それなりに楽しい脇役としての人生   作:yuki01

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十九話  舞台は主役たちのために

「あれ、ゼロ戦が無いな」

 

学園に帰ってきた俺達は中庭に着地したが、行く前には置いてあったはずのゼロ戦が何故か無くなっていた。

 ……そう言えばアンリエッタ王女のお輿入れが今日だか明日だかでそろそろだったはずだ。戦闘機でパレードに華を添えろとか、また王女に無茶ぶりされたのでなければいいけれども。いや、よく考えたら王女さんは、戦闘機の存在そのものを知らないんだったな。じゃあ何だ?

俺はタバサと手を振って別れると、コルベール先生と会うために研究室へと向かった。研究室を使わせてもらうためというのもあるが、彼ならばゼロ戦が無くなっている理由も知っているだろう。

 

 

 

 

 

 自室に戻ってきた俺は、後ろ手でドアを閉めると椅子に腰かけた。

 あの後コルベール先生にゼロ戦の行方を聞いたが、何やら焦った様子のサイト君が持って行ったということがわかっただけで、結局何のために持って行ったのかはわからずじまいだった。ま、伝説の使い魔様らしく適当に大冒険したら帰ってくるだろう。怪我してなきゃいいけど。

 

「とりあえずはサイト君よりこっちかね」

 

タバサの母親の血液が入った小瓶を目の前で軽く振ってみる。

当たり前だがこうして見る限りでは何もおかしいところはない。しかし、調べれば原因か解決策のとっかかりくらいは見つかるかもしれない。といってもきちんと調べるにはコルベール先生の研究室の設備を借りる必要があるだろうし、何よりも出先から帰ってきて今からやるというのも疲れてるから嫌だしな。

調べるのは明日からにしよう。

 

「ああ、こっち忘れてた」

 

 血液の方ばかり気にしていてお土産を買ってきていたのをきれいに忘れていた。以前アルビオンに任務で行って帰ってきた時、アラベルに遠出するときは一言言ってくださいとか言われたのにまたも勝手に出かけちまったからな。お詫びとして途中で拠った町で、若い女の子に人気のある本を三冊、適当に店員さんに選んでもらって買ってきたのだ。中身が何なのかは知らないがどうせ俺は若い女の子の間での流行なんて知らないし、別に構わないだろう。つーかなんで俺が彼女でもなんでもないあいつのためにここまで気を使わにゃならんのか……と思ったけれどもメシやら掃除やらで結構世話になってるからな、たまには労をねぎらう意味でお土産兼プレゼントをするのもいいだろう。

 とりあえず俺は本の入った袋を掴むと、アラベルを探すために部屋を出て行った。

 

 

 

 

トン、トンというノックの音で目が覚めた。一つ伸びをして、誰かを尋ねると『アラベルです』という返事が返ってきたので寝ぼけ眼をこすりながら鍵を開けた。

 

「よう、アラベル。何か用か?」

 

「まず一発殴らせてください」

 

「お前は肉体言語以外のコミュニケーションを知らんのか」

 

 扉を開けたところにいたのはアラベルだったが、どうも怒っているようだ。いつも以上に眉間にしわがよっている。それに手に何が入っているのか袋を持っている。昨日お土産を渡そうとアラベルを探したが、結局見つからなかったので適当にそこらにいたメイドさんに渡してくれるよう頼んでおいたんだがそれのお礼だろうか。それにしてはなんで怒ってるんだ?

 

「まあ、いいや用があんならとりあえず入って紅茶でも飲めよ。ああ、面倒なんで紅茶はお前が入れてくれ。俺の分も頼むわ」

 

 

 

 

 

「で、どうしたのよ」

 

 アラベルに紅茶を入れてもらい、お互いに座って一息ついてから俺はそう聞いた。

 アラベルはため息を一つ着くと手に持っていた袋を机の上に置いた。

 

「どうもこうもこれですよ」

 

「これって……普通に俺がお土産として買ってきた本だろ? つまんなかったとか気に入らなかったとかか? そんな場合のために店員に若い女性に人気の本を、って頼んでお勧めのを三冊も買ってきてやったんだけど」

 

「……お気遣いは素直にうれしいですよ、わざわざありがとうございます。今度お礼にクッキーでも作りますよ。……それはそれとして、やはりそういった事情でしたか……。アシル様、いくら平民相手のお土産とはいえ今後は何を買ったのかの確認くらいはしてください。昨日、アシル様からのお土産だと同僚の子からそれを渡されて、私がどれだけ戸惑ったか……」

 

 どういうことだ? いつだかの手紙見たく、また俺が何かやらかしてしまったらしい。まあ確かに中身も知らん物を送ったのはアレかも知れないが、店員のお勧めの本のはずだ。そんな変なものであることなんてあるのか?

 

「……中身、見てもいいか?」

 

「……どうぞ」

 

 とりあえず袋の中から一冊取り出して題名を見てみる。そこに書いてあったのは

 

 

 

 

『メイドの午後 愛のムチ編』

 

 

 

 

「…………えっ!?」

 

 あきらかに18禁の臭いが漂うタイトルに驚き、残りの2冊も取り出して見てみると、

 

『メイドの午後 二人きりの昼下がり編』

 

『メイドの午後 最後の夜編』

 

 

「シリーズ物かよ!」

 

 好みに合わなかった時のために三冊も買ってきたのにこれじゃあ何の意味もないじゃねーか!

 

「……いえ、一応若い娘の間で流行っている本ではあるんですよ? 確かシエスタも持っていましたし、他の子から読ませてくれと頼まれもしましたし。たぶん店員の方も悪気があったわけではないと思います」

 

 だとしてもこれはないだろう。あんまいい気分のする想像じゃないが俺がメイドやってたとして、知り合いの貴族から『メイドの午後 愛のムチ編』なんて本貰った日には冗談抜きで貞操でも狙われてんのかと勘繰るぞ。

 

「一応言っておくが他意はないぞ。この本も俺じゃなくて本屋の店員が選んだもんだし」

 

 俺のその言い訳じみた(まあ、事実なわけだが)言葉を聞くと、アラベルは軽く呆れたような目をして、ため息を一つ吐いた。

 

「わかってますよ、アシル様にそこまでの甲斐性があるとは思っていません」

 

「へえへえ、そうですか。そら悪うございましたね」

 

 会っていきなりけんか腰だったので、もしかしたら結構怒っているのかと思っていたが、そんなこともないみたいだ。安心して肩の力を抜き、椅子の背もたれに体重をかける。

 これからもこいつと仲良くしていきたい俺としては、こんなくだらないことで気まずくなりたくはなかったので案外ほっとしている。

 

「で? いつもよりも散らかっている気がしますが、まだあの努力もなしに強くなる、とかいう薬を作っているのですか?」

 

 アラベルからの質問に俺は顔の前で手を軽く横に振る。

 

「あれはもう完成したよ。今やってんのは人助けだよ、人助け。博愛精神あふれる俺としては困っている人を見ると、助けずにはいられなくてな」

 

「はいはい、それはすごいですね。で? アシル様が人助けとやらをしている間、私はまたここに食事を運べばいいんですか? あれ、結構面倒なんですけど」

 

「いや、今回のはコルベール先生の研究室を借りてやるつもりだからそっちに持ってきてくれ。ま、悪いとは思うがそれが仕事なんだし我慢してくれや。お礼に今度はきちんと俺が選んだ物をなんか送るよ。なんかリクエストあるか?」

 

「え……あ、どうも、それはありがとうございます。プレゼントですか、そうですね……」

 

 そう言うとアラベルは少し考えた後、どことなく目線を逸らしながら微妙に小さな声で要望を伝えてきた。

 

「……じゃ、じゃあアクセサリーなんてどうですかね。やはり女性へ送るものといえば、お約束ですし」

 

「まあ、アクセサリーだろうとなんだろうと高いものじゃなけりゃ別にいいけどさ。じゃあ、今度どっか行く用事が出来たら買ってくるわ。そうだな……首輪でいいか?」

 

「構いませんがその場合、食事にちょっと不思議な食材がプラスされてしまったりすることが起きるかもしれません」

 

「おっかないな。ま、冗談は置いといて何か無難なものを用意しとくよ。それより、明日からメシ頼むな、俺は多分コルベール先生の研究室に詰めっぱなしになると思うから」

 

「はあ……全く仕方がない人ですね。わかりましたよ、まあ、頑張ってください」

 

 その後も近況報告やら世間話やらをしてしばらくすごしたあと、仕事が残っているということでアラベルは戻っていった。シエスタがサイト君との既成事実を狙っているらしい、というわりかしどうでもいい情報を手に入れたので今度ルイズに会ったら教えてやろう。やっぱ、ルイズとサイト君は喧嘩しているくらいがちょうどいいしな、見ている分には。

 そんな意地の悪いことを考えながら、俺はカップに残った冷めた紅茶を飲み干した。

 

 

 

 

 追伸になるがそれから何日かしてサイト君とルイズが帰ってきた。後から知ったことだがレコン・キスタの奴らがアンリエッタ王女のお輿入れに合わせて、タルブ村という場所に侵攻をしてきていたらしい。それを二人で力を合わせてなんとかしてきたみたいなことを言っていたが、正直侵攻を二人でなんとかしたとかスケールが大きすぎて俺には理解できないし、あまりしたくなかったので詳しくは聞かなかった。だってどうせあれだろ、ルイズが虚無のメイジとしての新たな力が目覚めたか、サイト君のガンダールヴのルーンに秘められし力が覚醒したかのどっちかだろ? ただのラインメイジである俺には手に負えないからな。聞いたってしょうがない。

 虚無のメイジに伝説の使い魔、長く続いた王家がレコン・キスタに倒されて、防いだとはいえそいつらはトリステインにまで攻め込んできた。俺にだってわかる。これから先、ここハルケギニアは間違いなく何か大きなうねりにのみこまれていくだろう。けれどもそんなこと俺には関係ないことを願うよ。戦争だ、伝説だってのはルイズやサイト君がどうにかしてくれ。俺は分相応に研究室にこもってちまちま薬でも作ってるさ。

 歴史という名の大舞台に主役として立てないのは、多少悔しくもあるけれども……ま、これはこれで楽しいもんだよ、ホントにさ。

 

 


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