授業を終え、俺と遊佐ちゃん、そして仲村は屋上へと集合していた。好き勝手に授業を受け、直井がどう動いたかを報告するためだ。
「それで、何かあった?」
「いや・・・特になかったな。強いて言うなら、やり方が積極的になったというか」
「積極的、ですか?」
「教師でも口頭注意を一回するだけだったのに、あいつらは授業中に他のクラスにまで乗り込んで来た。あいつらにだって授業があるだろうに」
まさか生徒会は授業が免除されるなんて話じゃないだろう。一応、学生の本分は勉強だ。学校の方針に沿って生活する連中の行動とは思えない。
「私も天使を監視していましたが、特に目立った動きはなく、休み時間などは教室で授業の予習をしながら過ごしていました」
「戦線メンバーへの注意喚起は?」
「ありません」
それは俺も見た。同じ教室だったしな。何時もなら、授業中に何かしでかせばすぐに注意してきたのに。
「ふふふふ。やっぱり、生徒会長という大義名分がなければ動けないみたいね。この作戦は上手くいったわ」
「・・・・で?問題の直井は?」
「それが面白いものを見ちゃったのよ」
「鏡でも見ましたか?」
「そうそう、鏡に映ったあたしの顔―――って、なんでやねん!!」
「危なっ!?」
遊佐ちゃんがぼけると、仲村はなぜか俺に向かってツッコミを入れる。しかもグーで。寸前で避けたが・・・なぜ俺に?恨みを込めて睨んでも、仲村はどこ吹く風のように受け流して話を進める。
「直井文人は、複数の一般生徒に暴行を加えていたわ」
「・・・それは、ますますおかしいですね」
「そう。そこから考えられる可能性は、限られてくるわ」
ここまで来ると、NPCの範疇を超えている。しかも奴は生徒会副会長、普通の一般生徒より模範的な行動を取る筈だ。
「―――まさか、直井は俺達と同じ魂を持った人間・・・?副会長として模範的な行動をすれば消えるから、悪事を働くことで存在のバランスを保っていた?」
「その通り。まだ断定はできないけれど」
「それに、まだ疑問があります」
「疑問?」
「知っての通り、NPCはそれぞれ人格を持ったある意味で人間です。暴力を振るわれれば、抵抗や反撃をすることもある筈です。ましてや、直井文人のように男性としては華奢な体格では武器を持っていたとしても一般生徒にすら勝てるとは思えません」
それは確かに。あくまで俺の経験談だが、喧嘩ってのは体格が良い方が断然有利だ。直井みてぇな女並みの体格じゃ、藤巻が素手で喧嘩しても勝てるだろう。
「確かに、それは私も疑問にあったのよ。なにしろ、その時NPCはまるで無抵抗だった。直井文人も武道を嗜むような動きでもなかったし」
「謎が謎を呼んだな」
「とにかく、引き続き様子を見てみましょう」
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放課後、空は薄気味悪いくらいに雲が立ち込めていた。これからの結末を示すかのような不吉さを感じながら、下駄箱を開けると、一枚の紙が入っていた。
「なんだこれ?」
折り畳まれた紙を広げると、そこにはこう書いてあった。
『直井文人に力を与えたのは俺だ。お前の大切なものをすべて奪ってやる』
訳が分からん。悪戯だろうか?そう思って紙を握り潰すと、俺の後ろから影が伸びてきた。蛍光灯からの光で出来た影だろう。何となく後ろを振り返ってみると―――
「っ!!?」
虚ろな目をした、一般生徒の服を着た男子生徒が俺に向かって刃物を突き立てようとしていた。
「しぃっ!!」
危機一髪、振り下ろされた刃物を体を捻ることで避けて、すぐさま相手の鳩尾に拳をたたき込む。一体どうなっている?なぜNPCが?そう思っているのも束の間、今度は銃を持ったNPCが俺に銃口を向けて引き金を引いた。
「ちっ!」
側転するような形で回避し、放たれた銃弾は俺が気絶させたNPCに食い込んだ。やっぱりおかしい、学校の模範どころか、一般常識すらないような行動。
「それに、なんだ?あの虚ろな目は」
まるで俺の事を映していないような眼だ。
連続して放たれる銃弾の主にジグザグに走りながら接近して撹乱し、そのまま相手の懐に潜り込んで鳩尾に一発。気絶すると共に落とした銃を踏み砕く。
「これは・・・まさか戦線の銃?」
この世界では拳銃を持っているのは、死んだ世界戦線だけだ。一体何がどうなっているんだ?
「そうだ、こいつがあれば!」
俺は仲村から渡された通信機をポケットから取り出す。使い方は前に遊佐ちゃんから聞いたことがある、確かこのボタンを押しながら・・・!
「仲村!聞こえるか!?」
『その声・・・五十嵐君!?』
周波数を適当に合わせると、運よく仲村の通信機に繋がった。
「NPCの様子がおかしい!それに、奴らは刃物や銃を持って俺に襲いかかってきた。一体何が起こっている!?」
『そう・・・。五十嵐君にも被害が及んだのね』
『も』。仲村はそう言った。という事は、戦線は既に・・・。
『時間が無いから手短に話すわ、よく聞いて。あたし達の予想通り、直井文人はNPCなんかじゃなかった。あたし達と同じ、魂を持った人間だったのよ』
「じゃあ、俺達が屋上で話した事は・・・!」
『まさしく的中だったってわけ。そして、あたし達の作戦で天使という抑止力がなくなり、彼はこの世界で自由を手に入れた。まだ目的は分からないけどね』
「それじゃあ、NPCの様子は?こいつら、まともじゃねぇぞ」
『それについてはまだ何とも言えないわ。おそらく、何らかの方法で直井文人が彼らを操ってるとしか言いようがない。それこそ、天使のAngelPlayerみたいにね』
ここに来た更に謎が増えた。そんなことをして何になる?戦線みたいに、この死後の世界でも手に入れる気なんだろうか?
『こちらでは戦いが始まってる。あなたがこの世界じゃ見た事もないような、酷い戦いよ』
それは、俺の顔を覆う包帯を含めての物言いだった。死後の世界で、死ぬことのない無茶な戦いを繰り広げてきた仲村が言うのだから、それはさぞ凄惨な事だろう。
『彼はあたし達が一般生徒に攻撃できない事を知っている。だから、彼らを盾にも人質にもするのよ』
「おい・・・。それじゃぁ、お前らだけじゃ何もできねぇじゃねぇか」
『えぇ。だからあたし達は言いなりになるしかないのよ。それはもう、一方的な暴力。次々と仲間がやられていってるわ』
その時、通信機の向こう側から銃声と悲鳴が聞こえた。何時もの間抜けな悲鳴なんかじゃない、戦いは本当に始まっている。
『五十嵐君・・・こんな時だからこそ、《協力者》としてお願いするわ。今あたし達の一番の希望は、NPCを攻撃できて、尚且つ戦闘力が高い五十嵐君だけなのよ』
傍若無人の仲村が、協力者として俺に頭を垂れた。それほど切羽詰まった、シリアスな展開。前の肝試しの時、戦線メンバーはシリアスになり切れないなんて思ったが、あれはとんだ間違いであることに今更気が付いた。
「なんだ?言ったみろ」
『要件は2つ。まず初めに、ガルデモメンバーと遊佐さん、合計6人が操られたNPCに襲われて音楽室に籠城しているわ。まずは彼女たちの救出をお願い』
「あぁ、分かった」
『それから、音無君を見つけてきて。どういう訳か、通信は届いているのに返答がないのよ。もしかしたら、敵の手に落ちているかもしれない。その時は・・・』
「殴ってでも正気に戻す」
『お願い。あたしも先頭に戻るわ』
仲村との通信は途絶えた。俺はポケットに通信機を戻し、顔を上げる。さて―――
「ずいぶん期待されたもんだな、俺も」
こうして通信している間に集まってきた、虚ろな目をした人形は、数えるだけでも20人近く入るだろうか?各々だらりと武器を構え、俺の行く手を阻んでいた。
「久々に、本気で暴れてやる」
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「お前で・・・最後だっ!!」
人数集めて武器を持てばいいものでもなし。拳銃を持っていようとこちらが死ぬことがないのならためらうことなく前に出れる。俺は最後の一人を蹴り飛ばし、一つ息を吐く。
「時間を食っちまった。急ごうっ」
撃たれた肩や腹が痛むが、そんなことは関係ない。
階段を駆け上がり、音楽室へと全速力で向かう。途中で襲いかかる操られたNPCを薙ぎ倒し、何時もガルデモメンバーが練習している音楽室がある階へと足を付けると、ガンッ!と、丁度扉に体当たりしているかのような大きな音が聞こえた。
「どうやら、何とか間に合ったみたいだな!」
廊下の角を曲がり、俺の目の前で扉に体当たりをする一般生徒を含め、敵は3人。女の集まりと油断したのか、それとも十分な人数だと思った上なのか、敵が少ないのが幸いだ。
「っらぁぁぁ!!」
まずは手前にいるNPCに跳び蹴りを食らわし、次に奥にいる奴の鳩尾に肘をたたき込み、扉に体当たりしてた奴の足を払い、頭を床に叩き付けて気絶させる。
『な、何々―――!?』
『何か今、すごい音が鳴りましたよ――!?』
音楽室から姦しい声が聞こえてくる。その様子から考えるに、みんな無事みたいだ。
「遊佐ちゃん、ガルデモの皆。俺だ、五十嵐だ」
『・・・五十嵐さん?』
「仲村の連絡を受けて、助けに来た」
そう言うと、中からガタガタという音が聞こえてきて、しばらくすると扉が開いた。遊佐ちゃんの顔は少し憔悴していたが、特に怪我も無いようだし、ガルデモメンバーもまた同様だ。
「た、助かったよ~~~~」
「悪いな、五十嵐」
「気にすんな。無事で何よりだ」
「五十嵐さんも、よくぞ御無事で」
「他の皆は?」
「戦ってるみたいだ。俺も、お前らを安全な場所に連れて行ったら加勢しに行く。遊佐ちゃん、何処か安全な場所はないか?」
「それならギルドへ行きましょう。直井文人の正体が発覚した時点で、ゆりっぺさんがギルドへの入り口全てを封鎖する様指示をしていましたから、まず安全でしょう」
「え?でも閉じちゃってるなら、あたし達も入れないんじゃないですか?」
「ユイ・・・遊佐がギルドに連絡して入口を開けてもらえばいいだけだろ?」
「その手がありました!さっすがひさ子さん!マジ天才っすね!」
そんな平常運転のユイを無視し、俺と遊佐ちゃんはギルドへの入り口の最短ルートを話し合う。ここからだと裏庭にある入り口が一番近いらしい。
「だったらみんな全速力で俺に付いて来い。俺が先導してNPCを蹴散らしながら進む」
「わ、分かりました」
全員の合意を取って、俺達は廊下をけって階段を駆け下りた。
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「だらぁっ!」
出くわして早々放たれた銃弾を体で受け止め、痛みに耐えながら接近して顎を殴り抜く。気絶したNPCをそのままに、俺達はとうとう一階へと足を踏み入れた。
「あともうちょっとだ。皆、遅れてないか?」
「は、はい~」
入り江が少しバテてきているが、まだ大丈夫そうだ。
「ギルドから連絡が入りました。立った今、裏庭のギルド入口を開いたそうです」
「よし!」
「裏庭には玄関口を経由して行かなければなりません。敵が集まる前に急ぎましょう」
これで後は裏庭に行ってギルドに女子達を入れるだけ。願わくば、このまま敵と遭遇しませんように。
「それにしても、さっきから敵の数が多くないか?」
「うん、私もそう思った」
確かに。俺達は音楽室から1階まで降りて来ただけなのに、すでに10人以上の敵と遭遇している。幾ら敵の数が多くても、これは多すぎじゃなかろうか?
「これはあくまで推測ですが、直井文人が五十嵐さんを脅威に感じているからではないでしょうか?」
「五十嵐君の?」
「椎名さんや野田さんとの戦闘、そしてギルドでの活躍は戦線メンバーの間では有名です。直井文人がその事を知っているのなら、数で対策を取ったと考えるのが普通かと」
「この状況的に、まったく嬉しくねぇよ」
嫌味な言い方をすると、強すぎるの罪ってか?だとしたら世の中やってられない。そうこうしている内に、俺達は玄関まで辿り着いた。気が付くと、外は滝のような雨が降り続いていた。
「この際服が濡れるとか気にするなよ!死ぬほど痛い目に遭いたいなら話は別だけどな!」
「分かってるっすよ!」
下駄箱を素通りしてガラス張りの扉を開ける。あとはこの雨に紛れて裏庭に―――!
「・・・あっ!?」
そんな時だった。後ろから控えめな叫び声が聞こえたのは。振り返ると、そこには銃を持ったNPCに腕を掴まれた遊佐ちゃんの姿があった。
「くっそ・・・!」
俺は咄嗟に身を翻し、遊佐ちゃんの頭に突き付けられた銃口を片手で上へと向けて、空いた片手でNPCの顎を打ち抜く。その勢いで轟音と共に銃弾は天井に減り込んだ。
「五十嵐君!NPCが!」
「っ!!」
さっきの発砲音を聞きつけたのか、十数人のNPCが拳銃を片手に現れて、俺と遊佐ちゃんはガルデモメンバーはNPCの列に分断されてしまった。
丁度出入り口側にガルデモメンバー、校舎側に俺と遊佐ちゃんといった感じだ。
「岩沢!俺達に構うな!遊佐ちゃんは俺がなんとかする!皆を連れて逃げろ!!」
「っ!」
岩沢は小さく頷いた。それに続いてひさ子が頷く。2人は近くにあった傘立てをNPCの壁に投げつけて隙を作り、未だに戸惑ったままのガルデモメンバーを引き連れて校舎を飛び出した。
「さて・・・どうするか」
「・・・・・・・」
遊佐ちゃんはギュッと、俺の服の裾を掴んでいる。
洗脳されたNPCの意識は、良くか悪くか俺達2人に向いている。突き付けられる、合計13もの銃口。これから遊佐ちゃんを守るにはどうすれば良い?
俺は必死にない頭を捻りながら辺りを見渡す。時間は残されていない。何か、何かないのか・・・?
「あれは・・・」
そんな中、俺は玄関掃除用の箒とかが入ってるロッカーを見つけた。工事過程で偶然出来たかのような壁の窪みに、上手い事スッポリと嵌った・・・・。そうだ、銃である限り弾には限度がある。だったら、俺が今とれる策は―――!
「こっちだ、遊佐ちゃん!」
「!?」
俺は遊佐ちゃんを自分の前を走らせる。目指すはロッカー、牽制のつもりなのか、後ろからNPCが放つ数発の銃弾は俺の背中に突き刺さり、俺の体で隠された遊佐ちゃんには届かない。
「五十嵐さん、一体何を・・・?」
「いいから・・・・ここに入って、しゃがんでな・・・・!」
遊佐ちゃんをロッカーの中に押し込め、扉を閉める。これで、遊佐ちゃんは大丈夫だ。
「俺が開けるまで・・・絶対に、ここから出るんじゃ・・・ねぞ」
「・・・五十嵐さんは、一体どうするつもりですか?」
珍しいことに、遊佐ちゃんは震える声でそう問いかける。何時もの無表情が、ちょっと崩れたような錯覚が見えた。
「さっきの銃撃で・・・内臓やられたみたいだ・・・。上手く呼吸もできねぇし・・・銃も、突き付けられてる。俺は此処で、ロッカーを守りながら、奴らの弾切れを待つ」
これ以上死なない死後の世界だからこそできる策。それは遊佐ちゃんも分かっている筈なのに、なおも震える声で呟いた。
「・・・そんな事・・・止めてください・・・」
「遊佐ちゃん・・・俺の信条・・・忘れたわけじゃねぇだろ・・・?」
『決して女の肌に傷をつけない』。それは俺以外の奴が女の肌に傷をつけようとしても同じことだ。だから俺は―――
「死んでも、女の肌に傷一つ付けさせん」
そう呟いた瞬間、13の銃口から雨霰と銃弾が放たれ、俺の全身に食い込んでいく。その度に、足は固められたかのように力が籠った。
『負けるな!』
『頑張って!』
『お兄ちゃん!』
家族の声が・・・聞こえた気がした。それが幻聴なのか、どこからか叫んでいるのかは分からない。どっちにしろ、その声だけで俺が負けられない理由が増えたんだから。
皆さんのご意見ご感想お待ちしております