帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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後5、6話で次の章にいける……筈


第七十五話 ライトスタッフルールを信じろ

 広陵とした演習場の一角では並べられた天幕の中で完全非武装状態にされた不祥事師団のならず者達が暴徒鎮圧用パラライザー銃で武装した同盟軍と亡命軍兵士達に監視され、監禁されていた。

 

 剣呑な、その一方で緊張した面持ちの監視者達の様子とは対照的に監視される方の者達の雰囲気は非常に朗らかで明るいものだった。

 

『おいおい、どこの野郎がプリズンブレイクしたんだよ?』

『114連隊のフェデリコの餓鬼共だそうだ』

『ははは、マーロヴィアの若造共か、よくやるぜ。今回はどれだけ逃げられるかね?賭けるか?』

『この前のマレオンの野郎達は3時間で射殺だったな。今回は6時間位か?』

『俺は半日で射殺に50ディナール』

『じゃあ俺は明日の昼くらいに捕まって銃殺刑に60ディナールだ』

 

 同盟公用語でも帝国公用語でもない聞きにくい訛りの強い言葉で、いやに楽しそうに雑談に興じる。賭け事をしたり、どこから持ってきたかポーカーやチェスをやり始める者も珍しくない。挙句の果てには警備の兵士に片言の同盟公用語でアルコールや煙草、更には麻薬まで注文してくる始末である。到底反乱嫌疑で厳重な監視を受けている部隊とは思えない状態だった。

 

「オイ、アー……タバコプリーズ!タバコタバコ!」

 

 警備の同盟兵士の一人はしつこくそう要求され、不快な表情で安物のエルファシル産の煙草を一本与える。

 

「アー、エル……」

 

 同盟の煙草ならライガール産の物の方が味わい深いのだが、と図々しく思いつつその外人兵士はエルファシル煙草を受け取り火をつけてもらう。

 

「こいつら、状況理解しているのか?頭沸いてるんじゃないのか?」

 

 ハイネセン出身のある兵士は信じ難いものを見るようにそう吐き捨てた。

 

 このような態度を取って態々周囲の心象を悪化させる意味を同盟兵には理解し難いものであった。挙句に酒や煙草はまだ良いとして薬物の要求や賭け事を始めるとはどういう神経をしているのか?亡命軍か同盟軍かの違いはあれど、共に悪の専制政治を打倒しようと志す同志ではないのか?愚連隊、下手すれば盗賊の如き風紀だ。

 

「実際、あいつらは半分盗賊同然さな」

 

 一方、憲兵監視の下で別室で尋問を受けていた第36武装親衛師団師団長のシュミット大佐は同盟軍と亡命軍の法務士官からの質問に肩を竦めて答えていた。

 

特に彼は同盟軍から来た法務士官に答える。

 

「悪いがあいつらをお前さん達の所の愛国心と情熱に溢れた兵士達と同一視して貰ったら困る。あいつらには同盟も帝国もさして違いなんかねぇよ。金が払われるから戦っているだけさ」

 

 尤も彼らの地元ではその給与すら払われるか怪しく副業の略奪は普通であったし、場合によっては敵側に寝返る事も珍しくなかった。同盟と帝国の軍人同士の御行儀の良い戦争とは訳が違う。平然と民間人を巻き込むし、野戦病院だからと構わず砲弾が撃ち込まれる。無差別爆撃や人質を人間の盾にするなぞ常識だ。

 

「大概は餓鬼の頃に地元で徴用されてそれっきりそれ以外で食っていけない輩さ。同盟軍なら不名誉除隊や銃殺刑ものの輩だらけだ。糞の掃き溜めよ」

 

 フェザーンを介した戦時国際法なぞない外宇宙の戦いである。宇宙海賊や地元武装勢力には掟のようなものもあるが到底人道的な法律とは言えないし、それを守っていたとしても同盟軍や帝国軍で求められる最低限の軍規も維持出来るレベルではない。

 

 逆に言えばだからこそ星系警備隊に編入出来ずに暫定星系政府に解雇されたのであろうが。辺境外縁域の同盟自治領にとっては同盟への正式加盟の上で彼らのようなならず者は存在されたら困る存在な訳だ。そして亡命軍が有難くそれを再利用して使い潰す訳である。

 

 同盟軍から来た法務士官は不快そうにその話を聞く。尤も、亡命軍に雑用や危険任務を投げつける同盟軍が文句を言える筋合いとは思えんが、と内心で嘲笑する大佐。支持率のために社会的弱者に犠牲を支払わせる同盟の方が兵力不足のために外国人を使い潰す亡命軍より道徳観念が上等とは思えない。

 

「余り私の責任問題で追求するのは止めて頂きたいのですがねぇ。元より問題児しかいないんですよ。一応まともに使えるように鍛えているだけ賞賛して欲しいくらいだ。昔みたいに厳しく再教育も今時の時代出来ませんしねぇ」

 

 帝国建国期の門閥貴族も、同盟拡大期の移民事業もモラルが退廃し、人命を軽視する辺境の平定と安定化のために相当な無茶をしてきた。せざるを得なかったのだ。

 

 実際、それ程の地獄でなければ西暦20世紀後半以降主流となった民主主義を捨てて時代錯誤な帝政に移行する事を臣民が歓呼の声で賛同する事はない。

 

 500年前、帝政成立に反発したのは正にルドルフ大帝の正義に反する不道徳と犯罪に手を染めた極悪な犯罪者共か、生命の安全と日々の食事に不自由せず、目の前の民衆ではなく民主主義という幻想を優先したおとぎの国に暮らすエリート様くらいのものだ。帝国建国期、少なくとも朋友にして穏健派筆頭のファルストロングが爆死する以前に「虐殺」された「無辜の市民」の内何割が本当に無実の犠牲者であったのか。同盟歴史学者が黙殺する事実だ。

 

 そして、其ほど退廃した銀河連邦……その残骸から来た輩に甘い対応でモラルの再教育が出来よう筈もない。

 

 現在の同盟で「再教育」するために大昔のように過激な手段を取れない以上「多少」の不祥事は仕方のないと言うのが大佐の経験から得た答えだ。殺人や強姦事件が滅多にない(それだけのモラルを指導した)だけ健闘した方だろう。自身の前の師団長はその加減を誤り文字通り後ろから飛んできた対空砲の鉛弾で挽肉になった。

 

「まぁ、そんな訳だ。別に俺ぁ部隊動かして反乱しようとしていた訳じゃねぇ。一部の馬鹿が待遇やら軍規に不満持って勝手にやんちゃしただけさ」

「やんちゃ……」

 

 複数の重傷者が出て、人質が発生、街に戒厳令が敷かれている事態を子供の悪戯のように語る師団長に嫌悪感すら滲ませる同盟軍の法務士官。

 

「おいおい、そう貶す事もあるまい。お前さん達もたった一士官のために何万という兵士をここに留め置く気はないのだろう?」

 

 たかが一士官のために演習が遅延すればどうなるか?

 

 一日遅延すればその分の食料や燃料、日用品が無駄に消耗される。いや、それどころか一日派遣が遅れ、それは作戦が一日遅れ、それは数百万将兵が一日分の無駄な物資の消費を行い、それは後方の、更には財務に負担をかける。そして一日遅れれば帝国軍は防備をより固め、より鍛練により精強な兵士が生まれ、味方の犠牲も増加する訳だ。

 

 そのような恐ろしい事を上層部が看過するか?否、断じて否だ。

 

「俺達は事実はどうあれ、このまま演習が終われば前線送りと言うわけだ。適当に始末書位は書かされるだろうが、俺達がここに留まる事も、俺が解任される事もねぇ。本当、軍事的理由に限定すれば数人の兵士がやんちゃしただけな訳さ」

 

 そもそもこのような面倒な師団を曲がりなりにも統制出来る者はそう多くはない。態態大佐を解任して後釜を用意する時間なぞない。

 

「つまり、そのまま有耶無耶にしてこの星から逃げる、と?」

 

 苦々し気に同盟軍法務士官が口を開く。だが、大佐はその言葉に怒る訳でも、嘲る訳でもなく、出来の悪い生徒を見る教師のような表情を向けた。

 

「そんな良い話かよ。……ようはあっちでボロ雑巾にしてやる、という御上のメッセージさな」

 

 その感慨深い言葉は、妙に説得力があった。それは明らかに経験者の言葉であった。

 

「尤も」

 

 うちはゴキブリみたいに生き汚い野郎が多いがね……にやりと笑いながら大佐はそう続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「おらよ。てめぇらはここに籠っておけ」

 

 図体が大きく、黄色く平たい顔の兵士がそういって彼女を弟と縛られた女性を物置に押し込んだ。

 

 今年十歳になるブロンベルク士族家の孫娘クリスタは怯えながらも、怯える弟マリウスを抱きしめ慰める。祖父ユルゲンが怪我をして別の所に閉じ込められている以上自身だけが弟を守る事が出来ると理解していたからだ。

 

 ブロンベルク士族家は数ある他の士族家同様大帝陛下の時代に銀河連邦軍が銀河帝国軍に再編されると共に下士官であった先祖が士族として任じられてから始まる。代々銀河帝国の下士官や尉官として身分の特権に付随する軍役を果たし、帝国に尽くしてきた。流石に士族の名門にして貴族階級に匹敵する権威を持つビッテンフェルト家やルッツ家に比べればかなり見劣りするが、それでも士族家全体から見て平均より多少上程度の資産は有していた。先祖には大佐にまで昇進した者もいる。

 

 六代前に亡命してからも崇拝し、敬愛すべきアルレスハイム=ゴールデンバウム帝室のために士族としての義務を忠実に遂行してきた。後備役の祖父は亡命軍大尉で元駆逐艦艦長、祖母は伍長として補給基地の事務に勤めていた。父は亡命軍の中尉で巡航艦の砲雷長、母は軍病院の看護師である。親戚も皆似たようなものであり、戦死した者もいる。典型的な士族家庭と言えよう。

 

 祖父は軍を引退後は副業兼趣味の近郊農業で蘭やチューリップの球根の栽培をしていた。姉弟もまた祖父母と共に毎日園芸の手伝いをし、仕事が終われば一族の歴史や士族・軍人としての知識や心構えを教えられていた。

 

 一族は、皇帝陛下と優良なる貴族階級の善政のお陰で日々平和に、豊かな生活を送っていた。だが、この日は違った。

 

 夕暮れ頃、土仕事を終えて手を洗い夕食の時間になった時の事だ。突如玄関の呼び鈴が鳴らされた。祖父は覗き穴から客を見た後、少々疑問を浮かべる表情を浮かべつつもいつも通り懐に護身用のブラスターを隠して応対した。

 

 亡命軍の軍服を着た、しかし到底軍人とはいえない者達が乱入してきたのはすぐ後の事だ。応戦した祖父は歳もあり利き手を撃ち抜かれ取り押さえられてしまった。

 

 そして今まさに薄暗い物置の中に暴漢共の背負っていた縛られた女性と閉じ込められていた。

 

「ひっく……お姉ちゃん…暗いよ……暗いよぅ……」

 

 三歳年下の弟が泣きじゃくる。確かに弟は士族の子にしては泣き虫であるが、今回に限っては泣く理由は暗い物置に押し込められただけではないだろう。

 

「大丈夫よ、ユルゲン。お姉ちゃんはここにいるわ。何も怖い事は無いのよ、私が守ってあげるから」

 

 ぎゅっと一層強く幼い弟を抱きしめながら姉は慰める。今、自身だけがこの弟を守る事が出来る存在であることを理解していた。まして士族階級の末席に生まれた以上ただの平民のように泣きじゃくる事は許されない。

 

 泣きそうになるのをこらえ、怯える弟を落ち着かせるようにその頭を撫でる。同時に足元で転がる女性に視線を向ける。

 

「す…すみません。お姉さんは……軍人さんですか?」

 

 恐る恐る姉は縛られた女性の耳元で小さな声で尋ねる。そのモスグリーンの軍服は確か同盟軍の軍服だった筈だ。目元と口元がガムテープで塞がれているが、その豊かな金髪と白い肌から多分綺麗な人だと彼女は思った。同盟軍にも同胞は沢山いると聞いている。もしかしたら貴族様かも知れない。

 

「………」

 

 ぴくっと体を震わせて、しかし暫くするとこくりと小さく女性は頷いた。クリスタはまずこの人が生きている事にほっ、と安堵した。と、同時に手を掴まれた。

 

「……!?」

 

 一瞬驚くが自身の掌に指で文字をなぞっていく女性に、この事態と、日々祖父に教えられた士族としては価値観からどうにか彼女は声を上げずに、可能な限り落ち着いて、質問に同じく相手の掌に指で文字を書いて答えていく。部屋の間取り、家族構成、今の場所、侵入者の人数と位置、装備……最後辺りになると所詮子供の彼女は曖昧な返答しか出来なかったが、それでも今のノルドグレーン少尉には万金の価値があった。自身の聴覚と嗅覚と触覚で得た情報と子供の拙い情報を脳内で照らし合わせる。

 

(……やはり五名、装備は警備とトラックから補充していますか。幸運は屋内のため敵が分散している事、弾を避ける場所を見つけやすい事でしょうか)

 

 暫し心身を落ち着かせた後、ノルドグレーン少尉は思考の海に浸る。

 

 縄を切るのは難しくない。正規戦より寧ろこの手の知識の方がノルドグレーン少尉は豊富だった。大概の拘束ならば必要最低限の装備で脱出して見せる。逆に最低限の装備で相手を拘束する事も同様だ。特に両足の軍靴には刃を仕込んで有りどうやら気付かれていない(所詮は専門の高度な教育指導ではなく実地での経験で兵士として育った辺境の蛮族だ)。足が自由になればかなり行動の選択肢は増えるし、共にいる子供からガムテープを剥がしてもらえば視界も確保出来よう。

 

 問題は両手の自由だろう。縄はまだ良い。時間さえあれば自由に出来る。だが左肩と右腕を実弾で撃ち抜かれている。幸運にも小口径で初速の遅い時代遅れの回転式自動拳銃であるため痛みさえ耐えればある程度は動く事であるが、それでも自由に、とはいかない。軍靴に仕込んだ刃はそのまま足で使えるがボールペンの仕込み銃や徒手格闘、銃器の鹵獲使用に少なからず支障が出るだろう。

 

(それでも、やるしかありませんね………)

 

 両腕からずきっ、と激痛が走り歯を強く噛みしめ誤魔化す。傷口は浅いため恐らく出血は止まっているが、骨にひびが入っているか、一部が砕けており、弾が肉の中に留まっている感覚を実際に味わうのは流石に初めてだ。

 

 だが、それでも……いや、だからこそ自身の尻拭いはしなければ申し訳が立たないのだ。

 

 幸運なのはこの連れ込まれた家が士族階級のものであった事だろう。厳しく躾をされ、物分かりが良く落ち着いて自身の役割を果たそうとする子供がいるのは士族家庭位のものだ。

 

 火事や災害、暴動や強盗事件、テロに日々備え、自衛し、有事には周囲の民衆を統制するのは大帝陛下が彼ら士族階級に与えた義務である。代々軍人や警官、消防士や警備員、自警団、そして社会秩序維持局に勤め、家庭では子供に緊急事態において何を為すべきか彼らは厳しく指導する。故にここまでスムーズに情報を引き出せたし、今後もこちらの命令に従ってくれる事だろう。

 

 ノルドグレーン少尉は指先でクリスタに幾つかの指示をする。まずは四肢の自由が殆ど利かないので姿勢を動かしてもらう(体育座りに近い体勢だ)。次に物置の隙間から外が視認出来るか、これは視界は狭いがどうにか出来そうだった。三番目は姉に反乱兵が物置に来ないかの監視と聞き耳を立てさせる。もし近づいて来たら知らせるように命じる。子供でも士族という事か、姉の指先は震えるが命令に「了解」と答える。

 

 最後は弟という子供に対する命令だ。左足の軍靴に仕込んだ刃で手首の縄を切れ、というものだ。無論全て切ったら一目でばれてしまうので一見したら縛られたままで、しかし少し力を入れれば解ける結び目に気付かれない程度に切れ目を入れさせるのだ。

 

「そ、それは……」

 

 姉はどうやら予想していなかったようで自身に命じられた以上に動揺する。暫く葛藤、しかし最終的に肯定の返事を出す。

 

「マリウス……焦らず、静かにね?お姉さんの指を切らないように気を付けて……」

 

 小声で姉らしき声が弟を心配するような声で注意しているのが聞こえる。もしかしたら抱きしめているかも知れない。全く、士族の男なのだからやる時はやって欲しいものだ、とノルドグレーン少尉は思った。無論、自身でも八つ当たりに近いとは自覚するがことがことだけに苛立ちもする。まして三歳年上とはいうが姉に頼り過ぎな雰囲気がした。それだけ姉がしっかりした人物、と言う事かも知れないがそれでも憮然とした気持ちになるのだ。

 

(姉……ですか)

 

 陰鬱とした気持ちを振り払い、目の前の問題処理を優先する。軍靴の左側の踵に仕込んだ炭素クリスタル製の小さな刃を取り出し、七歳の子供に靴から引き抜かせる。切るべき部分は指先で指示する。自身の指ごと切り落とされないかが目下の不安事項だ。

 

 同時に右側の軍靴に仕込んだ刃で足首を縛る縄を器用に、ゆっくりと、しかし確実に削り切っていく……。

 

(ニ十分程度、ですか………)

 

 尤も、縄が切れたので即襲撃、とはいかない。相手の油断した瞬間に一気に攻めるべきであろう。制圧ないし逃亡を、場合によっては姉弟にもばらばらに逃亡して近所や警察に通報してもらった方が良いかも知れない。自分が死亡しても情報は伝えないといけない。ベストなのは深夜、暗闇で逃亡しやすく、睡魔が襲う頃合いだ。

 

 そんな時だ。訪問者の存在を伝える呼び鈴の音が屋敷全体に響き渡ったのは。

 

 

 

 

 

 

 地方調整連絡官の与えられた役割から考えればそれは当然の職務であった。

 

 市内は警察と軍人が大量に展開している。だが、郊外となると農家や土地持ちが多い。そうでなくとも人口密度が薄い。そう、薄いのだ。少ないとは言え広大な土地の中には民間人が点在しているのだ。

 

 当然テレビやネットで注意喚起か行われているが、だからと言って全員が見るわけでもない。寧ろその手のものを保有はするが暇があれば使う、というのは軟弱で無駄と考えるのが帝国人だ。

 

 同盟人がネットニュースを読めば紙の新聞を読む、同盟人がネットサーフィンをしていれば紙の本で読書する。同盟人が電子ゲームに興じれば野外で汗を流すし、同盟人が添加物マシマシのジャンクフードを食べるのならば態態家で手作りの菓子を食べる。同盟人が現代音楽にアンコールする事に眉を顰めながら蓄音機やラジオでクラシックを聴くだろう……それが帝国人だ。

 

 不健全な娯楽や道具、生活様式を嫌うのが帝国人であり、それはこの星の住民もおおよそ変わらない。

 

 故に私はジープに乗り込み市外の市民や村に足を運び此度の事件の説明と注意喚起に精を出す訳だ。

 

「次は……ブロンベルク士族家の御屋敷だそうだ。農園があるからこの辺りの筈だが……」

 

 私が窓と携帯端末に映る地図を相互に見比べ隣の運転手兼護衛のデュナン伍長に道を誘導する。恒星アルレスハイムは既に地平線の彼方に薄っすらと見える程度であり、次第に空は暗くなる。

 

「にしてもどこもでかい庭園ですねぇ。これ全部人が耕すんでしょう?」

 

 先程から回る郊外の家々を見ながらデュナン伍長が口を開く。その口調は感嘆と呆れの感情が半々含まれているように思われた。

 

「帝国人はオーガニック主義だからな。同盟食物規格の食品では満足出来ないんだよ」

 

 銀河連邦時代中期には食糧生産はドローンとバイオ技術、遺伝子改良善玉ウイルス、そして天候操作技術によりほぼ完全な自動化が達成された。そこにコスト削減のために大量の化学物質のドカ入れによる味付けと保存が主流となった。天然の有機農産物等は一部の富裕層向けに限定された。

 

 尤も、連邦末期になるとその弊害が大きく出たが。遺伝子改良しまくり、農薬と化学物質漬けの食糧と言うだけでも明らかに健康に悪いし、この頃になると公害問題や衛生問題も頻出し汚染食物が大量に流通した。紫色のバイオタラバガニやら大豆含有量1%以下の化学トーフと言えば当時の下層階級の食べる危険な食品の代表だ。

 

 尤も連邦政府はこれらの問題に有効な対策が出来なかったが。主要な食品メーカーや穀物メジャーは議会や犯罪組織と完全に癒着していたし、安全基準を上げる事によるコスト増を嫌がった。薬品会社もこの問題に一枚噛み食害向けの各種の対処薬(敢えて原因治療薬ではなく対処薬しか作らなかった)の販売で巨利を得た。

 

 安全な食物を求めたデモや暴動は破壊活動として鎮圧された。一般市民の平均所得は宇宙暦261年の「銀河恐慌」以降低下の一途を辿り、更にインフラ劣化や宇宙海賊の犯罪行為による治安悪化と物流速度の低下は食料価格の上昇を齎した。結果として多くの市民が汚染され、質の悪い食料を食べる事しか出来なかった。富裕層?テオリアの高級住宅街でオーガニックトロマグロスシを食べてたよ?

 

 ルドルフの海賊討伐が賞賛される理由の一つが航路の安定による食料の価格低減が挙げられる。銀河連邦大統領、終身執政官、銀河帝国皇帝を通じて食料の生産・物流・安全に対する諸問題に熱心に取り組んだ。

 

 段階的に食料の有機栽培化や極端な遺伝子組み換えの廃止、化学薬品使用の規制を推し進めた。一方でそれに伴う価格上昇にも対処した。

 

 大帝陛下の影響により帝国では同盟に比べて食糧生産は比較的原始的だ。階級によりその影響は顕著で、奴隷階級は合成食糧、平民階級は若干の品種改良を受け機械で収穫された作物を口にする。貴族階級となれば農薬すら最低限で丁寧に人力で収穫された食品以外好まない。

 

 一方、同盟は連邦末期程酷い訳ではないが、それでも帝国より遥かに効率重視だ。人の手も介在するが大半の生産工程はドローンとウカノミタマ善玉疾病予防ウィルスで対処可能だ。遺伝子操作や化学薬品についても実験を重ね、高い安全基準をクリアしたもののみ利用される。

 

 それでも帝国人には同盟の食品が口に合わないようだ。単純に帝国の食文化が単調過ぎる事もあるが、やはり同盟産の食品には妙な違和感を感じる帝国人は多いらしい。

 

 そんな訳でヴォルムス郊外には同盟では珍しい光景であるが西暦時代のような農地が広がっている事が多い。ドローンも使わず、せいぜいトラクターやコンバインを利用する程度だ。

 

「よし、入口だな。ここから先は歩きだな」

 

 耕作地の入り口に着くとジープを停め、伍長と共に降車する。自衛用の腰のブラスターと電磁警棒を確認すると、パラライザー銃を肩から吊り下げながら両側を花畑に挟まれて道を進み屋敷へと向かう。

 

 チューリップに向日葵に蘭……商品価値の高い花を中心に栽培されているようで、住んでいるのが元軍人であるとの事から年金と副収入とでそれなりに裕福そうな家だろうと思われた。それは屋敷を見て一層確信に変わる。田舎らしい赤い屋根に木材と煉瓦の壁、二階建ての典型的な帝国風の屋敷だ。

 

「………」

 

 私は玄関に着くと呼び鈴を鳴らして応対を待つ。暫しすればチェーンを掛けた扉が僅かに開き、品の良い老女が恭しく姿を現す。

 

「夜分遅くに失礼。自由惑星同盟軍、地域調整連絡室のフォン・ティルピッツ中尉です。ブロンベルク士族家の自宅でよろしいでしょうな?」

 

私は微笑みながら身分証を提示し、自己紹介をする。

 

「……それはどうも。ブロンベルク後役大尉の妻です。本日は一体何用で御座いましょうか?」

 

 一方、静かに恭しく老女は頭を下げる。だが、これは……。

 

「……4時間程前に亡命軍より逃亡兵が発生しました。この近郊のため目撃情報の収集と警戒喚起のため、この時間ですが訪問させてもらいました」

 

 そう口にして逃亡兵の写真付きの捜索願を差し出す。老婆はそれに一通り目を通すと、丁寧に紙を返した。

 

「……いえ、残念ながら。……この辺りに潜んでいるのですか?」

「はい、そのようです」

 

私はそこで頭を下げながら、内心で警戒する。

 

「とても怖い事ですわ。早く見つけ出して欲しいものです。我が家には孫が二人おりますし」

「全くです。……我々軍と警察が全力で捜索致しますのでどうぞ御安心下さい。お孫さん達には暫く安全に気を配って下さい。……それでは、また情報があればこちらに御連絡を」

 

 そう言って私は同盟軍地域調整連絡室の名刺を差し出す。

 

「……分かりました。宜しくお願い致します」

「いえ……それでは夜分遅く失礼致しました。またお会いする際もどうぞ宜しくお願い致します」

 

 私が笑みを浮かべ敬礼すれば恭しく頭を下げて見送る夫人。私は伍長を連れ道を引き返す。

 

そして、ジープに乗り込むと共に私は口を開いた。

 

「……ビンゴ、だな」

 

 

 

 

 

 

 

 そもそも、余所者への警戒心の強い帝国人が同盟軍人が訪問した際に女性に応対させるのは、しかも使用人ではなく妻にさせるのは珍しい。

 

 それだけならばまだ良かろう。だがその先は明らかに怪しい。私は貴族である事は伝えた。ならば主人が応対すべきであるし、チェーンを掛けたままと言うのも非礼極まる。士族階級でありながらそれが理解出来ない訳もない。

 

 それに指名手配書を返すのも士族階級らしくない。軍人や警官の家系が多いのなら返さずにいざ見かけた時のためにこの手の書類は手元に持っておくのが彼らの常識、ましてあからさまに怖がるのも彼らの階級の存在意義からして不自然だ。

 

 ここまで不自然さが並ぶとどう見ても怪しい。同盟の一般人には今一つ分からないだろうが、帝国社会にどっぷり浸る身からすれば怪し過ぎる。身分毎に求められる役割と義務を果たす事こそ帝国臣民の在り方である事、家族の職業からして明らかな保守系である事から見れば疑惑しかない。そこに屋敷の窓が全てカーテンで隠れていれば半ば確信に変わる。あるいは老婆もそれを意識していた可能性もあり、暗に異常を伝えていた可能性もある。

 

 ジープを離れに停め、暗視装置を装着し、軍服に直に簡易防弾着を羽織るとパラライザー銃を構えながらデュナン伍長と共に屋敷に死角から匍匐前進で近寄る。庭の花々を圧し潰す事になるのはこの際仕方ない。私の勘違いの時は弁償を同盟軍に請求してもらうとしよう。

 

「い、いいんですかぁ……?こんな遠慮なく潰して……」

 

 土で軍服を汚しながら伍長は呟く。彼と土の間には商品価値を無くした商用花だった残骸が無残な姿となっていた。

 

「命令したのは私だ、気にするな。それよりも……行くぞ」

 

 かなり近づいて、窓等の有無を確認した後伍長と共に身を低くして駆ける。可能な限り静かに、闇夜に紛れて屋敷の壁に張り付いた。

 

 私は壁に盗聴機材を張りつける。震動を拾い壁の向こう側からの会話を盗聴するためのものだ。尤もこの程度の盗聴器ならば前線で戦っている番号付き地上軍や情報部の工作員にとっては玩具のようなものだが。

 

「……やはり、か」

 

 建材越しに傍受される声音を盗聴器に備え付けられたコンピュータが簡易解析して逃亡中の兵士の音声データと照合する。現状三名分のデータが一致していた。

 

 ハンドサインで伍長に命令する。まずはこのデータが間違っていないか、液晶画面を確認してもらい、次に伍長には一時撤退して増援を呼んできてもらう。ジープに備え付けられた衛星無線機で同盟軍の対テロ制圧部隊でも呼んでもらう。

 

 状況からして人質が複数名いるのは明らかだった。気付かれないように屋敷を包囲してもらい、奇襲制圧がベストだ。

 

「中尉殿はどうなされるのですか……!?」

 

噛み殺すような低い声で尋ねる伍長。

 

「そりゃ、私はここに残って監視と情報収集よ」

「一人で残るのは危険では……?」

「お前さんが残るよりはマシだろう?」

 

 情報収集、という意味では士官学校出が行う方が専科学校出よりも手慣れている。それに射撃と徒手格闘の成績も私の方が上だった(貴族のエリート教育舐めるな)。

 

 無論、部下の安否が気にかかる、という理由は否定しないが。

 

「……了解。御無理はしないで下さい」

「当然だ」

 

可能な限り死にたくはないのでね。

 

 伍長が音を立てず撤収するのを見守り、安全圏まで後退したと判断すると盗聴で一層の情報収集を実施する。

 

『このまま、どれくらい隠れる気だよ?』

『テレビとネットがある。戒厳令の発布と交通規制の状況を見れば大まかな網は分かる。ここらから網が移動したときが逃げ時だな……』

 

 どうやら今後の予定について話しているらしい。会話の声質は逃亡兵の最上級階級のフェデリコ軍曹と言う人物と次点のムタリカ伍長のものと一致していた。

 

『飯の節約がいるな。人質はどうする?』

『この星の奴らは人質の価値を人数ではなく階級で値札をつけるからな。ぞろぞろ連れても飯代が嵩む。連れていくのはあの貴族の女だけで十分だ』

 

 どうやら少尉は少なくとも生存はしているらしい。小さく安堵の溜め息を漏らす。

 

『残りは?』

『とんずら前に処分だな。チクられたら溜まらん。今はババアを脅迫するのに使えるが、最終的には寝ている所で射殺だな。実弾だと音が酷い。ブラスターで頭を狙うぞ』

『弾の無駄遣いする訳にはいかねぇしな。おい、このフルーツグミうめぇぞ?食ってみろ』

 

 平然とそんな会話をして見せる逃亡兵達。同盟軍人は当然として、ハイネセンの強盗だって一般人の家族の皆殺しにしようなどと考える者はいない。

 

「人質の位置が気になるな……」

 

 暫く聞き耳を立てるとどうやら家の主人らしき人物は縛られた状態で二階の別室で鍵をかけられ軟禁されている事、老夫人が手足の自由があるが、一階のリビングで一名の監視を受けている事が分かった。それとは別に一人二階から周囲を監視しているらしい。死角から潜行したので恐らくは私の存在には気付かれていないであろうが……。

 

 食事を始め、それ以上の収穫が期待出来そうに無いので場所を移動する。死角に入りながら壁に盗聴器を張りつけ情報……特に屋敷のどこに兵士と人質がいるのか……を収集するのだ。

 

「ちっ……音が拾えないな」

 

 元より前線勤務を、それどころか戦闘に行く事すら想定していない地域調整連絡官なのだから高性能盗聴器は回されないのだから仕方ないが……。

 

 少々危険があるが、カーテンの隙間から窓の中をひっそりと見る。窓の下に座り、手鏡を僅かに出して内部の様子を反射で確認する。鏡が光を発光させないように注意して覗きはしようね!(オイ)

 

 まぁ、冗談は置いといて、どうやら窓の中は子供部屋のようだった。小さなベッドが二つ、本棚に机、照明に箪笥の上に可愛らしい人形が置かれている。奥には物置部屋の扉が見えた。尤も、何か重要な情報は見つけられない。

 

(この部屋には誰もいない、というくらいか……)

 

 別の窓から覗くか、怪しまれる危険を避け盗聴のみ行うか逡巡する。

 

と、しかしそんな時間はないようだった。

 

「っ……!?」

 

 室内にどかどかと大柄な兵士が入って来たのが見えた。気取られないように監視する……と次の瞬間私は目を見開く。

 

「げっ……冗談だろう……!?」

 

 物置部屋を勢いよく開くとそこには子供が二人と縛られた同盟軍人……目元と口元がガムテープで縛られているが明らかに少尉だ……が現れる。怯える子供達を一瞥すると、兵士は下卑た笑みを浮かべ、少尉の首根っこを掴んで引っ張り出す。

 

 何やら子供達に叫ぶとそのまま少尉をベッドに押し倒してモスグリーンの上着を半ば破るように脱がそうとする。何やら暴れながら少尉は抵抗しようとしているようだった。くぐもった悲鳴が聞こえる。

 

「おいおいおい、何だよこの状況は、マニアックな成人向け動画じゃああるまいに……!」

 

 若干引きつつも、吐き捨てるように小声で罵倒すると同時に私はパラライザー銃の出力を最大にセットする。窓硝子を破砕した上で相手に電気ショックを与える威力だ。

 

 本来ならば味方の特殊部隊が来るまで見過ごすべき……脳内での冷静な判断能力はそう告げていたが、どうしようもない。部下が婦女暴行されるのを分かって放置にするなぞ同盟軍人として有り得ない事だ。目の前であれを冷静に観察するとか完全にド畜生である。

 

「勝率は高くないが……」

 

 それぞれの人質の大まかな位置は分かった。少尉の救出と解放を迅速に行い戦力化、少尉には人質の回収・保護を命じ、私は制圧ないし足止めを行う……相当難しいがやるしかなかった。

 

「畜生、何が後方勤務だ馬鹿野郎……!」

 

 私は立ち上がるとパラライザー銃を窓に、その向こうの狼藉を働こうとしている逃亡兵へと向けた。

 

 これは、後で弁償費用が高くつきそうだ……そんな事を半分現実逃避気味に考えながら、次の瞬間私は引き金を引いていたのだった。

 

 




連邦末期からルドルフ台頭までの流れ簡略化
民衆「不景気・失業・公害・疫病・飢餓・災害・テロ・賄賂・内戦・少子高齢化……もう無理、お腹減った……誰か助けて……」(現在進行形で死者多数)
悪徳政治家・企業家「トロうめぇwwドンペリ最高!」
良識派エリート「民主主義の自浄作用を信じるんやで!少しずつ良くしようや」(テオリア中心街で食事しながら)
宗教家「審判の時は近い!」
マフィア「サイオキシンのケチャップ漬け食べない?」
民衆「……」

ルドルフ「余が全部(力づくで)解決した(させた)ぞ」
民衆「流石大帝陛下!俺達に出来ない事を平然とやって見せる!そこが痺れる憧れるぅ!」


初代門閥貴族「かゆ……うま……」(白目泡吹きながら)

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