それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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二十四話 竜の上での小さな一幕

「……どういう意味だか、説明はしてもらえるのよね?」

 

 少しきつめの睨むような表情になったキュルケがそう言った。右手は胸の谷間へと入っている。たぶん無意識のうちに杖を握っているのだろう。俺はうつむきがちになった顔を、手で覆いながら返事をする。

 

「考えれば簡単なことだったんだよ。今、ジョゼフに反旗を翻す可能性が一番高いのは誰だ? 考えるまでもない、タバサに決まっている。だけどタバサは心の壊れた母親、なんて首輪を付けられたせいで、反抗することができない。ならたまにはタバサの反抗を縛っている首輪の調子を調べる必要があるだろう。他にも、亡くなったオルレアン公は名君だったんだろ? なら、オルレアン公に忠誠を誓ってた貴族だっていたはずだ。そんな奴らがタバサをそそのかして、ジョゼフに反抗するってことも考えられる。そいつらがタバサと接触しようとしたのなら、場所はやはりあの家になるはずだ。……これらの事からすれば、どう考えたってあの家に監視ぐらい付いていると考えていいだろ」

 

 俺はため息を一つつくと話を続けた。今考えれば自分の軽率さ加減に反吐が出る。

 

「任務もないのにタバサが大急ぎで帰って来て、持ってきた薬を飲ませたらオルレアン夫人は元に戻った。つまり、タバサの首輪は外れたってわけだ。……俺が監視役なら即座に上に報告する。薬の効き目は一日限りだの、二度までしか使えないだのはあちらさんが知るわけはないんだからな。実際は一日たてば元に戻ったわけだが、そのころにはすでにタバサに対して家に待機しているよう伝えてしまっているし、エルフとガーゴイルも向かわせている。まさしく賽は投げられたってやつだ、後戻りはできない。……だいたい一時的に元に戻せる薬をタバサが手に入れていた以上、いつかは完全に元に戻せる薬を手に入れると考えても不思議じゃないからな、どちらにせよ何らかの対策は打たれただろう。……ま、馬鹿な俺が愚かにも、解毒薬もどきなんてのをタバサに渡しちまった時点でろくな結末にはならなかったってことさ。…………殴りたきゃ殴れ、好きにしろ」

 

「……馬鹿にしないでちょうだい。確かにこんな結果になってしまったとはいえ、あなたはタバサを助けようとする善意から薬を渡したんでしょう? それに対して怒るほど子供じゃないわ。……ただ、わかっているでしょうけど責任はとりなさいよ」

 

「とる気がなけりゃあ、俺はシルフィードじゃなくて部屋のベッドの上で寝てるよ。今回のことは俺が原因なんだ……柄じゃあねえが命を懸けてでもタバサの救出だけはやってやるさ」

 

 

 

 

 

 とりあえずキュルケへの説明は済んだ。これであとは考えるだけだ。俺は目をつぶり、握ったこぶしを額に当てる。

 ……タバサと母親は今どこにいるのか? これがわからなければ救出する、しない以前の問題だ。なんとしてもこれだけは、できる限り早く突き止める必要がある。

 

「……………………」

 

 もし俺がジョゼフならタバサの身柄をどう使う? ……故オルレアン公派の貴族に対する牽制、人質として使うのが一番だ。というか他の利用法が思いつかない。薬か魔法で操って手駒にするというのもあるが、オルレアン夫人にそれをやって失敗したせいで今こんなことになっているんだ。同じやり方はしないだろう。人質として使うなら自分の手が届きやすいガリアの首都『リュティス』か? いや、それならばタバサを拉致する際に多くの兵士とガーゴイルを使えばいいだけだ。エルフを使う必要性が無い。あんなよくわからん生き物を使う以上なんらかの必要性があったのは間違いないんだ。……迅速にことを進めるため、または敵対している誰かに感づかれないように少数精鋭にしたかったので、一人でも十分すぎるほど強いエルフを使った、って考えもあるな。これが一番筋が通るか?

 

「……」

 

 二、三度軽く握ったこぶしで眉間を叩く。

 そんな簡単な話じゃないだろう。これは完全に俺の推測だが『無能』な『王族』といったところからジョゼフは虚無のメイジである可能性がある。もしもそうならばサイト君のような使い魔がジョセフにもいるはず。タバサの拉致に多くのガーゴイルが関わっていたのもその使い魔の力であるように思う。多くのガーゴイルを使役できる能力から考えると、おそらくジョゼフの使い魔は動物を操る能力があるらしいウィンダールヴだろう。ガーゴイルは正確には動物ではなかったと思うが、まあ虚無なんてものがあったのは何千年も前だからな。動物に対する概念や使い魔の力が多少変質しているのかもしれない。他にはミョズニトニルンと名前さえわからない使い魔がいるが、この二つは正直能力が推測できない。名前がわからない方はどうしようもないし、ミョズニトニルンの能力は『あらゆる知識を溜め込みて、導きし我に助言を呈す』らしいが、何だそれ? サイト君はガンダールヴの力で、使ったことのない武器でも使い方が頭に流れ込んでくると言っていたが……それに似た能力か? なんでも知っている程度の能力……いや、これはないな。なんでもありにしたってほどがある。

 ……まあ、いいや。いくらなんでもタバサの護衛をガリアの王様がしているってこともないだろう。大事なのはガーゴイルを大量に操ることができたのに、なぜエルフを使ったかだ。戦力として必要だったのでなければその技術力や先住魔法目当て……か? タバサ関係でわけのわからない技術が使われたものと言えば……。

 

「あの魔法薬しかないな」

 

 オルレアン夫人も心を壊した魔法薬、あれは俺はもちろんコルベール先生ですら聞いたこともないような代物だった。博識なコルベール先生が知らない、それだけであれがエルフの作っだと考える根拠としては十分だろう。そしてあれがエルフの作ったもので、今回の誘拐劇にエルフが関わっているというのならその理由は一つだけだ。

 『タバサにもあの薬を飲ませる』。それ以外考えられない。その後心を壊したタバサを何に使うかは置いておいて、とりあえずはそれが目的なのは間違いないだろう。

 目的さえわかれば場所の特定もしやすい。オルレアン夫人が元に戻ったという報告を受け取ってからすぐに動いたのなら薬はまだ用意できていないはず。ならば薬は誘拐した後、作る必要があるわけだ。そしてエルフ独自の技術で作られた薬ならば、それ独自の材料、たとえばサハラにしかないような動植物を使っている可能性が高い。その上、あれだけ複雑な薬を作るのにはいくらエルフといえど数日はかかるだろう。その間に部外者や敵対者にエルフの姿が見つかるわけにはいかない。エルフと協力関係にあるなんてことが知られたらまずいことくらい、いくら無能王でもわかっているだろう。つまりタバサとエルフが今いる場所は、サハラからの材料が手に入りやすく、そしてエルフがいたとしてもそれほど不自然ではない場所。それは、エルフの国であるサハラ。もしくは……。

 俺は持ってきた荷物から地図を取り出すと、シルフィードの上に広げる。そして指先を地図の中のガリア上に置き、その指をスーッと右へとすべらせる。そしてガリアの右端まで行ったところで指を止める。そこはガリアの東端、サハラとの国境近くにある有名なエルフ相手の古戦場。

 

「アーハンブラ……いや、国王が絡んでいるのなら城も利用できるか。それなら街中よりかは、広さがあって、人目に付きにくい城内のほうがいいな。つまり、アーハンブラ城。ここだ、おそらくタバサはここにいる。……たぶん」

 

 俺の考えをキュルケに伝え、他に何か考えがあるかを聞いた。キュルケも最初にアーハンブラへ行くことに対し異論は無いということだったが、タバサがあの毒薬を飲まされる可能性が高いということを聞き、まずはアーハンブラ城を探した後二人で手分けして城下を調べ、何も無ければ即座にリュティスを探索しに行くということになった。薬の生成にどれだけ時間があるかわからない以上、後どれだけ時間の猶予があるかもわからない。その上場所の特定も俺の考えが根拠になっているので、あっているかどうかがわからない。それならばできる限り一ヶ所を調べる時間を短くして、多くの場所を調べたく思うのは仕方がないだろう。それにエルフであるということは隠しているだろうが、少なくとも一人の男と二人の母娘の三人で数日間滞在している奴がいるかどうかなんていくつかの酒場で聞けばわかるはずだ。

 

「つーわけでシルフィード、まずはアーハンブラに向かってくれ。ちなみにこのあたりだ」

 

 俺は地図をシルフィードの顔の前に突き出すと、アーハンブラのあたりを指さし場所を教える。そして、わかったという返事だろうか、『きゅい』という鳴き声を聞くとキュルケの方へと振り返った。

 

「とりあえずキュルケ、プレゼントだ。お守り代わりににでも持っとけ」

 

 そう言って二本のナイフを渡す。それを受け取ったキュルケは刃を出し、それを見ながら言った。

 

「少し物騒な気もするけれど……まあ、ありがたく受け取っておくわ。で、これは何に使うための物? これで髪でも切ればいいのかしら?」

 

「別にしたけりゃそうしたっていいけど、面倒な事になると思うぞ。その刃先にはな、俺の特製、『こんなん作ったってばれたら手が後ろに回っちゃうくらい効く麻痺薬』がたっぷりと塗ってある。エルフはどうだか知らんが、人ならかすって少し経てば動けなくなる。護身用にしてはいいできだろ? ただし、持ってるのがばれても俺から渡されたとは言うなよ。捕まるから、俺が」

 

「恐ろしい物持ち歩いてるのね、あなた。ま、ありがたくもらっておくわ。ところでこんなに強力な物を私に渡しちゃって、自分は大丈夫なの?」

 

 俺はそれを聞き、呆れたように首を左右に振る。

 

「……ふう、キュルケお前はまだまだ俺という人間がわかっていない」

 

 荷物からキュルケに渡した物と同じデザインのナイフを三本取り出すと、さわやかな笑顔と共にそれをキュルケへ見せつける。

 

「この俺が、自分の分がないのに他人にわざわざ分けるわけないだろうよ。きちんと俺の分の護身用のブツは準備済みさ」

 

「…………そう、よかったわね」

 

 何故だかはわからないが、すごく冷たい目で同意された。なにこれ?俺の笑顔のできが悪かったせい? キュルケに冷静さとか求めてないんだけど。

 

「…………」

 

「…………」

 

「……アーハンブラまで、まだ随分かかるし寝るわ」

 

「そう……それがいいと思うわ」

 

 冷たい風と雰囲気を味わいながら俺はごろりと横になった。

 

 


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