帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百八十五話 何に重きを置くかは人それぞれって話

「軍港を崩落させるだけでなく、陸戦部隊を引かせる……?司令官、一体何をお考えなのですか……!?」

 

 イゼルローン要塞防衛司令部にて直訴するシュトックハウゼン中将に対して、クライスト大将は充血した目で目の前の部下を凝視する。

 

「既にそれについては説明した筈だが?貴官は何を聞いていたのだ?」

 

 シュトックハウゼン中将の質問に対して、既にクライスト大将はその意図を説明をしていた。せっかく包囲状態に置いた、第二宇宙港からの敵前衛部隊への攻勢を中止したばかりか、各所の戦線からも部隊を後退させているのは罠である。

 

「今の反乱軍は要塞の中と外とで完全に通信が遮断されておる。ならばこそ、奴らに囮としての役割を果たさせるには一時的にであれ通信室をくれてやる必要があるのだ」

 

 反乱軍は共和主義等と言う蒙昧で頑迷な危険思想を信仰するが故に、精強な帝国軍と違い味方を見捨てる事を厭い、勝利のための犠牲を恐れ、大のために小を犠牲にする英断も出来ない軟弱な組織である、と帝国軍士官階級向けの戦略教本は指摘する。故に本来ならば要塞内部に孤立した反乱軍の陸戦隊だけでも囮としての価値は十分な筈であったが、クライスト大将は念には念を入れた。

 

 即ち、包囲した前衛部隊の包囲網の一部を緩めて要塞内部の通信室の一角に誘導しようとしていたのである。通信室を占拠した反乱軍は真っ先に要塞の外の味方に助けを求めるだろう。イゼルローン要塞の大出力の無線通信によって悲痛な助けを求める声を聞けば、民主共和制等と言う非効率的な欠陥制度を奉じる蒙昧な反乱軍の艦隊は政治的にそれを見捨てる事なぞ出来なくなる筈だ。そうしなければ反乱軍の幹部達の立場も、下手に見捨てれば現場どころか軍首脳部すら辞任させられるかも知れない。

 

 となれば友軍の犠牲を厭わぬ帝国軍人ですら同じ選択を選ぶであろう。多大な犠牲を払おうとも要塞に対して大攻勢を仕掛けざるを得ない。そして……。

 

「そして救援に艦隊が前進した所を『雷神の鎚』で、ですか……そこまでする必要が本当にあるのですか?」

 

 そんな婉曲的な事をせずとも閉じ込めた反乱軍の陸戦部隊を降伏させれば良いだけではないか?今のイゼルローン要塞はボロボロだ。駐留艦隊も半壊している。叛徒共も補給と援軍に注意しなければならず長期戦は出来ないのだ。態々反乱軍に味方を救うための総攻撃を決断させるよりも、迅速に要塞内部の敵を降伏させて要塞攻略が不可能となった事実を突きつけるべきではないか?さすれば反乱軍も撤収せざるを得なくなる筈だ。

 

 いや、そもそも軍港の破壊すらシュトックハウゼン中将は反対していたのだ。特に第二宇宙港はミサイルで崩落させた時点でまだ数千人の味方が抵抗を続けていた。軍港自体は相当に被害を受けているだろうが、それでも奪還出来る可能性は十分あった筈だ。

 

 その上第二宇宙港は五〇〇〇隻もの艦艇を収容する要塞第二の規模を誇る港である。その破壊は要塞の後方支援能力に多くの制約をかける事になるだろう。難攻不落を誇るイゼルローン要塞は、しかしその最大の存在意義は本国と戦場を繋ぐ巨大なハブとしてである。

 

 特に艦艇の修理・整備・補給に人員・物資の搬入・搬出・移送においてはそれは顕著となろう。今回の反乱軍の攻勢を凌いでも、暫くの間帝国軍の最前線においては物資の補給量と速度が従来の七割から八割程度にまで落ち込むと試算されていた。幸い艦隊の指揮系統が混乱していたからか、ミサイル攻撃において第二宇宙港を担当する筈の部隊の一部が誤って第四七宇宙港を攻撃したことなどもあり、想定に比べて第二宇宙港の被害は軽く再建は三か月程度で済みそうではあるが……それでも尚、大きな被害である事に変わりない。

 

「たかが副司令官の分際で黙っておれ!貴様は私の命令に従っておれば良いのだ!いちいち頼んでもないのに無駄な事なぞ考えるでないわ!」

 

 司令官席のデスクを叩き殴りながらクライスト大将は奇声に似た声で叫ぶ。その声に思わず要塞防衛司令部の人員達は一様に自分達の司令官に視線を向ける。兵士によっては隣の同僚達に耳打ちし、囁き合う。尤も、それもクライスト大将が鋭い視線を向ければそそくさと彼らはコンソールに向き直り自身の仕事に戻るが。

 

「……兎も角、貴様は既に命じた通りに自分の職分に集中すれば良いのだ。艦隊と陸戦隊に対する支援要請は山のように来ている筈だろう?関係のない話をするでないわ!」

 

 そう吐き捨てながらクライスト大将は副司令官との会話を無理矢理切り上げる。実際要塞防衛副司令官と後方支援部隊司令官を兼ねるシュトックハウゼン中将の職務は決して少なく無かった。既に半壊の要塞駐留艦隊に対して反乱軍の妨害を排除しつつ補給を始めとした支援が必要だし、要塞内部で侵入者と対応する陸戦部隊に対してもそれは同様であった。何よりも要塞の内外を相応に荒らされているためにそのための設備や要員の配置転換に少なくない人手と時間を取られていた。

 

「……了解致しました。任務に集中致します」

 

 上官の命令にそれ以上逆らう権限なぞシュトックハウゼン中将には無かった。故に心底不快げなクライスト大将に対して門閥貴族らしい優美な敬礼で謝意を示すと渋々と引き下がる以外の選択は無かった。

 

「副司令官殿……」

「駄目だな。聞く耳も持って貰えなんだ」

 

 司令官席から少し離れた場所に控えていた数名の要塞防衛司令部に詰める幹部達がシュトックハウゼン中将の下に寄って尋ねる。それに対して中将は渋い表情を浮かべながら首を横に振る。その反応に幹部達は困惑と不安を混合した表情で応じる。

 

「司令官は一体何を御考えなのだ……?」

「急に高圧的になって不可解な命令を連発するとは……」

「本来ならば説明と議論を惜しまぬ人の筈なのだが……」

「味方ごと要塞主砲を撃ち、あまつさえ宇宙港を破壊するなど……余りに後先を考えなすぎる。叛徒共を追い出したとしてもその後にどう本国に報告する積もりなのだ……?」

 

 クライスト大将の行いは宇宙艦隊に軍務尚書、貴族階級に平民階級、更には財務省すら敵に回す行為だ。文字通り全方位を敵に回すかのような過激で軽挙過ぎる行動……門閥ではないにしろ貴族階級にして軍の要職に就任出来る程の地位にある人物がそれの意味する事を理解していない筈がない。それを……。

 

「このままでは司令官の命は……いや、それどころか一族郎党の命すら………」

「だからこそのこの策なのかも知れん。少しでも叛徒共を吹き飛ばせば本国に送還されて裁判にかけられても言い訳のしようがある訳だ」

 

 だからこそリスクがあろうとも敵の陸戦隊を囮に反乱軍の大艦隊を呼び込もうというのか……その理屈なら分かるが、付き合わされる方からすれば堪ったものではない。

 

「とは言え……この際仕方あるまい。下手に事を荒立てても最悪この要塞が陥落するなどという事態となれば責は我ら全員に連座する事になろう。今は司令官の命令に従う外あるまい」

 

 シュトックハウゼン中将は不満を口にするほかの幹部達を諫める。クライスト大将の武門貴族のような血気はやる思惑に、しかし下手に反発した所で何の意味もない。いや、この苦境において下手に足を引っ張ればそれこそ最悪の事態を招きかねない。今は上官の命令に全員が一糸乱れずに従う外ないだろう。

 

「それはそうですな……」

「援軍はまだ来ないのか!援軍さえくればこの状況も改善出来るだろうに!」

「来ないものを待っても仕方あるまい。我らもやれる事をやるだけだ」

 

 シュトックハウゼン中将の説得に渋々ながら幹部達は同意し、納得する。

 

「………」

 

 そしてそんな彼らの様子を見た後にシュトックハウゼン中将は僅かに首を動かし要塞防衛司令官の方を覗き込む。数十メートル程離れた上座の椅子に腰かける上官は瞬きしているかも怪しい程見開いた目で巨大な正面スクリーンを一瞬たりとも見逃さずに見つめ続けていた。その光景は明らかに狂気に満ちていた。

 

「問題は、本当にそれだけなのかだが……」

 

 本国送還後の軍法裁判に備えた戦果のため……クライスト大将がイゼルローン要塞陥落すらベットする危険な賭けに出る理由を説明するにはこれで十分であろう。理屈としてこれで通じる筈だ。問題はその推理が合っているかであった。全ては彼らが彼ら自身の常識と状況証拠から導いたものに過ぎない。何ら彼らの推測を真実と示すものなぞないのだ。

 

「………」

 

 シュトックハウゼン中将は視線を細めて上官を見据える。直にクライスト大将と接する彼の第六感が言語化出来ない危険を警告していた。シュトックハウゼン中将には上官の思惑がそれだけとは何故か思えなかった。

 

(まさかとは思うが……司令官の本当の狙いは……………)

 

 シュトックハウゼン中将の背筋を、言い知れない不安と寒気が襲っていた………。

 

 

 

 

 

 

 

「敵が引いている?それは事実なのか?」

「ええ、それも我々を後回しにしているだけという訳でもないようです。第二宇宙港の方でも状況は同様のようです。拝借した無線機の内容だけならば欺瞞情報の可能性もありますが……裏道を使って実際に覗き見た限り恐らくは事実と思われます」

 

 イゼルローン要塞内部の狭苦しく、下手したら要塞防衛司令部や設計者達すら忘れていそうなボロボロの通路を進みながら私はフェルナー中佐の報告を聞く。いや、それは通路と言えるかも怪しかった。腰をかがめなければ進めない上に電灯が無く懐中電灯が必須、暖房は停止しているどころか元より存在しないその通路は、下手したら意図したものですらない可能性もあった。

 

「大正解ですよ。この通路はブロックとブロックの隙間でしてね。実は隠し通路ですらなく、唯の組み立て誤差が積み重なってできた隙間なんですよ」

 

 フェルナー中佐は私の疑問に答える。イゼルローン要塞本体は何千何万という区画ブロックを溶接して形成されている。そしてそれらブロック区画は基本的に帝国中の工場で作成されたものを移送して要塞建設宙域で組み立てられたものだ。

 

 時代は少し前の第二次ティアマト会戦で宇宙艦隊と地上軍が揃って壊滅した頃、そしてケチで有名なオトフリート五世の時代である。帝国軍は失われた人材の穴埋めのために大量の技術者や熟練労働者をも軍に徴兵したし、オトフリート五世は少しでも要塞建設費用を圧縮しようと建設費の安い工場に優先的に区画ブロックの建造を発注した。

 

 結果として各ブロックの工作精度が落ち、組み立て段階でイゼルローン要塞内部の彼方此方にこのようなブロックとブロックの間の小さな隙間が出来たという訳である。私がフェルナー中佐ら傭兵部隊に先導されて進んでいる道はそんな誤差の積み重ねで出来た非公式通路の一つらしい。まぁ、帝国軍の兵器開発基本思想は頑健かつ高い信頼性、冗長性である。ましてや直径六〇キロの要塞にとってはこの程度の隙間なぞあってないようなものかも知れないが……。

 

「それはそうと随分と詳しいな、ええ?」

「言いましたでしょう?物資の横流しを副業にしていたと。幾つかあるルートの一つですよ」

 

 先頭を進むフェルナー中佐が不敵な笑みを浮かべる。この様子だと随分儲けたらしい。阿漕な事だ。

 

「それは酷い言い様ですな。……足がつかないように北極星銀行に預けていたのですがね。フェザーンに逃げる際に営業マンにごっそりと旅費扱いで持ってかれましたよ。あれは絶対狙われてましたね」

 

 肩を竦めた後、フェルナー中佐は壁の一角に触れる。そして何やら感触を確認するとそのまま肩で壁にぶつかった。数回程ぶつかれば次の瞬間には壁の鉄板は倒れて、その向こう側から一層底冷えする冷気が入り込むと共に、差し込む光が暗かった通路を照らし出す。慌てて従士二人が警戒するように前に出た。

 

「うおぃ!?フェルナー、何て所から出て来るんだ!?驚いただろうが!!?」

 

 フェルナー中佐に続いて私が壁の向こう側に顔を出すと共に聞き覚えのある声が響いた。暗い視界に慣れてしまった私が目を細めて声の先を見れば、そこには通信士から受け取った無線機を片手に口をあんぐりと開ける軽装甲服姿の食い詰め食客がいた。同時に彼は私の存在に気付いてすぐさま敬礼を行う。

 

「こ、これは若様、まさか此方に来られるとは………軍港の方が崩壊したとの話を聞きましたので捜索を行っていたのですが………というか何処から来ているのですか?」

「あぁ、フェルナー中佐にVIP専用の通路を教えて貰ってね。それよりもこれは………」

 

 私は周囲を見やる。表札によればプラスE-三五三ブロックの一室らしいその部屋では多数の同盟兵が右へ左へと忙しそうに駆け回っていた。より正確に言えば先程までそうしていたと思われた。……流石にいきなり壁の中から人が出てくれば誰だって作業を止めて唖然とした表情で注目するだろうよ。まぁ、それはそうとして……。

 

「……冷房か。こりゃあ廊下の方がまだ暖かいかな?序でに防寒着とベレー帽もくれると嬉しいんだが……流石にこの場の責任者に会うなら服装は大事だろう?」

 

 どうやら軍港同様シベリア並みに冷え込んだ室内に足を踏み込むと、首元のマフラーに手を触れて暖を取りながら、私は食い詰め中佐に物品の受領と指揮官の下への誘導を要請したのだった。

 

 

 

 

 臨時司令部に誘導されながらファーレンハイト中佐の話を聞いた私は、現状知り得る限りの情報を得ると共にまず舌打ちをした。事態は最悪の四歩程手前のような状況であったからだ。

 

 元々大爆発を直に目で確認していたので余り期待はしていなかったが……ゲイズ中将以下の主力揚陸部隊司令部の高級士官の殆どは軍港で全滅した。外部との通信どころか揚陸部隊内部における通信と指揮系統すら混乱している。

 

「軍港から前進していたので第七七、一五五地上軍団司令部こそ軍港崩壊の巻き添えは受けませんでしたが……逆に言えばそれだけの事です。特に第一五五地上軍団の方は隠し通路から猟兵共に襲撃されましてね、奇襲自体はどうにか撃退しましたが司令部要員の半数が死傷しました。死亡こそしていないものの軍団長まで重傷を負っております。更に不安要因があるとすれは……」

「あー、その先は大体予想出来るから言わなくても良いよ。恐らくは物資の欠乏に戦々恐々としているんだろう??」

「正解ですよ」

「はは、外れろよ」

 

 フェルナー中佐の発言に乾いた笑い声で私は応じた。吹き飛ぶ直前の第四七宇宙港には大量の武器弾薬が揚陸艦より陸揚げされている所だった。軍港がド派手に崩壊した理由の一つはそれら弾薬への引火が一役買っているのは考えるまでもない。

 

「帝国軍の装備の再利用をしておりますが、此方もそう簡単には行きません」

「傭兵や帝国系の兵士なら兎も角、生粋の同盟兵となると帝国軍の装備を使う機会が殆んどございませんから。所詮武器は武器なので使えない事はありませんが、微妙な設計や癖の違いもありまして兵士が実力を発揮出来ているとは言い難いようです」

「対して帝国の地上軍は同盟軍に比べて精強だからなぁ」

 

 食客二人の言葉に私は溜め息を漏らさざるを得ない。元より帝国軍は治安維持任務を前提とした組織である。装備の質も若干彼方が上であり、帝国軍は長年同盟軍に対して地上戦では絶対的な自信を持っている。兵科と兵数が同数であれば平均的な練度の同盟軍の地上戦部隊はまず帝国軍に勝てないというのは同盟軍すら教本に載せる程の共通認識である。故に同盟軍は地上戦において特殊部隊の拡充や宇宙艦隊との緻密な連携に力を入れて来たし、亡命政府軍や帝国系部隊に少なくない地上戦の委託を行ってきた。

 

「地の利も物資も彼方が豊富、ましてや退路を封じられて上層部もやられたとなると……ひょっとしなくてもこれはヤバいな。下手したらリンチにされそうだ」

 

 私はおどけたように苦笑いを浮かべる。ふざけているように思えるがその実、内心は相当焦燥していたりする。

 

 特に揚陸部隊主力の突入作戦を作成したのは(正確にはその内の一人は)私である。兵士達からすれば自分達をどうしようもない死地に送り込んだ元凶扱いされかねない。

 

 軍事作戦の計画を立てるのは参謀であるが、責任を負うのは当然ながら司令官である。無論、参謀にも専門家としての立場があるので完全な無責任ではないが、作戦の採用を行うのは司令官であるし、いちいち細々とした責任まで参謀に課していたらそれこそ萎縮して有効性の高い提案をしなくなってしまう。所謂参謀長であれば兎も角、私のような一参謀が恨まれる筋合いは組織体制上は無いが……だからとって簡単に許される訳でもないのが人間の感情というものである。特に極限状態で軍規が崩壊したら諸悪の根源扱いされる上官がどうなるかと言えば……考えるだけで恐ろしいものだ。しかもその参謀が帝国の亡命貴族ともなれば……まさに役満だな。

 

「若様、御安心下さいませ。その際は我々が脱出路を作ります」

「いや、流石に何人も味方を殺してまで逃げる積もりはないからな……?」

 

 支給されたブラスターライフルを手に応えるテレジアを私は諫める。既に一度実践してしまっている従士の言葉に私は顔を引き攣らせざるを得ない。笑えねぇよ。

 

「そこまで不安がる必要はありませんよ。少なくとも現在も機能している第七七地上軍団司令部はそんな八つ当たりをする事はありません。兵の方もイゼルローン要塞に殴り込みをかける役割を与えられただけあって規律は悪くはありませんよ。……まぁ、それでも不安なら私も給金分の仕事は果たしますのでその点は安心してください」

 

 食い詰め中佐はテレジアの発言に困り顔で反応するが、当の私が不安を抱いている事に気付けばそう補足した。

 

「我々は子爵家雇われですからねぇ、人手が足りない場合でしたら小切手でも構いませんが?」

 

 一方、フェルナー中佐は冗談とも本気ともつかない口調で自分と部下達を売り込む。あくまでも自分達は子爵家の傭兵と言い切り、追加料金をせしめようとする所が意地汚い。

 

「冗談はそこまでにしておけフェルナー中佐。私や若様なら兎も角、残り二人が笑って流してくれるとは限らんからな」

「……どうやらそのようですね。やはり帝国貴族にはユーモアが足りませんねぇ。カルシウム不足じゃないですかね?」

 

 ファーレンハイト中佐の注意に傭兵は不敵な笑みと共に了解する。フェルナー中佐の然程忠誠心の感じられない言葉の数々を、ましてや自治領民出身の傭兵に言われればベアト達の不穏な視線も当然であった。少なくとも帝国貴族にとっては。

 

「はいはい落ち着け落ち着け。ベアト、テレジア、殺気を消せ。こんなのでも一応貴重な味方だ。それに軍団司令部でそんな態度を見せたら面倒だぞ?」

 

 兎も角従士二人を宥めてから私は肩を竦めながら傭兵を見る。こんな状況でもどこ吹く風とばかりのフェルナー中佐の顔の皮の分厚さよ。ある意味称賛するね。

 

「若様、取り敢えず入りましょう」

「……あぁ、そうしようか」

 

 そして私は食い詰め中佐の先導の下、第七七地上軍団司令部が臨時の司令部を構えているブロックの一室、その扉を開いて入室したのであった……。

 

 

 

 ……さて、まず一言言わせて貰えば地上軍団司令部の反応は想定よりも良かった。少なくとも今すぐ無謀な作戦を作成した糞貴族を生きたまま火炙りにするような八つ当たりをする積りはなかったらしい。

 

 それに情報の出し惜しみは無かった。ファーレンハイト中佐やフェルナー中佐の言葉と矛盾する点は一切無い。寧ろより正確かつ詳しい状況すら分かっていた。その辺りは彼らもプロの軍人として公私を分けているという事であろう。

 

 つまり、現状のイゼルローン要塞内部の状況について、望みうる限りにおいて最も詳細なそれを私は把握する事が出来た訳である。とは言え、正しい情報があれば正しい選択肢が選べるとは限らない。

 

「……情報を整理しよう」

 

 第七七地上軍団の臨時参謀にその場で臨時任命された私、ヴォルター・フォン・ティルピッツ宇宙軍准将は、簡易デスクの上の地図を見つめながら確認するように声を上げた。それは実際私個人としても現在の事態の緊迫感を確認する意味があった。

 

「凡そ二時間前、主力と別動隊双方が揚陸した宇宙港もろとも崩落した。これが帝国軍によるものである事は疑いない」

 

 揚陸した同盟軍兵士の幾人かが要塞の観測施設内で大量のミサイルの雨を確認している。偶発的事故や誤射の類いではなく、明確な命令によって為されたのはほぼ間違いないだろう。

 

(それにしても……兵站を切る事は出来るだろうが随分と思い切った手な事だな)

 

 言葉を選べば果敢で思い切りが良いともいえるが……悪く言えば後先考えず粗雑過ぎる手である事は間違い無い。あるいはそれだけ苦戦して余裕がなかったというべきか。

 

「その後数回程の攻勢があったものの撃退に成功、そして……」

「0300時頃より各所の戦線で帝国軍の攻勢が止んだとの報告が上がっている。罠の類の可能性が高いが……その狙いが分からんのだ」

 

 第一五五地上軍団司令官マーロン・ジェニングス地上軍准将が渋い表情を浮かべる。士官学校三一九位の準エリート(とは言うがそもそも士官学校卒業の時点でエリートである)の准将は無能ではないし勇敢な人物であるが、官僚的で型に嵌った考えに拘泥する嫌いのある四〇手前の人物であった。

 

「確か御丁寧にバリケードまで一部撤去しているのでしたか。一方で攻勢を止めてはいても部隊の配置を動かしていない区画もありますね。……見る限りにおいては退路を断ち、我々を要塞奥地に誘っているように見えますが……」

 

 ジェニングス准将の表情と態度に注意しつつ私は指摘する。

 

 軍隊に全くそういう側面が無い訳ではないが、基本的に同一階級保持者の上下関係は年齢ではなく実力主義である。特別な辞令でも出ない限り昇進時期や部隊への着任時期、役職、授与される勲章を基にして同一階級保持者間の上下関係は決められる事になる。

 

 その点からいえば私とジェニングス准将の立場の関係はかなり面倒だ。

 

 私は士官学校卒業席次三桁代にギリギリ滑り込んだ凡俗でありながら、機会に恵まれ三〇前で准将。対するジェニングス准将は士官学校の席次は当然として年齢も一世代分は違う。さりながら階級は共に准将であり、それどころかほんの数週間の差異でしかないが昇進辞令の受け取りは私が先であった。

 

 所属や役職については更に面倒だ。片や実戦部隊の実権ある地上軍団長に対して、片や部隊指揮権のない宇宙軍の遠征軍司令部の参謀。片や授与された最高勲章が地上軍五芒星銀章止まりであるのに対し、片や自由戦士勲章持ち……正直ここまで面倒な関係を同盟軍の階級規定が想定していたか怪しい。私もジェニングス准将も互いに何方の立場が上なのか計りかねていた。ましてや個人的に考えれば彼方側にも色々とプライドがあるだろうから私も言葉を選ぶ必要があった。

 

「兵の休息と態勢の立て直しが出来る余裕が出来たのは幸いですが……このまま待ちの姿勢を取る訳にも行きませんな。外の友軍が我々を見捨てることは無いでしょうが、問題はその救援が成功するかです。散開して接近するとしても要塞側がそれを見過ごすとも思えませんから。寧ろこれ幸いに要塞主砲を撃ちこんで来るでしょう」

 

 参謀の一人が推理するように答える。あるいは軍港を潰して揚陸部隊を閉じ込めたのはそれを強いるための可能性が高い。となれば此方が出来る事と言えば……。

 

「順当に考えれば艦隊の掩護、即ち要塞主砲や浮遊砲台による攻撃の阻止、次いで通信室等の占拠による外部との通信状況の回復か。……どうも此方の状況を分かった上で、誘われている感覚しかないですね」

 

 無論、だからと言ってここで味方が助けに来るまで何もしないと言う訳にはいかないのも事実だ。帝国軍が攻勢を仕掛けていたならばその対応に忙殺されていただろうが……無駄に余裕が出来たせいで味方の掩護に意識が向いてしまう。そしてそこに罠を仕掛ける……十分あり得る手であろう。

 

「何方にしろ、我々だけで要塞主砲の送電ケーブルの占拠は難しいでしょう。直線距離だけでも三キロ、実際に進むとなればそれ以上の手間がかかります。帝国軍がおめおめと占拠させてくれるとも思えません。別動隊と連動するのは必須でしょう」

 

 食い詰め中佐が横から入り助言する。

 

「フェルナー中佐、裏口から別動隊との接触は可能か?」

「下水道やらダストシュートの中を進む必要はありますが不可能ではありません。実際に部下の一人がそれで撤収作業をする帝国軍の動向を視認しましたから。但し裏口ですから行き来に時間がかかりますよ?」

「分かっている。軍使の行き来なんて非効率的な事はしないさ。ケーブルを敷いて有線通信を組めば電波妨害や盗聴の危険はないだろう?」

 

 私の提案に、フェルナー中佐は若干顔を顰める。

 

「それはまた原始的なやり方ですね。……いえ、不可能ではありませんが切断されたらそれまでですよ?宜しいので?」

「それこそ他に代案があれば聞きたいけどな。敷設だけならばそこまで人員も物資も使うまい?やるだけやってみる価値はあると思うが……軍団長殿の方の御考えはどうでしょう?」

 

 面倒臭そうな表情を浮かべるフェルナー中佐に反論しつつ、私は軍団長にお伺いを立てる。実戦部隊の指揮権もなく、階級で最高位でもない私一人で話を進める訳には行かなかったのだ。尤も、曲りなりにも准将ともなれば無能ではない。少なくとも私よりは優秀である以上、私の口にした道理は理解していた。特に異論もなく提案は受理された。

 

「部隊の再編と休息に最低でも二時間は必要だろう。それが終わり次第、第一に要塞主砲の送電ケーブルを、第二に通信室に向けた攻勢を行う、という形で行こうと思うがどうだね?」

「異論はありません。罠が張られているとしても動かぬ訳にはいきませんから。別動隊も通信室に向けた攻勢を?」

「あぁ、距離的には彼方の方が若干近い。二方面から攻めれば我々も其方へ戦力を注力せずに済む。通信室の占拠よりも要塞主砲発射を防ぐ方が優先だからな」

 

 ジェニングス准将の示した方針は常識的で妥当なものであった。あったのだが……私には何処か納得しきれないものがあったのも事実であった。無論、それが何であるかを私自身判断しかねていたので口には出さなかったが。参謀が曖昧な言葉を口にしても信頼を損ねるだけである。

 

「……ベアト?」

 

 ジェニングス准将から一時休息の提案をされて臨時で見繕われた休憩室に誘導される中、ベアトの視線に気付き私は小さく口を開いた。ベアトは一瞬周囲の状況を観察した後テレジアと二三何事かを囁き合う。その表情は緊張と焦燥に駆られていた。そしてテレジアはそのままその場から立ち去る。

 

「休憩室に到着してから少々御話が御座います」

「……分かった」

 

 耳打ちされた言葉とその口調から私は内容が余り愉快なものではない事を確信した。

 

「悪いな。実は陸戦の用意なんてする暇もなくてな。装備も何もないんだ。装甲服がないなら防弾着でも良い。余り物の装備を用意してくれ。……それに携帯品で良いから食べ物も貰えたら嬉しい」

 

 誘導してくれた兵士にそういって退席させて、デスクと椅子程度しかない部屋には私を除くと従士と食客二名のみが残る。

 

「通路での続きが御望みであれば退席しましょうか?何なら扉の前で見張り役でも致した方が良いですかね?」

「おいやめろ。話を蒸し返すな」

 

 フェルナー中佐のふざけ半分の言葉に私は苦い顔で言い捨てる。ファーレンハイト中佐の方は会話の意味が分からぬのか怪訝な態度を取る。おう、お前はそのままで良いぞ。

 

「この状況で呑気な事だな。……ベアト、嫌な予感がするんだが内容を教えてくれ」

 

 椅子に深く座り込んだ私は従士に用件を尋ねる。

 

「ですが……」

「その二人も同席だ。……まぁ、そこまで不義理でもないだろうさ。給与を支払っている限りはな」

 

 食客二人の同席に一瞬躊躇するベアトに、しかし私が認可を出せば二人を一瞥するベアト。食い詰め殿は肩を竦めて苦笑し、傭兵の方は従士を試すような不敵な笑みを浮かべる。五〇〇年に渡り代々伯爵家に仕えて来たゴトフリート従士家出身のベアトからすれば、それなりに雇用期間を経た食い詰めすら家臣団の一員として見るには不十分、ましてや傭兵なぞ一ミリも信用出来ないだろう。

 

(いや、問題は信用出来ない相手に聞かせられない内容という事自体か……)

 

 同席させるのに抵抗がある内容である、というだけでも嫌な予感しかしない。

 

「そこまで仰るのでしたら……」

 

 私の言葉に若干不安を持ちつつもベアトは承諾し、次いで本題について答える。

 

「若様、僭越ながらいつでも脱出出来る準備を御願い申し上げます。ノルドグレーン大尉がシャトルの類を調達次第、乗船して脱出を御願い致します」

 

 ベアトは緊張し、緊迫した面持ちで申し出た。私も食客達もその言葉と雰囲気に目を丸くして、同時に息を呑む。そして次の瞬間には従士の言わんとする事、そして状況証拠と帝国貴族の価値観を総動員してその意味にまで辿り着いた。

 

「……はは、正気かよ?」

 

 次の瞬間、私は口元を義手の右手で覆い、虚勢を張る事に失敗した震えた声でぼそりと呟いた。どっと全身に脱力感が襲うと共に緊張と焦燥から汗が噴き出す。心臓が恐怖から激しく鼓動するのが分かった。

 

「……成程、有り得ない手じゃない、か?」

 

 常軌を逸した理論と手段に私は嫌悪感と吐き気を覚えた。いや、それだけではない。何より気持ち悪く思えたのは、その論理を直ぐに理解出来てしまった私の思考回路そのものであった。

 

「要塞ごとの自爆、か……」

 

 私の導いた答えが唯の考え過ぎによる妄想に過ぎない事を、この時私は心から願った………。

 

 

 

 

 

「何?攻勢の停止だと?要塞の連中は何を考えているのだ!?」

 

 伝令兵からの報告に対して部隊指揮から一旦離れて休憩していた金髪の美少年はそれを下がらせた後、副官のみとなったイゼルローン要塞のE-プラス六九〇ブロックの一室で怒気を孕んだ声で上層部を罵倒した。

 

 当然であろう。揚陸した敵は疲弊していた。退路を遮断され、兵站を失い、司令部を失い、指揮系統が混乱すればこうもなろう。一般的に考えれば今こそ総攻撃の機会である。それを停止して後退?疲弊した敵に休息の機会を与える等とはどういう事か!?

 

「ラインハルト様……」

「どうにも我慢がならんぞ、キルヒアイス!この戦いが始まってから上層部のやり方には散々吐き気を感じて来たが、今回はとっておきだ!これではこれまでやって来た事は全て無意味ではないか!?」

 

 熾天使の生まれ変わりのような少年は上層部の行いを糾弾する。そもそも最初から籠城戦をしていれば良いものを、無理して艦隊戦を挑んだ時点でその愚かしさは理解していた。だが、その後の味方ごと『雷神の鎚』で同盟軍を薙ぎ払う暴挙は余りに傲慢であったし、軍港を同じく味方や後々の事を考えず吹き飛ばしたのもまた短絡的過ぎる(彼もまた事故に見せかけて要塞のブロックを一つ崩落させたが、軍港を破壊したのとは後々の影響の大きさが桁違いだ。ましてや彼は味方は避難させている)。

 

 そこまでしてでも得たかっただろう勝利、それを後一歩のところで無為にする等と……!

 

「奴らは何を考えているのだ!?背水の陣となった同盟軍の陸戦隊なぞ恐るるに足るまい!?窮鼠と化した以上激しく抵抗するだろうが武器弾薬を使い尽くせば降伏か玉砕する以外の選択肢なぞ残らん!内部の味方が無力化されたとなれば外の艦隊とて要塞攻略が困難であると悟り退却するであろう!そのために小を捨て大を取ったのだろうが!それを……!」

 

 考えられる可能性とすれば一つある。要塞内部の同盟軍を囮として同盟艦隊に無理矢理接近する事を強いる。そこに要塞主砲を叩き込む。仮にミューゼル少佐の予想が事実とすればその道理は理解出来るが……。

 

「ナンセンスな作戦だな。通信で助けを呼ばせようとするのは分かるがそれこそ自由惑星同盟を称する反乱軍は引かなくなるぞ!?奴ら、オーディンに言い訳するためだけのために消耗戦をする気なのか!?何十万もの兵士を使って!」

「御怒りは分かりますが落ち着いて下さい、どこで誰が聞いているのか分からないのですから……」

 

 赤毛の副官の諫言にその主君は暫く鋭い形相を浮かべるが、次いで怒りを吐き出すように深呼吸すると先程よりも落ち着いた声で口を開く。

 

「……上層部の腐敗に怒るのは今更だな。これまでだって酷いものは幾らでも見聞きしてきたからな。だがそれに実際に付き合わされるとなるとやってられないものだ」

「だからこそ、ラインハルト様のご栄達は早まりますし、その意味もあるのです。どうぞ、今は御自重下さいませ」

「あぁ、分かっている。たかが一少佐の身で出しゃばっても悪目立ちするだけだからな。それで?俺達も配置転換か?」

 

 金髪を掻き分けた後、ミューゼル少佐は尋ねる。彼の指揮する駆逐隊乗員からなる臨時陸戦隊は、同盟軍別動隊から揚陸した陸戦隊の前衛部隊を壊滅させた後、暫しの間他の部隊と共にその包囲を行っていたが、将兵の疲労もあって一時後退と休息を取っていた。彼自身も休息し英気を養っていた所でこの伝令である。ともなれば臨時陸戦隊が再度包囲部隊に復帰する事は有り得ず、当然他の場所に展開する事になるのだが……。

 

「伝令文によれば……送電ケーブルの警備に回されるようですね」

 

 キルヒアイスは伝令兵から受け取った文章を読み返しながら答える。要塞主砲にエネルギーを供給する送電線の防衛戦力として臨時陸戦隊は展開するように伝令文には記されていた。

 

「当然の配置だな。孤立した陸戦隊からすれば外の味方の救助を援護するならこれくらいしか手はないだろうさ」

「では……」

「行くしかない事位承知しているさ。もう少し兵を休ませた後移動を開始しよう。彼らも思いの外消耗したからな。もう少し休ませたい」

 

 同盟軍の勢いを殺す事には成功したが、全てが全て計画通りに進んだ訳ではない。元々帝国軍は同盟軍に比べて陸戦重視のドクトリンを採用しており、軍艦乗りにもそれなりの訓練と装備が施されているが、流石に本職には敵わない。第六四〇九駆逐隊改め第六四〇九駆逐隊特設陸戦隊もまたその例外とはなり得なかった。

 

「流石イゼルローンに切り込みをかけて来ただけはあるな。可能な限り犠牲を出さないように慎重に後退したのだが……それでも二割を超える損失は痛いな」

 

 一因としては相手が損害をかなり度外視した戦い方をしたのも理由であろう。ミューゼル少佐も元からそれを理解していれば別の迎撃方法を想定したのは間違い無いが……それを差し引いても損害は彼の想定を上回っていた。

 

「中々勇猛で鬼気迫る戦いぶりでした。無謀な所もありますが、それを差し引いても称賛に値する敵ではありました」

 

 後続の味方のためであろう、文字通り死力を尽くし、自己犠牲的に戦う姿は赤毛の副官も一定の評価をしていた。特にその統制は素晴らしかった。あれだけの苛烈な戦いでありながら末端の兵士まで士気は高く全力で戦うなぞそうそう見れる事ではない。

 

「尤も、あそこまで行くと逆に呆れるがな。まるで猪みたいだ。……そう言えば猪の話はこの前もしたな。まさか反乱軍の奴ら本当に聞き耳立てて怒り狂った訳じゃないだろうな?」

 

 同盟艦隊を発見した哨戒任務に出港した際の雑談を思い出して冗談気味にミューゼル少佐は笑う。年相応の、しかし神々しさも醸し出す笑みであった。

 

「それにしても……いや、考えても仕方無い。今は俺達も身体を休めて英気を養うのが優先だな」

 

 そしてふと頭の片隅に言葉にしにくい疑念を抱くミューゼル少佐。しかし口元に手をやり一瞬考え込むが直ぐに彼はその疑問を脇に追いやり目先の成すべき事に意識を集中させた。

 

 それは彼が無能な訳でも、ましてや想像力が欠如している訳でもなかった。強いて上げるならばそれは価値観と常識の差異であった。即ち軍人としての判断と貴族としての判断である。

 

 そして金髪の少年にとって目下の敵である自由惑星同盟と同盟軍に対しては軍功を得るためにその文化と価値観について十分な研究と分析こそ出来ていたが、元より偏見があり距離のある宮廷の力学については未だ理解しきれていなかった。

 

 それ故に、彼らはそれが自分達の運命に直結しかねない重要な事実であると気付く事が出来なかったのだった……。


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