帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第二章 士官学校入学は簡単な事だと思ったか?
第十六話 ヤンって結構リア充な青春を送っている気がするんだ


 自由惑星同盟軍……宇宙暦778年12月時点において星間連合国家『自由惑星同盟』における最大の予算と人員を有する行政組織である。現役兵力4600万名・予備役兵力6200万名、保有艦艇約34万3000隻(後方支援艦艇・警備艦艇・予備役艦艇含む)、年間国家予算の平均40%を割り当てられる超巨大組織である。

 

その人員の収集先は大きく3つ存在する。

 

 一つは徴兵である。元来同盟政府は来るべき帝国との遭遇に備え国民の盾たらんと軍備を増強していた(ダゴン星域会戦以前はその筒先は宇宙海賊や地方の旧銀河連邦植民地に向いていた事は言ってはいけない)。そして物量で劣る同盟軍は国民皆兵によって予測される帝国の大軍勢に対抗する事を想定していた。尤も、宇宙暦778年時点で実際に根こそぎ動員が為されたのはダゴン星域会戦時とコルネリアス帝の大親征の頃のみである。

 

 実際問題軍人に必要なのは技術力と士気である。人口の少なかった開戦初期はともかく、現在の徴兵では数こそ集められるが技術についてその教育にかかるコストと人員の目途は立たないし、かつてのように国家存亡の危機、なんてものは無いから士気も劣悪にならざる得ない。特に同族意識の希薄だった開戦初期の旧銀河連邦植民地出身者はアーレ・ハイネセンの長征組の子孫のために戦う事に否定的な者も少なくなかった。

 

 その事もあり現在では徴兵は選抜徴兵制を採用、しかもその大半は地元の星系警備隊に所属する事が暗黙のルールとなっていた。

 

 二つ目が志願兵である。徴兵と違い自主的に兵士として志願、教育を受けて正規軍に所属する者達だ。徴兵に比べ士気が高いが、志願である事もありより危険の高い前線勤務の比率が非常に高い。つまり戦死率も高い。

 

 だが、当然ながら徴兵と違い各種の手当てが厚く、社会的名誉という点でも評価されやすい。能力によっては下士官・士官に至る道もあり、特に低所得者や低学歴者、あるいは周囲からの差別に対して国家への忠誠を証明するために亡命者とその子孫が多く志願し、少なくない数が夢見果てて毎年宇宙の塵と化すがね。

 

 最後が各種教育機関で専門教育を受けた士官・下士官である。ハイネセンのテルヌーゼン同盟軍士官学校、あるいは領内に8つずつ(首都星及び方面軍司令部のある惑星)置かれた予備士官学校と専科学校、入学するのにも高い学力を必要とするこれらの学校から輩出される人材は正に同盟軍の質の中核であり、高度な教育を受けたエリートの集まりである。その出身者は「ハイネセンファミリー」、あるいは地方星系の名家の子弟が殆どだ。

 

 特に同盟軍士官学校は正に同盟領全域からエリートの集まる登竜門。国立自治大学、ハイネセン記念大学と並ぶ三大学校だ。正直ヤンが凄いその場のノリで士官学校入学していたけどどう考えても化物だ。というかあいつ事故の前に親父にハイネセン記念大学行きたいって言ってなかったか?ノリとしては興味あるから東大入学していい?といっているものだぞ。

 

 思うに多分ヤンの学力だと大学の奨学金普通に取れた気がする。士官学校に誘導した役所の受付嬢は絶対軍の回し者だ。多分成績の良い奴は士官学校に行くように勧める裏マニュアルがあったに違いない。

 

 つまり何が言いたいかと言うと……お前ら、転生しても軽いノリで原作介入しようと思うな。士官学校に行くための苦行は辛いぞ?

 

 

 

 

 

 

「おいお前ら、知っているかね彼のオトフリート1世の奴は本当にスケジュールが神聖な奴だった。どれくらい神聖かって?エックハルト子爵のスケジュール通り、予定の寵姫を予定の日に懐妊させるくらいにさ。おかげで次代皇帝の選出には苦労しなかったらしいぜ?ただし1つだけスケジュール通りに行かなかった事がある。カスパーをホモに育ててしまった事さ!」

 

 門閥貴族の中でも特に名門の間でだけ伝えられるジョークを紹介して爆笑する私。ちなみに名門の間でも帝国では親密な身内同士でしか話しません。同盟の言論の自由は素晴らしいね(尚この惑星では噂する者が平民の場合、同じ平民の自警団が私刑か吊し上げするかも知れないから気を付けてね)!

 

「おい、現実からにげるな。そこの教本をよこせ」

「あ、はい」

 

 ホラントの命令に従い「宇宙空間における有機的艦隊運用の考察と変遷」(著ハウザー・フォン・シュタイエルマルク)を差し出す私。

 

 宇宙暦778年12月14日、雪の降り積もる中、亡命軍幼年学校図書館の一角を占拠した私達は黙々と(正確には私だけ辛い現実から逃げて)士官学校受験勉強中である。

 

「私は神聖な皇室の醜聞なんて聞いていません……私は神聖な皇室の醜聞なんて聞いていません……私は神聖な皇室の醜聞なんて聞いていません……」

 

控えるベアトがぼそぼそと自己暗示をかけていた。

 

「勉強が辛いのは分かるけど、現実逃避は良くないよ?」

 

アレクセイが苦笑いしながら私に指摘する。

 

 机の上には無数の参考書の山。軍事関係の参考書だけでなく語学(これはバイリンガルの私には余り問題ではないが)、理化学、数学、物理学、歴史学、天文学、地学、一般教養等々の科目、ペーパーテストだけでこれだけある。これに更に体力テストと面接が控えているというね。

 

 幼年学校に入学しており、さらに帝国公用語・帝国文化への理解が深い点は一般受験者よりも優位だ。だが、そこは前世の受験戦争同様に甘くない。一般受験者は富裕層に代々軍人家系が基本だ。こいつらは当然のように生まれた頃から士官学校入学を目指し専用予備校通い(同盟の民間大手塾は当然のように士官学校コースがある)、体力作りにジムに行っていると来ている(さらに上流だと専用トレーニングルームを自宅完備のようですよ?)。

 

「今の成績だとギリギリだな。しかもこの時期だ。他の受験者が急激に追い上げして来るっていうね」

 

 唯一の救いは恐らく今年の士官学校の募集人数が拡充されるだろう点だ。ジャムナ国防委員会議長の提案と有象無象の各派閥のロビー活動の結果、同盟軍の再編計画の大まかな枠組みが出来そうだった。

 

 俗に各新聞やニュース、週刊誌でいう所の「780年代軍備増強計画」の概要はこうだ。

 

 まず目玉はレギュラーフリート、つまり常備艦隊を11個艦隊から12個艦隊への増強だろう。ただし、ここは数字のトリックがあり新造艦艇は全体の三分の一に過ぎず残りは解体した第6辺境星域分艦隊及び他の常備艦隊からの部隊抽出によって編成する。

 

 これに関連して常時艦隊の定数の変更が実施される。戦争の大規模化と技術革新に比例して常時艦隊の定数はこれまで際限なく肥大化を続けてきた。ダゴン星域会戦時は1個艦隊5000隻程度、第2次ティアマト会戦時は9000隻前後、そして現在は1万5000隻に及ぶ艦艇数を誇る。

 

 だが、イゼルローン要塞の存在もあり、回廊の狭隘な宙域では大艦隊の展開はむしろ艦隊の運動を阻害するものになりかねないと言う意見が出され、艦隊規模の縮小が図られた。

 

 より正確には艦隊を規模と目的により甲乙丙の区別をつけた訳だ。

 

 甲艦隊は艦艇1万4000~1万5000隻前後艦隊決戦に重きを置いた重装備艦隊だ。帝国軍迎撃を主任務として第2、3、5、9、10、12艦隊をその任に着ける。

 

 乙艦隊は、所謂軽量高機動艦艇を中核としたイゼルローン要塞攻略作戦用艦隊である。艦艇数は1万2000~3000隻、後方支援艦艇の比率も上げて補給・継戦能力も強化されている。第4、6、7、8、11艦隊をその任務に着ける。

 

 第1艦隊は丙艦隊である。この艦隊は教育・国内警備・即応展開・首都星防衛・他の艦隊への補填等多様な任務に着く。そのため規模は最大、またバランスの取れた編成になっている。艦艇数は1万6000隻だ。

 

 無論、其々の主任務があるがそれ以外でも艦隊のローテーションもあるので専門外の任務にも対応する。

 

 また、宇宙暦773年に正式採用された単座式戦闘艇スパルタニアンの常備艦隊への全面配備、国境治安維持・海賊対策のために各星間巡視隊から抽出した艦艇を持ってエルファシル、ヴァラーハ、シャンプール等に艦艇1000~1500隻程の駐留艦隊を設置する。

 

 これらの再編に合わせて同盟軍士官学校の定員が増加した。新編成では新造部隊の設立や部隊分割による数の増加(特にイゼルローン要塞攻略作戦に備えた繊細な艦隊運動を実施するため中堅指揮官の需要が高まった)による士官需要により前年3670名だった定員は4350名に増加していた。つまり入りやすくなったわけだ。推定倍率60倍だけどね!

 

「はあ……能天気に進学を決めたこの前の自分に飛び膝蹴りしたい」

 

いや、希望はあったんだよ?

 

 ラザールおじさんを始め、親戚一同や学校の先輩方には士官学校学生や現役士官もそれなりにいる。士官学校教官までいるのだ。まぁ……あれだ。カンニン……ではなく助言を貰おうとしたわけだ。

 

 皆さんにメールしたら何が返って来たと思う?おう、参考書の題名がA4用紙にみっちり印字されてたよ?……いや、欲しいのはそうじゃなくてですねぇ……!!イングリーテ、お前までこんな時に限って真面目になるな馬鹿っ!

 

「はぁぁぁ……」

「自業自得だな。そんな上手い話があるものか」

 

 机の上に突っ伏した私に毒を吐くホラント。うるせーバーカバーカ!!

 

「諦めて真面目に勉強したら?」

「南無……」

 

 旧友よ、私に過酷な現実を突きつけないでくれ……私死んじゃうよ。

 

「若様、こちらの教本を整理したファイルが出来ました。多少なりとも理解の助力になれるかと……」

 

 色ペンや罫線、図解付きのファイル文章を差し出すベアト。お前神かよ。

 

「ふむ、随分と分かり易いね。よくもまぁここまで内容を単純に纏め上げたものだよ」

 

感心するように内容を見るアレクセイ。

 

「おい、この鼠ぽいキャラクターお前が描いたのか?」

 

 胡乱気にホラントが尋ねる。指差す先には無駄に上手く書けている可愛らしい夢な鼠なキャラクター。犬ぽいのとアヒルっぽいのもセットだ。

 

「何か問題でも?」

「いや、これお前……」

「何か問題でも?」

「……いや、何でもない」

 

 真顔のベアトの前にたじろぐホラント。さすがに宇宙暦8世紀には特許切れてるだろうからヘーキヘーキ。

 

「ベアト~、やっぱり味方はお前だけだ~」

 

 うーうー、半泣きになりながらベアトに縋りつく。情けないって?うるせー馬鹿野郎。

 

「はい、私で出来得る事であれば若様の御望みのままに」

 

 優し気な笑みを浮かべ頭をよしよし撫でる金髪美少女。ははは、羨ましいかい?私の従士なんですよ。

 

 ……はい、自分のような蛆虫にはもったいない出来た娘です。

 

「これだから貴族の馬鹿息子は度し難いな」

 

 カップを持ち上げ、コーヒーを一口飲みながら塵を見る目でこちらを見る学年次席。

 

「ははは……まぁ、ヴォルターはあれでも結構根は真面目で真剣だから……多分」

 

おーい、フォローするなら最後までしようぜ?

 

「それにしても、寂しくなるな。三人共ハイネセン行きなら私一人か。たまにこの身が悩ましく思えるよ」

 

寂しそうにアレクセイがぼやく。

 

「そうはいってもなぁ。お前さんだってまだ親しい従士なり門閥貴族なりいるだろう?」

 

同学年にも先輩後輩にも近しい者は少なくない筈だ。

 

「別に彼らに不満がある訳じゃあ無いけどね。唯やっぱり地を出すのは少し憚られる所があってね」

 

複雑な笑みを浮かべ答えるアレクセイ。

 

「ふん、貴様と親しくなった覚えなぞない。こっちはおかげで良い迷惑だ」

「私はアレクセイ様に懇意にして頂ける事、身に余る光栄でございます。この事は一族、子々孫々に伝える名誉で御座います」

 

 悪態をつくホラントをジト目で見た後、完璧な所作で礼をするベアト。

 

「気持ちは分かるがな。まぁ、向こう行ってもたまにテレビ電話位してやるよ」

 

 と、いうかまず受かるか分からんからとんぼ返りするかも知れないけど。

 

「……さて、最後の追い込みをかけるか」

 

 ふざけるのはこれくらいにして、気を取り直し参考書とペンを持つ。2月の受験日までもう時間がないのだから。一年として浪人は許されない。今の私にとって時間はエメラルドより貴重なのだから……。

 

 

 

「あ、そうだった。ハイネセンって4000光年以上離れているんだったね?」

 

 宇宙暦779年1月末、アルレスハイム星系よりバーラト星系に向け、亡命軍の人員輸送船が出立、私はダイヤモンドより貴重な最後の数週間を呻きながらベッドで過ごす事になった。

 

……これは駄目かもしれないね。




貴重性を宝石類に例えるのは帝国文化

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