帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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ミスった。公式設定見返したら783年時にヤンが入学していやがる……。地味に展開を再構成中


第三十九話 まだだ、まだ致命傷では無い……筈

 戦略シミュレーションには幾つかタイプがある。魔術師が学年首席を破ったものはプレイヤーが1対1のタイプの物だ。これは指揮官が全体の指揮を取るものであり、そのため細々とした部分はAIに任すしかない上、プレイ中に指揮官はあらゆる情報を一人で把握する必要がある。実際の艦隊戦では艦隊司令官が分艦隊は兎も角戦隊や群単位の指揮にそこまで干渉しないし、あらゆる分野について一人で処理する事はあり得ない。そのため現実の戦闘に近いか、と呼ばれると必ずしもそうでは無い。

 

 士官学校学生中に行われるシミュレーション形式において、最もリアルの戦闘に近いのは所謂7対7の1個艦隊戦闘である。これは1個艦隊の5個分艦隊指揮官、及び後方支援部隊・陸戦隊を分割して各々で指揮する物である。総司令官が中将、それ以外が少将として扱われ行われる。

 

 士官学校開放中に市民の見学用に開催される4年生の戦略シミュレーション大会もこの形式で実施される。学校開放の数か月前から実施された予選を勝ち抜いた全64チーム448名によるトーナメント方式の戦闘を訪問者達は見学する事になる。所詮学生の指揮、というのは容易いが、この大会は多くの軍幹部も未来の将官候補を見いだすために真剣に観戦をしていた。ここでの活躍により才能がある、と見込まれた者は場合によっては軍高官から引き抜かれる事すらあるのだ。

 

 尤も、当日のトーナメント戦に参加している者は殆どが三大研究科に所属する席次三桁台以下の学生であるが……。

 

 そんな中今年の大会は少々……いやかなり異彩を放つ集団が勝ち上がっていた。

 

 それが艦隊司令官をヴォルター・フォン・ティルピッツ4年生に据えるチームであった。

 

 

 

 

 

 さて良く来てくれた諸君!私のチームのイカれた仲間達を紹介するぜ!

 

 一人目は第2分艦隊指揮官兼艦隊副司令官役の戦略研究科所属ウィルヘルム・ホラント4年生だ!現在の学年席次は不動の第2位!同級生達から「永遠のナンバー2」という渾名を付けられている強面エリートだ!現在学年席次21位のコープにチームに誘われる等その実力は折り紙付き!古今東西の戦略を熟知し天才的な艦隊運動の才、そしてそれらを理解しつつも覆す豊かな発想力を有する正に秀才だ!だが、正直友達少ない事は内緒だぞ?

 

 二人目は第3分艦隊指揮官の情報分析研究科所属チュン・ウー・チェン4年生だ!現在の学年席次は298位!一見鈍そうな表情をしているが、その実柔軟に戦況に対応する広い視野と分析能力を有しているんだぜ!ホラントと並ぶ我らのチームの支柱だ!学年での渾名は「パン屑のチュン」、由来を知りたきゃあ本人に聞きな!

 

 三人目は第4分艦隊指揮官の艦隊運用統合研究科所属のベアトリクス・フォン・ゴトフリート4年生だ!現在の学年席次は312位!基本的にオールマイティな万能型であるが、特に艦隊運用による火点の集中に秀でた攻勢向きの才女だ!最近18通目のラブレターを焼却炉に捨てて男子生徒達の心をへし折ってくれたぜ!

 

 四人目は第5分艦隊指揮官の艦隊運動理論研究科所属ジャンヌ・マリー・デュドネイ4年生だ!現在の席次は768位!小柄で銀髪な目隠れ少女、正直陰気で吃音気味、何言っているか全く分からないが、ネプティス紳士仕込みの艦隊運用術を活かした重厚な防御陣地は簡単には突き崩せない!暗い部屋の中で一人ホラーやスプラッターな映画を鑑賞して恍惚の表情を浮かべている事は指摘してやるなよ!?

 

 五人目は後方支援部隊指揮官の宇宙工作理論科所属グレドウィン・スコット4年生だ!現在の席次は589位!兵站・後方支援系列の研究科の中では5本の指に入る研究科出身の英才。特に工作関連と電子戦関連の成績は相当なものだ。だが極度のナルシストで常に自分に酔ったように鏡ばかり見ている勘違い野郎だがな!ドラマの影響か優美に三次元チェスを指しているが雑魚だから良い鴨だぜ!

 

 六人目は陸戦隊司令官の陸戦略研究科所属オットー・フランク・フォン・ヴァーンシャッフェ4年生だ!現在の席次は596位!亡命男爵家の次男で、リューネブルク伯爵からもその才能を評価された勇敢な貴族士官候補生だ!けど老け顔をめっちゃ気にしているから触れてやるなよ!?

 

 そしてそんなイカれた仲間達の代表を務めるのがこの私、第1分艦隊司令官兼艦隊司令官役の艦隊運動理論研究科所属ヴォルター・フォン・ティルピッツ4年生だ!現在の席次は898位!なんとこの中で最下位と来ていやがる!しかも成績の内上位を占めるのが「戦史」や「射撃実習」、「戦斧術」、「地上車運転」、「帝国語」と微妙過ぎるものばかりと来てる!あれ?士官より歩兵やってた方が良くね?因みに「戦闘艇操縦実技」は赤点ぎりぎりだ。吐きます。

 

 平均席次は495位である。ホラント1人でかなり平均を上げているため実際はもっとヤバい。本戦参加が計448名である事を考えればぶっちゃけ本選参加すら危うい。相手はあらゆる戦略・戦術を駆使した壮大かつ遠大な作戦を持って襲い掛かる筈だ。尤も……。

 

「畜生!こいつら堅ぇ……!」

「攻め切れない……!?」

 

こっちは亀のように籠って判定勝ちだけしか目指していないからいいんだけどさぁ。

 

 シミュレーション上の舞台はダゴン星域である。回廊危険宙域や隕石群等によって彩られた狭隘な宙域である。正直1個艦隊のみでも展開するのは結構厳しい。そして……そういう宙域がこのチームの最も得意とするステージだ。

 

「24戦隊……前進……22戦隊、中和磁場…30%強化……予備2106駆逐群……右翼展開」

 

 我らの中で最も守りに秀でたデュドネイ4年生が言葉少なげに、しかし的確に最前線の指揮を取りつつ少数で重厚な防衛網を構築する。その表情は硬いが、しかしその陣形は整然としてビームの光の雨を受け止める。

 

「よし、こちらも中和磁場出力強化だ。奴さんの補給が届いて火力が上がるぞ。正念場だ」

「潮流の流れに注意しないとね。隕石と艦艇の残骸を盾にしつつ相手の消耗を待とうか」

 

 私とチュン4年生はデュドネイ4年生の補佐をするように敵の攻勢を阻止していく。正面から殴り合わない。漂流物を盾にしつつ砲撃に向けるべきエネルギーも殆ど中和磁場に流し込む。痺れを切らして接近戦を挑む敵には隕石群に潜む単座式戦闘艇が一撃離脱戦法でエンジンを破壊していく。漂流する敵チームの艦艇は最高の盾だ。

 

それを支えるのが陸戦隊と後方支援隊だ。

 

「第68警戒基地が迂回する1個戦隊を発見しました。第32警戒所も3個駆逐群の浸透を確認しております」

「よし、攻勢が止んだな?各支援部隊、補給と補充の開始だ。損害の多寡は気にしない。次の攻勢を受け止める部隊から優先して補給だ。電子戦部隊、補給中である事を悟らせるな。妨害電波を最大出力だ」

 

 神経質そうなヴァーンシャッフェ4年生は、奥底の拠点を守ると共に周辺に的確に展開した警戒基地から後方に回り込む敵の小部隊群を発見する。一方、スコット4年生は砕けた声で何十とある部隊の補給の優先順位を瞬時に見定め効率的に補給活動をすると共に、電子戦によりその妨害を阻止する。

 

「分かりました。第1802巡航群と1804駆逐群を正面からぶつけます。あの宙域でしたら寡兵でも十分戦線を支えられます。奇襲が阻止出来た時点ですぐさま敵は後退を開始するので問題ありません」

 

ベアトは後方に浸透してくる数十もの小部隊を迎撃すると共に補給線の警備も担う。

 

 地形と陣形と迅速な補給、厳重な後方警備、それらを利用する事で我々は既に5度の総攻撃と24回の奇襲を防いだ。受け身の戦いのため両軍とも損失は殆ど無い。

 

こちらは完全に守りに徹するのだ。高度な作戦はあくまで双方相手を撃滅するために動いた時に初めて生かされる。古代の戦いと同じだ。野戦ならば幾らでも戦略・戦術を活かせるが、籠城戦では攻める側が行える事は力攻めか兵糧攻め、奇策しかない。

 

 どれ程優秀であろうともこれはシミュレーション、魔術師の要塞戦におけるような盤外戦術を行う余地は限られる。力攻めなら圧倒的にこちらが優位、こっちは拠点に籠っているため補給線を絶つなぞ殆ど不可能だ。

 

そして時間ギリギリまで粘り………。

 

「ちっ……気を付けろ。そろそろ奴が来る……!」

 

相手チームの艦隊司令官が注意を促す。

 

「注意と言っても……!」

「糞、何度も同じ手を使いやがって……!」

 

半分恐怖しつつ周囲を警戒する敵艦隊。そこに……!

 

「こちら第4分艦隊!来た……!」

 

殆ど悲鳴に近い敵第4分艦隊指揮官の報告が傍受した無線から聞こえた。

 

 ホラントの第2分艦隊は散開して潜伏、シミュレーション終了時間ぎりぎりに再集結し芸術的な艦隊運動を持って奇襲する。

 

 実はホラントの動きは我々も知らない。完全に独立部隊として動いてもらっている。まぁ、ホラントから注意を逸らさせるのもこちらの役目ではあるが。

 

 今回は宙域の外側ぎりぎりを大きく迂回して敵の前線拠点に襲い掛かる。隕石群に紛れて近寄りミサイル艦艇が大量の火力を近距離から警備していた敵第4分艦隊に叩き込む。瞬時に200隻余りが粉砕され混乱が生じる艦列に無理矢理駆逐艦部隊が押し込まれる。敵味方の乱戦になり敵第4分艦隊の戦艦と巡航艦の砲戦を封じた。単座式戦闘艇と駆逐艦が高速で戦艦に肉薄してジャイアントキリングをしていく様は爽快の一言だ。

 

それでも相手も席次2桁台の英才である。すかさず隊列を組みなおすが……。

 

『時間切れ!戦略シミュレーションを終了する!』

 

アナウンスが流れると共に戦闘画面が停止した。

 

 損失の採点が画面上の数字として表れる。戦闘終了10分前まで、シミュレーション時間内では40分前まで相互の損害はほぼ五分であった。地理的に、補給面でこちらが優位であったことを考えれば寧ろ相手の敢闘と言ってよい。

 

だが、最後の十分でその均衡は崩れた。

 

こちらの損失が2078隻、敵チームのそれは2565隻……僅か500隻未満の差、そしてそれが勝敗の決め手であった。

 

「畜生!」

 

 シミュレーション席から出ると共に敵チームの怨嗟の声が上がる。まぁ正面からぶつからずに延々と時間稼ぎして最後に勝ち逃げすればこうもなろう。自分達の才能を発揮させる事も出来ずに敗れたのだ。……まぁ、悪いがこれも勝負でな?

 

 時間切れで勝つのは時間制限式シミュレーションだから可能な事だ。実際に出来るかと言うと怪しいものだ。それにこれ凄い味方の士気パラメータ落ちるんだよなぁ。最後とか殆ど戦闘力ゼロだ。まぁ、守るんでいいんだけど。

 

「ふぅ、皆さん御苦労様」

 

シミュレーション席を立つと共に私はチームの皆に労いの言葉をかける。

 

「ふん、最後はいつも俺頼みか」

「いやぁ、御腹減ったねぇ」

「若様、おめでとうございます」

「……」

「よう、ベアちゃん、ネイちゃん、どうよ俺の指揮は?」

「任務、完了致しました」

 

……はは、見事に纏まりがねぇな、このチーム!

 

 

 

 

「ふむ、今回の戦闘、地味ではあるが悪くない戦い方だったぞ?ヴォル坊」

 

 本日の私達の分のシミュレーションが終わり、ベアトと共に控室経由で一般観客席を通ると良く聞き馴染みのある野太い声に呼ばれる。

 

「さすがにそろそろ坊扱いは止めて欲しいんですけど、叔父さん」

 

席に座るでっぷりと太った中年男性に半分呆れ気味に私は答える。

 

 極めてふくよかな体に見るからに機嫌の良さそうなラザール・ロボス宇宙軍少将はにっこりと笑みを浮かべて答えた。あ、止めて、体揺すらないで、きいきいベンチが悲鳴上げてるから。

 

隣の空いている席に招かれ渋々座るとその笑みを浮かべた顔に一層喜色が広がる。

 

「これでチームはベスト32位か!後5回勝てば優勝だな!」

「多分次か次の次くらいに惨殺されると思いますよ?」

 

そもそもここまで来たのが奇跡だ。

 

「守りに強いメンバーで固めて時間切れ狙い、最後にホラントが物資を気にせず蹂躙、ですからね。他のチームにとっては真似出来ないからこれまでは誤魔化せましたが……」

 

 成績に換算されないものの、多くの将官が見学するこの大会では皆自身をアピールしようと態々劇的な作戦や華やかな戦果を求める気風が強い。そこを狙い相手が守りに回って引き分けに持ち込まれる選択を奪うからこそ可能な策だ。活躍を見せるためには攻めるしかない。そしてそうなればこっちの思惑通りだ。時間ギリギリまで物資を温存していたホラントが蹂躙を開始して、そして最後は時間切れで逃げ切る訳だ。

 

「まぁ、小細工が通じるのはここまでですね。そろそろ地でヤバい奴らがごろごろ来ますので」

 

 今回の相手すら最後に来るまでは互角だったのだ。地の利と補給の利があった上で、だ。

 

「それよりも叔父さんこそおめでとう御座います。エンリルでの活躍には頭が下がります。同胞を代表してただただ感謝の言葉しかありません」

 

 先月、つまり宇宙暦783年9月中旬頃、ラザール・ロボス少将率いる第6艦隊第2分艦隊を基幹とする4000隻の防衛艦隊はイゼルローン回廊出口……というには同盟側に踏み込んでいるエンリル星系にて、大規模な前線基地建設に動いていた帝国宇宙軍2個分艦隊5500隻を撃破した。柔軟な艦隊運動で一方的に敵艦隊を翻弄して戦列を削り取り、混乱した敵を一気に押し込んだ。

 

 大軍に寡兵で挑み勝利する事自体は軍事史上稀にある出来事ではある。だが小細工無しの艦隊運動のみで敵を押し倒すような戦いは非常に珍しい。同盟軍の損失は700隻、対して帝国軍のそれは1600隻に及んだ。少数と油断していた帝国軍はこの反撃に驚き基地建設を放棄して後退してしまった。

 

 この勝利は、ここ最近立て続けの敗北に気落ちしていた同盟市民を勇気づけただけでなく、亡命政府にとっても僥倖であった。これ以上押し込まれたらアルレスハイム星系政府の施政領域(アルレスハイム星系を中心に半径12光年11無人星系)に接触していた。本当にギリギリの所であった。この勝利によりほかの戦線も風向きが変わる筈だ。前線に出征している亡命軍も楽になるだろう。

 

「皆から絶対に勝つように喝を入れられてな。ははっ、まぁ私に掛かればこんなものよ!」

 

 腕を組みながら御機嫌そうに笑う叔父さん。その胸には先週授与された自由戦士勲章が光る。

 

 長らく宇宙艦隊指令本部や常備艦隊指令本部を中心に勤務していたため、デスクワークや参謀としての才覚は評価されていた叔父ではあるが、直接艦隊を率いる経験は浅くその能力は疑問視されていた。だが、此度の勝利でその不安は払拭されそうである。

 

「後数年、艦隊指揮で成果を上げれば常備艦隊司令官に抜擢されるだろう。第6艦隊は歴史と伝統と尚武の艦隊だ。ぜひとも指名されたいものだ」

 

 第6艦隊は遡ればコルネリアス帝の親征の際に急遽編成された艦隊である。当時帝国系の軍への入隊は大きく制限されていたが、バーラト星系まで押し込まれ遂になりふり構わっていられなくなり急遽帝国系市民を主体に編成された艦隊だ。そのため現在も帝国移民の子孫や混血、投降した元帝国軍人が相当数所属している。別名を「インペリアル・フリート」である。

 

 そんな経歴と特徴から特に激しく、献身的に戦う艦隊として有名であり、多くの武功に恵まれると共にその損害も馬鹿にならない。過去4度に渡り壊滅した経験があり、その回数はナンバーフリート最多。尤もそれは彼らが無能であるためでは無く、それだけ数の上で不利な戦いや全軍の殿や囮といった危険な役目を果たしているためだ。

 

 恐らくではあるが、原作のアスターテにてムーア中将が降伏拒否した事、魔術師のイゼルローン攻略時の手際の良さは、第6艦隊の気風や特徴が反映されているのかも知れない。

 

「ヴォル坊も任官したら第6艦隊に来ると良い。あそこは住み心地が良いぞ?」

 

 艦隊内で帝国語が通じ、歴代司令官の大半が帝国系やその混血、気風は同盟軍より寧ろ帝国軍に近い。まぁ帝国系の軍人には住み心地が良いだろうな。まぁ、戦闘狂の群れに入るのはお断りだけど。まして下手すればアスターテで殺戮される。

 

「ははは、考えさせていただきます。どうでしょうか?少将の御眼鏡に適う生徒はおりますか?」

 

誤魔化すように私は急いで話題を変える。

 

「うむ、やはり一番はホラント君だな。あの艦隊運動は見事だ。それに敵艦隊の弱点を的確に突く。僅かな隊列の乱れを見逃さない。あれは正に逸材と呼ぶに相応しい。ヴァーンシャッフェ君もなかなかだ。流石リューネブルク伯爵が優秀と太鼓判を押しただけある。一つ下のシェーンコップ君もそうだが、地上戦の人材には暫く困る事はあるまい」

 

だと良いんですけどねぇ。

 

「おお、ベアトリクス君、君の事も当然忘れていないぞ?先ほどの戦闘、実に堅実に後方を守ってくれた。これならばヴォル坊の護衛は安心だな」

 

にこにこと控えるベアトに向け語りかける叔父。

 

「ロボス少将閣下、そのような御言葉誠に身に余る光栄です」

 

 礼儀正しく頭を垂れてベアトは答える。その表情は実に満足そうだった。

 

「うむうむ、礼儀正しくて結構。それに引き換え……ふんっ」

 

 ちらりと横目に叔父は次のシミュレーションを見ている教官達の塊に目をやる。その中心には今年新しく士官学校校長に就任した浅黒い中将が腕を組んでいた。

 

「シトレ校長ですか?」

 

その名前を聞いてむすっとした表情になる叔父。

 

「全くけしからん奴だ。奴め、この前の論文で地上軍の削減を提言しおって」

 

 シドニー・シトレ校長は現段階においても同盟軍の将来を担う英才として期待されている人物だ。「ハイネセンファミリー」の名門生まれながら派閥の力学に縛られる事なく優秀な人物を年齢や出自を問わず抜擢していく。カキン、フォルセティ、ケテル、そして第3次イゼルローン要塞攻防戦の英雄であり、その人物眼、戦略眼は間違い無く本物だ。尤も、政治方面に疎い傾向があり教育か現場の人間に過ぎない、という者も少なくない。

 

 そんな彼は現在、艦隊戦力の拡充と地上戦部隊の縮小を叫んでいた。地上戦部隊はその宙域の恒久的維持のためには必要不可欠な存在だ。艦隊戦の影で軽視されている節があるが、最後にその宙域を完全に支配下に置くには地上戦部隊による惑星や基地の制圧が欠かせない。西暦時代から続く常識だ。どれ程遠方から攻撃しても、最後は歩兵が足でその場に旗を立てなければならない。まして宇宙暦8世紀になると軌道爆撃への対処法はそれこそ幾らでもある。

 

 だが、シトレ中将にとっては星系の完全制圧はさして関心が無いようだ。同盟軍は帝国軍に防衛戦を行う側であり、艦隊戦で勝利すればそれはほぼ達成される。地上の敵勢力は放置して艦隊戦力拡充のみに力を入れるべき、というのが彼の意見である。

 

 この地上戦軽視の発言は同盟地上軍と共に亡命軍にも敵視された。同盟軍の負担を肩代わりする形で多くの地上部隊を前線に送って犠牲を払っている亡命軍を侮辱するにほかならない内容だ。そもそもただでさえ、亡命軍は1世紀半に渡り多くの地上戦部隊を同盟に貸してきたのだ。同盟軍はそれで浮いた予算で宇宙戦力を拡充出来た。それをこのような発言、余りに心が無さすぎる。少なくとも亡命軍関係者にはそう見える。

 

「亡命政府の干渉を封じるため、という意見もある。地上軍や陸戦隊は帝国系の士官が多いからな。話によるとイゼルローンを奪取した後は帝国と和平をするつもりだとも聞く。悪魔の所業だな」

 

 数百万の犠牲を払って同盟に貢献してきた恩を仇で返すとは、高慢な事この上ない、と愚痴る叔父。まぁ、原作を見る限り亡命政府のシトレ校長の分析は大まかな方向性としては合っているといえるだろう。地上戦部隊を削減すれば亡命政府の望む帝国本土解放は難しくなる。

 

 シトレ校長の思想は亡命政府だけでなく長征派のそれとも違う。長征派にとっても帝国は憎むべき外敵だ。滅亡させるか、民主化させるか、分裂させなければ気が済まないだろう。さらに言えば、彼らの中には亡命政府や帝国系市民を回廊の彼方側に送り返したいと考えている者も多い。帝国本土をやるからお前達はこっちの銀河に来るな、と言う訳だ。笑える話だが、互いに憎み合っている癖に出征に限っては主導権争いがあっても阿吽の呼吸で帰還派と長征派は協力するというエスパー染みた事をしていた。

 

「ヴォル坊、ベアトリクス君、安心しなさい。私が必ずや奴の野望を阻止して見せる。……いや、それだけではない。イゼルローンを落し、同胞を約束の故地に連れ戻す。彼らが差別に晒されずに暮らせる国を必ずや建ててみせる」

 

 私達の顔を見やり真剣な目付きで叔父は語る。私はそれに対してただ小さく肯定の返事をするしか出来なかった。

 

 原作の結末を知っているが、同時に帝国系市民の同盟での扱いを考えるとその考えを否定出来ない。私は身分のおかげで苦労しないが、聞き耳を立てれば弱い立場の同胞がどういう待遇を受けているのか分かってしまう。身分も、才能も無く、周囲の支えも無かったらその末路は愉快なものでは無い。それが自由と民主主義と平等の国の、多くの者が気にしない、あるいは目を背ける事実である。

 

 暫く重苦しい空気が漂う。それを破ったのはロボス少将を呼ぶ声であった。

 

「あ、ロボス先輩もお越しになったのですか?」

「ん?おお、グリーンヒル。お前さんも来ていたのか?」

 

 その優し気な声に振り向く。そこにいたのは端正な、そして優しそうな優男であった。

 

「おや、その子達は……親戚ですか?」

「遠縁のな。優秀な子達だよ。おお、二人共紹介しよう。私の後輩のグリーンヒル准将、もうすぐ少将になる。将来の同盟軍総参謀長だよ」

 

半分揶揄うように叔父が説明する。うん知ってます。

 

 件の人物に対して私は起立すると完璧な所作で敬礼する。

 

「ヴォルター・フォン・ティルピッツ同盟軍士官学校四年生です」

「同じくベアトリクス・フォン・ゴトフリート同盟軍士官学校四年生です」

 

 その様子を関心するように見て、同じく敬礼する准将。

 

「ドワイト・グリーンヒル准将です。ロボス少将には後輩として良くして頂いております」

 

優しそうに笑みを浮かべる准将。

 

 ドワイト・グリーンヒル准将はちらほら同盟軍の官報でその名前が登場していた。士官学校を29位で卒業、後方支援や情報分野で実績を積み重ねてきた。第一線の提督に比べれば実践指揮能力は劣るが、それでも並み以上の能力を示す。デスクワークに至っては誰もが認める秀才だ

 

「彼は士官学校の後輩でな。良く可愛がってやったのだよ」

 

自慢げにロボスの叔父は語る。

 

「結婚式の時も御世話になりました。当時金欠でしてなかなか式場が見つからなかったのですが、先輩がヴォルムスの式場を唯で借りて下さった。お蔭様で妻に良い結婚式をさせてあげられました」

「ははは、気にするな。お前は良き後輩だし、奥方も帝国の血が流れている同胞、そのために用立てするなぞ安いものよ」

 

 話によればエルファシル出身の妻が帝国系のクォーターらしい。エルファシルはヴォルムスと近いから移住やら婚姻関係の者もそれなりにいる。平民ではあるが同じ同胞、それに後輩の事であるのでコネを使いヴォルムスの上流階級用の式場を叔父が借りてくれたらしい。

 

「して、今日は何用でここに?確か今日は休暇を取っていたと思うが」

「いえ、観光ですよ。この時期のテルヌーゼンは祭のような物ですから。それに娘が好きなアイドルのコンサートが見たいといってましてね。確かアニメの主題歌を歌っていたりー……えっと……」

「リーゼロッテですか?」

 

 必死に名前を思い出そうとしていたグリーンヒル准将に私は名前を教える。

 

「ああそうだ。そんな名前です。娘がその子の主題歌を歌うアニメにドはまりしましてね。今回もその歌を聞きたいと言って聞かないのですよ」

 

 苦笑しながら准将は説明する。コンピューターの又従姉もこの時期は唯の子供らしい。

 

「あーパパっ!なにしているの!?こんさーとはじまるからはやくいこうよ!」

「おや、噂をすれば、かね?」

 

叔父が小さく呟く。

 

 大声で叫びながらとてとてとグリーンヒル准将に駆け寄る白いブラウスに赤いフリル付きスカートの幼女。ゲルマン風の金褐色のウェーブのかかった豊かな髪にヘイゼルの瞳を持った幼くも元気そうな彼女はそのまま全速力で准将の足に突撃してぎゅっと抱き着く。

 

「こらこら、御外で走ったり大声を出したら駄目だと言ったじゃないか」

「えー、だってぇ」

 

 困り顔の准将に対して拗ねるように頬を膨らませる幼女。

 

「分かった分かった。コンサートに行こうか。けどその前にほら、パパの仕事仲間達だ。御挨拶しようか?ちゃんと出来たら後でアイスも買ってあげよう」

「うん!」

 

 ちらりと私達を見た後、彼女は父に向け笑顔で答える。

 

「えっと…ふれでりか、ふれでりか・ぐりーんひるです!よろしくおねがいします!」

 

 後の魔術師の副官にして妻は元気いっぱいの笑顔を向けて私達にそう自己紹介をしたのであった。

 

 

 

 




野生のロリデリカが現れた!

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