帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百二十九話 敬老精神を忘れてはいけない

 銀河帝国における爵位持ちの貴族、即ち『門閥貴族』と称される一族の当主とその家族は約四三〇〇家、総数一〇万人を数える。そして彼ら彼女らは銀河帝国における帝国『臣民』人口の〇・〇〇〇四パーセント、全貴族人口の中でも〇・二五パーセントにしか満たない帝国階級社会における隔絶した特権階級を構成している。

 

 その『門閥貴族』の内、最大の比率を占めるのが男爵位である。四三〇〇家ある門閥貴族の七割以上がこの男爵家に類する。

 

 門閥貴族の大半を占めるだけあって男爵家の実態は最も多種多様だ。帝政成立以来の名門から成り上がりの平民が天文学的な寄付と功績で爵位を買った例、ド田舎の一郡の領主から大貴族の代理として惑星一つを統治する例、領地すら持たず大企業や傭兵団を所有している例などなど、中には帝室の血を引いていたが故に地方の男爵家の子息が養子として皇太子となり皇帝に即位した事例まである。

 

 男爵位を得た例で最も多いのは帝国騎士や従士等の下級貴族が爵位を得た場合だ。オフレッサー家のように数百年かけて士族から従士、帝国騎士と階位を進めその軍功で帝室より小領を下賜される例、富裕市民が金で帝国騎士の立場を買った後無人の惑星や鉱山を開拓、あるいは人工天体を建設し食い詰めた貧民等を入植させ領地として帝国に認められた例、一定以上の規模まで企業を成長させそれによる献金と経済的貢献で認められた例等がある。

 

 二番目に多いのは大貴族の分家であろう。当主の同母兄弟等が本家が有する領地の一部を代理統治するよう命じられた場合は領地と本家を繋げた家名を、新しく領地を一から開拓した場合はその土地に合わせた新しい家名を名乗る(尤も、これが妾腹や末っ子の場合は大抵爵位も領地も得られず屋敷や荘園付きの上等帝国騎士となる)。

 

 原作の人物、たとえばフレーゲル男爵であれば、正確にはブラウンシュヴァイク公爵家の分家であり一〇代前に惑星フレーゲルを開拓したフレーゲル侯爵家の、更に分家筋となるブロイツェム=フレーゲル男爵家の当主である。シャイド男爵家の場合は、正確には無人惑星ヴェスターラントの一部を開拓、シャイド郡と命名し統治するブラウンシュヴァイク公爵家の分家であったが、後にシャイド郡以外の惑星の大半が『ブラウンシュヴァイク公爵家領ヴェスターラント』として本家の領地になった際に、男爵家が本家の代理として惑星全域の管理も任されたので家名と惑星名に差異が生まれている訳だ。

 

 尤も、これを野放しにしては際限なく分家が増えるので、家紋と家名を管理し貴族年鑑を発行する典礼省も簡単には分家設立を認めない。分家設立のためには多額の献金が必要であり(特に男爵位以上の門閥貴族としてのハードルは高い)、多くの場合は親戚や従士家等の養子や入り婿に捻じ込まれる。

 

 三番目に多い……というよりも最も少ないのが建国期、特にルドルフ大帝及びジギスムント一世時代に爵位を与えられた男爵家だ。当然ながらその長い歴史から男爵家の中では最も権威がある部類である。カスパー一世時代にエックハルト伯爵を粛清したリスナー男爵家、不良中年の本家に当たるシェーンコップ男爵家がこれに当たる。元々この時期に爵位を与えられた家の絶対数が少なく、また昇爵ないし断絶した家々も多いためこの出自の男爵家は希少だ。

 

 また、一代貴族として準男爵と言う地位もあるが、これは待遇や宮中席次こそ男爵位と同等であるが領地も利権も付属せず、世襲も出来ない地位である。下級貴族、平民に対し、一時的に門閥貴族と同等の立場で宮中への出仕や社交界参加を許すために用いられる。主に学者等の専門家等が授爵される事が多い。

 

 凡そ三二〇〇家前後あるとされる男爵家の内、前述のように建国期から続くのは四〇〇家余りだ。彼らとて流石に伯爵家以上の大貴族相手となれば新興であっても下手に出ざるを得ないが、同じ男爵家の中ではぽっと出の家々と同じ扱いをされるのを嫌う者も多い。爵位持ちというだけでも平民から見れば雲の上の存在であるが、上は上で細々とした上下関係が存在するのが帝国社会である。

 

 ケーフェンヒラー男爵家もその一つだ。有象無象の男爵家とは訳が違い、開闢はジギスムント一世時代末期であり、辛うじてではあるが建国期から続く最も古い門閥貴族家の一つに分類される家柄だ。二一代、四〇〇年以上続いており、その間に学芸尚書一名を含む幾人かの政府高官を輩出している。

 

 そのケーフェンヒラー男爵家の末裔クリストフの経歴もまた、少なくともその前半生はエリートに相応しい煌びやかなものであった。

 

 宇宙暦717年帝国暦408年に出生したケーフェンヒラー男爵家長男クリストフは、オーディン五大大学の一つ、ジギスムント一世帝立大学にストレートで入学し、行政学を専攻。卒業と共に、これまた難関で知られる帝国高等文官試験を当然の如く合格し内務省の上級職、所謂キャリア官僚として採用された。

 

 内務省と言えば国務省、財務省に並ぶ重要国衙である。そこに採用されたとなれば当時どれだけ彼の将来が期待されていたか分かろうものだ。私生活の面でも老境の父から領地経営に専念するため爵位を譲渡され、また一二歳の時に婚約し長年文通等を重ねていた某男爵家の令嬢と結婚式を挙げた。傍から見れば公私とも順風満帆の人生を送っているように見えた事であろう。

 

 しかし二三歳の時、結婚して数年も経たずに彼の人生に破局が訪れた。妻が名門の某伯爵家に連なる少壮の建築家の下に駆け落ちした。これは彼にとって人生の終わりに近かった。

 

 これまでも散々語って来たが、帝国貴族は面子が大切だ。妻を寝取られたなぞ醜聞にも程がある。手袋を投げつけて決闘で相手を撃ち殺さなければ周囲から白い目で見られる事になるだろう。二〇〇万帝国マルク程度で諦める事なぞ出来ない。出来る訳がない。

 

 だが相手が悪すぎた。寝取り男の実家が内務省の局長職、即ち上司と来ていた。爵位が上でしかも上司である。決闘すれば確実にキャリアは終わり、それどころか相手は決闘を嫌がってのらりくらりと逃げる始末。いや、もし決闘を申し込む事に成功してもきっと相手は代理人を雇ってくるだろう。文官たる彼は決して剣も銃も心得は人並み以上の物ではない。暗殺も請け負う汚れ仕事専門の決闘士にどさくさに紛れて撃ち殺されるのがオチだ。寝取り男と差し違える事すら許されまい。

 

 その間にも職場における彼の立場は日に日に悪化の一途を辿る。だからといって、手を引けば二〇〇万帝国マルクで妻を金で寝取られた男としてこれまた一生笑われる事になる。どの道を行っても未来はない。これ程の理不尽はないであろう。

 

 止めは妻が寝取り男の子供を出産したと知らされ、元々挫折の経験の無かった坊ちゃん気質のエリート官僚は遂に神経が焼き切れたらしい。殆ど自暴自棄で内務省を辞め幹部候補生として士官となった。昇進すれば寝取り男に対抗出来る立場が手に入り、戦死しても一族の名誉を守れる、という訳だ。

 

 そして二七歳の時に第二次ティアマト会戦に参加し捕囚、以降タナトス星系惑星エコニアの捕虜収容所にて四三年間一介の捕虜として保険も使わず帰国もせず、亡命政府にも下らず趣味に生きて来た。そしてそのまま辺境の独房の中で人知れず死去する筈であったのだが……。

 

「いやはや、人生というものは予測出来んものだな。まさか四三年間過ごしてきたマイホームを今更追い出されるとは」

 

 使用人達を人払いした田園風景を見下ろす事の出来る三階のバルコニー付きの客間、その貴賓席のソファーに深く腰掛け、ティーカップに注がれた紅茶の香りを楽しみながら肩を竦めて見せるのは件の男爵である。その目の前には多くの料理が置かれたティースタンドとティーセットが置かれており、客間に滞在する男爵達をもてなしていた。

 

 宇宙暦788年11月に発生した『エコニア騒乱』にて同盟軍に対して事態収拾の協力をした事で、ケーフェンヒラー男爵は図らずも恩赦により収容所釈放と同盟市民権付与、並びに退役大佐格での年金受給権を受け、収容所から蹴り出される事になった。

 

 以降、男爵は少なくとも表向きは善良な同盟の一市民としてハイネセンポリス郊外の政府運営の賃貸住宅に居住、亡命政府等とは距離を置き、国立図書館の利用や学術研究に精を出している……事になっている。

 

「余り含みのある説明は止めてくれんかね?まるで儂が小狡い悪巧みでもしている悪党みたいではないか」

「違うと?」

「少なくとも儂から売り込んだ訳ではあるまいに」

「その割には随分と楽しそうにご参加なさっていると御聞きしますが?」

 

 男爵の表の顔は善良なる年金生活者、裏の顔は国防事務総局と契約中の外部顧問官である。既に四〇年以上前に捕虜になったとは言え貴族・官僚・軍人の全てを経験し、その全てでエリート街道を進んだ男爵の能力を見込んで……という事もあるが、それ以上にジークマイスター機関を始めとした各種研究資料からその分析能力を買われて半分程無理矢理参加させられたのが実態である。

 

 しかし態度こそ嫌そうに振る舞っているが、いざ実務となると意外な程積極的に帝国情勢についての研究と助言に精を出しており、同盟の対帝国政策の策定にかなり深い所で協力していた。……とまぁ、これも国防事務総局が亡命政府向けに作り上げたカバーストーリーである。

 

 もちろんそれも事実ではあるが、男爵の真の役職は更に別にある。尤も、本日の訪問における男爵の役目は名目上の主客であり、母を始めとした屋敷の者達の注意を引くためのダミーに過ぎない。実際の私の目的はヤングブラッド大佐である。

 

「それはそうとティルピッツ大佐、一度手紙で伝えたが改めて祝辞を述べておこうか?先日の昇進と勲章おめでとう」

 

 国防事務総局から送られたケーフェンヒラー男爵の付き添い兼監視役、という表向きの立場でここにいるヤングブラッド大佐は、私の礼服の胸元に装着された自由戦士勲章を一瞥した後微笑みを浮かべる。

 

「御祝いの御言葉大変痛みいりますヤングブラッド大佐、悪いが嫌味に聞こえるな」

 

 学年首席殿の反対側の椅子に座る私は何とも言えない表情を作り上げる。自身の功績を否定する訳ではないが、受勲の半分位は政治的な配慮であるだろうし、それ以前に同じく先日の遠征で軍功を上げて昇進した彼に言われるとむず痒くなる。

 

 フロスト・ヤングブラッド宇宙軍中佐は宇宙暦790年2月1日付けで宇宙軍大佐に昇進した。それは決してコネでも学年首席の肩書によるものでもない。

 

 一大反攻作戦『レコンキスタ』においてヴォード元帥麾下の総司令部に勤めていた彼は、エル・ファシル地上戦における12月8日の帝国地上軍の攻勢とそれによる指揮系統の混乱の収拾に尽力、その迅速な混乱の鎮静化を評価されての昇進だ。因みにこの時実際に通信情報の整理の実務に携わったスコット大尉は2月20日を以て少佐に昇進、統合作戦本部の情報部所属と栄達した。

 

 最前線で戦う事こそないために碌に勲章なぞ無いが、ヤングブラッドの場合は逆に派手な戦功が無くても昇進出来るだけの実力者だと言える。いつもミスをしてギリギリで周囲に迷惑をかけながら帳尻を合わせる私とは大違いだ。

 

「そう自虐する事でもないと思うけどね。同盟軍は無能者を大佐に引き立てる程腐敗した組織じゃないよ?まして……」

 

 と手袋をした私の右手に一瞬視線を移し、ヤングブラッドは言葉を続ける。

 

「まして祖国のために犠牲を払った者を称えこそすれ、それを嘲るなんて有り得ない。……少なくとも私はそんな人物は軽蔑するね。だから遠慮なく自身の軍功を誇ってくれても構わないよ?」

「余りおだてないでくれよ、本気になって木に登ってしまいそうになる。……それで?今度は誰を紹介して欲しいんだ?」

 

 ティースタンドに置かれたアプフェルシュトゥルーデルに手を伸ばし私は尋ねる。お前さんが私をおだてる時は利用する時って事位理解しているよ。

 

「話が早くて助かるよ。彼らに便宜を図ってほしくてね」

 

 何とも言えない困り顔で笑みを浮かべた後、学年首席殿はそういってメモ帳を取り出すとその一番上のページを破り差し出す。ページを受けとれば、そこには帝国文字により記入された役職と人名が羅列されている。

 

「航空軍防宙司令官、装甲擲弾兵副総監に宇宙艦隊副参謀長、軍務省法務次長、統帥本部作戦課長……ねぇ」

 

 どの役職に就いている者も私の親族やその縁者の貴族、臣下、友人に連なる人物である。この面子に伝手を打診するとなると……。

 

「今のままでは戦局は難しい、と?」

「楽観視は出来ないのは確かだよ」

 

 私の質問に何ともいえない表情を作るヤングブラッド大佐。

 

 同盟軍の一大反攻作戦『レコンキスタ』において同盟軍は帝国軍に打撃を与え占領地を奪還し勝利した……という事になっている。いや、確かに勝利したのは間違い無いが、それは作戦全体を通じての事である。

 

 多くの占領された有人惑星のあった主攻たる第10星間航路、搦め手を投入した第4星間航路において同盟軍は圧勝し、その全ての占領地の奪還に成功した。そう、『エル・ファシル陥落以降に制圧された全ての占領地』をだ。

 

 言葉のマジックである。そもそも第四次イゼルローン要塞攻防戦後、帝国軍は報復として大軍による侵攻を開始し、同盟軍は押されていた。『レコンキスタ』はエル・ファシル陥落前に作成された反攻作戦を修正・大規模化したものだ。即ち『レコンキスタ』成功以降もエル・ファシル陥落以前に占領された国境星系の大半は帝国軍の手にある。

 

 まして、第16・第24星間航路における戦闘は主攻に比べて規模は小さく戦局全体への影響は限定的であったものの、その方面に展開している部隊にとっては死活問題だ。万年泥沼の戦いが続く第16星間航路は痛み分け、亡命政府がある第24星間航路に至っては惜敗している。この方面の同盟軍を率いていたスズキ中将は小惑星帯にて帝国軍の待ち伏せ攻撃を受けて戦死していた。無論第四次イゼルローン要塞攻防戦を始め数々の会戦に参戦して軍功を重ねてきた中将は無能からは程遠い。

 

「情報では帝国軍はアルレスハイム方面の戦力を大規模に増強させつつあるそうだよ」

「増強ね、規模は?」

「推定では宇宙艦隊を四〇〇〇から五〇〇〇、地上軍を五〇万から六〇万とされている。戦況自体では更なる増強もあり得るとの事だよ」

「それは流石に厳しいな」

 

 それだけの戦力を増強するとなると単純計算で正面戦力は倍になったに等しい。亡命軍の正規戦力が艦艇五〇〇〇隻前後、地上軍一〇〇万余り、しかも各地の戦線に分遣しているので実際はもっと少ない。特に宇宙軍の装備は旧式が多い、地の利と練度を加味しても戦況は厳しいだろう。

 

「同盟軍は?人口過密なアルレスハイムの防衛を放棄なぞ流石に有り得ないだろう?」

 

『レコンキスタ』発動前に難民化した有人惑星の市民の総数とアルレスハイム星系政府の総人口はほぼ同等に等しい。国境有人星系にてヴァラーハを超え、シャンプールに匹敵する人口を保持するアルレスハイム星系の放棄は有り得ないし物理的に困難、故に同盟軍にとっては援軍を送る以外に選択肢なぞない。本来ならば無理をしてでも増援を派兵する筈だ。

 

「うーん、悪いけど今は余り中央に頼って欲しくないんだけどなぁ……」

 

 しかし学年首席は私の指摘に対して申し訳なさそうに難しい顔を浮かべる。

 

「あるとすれば……金の問題か?」

「中央の反戦派も動いてるね、辺境が連動していないのはマシだけど」

 

 同盟軍にとって十本の指に入る大規模作戦『レコンキスタ』に投入された兵力は約一七〇〇万、原作の帝国領侵攻作戦に投入された戦力の半分以上である。しかも出征期間は半年に及び、その間国境から流出した一億近い難民を一年以上養ってきたのだ。現在はその帰還事業と復興事業も開始中だ。正直、同盟財政は相当疲弊した筈だ。財政委員会からすればここ一、二年程度は大規模な軍事作戦を実行したくないのが本音だろう。

 

 そして財政委員会と同等、あるいはそれ以上に第24星間航路への大規模な派兵に反対するのが反戦派、正確には中央宙域の反戦派だ。

 

 与党『国民平和会議』は非戦派から主戦派主流、即ち中道派から右翼(と一部の極右)に名を連ねる諸政党連合である。主な支持基盤はハイネセン・ファミリー等の旧財閥に国境の旧銀河連邦植民地、亡命帝国人等だ。無論、主戦派の中でも極右の大半は国力の許す限りの戦闘のみを認可し現状維持を優先する『国民平和連合』と敵対している。

 

 主戦派がそうであるように反戦派も一枚岩とはいかない。限りなく中道に近い非戦派政党はあくまでも防衛戦争に限定して出征を認可する立場にあり、ホアン・ルイの所属する労働党やジョアン・レベロの所属する自由市民連合等は表向きは「与党内で主戦派の動きを掣肘する」と言う体裁を取る事で『国民平和会議』に加盟し極右・極左野党と対立している。明らかに反戦的であったあの二人が原作の最高評議会議員に在籍していた理由でもあろう。

 

 これら中道反戦派(非戦派)より左側を原作で言うところの、そして同盟政界における狭義の意味での『反戦派』と呼ぶ。この反戦派勢力は反同盟武力抗争をも辞さない極左分離独立派を除けば大きく二大組織に大別出来よう。

 

 比較的穏健とされる二大反戦政党の一つが中央宙域に勢力を有するジェイムズ・ソーンダイク議員を代表とする『反戦市民連合』であり、もう一方が辺境域に基盤を持つベンジャミン・カベル議員を暫定代表とする『分権推進運動』である。彼らは比較的『話せる』反戦派だ。

 

 『反戦市民連合』は感情的理由もあるとしても、少なくとも現実的な理由としては経済的理由を背景に反戦・対帝国講和を世論に訴える。一五〇年に渡り続く戦争による軍事費が同盟に負担をかけているのは事実であるし、それが既得権益と化しているのも、選挙のために軍事行動が引き起こされているのも事実である。

 

 停戦による国防のための最低限度までの軍備削減、それによる遺族年金や人件費の削減を以て経済発展と福祉に充てるべき、というのが『反戦市民連合』の主張だ。フェザーンを介さない直接貿易による利益も魅力である。支持者は戦死者遺族は勿論として星間交易商工組合やハイネセン・ファミリー等の旧来派閥と繋がりの薄い大都市部の新興企業・富裕層である。彼らにとって戦争は国境で起きる『他人事』であり、その負担を背負いたくはないのだ。

 

 正直不純な理由に聞こえるだろう。正確に言えば、政財界での立場が強くない戦死者遺族達が議会での発言力を得るために、旧来の主戦派に対抗するためにはそういう政治方針を提示して新興勢力や星間交易商工組合を取り込む以外選択肢が無かったのだ。

 

 『分権推進運動』は反戦派としては『反戦市民連合』よりも古い歴史を持つ。元々は旧銀河連邦植民地惑星における反同盟勢力穏健派が『607年の妥協』後に結成した政党である。帝国との接触以前は同盟加盟国の自治権拡大を、帝国接触後は同盟中央政府の対帝国外交方針に事あるごとに異論を挟んできた。

 

 彼らにとって帝国と同盟の戦争は他人事である、というよりも、帝国も同盟も同じく余所者で圧政者であるという認識を持っているらしかった。『戦争するならば勝手にするがいい。だが我らの若者と税金を供出する理由がどこにある?』という事だ。惑星によっては帝国と直接交渉して自治領化を図る惑星すらあるという。

 

 ダゴン星域会戦からコルネリアス帝の親征までの間には同盟国内の和平派として特に勢力を誇っていたが、そのコルネリアス帝の親征による惨禍により協力関係にあった国境星系の多くが親同盟派に、また資金面で協力関係にあった星間交易商工組合が『反戦市民連合』に鞍替えしたため、現在はその勢力の多くを削られている。皮肉な事に、コルネリアス一世の同盟侵攻はダゴン星域会戦以来幾度にも渡り揺れ動いていた同盟国内の対帝国外交方針を主戦派有利に至らしめた側面があった。莫大な人命と国土の荒廃と引き換えではあるが……。

 

 尤も、そういう歴史的経緯から『分権推進運動』は逆に言えば今でも主戦派の国境星系との繋がりも深いため、場合によっては与党も政治的配慮しなければならない場面も存在する。星系警備隊の対帝国戦争への動員が困難なのはその一例だ。

 

 このうち、現在更なる国境宙域出征に反対しているのは『反戦市民連合』である。『分権推進運動』も本音では『反戦市民連合』同様国境出征に賛同はしていないが、各国境星系政府との繋がりが深いために沈黙している。だが彼らは違う。

 

『レコンキスタ』でこそ多数の難民が中央宙域に流れる事を危惧して出征に積極的に反対しなかったが、それにより多くの航路の交通が停滞したし、財政的な負担も大きかった。中央宙域の新興富裕層や星間交易商工組合にとっては愉快な事ではなかっただろう。

 

 それに帝国的価値観を維持する亡命政府は当然の如く反戦派・主戦派問わず戦死者遺族からは疑念の視線を向けられている。亡命政府自体がガチガチの主戦派な事もあり既得権益に懐疑的な反戦派戦死者遺族からの印象は最悪に近い。彼らからすればそんな奴らのために何故出征しないといけないのか?というわけだ。

 

 党首たるソーンダイク議員は人間的に劣悪な人間ではない、寧ろ高潔で公平で温厚な人物だ。それでも支持者とスポンサーの意向に逆らう訳にはいかなかった。スポンサー達が財政員会・人的資源委員会・経済開発委員会等の政府の出征消極派に接触し、主戦派や国防委員会の再度の出征計画に反発していた。

 

「今年中にアルレスハイム方面に派兵出来そうなのは最大限見積もって一個分艦隊に二個軍団と言った所かな?『レコンキスタ』では地方部隊も相当投入したから辺境航路の治安も悪化した。しかも帝国軍が海賊に武器を提供して重武装化が進んでいる。そちらの対処も忙しくてね」

 

 反戦派としてはスポンサーの意向もあり正規軍の派遣は対帝国戦よりも航路警備にこそ行うべきという訳だ。難民と『レコンキスタ』による物価の上昇と新税導入もあり、政権支持率は戦勝にも関わらず停滞している。市民感情と財源の両面で対帝国方面の更なる軍事行動は難しい。そうでなくとも『レコンキスタ』における星系警備隊の部分動員で『分権推進運動』に借りを作ったので余り反戦派への強硬策は使いたくない。

 

「だから私のコネ、か」

 

 同盟軍だけではどうにもならない、ならば亡命政府軍との連携を強化するしかない。唯でさえコミュニケーションを取るのに苦労するのに帝国軍が迫り気が立っている。過激派は本土決戦を連呼し聞く耳を持たない。同盟軍からすればせめて星系政府施政領域の外縁部のみでも疎開して欲しいのが本音であり、私を通じて亡命政府軍幹部も個別にかつ個人的に接触して説得したいようだった。

 

「君の御父上は戦線の縮小には賛成のようだしね。此方とすればアルレスハイムは兎も角、それ以外の人口希薄な幾つかの星系を疎開してくれるだけでもある程度縦深を確保出来て助かる」

 

 同盟軍人としての経歴もある父は同盟軍の提案する人口希薄な亡命政府施政領域外縁部の放棄には一定の理解は示している。だが父一人では亡命政府軍全体の意見調整には限界がある……というよりも寧ろ父の場合宮廷の方を言いくるめる必要があった。

 

 施政領域外縁部は人口数万から十数万程度の鉱山や人工天体、ドーム型都市ばかりであるが、当然そこを治めている小諸侯がいる。代々開拓し統治する領地を放棄しろ、と言っても簡単に応じてくれる訳がない。放棄するくらいなら帝国軍に徹底抗戦してやる、と叫ぶ者もいるだろう。

 

 そうでなくても敵前逃亡は恥とする意識がある。宮廷工作で皇帝から直々に勅命を引き出さなければならないし、当然皇帝とて好き勝手出来る訳でもない。防衛方針でほかの軍部重鎮や閣僚との意見対立もあり、父はそちらに対応しなければならなかった。

 

 故に、父のルートからの軍部の重鎮へ接触の斡旋を求めると負担をかける事になりかねないので、代わりに同盟軍上層部は私の名前をこき使いたいらしい。

 

「紹介はする、だが説得(接待)はそちらでどうにかしてくれよ?」

「構わないよ、それくらいは此方でどうにか出来る。時間さえ稼げれば反戦派を切り崩しフェザーンからの借り入れで資金は確保出来るからね」

 

 約二〇年前のクレメンツ大公亡命未遂事件で帝国軍がフェザーンに圧力をかけて以来、フェザーン自治領主ワレンコフは親同盟政策を推進し、超低金利による同盟政府への資金貸付や同盟軍・フェザーン治安警備隊・フェザーン民間防衛企業連合(FPMSCs)による共同演習等で帝国を幾度も牽制、イゼルローン要塞建設時には資材を買い占める事で市場価格を大幅に吊り上げ要塞計画の規模縮小すら強要していた。

 

 更にフェザーン保守派(中立派)も勢力均衡政策のためにワレンコフ派と手を結ぶ可能性は高く、そこに同盟から手を回せば資金調達は不可能ではない……といいんだけどなぁ。所詮八方美人のフェザーンだしなぁ……。

 

「やれやれ、最近の若者は冷たいものだ。か弱い老人を置いてきぼりにして政治談話に耽るのだからな。そんなに長々とお喋りするのなら接待の一つでもしてくれたら良いものを。一応、此度の主客は私なのだぞ?」

 

 話が一段落ついた所で、これまで胡瓜のサンドイッチを食べながら私達の会話を楽し気に聞き耳していたケーフェンヒラー男爵はくくく、と愉快そうに笑う。

 

「隠れドルオタ男爵様なんかに言われたくないんですけどねぇ」

 

 私の方はそんな男爵にげんなりとした表情で指摘する。本来ならば一年半程前に死んでいても良い筈のこの老人が健康そうにいるのは何故なのか?

 

 一応私なりに原因を幾つか考えたが、恐らく一番の理由は……到底信じがたいが……ドルオタに目覚めた事だ。え?何言っているか分からない?安心しろ、私もだよ。

 

 エコニア捕虜収容所にてどこぞの銀河の妖精にドハマりしてから健康に気を使うようになり、次いでに活力が湧いてきたそうな。収容所の医療機関も積極的に使い体調にも気を付けているという。お陰様で今でも健康そのものだそうで、んな馬鹿な。

 

「おいおいお前さん、儂をロリコンか何かと勘違いしているのではないかね?」

「違うのですか?」

「そりゃあまた、酷い風評被害な事だ」

 

 心外だ、とばかりに再度低い声で笑う男爵。何が楽しいのだか。

 

「そりゃあ興味深いものさな。帝国貴族社会の名家中の名家の坊ちゃんが『反乱軍』の指導者層の縁者とため口を利いて、談合と密談をしているのだからな?」

 

 白い顎鬚を撫でながら本当に興味深そうに『観察』するケーフェンヒラー男爵。私は研究対象では無いのですがねぇ?

 

「別に可笑しくはないでしょう?そもそもそうしなければ銀河帝国亡命政府(我々)は今日まで生き残れてはいません」

 

 同盟国内でリアル帝国ごっこを興じているのだ。周囲からのヘイトは正直笑えない。それでも表向きは尊大にしつつも裏では同盟政財界の諸勢力とギリギリの交渉と妥協を重ねて今日の地位を築いてきたのだ。その苦労位分かって欲しいのですがね?いや、この程度の密談なぞまだまだ同盟政財界の長老連中からすれば若手将校に任せる程度の『子供の遊び』でしかないのだろうが……。

 

「成程ごもっともだ。そして密談の場を作り出すためにこのか弱い老人を引き摺り出してこき使おうと言う訳かね?やれやれ、お前さんら、もう少し老人を敬っても良かろうに。儂をエコニアからハイネセンに送迎した士官らはもう少し謙虚で敬老精神があったぞ?」

 

 呆れ気味に語るケーフェンヒラー男爵。名目上は私が国防事務総局法務部に所属していた際に面識を得た男爵が私の見舞いを兼ねた数日の訪問に来た体裁であるが、御分かりの通り実態はヤングブラッド大佐と直接会うための言い訳役である。

 

「それは心外ですね、私も敬老精神豊富ですよ?コンサートチケットを並んで購入したのは誰だと思っているのですか?」

 

 銀河の妖精な小娘のハイネセンスタジアムコンサートの最前列席チケットを買うのにどれだけ並んだと思ってやがる!

 

「私もティルピッツ大佐と同感です。男爵の自宅の斡旋も、各種手続きも御協力して、挙げ句に図書館の案内までして差し上げたのですよ」

 

 ヤングブラッド大佐もどこか芝居がかった口調で私に賛同を示す。私と違い本気で文句を垂れている、というよりは冗談に乗っているというべきであろうが……学年首席のガリ勉の癖してジョークに相乗り出来るとは羨ましい限りだ。

 

「利害関係で繋がっとるだけの癖に老人を虐める時だけ結託するなんて。全く……」

 

 肩をすくめ嘆息するケーフェンヒラー男爵。「あの若造に会ってから儂の老後が急に騒がしくなってしもうたな」とぼやく。

 

 だが良く見ればその不満気な言葉とは裏腹にその表情は、確かに老後の暇潰しを見つけた、どこか意地の悪く楽しげな感情を浮かべていたのであった。

 

 

 

 

 

 その日の晩餐は客人が来ている事もあり当然のように豪華であった。というよりも亡命したとはいえ帝国開闢以来の名家が粗末な料理を客人に振舞うなぞ論外であったのだ。先日の戦で少なからずの臣下を失ったとは言え別に伯爵家の財政は傾いていないし、仮に傾いていたとしても見栄を張って同じように御馳走を用意した事だろう。それが帝国貴族と言うものだ。

 

 私有地の放牧場から育ちの良い子牛が一頭潰して献上された(させた)。スープはその子牛から出汁を取ったクラーレ・リントズッペ(ビーフコンソメスープ)であり、メインのターフェルシュピッツにも利用される。魚料理は近場に海がないので養殖された鯉の赤葡萄酒煮が、サラダには春なので採れ立てのアスパラガス等が提供された。添え物のパンは当然邸の竈の焼き立てだ。それらは当然の如く白磁と銀の器に盛られている。御供の食中酒は透明に輝くグラスに注がれる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「いやはや、実に美味しい食事ですな。全て此方の荘園で?」

「そうですわ男爵。辺鄙な場所ですけれどこの辺りは自然が豊かで土地も肥えておりますから作物も家畜も良く育つそうです。……療養にも合いますしね?」

 

 ケーフェンヒラー男爵の賞賛に答えた後、にこりと私の方を向いて慈愛の笑みを浮かべる母。ちょっとそこでこっち向くの止めてくれません?

 

「池もありますし、狩猟園もありますよ。ご興味が御有りでしたら釣りなり狩りなり御供致しましょうか?」

 

 ナプキンでソースで汚れた口元を拭き、何気ないように私は提案する。内心は打ち合わせ通り食いつけやゴルァ!!であるが。

 

「ほぅ、それは興味深いですな」

「ヴォルター、気持ちは分かりますけどまだ怪我は……」

「問題ありませんよ。護衛は連れていきますし、そもそもこの荘園で危険なぞ有り得ないでしょう?それに客人たる男爵が御望みならばそれに同行するのが歓待する側の役目ですよ」

 

 やんわりと母が制止しようとする前に私は機先を制する。別にこの私有地から逃げはしませんよ。……今はね?

 

「ですが……」

 

 尚も納得しかねる表情を作る母。まぁ、こういう時の対処法は理解しているけどね。

 

「そう心配なさらないで下さい。それよりも母上のために(・・・・・・)出来るだけ大物を持ってきますのでどうぞ明日の晩餐は楽しみになさって下さい」

 

 私が屈託なき(ように演技した)笑顔を向ければ私を溺愛する母もこれ以上は追求出来ない。いや、溺愛するからこそ追求出来ないというべきか。正直純粋無垢な笑顔でこんな事を口にしているが鏡に映る自分の姿を見れば即吐く自信があるね。私何歳だよ?

 

「だけど……いえ、分かりました。ですがきちんと気を付けて下さいね?ここなら安心ですが母は心配です」

「……分かりました、母上」

 

 私は深々と頭を下げる。内心で過保護過ぎる母に反発と不快感があるのは事実であるが、それ以上に私の中では罪悪感が強いのが正直な所であった。実態は兎も角も母の私を心配する気持ちは本物であるし、幾度も怪我をし、逆らい、心労を与えて来たのもまた事実であるのだ。

 

 特に貴族の妻としては死産と流産を経験し、相当辛い思いをした筈だ。単純な精神的ショックだけではなく、分家はあるにしても伯爵家の直系は父だけであり母には男子を産む義務があった。漸く産まれた私が何度も死にかけられたら一族内での立場がどれだけ難しくなるか分かろうものだ。その点では母がこうなっているのは半分程度は私の失態だった。

 

 ………とは言え、母の望み通り安全な場所で安穏としている訳にはいかないのも事実なのだが。

 

「モカ(ブラック)で構わないよ」

 

 メインを食べ終わると、使用人達がデザートと共にする飲み物について尋ねていく。客人たるケーフェンヒラー男爵に付き添い役のヤングブラッド大佐、それに私や母は当然のようにブラックの珈琲を注文する。

 

 妹だけはメランジェ(ブラックコーヒーとクリーミーミルクを半分ずつ淹れた物)にシュラーグオーバース(ホイップクリーム)をたっぷりと乗せたものを寄越させる。尤もこれは非難出来まい。五歳児にモカなぞ飲める訳がない。

 

「こちらデザートになります」

 

 厨房のパティシエが直々にデザートの盛られた白磁の皿を給仕していく。荘園で収穫された果物とチョコレートのトルテ、そこに同じく新鮮な牛乳と鶏卵で作ったホイップとアイスが添えられる。そのほか冷やした幾つかの果実も切り分けられている。

 

 晩餐会中不機嫌か詰まらなそうにしていた妹が漸く笑みを浮かべていた。女子が甘い物好き……というのは偏見であるかも知れないが、少なくとも子供が甘味好きである事は間違いない。

 

 ふと、私の視線に気付いたのだろう。妹は私の方に目を向ける。そして同時に笑顔だった表情は凍り付き、次いで気まずそうに俯き静かに食べ始める。

 

(……またやってしまったな)

 

 私が見ているのを不機嫌そうにしていると勘違いしたのだろう。折角の妹の楽しみをふいにしてしまった私は後悔する。やはり余り彼女に関わらない方が良いのだろうか……?

 

 私は母やケーフェンヒラー男爵、それに付き添いのヤングブラッド大佐とのたわいない世間話に戻る。デザートを食べ終え、珈琲を飲み終えて暫くすれば母が空気を読んで妹を連れて退席する。ここからは紳士だけの時間と言う訳だ。喫煙者がいれば食堂で吸い、それを終えれば撞球室でアルコールと共にビジネスや世間話、政治談話を語り合い、賭け事やゲームに興ずるのがマナーだった。

 

 とは言え、私もヤングブラッド大佐も遊びで来た訳ではないし、ケーフェンヒラー男爵も健康に気を付ける身であり喫煙は控えている。私は執事に図書室から幾らかの本を撞球室に持って来させるようにした。正直男爵にとっては賭け事よりもそちらの方が喜ばれるであろう。

 

「ダンネマン大佐、ファーレンハイト中佐。卿らも来ると良い。労を労いたい」

 

 食堂を出てすぐの廊下で敬礼をしながら控えていた両帝国騎士の食客を私は誘う。明日出掛ける時の護衛にも組み込むつもりであるし、それ以上に受け取るべき物があった。

 

「あの男爵殿の御相手は大変でした。相応の礼があると考えて宜しいでしょうな?」

「ファーレンハイト中佐、失礼であるぞ」

 

 先に撞球室に向かう男爵を一瞥し、げんなりとした表情を浮かべる貧乏帝国騎士。馬車の中で随分と揶揄われたのだろう、ダンネマン大佐が咳をして注意する。

 

「構わんよ、ドラケンベルグの747年の赤を用意させる。ダンネマン大佐も、掛金は私持ちだ。読書好きの男爵は抜きとして四人でポーカーでもどうかね?」

「恐れ入ります、若様」

 

 深々と頭を下げて承諾する左手が義手の大佐。ゲームと称しているが、要は賭け事の体裁で小遣いをくれてやる、という事だ。正規の任務とは別に彼らには色々と働いてもらっているのでそれくらいのサービスは必要だった。

 

 そして客人達と共に撞球室に入室し、ソファーに深々と座り込んだ私は酒とつまみを運んできた使用人達を退出させる。それを確認してから漸くファーレンハイト中佐は懐から一通の手紙を取り出す。

 

「御苦労……と言いたいが彼方の方は駄目かね?」

「申し訳御座いません。面会すら誤魔化されてしまいました故……」

 

 深々とダンネマン大佐が謝罪の言葉を口にする。

 

「………そうか。いや、仕方あるまい。御苦労だった」

 

 私はダンネマン大佐を労った後、手元の手紙に視線を向ける。封筒の蝋印を確認する。その家紋には見覚えがあった。リューネブルク伯爵家のそれである。私は封筒を開き、中の上等な紙に羽ペンで達筆に書かれた内容を読み込んでいく。

 

「……やはり迷惑をかけているか」

 

 リューネブルク伯爵からと、もう一通、別の人物からの手紙を最後まで読んだ後、私は嘆息する。

 

「……若様」

「分かっている、迂闊には動かんさ。……何事も根回しは大事だからな?」

 

 私は半分程無理矢理の笑みを浮かべる。

 

「さぁさぁ、楽にしてくれ。中佐、悪いがそこの引き出しを開けてくれ、トランプが仕舞ってある。大佐、カードを配るのを頼むよ?」

 

 食客達にそう命じた後、私は再度手紙に視線を移す。

 

「……そうだな、迂闊には動けんな」

 

 私は従士が筆を執ったであろう手紙を何度も読み返し、そう呟いたのだった………。

 

 


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