帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百八十八話 少女漫画がミリタリー面でガバなのは仕方無い

 イゼルローン要塞周辺の帝国側に程近い宙域では小さな、しかし激しい戦闘の光が瞬いていた。

 

「戦艦『カンネー』被弾!轟沈します!」

 

 オペレーターの叫び声とほぼ同時に別動隊揚陸部隊の護衛部隊旗艦『プトレマイオス』の直ぐ隣で爆炎が発生する。短命の小太陽の輝きは一瞬『プトレマイオス』の艦橋モニターを白く染め上げて、しかし直ぐに艦艇内部の戦闘支援AIが自動で光量を調整して艦橋に詰める兵士達の視界を奪う事を阻止した。僚艦の爆発が生み出す震動を慣性制御装置や衝撃吸収装置が軽減するものの、それでも鈍く『プトレマイオス』の艦橋を揺らす。

 

「くっ……中々に手強い敵ですな!」

 

『プトレマイオス』の司令官席の直ぐ手元に設けられた手摺を掴んで身体を支えながら護衛部隊の指揮官エドウィン・フィッシャー同盟宇宙軍准将は苦い口調で呟いた。一個戦隊規模の帝国軍と相対した護衛部隊は数において劣勢下に置かれたまま戦闘を継続していた。

 

「司令官、その……艦隊のエネルギー残量が五割を切りました。それと……弾薬残量は三割程です」

 

 傍らに控える副官デュドネイ少佐が心底言いにくそうに、途切れ途切れに伝える。その報告はこのまま戦闘が推移すれば、数時間の後に護衛部隊は継戦能力を喪失する事を意味していた。

 

「弾薬残量は兎も角、エネルギーが厳しいかな。帰りの分を含めると余裕はないか……」

 

 正確には戦域を突破して友軍本隊に合流するためのエネルギーに余裕がなかった。その分を考慮すれば継戦出来るのは持って後数時間という所か……。

 

「はい。寄せ集めの一個戦隊相手にここまで……」

 

 デュドネイ少佐も同じく想定外の苦戦に渋い表情を見せる。宇宙港を攻撃した帝国軍の小艦隊が敗残兵やはぐれ艦の寄せ集めなのは、その統一性がなく艦種が偏り戦列が乱れた編成を見れば分かる事だ。

 

「閣下!既に我が方の損害は三割に達しております!これ以上の戦闘は……!!」

「駄目です!軍港上空の制宙圏を放棄する訳にはいきません!」

 

 参謀の一人が撤退を意見するが即座にフィッシャー准将はそれを却下する。ここでこの宙域を放棄するのは内部に取り残された友軍を見捨てるのと限りなく同義であった。詳しい情報は通信が出来ないために不明であるが、それでも内部の陸戦隊を逃がすためには軍港周辺の確保が必須である。

 

 特に第二宇宙港はまだ被害が少ない方であり、時間さえあれば瓦礫を撤去して数名ばかりが通れるサイズとしても即席の脱出路を構築するのは不可能ではない筈だ。

 

 逆説的に言えば、同盟軍からすれば絶対に軍港の制宙権を帝国軍に取られる訳にはいかなかった。躊躇なく味方ごと軍港をミサイルの雨で吹き飛ばした光景をフィッシャー准将達は目にしている。仮に軍港周辺宙域を帝国軍に奪われたら……彼らが駄目押しのように再び軍港に攻撃して残る味方を外壁ブロックごと焼き殺しても不思議ではなかった。その危惧が護衛部隊の抵抗を後押ししていた。

 

「……ミサイル艦部隊の方はどうかな?」

「……碌に弾薬もないようですが……かなり良くやっています。着かず離れずの距離で……最大限此方を支援しています」

 

 フィッシャー准将の質問に副官が若干途切れ途切れのの言葉で答えた。モニターの一角では六〇〇隻余りのミサイル艦が護衛部隊が相対する帝国軍一個戦隊に対して接近してミサイルで攻撃しては直ぐに後退するハラスメント攻撃を繰り返していた。

 

 対艦ミサイルはその殆どをイゼルローン要塞攻撃に使い果たしていたために、対空ミサイルや対レーザー撹乱ミサイル、デコイまで撃ち込み、更には砲撃レーダー照準をしてみたり、妨害電波を放ったりもする。文字通り使える手段を総動員した嫌がらせ攻撃……それは本来ならば決定打がないが故に正面から敵が攻撃してくればそれまでなのだが……。

 

「……よし、反撃に出る。スパルタニアン発進!主砲斉射三連!ミサイル艦部隊の後退を支援する……!!」

 

 ミサイル艦部隊は、帝国軍が反撃に出る寸前で散開しつつ後退し、同時にフィッシャー准将率いる護衛部隊が横合いから殴りかかった。

 

 護衛部隊とミサイル艦部隊の連携は即席のものとしては十分過ぎる程に良く出来ていた。双方共に帝国軍の一個戦隊とまともに戦う事は出来ない。故に連携して戦い、同時に帝国軍の本格的な反撃となれば片方は引き下がり、もう一方は前に出て強かに打撃を与える。そうする事で彼らはこの三時間余りの間ギリギリの戦いを演じていたのだ。

 

「ホラン……ホーランド准将も良くやりますね。……正直、こうも連携が取れたのは……驚きです」

 

 デュドネイ少佐が戦況モニターを見つめて小さく呟く。士官学校の同期であり、戦略シミュレーションでチームを組んだ経験もある彼女からすれば、ミサイル艦部隊の指揮権を引き継いだウィレム・ホーランド准将のやり口は意外なものがあった。

 

 こと戦略シミュレーションのみに限れば同期の首席であったヤングブラッドすら凌いで四年間トップの成績に君臨し続けたホーランド准将の用兵、特に艦隊運動は芸術的なまでの複雑性と躍動性、柔軟性を有するが、同時にシミュレーションの中ですらその動きについて来れる同期生は殆どいやしなかった。敵としてだけではない、味方としてすらである。

 

 『ホーランドがシミュレーションする艦隊は動きが予測出来ない』とは実際に彼と対戦した、あるいは組んだ同期生達が口を揃えて発した言葉だ。攻撃は全てすり抜けられて、その動きに困惑していると陣形の一点を突き崩される。包囲してやろうとすればあっという間に逃げられるし、連携しようとしても次の動きすら分からないから迂闊に加勢も出来やしない。その芸術的な艦隊運動は限りなく単独行動以外で使いようのないものであった。

 

(いや……何人か、ギリギリついて来れそうなのはいたかな……?)

 

 デュドネイ少佐の知る限り少なくとも二人、どうにか連携出来そうな同期生はいた。尤も、より正確には片方は仕方無くホーランドの方が動きを合わせてくれていたというべきかも知れないが……。

 

「っ……!!?」

 

 そんな事に思考を割いていると再びモニター越しに近くで爆発が生じるのを理解するデュドネイ少佐。巡航艦『カリスト3号』が爆沈して青白い火球へと姿を変える。艦長は単独撃沈艦艇二八隻を誇るベテランであったのだが……。

 

「それにしても……!中々、手強い……!!」

 

 モニターに映し出される戦況を凝視しながら副官は苦虫を噛み締める。護衛部隊がこの場から退けない理由は幾つもあるが、あるいは、最大の理由はそれが物理的に困難である事であったかも知れない。

 

 正確に言えば敵艦隊の一部、と訂正するべきだろうか?雑多な部隊が混在する帝国軍の一個戦隊、その中で二つ程異様に動きが良く油断出来ない小部隊が混ざっている事に彼女は少し前から気付いていた。

 

 他の部隊はまだどうにか誤魔化せるかも知れないが、この二部隊だけは別だ。指揮官が相応に頭が切れるらしい。少しでも隙を作れば数の少ない護衛部隊はあっという間に磨り減らされる事は確実だった。要塞内部の味方のためでもあるが、彼女達がこの宙域に釘付けにされている最大の理由はそれであるのはほぼ間違いなかった。

 

「此方は少数、ミサイル艦部隊は弾薬不足で戦闘効率か悪い。対して相手は寄せ集めとは言え一個戦隊……何時までも持たんぞ」

「とは言え逃げる訳にもいかんし、そもそも逃げても背後を撃たれるとなってはな……」

 

 文字通りの八方塞がりに艦橋に詰める参謀達が苦い表情を浮かべる。護衛部隊もミサイル艦部隊も善戦していたが、所詮は破滅の最期を延命しているに過ぎなかった。

 

 艦橋全体に次第に焦燥感が漂い始める。だが……。

 

「っ……?敵が、引き始めた……?」

 

 デュドネイ少佐が首を傾げて呟いた。突如として、帝国軍が攻撃を停止してそそくさと後退を始めていた。

 

「何?一体どういう……」

「友軍です!本隊が前進を開始しました……!!」

 

 フィッシャー准将の疑問に答えたのは通信士であった。艦橋のメインモニターが切り替わる。何万というモスグリーンの艦艇が散開した状態でイゼルローン要塞に向けて前進を始めていた。眼前の散発的に抵抗する要塞駐留艦隊を押し潰しながら前進する大艦隊……。

 

「おお……」

「どうやら、命拾いしたみたいだな」

「漸く本隊のお出ましか。助かった……」

 

 艦橋のオペレーターや参謀達がモニターに映る味方の大軍を見ながら口々に安堵の声を漏らす。デュドネイ少佐もまた胸を撫で下ろして小さく息を吐いた。軍人になったとは言え、誰だって好き好んで死にたくはない。

 

「遠征軍総司令部より連絡です。当該宙域の制宙権を維持されたし。我が軍はこれより要塞内部の友軍救助及び揚陸作戦を開始する、との事です」

 

 通信士の報告に艦橋にどよめきが広がる。それは総司令部が覚悟を決めた事を示していたためだ。  

 

「ここに来て再度の揚陸か。総司令部は本気だな」

「文字通り犠牲を度外視してでも攻略する積もりのようですね」

「遂にこの時が来たか……」

 

 参謀達は口々に総司令部の選択について語り合う。イゼルローン要塞の攻略は同盟軍の長年の悲願であった。そして正に今、同盟軍はそれに過去最も近付いていた。無論この大攻勢が成功するかは分からない。しかし、それ故に護衛部隊司令部もまた言い知れぬ興奮に包まれていた。

 

「副官殿、通信です」

「……?何処から?」

 

 そんな中、オペレーターの一人がデュドネイ少佐に向けて声をかける。首を傾げて副官は応じて誰が自身を名指しで通信をかけて来たのかを尋ねる。

 

「ミサイル艦部隊を臨時指揮するウィレム・ホーランド准将からです」

「?分かったわ。何処?」

 

 オペレーターの答えたその名前に一層疑念を浮かべ、次いで嫌な予感を感じてデュドネイ少佐は通信機の下に向かった。オペレーターに誘導されて向かった先には液晶画面に映る屈強で神経質そうな同期生の姿があった。

 

「護衛部隊司令部、副官デュドネイ少佐、です」 

「ミサイル艦部隊の臨時指揮を承ったホーランド准将だ。……デュドネイ、本隊が前進を開始しているのは要塞に突入するためだな?」

 

 互いに敬礼した後、ホーランド准将は険しい表情で端的に確認するように質問する。

 

「そう、だけど……何か問題?」

 

 ホーランド准将の態度に困惑しつつ、デュドネイ少佐はその質問の意図を尋ねる。同時に何処か嫌な予感を彼女は感じていた。  

 

「駄目だ。艦隊の動きを、前進を一旦停止させるように進言しろ……!!私の考えすぎだといいが……しかし、恐らくは……!!」

 

 ホーランド准将は焦れた表情を浮かべて叫ぶ。その態度に、デュドネイ少佐は同期生が何か大変な何かを予想している事を確信した。

 

「え、えっと……一体何を考えているの?」

「要塞の動きが異様に鈍い。まるで此方を誘っているみたいだ」

 

 たかが一准将だけが進言した所で総司令部の動きを止めるのは至難の技、故にホーランド准将は顔見知りの参謀や指揮官に向けて通信をしまくって彼らの支援を仰ぐ積もりであった。そして、デュドネイ少佐に向けても彼は自身の予測を口にする。

 

「っ……!?少し待ってて!今司令官に説明しにいくから……!!」

 

 その説明が終わったと同時にデュドネイ少佐は目を見開き、顔を真っ青にする。その内容は到底信じられるものではなかった。しかし……。

 

(否定はしきれない……!!)

 

 ホーランド准将が冗談やいい加減な事を口にする性格でないことを彼女は知っていたし、何よりも帝国人、いや帝国貴族がどれだけ同盟人とズレた感覚の持ち主かを、彼女は士官学校時代に少なからず知っていた。それ故に同期生の言葉を否定出来なかった。

 

 故にデュドネイ少佐は、次の瞬間には慌てて元教官であり護衛部隊の指揮官であるフィッシャー准将の下に駆け出していたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 薄暗く、青白い照明で照らされたその空間で乾いた音が響く。一度ではない。何度も、幾つもの音が重なるように響き合う。

 

 イゼルローン要塞の一角、R-10ブロックでは苛烈な銃撃戦が発生していた。ちょっとしたスタジアム大の広さを持つ空間の片側では工作車両やトラック、その他コンテナ等を積み上げた臨時のバリケードやトーチカが設けられていて、その隙間や上方から相互に支援用に設置された機関銃が火を吹き、軽装歩兵達が小銃を乱射する。武器弾薬に不足しない防衛側だからこそ出来る弾薬を大量消費した防衛戦闘であった。

 

「ちぃ……!撃ち返せ!鉄板を早く積み上げろ!」

 

 一方、この空間にまで侵入する事に成功した同盟軍はと言えば、当然ながら遮蔽物が手近な所にはない。故に無理矢理にそれらを作る事にした。

 

「切断完了です!」

「よし、さっさと運べ運べ……!!」

「急げ!早く……!!」

「機関銃!支援しろ……!!」

 

 数名の兵士達が銃撃の中で運び出すのは分厚い鉄板であった。それも頑健性と軽量性、生産性に優れたEカーボン製である。要塞の内壁を構成していたそれを引っ剥がした兵士達はそれをそのまま盾にして前進を開始する。

 

 攻撃側だから出来る発想であった。どうせ自分達の要塞ではないのだ。後々の処理なぞ気にせず要塞の建材を切断してはそれを盾にして接近、更にそれらを積み上げる事で物影を作り、安全地帯を押し広げていく同盟軍。帝国軍が遮蔽物のない状況を作り上げたのならば、代わりの遮蔽物を無理矢理に作り上げるという地道であり、尚且つ型破りな方法を使う事で、彼らは帝国軍のバリケードにジリジリと接近する事に成功していた。

 

 当初一〇〇メートルはあっただろう距離は既に半分を切っていた。小銃を使うという認識においては直ぐ目の前といって良い程の近距離で両軍は互いに向けて鉛弾を叩き込み合う。いや、それは少し正確ではないかも知れない。撃ち合いの勢いは間違いなく帝国軍が上であったためだ。

 

「糞ったれが!豪勢に弾を使ってくれやがって!お礼にこれでも食らえ……!!」

 

 手持ちの小銃の弾を予備弾倉を含めて全て撃ち尽くした同盟軍兵士が腰の手榴弾の安全ピンを引っこ抜けば銃撃の間隙を突いて帝国軍の即席トーチカの更に後方にそれを勢い良く投げ込んだ。敵陣に上手く手榴弾が落ちたと思えば慌てたような小さな悲鳴がバリケードの向こう側から響き、次の瞬間には弾けるような小さな爆音が鳴り響いてそのままトーチカは沈黙した。

 

「ざまぁ見やがれ!」

 

 その光景を目にした同盟軍の兵士達が歓声を上げる。しかしそれも帝国軍が持ち出して来たそれを見た瞬間に悲鳴へと変わる。

 

「不味い!ロケット弾……!!?」

「逃げろ……!!」

 

 兵士達が踵を返して走り出した数秒後に、同盟軍の作り上げたバリケードの一角が吹き飛び爆炎に包まれた。帝国軍兵士が身を乗り出して放ったバズーカ砲から射出されたロケット弾が命中したからだ。黒煙が広がり、建材や鉄片等の破片周囲に飛び散り周囲の兵士達を襲う。

 

「これは予想外ですね。たかが臨時陸戦隊がここまで粘るとは……」

 

 戦況を最前線よりも後方で観察しながらフェルナー中佐が嘆息する。多機能双眼鏡を覗いて敵陣の陣容を光量を調整し、同時に拡大しながら探る。

 

「まるで陸戦の専門士官が構築したようなバリケードです。火点の隙がありません。前方だけではありません、後方の予備陣地とも連携しています」

「………無理に第一線を突破しても第二線から良い的にされる、か」

 

 ベアトの指摘に数秒の沈黙の後に私も同意する。三重の防御陣地か……短時間かつ限られた人員と資材で良くもまぁこんな堅牢な防衛線を構築して見せるものだ。いや、それもある意味当然か………。

 

「地上軍、いや装甲擲弾兵団から野戦士官でも派遣されたんでしょうかね?」

 

 フェルナー中佐はそう言葉を紡ぎ、双眼鏡でとある一点を見つめていた。その方向に私は内心の焦燥感を誤魔化しながら視線を向ける。

 

「実に顔のお綺麗な坊っちゃんだ。大貴族の息子さんか何かなら納得です。血気盛んな坊っちゃんが後退しないので上が慌ててアドバイザーなり督戦の憲兵隊なりを派遣したのでしょうね」

「……だと良かったのだけどな」

 

 フェルナー中佐の言葉を半分流し聞きしながら、私は物影で何やらを兵士達に命じる美少年を見つめる。

 

 黄金色の髪は、実際は兎も角薄暗いこの空間の中でありながら妙に輝いているように私には思えた。軽装野戦士官服を着こんでいるにもかかわらず、その出で立ちは大貴族の子弟のように立派に見えた。何よりも物語に出てくる王子様のような神秘的な美貌……それは一目で彼が何処ぞの高貴な生まれであるように人々に思わせた。

 

 私も何も知らなければ傍らの傭兵の言葉に同意していただろう。そう、何も知らなければ、な?

 

(糞が!!何でお前がここにいるんだよ……!!) 

 

 私は内心で有らん限りに罵倒した。ふざけるな……!!貴様はB夫人の送り込んで来たマイケル・ジャ○ソンと戯れていれば良いだろうが!態態だだっ広いイゼルローンの中で何狙ったようにエンカウントして来てるんだよ……!!

 

「……若様?」

 

 ぎり、と歯を食い縛り、顔を青冷めさせている私の姿に気付いたのかベアトが不安そうな表情を向ける。同時に酷く困惑しているようだった。……そりゃあ、普通に考えれば現状は最良ではなくとも悪くはない戦況なのだから当然だ。私が不安そうにするのが不思議でならないだろう。

 

 ……私からすればこの上ない極限状態なのだがね?

 

(ちいっ、落ち着け私。……そうだ、慌てて逸るなよ?下手な欲を出しても余り愉快な事は起きないだろうからな………)

 

 心臓が恐怖と緊張と興奮で激しく鼓動している事に私は気付いていた。死の恐怖、作戦の成否、そして絶好の機会………だが、特に一番最後のそれに安易に流されてはならない事を私は理解していた。

 

「……はぁぁ」

 

 身体の震えを抑えて、感情の高ぶりを無理矢理落ち着かせて、眼を瞑って深い深呼吸を吐き出すと私は脳を可能な限り冷静に動かした。奴が……金髪の孺子がこの場にいるのはこの際仕方無い。どうしようもない。現実逃避する訳にはいかない。事実を見ようとしない者には幸運の女神も戦いの女神も振り向いてはくれないのだから。……奴らはそれでも無料サービスを沢山してもらえそうだけどな。

 

(はは、正に主人公補正……は冗談としても、下手に欲を出して反撃されたら怖いな)

 

 触らぬ神に祟りなしである。少なくとも今の戦力では心もとなさ過ぎる。無理をして逆に討ち取られたくない。……というか、良く考えたらあの孺子がここにいるって事は、もしかして私の貴族ムーヴ全部見られてた?

 

「……お腹痛くなってきた」

「若様っ!?」

 

 急に猛烈な腹痛がしてきて、私は唸るようにサーベルで身体を支えて倒れこむ。ベアトとテレジアが傍らに駆け寄って介抱してくれるが残念ながら胃薬なぞではどうにもならないと思う。最早そういうレベルの話ではない。不味い。彼方を挑発してアピールするためにやってた貴族ムーヴ、見られてたとかヤバくね?死亡フラグが立った幻聴が聴こえて来たぞ……?

 

「うっ、嘔吐感が……」

「止めて下さいよ。嘔吐物の臭いが充満する中で戦うなんて、ご免ですよ……?」

 

 青白い顔で口元を押さえる私に心底嫌そうな表情を向ける傭兵である。五月蝿い、貴様に私の悩みの何が分かる。

 

「……だったらさっさとこの膠着状態をどうにかしてくれまいか?かれこれ三〇分は経っているぞ?」

 

 もう外の艦隊は前進を開始したと考えて良かろう。もう時間はない。いや、別にこっちの戦闘の成否はおまけみたいなものだけどさ……それでもとっととこの戦いを終わらせたい。より正確に言えば金髪の主人公様と同じ部屋にいたくない。後で幾らでも報酬上乗せするから奴を殺害……せめて私の目の前から追い払ってくれない?

 

「無茶言わないでくれませんかね?あれを見たら分かるでしょう?手持ちの火器ではどうにもなりません。地道に抵抗を排除した後に工兵で爆破するか、あるいはシステム的に機能を止めるしかないでしょう」

 

 フェルナー中佐の指し示す先にあるのは敵陣側の天井を貫く巨大なパイプラインであった。何十というワイヤーや鉄骨で補助的に支えられた直径にして一〇……いや、一五メートルはあるだろう。戦艦の前面装甲と同様の建材で三重に覆われたそれは戦車砲でも貫通出来るか怪しい。

 

 要塞主砲にエネルギーを送り込む送電ケーブルをここから破壊するのは不可能だった。つまり、あれをどうにかするには文字通り敵陣を占拠した後ケーブルを直接内部から破壊するなり、システムに干渉する位しか手はないだろう。そして、その陣地には奴らがいる訳で……。

 

「悠長な話だな?増援は……確か三個師団相当だったか?そいつらが来たら終わりだぞ?」

 

 私は味方が傍受した通信内容について触れる。たかだか一個大隊に豪勢な話であった。確かに私も随分と派手にパフォーマンスしたが……流石にそれだけの数を差し向けられたのを知った時には引いた。ドン引きした。まともに考えて精々一個師団程度だと思ったのだが……。

 

「ある意味では幸いですよ。増援なんてものは数が多い程動きが遅くなるものです。ましてや要塞内部となると移動手段が限られているので尚更です。無理に動かしても大半は遊兵になりますし、戦闘に投入出来るとしても小部隊の逐次投入になるでしょう。却って好都合ですよ」

「そうは言うがな?それでも三個師団は三個師団だぞ?それに此方に直接来るとは限らないぞ?退路を断った上で後方から来る可能性もある」

 

 要塞の連中もプロの軍人だ。三個師団もいきなり動かして交通渋滞にならないなぞ楽観している筈もない。そして、フェルナー中佐がその程度の事に思い至っていないとも思えない。

 

「その時は諦めて下さい。流石に我々がプロの傭兵といっても物理法則は変えられませんよ」

「つまり打つ手無しと?」

「それは言い過ぎですね。果報は寝て待てという事ですよ。尻を蹴られて急かされても無理なものは無理ですからね。………ほら、焦らずに待った甲斐がありました。どうやら第一陣は落とせそうです。いや、正確には拾えそうというべきでしょうか?」

 

 フェルナー中佐が不敵な笑みを浮かべて戦況の変化を指摘する。私かそちらに視線を向ければその変化がはっきりと分かった。敵陣のバリケードの第一陣から帝国兵が撤収を始めていたのだ。

 

「あれは……」

「戦線の縮小ですね。流石に兵の質が違います。装備と練度で劣る臨時陸戦隊ではこれ以上第一陣の確保は無理と考えたようです」

 

 帝国兵は乱れ気味に第一陣から逃げ出していた。機関銃等の重い装備は持って行けずに、かといって爆破処理する余裕もないようでそのまま放棄していた。互いに後退支援する事もせずに我先に逃げ出している姿は彼らが所詮は艦艇要員であり陸戦部隊ではない事を証明していた。

 

「第一陣の放棄という事は持久戦の構えという事ですか。どうやら増援の到着はもう少しかかるようですね」

 

 ベアトは敵の動きから増援が来るまでまだ時間がかかる事を察する。増援が近いなら増援との連携した迫撃のために多少無理をしてでも第一陣を維持するだろう、迫撃の障害になりかねない。つまり、増援が直ぐ到着する見込みがなく、無理に死守すると戦線が崩壊すると考えているがために第一陣を仕方無く放棄した……と常識的には考えられた。無論、それが正しいかは断言出来ないが……。

 

「とは言え、進まない訳にもいかないか……」

 

 どの道背後から大軍が迫っている以上罠があるとしてもそれを恐れて立ち往生している暇は無かった。私は同盟軍と傭兵に、其々進軍を進言する。……因みに言えば命令する、でないのがポイントだ。肩書きはまだ参謀だからね、仕方無いね。

 

 私の進言は当然のように容れられた。そもそも私が進言するまでもなくその積もりだったようだ。友軍は第一陣を殆ど抵抗を受けずに占拠に成功した。

 

 尤も、それで終わりではない。実際は第一陣の占拠と同時に第二・三陣から多数の銃声が鳴り響き、第一陣に取り付いた友軍をそのまま釘付けにした。

 

「怯むな!!彼方も態勢は整っていない!このまま勢いに乗って突撃するぞ!!肉薄すれば敵も攻撃出来まい!!」

 

 フェルナー中佐が叫んだ。彼の狙いは後退する第一陣で立て籠っていた兵士達と乱戦に持ち込む事だった。未だ多くの敵兵が第二陣に駆け込んでいる最中だ。このまま彼らの中に突撃すれば第二・三陣の敵も迂闊な攻撃は出来ない筈だった。

 

 ……いや、外では平然と要塞主砲を撃ち込んでいたが流石に末端部隊まで、ましてや獅子帝様が率いる部隊がそんな事するとは思えないからな?

 

 フェルナー中佐の命令に応えて数名の傭兵達がグレネードランチャーから煙幕弾を発砲する。数回程、床を勢いよくバウンドした煙幕弾から次の瞬間には白煙が発生して、それは第二・三陣に控える敵兵の正確な射撃を妨害した。

 

 同時に残る傭兵達が近接戦闘用に銃剣を装備した小銃ないしショットガンを構えて後退する第一陣の帝国兵達に向けて突貫した。同盟軍もそれに続くように突撃すれば最前線は互いの黒目も見える距離での白兵戦にもつれ込む。そして、練度は臨時陸戦隊よりも同盟地上軍と傭兵達の方が遥かに高い。あっという間に味方は第二陣まで侵入を開始していた。

 

「凄いな。これ程あっさりと……」

 

 私は思わず感嘆の声を上げていた。これまでの膠着状態が嘘のように一気に戦局が動いていたのだから当然だ。成る程、果報は寝て待てとは良く言ったものだ。

 

「………」

「フェルナー中佐?」

 

 しかし、私とは打って変わってフェルナー中佐の方は却って神妙な顔つきに変わっていた。無言で何か訝しげな表情を浮かべる。

 

「……妙ですね」

「妙?」

「上手く行き過ぎています。ここまで用意周到に陣地を作っていたにしては抵抗が弱過ぎます」

 

 フェルナー中佐が訝しげな表情を浮かべる。となると……。

 

「罠、か?」

「だとしても此方は前に出るしかありません。それに買い被りの可能性は十分に有り得ます。しかし………まぁ、用心に越した事はありませんか」

 

 フェルナー中佐はそう言うと私に前に出ないように要望する。部下の傭兵を数名、護衛に宛てがうと彼自身は前に出る。

 

「若様はこの場でお待ち下さい。貴方に死なれては請求書の送り先が無くなりますからね。流石に貴方に死なれたとなると伯爵家は支払ってくれないでしょうから」

 

 フェルナー中佐は心底心配してそう伝える。尚、当然ながら心配しているのは私の命ではなく報酬の支払いである。

 

 ……まぁ、私が死んだら母はフェルナー中佐に給金の代わりに死を賜りそうだからなぁ。骨折り損のくたびれ儲けどころじゃない。門閥貴族相手の仕事はある意味ハイリスクハイリターンである。

 

(それにしても……妙、か)

 

 口元を押さえながら私は脳内でフェルナー中佐の言葉を反芻する。その言葉は今の私に深く突き刺さり不安を与えるものだった。ただの考えすぎ、と受け流す事は絶対に出来なかった。奴が率いているのだから当然の事だ。

 

(問題はそれが何か、何を狙っているのか、か……?)

 

 可能性は幾つでもある。一番定番のパターンは指揮官や後方を奇襲する事であるが……。

 

(確か金髪の孺子は少佐だったな。となると臨時陸戦隊の戦力は精々一〇〇〇名前後……それ以前の戦闘を含めて正面に展開している戦力がほぼ全戦力だろうな)

 

 別動隊があったとしても一〇〇名……いや、五〇名もいないだろう。しかも練度もそこまで高くはあるまい。前方の部隊を引き返させれば殲滅するのは容易だ。態態そんな兵を無駄死にさせる作戦を獅子帝様が立てるとは思えんが……。

 

 そこまで考えて何故か、理由もなく、私は一瞬それを、嫌な夢の記憶を思い出した。炎に包まれる部屋、私の目の前で息絶えた従士、そして此方に銃を向ける赤毛の……。

 

「っ……!!?」

 

 そこまで考えて、次の瞬間には私はその疑念に気付いた。そうだ、獅子帝の存在で頭が一杯になっていたが、『奴』の存在を忘れているじゃないか!?金髪の孺子がいるなら忘れてはいけないというのに……!!

 

 私は眼を見開いて顔を上げていた。同時にその視線は『奴』の、『奴』の周辺に、そして戦場全体に向かっていた。そして視線を必死に、激しく動かし、同時に私は祈っていた。『彼』がいる事を。

 

 ……しかし、もう遅かった。全ては手遅れだった。そして次の瞬間、私の視界は大きく揺れた。

 

 

 

 

 

 ……それに最初に気付いたのは同盟軍兵士の一人であった。バリケードの第一陣まで来て、前方で第二陣にまで進む味方を援護しようとした瞬間、兵士はそれに気付いたようだった。

 

 カチッ……。

 

「んっ……?」

 

 バリケードの影から小銃を撃つ兵士はその乾いた、スイッチを押したような音に気付く。それは偶然だった。激しい銃声が響く中、前方の戦闘に集中しているとその小さな音に気付くのは容易な事ではなかった。

 

 兵士が視線を音の方向に向ける。同時に兵士は眼を見開いた。  

 

 兵士の視線の先にあったのは携帯式のゼッフル粒子発生装置であった。それも時限式に粒子を放出させる仕様、それがバリケードの隙間に隠して埋め込まれるようにして嵌め込まれていた。

 

「糞ったれ!これでも食らえ!馬鈴薯野郎共!」

 

 傍らで味方が罵倒の声を上げる。そちらに振り向けば味方の兵士が大柄な対物ブラスターライフルを構えていた。恐らくは味方の進軍を妨害する第三陣のトーチカに設置された銃座、それを無力化しようとしているらしい。しかし、この状況ではそれは悪手だった。 

 

「おい、止めろ!ゼッフル……」

 

 慌てて兵士は味方に向けて叫ぶ。しかし、それは一歩遅かった。対物ブラスターライフルの引き金が引かれた次の瞬間、紅蓮の爆炎が彼らを包み込んでいた……。

 

 

 

 

「っ……!?」

 

 突然の爆発による衝撃と爆風、轟音が部屋全体を襲った。バリケードの第一陣が爆発して、炎が全てを包み込んでいた。

 

「若様、御無事でございますか……!?」

 

 一瞬の記憶の断絶……意識の覚醒、そして同時に私は自分が床に倒れている事、そのまま従士二人が私を守るように覆い被さっている事に気付いた。

 

「えっ……?あ、あぁ……テ、テレジア!?大丈夫かっ!?」

 

 私は呆けたような生返事をして、次いで額から一筋の血を流すテレジアに気付いて叫ぶ。

 

「ご心配ありません。少し破片か何かで切れただけのようです。深い傷ではありません」

 

 密着していたテレジアが起き上がりながら答える。豊かで柔らかい感触が私の胸元から離れたのを感じた。少しだけ寂しく思えた……って、いや待て。こんな状況で私は何考えてるんだろう?

 

「な、何が起きたんだ……?」

 

 私もまたキンキンと耳鳴りがして、少し目眩がする中で呟く。目の前の状況は悲惨だった。バリケードの第一陣は完全に燃えていた。炎の壁とでも言うべきか。爆発の衝撃で肉片となったり、身体を打った味方が散乱していた。全身が燃えて悶える人形の姿もあり、周囲が衣服等で叩いて必死に助けようとしていた。

 

「この爆発……恐らくはゼッフル粒子かと」

 

 フェルナー中佐が置き残した傭兵の一人が答える。つまり、バリケードの中に時限起動式のゼッフル粒子発生装置でも残されていたのだろう、という事だ。

 

「不味いです。前方の味方が孤立しています」

 

 別の傭兵が苦々しげに答える。我々は炎の壁で完全に分断されていた。一個大隊の戦力はその主力三分の二が壁の向こう側に、後方支援の残る三分の一が壁の此方側に各々孤立してきた。特に壁の彼方側は背後が炎によって遮られた事で完全に動揺していた。そこに帝国軍が反撃を始める。その先頭に立つのは黄金色の髪の美少年であった。

 

「糞が!!謀られた……!!」

 

 私はここまで全て金髪の孺子の作戦通りになっていた事に気付いた。同時に怒りに身を任せて、次の瞬間には

私は自身を起こそうとしていたベアトの手を振り払い、傍らに控えていた傭兵の一人の手首を掴んで大声で命令をしていた。

 

「一万ディナール出す!今すぐあの先頭を突っ走る忌々しい孺子を殺せ!!今すぐにだ……!!」

「……相手は同じ御貴族様ですが、宜しいので?」

 

 傭兵は豹変したような私の顔を見て僅かに驚き、次いで一瞬遥か彼方の金髪の孺子を一瞥してから尋ねる。門閥貴族達が互いを殺す事を余りしない事、ましてや同じ門閥貴族が敵対していたとしても下賤な者達の手にかかる事に不快感を持っている事を知っているのだろう、故の確認だった。

 

「構わん!そもそもあんな卑しい貧乏貴族を私と同じにするな……!!」

 

 私は声を荒げて叫ぶ。たかが三代しか歴史のない二等帝国騎士を私の実家と同列扱いされた事は不快で堪らなかった。

 

(待て、どうしてそんな事で不快になる……?)

 

 口に出してから私は自分で自分の言葉に疑問を抱く。しかし、直ぐにその事を忘れた。そんな下らない事を詮索する暇なぞなかった。

 

「……了解しました。ならば喜んで御依頼承りましょう!」

 

 傭兵は私の言葉に、正確には私が何故相手が貧乏貴族の生まれだと思ったのか訝るような表情を浮かべるが、直ぐに仕事人の顔付きに戻る。彼にとってはそんな事どうでも良かった。傭兵にとって大事なのは仕事内容と報酬のみであったからだ。

 

「全軍!敵は浮き足だっているぞ!今こそ反撃の時だ、私に続け!!」

 

 直後に響く声。私が忌々しげに視線を向ければ、金髪の孺子が先頭に立って前方で孤立した同盟軍に襲いかかり、その後ろから臨時陸戦隊が我先にと続く姿が目に映る。そこに躊躇する姿はなく、それは彼が既に兵士達の信頼を完全に得ていた事を意味していた。

 

「自分から大声を上げて突撃とは……まぁ、狙撃する側からすれば狙い易くて好都合ですが。ちょろいもんですよ」

 

 一万ディナールで雇用したロン毛の傭兵が狙撃銃を構え、猛禽のような表情で照準器を覗き見る。その言葉は何処か揶揄する言い方にも思えたがこの時点で私は興奮で頭に血が上っていて気づけなかった。私はその意識の全てが憎らしい下級貴族の孺子だけに向かっていた。

 

 傭兵が金髪の美少年の額に狙いをつける。彼方から隠れずに向かって来てくれるので、経験豊富な傭兵からすれば狙撃の狙いをつけるのは然程難しくはないようだった。とは言え、私からすればその動作は悠長にも思えた。

 

「まるで、か細い象牙細工みたいな顔付きですね?まるで女の子だ」

「詰まらない言葉を口にするな!いいからさっさと撃ち殺せ!早くしろ……!!」

「はいはい、了解です。……そう焦らないで下さいよ。今すぐ仕止めますから」

 

 私は傭兵に厳しい声でさっさと殺すように催促する。既に私は緊張と恐怖で心臓が弾けそうになっていた。直感が伝えていた。今すぐに奴を殺さなければならないと。

 

「さて、一万ディナールのためだ、悪く思わないで下さいよ何処かのお坊ちゃん?」

 

 ニヤリ、と傭兵は引き金に手を触れた。数秒後にはその引き金が引かれて撃ち出された弾丸は弧を描いて照準器に映る美少年の額に突き刺さるだろう。狙撃の腕に自信のある傭兵は自身の撃った弾が命中する事をこの時点で確信していた。それはただの自信ではなく事実だった。

 

「死ね、糞餓鬼!その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやる!!」

「やれ!撃て!殺せ!殺せぇぇ!!」

 

 傭兵、そして命令した私のその言葉と同時に銃声が響き、弾丸は頭を吹き飛ばした。……傭兵の、であるが。

 

「………はっ?」

 

 すぐ真横で頭が吹き飛んだ傭兵の鮮血と脳漿が私の顔に飛び散った。生暖かな感触がした。どちゃりと床に倒れる顔面の陥没してミンチとなった傭兵。私は唖然とした表情でそれを見つめ、次いで銃声の響いた方向にゆっくりと顔を向けた。最悪の予想と共に。そして顔をひきつらせる。

 

「……はは、そう言えばお前さんはそういう設定だったか?」

 

 私は小さく呟いた。そう言えば狙撃の成績は幼年学校でも二位だったか?成る程、これは納得の腕前だ。

 

 考えれば余りにも当たり前の事であったのだ。私が金髪の小僧の存在で頭が一杯になり、視野狭窄になっていただけの事だ。金髪がいれば、当然奴がその傍らにいる筈だろうに。

 

 恐らくは一九〇センチメートル近くあるだろう。肩幅が広く、逞しく、それでいて絶妙なバランスをした凛々しくも同時に威圧感もある体格に、恐らくはそれを和らげる優しさを与える顔付き……しかし、今はその口元はきつく結ばれ、その目付きは鋭利な刃物のように鋭く、何よりも殺気を放ち、数十メートルの距離を挟んで私に向けて小銃を向けていた。

 

 そして、彼の背後からは動きから見て恐らく臨検や風紀粛正の憲兵を兼ねているのだろう、艦隊陸戦隊員がおおよそ一個小隊、要塞の換気溝や整備補修シャフトから躍り出て来る。私達同様に後方にいた兵士達を奇襲で次々と射殺していく。

 

「……つまり、ここまで全て掌の上だったという事か」

 

 さて、今更のように私は全てを理解する。バリケード自体が背後の伏兵から意識を逸らす囮に過ぎず、ゼッフル粒子ですらこの本命のための小道具でしかなかった訳か。まぁ、そりゃあ頭を叩くのは戦いの常道だけどよ……!!

 

「見覚えがあって嫌なシチュエーションだな……!!」

 

 青白い照明が赤く変わる中、腰元のハンドブラスターに手をやって私は苦笑いを浮かべた。はは、泣けてくるわ。もう全て投げ出して逃げたくなってきたよ。

 

 宇宙暦792年五月七日0430時、私は爆炎と黒煙が室内を包み込む中、背後の逃げ道を断たれた状態で赤毛の孺子と相対する事になったのだった。糞ったれめ……!!


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