カプチェランカの大地は山脈や荒れ地、森林地帯もあるものの絶対的に少数であり、陸地の大半がなだらかな雪原地帯となっている。遮蔽物の少ないこの雪原地帯はレーダー等の索敵が行い易い地形であり、多くの場合敢えて戦力を展開するのは好まれない。
無論、それは理想論であり、実際は移動や連絡のためどうしても地表の大半を占める雪原地帯を移動しなければならず、そうなると少しでも見つかりにくくするためブリザードが強くなる日に移動する事になる。尤もそれでも誤魔化し切れるとは限らない。
「………行ったか?」
「……御待ち下さい。賊共が警戒しているのならまだそう遠く無い所をうろついている可能性があります」
私の疑問にライトナー曹長が答える。彼の方が実戦経験が豊富だ。それに従うべきだろう。
逆探知されるアクティヴセンサー類を消し、車内の熱を誤魔化すためモーター類も停止させ予備電源のみ起動させた「パンツァーⅢ」は光学カメラや音響センサー、パッシブセンサー等の受動センサー類のみで周囲を警戒し、雪中に隠れていた。外は激しいブリザードである。
雪原地帯に出て早9時間、森林地帯まで後30キロの地点で我々は身を潜めていた。
理由は簡単、帝国軍の哨戒部隊だ。6時間前にブリザードが薄れてきたので、それが再び激しくなるまで雪中に戦闘装甲車を潜らせたのは正解であった。複数の帝国軍部隊が警戒していた。
理由は明白だ。こちらの存在が勘づかれたのだろう。既に7時間前にはデータリンクは帝国軍から切断されていた。
尤も敵味方識別信号を切ったため彼方もこちらの位置は分からない筈だった。ブリザードにより走行跡も消えている。そもそもこちらの目的も分かっていない筈なのでどの方向に向かったかも知らない筈だ。寧ろ我々を後方攪乱のためのゲリラ部隊と考えているかも知れない。その方が都合が良い。こちらの目的に気付かれたら先回りされる。
「どうだい?距離は分かる?」
光学カメラの映像を一目見た後、妹に尋ねる曹長。
「はい兄様ぁ、この震動ですとぉ、多分西にぃ……4キロ程で2両は走っていますぅ。方角はこちらではありませんがぁ……」
マイクを耳に当てて震動センサーで帝国軍の哨戒部隊の大まかな距離を想定する軍曹。
「だそうです。動くのは少し危険でしょう。今は待ちましょう」
「……そうだな。焦りは禁物だな」
私自身いつ見つかるかの緊張で焦れているらしく、どこか落ち着かないまま車長椅子の上で貧乏揺すりをしてしまう。
「若様、御食事の時間です。加熱機材は今は使えませんので保存食ばかりですがどうぞ御食べ下さい」
奥の方からベアトがセラミックのプレートとペットボトルを差し出す。
「ああ、曹長、軍曹。二人も警戒しながらでいい、今の内に食べておけ」
場合によっては発見され何時間も戦闘になる可能性もある。安心、とは言わないまでも一応の安全が守られている今の内に食事しておくべきだ。
「了解です」
「はぁい。分かりましたぁ」
双子はそれぞれに返事してプレートを受け取る。
「それじゃあ食べるかって………あー、まぁ予想してたよ」
プレートの上の食事はライ麦パンの乾パンに栄養ビスケット、塩味ローストナッツにヴルストとえんどう豆の冷スープ、コンビーフ、クランベリー味のエナジーバー、栄養剤とアップルティー粉末は水にぶちこめという意味だ。味は勿論低俗な部類である。まぁ銃弾と砲弾飛び交う最前線も最前線な地域で、ブラスターライフル片手の食事を想定しているから当然だ。
正式な製品名称は、自由惑星同盟軍地上軍野戦用非加熱レーションタイプライヒである。加熱調理出来ないこのタイプのレーションの味が御察しであるのは分かる。だが、よりによって非加熱レーションとしては帝国系以外にはアライアンス(全てにおいて語るに値しない)やイングリッシュ(朝食仕様以外死んでる)、チャイニーズ(冷えた中華とか罰ゲームかな?)並みに嫌われているタイプライヒにしなくていいと思うんだ。唯でさえライヒは粗食扱いの癖に、冷え切っているとか致命傷だぞ。
「モグモグ……」
「軍曹、音出しながら食べない、失礼じゃないか」
「?若様、どうかいたしましたか?」
「……いや、何でもない」
平然と冷えて固く、水分の無いメニューを食べ始める周囲を見れば子供のように食事に文句をつける訳にもいかない。……いや、やっぱりドロドロスープに浸った冷たいヴルストはキツイと思うんだ。
固く酸味のある乾パンと粉っぽいビスケットを噛み砕き、冷たく栄養剤をどばどば入れたアップルティーで流しこむ。薄い塩味のコンビーフをちびちび食べ、妙にねばねばするエナジーバーを作業的に咀嚼する。毎度の事ではあるが、ライヒは粗食でいけない。
帝国軍兵が軍内食堂やレーションで食べる食事、更に言えば亡命軍兵士や帝国系同盟軍人の食べるライヒ系の食事が、経費に余裕があっても可能な限り粗末に作られるのは、大帝陛下の遺訓が色濃く影響している。
大帝陛下が仰るには、食事もまた兵士にとっては鍛錬であるらしく、栄養は整えられているが限りなく粗末な食事を兵士達に敢えて食べさせる事にしたという。それにより精神力を鍛えると共に、過酷な戦場での劣悪な食事に慣れさせ、更に胃を丈夫にするためらしい。
切っ掛けは大帝陛下の軍人時代にまで遡る。新任法務士官だった大帝陛下は上官に疎まれ、連邦の統治が及ぶ範囲では最も危険な宙域の一つであったベテルギウス方面に島流しにされ、あまつさえそこでも上官の不正を糾弾した結果殺されかけた。任務中、宇宙海賊の蔓延る廃棄されたシェルター都市においていかれたルドルフ中尉は、巻き添えを食らった連邦宇宙軍憲兵ファルストロング少尉、宇宙軍陸戦隊員リッテンハイム曹長と共に、宇宙海賊の廃棄した残飯で食いつなぎながら都市内で襲い掛かる海賊相手にリアルランボーした挙句、救援部隊を呼び込む事に成功した。尚、救援部隊が到着した時には既にその残虐性で悪名高い「黒髭海賊団」の団員の死体の山が築かれ、その上で三名の連邦軍人が怪我だらけの状態で尚両手に武器を持って銃撃戦を演じていたという。
そして駆逐艦に救助されたルドルフ中尉は、そのまま腹いせ……ではなく悪辣な海賊に正義の鉄槌を下すべく、救援部隊の駆逐艦に装備されていたレーザー核融合ミサイルを海賊共の拠点に勝手に撃ち込んだ。その結果は後世人々の知る通りだ。
その後、明らかに衛生状態の悪い食事を取っていた3人は仲良く食中毒で軍病院に入院する事になった(ファルストロングは特にヤバかった)。その後も、大帝陛下はその独善的な義侠心が災いし、数度にわたり上司や悪徳企業や汚職政治家、腐敗した将軍達によって様々な手段で殺されかかり、その度に現地の動物をハントしたり、毒々しい茸や気持ち悪い虫とか毒入りの食料を食べる事を強いられた。
そして……信じがたい事ではあるが、気付いたら胃が鋼鉄のように鍛えられたらしい。大帝陛下が自叙伝で語るには、カンパネラでの暗殺辺りになると結構何食べても平気になったと告白している。おかげで、終身執政官時に2回、皇帝になった後1回毒殺されかけたけど、すぐ復活したらしい。因みに3回とも巻き添え食らったファルストロングは泡噴いて入院した(そして仕事が滞るといって入院しているところを引き摺って職場復帰させられた。本人が日記で「あいつマジふざけんな(原文ママ)」と記している)。
その経験から大帝陛下は、軍人たるもの戦いのためにどのような物であろうとも食べなければならぬ、と謳い、そのために敢えて粗末な食事を兵士に提供する事を取り決めた。
補足すれば下士官、士官には敢えて高級な食事が許されているが、これは堕落し怠惰の極みにあった連邦軍人達の出世意欲を高めるためだ。より良い環境と食事を求め兵士達が積極的に働き、功績を上げさせるための鞭であり飴である。歴史的に帝国軍は帝国の国家組織の中で最も実力本位であり、第二次ティアマト会戦以前から才覚さえあれば出世しやすい組織だ。正規軍の現役将官において長年貴族軍人が首脳部を占めているのは、高度な教育を幼少時から受けられているからにすぎない。
「はぁ、文句を言っても仕方ないよな」
大帝陛下の理念に賛同する訳ではないが、確かに食えるだけマシだな。特にこんな状況ではな。
(少なくとも私には)半分苦行な食事を終えると、我々は再びパッシブセンサーでの索敵を始める。
「ブリザードが強くなってきましたね」
曹長が光学カメラで外部を確認する。
「ああ、このブリザードなら簡単に捕捉はされん筈だ。少尉、軍曹、センサーはどうだ?」
「赤外線センサーには反応ありません」
「……近隣にぃ、震動の反応はないですぅ」
各種の受動センサーは周囲に帝国軍の存在がない事を示していた。
「……よし、ではいくか」
戦闘装甲車の電源を予備電源からメインに切り替え、モーターを起動させる。履帯が雪を踏みつけながら、戦闘装甲車がゆっくりと雪山から姿を現す。
警戒しつつもアクティヴセンサー類は逆探知されるため使用せず、走行音も可能な限り出さないように進む。
約1時間かけてブリザードの中突き進み、漸く目的地につく。
「……ここか」
吹雪の中、うっすらの影が現れ、次第にそれは木々の群れである事に気付く。
かつて銀河連邦の辺境の辺境として、惑星開発の一環で植林された木々の聳え立つ森。遺伝子組み換えにより寒冷地でも耐えうるように、また光合成の効率も自然界のそれの数十倍の効率となっている。だからこそ、この劣悪な環境で人の手から管理が離れても未だに鬱蒼とした森が広がる訳である。
戦闘装甲車はそんな森の中を進む。この森の中に同盟軍の通信基地……正確には、ジャミングや通信衛星の破壊に備えた通信中継基地があるのだ。尤もその任務上小型の基地であり、人員も一個小隊に満たず、しかも通信士や技術者等の後方支援要員が殆んどであるが。
「……どうだ?返答あるか?」
私は車長席から携帯無線機と向き合うベアトに尋ねる。
「……駄目です、どの回線のどの周波数帯からも応答はありません」
「そうか……こりゃあ、駄目かな?」
「可能性は高いかと」
私は従士の言葉に嘆息し軍帽の上から頭を掻く。想定の一つとしてはしていたが……実際に直面するとなかなか徒労感があるな。
粉雪に被った森の中を数キロほど進めばその場所が見えてくる。
「よし、止まれ。ベアト」
「はっ!」
私の声に反応して金髪の従士が消音装置つきのブラスターライフルを手に取る。私も同じく消音装置を装着したブラスターを腰から抜き、双子に連絡があり次第すぐに増援に来るように頼む。
戦闘装甲車の後部ハッチから降りた私とベアトは互いに周辺を警戒、そして幼年学校や士官学校で学んだ通り、腰を低くしながら互いの視界を補うようにして駆ける。奇襲を想定しての動きだ。
尤も、所謂奇襲は起こらなかった。私とベアトが目的の場所で見つけたのは人影のない、うっすらと黒煙を上げる通信基地の跡地であった。
「あーら、やっぱり」
薄々分かっていた。この距離で通信が繋がらないなら当然の結果だ。
「ベアト、待ち伏せはいるか?」
「サーモグラフィ、金属センサー、音響センサー、現状では全てにおいて反応はありませんが……」
各種の携帯型のセンサー装置で探索するベアトが歯切れの悪い口調で答える。
何せそれくらいの偽装はしようと思えば出来ない事もない。私も双眼鏡で光学的に周囲に目配せする。デジタル迷彩であれば内蔵されたコンピュータがこれまでのパターンから自然界ではあり得ない色彩や比率を分析して知らせてくれるらしいが、それとて迷彩パターン一つとっても騙しあいの鼬ごっこをしているため完全には信頼出来ない。
「結局の所、最後の最後はやはり人が直接カナリア代わりになるんだよなぁ」
そして私はベアトに目配せする。
「……私が斥候となります」
「……いけるのか?」
「御安心下さい、ここは私が適任です」
私の心配する声に、しかし従士は安心させるようににこやかに微笑む。実際、小柄で動きの俊敏なベアトの方がこの場での試験紙役に適しているのは確かだし、誰かが行かないといけないのも事実だ。
「……悪いな」
「御気になさらず、御役目ですから」
そういってブラスターライフルを構えながら一人前進するベアト。
彼女は打ち捨てられた通信基地の敷地内に警戒しながら侵入し、くるくると360度狙撃兵がいないか警戒する。私はそんな彼女を後方から支援する。各種センサーで周囲を警戒し、攻撃があれば従士が待避なり隠れる事が出来るように援護するのだ。
5分、10分、と白い森の中で静かに時間が過ぎていく。潜伏する帝国兵がいないか念には念をいれて索敵する。
15分たった頃、私は無線を入れる。
「大丈夫そうだな。そちらに合流する」
私は安堵の溜め息を吐きながらベアトと合流し、本来の仕事に取りかかる。
「見事に放棄されているな」
基地は帝国軍の攻撃以前に機能を喪失していたようであった。基地のコンピュータのデータは、電子的に破棄された上で物理的に破壊されていた。撤退前に友軍が処理したのは明白であった。無線機類も利用されないように廃棄されていた。これでは使えないな。
「だが……これなら……」
同盟地上軍の基地の放棄マニュアルに沿った放棄が為されているのが一目で分かる。ならば当然、後から来た友軍への置き土産もあるはずだった。
私とベアトは携帯端末である特定の周波数帯の電波が流れてないか基地周辺を捜索する。
基地から300メートルほどの場所でその周波数帯の反応を見つけ、更に10分かけて正確な場所を探し当てた。
そして私達は所有する工作用スコップでその場所の固い雪をほじくりかえす。
「あった……こいつか!」
数分かけて雪を掻き出すと、そこに小型の金属探知透過コーティングの為されたカプセルを見つける。
「……マニュアル通りだな」
カプセルの中には超小型のデータチップが入れられている。軍用多目的携帯端末にチップを差し込む。
チップの中身は通信基地を放棄する際に味方が後から来た時に備えたメッセージデータとファイルデータだ。私は先にメッセージデータを再生する。少し掠れた中年男性の声が流れ始める。
『……宇宙暦784年8月30日同盟標準時0930時、こちら第38通信基地司令官のルーカス大尉だ。帝国軍の一個中隊が迫っている。こちらは総員でも二個分隊の戦力にしかならない。遺憾ながらこれより基地を放棄してB-Ⅲ基地に合流を目指す。無事合流したいが……』
そこで一旦言葉を切る通信基地司令官。
『……このメッセージは、何らかの目的でこの基地に合流しに来た友軍のために基地放棄マニュアルに基づき置いていく。地下の隠し倉庫の場所はファイルの2番目だ。武器と食料、燃料が多少なりともある。貴官の任務が何であれ、その一助となれば幸いだ。通信記録は3番目のファイルだ。貴官の武運を祈る』
私は通信記録を閲覧する。友軍間の通信、帝国軍相手に傍受した通信記録が並んでいた。
「こりゃ……面倒だな」
通信記録には同盟軍のカプチェランカ各地での戦闘の情報が記録されていた。だが……。
「やはり劣勢か」
大敗……とは言わないが、帝国軍の攻勢の前にじりじりと後退している事が記録から分かる。一応周辺星系や上位司令部から増援を得てから反攻に出る様子ではあるが、後数日はかかるだろう。その間は帝国軍の天下という訳だ。
「気象予報だと二日後は快晴だな?」
今後の事を考えながらベアトに確認の言葉をかける。
「はい、9月4日から5日はブリザードが弱まると想定されております」
「ちっ……予定が少し遅れるな。だが通信基地があの有り様では……仕方ない。ブリザードが止む前に開発プラント跡地には辿り着きたいな。あそこなら隠れやすい。どう思う?」
「妥当な案であると思います」
「士官学校の上位卒業者にそう言ってもらえたら一安心だな」
私は冗談を言うように苦笑する。帝国軍との遭遇や戦闘で思いの外時間がかかってしまった。兎にも角にも、今は快晴に備え一刻も早く開発プラント跡地に向かうべきだろう。車体をプラント跡地に隠し、ブリザードが再び激しくなった所で全速力で基地に向かう。
可能であれば開発プラントの距離から無線を基地に飛ばしたいが、これは期待しない方が良いだろう。寧ろ同盟軍の反攻がいつ頃になるのかが気になる。
「さっさと物資を頂戴して開発プラントまで行こう」
通信基地で得られた情報から私は大まかな方針は決定した。そして方針を決定した以上、後は行動するだけだ。今は時間はダイヤモンドより貴重なのだから、我々に無駄に出来る時間は無かった……。
「そうか、見つかった車両はやはり二両か」
銀河帝国地上軍の薄暗い指揮通信用装甲車の中で男は液晶画面に映る偵察部隊の隊長に尋ねる。
『はっ!一両は対戦車ミサイルにより撃破、もう一両は対戦車地雷により走行不能になったようです。最後の一両は発見出来ませんでした。また、別動隊が別の場所で反乱軍の遺棄された雪上車を発見致しました』
液晶画面の中の偵察部隊の隊長はブリザードの降り注ぐ中、防寒着にゴーグルをかけたままで男の質問に答える。
「やはり鹵獲されたか。宜しい、卿の部隊は一旦本隊に戻れ。我々は……」
次の瞬間画面が爆音と共に揺れ、一旦ブラックアウトする。
「どうしたっ……!?」
怒声と叫び声、何やら命令する声が響き渡る。暫くして再び隊長が現れ報告する。
『申し訳ございません連隊長殿、新兵が車内に無断で入りブービートラップにかかったようでして』
苦々しげに隊長が答える。画面の端には覆帯の切れた戦闘装甲車が黒煙を上げて炎上していた。
『失態です。二名殺られました』
「馬鹿め、爆破処理されずに放棄された車両には十中八九トラップが仕掛けられているのは当然だっ!」
それどころか、味方の死体にすら爆発物が仕掛けられているのは珍しくない。そのため、前線では味方の死体を回収せずに現地で遺棄する事も決して珍しい事ではないのだ。
「全く、これだから徴兵された平民共は……!戦闘の基本すらすぐに疎かにしよる!奴ら訓練で何を学んでおるのだ?」
とある子爵家に私兵として代々仕える士族、その次男である連隊長は舌打ちする。彼はかつて狙撃猟兵として幾多の戦場で反乱軍と戦ってきた熟練の兵士でもあった。身体の衰えによって今では狙撃猟兵団を辞めざるを得なかった身であるが、それでも地上軍の連隊長を勤める程度には優秀な軍人であった。
それにしても、と連隊長は思う。帝国地上軍の一般部隊の質の低さは溜め息が出る。狙撃猟兵や装甲擲弾兵ならば、この程度のトラップに嵌まるなぞあり得ないだろうに。
「まぁいい。中尉、直ちに本隊に戻れ。鼠狩りだ。小賢しい反乱軍共を狩り立てる。卿の偵察部隊が先鋒だ」
『はっ、しかし……連隊長は敵の位置がお分かりで……?』
液晶画面に映る中尉の疑問にふん、と鼻を鳴らして連隊長は答える。
「当然だ。この程度のロジック、深く考えるまでもない。僅か数十キロ先の後方支援部隊は襲撃されていない。つまり敵は後方撹乱のゲリラではない、そして少数かつ何らかの目的があった……恐らく伝令だろう。その上で警備部隊を仕止めたのは進路の障害であったと言うことだ。ならばその方角はおのずと分かる」
『しかしほかの偵察部隊は反乱軍を発見出来ていないと聞いておりますが……』
「戦死者の死体は見た。あの状態ならば抵抗も出来ず即死したに違いない。相応の実力者だ。ならばブリザードの中哨戒網を抜ける位して見せるだろうな」
帝国軍ならば平均的な狙撃猟兵に匹敵する練度であろう。ならば徴兵された平民兵共の目を誤魔化しても可笑しくない。
「そして気象部の予測では、数日後にはこの忌々しい吹雪が一時的に止む。奴らが戦闘装甲車を強奪したと予測される日時と、移動可能範囲内で隠すのに適した地域を計算すればその大まかな潜伏地は分かる」
これまでの20年近い実戦経験から連隊長はすぐさま答えを導きだす。
『成程……連隊長の御洞察、感嘆するばかりです』
偵察部隊の隊長は賞賛するように口を開く。それは半分は世辞であろうが半分は本心からの発言だった。
「そういう訳だ。これで奴らの大まかな場所は分かった。フーゲンベルヒ中尉、ただちに本隊に合流するのだ。奴らを追い立てるには猟兵上がりが多く所属する卿らの部隊が適任だからな」
『はっ!』
フーゲンベルヒ中尉は画面の中で敬礼してその命令に答える。その表情は猟犬……いや、寧ろ獲物を狙う蛇のような笑みを浮かべていた。
映像が消えると、連隊長は前線指揮をする副連隊長マーテル少佐に部隊の引き離しを命じる。後方で蠢く敵部隊が存在する間は、前方に主力を投入して戦闘を続けるのは奨励されない。それに連隊長は、長年の経験から既にこのカプチェランカでの全面攻勢は潮時であると察していた。これ以上の戦闘の長期化は、反乱軍の援軍の到着と共に逆撃を受ける。正面の敵と戦い危険を冒すより、寧ろ後方の小部隊を確実に潰す方が良い。
「それに伝令ならば好都合だ。ああいうのは大抵士官学校卒業のエリートがやるものだからな」
指揮通信車の椅子に座った状態で不敵な笑みを浮かべる下士官上がりの連隊長。伝令は司令部直属が多い。上手くいけば、伝令から貴重な反乱軍の情報を得られるかも知れない。そうすれば自身の功績にもなり、昇進、そうでなくとも後方勤務の希望が叶うかも知れない。そうなればこの寒くて不愉快な惑星ともおさらばだ。
帝国地上軍第1547連隊連隊長ハインリッヒ・ヘルダー中佐はそんな算段をつけると、通信士に高圧的な口調で転進命令を指示したのであった。
ファルストロングは苦労人