帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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前回題名、良く見たら二周年が三周年になっとるやんけ!

……修正しました。単純な算数も出来ないとか作者の知能は小学生低学年以下かな?


第百七十一話 直前の予約変更は店に迷惑がかかるもの

「何?失敗したと言うの?」

 

 夕焼け空の窓辺に佇む青みがかった鮮やかな黒髪の貴婦人はその知らせに顔を歪めた。

 

 美容と健康に湯水の如く資産を注ぐ事で知られる門閥貴族は、特に夫人令嬢は平民に比べ平均して実年齢よりも一〇から二〇歳は若々しく見える事で知られており、わけてもこの侯爵夫人は類い稀なる美貌で知られる人物でもあった。それでも尚、貴婦人の表情は怒りと不快感で見る者を怯えさせる程におぞましく変貌していた。

 

 ゴールデンバウム朝銀河帝国の帝都オーディン、その中枢部に設けられた人類史上最大の王宮の名を『新無憂宮』、末端の近衛兵や使用人まで含めれば数十万、一都市の人口にも匹敵する人々が住まう絢爛豪華な宮廷……特にその内苑が一つが銀河中の美女を集めた後宮『西苑』であり、この貴婦人は『西苑』に設けられた大小の離宮の中でも特に巨大で華美な一宮の女主人であった。

 

 金孔雀宮(ゴルド・プファオ・パレス)と称されたその離宮は歴代皇帝の中でも特に御気に入りの寵姫が住まう慣例で知られていた。恋多き事で知られた第三代皇帝リヒャルト一世美麗帝の最愛の寵姫ルイーズ、第九代皇帝アウグスト一世愛髪帝がその髪を貪った事で知られるルシア、第二八代皇帝ヴィルヘルム一世武断帝に取り入ったヴィレンシュタイン子爵家のゾフィーに、その息子である第二九代皇帝ヴィルヘルム二世狂狼帝の寵愛を受け皇后と対立したドロテーア等がその代表格である。

 

 今代のフリードリヒ四世は歴代皇帝の中でも漁色家として知られる人物であり、手を付けた美女の数は優に千人を超えるが、現状四半世紀に及ぶその在位中にこの離宮を与えられた人物は唯一人であり、その人物がそのまま現在の家主でもある。

 

 髪の色に合わせた藍色基調のロココドレスに身を包み、翠玉の嵌め込まれた耳飾りに真珠の首飾りで着飾る貴婦人の名前はドランバルト子爵家の長女シュザンナと言った。弱冠一六歳で後宮に納められ、それから一年もしないうちに親子程の歳の差のある皇帝に純潔を捧げ、その寵愛を受けてベーネミュンデ侯爵夫人の称号を与えられたかつての『西苑』の女主人は怒りに打ち震えながら手元の扇子を思わずへし折っていた。

 

 天然物の孔雀の羽根を使い、職人が丹精込めて仕立てたそれの値段は優に一万帝国マルクはする筈であったが、当の本人はそれを塵にした事に一抹の罪悪感もなかった。彼女の思考を支配していたのはただただひたすらにどす黒い憎悪と嫉妬と焦燥のみであった。

 

 それもその筈、折角あの忌々しい下級貴族の女狐の弟を決闘にかこつけて抹殺出来ると思えば皇帝の仲裁で決闘そのものが中止させられ、仕方なく今度は暗殺者の群れを屋敷に送り込んだと思えば全員があっけなく返り討ちにあってしまったのだから。

 

「ま、まさか……幾ら何でもプロの暗殺者を四七人も送り込めば流石に仕止められると思いましたが……」

 

 宮廷侍医のグレーザーが髪の薄い頭から溢れる汗をハンカチで拭いながら答える。その口調は明らかにもたらされた事実に動揺し、恐怖していた。

 

 一人二人の暗殺者を返り討ちにしたのならまだ分かる。だが完全武装のプロの暗殺教団のメンバー四七人である。しかも相手は当の暗殺対象含めほんの数名でしかないというのに!挙げ句の果てには襲撃して来た暗殺者の半分が目標によって刀で斬り捨てられたとはなんだ!?意味が分からない……!!

 

「集めた情報によりますと、どうやらあの決闘で目標を仕止め損ねたあの男が事前に襲撃を伝えてきたそうです。そこで目標も万全の態勢で襲撃に備える事が出来たとか」

 

 ベーネミュンデ侯爵夫人に幼少期から仕える執事が誰にも気付かれぬうちに部屋の隅から現れて新たな報告をする。その知らせに齢三〇を越えても尚少女のように若々しく美しい侯爵夫人は、只でさえこれ以上ないと思えた恐ろしい風貌を更に般若のように獰猛に変貌させた。

 

「あの男め……!!仕事をし損ねたばかりか寝返りよったか!!」

 

 実の所、態態グレーザー医師を通じて手出しするなと警告したのにそれを無視して別の、しかも代々商売敵である組織の暗殺者達を雇用されたのだ。誇りを傷つけられた最初の暗殺者のちょっとした意趣返しであった。尚、その後、日を置いて改めて目標に決闘(暗殺)を挑んで失敗したばかりか、その覇気に当てられて臣下になってしまったのだが……流石に執事もそんな斜め上過ぎる展開までは把握していなかった。

 

「全く以て忌々しい!!姉弟揃って男をたぶらかす才能でもあるらしいわね、それならば後宮やら軍やらにおらず寒空の下で娼婦なり男娼なりなっていれば良いのよ!血筋も性分もなんて穢らわしいものなのかしら……!!」

 

 ギラギラと瞳を憎悪で輝かせるベーネミュンデ侯爵夫人。彼女にとっては自分の居場所を奪った小娘も、小癪なその弟も心底目障りな存在であった。

 

 いや、より正確には彼女は恐怖していたのかも知れない。彼女にとってあの姉弟は自分の存在と人生そのものを盗む存在に思えたのかも知れなかった。

 

 まともに考えれば分かる事だ。フリードリヒ四世と言う男は美貌こそ先祖代々美男美女の血を取り込んだ帝国の特権階級の常として平均以上の水準ではあるが、抜きん出る程の人物でもなかった。長らく続けた放蕩が肉体を蝕み、その顔は不健康そうにも見えた。皇帝としての権威に至ってはこれまでの行いの数々から形式的にこそ敬われているとしても、多くの諸侯は内心では軽蔑すらしていた。

 

 シュザンナ・フォン・ベーネミュンデにとって、皇帝の寵愛を受ける事はその人生の全てであった。そう、生まれた時から教え込まれて来た。

 

『皇帝の御心に添うように』

 

『皇帝のお気に召すように』

 

『宮廷での地位を揺るぎ無いものにするように』

 

『子爵家に繁栄をもたらすように』

 

 何度も何度も、物心がつく頃からそう教え込まれて続けて来た。その言葉を実現するためだけに彼女はその人生を費やして来た。そのために美貌を磨き、性格を矯正し、宮廷儀礼を覚え、教養を学んだ。彼女にとって愛を捧げるべき相手は『皇帝』以外に教えられてこなかった。

 

 そして、愛するべき『皇帝』の子供を産む機会を三度に渡り失い、飽きられ、その寵愛をどこの馬の骨かも分からぬ女に盗まれたとなれば、彼女の怒りは寧ろ当然の事であったのかも知れない。彼女には『皇帝』の寵愛を受ける以外の目的なぞ元より教えられてこなかったのだから。『皇帝』を奪われた彼女には最早何も無いのだ。唯一の存在意義を奪う少女を許す訳がない。許せる訳がない。

 

 ……彼女にとってのもう一つの悲劇は、皇帝が彼女の内心に然程関心を払って無かった事であろう。再三に渡り死産流産をしたにもかかわらずフリードリヒ四世は何の警備体制の変更もしなかったし、ましてや心を痛める寵妃を慰める事もせず、ただただ薔薇の世話か他の寵妃の元に訪れていたのだから。彼女にこれまで皇帝が授けた贈り物の数々も彼自身ではなく、侯爵夫人の好みや他の寵妃との派閥関係等を考慮した上で宮内尚書が取り揃えたものだった。当然ながら侯爵夫人はそんな事は知らない。

 

 無気力で虚無的な皇帝からすればベーネミュンデ侯爵夫人は所詮『都合の良い良質な女』以上のものでは無かったのだろう。幾ら献身的であっても、彼は寵妃が奉仕している対象は『皇帝』であって『フリードリヒ』ではない事を知っていた。恐らくは彼女は自分の兄や弟が『皇帝』であっても同じ位に兄弟達を愛した事であろう。少なくともフリードリヒ四世はそう思っていた。

 

 故に、フリードリヒ四世は気付かない。自らの行いが誰を苦しめているのかを。特に感慨もなく、美貌だけで手をつけた令嬢がどれだけ苦しみ、悶えているのかを。

 

「許せぬ……許せぬ………許せるものか………!!」

 

 離宮の窓辺で身体を震わせ続け、賎しい血筋の姉弟への呪詛の言葉を呟き続ける侯爵夫人。震えるグレーザー医師にはその姿が暖かい巣から追い出され怒り狂う猛禽のように思えた。

 

 しかし、今一人この部屋に控える彼には、彼女の姿が外の世界を知らず、関心すら持たず、飼い慣らされた哀れな籠の鳥に感じられた。

 

「シュザンナ様……」

 

 そして哀れな小鳥を、漆黒の燕尾服を着こんだ男は小さく誰にも聞こえぬ声でその名を呟き、そして直ぐに目を伏せて、静かに影のように付き添い続けた。

 

 自らの感情を押し殺して………。

 

 

 

 

 第五次イゼルローン要塞遠征作戦のための事前作戦は第二段階に移行した。即ち、同盟軍の軍事作戦に対する防諜と、欺瞞情報の流布による国境帝国軍に対する陽動である。国境に展開する帝国軍を可能な限りイゼルローン要塞から引き剥がし、その駐留戦力を削減する事が目的である。

 

 イゼルローン要塞駐留艦隊こそ要塞防衛以外の目的のために動く事は有り得ないとしても、その他の予備戦力まで相手にする必要はない。同盟軍は係争地域における攻勢を強め、一方で特殊部隊や諜報員により扇動した奴隷や諸侯、平民に反乱や暴動を起こさせ、また訓練や兵器・資金を提供した宇宙海賊や過激派共和主義者、その他の反帝国勢力による帝国国内における破壊工作や暗殺等のテロ活動、軍事行動を支援する。

 

 これ等の活動はまず順調に成果を挙げていると言えるだろう。帝国軍は国内と最前線に戦力の展開を始め、イゼルローン回廊における警戒網は弱体化しつつある事が情報収集艦や偵察型スパルタニアン、極秘に建設した監視施設等からもたらされる情報で判明した。

 

 宇宙暦792年三月一九日、マル・アデッタ星系にて同盟宇宙艦隊はイゼルローン要塞遠征に向けた最後の大規模極秘演習を実施し、その最終局面を迎えていた。

 

「成果は上々、と言った所でしょうか?」

「うむ、かなり厳しい訓練計画であったが……想定よりもかなり練度は向上したな。あの艦隊運動の動きを見たまえ。この妨害電波と攻撃を前にあれだけ息のあった連携が出来るとは」

 

 第八艦隊旗艦であり、先月末を以てシトレ大将の宇宙艦隊司令長官就任に合わせて同じく宇宙艦隊総旗艦に昇格した『ヘクトル』、その艦橋で総司令部航海部長クブルスリー少将が私の感想に頷く。

 

 遠征動員予定部隊の九割が参加する今回の演習は、総司令部にとって極めて満足いく結果を出していた。小惑星帯により形成された回廊をイゼルローンのそれに見立てて、電子戦部隊が最大出力で妨害電波を発生させて行った演習は、ここ数ヶ月の間に実施された演習に比べても遥かに苛烈で危険であり、下手をすれば四桁の死者が出かねないものではあったが……。

 

「到底通信妨害下とは思えない整然とした動きですね。沈没艦が未だ出ていないのも幸いです。これならば実戦でも十分通用しそうです」

 

 演習参加の艦隊の動きは、文字通り『一糸乱れぬ』というべきであろう。前回の遠征に参加した時も遠征艦隊は芸術的な艦隊運動をして見せていたが、今回の動きはそれに勝るとも劣らない。しかも大規模な訓練に付き物の死亡者や負傷者も想定を遥かに下回る数字に抑えられていた。数隻程が衝突事故を起こしたものの、損傷艦こそあれ沈没艦は皆無である。

 

「そう言えば貴官は第四回遠征に参加していたのだったな。私も第二回と三回に参加した事がある。イゼルローン要塞は難攻不落であるが……これだけの戦力を動員するのだ。今回の遠征を成功させたいものだな」

 

 腕を組みながら、クブルスリー少将は重々しく呟く。イゼルローン要塞遠征において最も重要な役割を受け持つ部署が航海部である。その最高責任者として、クブルスリー少将の肩に乗る責任もまた重かった。

 

 私は上官の発言に頷くと、視線を戦況モニターに戻す。六万隻の艦隊がデータ上に映される帝国艦隊とワルツを躍りながら砲撃戦を展開する中で、その背後から一〇〇〇隻程の別動部隊が作戦を開始する。

 

 データ上の帝国艦隊の後退に合わせて第四・第六艦隊を中心とした同盟艦隊が急速前進して並行追撃に持ち込む。第五艦隊が後方から支援砲撃を実施し、総司令部の置かれる第八艦隊及び独立部隊は全体の戦況を見渡しつつ増援部隊の投入や要塞の注意を反らすための攻撃を実施する。その隙にキャボット少将率いるミサイル艦中心の別動部隊が回廊危険宙域……ここでは代役を小惑星帯が宛てがわれている……をギリギリ迂回して見せる。

 

 元よりキャボット少将は艦隊運用の面で同盟軍において五本の指に入る名将である。ましてや今回、別動部隊は副司令官エドウィン・フィッシャー准将以下戦隊・群・隊レベルに至るまで全員が艦隊運用の専門家で占められ、個艦レベルでは全艦が熟練の艦長で固められていた。部隊内艦艇の一割にエース艦長が乗艦しているというのだから凄まじい。

 

 文字通り精鋭中の精鋭だけで固められた別動艦隊は平然と危険宙域と何重にも敷かれた警戒網を潜り抜け、イゼルローン要塞(役のマル・アデッタ補給基地)の背後に要塞の索敵班に気付かれずに展開して見せた。その動きに『ヘクトル』艦橋の各部署では感嘆の声が上がる。

 

「何と素早い!」

「あれだけの警戒網をあっさりと……」

「しかも陣形を維持したままとは、たまげたな」

「個艦レベルまで最高の人材で固めましたが、流石にここまでとは……キャボット少将は良く部隊の統率が出来ているようです」

「荒くれ者の艦長共をこうも使いこなすとはな」

 

 六万隻の艦隊運動も壮大であるが、キャボット少将の指揮もまた大胆にして緻密であり、その鮮やかさは目を見張るものがある。特に今年一月に別動部隊が編成された際に別動部隊参謀長役を兼務し始めたホーランドの助言もあり、編成されてから僅か数ヶ月の艦隊はまるで歴戦の勲功艦隊のようだった。

 

(ある程度本隊の練度が整った後に兼務してくれて助かったな。数ヶ月前倒しだったら激務で倒れてたぞ、私)

 

 六万隻の航海や陣形展開、そのための序列や推進材や燃料の消費量計算と補給・訓練計画を行うなぞ、かなりの重労働だ。下請けスタッフがいるし、最終決定は航海部長がいるとは言え笑えない仕事量だった。

 

 正直ホーランドの抜けたタイミングが絶妙過ぎた。少しズレていただけで多分スケジュールが狂っていただろう。繁忙期の仕事の内私とホーランドの仕事比率は多分三:七位だったぞ……?

 

「若様」

「ん?あぁ、受領書だな」

 

 ふと傍らに来たテレジアが差し出した書類を見て、私は懐からペンを取る。後方部からの推進材の受領確認書類であった。私が受領者の欄に受け取り確認のサインをしなければならない。

 

 因みに同じくベアトとテレジアも総司令部の航海部に捩じ込まれたが、当然ながら私よりも遥かに仕事をこなしている。何ならさっきいった三:七の比率すらベアトとテレジアの協力付きである。というか私なんでこんなに仕事とろいのに副部長なんかやっているんだろう……。

 

「疲れたのかね?顔に疲労が溜まっているぞ、副部長」

 

 書類を返してから小さく溜め息をつく私にクブルスリー少将が心配そうに尋ねる。尚、この人は私よりも遥かに忙しい仕事をしています。はは、ワロス。

 

「いえ、問題ありません」

「遠慮する事はない。人それぞれのペースがあるからな。貴官の能力で出来ない事を無理をしてまでやる必要はない。必要ならばサポートの体制は整える。本番で無理が祟る方が困るからな」

「ぜ、善処致します……」

 

 若干飽きれ気味な表情で、しかし労るようにクブルスリー少将は私にそう伝える。実際、本番での失敗が一番困る上に少将は既に私の能力の限界値について把握していた。過剰な期待も負担もかける積もりはなさそうだった。

 

「別に貴官の実力を見くびっている訳ではないぞ?無論、ホーランド准将の方が仕事は早いし正確だがあれほどの人材はそうそういるものではないからな。貴官とて、その分ならば分艦隊クラスの参謀職はどうにかなるだろう。経験を積む事だな。………さて、そろそろ作戦の本題だな」

 

 クブルスリー少将の言に釣られモニターを注視すれば、今回の遠征の作戦の肝が始まっていた。並行追撃で要塞主砲を封じた主力艦隊は空戦隊による要塞周辺宙域の制宙権を確保、そして(データ上の)無人艦部隊が護衛と共に前進する。ほぼ同時に要塞背後を取った別動隊が演習用のミサイルを一斉に吐き出す。

 

 無人艦隊とミサイルの飽和攻撃により要塞外壁を短期間の内に破壊した同盟軍は揚陸艦隊を前進させる。前衛と背後双方から揚陸艦が要塞に陸戦部隊を投入する。

 

「要塞表面異変!」

 

 オペレーターの発言に艦橋内の兵士達がどよめく。

 

「何だ?演習内容にはないぞ?」

「サプライズという訳かっ……!!まさかと思うが味方ごと要塞主砲を撃つのか!!?」

「射線内の艦隊を退避させろ!」

 

 艦橋のオペレーター達は大騒ぎで各部隊に無線通信を始める。モニター上の同盟艦隊は陣形を崩しながら射線から避難しようとするが、そう簡単には行かない。回廊自体の空間的余裕がないのは当然として、データ上の帝国艦隊の反撃が開始されたためだ。瞬く間に数百隻の艦艇が撃沈判定を受ける。そして………。

 

「『雷神の槌』、来ます!!」

 

 オペレーターの一人が叫ぶ。次の瞬間にはモニター上に巨大なエネルギー波の映像が映し出される。そして、要塞主砲射程圏内に展開していた二〇〇〇隻を超える艦艇が撃沈判定を受けた。

 

「………」

 

 艦橋内の参謀やオペレーター達が沈黙する。そして、ゆっくりと艦橋の一角に視線を向けた。総司令官用の座席に座るシドニー・シトレ大将はモニター上の散々な結果を見て腕を組み合わせ、唸った。

 

「うーむ、参謀長。これはいかんな。どうやらまだまだ我が軍の訓練は足らんらしい」

 

 何処か態とらしく、肩を竦めて傍らに控えるレ中将に向けてそう声をかけるシトレ大将。レ中将はそんなシトレ大将の態度に呆れ気味に首を振る。当のシトレ大将はそんな参謀長を無視して司令官用の座席から立ち上がると、無線通信回路を開き艦橋だけでなく、全艦隊にも聞こえるようにしてから意気揚々として宣言する。

 

「という訳だ。諸君、これが本番前の最後の大規模演習だ。妥協は許されん。故に、総司令官権限によりこれより演習を一週間延長しようと思う!!」

 

 自信満々に宣言したシトレ大将に艦橋要員達は互いに顔を見合わせる。互いに笑顔を浮かべ、再度シトレ大将の方を向いて、次の瞬間叫んだ。

 

『「ふざけんじゃねぇぞゴラァ!!!」』

 

 肉声と同時に、艦隊中のオープン回線から叫ばれた通信は、余りの量に一時的に『ヘクトル』の通信回線をシャットダウンさせた程であった。喧騒により大騒ぎになる艦橋……。兵士達が顔を真っ赤にして罵詈雑言が飛び交う中、私だけが顔を青くして、表情を引きつらせていた。

 

「……はは、マジかよ。タイミング悪過ぎだろう?」

 

 絶望したように、私はそう呻き声を上げていた……。

 

 

 

 

 

 

「ははは、これは凄い苦情の山だな!」

「総司令官、笑い話ではありませんぞ。兵士達の不満は爆発寸前だったんですから。憲兵隊が上手く処理しなければ暴動の可能性すら有り得ました」

 

 宇宙暦792年四月一日、通信管制を敷き、演習の存在そのものすら気付かせずにバーラト星系に帰還した六万隻の宇宙艦隊は、その大半がハイネセン衛星軌道上の宇宙桟橋に停泊し、補給と補充、補修を受け、乗員の多くもまた桟橋内の兵舎に帰り、遠征に向けた最後の休暇を楽しんでいた。いや、楽しんでいたというのは少し語弊があるだろう。事実、第八艦隊停泊用の宇宙桟橋『ヘスティア』の司令部のデスクには大量の抗議メールの山が築かれていたのだから。

 

「仕方無かろう。事前に言っても誰も味方撃ちなぞ半信半疑で到底真面目に取り組まんだろうし記憶に残らんよ。兵士達に印象付けて危機感を与えるにはあのようなデモンストレーションを行った上で追加訓練を行うのが一番だ。……それに、どの道機密保持もあるから大半の人員は地上に降りる事は出来んよ」

 

 デスクの上の手紙の山を一つ一つ読みながら黒人提督はレ中将に向けて苦笑を浮かべる。将官クラスの高級将校なら兎も角、末端の兵士ともなれば演習の内容を簡単に口にしてしまいかねない。作戦の機密保持のためには遠征までの最後の休暇もこの軍事施設であり民間人との接触も難しく通信も監視しやすい宇宙桟橋内の部屋で住まわせる他無かった。無論、それならまだ理解を示す兵士も多いだろう。だが、土壇場で演習期間延長は流石に我慢出来なかったらしい。

 

「ふむ、首都星に帰還してすぐ食えるように予約したデリバリーピザ食い損なったから賠償しろ!か。此方は……コンサートの生放送見逃したふざけんな!か」

「もうすぐ大遠征だというのにふざけた内容ですな」

「彼らにとっては大真面目だろうさ。今回の遠征で生きて帰れるか分からんのだ。残り少ない貴重な休暇を棒に振ったとなれば怒るのも仕方あるまい」

 

 士官ならまだしも、下士官や兵士ともなれば決して愛国心や信条だけで軍に就職した者ばかりではない事をシトレ大将は良く良く理解していた。

 

「……閣下、まさかとは思いますがかこの手紙全て読む積もりですか?」

「そうだがね、何か問題でもあるかな?」

 

 一〇〇〇通近くありそうな手紙を当然のように全て読むと言い切る宇宙艦隊総司令官に、レ中将は鼻白む。

 

「一応危険物はないか検査はしましたが……余り生産的な事とは言えません。所詮は末端の兵士達のいい加減な不平不満です。彼らも出しただけで満足して読まれるなんて期待しておらんでしょう」

 

 そもそも宇宙艦隊司令長官が態態一兵士の不平不満をしたためた手紙を読むなぞ馬鹿げている。そんなのは総司令部法務部なり憲兵隊の末端にでも任せておけば良いのだ。大将には大将の、二等兵には二等兵の役目がある。望遠鏡が顕微鏡の仕事をやる必要性は何処にもない。そんな事をする位ならば総司令官としての役目を果たすべきだ。

 

「そう言うな。ちゃんと総司令官としての仕事はしているだろう?今だって休憩時間ではないか。休憩時間をどのように使うかは個人の自由だろう?」

「屁理屈ですな。総司令官の仕事は楽ではありますまい。休める時に休まねば困りますぞ」

「別に無理はしてはいないさ。……それに、ふざけた作戦を指揮する身としてこれくらいの事はしてやらんといかんさ」

 

 手紙を読みながら神妙な表情を浮かべるシトレ大将。

 

 やるべき事は全てやった。しかし、それでも尚、此度の遠征では夥しい犠牲が出る事になるだろう。そしてシトレ大将は兵士達に死ねと命じる立場の存在であった。

 

 ましてや、今回の遠征における作戦はある意味で犠牲を前提とした内容だ。帝国軍が味方ごと『雷神の槌』を撃ち出す事すら想定し、それでも尚要塞を陥落させる事が可能な戦力を取り揃えたのだ。今回の遠征において、同盟軍首脳部は百万を超える大損害すら覚悟し、不退転の決意で作戦を作成していた。兵士達からすれば堪ったものではない。

 

「それでも、この遠征が成功すれば休戦への道が開けるのは確かだ。少なくとも将来的な犠牲は大幅に減らせるからな」

 

 シトレ大将は苦味の籠った声で呟く。そう、百万を超える犠牲を出したとしても要塞さえ攻略出来れば同盟軍はその軍事的な負担を大きく軽減出来るし、戦略・戦術双方で帝国軍に対して優位に立てる。そして、その分犠牲は減らせる。

 

 更に言えば、大量の犠牲を出してでも要塞を陥落させる事が出来れば主戦派も直ぐには軍事行動を起こそう等とは考えまい。荒唐無稽であるが無血開城したなら兎も角、大損害との引き換えであれば主戦派もそれ以上の出兵には及び腰になる事は当然であった。後はそのままの状態を維持すれば実質的な休戦状態に追い込む事も不可能ではない。

 

「だからこそ、そのために死なせる兵士達の愚痴を聞いてやる事は私の義務というものだよ」

 

 肩を竦めておどけて見せるシトレ大将。そんな上官に対して生真面目で気難しい遠征軍参謀長は顔をしかめ、嘆息する。

 

「職務に支障を来さない範囲でお願い致しますよ」

 

 そう言い捨てて、参謀長はデスクの上に書類を広げ自身の仕事に取り掛かる。参謀長は、休暇時間とは言え残り少ない貴重な時間を無駄遣いするような性格ではなかったのだ。

 

「やれやれ、君も人の事は言えんだろうに」

 

 若干呆れつつも、シトレ大将は手紙を読むのを再開する。遠征軍がイゼルローン要塞に進発するまで、残り九六時間を切っていた………。

 

   

 

 

 第五次イゼルローン要塞遠征軍に参加する予定の兵力は地上部隊と後方支援部隊も含めて八八六万七九〇〇名に及んだ。

 

 過去最大の動員である今回の遠征は、同時にその規模から情報の漏洩に最大限の注意が払われた。そのために一部の高級将校は兎も角として、投入兵力の九九・九パーセントは延長が為された地獄の演習日程終了後も地上に降りる事は許されず、流石に艦艇内では窮屈であるがために大多数は衛星軌道上の宇宙桟橋を始めとした軍施設内で遠征に向けた最後の数日間を過ごす事となった。

 

「とは言え、これではまるでお祭り騒ぎだな」

 

 私は第六艦隊が停泊する宇宙桟橋の廊下を歩きながら手に持つパンフレットを見てぼやいた。

 

『総員シネマスタジアム集合!!徹夜でギャラクシー・ウォーズシリーズ全話放映会開催!!最新エピソード・ナインも民間に先駆け先行上映!!参加費無料!!』

『遠征参加艦隊対抗大食い大会、優勝者は一年間購買部無料券提供!!参加者募る!!』

『第五艦隊所属要員限定!第五艦隊宇宙桟橋にて先着百名様限定で基地内パブ「虎猫亭」一日無料借り切り飲み放題!!急げ!!』

『第八艦隊ギャンブルサークル主催ビンゴ大会!一等にはサジタリウス腕一周銀河旅行券贈呈!その他豪華商品多数!!』

『第六艦隊陸戦競技場にて遠征軍参加部隊統一白兵戦技能大会主催!陸兵以外も参加可能!強者達よ来たれ!!』

『ドキドキ動画にて銀河の妖精フレデリカのハイネセンポリスコンサート無料生放送!!実況見逃すな!!』

 

 パンフレットにみっちり書かれた内容は到底軍隊内部で正式に交付されているものとは思えないものであった。

 

 イゼルローン要塞遠征等、同盟軍の大規模な攻勢的出征の直前には良くある光景である。機密保持の観点から民間での休暇を許されない兵士達の慰労と士気向上のために、上は総司令部から下は個艦単位に至るまで、様々な部署がイベントを主催するのだ。予算は軍の厚生費やカンパから出ており、各艦隊・地上軍内部に作られた同好会グループやマスメディア、軍と契約した飲食店や娯楽施設等も協力している。今持っているパンフレットは通りがかった総司令部広報部の軍属事務員から貰ったもので、これだけでは載せきれないので内容が異なるものがダース単位で存在した。

 

「相変わらず随分と酷い騒ぎな事です。出兵前にこんな体たらくとは……」

 

 これまでの出兵前の同盟軍兵士の惨状を思い出したベアトが顔をしかめる。出征前に宇宙桟橋内に設けられた歓楽街区画の酒場や飲食店、カラオケボックスにゲームセンター、キャバクラ、ホストクラブ、映画館等が兵士達で満たされるのは毎度の事だ。艦隊内同好会が様々なイベントを開きお祭り騒ぎを起こすのもいつもの事だった。ベアトにはそれが実に統制と軍規の取れていない状況に思えるらしかった。

 

「仕方無いさな。流石に同盟軍程の規模となれば末端の兵士にまで高い意識を植え付けるのは不可能だからな。亡命政府軍とは違う」

 

 唯でさえ、自由惑星同盟軍は現役兵力だけで六〇〇〇万以上、予備役を含めれば一億近い人員を有する人類史における最大級の巨大軍事組織である。これに匹敵、ないし越える軍事的勢力は現在と過去を見渡しても銀河帝国軍と銀河連邦軍、地球統一政府軍しか存在しない。そして同盟軍においては帝国軍のような洗脳染みた思想教育は民主共和政に似つかわしくないとして禁止されている。ましてや亡命政府軍に至っては規模が小さい事もあってその統制は本場の帝国軍以上である。比較する事すら出来まい。

 

 無論、兵士達の中には馬鹿騒ぎを好まず普段通りに最後の休暇を過ごす者もいる。もしくは部屋に閉じ籠り切りの者、怠惰に丸一日眠る者もいる。あるいはアライアンス・ネットワークシステムの軍内専用回線もこの時期は遠征軍兵士に対して優先的に回されていて、機密に触れない範囲で家族や友人とのテレビ電話も許可されているし、検閲こそあるが基地内や艦隊内部に設けられた郵便部に家族宛の手紙を出す兵士もいた。遺言書は軍規により可能な限りの全兵士に記入が義務付けられている。

 

 帝国軍とは違い、軍規を守り情報さえ漏らさなければ何をどうするも自由、それが民主主義国家たる自由惑星同盟の国軍であった。兵士もまた投票権を持った市民である以上、末端兵士で見れば帝国軍に比べ同盟軍兵士は遥かに福利厚生面で優れており、また権利も保障されていた。

 

「ほい、チーズ!」

「あっ?」

 

 背後からの声に思わず振り向けばフラッシュの音と共にパシャ!と言うシャッター音。何処か古めかしいフィルムカメラを手にしたグレドウィン・スコット中佐がニヤニヤした姿で此方を見ていた。慌ててベアトとテレジアが盾になるように前に出て腰のハンドブラスターに手をつけて警戒する。

 

「おいおい、二人共こんな所で撃つな。……射殺するなら人目のない所でやれ」

「おい、その止め方待てよっ!!?」

 

 私の言い草に迅速に突っ込みを入れるスコットであった。いや、だってお前さんには結構恨みあるし……。

 

「けっ!相変わらず美人を連れてリア充しやがってよ。俺だってファッションに気を使っているから見た目は悪くない筈なんだがなぁ……」

「まずナルシストな性格を直すこったな。そんなんだから合コンでも相手いないんだよ。つーかいきなり写真なんて撮るんじゃねぇよ。何してんだ?」

 

 髪を弄くるスコットにそう言い捨て、フィルムカメラを指差して私は尋ねる。

 

「あー、これか。俺の私物なんだけどな。遠征前に同好会で写真撮る企画があってよ。広報部が予算くれるってんで正に今出征前の遠征軍将兵の勇姿を写真に納めているって寸法さ」

 

 電子戦・コンピュータ関係の専門家である事もあってか、若干幽霊部員ではあるものの自由惑星同盟軍写真・動画撮影同好会にも加入しているスコットであるが、どうやら同好会丸ごと広報部に協力しているらしかった。

 

「そんで俺は同期の奴らの部署に顔出して写真を撮っている訳だな」

「要塞陥落したら広報誌に貼られ、負けたらお蔵入りか。副業なんかせずに仕事しろよ」

「仕事なら終わったよ。いや、正確には交代制でまだ少し仕事はあるが出立前にやれる事はほぼ終わってるぜ?」

 

 そう言っている間にもパシャパシャと遠慮なくカメラレンズを向けてシャッター音を切るスコット。おい、明らかに私じゃなくてベアトとテレジアの方撮ってるよな?

 

「俺だって誰を撮るかの自由位あるさ。少なくとも放蕩貴族よりも美人を撮る方が精神衛生に良いだろうよ」

 

 スコットの物言いに私は肩を竦める。ベアト達は随分不愉快そうな顔を浮かべるがスコットの方は一切気にしていないようだった。

 

「もういいからお前失せろ。私以外にも従軍する同期は結構いるだろう?」

「へいへい、ほれよ。撮影代だ、くれてやるよ」

 

 しっし、と私が立ち去るように手を振れば、漸く観念したようにスコットは撮影を止めて撮れ立ての一枚の写真を差し出す。振り向き際の私の写真だった。両脇には同じく若干驚き気味に振り向く従士の姿もあった。

 

「……結構上手く撮れてるじゃねぇか」

「伊達に隠し撮りばかりはしてねぇよ。さて、次はホーランドの所にでも行くかね。コープが一緒にいたらまた面白いのが撮れそうだ」

「お前、死ぬぞ……?」

 

 士官学校でもそれなりの成績だったのだから頭は悪くない筈なのだが……このお気楽さと学習能力の無さには呆れ返る。

 

「んじゃあ、あばよ。お互い生き残ろうぜ。俺もお前さんを最後に撮ったのがリア充してる写真なんてご免だからな!痴話喧嘩でぶたれているシーン辺りにしたい」

「言ってろ、ボケ!」

 

 くっくっくっ、と妄言を吐くスコットにそう言い捨てて、若干逃げ気味に立ち去るその後ろ姿を見やる。中佐にもなって本当に呆れたものだった。

 

「全く、無礼な人物ですね」

「スコット中佐は無能ではないのですが……人格的に問題がありすぎます」

 

 テレジアが、次いでベアトが殺気を帯びた視線で逃げるスコットを睨み付ける。その姿に私は苦笑を漏らす。

 

「危機感が薄い奴だからなぁ。放っとけ。………とは言え、悔しいが腕はやはり良いな」

 

 再度受け取った写真を見て、私は呟く。あれでも合コンにばかり出るためか同期の戦友達に顔が広く、戦没した同期の家族に顔を出す度に撮り貯めた同期の写真を遺族に差し出しているとも聞いた事があった。

 

「さて、無駄な時間を使ったな。行こうか?」

 

 私は小さく溜め息を吐くと写真を今一度一瞥する。そして小さく笑った。

 

「……本当、良く撮れているな」

 

 ベアト達が、と心の中で付け足す。そしてそれを上着の内ポケットに入れると、私は踵を返して当初の目的地に向けて再度歩き始めたのだった……。

 

 

 

 

「総員倣え!敬礼!!」

 

 その掛け声に練兵所に控えていた重装甲陸戦兵達は戦斧を掲げ、礼を執る。一目でその練度と規律の高さが分かる惚れ惚れとした動きであった。重量のある重装甲服を着込み戦斧を掲げているにもかかわらず直立不動で微動だにしない。

 

 私と背後に控える従士二人は彼らの横を通りすぎながら敬礼する。我々の行き先のリングでは丁度二人の陸兵が激しい白兵戦を繰り広げていた。

 

 多分、私だったら三〇秒も持たずに肉塊にされるだろう戦斧による鍔迫り合い。互いに相手に刃を振るい、受け止め、受け流し、フェイントを織り交ぜた反撃を仕掛ける。

 

「どちらも随分と疲弊しているな。どれだけ戦っているんだ?」

「はっ!訓練開始より十分程が経過しております!!」

 

 私の質問に答えたのはリングのすぐ外で控える第五〇一独立陸戦旅団所属第五〇一独立偵察大隊長エッダ・フォン・ハインライン少佐であった。此方は重装甲服ではなく、通常の平時用迷彩軍装にベレー帽である。

 

「マジかよ。確か重装甲兵同士の平均戦闘時間は四〇秒だった筈だよな……?」

 

 十分もこの激しさで戦闘を継続していたとか泥沼過ぎない?

 

 と、私がベレー帽を脱いで若干呆れ気味にしていると、重装甲兵の片方が私の存在に気付いたらしい、フルフェイスヘルメット越しに私と視線が合う。そして、その僅かな隙が致命的だった。

 

 次の瞬間には重い戦斧の一撃に私と視線が合った重装甲兵がギリギリで戦斧の柄で受け止めるが大きく仰け反る。そして、もう片方はその重心のバランスが崩れた所を攻め立てる。

 

「そこだっ!!」

「ぐっ……!?」

 

 重心が崩れた重装甲兵は、そのまま利き手に訓練用戦斧を叩きつけられた。

 

『右腕大腿骨切断、出血性ショックで戦闘不能・出血多量で二〇分後に死亡』

 

 重装甲服に備え付けられた訓練用AIが合成音声でそう宣言する。腕を切断された重装甲兵は低電圧電気ショックを受けた右腕を痛そうに擦りながら肩を竦めた。

 

「いやはや、旅団長殿。あれだけ一進一退の戦闘を繰り広げたのです。最後の最後にアレはないでしょうに」

「卿は戦場でも装甲擲弾兵に対してそう言い訳をするのかな?残念ながらこの旅団では甘えは許されんよ。甘いのは奥方と娘さん相手にだけにする事だ」

 

 バリトンボイスでの愚痴に対して、上官である勝利者は苦笑しつつ部下の言い訳を切り捨てる。

 

「リューネブルク大佐、お見事な腕前です。流石は薔薇の騎士団の騎士団長閣下といった所でしょうか?」

「その言い方は少々仰々し過ぎて恥ずかしいですな。普通に旅団長と言って頂きたいものですな」

 

 フルフェイスヘルメットを脱ぎ、汗だくの顔を従士から受け取った濡れタオルで拭きながらリューネブルク大佐は尋ねる。若干呼吸は荒く、それが試合がどれだけ熾烈なものであったかを証明していた。

 

「して、総司令部の航海部副部長がこのような所にお越しとは、何用ですかな?まさか戦斧の訓練に参加したいという訳では御座いませんでしょう?」

「いえね、少しの間そこの食客を御借り出来ないかと思いましてね。中佐もご苦労、最後しか見てないが良い戦い振りだったぞ?」

 

 リングから降りて、傍らのベンチに座りこみながら栄養ドリンクを飲む不良騎士殿にそう激励の言葉をかける。

 

「伯世子殿が来るのが後五分程遅ければ勝鬨を挙げる姿をお見せ出来たのですがね、ままならぬものですな」

 

 相も変わらず不敵な笑みを浮かべて、どぎつい台詞を吐いて見せる不良騎士である。私とリューネブルク大佐双方を詰っているようにも思える発言にベアト達を含む場の数名が不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。尤も、当の私とリューネブルク大佐はその発言を冗談として聞き流したのだが。

 

「元気そうで何よりだ。……大佐殿、問題御座いませんか?」

「構わんよ。この試合とてウォーミングアップでやっていたようなものだからな。それよりもシェーンコップ中佐の都合を聞くべきだろうな。中佐はな、明日の白兵戦技能大会に参加予定なのだ。しかも、自分の優勝に五〇〇〇ディナールも賭けていてな。負ける訳にはいかんらしい」

「娘を社交界に出しても恥ずかしくない一流の淑女に育てなくてはなりませんのでね。幼稚園から御嬢様方御用達の所となると費用が嵩むのですよ」

 

 肩を竦めて心底大変そうに答えるシェーンコップ中佐。うん、年間費だけで二万ディナールだもんね。雑費加えると一・五倍位するもんね。宮仕えで支払うのは大変だ。

 

「いやはや、子育ては大変な事だな。同情するよ。……だが、こちとら高給を支払っている雇用主なのでね。少し位時間を割いてくれても悪くないと思うのだが?」

 

 若干の憐憫を感じつつも、私は雇用主の権利を盾に偉そうに宣う。嫁のクロイツェルの方は大してそういう御嬢様教育について志向している訳ではないらしいが……やはり伯爵家次期当主の食客の娘という肩書きと、私も詳しくは聞いていないが娘に勝手に手を出した事もあってクロイツェルの実家が結婚するのを許可する代わりに嫁と孫の生活についてかなり高い要求をしてきたという事情もあるらしい。まぁ、その辺りは自業自得なので諦めて。

 

「お陰様で実家に中々帰れず寂しいものですよ」

「昨日テレビ電話はしたんだろう?」

「えぇ、帰ったら娘に遊園地に連れていく事を要求されましたよ」

 

 苦笑を浮かべる不良騎士は重装甲服を脱ぎ、片付けて、汗を拭いてから上着とズボン、スカーフにベレー帽を着込むと直立不動の姿勢を取り、敬礼する。

 

「ワルター・フォン・シェーンコップ中佐、只今参りました。出来れば手短にご要望を終わらせて頂けましたら幸いで御座います、伯世子殿」

 

 恭しく、華麗に、慇懃無礼にそう言って見せる不良騎士であった。口にする内容が無礼でも所作と言い回しで随分と印象が変わるものである。

 

「何、まぁ以前話した事の続きだよ。……そう面倒臭そうにしないでくれないか?時間から見て昼食は食べてないだろう?まぁ、奢るから来てくれや」

 

 あからさまに顔をしかめる不良騎士にそう餌をぶら下げて、漸く食客殿は同行を承諾した。やれやれ、私の財布もきついんだがね………。

 

 リューネブルク大佐に一礼してから私は従士二人に不良騎士を連れて第六艦隊収容用宇宙桟橋の歓楽街区画へと向かった。正確には歓楽街区画の一角に建てられた高級士官用レストラン『七匹の子山羊亭』に来店した。因みに当然のように支払いは私である。

 

「悪いがベアトとテレジアは別の個室で食べてくれ。好きな物を注文してくれて構わないから」

 

 不良騎士と共に宇宙が見える窓がある豪華な個室に案内され、その個室に入室すると同時に私は従士達にそう命じた。

 

「……承知致しました。隣の部屋で控えさせて頂きます。何かあれば直ぐに扉を開いて下さいませ、隣の扉は常に開いておきます。……シェーンコップ上等騎士、若様の護衛、お頼み致します」

 

 ベアトは僅かに苦い顔を浮かべ、しかし私の顔を見ると心配そうにしつつもそう言い、シェーンコップ中佐に役目を預ける。テレジアも同様に少し困りつつも承諾した。

 

「このワルター・フォン・シェーンコップ、微力なれどフロイラインの思し召しとあらば全身全霊を以て応えましょう」

 

 若干ふざけ気味で不良騎士が礼をしてベアトの申し出に答える。私は顔を振って呆れ、次いで従士二人に食事を楽しむように伝えてから防音製の扉を閉じた。

 

「やれやれ。あれでは付き人でも愛人でもなく、幼児を託児所に預ける母親ですな。……まさかとは思いますが幼児プレイ等やってはおりませんな?」

「何さらりと人の性癖調べようとしてんだよ」

 

 個室食堂に設けられた椅子に座りながら私は吐き捨てる。流石にそんなマイナープレイはしてないわ。

 

「その言い様ですと他のプレイはしているのですかな?」

「知るか」

 

 若干憤慨しつつ、私は気を落ち着かせるために窓から外の景色を見やる。直ぐに外には孤を描くように、青々しく神秘的な惑星ハイネセンの地表が映る。その周辺には大小の軍用ないし民間宇宙船舶が彼方此方へと航海していた。サジタリウス腕の経済・政治的中心であるハイネセンは民間だけで毎日一万隻を超える宇宙船舶が離着陸している事で知られていた。

 

「失礼致します。前菜とスープを御持ち致しました」

 

 フィンガーボールで手を洗い、ナプキンを敷いた所でノックの音と共に燕尾服を着た給仕が手押し車に乗せた料理を運んできた。前菜は魚介類と野菜のカナッペとゼリーサラダ、スープはクラーレ・リントズッペであった。両方、ライヒのコース料理としては一般的メニューとしては定番の料理だ。ワイングラスに食前酒が注がれると私は次の料理が来るまで給仕を退出させる。

 

「それで、何用ですかな伯世子殿?今の貴方の懐事情からして、お高い店を人に奢る余裕なぞ無いでしょう?」

 

 乾杯と同時に手慣れたように葡萄酒の香りを楽しみ、次いで呷った後、食客は尋ねた。

 

「まぁな。この店の代金は振り込まれたばかりの今月の給金で支払う積もりだ。それよりも問題は………」

「あー、大体予想がつきますよ。一応お聞きしますが、一体何方の方でお困りなのですか?」

「……女性関係」

「でしょうねぇ。予想出来ました」

 

 肩を竦めて前菜を食べ始める食客殿である。

 

「具体的には何が問題なので?以前に助言の方はさせて頂いたと思うのですが?」

「あぁ、うん。それがな……いやまぁ、助言通り贈り物は用意したのよ。でな?きついスケジュールを詰めてギリギリ時間は作ったのよ。無論、色々とご機嫌取りのポエムも考えた訳なんだ。それでな?………一度お願いしまくって時間空けてもらった約束を破った後って、どうやってもう一度誘えば良いのかな?」

「………あー、まぁ命かかっていないだけマシ、と考えるしかないですなぁ」

 

 私の恐る恐る尋ねた面倒過ぎる内容に、食客殿は食事の手を止め、頭を抱えて呻くように嘆息したのだった……。

 




某実況走者「残念ながら通常プレイの獅子帝『決闘者』イベントでは諜報能力・護衛能力が高い暗殺者を味方に加入出来ません。加入させるには正規ルートより功績点を挙げる事でうっかりシュザンナちゃんの慢心ポイントを減らし、暗殺者忠臣蔵ルートに入ってもらう必要があります。
 だから『チュートリアル・地上戦』では砂漠ステージに、『駆逐艦航海士』イベントでは駆逐隊旗艦に乗るまで何度も再走する必要があったんですね!」(唐突なRTA風味)

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