帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第七章 回廊へのピクニックは問題なく帰れると思ったか?
第八十一話 だから言っただろう……遠足に酔い止めは持っていけって


 宇宙暦785年4月2日1100時、自由惑星同盟宇宙軍第三艦隊に所属する艦艇一万四五〇〇隻及びその他諸部隊はアルレスハイム星系にワープアウトを完了させた。

 

 予定では第1分艦隊及びその他独立部隊等がヴォルムス衛星軌道上に駐留するほかヴォルムスの有する衛星ハティに第2分艦隊及び第3後方支援部隊・第3宇宙軍陸戦隊が、第四惑星衛星軌道上の宇宙要塞型補給基地に第3分艦隊が、第六惑星第二衛星上の補給基地に第4・5分艦隊が駐留する。約八十時間になる駐留の間に艦隊は回廊に向かうまでの最終的補給を受けるほか、人員の休息や交代、航海計画の見直し、情報収集、亡命軍との打ち合わせ等を行う手筈となっていた。

 

 4月3日0630時、正式な辞令を私は第三艦隊司令部航海課臨時副官付という肩書きで第三艦隊司令部航海参謀ラザール・ロボス少将の副官スタッフの一員として配属された。人員輸送シャトルを持って第三艦隊旗艦モンテローザに乗艦する。

 

「はぁ……」

 

 人員輸送用シャトルの座席で憂鬱とばかりに私は溜息をつく。まさかこんな事になるとは……いや、最前線の駆逐艦の艦長より遥かにマシではある、がそれを比較対象にするのも少し相応しくない。

 

 士官学校出身の士官は年間で3000名から5000名、貴重なエリートを駆逐艦の艦長になぞ据えない。据えるとしても正確には駆逐隊の司令官を兼務しているだろう。多くの士官学校卒業者は部隊長や司令部スタッフ、後方の管理事務に従事し、前線の艦長は兵学校や専科学校の叩き上げ、あるいは予備役士官学校や一般大学卒業の志願兵出身者だ。尤も、原作時代となると平然と艦隊壊滅するからエリートな士官学校卒業者が凄まじい勢いで消費されただろうが。

 

「……あれ、か」

 

 シャトルの窓から見える深淵の宇宙、そこにモスグリーンの巨大戦艦が同盟軍標準型戦艦や亡命軍艦艇と共に浮かんでいた。第三艦隊旗艦カンジェンチュンガ級旗艦級大型戦艦12番艦モンテローザである。

 

 原作を知る者にとって同盟軍の主力旗艦級戦艦と言えばアイアース級と言われる型であろうが宇宙暦785年の時点では769年正式採用のカンジェンチュンガ級が第一線を張り、アイアース級は未だ第一艦隊や宇宙艦隊直属部隊を始めとした一部で利用されているに過ぎない。

 

 ジェロニモ級旗艦級大型戦艦(原作のマサソイト等が属する艦級だ)の後継艦であるカンジェンチュンガ級、その後期型たるモンテローザの外見自体はアイアース級と非常に近似したものであった。元々本級の小改修型がアイアース級である事もあるが、特に後期型はアイアース級のテストベッドとして各種装備も試作型や初期生産型が多数使用されていた。同盟軍初の一万隻以上の艦艇指揮能力を備えたカンジェンチュンガ級は宇宙暦785年時点においてもその性能は艦隊旗艦に据える事に一切の問題は無かった。

 

「若様、大丈夫で御座いますか……?」

 

 シャトルから降りた青い顔した私にベアトが寄り添いながら尋ねる。今回の遠征において彼女は同じく司令部航海課臨時副官付に任命されており、私と同行する事になっていた。

 

「安心しろ、流石にシャトルでの短距離移動なら既に慣れ………いや御免、ちょっとトイレ行ってくる」

 

 私は強がりを言おうとして、やっぱり無理だと悟り他の乗員を押しのけるように全速力で艦内のトイレに直行する。流石に全長一キロを越える大型戦艦である。艦内十八か所にトイレが設置されており、どこにいたとしても十分以内に入室が可能となっていた。そのため私もリバースする前にぎりぎりトイレの個室に突入する事が出来た。畜生ぅ、酔い止めを規定量の倍飲んだのだが足りなかったかぁ………(泣)。

 

「う~……よし……大丈夫、楽になって……あ、やっぱ無理」

 

 無重力酔いで二度目のリバースをしていた頃にベアトが個室の扉を叩いて私の身を案ずる。……うん、気持ちは分かるけどここ男子トイレだから止めてね?

 

 男子トイレでありながら平然とベアトが侵入した事で艦内風紀を取り締まる憲兵に(何故か私が)注意を受けるなどという珍事があったが兎も角も半時間程休憩をしてから再び私達は目的の場所へと足を向ける。

 

 第三艦隊司令官レイモンド・ヴァンデグリフト中将は御年66歳、730年マフィアが帝国軍に圧勝したファイアザード星域会戦を初陣に参加戦闘数は800回を越え、内39回は一個艦隊以上が参加する大規模会戦である。専科学校を卒業して伍長として任官してから49年に及ぶ軍歴と経験は同盟軍の中でも長い伝統を保持する第三艦隊を率いる立場に相応しい。

 

 そしてヴァンデグリフト中将の元に第三艦隊司令部があり、艦隊参謀長ジョージ・ロウマン少将を長として作戦・情報・通信・後方・計画・人事・衛生・輸送・航海・砲術・航空・法務・広報・監察・会計・陸戦・憲兵等の各分野の責任者(少将から大佐が任じられる)、その下の実務スタッフ等計191名が在籍する。

 

 更に言えばこの艦隊司令部からの命令・方針に従い分艦隊・戦隊・群・隊と言った下位司令部・本部もそれぞれ十数人から数十人のスタッフを有し上位司令部の命令に従い司令官の補佐や部隊運用・上位司令部への報告を行っていく。一個艦隊の艦隊司令部がどれだけのエリートの集まりなのかが良く分かる。

 

 逆に言えば旗艦が吹き飛べば各方面から集めたエリート達を纏めて失う事にもなる。原作アムリッツァや第二次ティアマトでは軍首脳部が白目に泡を吹くレベルで人材が宇宙の塵となり消え去った事だろう。

 

 そして、それだけの人員を乗せるモンテローザ艦内にはこれらの司令部要員全員分の事務・会議・生活を行うのに十分過ぎる程のスペースが確保されていた。

 

 そういう訳で我々は配属部署である第三艦隊司令部航海課の割り当てのオフィスに艦内モノレールと徒歩で移動する。通路もモノレールも贅沢な程スペースが広々としている。流石旗艦級戦艦である(艦内食堂や人員の私室のレベルも高い)。

 

「ここ、だな」

 

 人員移動用艦内モノレールから降り、暫く歩けば艦の中央部モジュールに置かれた司令部エリアに辿り着く。そしてその中から航海課の看板が設置された一室を見つける。

 

 私は、取り敢えずスカーフとベレー帽を整え、深く深呼吸をして精神を落ち着かせる。

 

「若様……?」

「いや、身内ではあるがなんか緊張してな」

 

 少し不自然な態度に心配そうに声をかける従士に対して、私は苦笑する。

 

 普段は気楽に接していても、こう改まった場になると今更ながら我が叔父殿は同盟軍少将という化物みたいな立場にあるのだと理解させられる。

 

 原作では将官なんてあっけなく戦死したりするが、現実では最下位の准将ですら五万前後の兵力を運用する大幹部たる将官はそう易々となれる存在ではない。

 

 同盟中のエリートが集まる士官学校卒業生すら大半は大佐止まり、将官に昇進出来た者にしてもその半分近くが退役前に准将に昇進する程度だ。二十代三十代で将官になる者は所謂エリート中のエリートであるし、兵学校や専科学校から将官に昇り詰める者に至っては神か化け物扱いだ。つまり末期とはいえ元帥にまでなった呼吸する軍事博物館はある意味魔術師以上に空前絶後の存在だ。

 

 その点で言えば原作組に比べればぱっとしないが四十後半で少将に、そう遠くない将来中将昇進が確実視される叔父殿は普通に考えてヤバい奴扱いだ。士官学校で学びその困難具合を理解すれば今更のようにその大物感を理解出来る、緊張もしよう。

 

「……よし、覚悟を決めるか!」

 

 無論いつまでも扉の前でまごつく訳にもいかない。ベレー帽の位置を整え、服装を確認し、私は気を奮い立たせ、自動扉を開いて前に進む。

 

そして室内に足を踏み入れたと同時に……。

 

パァン!パァパァン!

 

「うおっ……!?」

「若様っ!」

 

 火薬式の実弾拳銃を撃ったような音に思わず私は仰け反り、ベアトは咄嗟に私の前に出て盾になろうとする。尤も、飛んできたのは鉛玉では無く……。

 

「紙……吹雪?」

 

 空中を舞い、私の頭の上に落ちる色とりどりの色紙を呆気に取られるように見つめる。そして、少々毒のある表情を向け(それくらい多目に見て欲しい)、口を開く。

 

「叔父さ……いえ、ロボス少将殿、余り悪ふざけは止めて頂けませんか?」

 

 私達の視界の先では、第三艦隊司令部航海参謀ラザール・ロボス少将が悪戯に成功した子供のように屈託のない笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、済まんな。ヴォル坊が来るとなるとつい悪戯心が溢れてなぁ!」

 

 航海課オフィスの課長用個室内のデスクで珈琲の入ったマグカップを手にがはは、と豪快に少将は笑う。顔馴染みの私が来る歓迎(という名の悪戯)のためにずっと入口でスタンバっていたらしい。暇人かな?

 

「そう言ってくれるな。私も航路局や商工組合やらとの折衝で忙しくてな。漸く余裕が出来た所なのだからな」

 

 ヴォルムスで直々に各団体と航路計画の交渉をし、それを持って通信で次席参謀たるユーリ・コーネフ大佐に大まかな方針を伝え、大佐が実際に運航計画を実施していた……と聞けば後者の方が一見大変に見えるだろう。しかし運航計画の実施自体は知識があれば行える。だが、各団体との交渉は航海分野だけでなく各団体の事情を考慮し、調整する政治力もそこに必要だ。そのストレスは唯々理論と知識に従って行う仕事とは別の意味で困難極まる。

 

「まぁ、それはそうと良く来てくれたヴォル坊、それにゴトフリート君もこの様子だと御父上との話はスムーズに終わったようだな?」

 

 私の後方に付き従うベアトに一瞬視線を向けてから少将は尋ねる。

 

「はい、叔父殿の御助力のお陰です」

「私の方からも、此度のご厚意、心より感謝させていただきます」

 

 私とベアトがそれぞれベレー帽を脱ぎ頭を下げ感謝の言葉を口にする。特にベアトは優美に、深々と頭を下げているのが横目から見えた。

 

「いやいや、私は少し口添えしただけだ。ここまで早くそちらの問題が解決すると正直思っていなかった。気にせんで良い」

 

 ふくよかな頬を弛緩させながら感じの良い笑みを浮かべる叔父。それは謙遜ではなく本心からの言葉であるように思える。それはそうと坊や扱いは止めて欲しいんだけどなぁ。どこぞのジオンの末弟の如く坊や扱いはフラグなんだけど。

 

「そう言わんで良かろう。小さい頃何度も肩車や高い高いしてやったろうに」

 

 いや、貴方の高い高いめっちゃ怖かったですからね!?母上、私の身の安全確保するならばまずあれを禁止してくれませんですかねぇ!?

 

「それはそうと……少将殿、我々がこちらに派遣された理由をお聞かせ願えませんか?」

 

私は咳込むと、姿勢を正して本題に移る。

 

「……うむ、そうだな。悪ふざけが少し過ぎたな」

 

 少将もまた姿勢を正して威厳たっぷりに表情を引き締める(いつもそうしていたらいいのに)。

 

「此度は聞いているであろうが、第三艦隊及びその他同盟軍諸部隊はアルレスハイム星系における最終的補給を受け次第、銀河帝国亡命政府軍宇宙艦隊と共にイゼルローン要塞攻略戦に向けた進軍を開始する事になっておる」

 

 主力たる第三艦隊、及びその他諸部隊に対して後方警備及び支援部隊として銀河帝国亡命政府軍より主力戦闘艦艇一〇五〇隻、後方支援艦艇三六〇隻(これとは別に超光速航行能力の無い雷撃艇・ミサイル艇等戦闘艇六〇〇隻が配備されている)が同行する事になっていた。司令官は銀河帝国亡命政府軍宇宙艦隊副司令長官カールハインツ・フォン・ケッテラー大将、ケッテラー伯爵家の分家ミューリッツ=ケッテラー男爵家の当主も務める。

 

 建国以来の旧家、十八将家の一つとして亡命政府でも主要な大貴族の地位にあったケッテラー家も、コルネリアス帝の侵攻で領地を相当荒廃させられ、その後も対帝国戦で相当の血族と臣下が戦死した。止めが第二次イゼルローン要塞攻防戦で当主が主要臣下諸共爆発四散した事だ。

 

 元々バルトバッフェル侯爵家、ティルピッツ伯爵家と共に亡命政府軍の主要幹部を抑えていたが流石に今となっては権勢は凋落しつつあった。ヴィレンシュタイン子爵夫人がどうにか一族を纏め上げたが今では次点のグッデンハイム伯爵家やハーゼングレーバー子爵家の方が軍部での地位を確立している有様である。

 

 ケッテラー大将はそんなケッテラー家系列では数少ない要職に席を持つ人物だ。亡命軍幼年学校・亡命軍士官学校を経て少尉として任官、以後数百回の戦闘に参加、後方勤務も平均以上の能力を示した事で五十代半ばで亡命軍大将・宇宙艦隊副司令長官の地位に昇り詰めた(尤も同盟軍や帝国軍に比べて大軍を指揮出来る訳ではないが)。

 

「あー、大体理由が読めて来ました」

 

 能力的には問題無い、が………性格面が少々面倒であった。

 

「あの性格は同盟軍ではやりにくいですね……」

 

 元々それが理由で同盟軍士官学校に入学しなかったのだが、所々で平民(というより市民)を見下す発言が多く、態度も貴族的に高慢で不遜な所がある。主義的には「帝政党」に近く、正直人材不足でなければ予備役に送りたいような人物だった。

 

「打ち合わせでも御苦労なされましたか……?」

 

 同盟軍と亡命軍の合同作戦会議でもきっと面倒であった事であろう。遠征軍司令部のヘイトを稼いでいても可笑しくない。そしてそれは少将の疲れた苦笑いから見て間違ってはいない筈だ。

 

 唯でさえ、少将は軍才と共に政治力もある人物だ。民主主義を奉じる標準的同盟人の価値観を持ち、亡命貴族や亡命政府の内情に精通し、旧銀河連邦植民地の住民の複雑なアイデンティティーにも理解を示す。現実と諸勢力の主義主張を上手く調整する事が出来るのは才能と環境のお陰であろう。

 

 原作ではグリーンヒル父が調整役の立場だった気がするが、寧ろ現在、私が知る限りでは敢えてその方面をグリーンヒル父に任せていたように思える。可能な限り調整役を任せる事で自身は純粋に軍事方面に集中しようとしていたのかも知れない。

 

 尤も、そうなると晩年の醜態の理由が良く分からないのだが………情報不足のこの場では考えても仕方ないが。

 

 まぁ、今現在では少将は有能な戦略家・戦術家であり調整役でもある、が調整役は頼られる事も多いが場合によっては恨まれやすい立場でもある。

 

 きっと唯でさえ出自や役職からして怪しい立場が会議で更に怪しくなっているのだろう。流石に首脳陣全てが敵、と言う事は無かろうが恨みは買わないに越したことはない。

 

「まぁ、そう言う訳だ。私に含む事が無く、航海技術に理解があり、帝国貴族系で信頼出来る副官に職務の補助を願いたい、という訳なのだよ」

「成程……つまり一緒に胃痛になる仲間が欲しいのですね?」

 

 少将は頭に拳を付け、ウインクしながら舌を出した。所謂てへぺろ、である。…うわっ腹立つ。滅茶苦茶ぶん殴りてぇ……!

 

「……ごほんっ、まぁ少将にはこれまで多くの世話に預かりましたから、ここは微力ながらも御協力させていただきましょう」

 

 少々含むものはあるが、私は気を取り直す。……ぶっちゃけ腹立つがこの人には借りが沢山ある。これくらい協力するのが筋であろう。

 

 それに上手くいけば少将の元で出世もしやすくなるし、職務面でも信頼される。そうなれば将来的な選択肢も増える。失敗したら?………まぁ笑って誤魔化そう(白目)。

 

「では改めまして、ヴォルター・フォン・ティルピッツ同盟軍宇宙軍中尉、宇宙暦785年4月3日を以て、第三艦隊司令部航海課臨時副官付として着任致します」

「同じく、ベアトリクス・フォン・ゴトフリート同盟軍宇宙軍中尉、着任致します」

 

 私とベアトはいつもの通り直立不動の姿勢を取ると、はっきりした声で官姓名を名乗り敬礼した。

 

「うむ、第三艦隊司令部航海課課長ラザール・ロボス少将だ。両名を歓迎する」

 

 ふくよかな体を椅子から立たせた叔父は、しかしその肉体でありながら優雅に、貫録のある姿勢でそれに応えたのである……。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、第三艦隊はこのまま亡命軍派遣艦隊と共にアルレスハイム星系から複数回の超光速航行を行いダゴン星系で第二・一一艦隊及びその他の支援艦隊・独立艦隊と合流、そのまま回廊内に侵入する手筈となっている。

 

 だが、回廊やダゴン星系は空間が狭隘であり、またサルガッソースペースの影響もあり重力異常・宇宙嵐・恒星風・彗星・小惑星帯等の密度が高く航行の難所が多数存在し、反比例するようにワープポイントは限られる。帝国軍の妨害もあるだろう。それらを排除しつつアルテナ星系まで進出する必要がある。

 

「とは言っても過去一世紀以上の戦いにより航行する事が可能な航路は絞られておるからな。その意味では先人に感謝せねばな」

 

 個室内で報告書にサインをしていきながら口にするロボス少将の言は的を射ていた。

 

 これまで散々回廊内外の調査自体はされているために宇宙嵐や恒星風の周期もほぼ特定されており、アルテナ星系に向かうためのルート自体も所謂テンプレは出来上がっていた。後は帝国軍の待ち伏せを予測すると共に事故等への対応を強化し可能な限り迅速に艦隊を進撃させれば良い……と言っても口で言う程に簡単な事でもないが。

 

「過去の帝国軍の戦略に従えば回廊出口ぎりぎりの宙域にて正規艦隊が展開されていると見るべきでしょうね」

 

 その傍のデスクにて書類のチェックや添削、内容の裏付け調査を行う私は士官学校で学んだ通りの帝国軍の戦略を確認する。

 

 大概は機動性や回廊内での戦闘に対応した竜騎兵編成ないし軽騎兵編成の艦隊が回廊の出口ギリギリに陣取っていることだろう。

 

 そして同盟軍と砲撃戦をしつつ後退、回廊内に引きずり込めばそこから先は雷撃艇等の戦闘艇部隊からなる弓騎兵艦隊(正規18個艦隊とは別枠編成された戦闘艇艦隊だ)が正規艦隊と連携する。正規艦隊が制宙権を同盟軍と争奪しつつ弓騎兵艦隊の戦闘艇部隊が後方攪乱や一撃離脱戦法等のゲリラ戦を行い正規艦隊をサポートする。

 

 そして同盟軍を消耗させ、疲弊させつつ要塞まで引き摺りこみ、要塞駐留艦隊を中核とした主力が同盟軍と正面から殴り合い、上手く要塞主砲射程に引きずり込んで……ドカン、という訳だ。まぁ、今のは相当単純化した説明だが。

 

「うむ、だからこそ航海課のここでの仕事は帝国軍の裏をかきより迅速に艦隊を展開する事なのだ。想定より早く展開されれば心理的に動揺し、準備も不足する。更に戦闘中の作戦機動や陣地変換、火力集中の面でも航海課が如何に艦隊の統制と管理が出来ているのかが明暗を分ける」

 

 艦隊運用の面で少将は士官学校同期生の中でも確実に五指に入る実力者だ。ティトラにおける分艦隊による奇襲作戦を企画・成功させ、第三次イゼルローン要塞攻防戦では第6陸戦隊の揚陸支援を完璧に全うした。エンリル星域での会戦では艦隊運動のみで帝国軍から戦闘の主導権を奪い取り同盟軍を勝利に導いた。その全てが迅速性、そして戦場の摩擦に対する高度に柔軟性を持った対応能力と臨機応変な艦隊運動によって齎された。

 

 その点で言えば私やベアトが臨時配属の副官付に指名されたのは必ずしも縁故のみ、という訳でも無い。

 

 私の士官学校における所属研究科は艦隊運動理論研究科である。ベアトに至っては三大研究科の一つ、艦隊運用統合研究科所属だ。共に航海科系列の研究科であり、その点で言えば畑違いという訳ではない。私は兎も角ベアトは席次も良いので正規艦隊の司令部の参謀見習いとしていても決して違和感がある訳でもなかった。

 

 私が着任してから二日、第三艦隊はアルレスハイム星系における最終的補給を終えつつあり、ダゴン星系に向けた超光速航行を実施するための最終準備段階にあった。

 

 既にダゴン星系に向かうまでの中継地点には同盟軍の情報収集艦や亡命軍の哨戒部隊や警戒部隊が展開しその安全を確認していた。

 

「ワープポイントの選定と出航の順番が面倒ですね」

 

 限定されたワープポイント、更に一度に多数の艦艇がワープすれば空間が不安定になるために小刻みに、あるいは複数のワープポイントに分散しなければ万単位の艦艇の移動は不可能だ。

 

 更にワープの座標計算をしなければワープから通常空間に出ると同時に隕石やほか艦艇を巻き込んで爆発するか虚数の海に捕らわれる。正直ミスが許されないので唯でさえ航海課は正確性が求められる部署だ。シリウス戦役の第三次カンパネラ会戦では地球軍三提督を失った地球軍が黒旗軍の作戦に嵌り艦隊が丸まるワープアウトと共に袋叩きにされた。慌てた幾隻かの艦艇が無理矢理ワープしたために時空震が発生し両軍の多くの艦艇が異次元に引きずり込まれたと言われる。宇宙暦714年の第二次アンシャール星域会戦では同盟軍が航路設定を間違えた結果ワープアウト先が小惑星帯の目と鼻の先となり一〇〇隻以上が事故で沈没し、当時の航海参謀が自殺する事態に至った。

 

「だがそれだけ参謀職種の中でも評価されやすいからな。参謀の花形と言えば作戦に後方、情報、それに砲術と航海だ」

 

 砂糖とミルク塗れの珈琲を口にしながらロボス少将は書類を処理していく。この珈琲(らしきもの)を見ると少将がどれだけストレスを溜めているのか分かろうものだ。いや、これですら私がこちらに来てから少し減っているのだ。そりゃあ太りますわ。

 

「若様、こちらを」

「ん、ああ御苦労」

 

 私はベアトからお代わりの珈琲を受け取る。第三艦隊司令部で消費されるカッシナ産の豆を使った珈琲はユニバースコロンビア社の中流階級向けのものであり、カプチェランカで飲んだエリューセラ産に比べれば格段に飲めた代物だ。無論、門閥貴族向けの最高級品にはかなり見劣りはするが……。

 

「うむ、良い味だ」

「お褒めの言葉恐縮です」

 

 味見をすれば絶妙な味付けであった。私がそれを誉めれば金髪の従士は優雅に頭を下げる。

 

 私の好みと求めに毎回ダイレクトに味付けしてくれて助かる。特に今は疲れが溜まり普段より甘みが欲しかったので砂糖を多めに淹れてくれて助かる。

 

「……さて、もうそろそろ終わりだ、頑張ろうか」

 

 カフェインで眠気を振り払い、糖分を脳に補給してそろそろ終わりに向かう仕事に最後の力を入れて打ち込む。ベアトは先程珈琲を淹れていたが、別に彼女もそれが仕事と言う訳ではない。単に自身の配分の仕事を私より先に処理してしまったから手が空いているだけだ。私の分の仕事も行おうとしたが、流石にそれは断った。流石にそれは情けないし、折角の機会である。経験値は溜めた方が良い。

 

 珈琲を飲みながら事務を行う事更に30分程して漸く私の仕事も終わる。

 

「さて、これが最後です」

 

私はチェックした最後の書類を少将に渡す。

 

「うむ、御苦労だ」

 

 書類を受け取った少将はざっと内容を読み込むと承諾のサインをする。別に適当に読み込んでいる訳ではない。外見と性格で誤解されるが少将の頭の回転と記憶力は普通にヤバい。今の数十秒で内容を把握し、全て了解した上でサインをしたのだ。

 

「随分とベアトより遅れてしまったな」

 

背筋を伸ばして私は自虐的に語る。

 

「いや、そうでもないぞ?参謀の副官を初めてするのでこの時間なら平均より少し早い位だ。そう卑下せんで良い」

 

 笑みを浮かべながらロボス少将はフォローを入れ、書類を纏めて立ち上がる。

 

「さて、では後はこれを司令部に提出するだけだな。今の時間は……0745時か」

 

 当初の予定では約11時間後に艦隊のワープが始まる予定であった。

 

「そういえば今、7時なんですね……やはり宇宙での仕事は時間感覚が可笑しくなりそうです」

 

 同盟標準時はハイネセンポリスのそれが基準である。当然惑星毎に、または場所によって恒星の登る時間は違う。一日が二十四時間かすらも限らない。

 

 まして宇宙空間にある艦艇に乗っていると昼夜の感覚すら麻痺しそうになる。一応艦内でも昼夜について意識はしているのだが、当然会戦になればタンクベッド睡眠が基本となってくるのでそれも限りなく無意味になる。時差惚け所ではない。実際遠征や任務帰りの軍人はこの感覚の麻痺に思いのほか悩まされる者も多いという。

 

「ヴォル坊とゴトフリート君も注意しなさい。私も若い頃は結構悩まされたものだ」

 

 苦笑しながら少将は助言する。少将はこれからこの書類を艦隊参謀長ジョージ・ロウマン少将に提出する事になる。

 

「二人共、もう休憩に入りなさい。ワープ開始までもうそれ程時間が無い。今の内に食事と睡眠を取らんと、ここからが本番だからな。……それにヴォル坊は酔いやすいからな、吐かないように今の内に食べんといかんだろう?」

「ははは……まぁ、はい………」

 

 少将の言に苦笑いしながら肯定の返事をする。……うう、憂鬱だ。

 

 少将が部屋を出た後、私はぐったりと椅子に倒れ込む。未だに慣れない仕事による疲れもあるし、宇宙酔いやワープ酔い、何よりこれからの戦いを想像するとそれだけで疲労する。

 

「第四次攻略作戦、か………」

 

 原作で描かれたのは第五次以降であり、当然今回の作戦の推移は不明だ。分かっているのは失敗した事のみ。負けるのを分かっていく戦い程辛いものはない。

 

 問題は私が五体無事に戻ってこれるか、だ。艦隊旗艦である事、叔父殿が生きている事を思えばこの艦が沈んでいる可能性は低い……とは言い切れない。例えば叔父殿が義手義足、人工臓器を使っていると明言されていないが、逆に言えば使っていないとも限らないし、もし叔父殿が五体満足だったとしてもこの艦が大破してシャトルで運よく脱出出来ただけかも知れない。

 

即ち、私の生存が約束された訳でもないのだ。

 

「………」

 

 無論、全て杞憂の可能性の方が高い。第四次攻略作戦は本気の攻略、というよりかは選挙に備えたデモンストレーションに近い。何方かと言えば帝国艦隊に程々の打撃を与えて帰ってこい、とうものだ。第二次攻略作戦のように「雷神の槌」を撃たれる前に撤退する可能性も高い。それでも………。

 

「若様……?」

「ん?どうした?」

 

不意に私を呼ぶ従士の声。

 

「……いえ、若様が深刻な表情で物思いに耽っているように思えましたので……」  

 

心底心配そうにこちらを見る従士。

 

「いや、今回の遠征について、な。白兵戦は兎も角、会戦への参加は初めてのことだからな」

 

 肩を竦めて苦笑する。まぁ、死ぬ可能性は低いが不安になるものは不安になるのだ。こればかりは理屈ではなく感情の問題だ。尤も死ぬ気はさらさらない。6月には不良学生が式を挙げる、丁度遠征から帰る位だろう。今から悪ふざけをするのが楽しみで仕方無い、こんな所で死ねるか(強がり)!

 

「………心中お察し致します。私如きでは護衛としては余りに不足ですから」

 

 直立不動の姿勢で控えるベアトが僅かに俯き加減で呟く。おーい、気にするよー、別にお前が考える程には深刻な事は考えてないぞー?

 

 これまでの失敗もあり、思う所があるのだろう。自信がなく、弱々しい口調だ。

 

 ……可能性の低い、しかも対策のしようの無い危険を心配するよりこちらが大事だよなぁ。

 

「……いや、お前が気にする必要はあるまい。陸なら兎も角、宇宙では今のお前ではやりようが無いからな」

 

 実際宇宙艦艇が被弾して轟沈すれば逃げようもない。宇宙艦艇が沈んで生き残る事態と言えばシャトルや脱出ポッドで脱出するか極度にモジュール化された艦の密閉された残骸内にいるか(実際ダメコンを想定しモジュール化された宇宙艦艇は爆沈しても平均一割から二割の乗員は残骸内で生存出来る。酸素が無くなる前に救助が来ればだが)だ。

 

「お前も士官学校に連れて行ったのは唯の護衛じゃない。参謀なり艦隊の指揮官になって貰いたいからだ。だから余り過去の失敗は……まぁ改善はするとしても必要以上に気に病むな。そもそも畑違いだ」

 

 護衛なぞは極論、陸戦の専門家に任せればいい。無論出来るに越した事は無いが将来的な事を考えればベアトにはそれよりも指揮官として研鑽してもらいたい……というか割かし切実にそうして欲しい。七元帥なんて高望みしないからせめてビューローやらグリューネマン辺りにはなって(末期の同盟の人材層を横目に見つつ)!

 

「はい、分かってはいるのですが……」

 

ベアトは無理をして微笑を浮かべる。

 

「……実家の方で何かあったのか?」

「………お恥ずかしい話ではありますが、お役目を果たす事が出来なかったために御叱りを受けました」

 

 暫しの沈黙の後にベアトはそう告白する。淡々と、端的な説明であるが、そもそも彼女は私にその手の主人を煩わせる話はしない。ならば相当厳しく責められたのだろう。ゴトフリート家は従士家の中において忠誠心は特に高い家だ。

 

「……そう、か。世話をかけたな」

「いえ、全ては私の未熟さが招いた結果です。どうぞお気遣いは無用です」

「そう、言われてもな……」

 

良く考えなくても大体私のせいだからなぁ……。

 

「いえ、それこそ今一度若様の御傍にお仕え出来るだけでも身に余る光栄です。若様、それに旦那様の御慈悲には感謝の言葉しか御座いません」

 

 深々と頭を下げる従士に内心で罪悪感を感じるが表には出さない。出しても困惑されるだけだろう。絶対的な上下関係にある身分社会においては下の者に上の者が謝罪するのは異常なのだ。そりゃあブラウンシュヴァイクも精神の病になりますわ。

 

「……そうだな。ベアト、誠心誠意これからも良く仕えてくれ。お前自身の自己評価はどうあれ、私としてはお前を非常に頼りにしている。……やはり昔から仕えてくれるお前が傍にいてくれるだけでも多少安心出来る。今後も諫言や意見、それに補佐を頼むぞ?」

 

 私はベアトの肩に手を乗せそう頼む。ベアトはその手に大切そうにそっと自身の手を乗せる。

 

「勿論で御座います。この命、元より主君たる若様のもので御座います。何なりと御遠慮なく御申出下さい」

 

 優し気に笑みを浮かべる少女の姿に鷹揚と頷き、しかし私の内心はやはり複雑なものだった……。

 

 

 

 

 

 

 

尚……。

 

「……ベアト、いきなりだけどもう気持ち悪い。ビニール袋と酔い止めくれない?」

「わ、若様……!!!??」

 

 超光速航行に入ると共に艦橋から抜け出して戦闘不能になる私はそう懇願した。

 

 7月5日1900時、アルレスハイム星系より自由惑星同盟軍第三艦隊を主力とした遠征軍別動隊はイゼルローン回廊出口ダゴン星系に向け三か所の星系を経由したワープを開始した。当然、私は自室のベッドで付き人に介抱されながら項垂れていたのは言うまでも無い。

 

 ……え、?今後も何度もワープするの?嘘……死んぢゃう……。




やっと次回以降から会戦や帝国側上層部とか書ける……ここまで本番の会戦無しとか気が狂ってるな

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