エタリはしませんが、今後も不定期でやっていきます。
あと一応以前より、残酷な描写あり、のタグは付けてますが、今回は少々残酷な描写があります。気を付けるほどのレベルではないと思いますが、そういった表現が苦手な人は気を付けてください。
「…………」
一人一人の顔こそ見えないが、もう双眼鏡など使わなくとも肉眼で見ることができる。こちらへと向かってくる兵士の大群の姿。
あと5分か10分か、いずれにせよこちらの軍とぶつかるのに大した時間はかからないだろう。
少なくとも今この瞬間、俺はこの隊の隊長だ。そしてメイジが俺しかいない以上、俺がこの隊の最大戦力と言っていいだろう。なら俺も戦わなくてはならない。隊員の士気のためにも、できる限り前線で。
きつく腕を組み、目をぐっ、と強くつむる。
……怖い。いい歳をした男にしては情けないが、誰かに手を握って欲しいほどだ。
それを隠すように、ぎゅっと強く握りしめた二の腕からは鈍い痛みが伝わってきている。明日になればホラー映画さながらの手の形をした痣ができていることだろう。……まあ、その明日があればいいが。
最前列に銃兵25名。その後ろに長槍、短槍合わせて槍兵が42名に剣兵が60名。そしてさらにその後方に物資を積み込んだいくつかの馬車とその操作のために兵士が8名。そして銃兵の後ろに、いいとこ二流半のメイジが約1名。これがこちらの全兵力。こちらへと向かってくるトリステイン軍の兵士らしき者たちに対抗するための136人の内訳だ。
あちらの兵数はおおよそ150から200の間といったところ。まず単純に兵数で負けている。だが幸運なことにもそのほとんどが歩兵であり、馬に乗った騎兵は先ほど見た限りでは数えるほどしかいなかった。
歩兵と騎兵なら、後者に軍配が挙がる事なんて誰にだってわかる。だがこちらの隊には馬なんて数頭しか居ない。百を超えるような大群にほんの数騎で突っ込んだって的になるだけだろう。ならば銃で遠くから、といきたいところだが、そうもいかない。
もともとこちらは見張り役だったのだ。短めの剣といった持ち運びの容易な基本的な装備こそ、銃兵や槍兵の兵種問わず人数分あるが、管理などの難しい火薬の類の多くは本拠地であったシティオブサウスゴータで保管していた。これが何を意味しているか。
……ざっくばらんに言えば、銃を撃つために必要な火薬の絶対量が圧倒的に足りない、ということだ。銃兵一人一人が数発ずつ撃てばそれでカンバン。あっという間に銃はただの鉄パイプに変わることになる。
さらに言えばここは遠くにこそ山や森があるが、基本は見晴らしの良い平原。地形を利用した戦い方はできない。つまり今回の戦いはいわゆる純粋な戦力勝負になる、ということだ。戦争は数だ、兵数で負けているのならば地の利だの知略だのでその差を埋めなければならないのに、これではそれさえ難しい。
ついでに言っておけば、こちらは退却だの防衛だのという選択肢を取ることそのものが難しい。
何故か? それは少し考えてみればすぐわかる。
退却したところでここは空に浮かぶ天空の敵地だ。どこまで逃げたところで、逃げ切ることも味方の所に戻ることもできない。だいたい食料の備蓄がほとんど無いのだ、一週間もすれば弱ったところを後ろから襲われてチェックメイトが関の山だろう。
防衛戦にしたって同じだ。司令部や軍のほとんどが敗走している以上、必死に時間を稼いだところで助けなんて来ないだろう。どんなに上手く防衛したところで、兵力は少しずつ削られていく。援軍が期待できない以上、いずれ敵軍に潰されことは間違いない。違いはそれが早いか遅いかだけだ。
わかりやすく言えば敵軍を全滅、そうでなくてもそれに近い状態にした上で、全ての物資と共に敗退した自軍の後を追いかける。それが俺たちのうち、何人かが生き残るための唯一の道だ。
…………だが残念なことにそのためには二つ、俺がやらなくてはならないことがある。
それは―――
「……構えッ!!!」
俺の号令に合わせて、25の銃口が前を向く。何かに迷うようにいくつもの銃口が震えているのは、寒さが原因ではないだろう。
説明はした。敵兵の多くがトリステインの兵士らしいということも、何らかの方法で正気を失っているらしいということも。
正気を失っている原因が、魔法なのか薬なのかはわからない。だが、もしもそれが会話や衝撃で簡単に元に戻るようなものならば、この土壇場で使われたりはしないだろう。
ならできることは迎え撃つことだけ。
そして、分かることは俺達にはどうしようもないということだけだ。
……雪は止んだ。怒号どころか声の一つさえも何も聞こえて来ないが、敵はもう目を凝らせば顔さえわかるのではないか、というような距離だ。銃の射程を考えれば、もう、そろそろ、良い頃合い、なのかもしれない。
目をつむると、口から息を大きく吸って鼻から吐いた。そして心の中でゆっくりと三つ数える。
……1
……2
……3
そうして数え終わった瞬間、俺は目を開けると号令をかけた。
「撃てェッ!!!」
それと同時に爆裂音が連続した。硝煙で白く染められる視界の向こうで、血を吹き上げながら何人もの兵士が、倒れて行く。雪と硝煙で白一色だった世界が、赤で染められていく。そして後続の兵士たちはその死体を踏み越えるように、進軍を続ける。痛みを感じていないのか、撃たれただけで死ななかった者も、血を流しながら表情一つ変えることなくそのままこちらへと向かってくる。
……俺の号令によって、人が死んだ。
口からもれだしそうになる悲鳴ごと、懐から取り出した薬液を飲み下す。極度の興奮と緊張状態にあったっせいか、その効果は即座に現れた。
……頭が燃える、体が熱い、心臓の鼓動の音が耳の奥でうるさい。そして俺は、その勢いのまま再び大声で号令をかけた。
「突撃ッッ!!!」
「オオオオオオォォッ!!!」
俺の後ろにいた剣兵が、槍兵が怒号を上げながら突撃する。俺もぎゅっと杖を握りしめると、呪文を唱えながら最前線で共に走る。そして二つの軍勢がぶつかる寸前、お互いの顔がはっきりとわかるようになった瞬間、俺は奴らに、敵に向かって杖を振り下ろした。
「ジャベリン!」
頭上に出現したいくつもの氷槍。人の腕ほどもあろうかというそれらが、恐ろしい勢いで敵兵に飛びかかり……そして頭に、胸に、腹に、腕に、足に突き刺さる。
――――――ぐちゅり、と何かが潰れるような音と共に、血が飛び散った。
千切れた指が宙に舞う。肉がえぐれ、真っ赤な肉の中に白い骨が見える。倒れたまま、動くことをやめた者さえいた。
それなのに、やはり痛みを感じていないのだろう、誰も悲鳴の一つも上げない。こちらの兵士たちの地鳴りのような怒号の中でさえ、それはよくわかった。
だけれども……
「……コヒュッ……!」
呼吸器が潰されたことによる生理的なものか、誰かが発したその小さな喘ぐような呼吸音は、掻き消されることなく、何故か俺の耳によく届いた。
そして、次の瞬間、他の兵士たちが剣で、槍で、凶器を手に敵兵へと躍りかかる。
…………先ほど言った俺がやらなくてはならない二つのこと。
それは―――『人を殺させること』と……『人を殺すこと』だった。
ァァァァァァァァ……
そこかしこから声が聞こえる。怒号に悲鳴、敵兵が声を上げないことを考えればそれらは俺の隊の者なのだろう。
今また、どこかから背筋を貫くような悲鳴が上がった。
……押されている。
相手が洗脳か何かをされているせいで知能が低くなっているらしきことと、メイジがこちらにしかいないこともあり、全域的にはこちらがなんとか押している。だがそれでも数の差というものの持つ力は圧倒的だ。局所的に見れば、押され始めているらしきところがいくつもあった。
「アイス……ストーム!」
乱れる息を必死に抑えながら、呪文を唱える。それとともに氷の粒の混じった凄まじい勢いの竜巻が、目の前にいた何人かの兵士を包むようにして現れた。エルフの時とは違い、明確な殺意を持ったこの魔法。鋭い氷と言う刃を内包したその氷嵐は、その中にいる彼らをまるで鎌鼬にでもあったかのように、切り刻む。
だが俺はその結果を見ることなく、魔法が発生したことのみを視認すると、即座に目を先ほど悲鳴が聞こえた方へと逸らした。
「……がっ……!」
そして先ほど悲鳴の聞こえた方へと駆け寄ろうとした瞬間、頭に走った鋭い痛みにたたらを踏む。
ドーピング薬の副作用だ。だが、まだ我慢できないほどではない。
……せめて終わるまではもってくれよ。
戦闘が始まってしばらく、俺は氷の槍で相手を突き刺して攻撃する『ジャベリン』よりも、氷の嵐で敵を包み込んで攻撃する『アイス・ストーム』の方を用いるようになっていた。
理由は大したことではない。敵兵の姿を見なくて済むから、というだけだ。自分の手によって傷つき、死んでいく人たち。そんなものを何人も見れば、間違いなく俺の中の何かが壊れてしまう。それくらいのことは血の昇りきったこの頭でもわかっていたからだ。
自分のしたことに目を向けない。それがいかに卑怯で人でなしなことなのかくらいはわかっていたが、知ったことじゃない。そんな綺麗ごとよりは自分の方がずっと大事だ。
援護に行かないと……。
痛む頭を押さえながら走り出した体が、ぐいっと後ろへと引っ張られる。
「しまっ……!」
振り返った瞬間、横っ面をを思い切り殴られた。そのまま吹き飛ぶと、背中から地面に倒れ込む。その背中に走った衝撃で、一瞬呼吸が止まる。
「がはっ! はっ……あっ」
そして目に映ったのは、一人の兵士だった。全身をずたずたにした血だらけの男。場所が悪かったのか、アイス・ストームに完全には覆われなかったようだ。不幸中の幸いにも武器の類はアイス・ストームによって失ったようだが、それでもぼろぼろの体のまま、こちらへと襲い掛かってきた。
立ち上がり反撃に出ようとするが、頭部を殴られたせいかふらつき、即座に立ち上がることができない。必死に手で体を引きずるようにして、後退りする。だがそんなもので逃げ切れるわけもなく、男は俺にすぐに追いつくと、飛びかかるようにして殴りかかる。
「っ!」
反射的に目をつむると、腕で頭を防御する。その時だった。
「あぶねえ! 隊長っ!」
発砲音と共に、俺の体に生暖かいものが降り注ぐ。目を開けると、男が胸から赤い何かを吹き出しながら倒れていくところだった。その光景に自分の体に降り注いだ、このべっとりと体にこびりついている液体が何かに気付くと共に体に悪寒が走る。
「ひっ!?」
小さく悲鳴を上げると、それも血で塗れていることも考えずに服の袖で顔をぬぐう。
そこに声と共に手が差し伸べられた。顔を上げればそれは俺の隊の隊員の一人だった。銃を持っているところを見るに銃兵のようだ。
「無事ですかい!?」
「あ、ああ。ありがとう」
もつれる舌を必死に動かしその問いに答えると、彼の手を取り震える足で立ち上がる。
「くそっ! これでからっけつだ!」
彼はそう言って舌打ちを一つすると、銃を放り捨て、腰に下げた剣を抜いた。
……俺を助けるのに最後の銃弾を使ってしまったのか。
「あ、わ、悪い……」
「あ?」
怪訝そうな表情をすると、俺の顔を見た後、地面に放られた銃へと視線を動かし、何やら察したような顔をした。
「勘違いしねーでください」
「えっ……?」
俺の疑問の声に、彼はふっ、と口角を上げる。
「俺たちが押し切られずに何とか戦えてるのは、あんたの力がでかいんです。だいたいホントにやばい時に、前線に出てきてくれてる、ってだけで隊長としては充分でさ。隊長が攻めてくれるなら、それを補助するのが隊員です。深く考えることも、恩に感じることも無い」
「……」
そう、なのだろうか。だがそれを質問する時間も、話し合う時間もすでに無かった。再び悲鳴が上がり、そして、それとは別の場所から銃声が上がった。
「さあ、問答は終わりだ。隊長はあっちに行ってやってください。俺はあっちに行きます」
「……ああ」
そしてお互いに背を向け、走り出そうとした時、声がかけられる。
「死ぬなよ、坊主」
振り向くと、彼はこの非常時に込められるだけのありったけの優しさを込めて笑っていた。
「隊長はまだまだ坊主なんだから、俺達みたいなおっさんよりも早く死んだらいけませんぜ」
そう言うと今度こそ、彼は振り向くことなく駆けて行った。
「……あんたもな」
小声でそうつぶやくと、俺も再び走り出した。
小説にはまったく何の関係も無いですが、この間の飛鳥ロワイヤルで2200位前後という大爆死をしてから元気が出ません。
あと感想乞食みたいですが、なんだかんだ言ってモチベーションの基は感想なので、肯定意見だろうと否定意見だろうと、どんどん書いてくださるとうれしいです。