俺の人生ってのは、それはもう色々あったんだよ。
両親が交通事故で逝っちまうってのは、探してみればよくある話。でも、ここから先は俺が生まれた日本では限りなく少数派だろう。
まだ俺が小学校高学年の頃、ある孤児院に預けられる事になったんだ。
でも、その孤児院の院長親子ってのがこれまた酷いもんでな。職員の数が少ないと思ったら、孤児の育成費を国から受け取り、その金で遊び呆ける悪徳孤児院だったんだ。
正直、育成費ネコババされる位ならどうとでもなった。さすがに死人が出たら困るのか、飯は食わせてくれたからな。
でも一番堪えたのは、悪戯に振るわれる暴力だった。
暴力を振るってくるのは院長親子。
趣味の賭博やゴルフが上手くいかないと、その苛立ちを俺含めた孤児たちに激しくぶつけてくるんだ。しかもご丁寧に服の上を殴ってくる。学校とかで暴力の跡がばれない様にするためだ。
ある日、酷く荒れていた院長のターゲットとなった俺は、刃物で左顔面をバッサリと縦に切り裂かれた。幸い眼球は傷つかなかったが、素人の消毒と包帯だけで治療を済ませた結果、傷は膿み、塞がった頃には左顔面が大きく腫れあがっていた。
そんな親の背中を見て育った息子も同じようなことをしてくる。
いや、理由もない余りにも理不尽にいたぶってくるからなお始末が悪い。そんな院長の息子は決まってこう言うのだ。
「抵抗したら、パパに頼んでお前らのご飯を抜くぞ」
院長は息子を溺愛していて、息子の頼みなら何でも聞く。孤児たちが唯一生き長らえる糧である食事を抜かれる恐怖から、誰も息子に逆らえなくなった。
むろん、そんなところで働く職員もまともな奴はいない。何時だったか、一人の孤児がある職員に助けを求めたことがあった。
職員はその場では了承したのに、裏で院長から金を受け取り孤児院で起こる全てのことを口止めされていたのだけれども。
院長の恐怖から、誰も孤児院の外に助けを求める事もできない中、俺にとってある転機が訪れた。3人の新しい子供がこの孤児院に入ってきたのだ。歳は皆俺より11も下。
また不幸になる子供が来たなと思ったら、何やら他の子供とは様子が違うように見えた。
「兄ちゃん遊ぼ」
「兄ちゃん、あれ取って」
「兄ちゃーん!」
成り行きで俺が構ってやってるうちに、俺にいたく懐いた。俺の醜くなった顔を見ても怯まない。他の子供たちは俺に近寄ろうともしないのに、なぜ・・・?
「お前等、俺の顔が怖くないのか?」
思いきってそう聞いてみた。すると、3人はキョトンとした後笑ってこう言ったのだ。
「怖くないよ。だって、僕たちに兄ちゃんのことが大好きだもん」
それは、ずっと誰かに言って欲しかった台詞だった。気がつくと、俺は三人の体を抱きしめ、静かに泣いていた。
そんなある日のことだった。
俺は薄い毛布を被って寝ていると、聞こえてくる「死ね」という怒号と、三人分の子供の鳴き声や悲鳴。酔っ払った院長が、3人を殴り、蹴り飛ばす。
それを見た途端、俺の中で燻ぶっていた憎悪の炎は天を突くほどに燃え上がった。俺は静かに立ち上がり、院長のゴルフクラブを持って歩み寄る。
「おい」
「アァ?」
「お前が死ねよ」
ゴルフクラブを両手で持ち、俺は何度も何度も院長の頭に強く叩きつけた。叩く度に骨と肉が潰れる感触が手に伝わり、やがて院長は動かなくなる。
「に、兄ちゃん!」
「うえぇぇん!」
余ほど怖かったのか、血濡れの俺でも抱きついてきてくれた。
この時、俺は誓った。なにがなんでも、こいつ等だけは守ろう。こいつ等だけは、幸せにしよう。ここにきて俺は、ようやく冷静さを取り戻した。
院長殺しの事は迷わず警察に話した。
やがて裁判が始まるが、少年法だとか過剰防衛とか学のない俺には難しい話が繰り広げられ、1年後に俺は執行猶予付きで釈放された。
再び始まる俺と3人の新たな暮らし。俺は目を除いた左半分の顔を包帯で隠し、時給の良い引っ越しのバイトをしながら小さなアパートを借りた。夢のような楽しい生活は続く。
ある、雨の日の出来事だった。
3人の小学校進学を控えた記念に、俺は奮発してケーキを買って帰路につく最中。一人の男が傘もささずに金属バットを持って俺の前に立ちはだかる。
「よぉ。久しぶりだな」
そいつは、あの孤児院の院長の息子だった。なぜ此処に?
「お前が、親父を殺してから俺はひもじい生活を強いられてきた。なのに、何でお前はそんなに幸せそうなんだよ!!」
同情などしなかった。あそこにいた孤児の恨みはこの程度ではない。執行猶予が付いている俺は厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだ。そこを退け!
「まぁ、
ドスッ!
背後から伝わる衝撃の人間の体温。何か冷たい物が俺の体に食い込み、やがてそれは灼熱する。痛みを感じながら後ろを振り返る。
――――――――――お、女?
「死ねやぁ!!」
叫びとともに前へ振り向くと、院長の息子はバットを振りかぶっていた。全力でフルスイングされた金属は俺の頭を捉え、俺は地面に倒れこむ。
その時見たのが、水溜りに落ちるケーキの箱だった。
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気がつくと、俺は太陽の光が照りつける学校の屋上で大の字になって倒れていた。
なぜ此処にいるのか分からない。でも、俺の
「気が付きましたか?」
そんな声が後ろから掛けられた。振り返ってみると、そこに居たは綺麗な金髪の整った顔立ちの少女。歳は俺とさほど変わらないだろう。
「ここ、何処?」
文脈もなく、俺はそう尋ねた。少女は淡々と答える。
「ここは死後の世界です」
「あぁ、やっぱり」
なんとなく予想はしてたさ。でもなぜ学校?分からない事が多すぎるが、とりあえず言っておかなければならない事がある。
「俺、五十嵐竜司」
「え?」
少女は一瞬面を食らったような表情を浮かべる。
「俺の名前だよ。あんたの名前は?」
「・・・遊佐です」
「そうか。よろしく」
俺が挨拶に差し出した手を少女は握り返す。その手は小さく柔らかい、温かな手だった。
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