それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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三十話  ご利用は計画的に

「おっとっと、すみません。何か今日、人多いな。えーと……あった、あった、ここだ。おーい、二人ともこっちだ」

 

 狭く薄汚れた裏通りを人をかき分けるように進むと、目指していた店の看板が見えてきた。すれ違いざまにぶつかった人に軽く謝ると、俺はその店の扉の前に立つ。するとすぐに人波を縫うようにタバサとアラベルが追い付いてきた。

 俺たちは今日、久々にトリスタニアに来ている。理由は言うまでも無い、注文しておいたタバサの母親用の解毒薬の材料を取りにきたのだ。……それとこれは二人には秘密だが、『メイドの午後』の新刊を買いに来たという理由もあったりする。話のタネにでも、と読んでみたところ案外おもしろくてはまってしまったのだ。ちなみに本の方はすでに購入し、使い魔のフクロウに持たせて学院へとすでに送ってあるので、うっかり落としたりして二人にばれる心配も無い。つまり後は薬の材料を購入するだけ、ということだ。

 きしんだ音を立てながら古びた扉を開けると、埃とカビ、それになにやら焦げた動物性の油や香草の香りが混じったような、何ともいえない臭いが鼻をついた。俺たち以外に客のいない薄暗い店内へと目をやれば、壁中いたるところに薬の壜が並んでおり、隅の方に置いてあるいくつかのつぼには毒々しい色の草が無造作に突っ込まれている。すでに何度も足を運んだことがあるところだとはいえ、いつ見てもなんというか雑然としたすごい店だ。臭いも店内も慣れていない女性には少々きついだろう、さすがにタバサはなんともなさげに店の中を見渡しているが、アラベルの方は気味が悪そうな表情をしたまま出入り口の近くから入ってこようとしない。

 扉の開く音に気付いたのか、店の奥から雰囲気に合わない小奇麗な恰好の中年の男が出てくる。きちんとセットされている髪といい、綺麗に剃られているひげといい、そうは見えないが彼がここの店主だ。しかしこんな店をやっているだけあり、身なりこそいくらかきちんとしているが醸し出している雰囲気はどことなく危なげなものをまとっている。男はそれなりに整った容姿に見合わない乱暴な口調で、俺たちを迎えた。

 

「はい、らっしゃい。誰かと思えば、アシルの坊主じゃねえか。久しぶりだな、両手に花でいいご身分なこって。今日のお探し物は、頼まれていたアレでいいのか?」

 

 その言葉に頷くと、男は少し待つように言って棚の中を探り出した。俺はそれを見ながら、代金を用意するために懐へと手をやった。……しかし、そこにあるはずの財布の感触が、何故か無い。

 

「……ん? あれ?」

 

 本を買った後に、どこかべつのところにしまったんだったか? そう思いながら、ズボンのほうもさぐってみるが、やはりない。……そういえばさっき人とぶつかったな。まさかさっきぶつかった時にすられたのか!? 

 

「ほらよ、こいつが頼まれてたモンだ。お買い上げありがとうございます、っと」

 

 そう言って棚から取り出した袋を、俺に差し出してくる店主。もう片方の手も差し出しているのは代金の請求だろう。

 

「……ちょっと、こっちに来てくれ。話がある」

 

 俺はタバサたちに話を聞かれないように店主を店の奥へと引っ張っていった。そしていぶかしげな表情をしている店主に、小声で状況を説明する。

 

「……そんなわけで財布すられたっぽいんだよ。後で払うからつけといてくれないか?」

 

「無茶言うなよ、こんな高い物ツケにしたのがばれたら嫁さんに殺られちまうわ。後ろにいる嬢ちゃんらのうち片方は、マントしてるし貴族様だろ? あの娘に立て替えてもらえばいいじゃねえか」

 

 興味深そうに薬瓶を見ているタバサへと視線を向けながら、そう言う店主。

 確かにそれが一番だろうし、タバサなら文句ひとつ言わずに貸してくれるだろうが、俺にもプライドってものがある。治療が全部終わった後で薬の代金を請求するってのならともかく、お前の母親治すために必要な金貸してくれ、ってのは情けない感じがして嫌だ。結構いい値段するからアラベルに頼むのも無理な話だし。

 

「ちょっとした事情があってそれはしたくないんだよ。頼むって。すぐに返すから」

 

「ダメだ。お得意さんのよしみで売らずに取っといてやるから、金持ってまた来るこったな」

 

 店主は話を打ち切ると、材料をしまいなおすためか棚を再び空けた。

 ……仕方がない。ちょっとひどいやり方だけど、使わせてもらおう。

 

「……エキュー金貨五枚」

 

 俺の一言に店主の動きが止まる。

 

「この間たまたま見たんだけど、酔っぱらった拍子にエキュー金貨で五枚なんて大金を、お熱をあげてる給仕の娘に渡した男がいてさ。その男は確か結婚していたはずなのに、そんな大金をチップとして渡せるなんてすごいもんだよ、尊敬する。けれども、何かの拍子に嫁さんにばれたらとんでもないことになるんじゃないかなあと、他人事ながら心配だよ。でも、そいつどっかで見た顔だったんだけど、誰だったかなあ……? 確かこのあたりで薬の材……」

 

「わかった、わかったよ。ツケといてやる。ただし、十日だ。いいか、十日以内に金持って来いよ。ったく、お前さんはいい死に方をしないだろうな」

 

 俺が話を言い終える前に、店主は見たことも無いような速さで動くと、俺の肩をがっちりと掴み、息が当たるほど顔を近づけてそう言った。そうした後俺に材料の入った袋を押し付けるように手渡すと、顔を手で覆い、深くため息を一つ吐いた。

 

「酒は飲んでも飲まれるな、か……。全くその通りだぜ。坊主も酒と女には気をつけろよ」

 

 そして、近くに置いてあった椅子の上にあぐらをかくと、フッと疲れたようにニヒルに笑う。

 ……完全に自業自得な失敗の癖に、なにをこの人はダンディーに決めているんだろう。

 

「ツケとは別に一個貸しだ。今度メシでもおごれよ、貴族様。後チップの事、嫁さんに言うんじゃねえぞ。戦争だなんだってんで、最近ただでさえあいつピリピリしてんだからよ」

 

 俺も笑顔で店主に手を振ると、アラベル達と共に店を出た。

 

 

 

 

 

 

 

「あんなことしてよかったんですか? 軽い脅迫のような気がするんですが……」

 

 最近流行っているらしいカッフェという店で昼食を取り、食後のお茶を飲んでいるとアラベルからそう尋ねられた。聞こえないように注意して会話していたつもりだったが、ばっちり聞こえていたらしい。ちなみに、ここでの俺の代金はタバサが出してくれた。アラベルも出してくれると言ってくれたが、そちらは断った。掃除だのなんだのをしてもらっているのに、食事代まで出してもらっては完全にヒモみたいで嫌だからな。もちろんここの代金も、学院に戻ったらタバサにきちんと返すつもりだ。金関係は一度だらしなくなると、元の感覚に戻すのには苦労するっていうからな。

 

「後でちゃんと払うんだし、別にいいだろ。それにさっき言ったチップの話は、あの店主と一緒にメシ食いに行った時のことでな。あのおっさん、昼間なのにさんざ飲んだあげく、潰れちゃってさ。しょうがないから代金は俺が払って、さらに家まで連れてってやったんだぞ。チップ渡すのだって、俺はさんざん止めたんだ。これくらいの融通きかせてくれたってバチはあたらないだろ」

 

「あなたが嫌がっていたようだったから、口を挟まなかったけれども、言ってくれればお金くらい私が出した。私にも多少の手持ちはある」

 

 食用というよりはどちらかといえば工業用に分類されるんじゃないだろうかと思うような、すごい色のお茶を口に運びながら、タバサもそう言ってきた。飲んでいるのはハシバミ茶という代物らしいが、ハルケギニア広しといえど、こんな飲み物がタバサ以外の生物に需要があるとは思えない。きっとこれをメニューに載せた人は、夏の日差しにやられてしまっていたのだろう。

 

「ここの代金、出してもらっているし、これで十分だって。それよりもこれでやっと必要な材料が全部そろったんだ。明日から、解毒薬づくりに取り掛かれるよ。俺一人じゃさすがにだる……大変だから、タバサとアラベルにもいろいろと手を貸してもらいたいんだけど、大丈夫か?」

 

 真面目な話なのでお茶のカップを置き、俺にできる限りの『キリッ』とした顔で二人にそう問いかける。二人も同じようにカップを置き、俺の顔へと目を向けた。……どうでもいいけど俺の顔を見た、アラベルの口元が、まるで笑うのを我慢している時のようにぴくぴくと動いているのはなぜだろうか。

 

「言うまでもない。私にできることならば何でも協力する」

 

「とりあえず、その変に真面目な顔……ふふっ、やめてください。私もアシル様のお手伝いくらい別に構いませんよ。今までもしてきたことですし、そして、これからもしていくことですから」

 

「ありがとさん。じゃあ、一息ついたことだし学院に戻るか。それとアラベルは後で一発殴らせろ」

 

「別にいいですけど、傷がついたら責任はとってくださいよ」

 

 席から立ち上がりつつそう言うと、予想もしていなかった返しがきた。前はこんなことなかったんだがなあ……。気のせいであることを願いたいが、なんだか最近アラベルに手綱を握られ始めているような気がする。昔の俺は、こいつのことをクールキャラだと思っていたのに、最近になって随分印象が変わってしまった。もしかしなくても俺の影響だろうか? そうならば、この変化がこいつにとって良いものになればいいのだけれども。

 俺はアラベルの言葉に返事をすることなく、店の外へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学院に戻ってきた俺はタバサたちと別れると、自室へと向かう。部屋の扉を開けると使い魔のフクロウが俺の方に飛んで向かってきた。そのまま肩の上にとまらせて、部屋へと入る。ベッドの上に目をやれば、届けるように頼んでおいた本がきちんと置かれていた。頼んだことをちゃんとしてくれた事を、羽を撫でることで褒めてやった後、貴重品を入れてある棚の中からお金の入った袋を取り出した。

 

「ん、あれ? 随分と軽いな。……ああ、そういやこの間、送ったんだったか。やっばいな、足りていればいいけど」

 

 散らばらないように注意しながら、机の上に袋の中身をまける。出てきた硬貨を広げて数えてみると、秘薬屋のツケにはわずかばかりに足りなかった。学院の寮はあまりセキュリティがきちんとしていないので、一定額以上の金が溜まった時には余計な分を実家に送るようにしていたのだが、それが裏目に出てしまったようだ。実家の方に連絡を取れば十日以内に送金してくれるとは思うが……、自分の金とはいえ親にせびるようであまりしたいことじゃない。……いや、違うか。できればあまり両親と連絡を取りたくないというのが本心だ。両親の前では現実的で、かつできた息子として演じなくてはならないので息苦しいし、それを感じ取っているのか、父の方がどうも俺を苦手に思っている節があるように感じるのだ。もちろん俺の見当違いな勘違い、という可能性も非常に高いんだが。

 とにかく実家に頼らずにすむのなら、頼らずに済ませたい。もうしばらくしたら実家からの仕送りや、薬を売ったりで金が入っては来るが、それだとツケの期日に間に合わない。

 と、すると誰か友人に借りるのが現実的なのだが……。

 俺は頭の中に金を借りられそうな貴族の人達をピックアップしてみる。

 まずタバサは先ほども言った理由で却下。キュルケは裕福だからそれくらい笑って貸してくれそうだが、キュルケに借りると、タバサに借りたことが伝わってしまいそうなのでやめておこう。ギーシュ……は実家が貧しいと言っていたし無理だろう。同じ理由でモンモンも無理、と。

 そうやって考えていくと、最終的に脳内リストに残った人物は一人だった。なんか怪しげな酒場でバイトしていたのが、気になるが他にあてもないし行くだけいってみることにするか。

 そう、頼れるピンクのあいつのところへ。

 ……サイト君と盛ってる最中じゃなきゃいいけど

 


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