起こったから動き出したとか言っているけど、やっぱり何かおかしいよな?」
うーん。何かがおかしいが、それを誤解だと証明するだけの情報がない。どうしたものか・・・。
「・・・・・・あ」
「ん?どうした音無」
「なぁ五十嵐、お前って宙二コミックっていう漫画雑誌を知ってるか?」
「あぁ、知ってるけど」
生前に、弟の啓太に強請られたことある。雑誌は買い続ければ高く付くから、単行本が出れば買ってやるって言って、好きな漫画を買ってやってたなぁ。
確かタイトルは《聖神伝 ETERNAL》ていう、結構面白い漫画だった。
「それがどうかしたのか・・・・あ。もしかして」
「あぁ。立華のセリフは・・・・」
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その日の夜、丁度戦線のオペレーションでガルデモが学園の許可なくライブをしていた。これなら好都合だ。俺も音無も立華の足止めとして対面することになる。他の連中は別の場所についているし、遊佐ちゃんも講堂内でライブを楽しんで・・・もとい、オペレーターとして仕事に励んでるしな。
「!音無、立華が来たぞ」
「よし、作戦実行だ」
音無は講堂に背を向けて、立華の前に立ち塞がる。認識を変えて改めて見てみた立華の無表情は、何処か物鬱気にも感じられた。今回は音無直々の頼みで、俺は様子を見守るだけにしている。さて、どうなることか・・・。
「天使!神の意志であろうと邪魔はさせない!ここを通りたければ俺を倒していくんだな!!」
音無しは銃口を向けて、予め用意してあったセリフを並べる。これに食いつけば思惑通りだ。そしてそれはあっさりと訪れる。
「耳障りな宴で神がお怒りだ。貴様らの生血でその怒りを鎮めていただこう」
両腕から刃を生やし、立華は予想していたセリフを並べた。あぁ、なんてアホらしい原因なんだろう。誰も彼も説明を聞かなかったばかりに、こんな血で血を洗うような戦いになったんだ。
「・・・やっぱりな」
それを聞いた音無は、ゆっくりと銃を下した。
「俺も好きだよ。その漫画」
月光に照らされた音無の顔は、どこまでも優しいものだった。そう、なんてことはない。立華はただ単に、漫画の真似事をしていたところを仲村に見つかって、それが誤解を呼んだだけなのである。
多分相当ハマっていたんだろう。戦闘中でも正確に作中のセリフを並べるとは。2人の間に流れる緩やかな沈黙は、やがて音無が照れくさそうに頬を掻きながら口を開くことで破られた。
「俺や五十嵐も、それ読んだことあってさ。今まで戦線と色々あったけど、誤解なんだろ?ゆり達は話を聞かない奴らだし、俺と五十嵐が間を取り持つから―――」
「・・・・・、・・・あ」
今まさに、様々な誤解の果てに生まれた因縁に1人の男が終止符を打った。奇しくも一方的に立華を敵と誤解していた戦線メンバーである音無が呆然とする立華に優しく声を掛け―――
「そこまでだ!!」
たところで、飛んでもなく邪魔な闖入者が講堂の屋根から俺達を見下ろしていた。
「な、直井・・・?」
余りの事態の思わず呆然とする。ていうか、この場面で空気を読まずに現れたのか?
「天使め・・・!音無さんには指1本触れさせない。僕を怒らせる前に失せろ!!」
「な・・・直井・・・」
月をバックに、決めポーズと共に俺達を見下ろす直井はまさに中二病の体現者だった。それを目の当たりにする音無しはドン引きしていて、同じ穴のムジナである立華は茫然と見上げていた。
「この神の目が、制御しきれず暴走する前にな・・・」
「ぶっは」
わざわざ目を赤くしてまで決める直井をみて、思わず噴出した。一般生徒を洗脳して戦線を全滅させようとしていた先日と音無に忠実なボケキャラである今でのギャップがあり過ぎて辛い。
「ーーーーーーっ!」
それを見た立華は、無表情ながらにショックを受けた様子で逃げ出してしまった。
「ふっ。口ほどにもない」
「立華――――!?」
「多分、
でもこれをきっかけに、立華と戦線は良い方向へと進んでいくと思う。後は俺達で誤解を解くだけなんだから。
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「天使が漫画なんて読む訳ないじゃない!!」
「だから、読んでたんだって!!」
そう思っていた時期が、俺にもあった。校長室の机を挟んで、天使が敵か味方かで口論する仲村と音無の言い争いは長時間に及んでもなお、戦線の認識は変化しなかった。
この溝は、どうやら相当深いらしい。
皆さんのご意見ご感想お待ちしております