帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百八十三話 ダイソンの掃除機は吸引力が変わらないらしい

 日付が変わり五月七日に入った頃より、同盟軍の攻勢は衰え、要塞周辺での駐留艦隊との砲撃戦、要塞に対する爆撃は徐々に下火になりつつあった。

 

「何故です!何故我が軍の攻撃は緩んでいるのですか!!?今一歩!今一歩で要塞は陥落するのです!ここで弾薬の出し惜しみをする必要なぞない筈!にもかかわらず何故攻勢が緩んでいるのです……!?」

 

 第六艦隊旗艦『ペルガモン』艦橋、艦隊司令部で叫ぶのは艦隊司令官副官アンドリュー・フォーク大尉であった。少々ヒステリック気味に叫ぶ姿は見る者の眉間に皺を寄せさせるものの、彼の口にする内容自体は否定出来るものではなかった。

 

 何ヵ月もシミュレーションを重ねた上で計算された同盟軍の弾薬消費量……それに合わせて同盟軍は後方支援部隊に大量の弾薬類を輸送させていた。本来ならば優に一週間分は持つ弾薬があるというのに、何故初日を終えたばかりの今、各部隊は弾を撃ち惜しみ始めているのか……!!?

 

 原因は複数あった。一つには初期の大攻勢における同盟軍の乱射にあっただろう。要塞の外壁に傷をつけ、部隊を揚陸させるという過去に例のなかった成功を前に同盟軍の将兵達は興奮し、過剰な程の攻撃を続けていた。それが軍首脳部の計算した弾薬消費のペースを超える事態を生み出していた。

 

 第二に帝国軍、それも要塞駐留艦隊の頑強な抵抗にあった。四倍から五倍の同盟艦隊との長時間に渡る乱戦は、同盟軍の常識に照らせばとっくに組織的抵抗が不可能になっていても可笑しくなかった。

 

 無論『雷神の槌』を封じるために完全な掃滅こそせぬようにはしていたものの、それでも同盟軍は激しく粘り強く食らいついてくる要塞駐留艦隊との戦闘に少しずつ出血を積み重ね、弾薬の消費も想定を徐々に上回っていたのだ。

 

 しかしながら、最大の原因は弾薬を補給出来ない事そのものであっただろう。いや、正確に言えば補給する余裕がない事か。

 

 同盟軍の乱射と要塞駐留艦隊の頑強な抵抗……その二つの理由から来る激しい弾薬の消費。加えてある程度想定していたとは言え、帝国軍を射線に誘導しても味方ごと要塞主砲を撃つと発覚したがために、後方支援部隊を要塞主砲有効範囲内まで前進させて迅速に補給するという目論見が潰えてしまった。そればかりか、只でさえ隙を見せぬよう気を遣う補給のための後退に、更に慎重を期さねばならなくなった事が、同盟軍の想定外の弾薬不足に繋がっていた。

 

 即ち、後方支援部隊の輸送艦には十二分な弾薬が残っているにも関わらず、実戦部隊はそれを取りに行く事が困難であり、結果として最前線では弾薬不足になる事態に陥っていたのだ。

 

 そして、このタイミングである意味最悪の連絡が彼らの前に入ってきた。

 

「別動隊より連絡!要塞内部に揚陸した別動隊陸戦部隊は劣勢に陥りつつありとの事です!」

 

 その言葉に第六艦隊の参謀達は動揺する。

 

「馬鹿な、要塞側は態勢を立て直したとでもいうのか?」

「予定よりも少数とは言え二個軍団規模の本隊も揚陸したというのに……反撃が早すぎる!」

「不味いぞ。本格的に防戦に回る事になったら最悪全滅もあり得る。この混戦の中で陸戦部隊の撤退なぞ至難の技だ」

 

 イゼルローン要塞内部は広大だ。ましてや第五艦隊を始めとした同盟軍との砲撃戦や駐留艦隊への支援を行いながら揚陸部隊の迎撃ともなると本国からの人員の増強が行われていない今の要塞防衛司令部にとってはマンパワーの面で人員不足になっていても可笑しくない。そこに三万に及ぶ精鋭部隊……確かに補給の懸念はある。地の利も敵にある。数も敵が上だろう。しかしもう防戦状態にまで追い込まれるとは……。

 

「現場の兵士達に不満をぶつけても仕方あるまい。それよりもこの事を揚陸部隊の主力は把握しているのか?総司令部は?」

 

 参謀達の不満を制止し尋ねるのは完全に平均体形な第六艦隊司令官ラザール・ロボス中将である。寧ろ少し痩せてしまい微妙に顎の骨が見えている。毎日一般兵二人分の食事を摂っているのに体重が増えないのは流石に問題かも知れない。

 

「総司令部、及び第四・第五艦隊は事態を把握している模様です。揚陸部隊本隊の方は……」

 

 強力な通信妨害能力を有するイゼルローン要塞に突っ込んだ揚陸部隊主力との通信は断続的なものであり、中々安定しない。総司令部との最後の通信では不意打ちの事もあり順調に進撃しているとの事であったが……それも三〇分以上前の事である。

 

「内部の地上部隊との通信網を作る必要がありますね。スパルタニアンと通信工作艦を前進させましょう」

 

 通信参謀と情報参謀を兼ねるビロライネン准将の提案に従い、第六艦隊は通信中継装備を備えた通信型スパルタニアンと通信工作艦を護衛付きで最前線にまで進出させる。そして短期間の内に『ペルガモン』、更には総司令部の通信・電子戦部門の要員の協力を取り付けて遠征軍旗艦『ヘクトル』までを結んだタイムラグが限りなく小さく、防諜対策も施した安定した通信網を形成する事に成功した。艦艇の装備出来る通信設備は要塞の巨大なスペースを豪勢に使用したそれに比べてどうしても性能面で劣るものである。にも拘らずこれだけの通信網を形成出来たのはビロライネン准将の手腕、そして同盟軍のソフトウェア面における優位性を証明していた。

 

「司令官、揚陸部隊司令部との回線開きました」

「うむ、モニターに出してくれ」

 

 オペレーターに指示を出して『ペルガモン』のメインモニターの前で直立不動のまま、ストレスで痩せ衰え戦闘指揮による過労で疲弊しても尚、威厳に溢れた風貌で、ロボス中将は揚陸部隊の姿が現れるのを堂々と待つ。そして……。

 

「此方遠征軍揚陸部隊司令部です。ゲイズ中将以下主要幹部が戦闘指揮中のため、総司令部より派遣された航海参謀ティルピッツ准将が代わりに応対します。御用件は……って、伯父さん?」

 

 モニターの前に現れた人物を見た瞬間、ラザール・ロボス中将はショックから白目を剥き、泡を吹いて失神し、数分程意識を失ったのであった……。

 

 

 

 

 別動隊揚陸部隊が劣勢に陥ったのには複数の要因がある。補給不足、広大過ぎるイゼルローン要塞内部で戦線が広がる事による戦力分散、イゼルローン要塞自体の防衛機構……しかし一番の要因は間違い無く別動隊の進撃の出鼻を挫かれた事であろう。

 

 第六艦隊麾下第六宇宙軍陸戦隊に所属し別動隊揚陸部隊に派遣された第七八陸戦連隊戦闘団は、別動隊揚陸部隊の最前衛としてイゼルローン要塞を進軍し、D-マイナス二七五ブロックに進出すると共に半壊近い損害を受けて一時後退を余儀なくされた。

 

 第一一〇通路と第一七通路を結ぶこのD-マイナス二七五ブロックはこの方面イゼルローン要塞内部において幾つかある交通の要所であり、同時にこのブロックを抜ければエリア単位で管理統括する大型の空気清浄設備、給水設備、電源室、通信室等が存在し、更には第一七通路から第四通路に進めば要塞中核部の動力炉、第九通路に進めば要塞防衛司令部にまで進出する事も不可能ではない。それ故に絶対とは言わずとも可能な限り守らねばならぬ区画であり、第七八陸戦連隊戦闘団は亡命政府の『期待』に応えるためにも如何なる犠牲をもってしてもこの区画の確保をしようとした。

 

 弁明するとすれば、第七八陸戦連隊戦闘団も無謀であったが無策であった訳ではない。要塞側の対応が遅れる内に前進出来るだけ前進しようという判断は間違いではないし、実際要塞側も装甲擲弾兵団や正規の陸戦部隊の多くは要塞の外壁近くのブロックに重点的に展開されていた。故に前進すればするだけ迎撃に出る部隊は二線級の、非戦闘職ないし非陸戦職の兵士を臨時編成した特別陸戦隊等ばかりとなる。

 

 ましてや、亡命政府としても半分死兵扱いしているとはいえ、無意味に玉砕させる積もりは無かった。少なくとも武器弾薬類に限って言えば潤沢かつ豪勢に用意はしてやっていた。士気も十分、ましてやD-マイナス二七五ブロックの防衛を行っていた部隊は確認出来る限り宇宙艦艇要員による臨時陸戦隊に他のブロックでの戦闘で壊滅した部隊の敗残兵からなる混成部隊、数も精々二個大隊程度ともなれば第七八陸戦連隊戦闘団が無理矢理に突破を図ろうとしたのも無理はない。この戦いに関して言えば時間は金剛石よりも貴重なのだから。

 

 実際、その戦闘の序盤において第七八陸戦連隊戦闘団は優勢に戦いを進めた。敵方はこんな要塞の奥でいつから準備をしていたのかバリケードとブービートラップ等でブロックを要塞化、そこにドローンも補助戦力として投入するという状況……にもかかわらず連隊戦闘団はその練度を活かして防衛線を信じがたい速度で突破していった。要所要所で帝国軍は勇敢かつ頑強に抵抗したが最終的には増援部隊を投入してこれを捻じ伏せた。

 

 そして第七八陸戦連隊戦闘団はそのまま余勢を駆って未だ秩序だって隣のブロックへと後退する敵部隊を追撃しようとし……次の瞬間D-マイナス二七五ブロックは倒壊した。

 

 未だ二〇〇〇近い戦力を保持していた連隊戦闘団は瞬時にその戦力の四割を失った。同時に別通路から一斉に攻勢をかける帝国軍。重武装の主力部隊の大半を喪失した連隊戦闘団は近隣に展開していた第五〇一独立陸戦旅団第一大隊第一・第三中隊及び第二大隊第一中隊を中核に第三〇七機動歩兵連隊第三大隊第二・第三中隊、第八八一対装甲歩兵連隊第四大隊の支援を受けて辛うじて後退、しかし同時に後方を装甲擲弾兵団と隔壁により封鎖されこれ等総勢二六〇〇名に及ぶ戦力は要塞内部で孤立状態へと陥った。

 

 これは別動隊から揚陸した陸戦部隊の内、その戦闘部隊の一割を超える数である。これだけの、しかも突出していた部隊が包囲下に置かれればそれだけで揚陸部隊の進撃速度は鈍る。ましてその包囲網を突破して孤立部隊を救助しようとした二度に渡る攻撃が頓挫したとなれば本格的に別動隊の揚陸部隊は後退と防戦を強いられる事態に陥った。

 

「帝国軍は各ブロックで反撃に出ています。本隊の方は未だ攻勢を受けておりませんが……」

「本隊の進撃速度は素早い。彼方も対応に追い付けないのだろうな」

「しかし如何せん、やはり交通事情が悪い。重要区画まで進むのには時間がかかる。その間に帝国軍は此方に戦力を集中させて各個撃破を狙っていると思われます」

「イゼルローン要塞内部は広大だ。多少ブロックを取られても防衛線に厚みがある。だからこそ取れる策だな」

 

 イゼルローン要塞第二宇宙港の一角に無理矢理乗り上げ、現在進行形でミサイルとレーザーで防空戦闘を続ける別動隊揚陸部隊旗艦『ノルマンディー』の指揮所で高級参謀達が囁き合う。

 

 彼らが視線を向けるテーブルには要塞内部の構造と部隊展開、損耗率等がリアルタイムで示された液晶画面がある。味方を示す青い点は徐々にではあるが削られ、赤い点は次第に要塞外壁に向けて進みつつ、その数は増していた。

 

「とは言えここで撤退するのは判断が早すぎる。本隊が重要区画を制圧さえ出来ればまだまだ逆転は可能だ。それに孤立した味方を見捨てる訳にもいかん。今は遅滞戦闘を行い時間を稼ぐしかなかろう。総司令部からも撤収命令が出ていないのがその証拠だ。違うか?」

 

 腕を組み、苦々しい顔で参謀達にそう尋ねるのは別動隊揚陸部隊を指揮するレオポルド・カイル・ムーア少将である。第三次イゼルローン要塞攻防戦にて同盟軍が初めて地上部隊を外壁に取り付かせた際の揚陸部隊指揮官の発言力はこの場において隔絶している。同時に遠征軍総司令部からの撤退命令がないという事は上層部はまだ要塞攻略を諦めていないと言う事だ。

 

「現状戦闘中の前線二個ブロックを放棄する。この際は宇宙港を確保し続けるのが最重要だ。帰り道を失ってはどうにもならんからな」

 

 周囲の参謀達を一瞥してからムーア少将は提案する。無論、ただ放棄するだけでは芸がない。宇宙港ブロック入口の防備を固めるためと足止めのための各種トラップを設置しておく。多少ならばこのトラップ類の解除のために進撃は遅滞せざるを得なくなる筈だ。ただの時間稼ぎでしかないが……。

 

「孤立した前衛部隊には軽挙な行動は行わぬように釘を刺しておけ。特にあそこには血の気の多い部隊が一つ取り残されている。包囲網の内側だけで攻撃を仕掛けても撃退されるだけだとは理解しているだろうが………」

 

 渋い表情を浮かべるムーア少将。常に勇猛果敢で恐れ知らずの陸戦隊指揮官のその表情に幾人かの同席者が奇妙なものを見るように目を丸くした。

 

「珍しいですな、閣下がそのような表情を浮かべるのは」

「私とて苦手なもの位はある。流石にあそこの流儀には半分身内の私でも中々付いていけんよ」

 

 付き合いの長い参謀の一人が呟くように言えば、ムーア少将は肩を竦ませて困ったように宣う。祖母が士族階級の名門出身の帝国系クォーターとは言え、ムーア少将は古い帝国の気風を必要以上に引き継いではいなかった。同盟軍においては五指に入る猛将と謳われる彼ですら銀河帝国亡命政府の価値観を前にすれば少々眉間に皴を寄せずにはいられない。

 

「兎も角も、今は耐える時だな……」

 

 テーブルの上に移る刻一刻と悪化する戦況を見つめながら、ムーア少将は小さく呟く。周囲の参謀達はその発言に唯々沈黙するのみであった。

 

 何処かで大きな爆発音が響いた。恐らく弾薬庫辺りが戦闘の影響で吹き飛んだのだろう、鈍い震動が司令部を不気味に揺らす。それは彼ら別動隊の揚陸部隊の未来を暗示しているようにも思われた……。

 

 

 

 

 

 

「プラスB-六八七ブロック陥落。第三三防衛大隊は六九一ブロックに後退します!」

「第七〇通路に反乱軍侵入、現在無人防衛システムが対応中です……!」

「プラスE-九〇一ブロックより救援要請!現地守備の臨時陸戦隊の損耗率四割を超えています!」

 

 イゼルローン要塞防衛司令部の内部に漂う空気は、要塞周辺における同盟艦隊の攻勢の停滞、第二宇宙港に揚陸した同盟軍揚陸部隊に対する反攻の開始、それら帝国軍を利する要因により明るく……なる事は無かった。

 

「第二宇宙港を占拠した反乱軍の撃退は遅かれ早かれ時間の問題だ。しかしそれだけの事でしかない」

 

 そう、ここに至って要塞防衛司令部にとっては第二宇宙港に揚陸した同盟軍の命運なぞ然程重要なものではなかった。

 

 同盟軍が戦況の打開に苦しんでいるように、帝国軍もまた事態に苦慮していた。

 

 既に要塞駐留艦隊の損害率は四割に達していた。撃沈艦艇数は四〇〇〇隻に達する。同盟軍の損失艦艇もまた六〇〇〇隻に及ぶがその何割かは無人艦艇であり、同盟軍の投入した艦艇数が六万隻を超える事を思えば損耗比率は寧ろ同盟軍を大きく上回っていると言えた。

 

 第二に要塞内部に構築された第二線であろう。別動隊の揚陸部隊を漸く撃破する光明が見えて来た時に数倍する部隊が揚陸してくれば対応に苦慮するのも道理だ。しかも、頼みの綱たる広大かつ迷宮のような要塞内部構造を活用した足止めは当初の想定程に効果を現さない。

 

「隔壁の封鎖や通路のバリケード化は出来ている筈だ。にもかかわらず何故止めきれん?」

「要塞内部構造は広大過ぎます。この要塞防衛司令部でも全てを把握出来ておりません。恐らくは未使用や放棄された通路等を使用しているのかと……」

 

 ブロック単位に分割するだけでも一万近いブロックに要塞は別けられる。ましてや部屋や通路となると末端を含めて数十万、数百万に及ぶだろう。それだけの数の部屋と通路の監視と管理は容易ではない。故に要塞の持ち主たる帝国軍すら要塞内部を完全に把握しきれず、それらを利用されてしまえば対処が遅れるのもまた当然である。イゼルローン要塞建設計画が当初の計画から二回り以上縮小された要因の一つは予算もあるが、同時に広大な内部面積に対するマンパワー面での管理の難しさがあった。

 

「一応、現在周辺ブロックも纏めてプランWの適用によってある程度の足止めは出来ておりますが……」

 

 しかしそれも軽装歩兵に対しては兎も角、軽・重装甲兵相手には嫌がらせ程度の影響しかないが。

 

「………増援が来るまで後如何ほどの時間が必要か?」

 

 要塞防衛司令部の司令官席に項垂れるように座り込み、手を組んで呟く男の顔は明らかに平静を欠いていた。血走った、そして充血した瞳、木乃伊のように硬直した表情からは感情は窺い知れず、その声には明確な疲れの色があった。

 

「……最低でも二日はかかるかと」

 

 それも先遣隊だけで、である。本格的な増援部隊が到着するにはまだまだ時間がかかる。そしてそれまでに要塞駐留艦隊が残存する可能性は低く、要塞駐留艦隊が壊滅すれば同盟軍は散兵しつつ何万隻という数で要塞に取りつくであろう。要塞主砲も同時に解禁されるものの、要塞駐留艦隊無くして散兵する同盟軍の大軍を全て吹き飛ばすなぞ不可能である。大多数は要塞に張り付くであろう。

 

「そうか……」

 

 クライスト大将はオペレーターの言に小さく呟いた。どこまでも徒労感を感じさせる声であった。

 

(どうすれば良い?このままでは要塞陥落は時間の問題だ。いや、万一要塞を守り切れたとしても……)

 

 守り切れたとしてもクライスト大将に殆ど希望は無かった。味方撃ちによって多くの貴族からの恨みを買った。それだけならばまだ勝利さえすれば言い訳も出来ただろう。しかし、実際は叛徒共に付け入る隙を与えただけであり、失態でしかない。ましてや自分が要塞防衛司令官の任にある時に、イゼルローン要塞の外壁を初めて突破され、十万以上の陸兵に揚陸される等という失敗をしでかした。

 

 弁明の余地はない。イゼルローン要塞と要塞駐留艦隊が被った損害は甚大だ。そして多くの有力者から怨嗟を買った。となればこの戦いの後に彼に待ち受ける運命は唯一つである。いや、自分だけならば良い。最悪は……。

 

「そうだ。功績が必要なのだ。私には功績が……」

 

 それも強大な戦果が、でなければ自分だけでなく………。

 

「それにしても第二宇宙港に揚陸した叛徒共の足を止められたのは幸いでしたな。戦闘によってブロックが一つ崩落したと聞いた時には立ち眩みがしましたが……今になって思えばブロック一つを犠牲にしただけで奴らの進撃を止められたのは安い損害でしたな」

 

 シュトックハウゼン中将は場の陰鬱な空気を払拭する目的も含めてそう宣う。D-マイナス二七五ブロックの防衛に出たのは偶然展開していた臨時陸戦隊と敗残兵の寄せ集めであり、その死守は当初絶望的かと思われたが、激しい戦闘による影響で『偶然』ブロックが崩落したお陰で敵部隊に大打撃を与え、その足を止める事が出来た。それどころかこの反撃である。その幸運はまるで戦神が帝国軍に与えし恩寵のようにも思われた。

 

「………そうか。その手があったか」

「……司令官?」

 

 クライスト大将は次の瞬間に勢いよく立ち上がった。目を見開き、その視線は要塞防衛司令部のメインスクリーンに映る要塞内部の戦況を凝視していた。同時にクライスト大将は不気味な笑みを浮かべる。何処か狂気を感じさせる仄暗い微笑みだった。

 

「第二宇宙港、それに第四七宇宙港のゲートだ。ゲートを外壁ごと崩落させて出入り口を封じよ」

 

 クライスト大将の言葉に周囲の将兵は動揺し、困惑する。

 

「それは……侵入者を要塞内部に閉じ込める、という事でしょうか?確かに補給線と脱出路を断ち切る事は出来ましょうがそれでは叛徒共が追い詰められた鼠となりましょう?」

 

 シュトックハウゼン中将は進言する。その手は別に荒唐無稽な内容ではない。ないのだが……余り戦局の好転に寄与するようには彼には思えなかった。下手に出入り口を塞ぐとなると、揚陸してきた同盟軍は逃げられなくなり、それこそ窮鼠のごとく必死に戦うだろう。そうなれば要塞の防衛部隊も無駄に損害を積み上げる事になる。寧ろ逃げ道を作ってやった方がいざと言う時に直ぐに逃げ出してくれるだろう。無駄な犠牲を出さずに済む。

 

「そもそも、宇宙港ブロックを外壁ごと破壊すると言いましても……既にあの周辺は叛徒共に制圧されてしまい我々が間接コントロールで爆破する事は難しいかと。工兵部隊に爆破作業をやらせるとしても時間と損害が……」

「そんなまどろっこしい事はせんで良い。……確か要塞の影に駐留艦隊の一部が逃げ込んでいたであろう?」

 

 シュトックハウゼン中将の意見を、重々しい口調でクライスト大将は遮り、その手段を提示する。

 

「はっ、補給切れ、あるいは損傷や指揮系統からの孤立から五〇〇隻程が反乱軍の主力艦隊から要塞の影となる宙域に回り込み集結しております。……まさか!?」

 

 そこまで口にして、シュトックハウゼン中将は目を見開いて絶句する。クライスト大将は、そんな部下の態度に凄惨な笑みを浮かべて、命令を口にする。

 

「そうだ。どうせ役立たずの駐留艦隊の、更に逸れ者共だ。これ位の命令、従って貰っても罰は無かろう。そうは思わんか?」

 

 クライスト大将の命令は味方殺しに比べればまだ穏当であった。しかし、それでも尚狂気には違いなかった。そして、それすらもクライスト大将の本物の狙いの前座でしかなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこんな手段で足止めを仕掛けて来るとはな……これは想定外だったな」

 

 軍港内の惨状を『白い息』を吐きながら私はぼやく。まさかこんな手があったとはね。

 

 私の視界には真っ白に染まった軍港の姿があった。いや、それだけではない。現在進行形で軍港内に『雪』が降っていた。

 

 要塞側は想定外の手段で我々に嫌がらせを行って来た。

 

 即ち、要塞内部に設けられた空調設備を使って、帝国軍は同盟軍に占拠された、あるいは争奪中のブロックや通路をマイナス三〇度以下、場所によってはマイナス四〇度以下まで急速に冷却してきた。これは特に外壁に近いブロック程宇宙空間に近いためか激しく低温化していた。

 

 更にそこに追い打ちをかけたのは火災用、あるいは機械冷却用のスプリンクラー及び液化窒素放出器、無人防衛システムの暴徒鎮圧用放水銃等である。唯でさえ氷点下を下回る気温に大量の水と液体窒素をばら撒かれたらどうなるかは分かり切った事であった。

 

 現在進行形で宇宙港内には氷結したスプリンクラーからの水が雪となって降り積もり続ける。各ブロックや通路も壁一面が凍結し、床は大量の氷が積み重なっていた。宇宙空間を含む全環境対応の重・軽装甲服であれば兎も角、通常の軽装歩兵となると寒冷地対応の装備を用意しなかったためにこの寒さを耐え凌ぐのは容易ではなかった。実際この手を使われた当初は少なくない凍傷者が発生した程だ。

 

 それだけでない、揚陸させた車両類や兵士達の装備の多くは寒冷地仕様ではない。劣悪な宇宙空間での使用を想定している装備もあるとはいえ、寒冷地と宇宙空間では同じ劣悪な環境でも条件は同じではない。弾薬や爆薬類の中には凍結して不発になるものが出て来る事例すら報告されていた。車両類も積雪で進めず工兵や歩兵が宇宙要塞内部で雪掻きをする有り様だ。

 

 彼方さんからすれば凍え死にさせようという訳ではないだろうが……そこまで期待はしていないだろう。しかしながら帝国軍の嫌がらせ行為は致命的とは言わねど同盟軍の進軍を足止めする上で意外な程効果を上げていた。此方も換気設備からガス類を送り込むなり水道設備を破壊してブロックを丸ごと水没させる位の事は事前に想定してはいたのだがね……。

 

「カプチェランカ勤務の経験がある私でも、この手は考えもつかなかったな」

 

 そう呟いてから、私は首元に巻いたマフラーに触れる。寒冷な環境で暖を取るための貴重なこの装備は私物だった。ハイネセンのホテルで婚約者から受け取ったそれはホテルから宇宙港、そして遠征軍総司令部まで直通で持って来てしまったものであったが、こんな所で役立つとは思ってなかった。

 

「小賢しいものです。このような子供染みた手で時間稼ぎを図ろう等と……前進中の部隊からは進軍速度が半減したと言う報告も上がっております」

 

 背後を振り向けば軍服を重ね着して寒さを凌ぐベアトの姿があった。被るベレー帽の上には真っ白な粉雪が積もっていた。首元には酸素マスクをかけており、仮に帝国軍が港内の酸素を吸い出したり、毒ガスを流入させようとすればこれを即座に装着する事になるだろう。当然ながらそれは私も同じだ。

 

「現在工兵部隊が換気口への工作作業を行っておりますが……この港はどうにかなるでしょうが全ての区画、それも前線ではそれも難しいでしょう」

 

 渋い表情を浮かべノルドグレーン大尉は答える。イゼルローン要塞内部の温度・気圧の調整は一応中央の要塞防衛司令部で間接的にコントロール出来るが、物理的には中・小型の換気設備によって一〇〇〇区画以上に分割されている。これは前者は要塞内部で発生した反乱を中央の司令部で迅速に制圧するため、後者は外部からの物理的攻撃による設備破壊で要塞全体の換気設備が機能不全になる事を避けるためである。

 

 故に同盟軍の電子戦部隊による要塞内部システムへのハッキング、そして工兵部隊による物理的な工作作業によってこの小賢しい嫌がらせに対処しようとはしているが……流石に制圧中の区画全てで作業する人員はないし、ましてや鉛弾の飛び交う最前線で工作を行うだけの余裕はない。

 

 丁度目の前では港内の外壁をひっぺ返され、要塞内部のプラグに電子端末を繋いだ電子戦要員が液晶画面に眉間に皴を寄せてキーボードを叩いていた。その真上では工兵科の兵士達が重機で巨大な換気ダクトを剥き出しにしてどのようにして注入され続ける液体窒素を止めるか頭を抱えて相談し合っていた。

 

「はぁ、下が働いているのにこうして暇しているとなると中々居心地が悪いな」

 

 ベレー帽を一度脱ぎ、積もった粉雪を払い落して被り直しながら私はぼやく。軍港に突入してからやる事なく、折角見つけた外との応対要員のポジションもロボス中将がショックでぶっ倒れたせいで直ぐに御役御免となった。この分だと亡命政府軍からもそのうち呼び戻しの要請が大量に遠征軍総司令部に寄せられる事になるだろう。というか既に揚陸部隊の司令部は私にさっさと帰還願うために色々と調整中だ。外では未だ乱戦中であるが戦艦と空母を何隻か見繕えないか提案してると聞いた。危険物の移送かな?いやまぁ、これまでがこれまでだから仕方無いんだがね?

 

 ……と言うか視線が痛いんだけど。遠目からちょくちょく見られてるからな?あの目は確実にあれだよ。「上も下も必死に仕事してんのに何であの准将は金髪美女二人侍らせて遊んでんの?」とでも思っているぞ。くくく、どうだ雑兵共!遊んで給料が出る身分だぞ!羨ましいか!?……あ、いえ。調子に乗ってすみません………。

 

 一応(既にこれまでの所業で地面にめり込んでいそうな)世間体のためにベレー帽とマフラーで顔を隠して見る私である。うん、ニート生活はやっぱ辛いわ。

 

「さてさて、出迎えが来るまでやる事もなし。どうしたものかねぇ」

 

 要塞内で深々と雪が降り積もる奇妙な光景を一瞥しながら私は呟いた。そして同時に私は奇妙な感覚に襲われた。あるいはそれは私のこれまで運良く死地を切り抜ける事が出来た事で培われた第六感的なものであったのかも知れない。……出来ればそんなものが役立つ時なぞ来てほしくなかったが。

 

 兎も角も、その爆発に直ぐに反応出来たのはこれまでの経験のお陰であった。激しい衝撃を前に私は思考をする前に殆ど条件反射的に体を伏せていた。

 

「っ……!!?」

 

 そして、一瞬の意識の空白から復活した私は、首を上げてそれを視界に入れる。

 

 数キロは上空であろう、軍港の天井部の壁面から爆炎が上がり、四方に広がる。同時に天井に巨大な亀裂が不気味な金切り音と共に生じ、粉塵が、続いて鉄筋や鉄板、ケーブルが流体金属から押し流される形で飛び散って軍港内に降り注いできた。

 

「……はは、嘘だろ?」

 

 私は小さく呟いた。残念ながらこれがドッキリでない事位は私の鳥頭でも理解していた。

 

 爆炎により軍港内を支配していた底冷えする冷気が急速に温められる中、衝撃と爆風を切り抜けた私は次の瞬間には駆け出していた。それは背後の従士達も同様である。いや、より正確には咄嗟に私に上着をかけて、私の手を掴み二人は私を誘導する。

 

「な、何だ……!?」

「ま、不味い!逃げ……」

 

 何が起きたのか分からないという表情の兵士達が叫び。次いで彼らの真上に数十メートルの巨大な鉄骨が落ちて来てその言葉を轟音と共に掻き消した。最早事態を理解しているかどうかは関係なかった。ある兵士は唖然とし、ある兵士は悲鳴を上げて殆んど本能的に走り出す。

 

 この場において賢明と言える選択は第一に落下物を避けながら駆け出す事であり、第二にそれは停泊中の揚陸艦ではなく、要塞内部に繋がる通路に向けてであった。何故ならば数十から数百メートルに及ぶ大量のかつ大質量の建材が宇宙港に落下してきて揚陸艦が無傷な訳がないし、爆散せずとも大量の流体金属が損傷部分から流れ込んで来る事は確実であったためだ。実際私は視界の端に二〇〇メートルはあろう巨大な鉄板の落下で船体の後ろ三分の一を斬り落とされてしまい、そのまま姿勢を崩して壁に艦首から突っ込む揚陸艦を確認した。

 

 直ぐに視線を正面に戻す。次の瞬間背後からの轟音と眩い光を感じた。爆風らしい強風が背後から私達を吹き飛ばす。受け身の姿勢を取って正解だった。すぐ傍で同じように吹き飛ばされ、そのまま壁に衝突して首の骨が折れた兵士が見えたから。

 

「若様……!」

「分かっている!走るぞ……!!」

 

 従士の悲鳴に直ぐに私は応え、立ち上がる。この場に残るのは確実な死を意味していた。大量の落下物を仮に避け切っても流体金属がこの軍港内を埋め尽くすだろう。あるいは外と繋がって空気が流出するかも知れない。残念ながら今の私は宇宙服を着ていなかった。当然真空空間に放り投げられたら即死である。

 

 私達と同じように咄嗟に最善の判断を下した兵士達は起き上がると共に邪魔な装備を放り捨てて、あるいは脱ぎ捨てて必死の形相で走る。ある兵士は必死に走る余りに落下物に気付かずにプレスされ、ある兵士は冷え切って滑りやすくなった床に転がりそのまま軍港の下に転落死する。運良く滑落死しなくてもダース単位の味方に踏まれて内臓破裂する兵士すらいた。それでも多くの兵士達は走り続ける。この事態を把握した軍港のコンピュータが軍港内部の隔壁を下ろす前に。……いつの間にか軍港内の電灯は点滅する赤色に変わっていた。

 

「糞っ!まだ沢山いるのに閉まんじゃねぇぞ……!!?」

 

 軍港内の人員・貨物移送用通路のゲートはまだ逃げ遅れる兵士達が大勢いるというのに次々と、自動で隔壁を降ろしていく。その隙間に潜り込もうと兵士達は次々と滑り込む。隔壁の隙間から仲間に引っ張って貰う者、今にも締まりそうな隔壁を分隊で必死に持ち上げる者達もいた。無論、ゲートを潜り抜けるのが間に合わずに上半身と下半身が泣き別れした兵士も幾人かいた。

 

「若様……!此方に!」

 

 多くの兵士達が閉じた隔壁を半狂乱になって叩く中、テレジアが私を呼んだ。瞬時に其方を向く。恐らくは電源が切れた時のために設けられたのであろう手動のエアロックだった。私とベアト、それに数名の兵士が其方に駆け寄り、エアロックの鍵を回す。

 

 エアロックの取っ手は冷え切っていた。かじかみそうになりながらそれを回転させ、重い扉を引っ張る。ゆっくりと私達はエアロックを開く事に成功する。

 

「よし!此方だ!ここからなら逃げられ……」

 

 そこまで口にしたと同時の事である。恐らく数キロ程離れた場所で大爆発。恐らく停泊していた別の揚陸艦が大破した所に弾薬か何かに引火したのだと思われた。問題はそれが要塞に穴を空けた事だ。

 

「うわぁぁ!?」

「嫌だ!誰か助け……」

 

 爆発の影響で吹き飛んだ兵士達は、次いで漆黒の宇宙に繋がる穴から吸い出されていく。装甲服や宇宙服を着ている兵士ならまだ吸い出されても希望はあるだろうが、それ以外の者達にとってはそれは絶望そのものであった。そして、この宇宙港に残っていた者達の多くは後方支援部隊であり、装甲服を着ている者は少数であった。そして無慈悲にも要塞に空いた穴は勢いよく空気と粉塵と建材、揚陸部隊が下した車両や物資コンテナ、更には生身の彼らを呑み込んでいく。

 

「早く中に入れ……!!」

 

 私が叫んでいる間にも一緒にエアロックを開いた兵士数名が踏ん張り切れずに宙を舞った。私がその手を取る前に既に彼らは悲鳴を上げながら虚空に吸い出されていた。

 

「っ……!ベアト!テレジア!先に入れ!!」

 

 目の前で起きた事に一瞬ショックを受けたが感傷に浸る余裕なぞ無いことは分かっていた。あらゆるものが吸い出される中、私は義手でエアロックを掴み従士二人に先に入るように命じる。二人が吸い出されないように壁を伝いながら中に入るのを確認すると私もエアロックに向けて壁に手を添え、足を踏ん張りながら進む。

 

「若様……!」

 

 ベアトが伸ばす手を私は掴む。そのままベアトに引っ張られながら私はゆっくりとエアロックの中に進み……次の瞬間何かに足を掬われて私は宙を浮いていた。

 

「うおっ!?な、何が……!!?」

 

 ベアトに手を引っ張られているお陰でどうにか吸い出されずに宙を浮かぶ私はその感触に気付いて下を向く。そこには同じく装甲服も宇宙服も着ていない若い兵士が必死の形相で私の足を掴んでいた。彼もまた足は宙を浮き、私の足にしがみ付く以外は体のどこも壁にも床にも触れていなかった。恐らくは宙を舞いながら吸い出される中で偶然私の足に手を触れたのだろう。

 

「ぐっ……!?い、痛い痛いっ……!!?」

 

 足が引き抜けそうな痛みを前に私は叫んでいた。当然だ、平均的に考えても六〇から七〇キロの人間が足首にしがみ付き、しかもその人間が宙を浮く程に勢いよく引っ張られているのだ。当然、私の足にかかる負担は笑えないものだった。ひょっとしなくても足が千切れそうだった。

 

 私は半分位殺意も込めた視線で兵士を睨むが、それも兵士の絶望に満ち満ちた必死の形相を前にすれば霧散してしまう。彼の脳裏に過る感情を私は痛い程良く理解出来てしまっていた。誰だって死にたくはない。軍人なんて職業に就いていたとしてもだ。

 

「若様、頭をお下げ下さいませ」

「っ!?よせテレ……」

 

 そこに響き渡る冷淡で感情の起伏の感じられない声を、私は一瞬誰の声なのか認識するのに時間がかかった。そして私が言い終わる前に銃声が響いた。

 

 恐らく一撃で即死したと思うし、思いたかった。足に感じる痛みと重みが消えたと共にベアトが顔を歪ませながら一気に私を引っ張りあげた。同時にテレジアが分厚く重いエアロックを真空が空気を吸い出す勢いと自身の体重も利用して閉じ始める。

 

 宇宙港では再度、そして、一際大きな爆発が生じる。大地震が生じたのかと思わんばかりの震動が響き渡る。その衝撃の方向に私は覚えがあった。揚陸部隊の旗艦『アシュランド』が停泊していた方向であった。

 

「っ……!!」

 

 目の前に迫る紅蓮の炎に息を呑みながら私は生身の手で手摺を掴んで固定して、義手の腕を使いテレジアの助力をするように数百キロの重さのあるエアロックを押し込んだ。

 

「う……うおおぉぉぉぉ!!!」

 

 義手のリミッターを解除して、獣のような声を上げて私は必死に力を込める。爆炎が目と鼻の先に来ていた。エアロックが完全に閉じる直前、私は自身のベレー帽が吸い出され、そして業火の中に呑み込まれ消えていったのを目撃した……。

 

 

 

 

 

 

 宇宙港にいた者達の殆んどは何が起きたのか理解出来なかっただろう。

 

 宇宙暦792年五月七日0230時、要塞駐留艦隊の一部部隊がミサイル攻撃をイゼルローン要塞に向けて敢行。要塞の陰からその流体金属層の上空ギリギリをシースキミングしながら突き進むミサイル群は同盟軍主力艦隊からしてみれば要塞駐留艦隊の拘束のために殆どの艦艇は気付く事が出来ず、数少ない気付いた艦艇もまさか要塞を狙いとしているとは考えてもいなかったために対応が遅れざるを得なかった。

 

 たかだか六〇〇〇発程度のミサイル群は、本来ならばイゼルローン要塞に大した傷を与える事は出来なかった筈であった。しかし同盟軍に外壁をズタズタに傷つけられ、ゲートを無理矢理こじ開けられて極端に防御力が低下した後、更には要塞側が重力場を操作して宇宙港周辺の流体金属層を薄くしていたとなると話は違った。

 

 第二宇宙港・第四七宇宙港に着弾したミサイルは外壁を文字通り崩壊させた。そして要塞の重力制御装置により発生した引力に従い数千万トンに及ぶ要塞の建材と同じく数億トンの流体金属は二つの宇宙港を文字通り圧し潰して、物理的に封鎖した。この攻撃により同盟軍は宇宙港ブロックに残していた戦力の八割、数万名が生き埋めとなって壊滅する事になる。特に第四七宇宙港に着弾したミサイルは多数に上り、揚陸した揚陸部隊主力は旗艦『アシュランド』が大量のセラミックの塊によって潰され、司令官ゲイズ中将以下司令部要員の大半をこの瞬間に喪失する事となる。

 

「なんて事だ……帝国軍め。味方撃ちだけでは飽き足らずこんな事までするのか……!?」

 

 シトレ大将は絶句する。自らの要塞にミサイルを撃ち込むなぞ、ましてや第二宇宙港では未だに数千を超える帝国兵の残存部隊が抵抗を続けていたとの報告を聞いていた。今の攻撃はその必死に抵抗する味方も纏めて生き埋めにする事を意味していた。それ故にその非人道性は目に余る。

 

「要塞内部にはどれだけの戦力が取り残されている?」

「こ、これまでの損害から恐らくは一五万前後の地上部隊が孤立したものと思われますが……」

 

 参謀の一人がオペレーターに尋ねる。オペレーターの発言に『ヘクトル』内部の参謀達は顔を苦々しく歪める。

 

「やってくれたな。補給も通信も切れた、下手すれば指揮系統も混乱した陸戦部隊がそう長く抵抗出来るとは思えん」

「撤退のしようもないとなれば玉砕か降伏かしかあるまい。となれば……」

 

 同盟軍からすれば二つの選択を強いられる事になる。即ち、一つはこのまま内部の味方が要塞を陥落させるか、あるいは降伏か玉砕か、どのような道を辿るのかは兎も角彼らを救助をせずに放置するという選択である。そして今一つは『雷神の鎚』に鏖殺されるのも覚悟で艦隊を前進させて大々的に救援に向かうか……そして、同盟軍は市民の軍隊である。幾ら危険があろうとも一五万を超える兵士を見殺しにするなぞ論外であった。

 

「各部隊を散開させる!散兵陣形を取れば要塞主砲の犠牲は最小限に抑えられる!第五艦隊は遠方からの支援攻撃を継続、第六艦隊は要塞駐留艦隊の拘束を続けよ。その間に第四・第八艦隊は散開陣形を取り、要塞に肉薄する準備に入る!こうなれば仕方あるまい、ここで勝負を決めるぞ!」

 

 即ち、孤立した揚陸部隊を回収すると共に二個艦隊を要塞に乗り上げさせて臨時陸戦隊を上陸させようというのだ。ここに至っては最早犠牲を厭う訳には行かなかった。残る陸戦部隊に、更に二個艦隊の兵員三〇〇万を乗り込ませて圧倒的な数で要塞内部の抵抗を圧殺する覚悟を遠征軍総司令部は決断した。

 

 シトレ大将の決断は、危険こそ高かったが同時に非難される選択ではなかった。この遠征に賭けた同盟軍の人員と予算は膨大であり、同時にここまで要塞を追い詰めたのも初の事である。文字通り後一歩決定打さえ与えればイゼルローン要塞陥落は夢ではない。ここで要塞攻略に失敗すれば次の遠征では二度と同じ作戦は通用しないであろう。同盟軍は更に今後の遠征で多くの犠牲を出す筈だ。

 

 であるならばここで更に数十万の犠牲を出そうとも、無理をしようとも手負いの要塞に止めを刺す……その判断は間違ってはいないのだ。

 

 ……しかし、ある意味でそれは愚かな決断であった。シトレ大将も、参謀達も、いや遠征軍総司令部全体が目の前で幾度も悍ましき惨劇を目撃しているというのに、未だに心の片隅で自分達も気付かぬ間に帝国軍の理性を信じ切っていたのだ。

 

 そして、同盟軍の味方の救助を行おうとするその行動すら、クライスト大将は予見していた。そして、彼はその最終手段の結果を最大化するためにその動きを敢えて無視するのだった。

 

 悪意と狂気に満ちた微笑と共に……。


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