カチンッ。カチンッ。と、撃鉄の音が玄関内に鳴り響く。それは拳銃に弾丸が残されていないことを示していた。
「・・・・・・・・・・」
学院の玄関に、血の雨が降り注いだ。五十嵐竜司の全身の銃創から噴出したそれは、ガラスの扉を、並んだ下駄箱を、加害者の13人を、その背に守るロッカーを余さす赤く染める。
「・・・・・・」
操られた一般生徒は一歩、ロッカーに背を預けて座る竜司に近づく。彼らを操っていた直井から、戦線メンバーとその関係者全員を殺害し、拘束するように命令を受けている。
故に、竜司が背中に守るロッカー^、その中にいる遊佐もまたその対象であることには変わりはない。逃げたガルデモメンバーも追掛けねばならないのだ。一般生徒はロッカーにもたれ掛る竜司を退かそうと、その血塗れの体に手を掛けた―――
「やってくれやがったな、この野郎」
瞬間、獣のように眼を鋭く開けた竜司は、一般生徒の手首を強く掴んだ。死後の世界最強の男は動きだす。操られ、銃弾を失った木偶の坊など、竜司の前にはあまりにも無力だった。
--------------
一般生徒を13人、きっちり気絶させて床に転がす。
「いつつ・・・。俺・・・どのくらい死んでた・・・?」
全身に食い込んだ銃弾が、肉体の再生と共に引き摺り出されていく。その余りの激痛に何度か意識が遠のくが、その痛み故に気絶する事すら叶わない。
しかも俺のTシャツとかズボンとか血塗れの上に穴だらけ。これはもう着れねぇぞ。
まぁ、それはともかくとして。どうやら俺は案外早く意識を取り戻したらしい。ロッカーの中にはまだ遊佐ちゃんが居て、操られた一般生徒が13人きっちりいたから、多分ではあるが。
「・・・さて」
俺は辛うじて血が付いていないシャツの背中側で血濡れの両手を擦り、ロッカー開ける。遊佐ちゃんは普段からは想像できない、狭いロッカーの中で体育座りをしながら顔を埋めていた。
「あー、遊佐ちゃん?大丈夫だったか?」
「・・・・・・・・」
遊佐ちゃんは何も答えない。・・・何、この居た堪れない沈黙?
「遊佐ちゃーん?ほれ、立てるかー?」
「・・・・・・・・・」
俺が手を伸ばすと、遊佐ちゃんは素直に俺の手を掴んで立ち上がった。だが顔は俯いたまま、長い前髪に隠れて表情が見えない。
「えーと・・・・遊佐ちゃん?」
もしかして具合でも悪いんだろうか?余りに血生臭過ぎて気分悪いとか?そう思って顔を覗き込もうとした瞬間―――
「っ!」
「だぁっ!?」
思いっきり向う脛を蹴り飛ばされた。幾ら華奢な遊佐ちゃんの脚力とはいえ、蹴られた場所は弁慶の泣き所。どうやっても鍛えようのない個所を蹴られ、思わずしゃがみ込む。
「二度と・・・」
「え?」
「二度と、こんな真似はしないでください」
下から見上げた遊佐ちゃんの顔は、必死に鉄面皮を取り繕うとしているのに、その赤い目一杯に雫を溜め込んでいた。その顔を見ていると、なんだかやけに申し訳ないというか、何というか、強い罪悪感に駆られてしまう。
「・・・ごめんな、遊佐ちゃん」
俺はゆっくりと立ち上がり、遊佐ちゃんの頭をポンポンと、2回軽く叩いた。何時も弟や妹にしている仕草をつい遊佐ちゃんにもしてしまったが、遊佐ちゃんは不思議と嫌がらなかった。
「・・・五十嵐さんは、これから音無さんの捜索に行かれるのですね」
頭を左右に振り、遊佐ちゃんは顔を上げる。そこにはいつも見ている無表情な遊佐ちゃんの顔だ。どうやら調子を取り戻したらしい。
「あぁ、遊佐ちゃんをギルドに送った後にな。ガルデモメンバーの無事も確認しねぇといけねぇし」
「私は1人でもギルドへ辿り着けますが?」
「ここは素直にエスコートさせてくれよ」
「エスコートって、五十嵐さんには到底似合わない言葉ですね」
うん、調子が戻ったのは分かったから放って置いてほしい。
「五十嵐さん、これはゆりっぺさんにもまだ伝えていなかったことなのですが、音無さんが天使と共に直井文人に連行され
るところを、目撃しました」
「音無が立華と?」
一体どういう組み合わせだろうか?というか、何で立華まで?
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ガルデモメンバーは皆無事だった。裏庭のギルドの入り口まで、運よく敵とは遭遇しなかったらしい。まぁ、俺の服の惨状を見て卒倒はしていたが。
「それでは五十嵐さん、御武運を」
「全部終わったら、迎えに来る」
ギルドの扉が閉まるのを確認し、俺はとりあえず校内を探索する。音無を探すって言っても、この学園は広い。ただ無暗に探してたんじゃ埒が明かない。
今わかってるのは、音無は立華と共にどこかへ連行されたという事。仲村の言葉から察するに、直井は立華という抑止力をどこかへ遠ざけたいと考えるのでは?
だとすると、反省室?いや、俺も一度見た事はあるけど、あの位の扉は俺でも壊せる。人間離れした怪力を誇る立華を閉じこめるならもっと頑丈な場所。体育倉庫?いや、反省室の扉の方がまだ頑丈だ。・・・・駄目だ、俺じゃ思いつかねぇ。
「あー!せめて通信機が使えればいいんだけどな!」
玄関での銃撃で、通信機はメチャクチャになってしまった。こんな事なら遊佐ちゃんに借りとけばよかった。
「こうなったら虱潰しに探すしか―――」
―――ドゴオォォォォ・・・・ッ
そんな時、どこからか破砕音が聞こえてきた、戦闘での爆発、いや違う。この校舎のどこからか・・・。
「・・・地下?・・・もしかして」
突拍子もない話だが、地下に独房でもあるのでは?案外そこの非常扉が地下への入り口だったり―――
―――バンッ!(音無と立華が非常扉から出てくる)
「うおっ!?本当に出てきた!」
「うわぁっ!?どうしたんだ五十嵐!?その血!」
「いや、俺としては何でお前が立華と一緒にいるかが気になるんだけど」
「話は後だ!早くみんなの元へ!」
「あぁ・・・そうだな!」
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雨はさらに激しさを増していた。俺と音無、立華の3人は濡れることも顧みずにグラウンドへと到着した。雨で冷える筈の体が、なぜだかやけに熱い。
目の前に広がるのは凄惨な光景。呆然と立ち尽くす男女問わずの一般生徒たち。傷付き、倒れ伏す戦線メンバーから流れ出る血はグラウンドにできた雨の道に流れで赤い池を作っていた。
「なんだ・・・これ・・・?」
音無は呟く。仲間の無残な姿に、動揺を隠しきれないようだ。ここは俺が冷静さを失ってはいけないところだろう。
「あれは・・・」
「っ!」
直井は、戦線の誰かの背を踏みつけていた。踵で転がすように仰向けにされる男子生徒。青い紙が特徴の、音無の親友。
「日向ぁ!!」
雨と泥に足を取られながらも、音無は親友の元へと駆けつける。それを追うように、俺は怒りを抑えながら、立華は相変わらずの無表情で地獄へと足を踏み入れる。
「大丈夫か!?日向!!」
「真っ先に俺に駆け寄って来るなんて・・・コレなのか?」
「冗談言ってる場合かよ!!」
日向は比較的軽傷なのか、同性愛を仄めかすギャグを返すだけの余力は残っているようだ。そんな中、俺と立華は油断なく直井を睨み付ける。
「あそこからどうやって出てきた?」
「扉を壊した」
「何年掛けて作ったと思ってるんだ?」
心底忌々しそうに、直井は立華を睨み付ける。さて、こいつの手品のタネは一体どうなっている?ここにいる一般生徒も、俺達に襲いかかってきた奴らと大差ないように見えるが・・・。
「生徒会長代理として命じる。大人しく戻れ」
「はっ。こんだけの事を仕出かしといて、いまさら生徒会長代理なんて権限で誤魔化せると思うなよ」
「立華、この惨状だ。直井の言ってることが正しくないってことくらい、分かるよな?」
音無の言葉に立華は小さく頷いた。
「HandSonic」
腕から鉛色の刃を生み出し、ジッと直井を見据える。取り巻きのNPCは、男子が5人に女子が4人か。
「立華、男は俺がやる。女はお前がやれ」
立華はもう一度小さく頷いた。
「・・・逆らうのか?神に」
直井のその言葉に、踏み込もうとした俺と立華の足が止まった。
「どういう事だ?」
「僕が神だ」
だとすると、何か?目の前にいる直井が戦線が探し求めた神だとでもいうのか?それは何となく違うのではないかと、直観が囁いていた。
「バカか・・・こいつ」
「こんなにまでしておいて・・・!」
音無と日向は侮蔑の視線を直井に投げかける。それに対し、直井は嘲笑で返した。
「愚かな。神を選ぶ世界だと、誰も気づいていないのか?」
「神を選ぶ?俺達からか?」
「そうさ。生きてきた記憶があるのなら、皆一様に酷い人生だっただろう。なぜ?それこそが神になる権利だからだ」
「おいおい。まさか、生きる苦しみとやらでも知っていれば、誰でもなれるってのか?」
「その通りだ。僕は今、そこに辿り着いた」
「本当にそう思ってるなら、お前は大間抜けだぞ。天からのお告げとやらでも来たのか?」
「そう思うなら勝手にそう思うがいいさ。だが、事実は変わらない」
仮に、この世界が直井の言うとおりの物だとしよう。
生きる苦しみを知っているなら、他の奴の人生だって想像を絶するものがあることを知っている筈だ。それらを差し置いて、いきなり神になったなんて片腹が痛い。
「神になって、どうするんだ・・・?」
「安らぎを与える」
「俺達にかよ!?」
「無茶苦茶してくれてんじゃねぇか!!」
直井の言葉と、今の惨状を見比べて音無と日向は激昂する。
「抵抗するからだ」
「抵抗するくらい当たり前だろ。誰が好き好んでやられるってんだよ」
余りに自分勝手で、余りに傲慢。まるで戦線が思い描いた神の偶像の体現者の様だった。そんな男が、今まさに戦線メンバーの屍の仲を悠然と歩いている。まるで胸糞の悪い神話の一説のような光景だ。
「君たちは神になる権利を得た魂であると同時に、生前の記憶に苦しみ、もがき続ける者たちだ。神は決まった、なら僕はお前たちに安らぎを与えよう」
そして直井は、屍の中で1人、息をしていた仲村の髪を掴み上げる。
「ぐぅっ!?」
「ゆり!!」
「これ以上何をする気だ!?」
「止まれ!音無!」
「っっ!?」
音無は咄嗟に仲村の方へと駆けつけようとするが、周囲の一般生徒に一斉に銃を向けられる。こいつら、問答無用で襲いかかる訳じゃないのか?
「こりゃ、先にこいつらを仕留めた方がいいかもな」
「・・・・・・」
下手をすれば音無に一斉射撃だが、それなら機を探るまでだ。いつまでもこの状態が続くわけじゃない。
「な、によ・・・!」
「君は今から成仏するんだ」
「なに・・・?」
バカな。この世界で言う成仏っていうのは、生前の未練を振り切った奴がするもんじゃないのか?そんな簡単にできる訳がない。
「五十嵐竜司」
「・・・なんだ?」
「鍋島哲也を覚えているだろう?彼は生前に出会ったとある病気の少女を救うと約束したが、通り魔に襲われ惨めな死に至った。だが彼はこの世界で少女の病が治ったことを知り、成仏できたんだ」
「テメェ・・・どこまで知って・・・!」
俺の視線を無視し、直井は仲村と視線を合わせる。
「君は今から成仏するんだ。幸せな夢と共にね」
「あなたは、あたしの過去を知らない・・・!」
「知らなくても可能なんだ。僕が準備してきたものが、天使の牢獄を作ることだけじゃない。僕は、催眠術を手に入れた」
催眠術・・・?まさか、ここにいるNPCは皆、直井が催眠で操っていたのか!?成程、それだと全ての辻褄が合う。だとすると、あの手紙は・・・!
「さぁ・・・目を閉じるんだ。貴様は今から幸せな夢を見る。こんな世界でも幸せな夢は見れるんだ」
直井の目が赤く変色する。立華以外が使う、異能の力。その目を見た仲村の様子が、どんどんおかしくなっていくのが目に見えてわかる
「まさか・・・まさか・・・そんな。・・違う・・・嘘だ・・・・そんな幸せそうな顔・・しないで。あたしは・・・守れなかった・・・死なせてしまった・・・1人ずつ・・・誰も残らなかった。なのに・・・・そんなぁ―――!!」
仲村が一体どんな幻を見せられたのか、例えそのうわ言が無くても容易に想像はできた。だからこそ、俺は尚更それを許すことができなかった。
「直井・・・・ッ!!」
「駄目だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
俺が思わず直井に殴りかかろうとした、その時だった。ガッという、拳を頬に突き差す聞きなれた音。音無が、NPCを振り切って直井に一撃を食らわしたんだ。
「っ!立華!」
「・・・」
これは好機だ。NPCを操っていた直井が吹き飛ばされたせいか、NPC達が音無に向けていた銃口がだらりと地面に向けられたのだ。
こうなってしまえば後は容易い、俺と立華は一斉にNPCを気絶させに掛かる。そんな中俺は、もしかしたら立華もまた音無の言葉に耳を傾けていた。
「そんな紛い物の記憶で、消すなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「音無・・・」
哀しみなのか、怒りなのかは分からない。音無はただただこの不条理に向かって吠えたのだ。
「俺達の生きてきた人生は本物だ!!何1つ嘘のない人生なんだよ!!皆懸命に生きて来たんよ!!そうして刻まれてきた記憶なんだ!!必死に生きてきた記憶なんだ!!それがどんなものであろが、俺達の生きてきた人生なんだよ!!それを結果だけ上塗りしようだなんて・・・!」
NPC達はもう無力化した。そこにいる者達は皆、雨音に紛れる音無の言葉に耳を傾けていた。それは多分、この世界にいる人間全員にとっては残酷で、同情の欠片もない、何よりも言って欲しかった言葉だったのかもしれない。自分でも認められない人生を、誰かに救ってほしかったから。
「お前の人生だって、本物だったはずだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
音無は直井を受け入れるかのように両腕抱きしめる。
「頑張ったのはお前だ!!必死にもがいたのもお前だ!!違うか!?」
「何を知った風な・・・!」
「分かるさ・・・!ここにお前もいるんだから・・・!」
「なら・・・あんた認めてくれんの?この僕を・・・」
「お前以外に何を認めるっていうんだよ・・・!俺が抱いてるのはお前だ。お前以外に居い・・・。お前だけだよ・・・!」
その時、直井の眼尻に光るものが見えた。気が付くと雨は上がっていた。雲の合間から除く夕日が、俺達を照らしていた。
--------------
後日、あの凄惨な戦いの後も戦線メンバーは実に平常運転。校長室で各々好き勝手にやっていた。俺は此処での風景は最近ちょっとしたお気に入りなので、たびたびスケッチに訪れる。今ではスケッチブックの大半に戦線メンバーの誰かが描かれているくらいだ。
こんな感じで、俺もすっかり戦線に馴染んだわけだが―――
「泣くのは貴様だ。さぁ、洗濯バサミの有能さに気付くんだ。洗濯バサミにも劣る自分の不甲斐なさを、嘆くがいい」
「せ、洗濯バサミ・・・。挟んで落ちない・・・。洗濯物が汚れない素晴らしいぃぃぃぃ!!」
というか、昨日まで殺し合いをしていた奴がいるというのに、戦線メンバーは誰も気にしない。器が大きいのか、神経が図太いのか判断に困る。
さて、なぜ直井がこの校長室に居座っているかというと―――
「あぁぁぁぁぁクリップの代わりに紙を挟んだりと応用も効く使える!!それに比べて俺はなんなんだぁぁぁぁ!!」
「フフン」
「コラ。催眠術を腹いせに使うな」
「音無さん!おはようございます」
「で、あれはなんだ?」
「あっちから攻めて来たんです。僕は出来るだけ穏便に・・・」
「どこが穏便だ、まったく」
ちなみに今、日向はソファーに突っ伏して大泣きしてる。まぁいいや。いや、よくは無いけど一旦日向は置いておこう。
「おい直井。ちょっと聞きたいことがあるから、校舎裏に来てくれないか?」
「貴様・・・神である僕にそんな所まで足を運ばせようというのか?」
「お前・・・本当に音無の時と対応違うのな」
「当たり前だ!!貴様のような下賤な輩と、人類の頂点である音無さんとでは格が違う!!」
そう、直井は『戦線の味方』になったのではなく、『たまたま戦線に所属している音無』の味方だ。言ってしまえば、仲村だろうと誰だろうと、音無以外の命令は聞かないらしい。
「直井、少しくらい聞いてやれ」
「音無さんの寛大なお心に感謝するんだな!!早く校舎裏に行くぞ」
「変わり身早ぇ――――」
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「それで、一体何の用だ?僕はこれから音無さんの御顔を眺めるという大切な用事があるんだ。できるだけ早く済ませろ」
「分かってるよ。それじゃあ手短に」
そういって俺は、ポケットからシワクチャになった手紙を取り出す。そう、俺の下駄箱に入っていた奴だ。それを直井に見せつける。
「単刀直入に聞く。お前の催眠術、どうやって習得した?」
「ふん。なるほど、奴がとうとう貴様の前に姿を現すという事か」
「どういう事だ?」
「この目はある男からもらった代物だ。天使のAngelplayerのようなものでな。そして、鍋島哲也の過去もその時に聞いた」
「催眠術で知ったんじゃなくてか?いや、それ以前に、なんでそいつが鍋島の過去を知っている?」
「そこまでは僕も知らん。だが、奴は貴様にかなりの恨みがあったようだぞ」
そこまで聞いて、俺の疑惑は確信へと変わった。そうか、あいつやっぱりこの世界に・・・。
「疑問は全部わかった。ありがとよ」
俺は直井に背を向けて歩き出す。
あぁ、まったく。本当にしつこい奴だ。
「千葉・・・今度会えばタダじゃ済まさねぇぞ」
皆様のご意見ご感想お待ちしております