帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第一〇章 有給休暇があれば安穏と惰眠を貪れると思ったか?
第百二十八話 光(母性)と闇(ヤンデレ)が合わさり最強に見える


「んん……」

 

 記憶が確かであるならば寒さに震えていた私は、暖を求めてそれに抱き着いていた筈だ。

 

「うぅ…さむい………あったかい………」

 

 普段から使っているふかふかのマットに天然羽毛の布団ではなく固いベッドに薄い毛布……故に私は寝ぼけながらそれに手を回しぎゅっと抱き着く。それの程好い柔らかさと温もりは冷えきった空気に凍える私にとって正に救いであったから。

 

「んっ……あぅ…わかさま………」

 

 より暖をとるため、密着するように腕の力を強め抱き着くとそれはぴくっと震える。どこか艶かしい声が聴こえた気がするが寝惚けており、しかもまだ幼いために良く回らない私の脳はそれを深く考えない。

 

 ただ、温かいそれが時たま動くために私は一言「動くな」と不機嫌に呟いた。するとまるで意思があるかのようにそれはぴたりと動くのを止めされるがままとなる。

 

「うん……いいこ……いいこ………」

 

 私の思考が働かない頭はそれを特に可笑しいとも思わず唯寝惚け声でそう呟き、それに一層密着するように顔を埋める。

 

「わかさま………」

 

 それが私の背と頭に触れるのを感じた。優しく撫でるように触れられる感触は心地よく、安堵感すら覚えて私は再度眠りにへと誘われる………。

 

 ………どれだけ眠りこけていたのだろうか?何時しか外では小鳥の囀りが響いていた。窓からはもう豪雨の音も、まして嵐の音も聴こえず、暖かな日差しが差し込む。まだ寒いがどうやら一晩明けて早朝を迎えているようだった。

 

「うぅぅ……寒い……けど温かい……温かい?」

 

 その感覚に一瞬の内に私は意識を覚醒させていた。同時に目の前に現れるのは若干涎のこびりついて染みがついた白く薄いシャツであり、鼻孔が感じるのは汗と甘い香気の混じり合った独特のものであった。

 

「………」

 

 とてつもなく嫌な予感がした。恐る恐ると上に視線を移せばそこには幼い金髪紅瞳の幼女が純粋な、しかしどこか母性を称えた表情でこちらを見つめていた。ほんのりと頬が赤らんでいるのは子供だから体温が高いからだろう。少なくとも私はそう信じた、いや信じたかった。……信じたい。

 

「あ、わかさま。おはようございます!」

「……あ、あぁ……お早う?」

 

 従士の舌足らずな、しかし笑顔での挨拶にぎこちなく私は答える。ここで私は自身が何をしているのかを把握した。小屋の寒さに目の前の従士の子供相手に抱き着きながら寝続けていたのだ。あ、これ(社会的に)死んだろ。

 

 後になってよくよく考えてみれば十にもなっていない子供同士の事なので実際見られても微笑ましい姿であったかも知れない。それでもその時の私の中では昨日の夜の吐露や号泣も合わさり、羞恥心によりかなり動揺していた。そのため慌てて彼女から離れる。

 

「わかさま……?」

 

 一方、先程まで私が無遠慮に抱き着いていた従士は私が突き放したように離れた事に怪訝な、そして少しだけ不安げな表情を浮かべる。

 

「ある程度服も乾いただろ!着ておけ!」

 

 半分程照れ隠しで半乾きのまま干していた上着を着ると彼女の分を投げつける。従士は私の態度の豹変に戸惑いながらも反抗する事は論外であるとばかりに命令に従い服を着ていく。

 

その時である、外から物音がしたのは。

 

「ひっ……何だ!?」

 

 私は慌てて扉からのけ反る。前日にふざけているように大きなヘラジカに襲われた記憶が蘇る。余り野生動物の生態には詳しくないがもしかしたら匂いで追ってきたのではないかと不安に襲われた。仮にヘラジカでなくともこの狩猟園には幾らでも野生動物が生息しているからその可能性だってあった。

 

 私が怖がっている事に気付いて付き人は急いで私を自身の背後に隠して守ろうとする。私は不安感から情けなく彼女の手を握るとまた幼女も私に応えて手を握り返す。そして扉はゆっくりと開かれ………。

 

「おお、間違いない!此方におられましたか……!」

 

 扉を開いて現れるのは金糸の飾緒に銀の釦で飾り立てた華美な軍装を土と泥とで汚した兵士達であった。その独特の出で立ちを私は良く知っていた。

 

「近衛……?」

 

 その出で立ちは間違い無い。『新美泉宮』を警備する近衛兵の軍装であった。

 

 私が唖然としている中、すかさず十名ばかりの近衛兵が小屋に突入する。そして私を近衛兵の一人が抱きかかえ……。

 

「えっ……?」

「わかさま……!?」

 

 それは余りにも自然な動きのため私は反応が遅れていた。

 

「若様、さぁもう御安心で御座います」

 

 近衛兵は私と従士の掴み合う手を離させ、優しい笑みを浮かべて外に私を連れだす。

 

「わかさ……」

「待て付き人。卿には事情聴取の必要がある。報告をしなさい」

 

 慌てて私に追い縋ろうとする付き人を小屋に残る近衛兵達が険しい表情を浮かべながら止める。困惑し、不安そうな表情を作る従士。尤も近衛兵達からすればそれは当然の事であった。

 

「ああ、捜索中の伯爵家の若様だ。……少し弱っている、今すぐにでもヘリを回してくれ、軍医も乗せてだ……」

 

 小屋を出れば無線機で連絡をする近衛兵がいた。恐らくは本隊に救援を呼んでいるのだろう。もしかしなくても私を捜索するのに連隊か旅団単位で近衛兵が動員されているのだろう。

 

「なんて事だ、服がお濡れになられている……毛布はあるか?無い?むっ……仕方あるまい。若様、大変失礼ながら此方で暫し御耐え下さいませ」

 

 と私の半濡れ上着を脱がせて近衛兵達の中で一番衣服の汚れていない者が脱いだそれを代わりに着せられる。当然サイズが合わずぶかぶかではあるが生地が良いのだろう、寒さを耐えるには十分であった。

 

「若様、御疲れでしょう?もう御安心で御座います」

「皇帝陛下も御母君も随分と心配しておられましたが……御無事で何よりで御座いました」

「空腹では御座いませんか?我らに出来る事なら何でも御用意致します」

 

 近衛兵達は心底安堵し、機嫌が良さそうに私に質問する。それは恐らくは完全に善意であったのだろう。しかし一晩小屋で過ごしていた私にとっては見知らぬ彼らに矢継ぎ早に尋ねられても不安が増幅するだけであった。

 

 故に私は泣きそうな表情で彼らに頼んだのだ。小屋の中を指差して、私は彼らに『それ』を。いや『彼女』を傍に連れていくようにと。そして………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うぅ…うん?……朝…か?」

 

 夢から覚め、ぼんやりと霞がかった意識の中で私が瞼を開いた時、最初に目にしたのはベッドの天蓋であった。

 

「……起きないとな」

 

 若干の頭痛と眠気を押し殺しながら私は未だ焦点が合わない目を見開く。毎度の事であるが昔の事を夢に見ると寝覚めが悪くなる。

 

 視線を傍の窓に向ける。レースのカーテンの隙間からは日差しが差し込んでいた。その事に妙にデジャブを感じつつも私は上半身を持ち上げ起床しようとする。そろそろ起床するべき時間であるだろうし、寝間着の下からは嫌な汗をかいていて不快感があったのも理由として挙げられるだろう。

 

「うっ……うん?……ああ、そうか」

 

 起き上がろうとして私はそのままバランスを崩してマットに再度倒れ込んだ。寝違えた訳ではないが、気だるい身体を起こすのは簡単な事ではない。まして『片腕』では。そのため私は姿勢を変えて再度起き上がろうと企てる。そして……。

 

「よし、これなら……ば……?」

 

 顔を向きを変えたと同時に私は体を硬直させた。さもありなん、丁度目の前に寝間着姿の美女がすやすやと寝息を立てていればそうもなろう。

 

 とは言え、その顔を認識するとすぐに私は冷静になる。当然だ、この人に劣情を感じるなぞ私の立場では有り得なかった。

 

「ん……んん……ふわぁ……あら?ヴォルターもう起きたのかしら?」

 

 どこか艶かしい呻き声を上げ水乙女(ウンディーネ)の化身は目を覚ます。可愛らしく欠伸をした後、慈愛の視線を私に送り「一人で起きられて偉い子ね」と微笑みを浮かべる。いや、その程度で誉めるのはどうよ?

 

 流石に年のせいか少し艶の減った、しかし未だに美しい銀髪に同じく殆ど染みも皺もない肌、体型は当然のように均整の取れたモデルのようなそれで、口から奏でられる声は品性と知性を感じさせる。正直四〇過ぎの経産婦とは思えないし、絶対十歳は年を偽っている——少なくとも初見の者はそう思うだろう。

 

 数回のノックの後、ガチャリと寝室の蝶番が回り柏材の扉が開かれる。そろそろと見計らったように女中達が入室し、ある者はカーテンを開き、ある者はタオルを、またある者は水の注がれた硝子瓶や盆を手に控える。

 

 カーテンが引かれた事で室内が日射しにより照らし出される。

 

「奥様、若様、明朝で御座います。どうぞ御起床下さいませ」

 

 初老の家政婦長が筆頭となり、一ダース程の使用人達が恭しく頭を下げ朝の挨拶を告げた。

 

「あらそう、分かったわ。朝支度の準備をして頂戴」

 

 羽毛の布団から上半身を起こした母は再度欠伸をした後に気だるげに、そして尊大に命じた。それだけの事なのに妙に色っぽいので困る。血の繋がりがある家族であり、尚且つ美人を見慣れていないと間違いなく動揺するだろう。

 

 さて、ここまで平然と状況説明をしていたが、そろそろ突っ込みもあるだろうから私も口を開かねばなるまい。故に、私は正に差し出された銀盆の水で顔を洗い終えた母に笑顔で伝える。

 

「いや母上、一緒に寝るとか私は子供ですか?」

 

 もう何度目か分からない指摘であった。時に宇宙暦790年7月2日、0600時の事である。

 

 

 

 

 

 

 私、即ちヴォルター・フォン・ティルピッツ宇宙軍中佐は、宇宙暦790年2月14日付で宇宙軍大佐に昇進した。昇進理由は第九野戦軍司令部の投降及び友軍援護のための情報収集・提供(公式にスパイの情報を確保したとは記せないための表現だ)である。同時に同盟軍最高勲章たる自由戦士勲章、同盟軍銅星勲章、レコンキスタ従軍章、名誉戦傷章が同盟軍より、柏葉・剣付騎士鉄十字章、白兵戦章銀章、戦傷章金章が亡命政府軍より授与された。随分と大盤振る舞いであるが、半分はいつも通り迷惑料であろう。

 

 大将一人を含む複数名の将官を捕虜としてエル・ファシル攻防戦の戦局に少なからず影響を与えた私であるが、失った物も少なくない。本来指揮下にあった第七八陸戦連隊戦闘団は兵員の三割以上を消耗し、上位部隊たるリグリア遠征軍団は装甲擲弾兵第三軍と正面から激突したがためにこれまた少なからぬ戦力を消耗した。伯爵家が私の目付役に揃えた臣下の中にも犠牲者は少なくない。

 

 尤も、伯爵家一門からすれば『その程度の事』は大した事でもなかったように見える。家臣団全体で言えば私の護衛に回された人員が少なくないとはいえ、最悪連隊全滅程度は想定に入れていたようであった。伯爵家は多額の葬儀費用や見舞金を臣下とその家族に支払ったが、それでも伯爵家の総資産から見れば極一部でしかない。

 

 実際家臣団もそれに恨みを言う事は無かった。元々弾除けとして使い潰す事も想定しての供出であったのだからさもありなんだ。それよりも遥かに重大な失態が起きた事の方が問題であり、寧ろ家臣団からすれば本家の対応に戦々恐々としていた側面があった。

 

「若様、失礼致します」

 

 女中の一人が恭しくそれを抱えて持ってくる。別の女中が私の衣服の右袖を捲り上げ、肘から下のない腕を晒す。その傷口は手術により金属製の覆いが被せられ、電子コネクタが設けられている。

 

 所謂筋電義手や機械義手、あるいは人工臓器の技術は、今では一三日戦争以前とは比べ物にならない程に進化した。神経接続や人工筋繊維によりほぼ生身の腕と同等の反応速度と柔軟性を手に入れ、素材技術の向上で排熱も人体の体温と同レベルかつ重量も軽量化している。感覚器官すら限定的に再現出来る。そこに人工皮膚を被せてしまえばまず義手や義足を装着しているとは分からない。

 

 宇宙暦にもなって機械義手とかwww時代は再生医療だろJK!と宣う者もいるかも知れない。無論そちらの技術も普通に普及はしている。特に民間ではそちらが主流だ。だが軍人の場合は再生医療による治療は好まれず、寧ろ機械化を選ぶ者の方が多いし軍部もそちらを奨励していた。

 

 単純な話だ。生身の四肢が千切れれば下手しなくても人は死ぬ。少なくとも手術する猶予が無ければ死ぬ。再生治療なんてしてみろ、次また同じ手足がなくなったら助かる保証なぞない。機械ならば『破壊』されても出血や激痛はないのでその場からより冷静に脱出や避難が出来るのだ。しかも強度も生身のそれより頑丈であるし、場合によってはリミッター付きではあるが通常の肉体では不可能な運動能力を発揮出来る。軍人を続けるならば再生医療よりも機械化の方が遥かに合理的である。

 

 まぁ、だからと言っても所詮義手や義足はそれ以上のものではない。SF作品のマッドサイエンティストが如く兵士達を敢えて改造人間にするのはそれはそれで不合理だ。どれだけ生身の体を改造しても最新鋭の戦車の前では挽肉にされるし大口径機関砲の前では無力だ。普通に個人携帯装備を改良した方が安上がりである。あくまでも身体能力向上はおまけ扱いでしかない。

 

 尤も、それは最新技術をふんだんに利用した兵器を大量に配備出来る二大星間超大国だからこその話であるのも事実だ。外縁宙域の宇宙海賊や犯罪組織、軍閥、あるいはフェザーンの裏世界の住民の場合は様々な理由で文字通りのサイボーグ化する者も、それこそ人型のシルエットから少々逸脱した者すらもいる。前にも言ったが、宇宙暦8世紀の医療技術は脳と心臓さえあれば大体どうにかなるし、最悪心臓すら機械で代替可能だ。

 

 兎も角もそういう訳で、同盟軍の将兵は衣服と人口皮膚で分からないだけで四肢や内臓、あるいは眼球や骨が人工のそれに代わっている者はそう珍しくはない。宇宙軍なら比較的軽傷で助かるか即死するかに偏るため例が少ないが、地上軍は兵員の一割半程度は程度の差こそあれ人体の一部が機械化されていたりする。負傷を理由に退役勧告されるのは稀であり、大概は部位欠損に精神的なショックを併発している場合である。そしてPTSDの兵士を戦線に投入する程同盟軍は愚かではない。復帰したければ軍病院で精神科の治療を受け完治してからだ。

 

「少々痛みます、ご容赦下さいませ」

「ああ、任せる」

 

 中年の女中が、人工皮膚を被せていないせいで一目で分かる義手を私の腕の断面に装着する。コネクタにより義手が接続されたと同時にほんの僅かな刺すような痛みが走り、次の瞬間には以前と同じ右腕の感覚が蘇る。

 

 接続した右腕の手首を回し、指を動かしていく。本物の腕と殆ど変わらない素早く滑らかな動作だ。実家で特注したオーダーメイド品とは言え毎回驚きそうになる仕上がりである。

 

「ヴォルター?大丈夫?痛くなかった?ちゃんと動くの?違和感はない?」

 

 義手を接続し終えたのを確認すると、これまで傍で不安そうに見つめていた母がオロオロと寄り添い私の両肩を掴んで質問攻めにする。

 

「はい、問題ありませんよ。違和感も動きのぎこちなさもありません。実に良い義手です、私のために本当にありがとうございます」

 

 私が右腕を欠損したという知らせを聞いた時、父は軍人らしくメンテナンスが容易で信頼性の高い普及品の軍用義手を注文しようとしたらしい(とは言え高級士官用の最上級品ではあるが)。

 

 そこに待ったをかけたのが母だと言う。亡命政府資本の大手企業から一流の職人を連れてこさせて当時ハイネセンの第一軍病院に入院していた私の所に寄越し、私の腕の状態を調べ要望も聞いた専用の特注品が、幾つかの予備を含めて製作された。大量生産品ではないので最終的に普及品に比べ一桁は値が張った代物となった。正直な所いざと言う時の整備性では不安が残るが、性能面では文句無しのために母を詰るのも筋違いである。だから私は微笑みながらもう背丈を越してしまった母に感謝の言葉を伝える。それに……。

 

「ふふふ、いいのよヴォルター?可愛い息子のために母が動くのは当然ですもの。………そうよ、貴方を守ってあげられるのは私だけ、私だけなの。ごめんなさいね?ほかの役に立たない木偶共に任せた私がいけなかったのよね?そうよ私がいい加減な考えで護衛を選んだからいけなかったのよね?ヴォルター、可愛い可愛い私の大切な坊や、ごめんなさいね、私のせいで沢山怖くて痛い目にあったのよね?本当にごめんなさいね?沢山不満があるでしょうけどどうか母を許して頂戴。もうこんな事無いからね?もう大丈夫よ?本当よ?もう安心していいからね?これからは母がいつでも傍で守ってあげるのだから、もう怖がらなくても、泣かなくてもいいのよ?欲しいものがあるなら何でも、遠慮なく言って頂戴。何であろうとも母が持ってこさして上げるのだから。だから…………もう私の傍から離れては駄目よ?」

 

 滅茶苦茶早口でそう捲くし立てた私の母の表情は笑っていて笑っていなかった。正確には表情は女神のような優しさと温かさを放っていたが目が死んでいた。ハイライト=サンが失踪していた。漆黒だよ、まっくろくろすけだよ。完全に深淵を覗いているね。ハイライト=サン完全に深淵を覗いたきり帰って来ないよ。

 

「ヴォルター?返事は?」

「アッハイ」

 

 物静かで優しそうな、しかし有無を言わせない母の言葉に私は殆ど反射的にそう答えていた。答えざるえない。

 

(この様子だとどうやら今日も一日中監禁であろうな)

 

 私は内心でぼんやりと思う。

 

 ハイネセン第一軍病院を退院後、長期休暇と言う形で私が惑星ハイネセンの片田舎……というか伯爵家が一世紀近く前に購入した農園兼別荘地に閉じ込められてから凡そ二か月が過ぎようとしている。

 

 ハイネセン北大陸、ハイネセンポリスから西に約二〇〇〇キロ程離れた場所にある一二〇〇平方キロメートルの土地は、広大でこそあるが宇宙暦8世紀の土地の購入費用は西暦21世紀とは比較にならない程安価ではあるし、場所自体も山林が多く、田舎のため広さの割には安い。

 

 とは言え別にそれは伯爵家がケチな訳ではなく、寧ろハイネセンポリスの『退廃的で俗物的な汚れ切った空気』(帝国貴族目線)から解放され、出来るだけ新鮮で澄んだ空気を吸いたいと考えたためだ。実際ハイネセンに住まうほかの門閥貴族達も各々に田舎の土地を買って別荘を建て、長期休暇には訪問している。所謂西暦時代の英国におけるカントリーハウスというものだ。

 

 私有地内には荘園同然の村(というか住民は元伯爵家荘園の貢納農奴だ)と農園が幾つも広がり狩猟園もある。別荘が本邸以外にも三件あり季節ごとに移る事も出来た。私有地警備のために元々亡命政府資本の警備会社が警備を行っていたが、現在は更に会社と実家から人員が割り増しされている。

 

 そして、そこに本来ならば有り得ない事であるが伯爵領から大名行列で母が初めてアルレスハイム星系の外に外出し……今まさに私と殆ど監禁同然に住んでいた。

 

 先程の母の言葉と瞳を見れば一目瞭然であるが……うん、完全に病んでいるよね、母上?

 

 色々と手遅れに思えるが、恐ろしい事にこれで周囲の被害は最小限に留められているのだから笑えない。あの病み具合でも私の右腕欠損したばかりの頃に比べればかなりマシになっているのだ。最初の頃?口にしたくもないね。

 

 曲りなりにも亡命政府を構成する大貴族、武門三家の一角であるティルピッツ伯爵家の嫡男……しかも皇族の遠縁……が右腕欠損と来たのだ。これが本場の帝国の基準であれば関係者の係累まで総自裁も考えられる出来事だ。

 

 当然ながら亡命政府の場合、同盟に対する印象的にも、純粋に人材的にもそんな事は不可能だ。下手をすれば直接の上司たるリグリア遠征軍団司令官ローデンドルフ少将や派遣元の第六宇宙軍陸戦隊司令官ムーア少将、第六艦隊司令官ロボス中将に第六地上軍司令官バルトバッフェル中将にまで火の粉が及びかねない。亡命政府にとつては論外な選択だ。

 

 そうなると割を食いそうなのが私の付き人や部下であるのだが、そちらの方も私なりに対処はしていた。一番ヤバい(当時)テレジアはほとぼりが冷めるまでリューネブルク伯爵の所に避難させた。連隊戦闘団の主力には功績を上げる機会を提供し、何よりも私自身が宮中と長老方を宥めるための軍功を稼いだ。これで行ける筈だった。右腕を刺されて捕虜になりかけただけならばこれでお釣りが来る程にフォローは可能な筈だったのだ。

 

 流石に切断はなぁ………。

 

 幸運だった点は二点。一つは相手があの石器時代の勇者オフレッサー大将であった点であろう。師団単位の警備網を抜け指揮官の首を狩り、狙い撃ちしたクロスボウの矢を素手で鷲掴み、無手でアオアシラを絞め殺し、本来大貴族が大隊単位の狩猟団を編成して仕留めるガララワニやイャンガルルガを単独で狩って剥製にするような限りなく人間を辞めた存在が相手である事、またそれにより明確に復讐相手がはっきりしている事が身内のヘイトを部下から敵に向ける一助になったのは間違いない。

 

 だが、それでももう一点目が無ければ間違いなく自裁させられる者が出た筈だ。

 

 もう一つの幸運はローデンドルフ少将と会った時点で私の意識があった事、それによる泣き落としが効いた点であろう。前線で回収された私はそのまま最低限の応急処置が施された。それでも出血多量の上傷口を長期間放置では化膿し、細胞が死に、命に関わった。医療班が急いで私の手術をしようとしたが私はそれより先に少将を呼ぶように命じた。

 

 大体予想は出来ていたがやっぱり叔従母様は一緒に来ていた。というかカールシュタール准将の制止を無視してジープを飛ばしてやって来た。当然のように血の気が引いた顔で駆け寄って来たので私は罪悪感こそあったがそこで我儘を口にした。

 

 端的に言えばベアトを始めとした部下達の責任を追及しないように頼み、約束してもらえない場合手術をしない、と拗ねた。こんな事を言われたら否とは言えない。流石に要求を口にするだけではアレなので、代わりに少将達の責任についても責め立てないように母に口添えすると伝えた。

 

 それでもかなり迷っていたが、私が傷口から流れ出す血を見せたら即答した。因みに万一にも後から約束破られたら困るので直筆のサインをしたためた承諾書を貰い、余り効果はあるかは分からないが「ありがとう!叔従母様!」と笑顔で甘えておいた。

 

 正直自分でやってて気持ち悪くてドン引きものではあるが、身内第一の我が叔従母にはそれなりに効果があったのか、どうにか手術・入院中に部下達が自裁させられる、という事態は避けられたようだった。代わりに以降のエル・ファシル攻防戦においてリグリア遠征軍団と戦闘した帝国軍が明らかに必要以上に激しい攻撃を受ける事になったが………まぁ、敵軍だからね、仕方ないね。そこまで配慮してやれん。

 

 結局、私の負傷の責任は少なくとも表向きは有耶無耶になった。強いて言えば同盟軍上層部にヘイトが向きオフレッサーに懸賞金が掛けられた事であろうか……前者については私に自由戦士勲章が授与された一因であり、後者については賞金を掛けた所でどうにかなる問題ではないのだがそこに触れてはいけないだろう。

 

 ……とは言え、表向き円満に処理されたが、あくまでも表向きである。内では色々問題が山積みなんだよなぁ………。

 

「………」

 

 私は自身を見つめて微笑む母を一瞥し、次いで傍の窓に視線を向ける。窓から見える空は晴れやかで、屋敷周辺の田園とその奥に見える山々の姿は麗かで雄大だ。だが今日一日の事を思い、私は既に朝から重苦しい気持ちとなっていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さぁヴォルター、あーんしてね?」

 

 小鳥の囀りのような美声が奏でられた。

 

「………」

 

 朝支度を終えた私は、本来するべき散歩もせずにそのまま幾人もの使用人と調理人が控え専属楽団が演奏を続ける食堂の長テーブルの前に座り込み、沈黙する。

 

「………」

 

 楽団が演奏を奏でる中、私は静かに視線を下に向ける。テーブルの上には純白のテーブルクロスが掛けられ、それが見えなくなる程多くの陶磁の皿に盛られた朝食の数々は私有地の田園で収穫された新鮮な作物を使用して作られたものだ。だが明らかに品目が多すぎる。これでは恐らく半分どころか三分の一も食べきれまい。

 

 そして視線を上に向ける。目の前にあるのは銀のスプーンに掬われたミルヒライスだ。昨年の秋に収穫された米を今日搾られたであろう牛乳と共に甘く、柔らかく煮込んでいる。

 

「ヴォルター?」

 

 スプーンを持つ白魚のような白い手に沿って視線を声の方向に向けて移動させる。そこには当然のようにニコニコと微笑む我が母がいる訳だが………。

 

「……母上、赤ん坊じゃないんですからやっぱり……喜んで頂きます」

 

 母の目が虚無ったので私は即答しながら母が手にするスプーンを咥えた。うん、美味しいね、嘘じゃないよ?

 

「うふふ、沢山ありますからまだまだ頂いて良いですからね?」

 

 澄んだ瞳で微笑む母が顔を若干ひきつらせる私の頭を撫でる。

 

「こんなに大きくなって……母は嬉しいですよ?貴方が産まれた頃は小さくて小さくて……平均よりも小柄なのに余り口にしない子でしたから随分と心配したのよ?」

 

 そういって昔の事を思い出したのか心配そうな表情を浮かべ頭を撫でていた手を私の頬に移動させる。

 

「けどこんなに立派に育ってくれて本当に嬉しいわぁ。ふふふ、本当に元気に、健康に、それに優秀に育ってくれて母は本当に満足していますよ?ただ………」

 

 そっと機械仕掛けの腕に母の手が触れる感触があった。痛覚こそないが疑似的な触覚自体は義手に埋め込まれているので、触る感触も触られる感触も肉の腕のように電気信号として脳に伝わる。それ故にその強く掴まれる感触に私は一瞬震える。

 

「大丈夫よ、ここは安全だから。貴方に辛い思いはさせません」

 

 私の怯えを感じ取ったのか(あるいは勘違いしたのか)、母は私の方を見て安心させるように慈愛の視線を向ける。そして優しく囁くのだ。

 

「ですからもう市民軍(危険な場所)に行ってはいけませんよ?」

「っ………!」

 

 そう母は警告する。本当ならばここで強く出るべきなのかも知れない。だが目の前の女性のその表情には私欲は一切なかった。本当に優しく、甘く、完全なる善意で、慈しみと愛情を持っていて……。

 

 故に私は喉元まで出る反発の言葉を吐き出せなくなるのだ。

 

「………」

「ヴォルター?」

 

 言葉が出ず、唯沈黙する私に微笑む表情を怪訝そうに変化させながら母は私の名を呼ぶ。

 

 私と母の間に生じる気まずい雰囲気を逸らしたのは食堂の扉が開かれる音であった。いや、より正確に言えば食堂に入室してきた者によって、か……。

 

「あっ!おかあさま……!」

 

 数名の女中を連れて食堂に姿を現した私の歳の離れた妹……今年で五歳になる……母親譲りの長い銀髪にふんだんにレースフリルを備えたロココドレスを着たアナスターシア・フォン・ティルピッツはまず母の姿を見て満面の笑みを浮かべ、次いでその隣にいる私を見やりその子供らしくぬくもりのある顔からさっと血の気を引かせて不安そうな表情に豹変する。

 

「あ……お……お…」

「ナーシャ?お兄様に朝の御挨拶は?」

 

 私を見つめ口ごもる妹に、しかし母のかける言葉は棘のある、高圧的なものであった。その態度に妹はショックを受けたような視線を向ける。

 

「………」

 

 もう何度も繰り返される朝の一幕ではあるが、未だに慣れるものではない。視線を逸らしてはそれはそれで問題になるので私はそのやり取りを見つめ続ける。

 

「お……おにい…さま……おはよう……ございましゅ……」

 

 途切れ途切れに、まるで肉食獣に怯えるようにそう答えると嫌そうに私の目を見つめる。私の返事を聞かなければならないのだ。

 

「……ああ。ナーシャ、お早う。空腹だろう?席に向かって構わないよ?」

 

 私は可能な限り優しく答えるが……意味ないだろう、この妹には私を怯える理由も嫌いになる理由も豊富過ぎた。

 

「はい……」

 

 一度俯き、その後母を見つめる妹は、しかし既に自身を見ず兄にばかり構うのを見て再度ショックを受けたような表情を浮かべ、弱弱し気に私と母から僅かに距離を取った席に座る。より正確に言えばお気に入りの女中であるダンネマン一等帝国騎士令嬢に椅子を引いてもらい、脇に手を回し持ち上げられて座らせてもらう。

 

 私は令嬢に視線で謝罪を伝え、憐れみと罪悪感を含んだ視線をナプキンをかけられる妹に向けた。

 

 彼女にとって現状は余りに不本意で、余りに理不尽な事であっただろう。私なんぞのためにこんな殆ど知らない別荘に移住させられ、しかも母に構ってもらえなくなったのだから。

 

 少なくとも表向きは誰も責める事が出来なくなった母は逆に私に異様なほど過保護になり、この私有地で殆ど軟禁に近い状況に置かれたのは先程述べた。

 

 その被害をある意味一番受けているのは我が妹である。唯でさえ臆病で甘えん坊であるのに母は私を守るためにハイネセンに向かう……帝国軍との戦況が悪化しておりアルレスハイム星系の安全も万全とは言えないため、事実父からの進言や亡命政府自体も一部で疎開が始まっているためでもあるが……ので妹も実家から離れたくなくても離れざる得なくなったのだ。実際泣きじゃくりながら実家を離れたという。

 

 見知らぬ星の見知らぬ別荘である。それだけで五歳児には不安であろう。その上母は殆ど面識のない上いつの間にか腕の無くなっている兄(らしき人物)に付きっ切り、それこそ朝の仕度から夜の就寝までずっとである。飾らない言い方をすれば、彼女にとって私は母を盗んだ諸悪の根源でしかない。

 

 私としても余り妹をぞんざいに扱わないように遠回しに母に伝えてはいるのだが……やはり母にとって伯爵家の跡取りであり、最初の子供という事もあって私の優先順位は妹より上のようだった。

 

 女中達の補助を受けながら五歳児にしては上品に、しかし寂し気に食事を取る妹。ちらほらと母の方を見ては悲し気に俯く姿は胸が痛む。

 

「若様、電報で御座います」

「えっ?あ、ああ……」

 

 母の相手をしつつ妹の心情を思っていたため、執事の呼びかけにギリギリまで気付けず僅かに狼狽える。皴一つない燕尾服に身を包んだ端正な執事が盆の上に一通の電報を載せ差し出す。

 

「母上、申し訳御座いません。少々お時間を下さい」

 

 そう謝罪して電報を取りその内容を見る。そして視線を母への戻し報告する。

 

「……母上、本日の来客は予定通りです。昼頃に訪問なさる筈ですので私にお任せを」

「そう、ヴォルターが言うなら仕方ないけれど……ここから出ちゃ駄目よ?」

 

 ここでいう出ては駄目、とは伯爵家の私有地という意味であろう。

 

「承知しております。母上も出迎えの御準備を御願い致します。……手を煩わすが使用人達にも歓迎の準備を命じてくれるか?」

「既に皆、準備を整えております。どうぞ御心配無きよう」

 

 執事は胸に手を添え、頭を下げてそう報告する。実際来客自体は数日前から手紙で連絡を寄越すが礼儀なので使用人達は前日から準備をしていた。電報はあくまで当日の確認に過ぎない。そうでなくともこの屋敷の使用人の半分以上は実家から母が連れて来た伯爵家使用人衆の特に優秀な者達で固められている。手抜かりなぞある訳がなかった。

 

 7月2日1400時……即ち午後二時頃、朝食を終え手紙の返事を書き、新聞を読み終えて礼服に着替え終えた頃、それは別荘の庭先に姿を現した。四頭立ての馬車が田園を横切る姿を侍女が窓から確認するとまず傍のソファーにいた母に耳打ちする。母が立ち上がると私も事態を把握し一緒に使用人を引き連れて部屋を出る。

 

 母が呼びかければ女中達に手を繋がれた礼服姿の妹は嫌そうな表情で私の下に連行される。

 

「さぁナーシャ、そのようにむくれた表情をするのはお止めなさい。我が家とお兄様に恥をかかせるつもりなの?」

「……はい、ごめんなさいおかあさま」

 

 母の叱責に妹は悲しそうに、そして拗ねたように答える。ダンネマン一等帝国騎士令嬢を始めとした女中達はそんな彼女を慰め、宥める。

 

「いいですね貴方達?これより御客人を迎えます。伯爵家の名誉のために皆粗相の無きように」

 

 玄関ホールで母が使用人達に宣言……というよりも殆ど命令に近い声でそう伝える。使用人達は一斉に「はい、奥様!」と答える。答えない選択肢なぞ元から無いのだが。

 

 そんな事をしている間に遂にその時はやって来た。玄関ホールのマホガニー材の扉が数回ノックされる。二人の使用人がそれに対応し、扉に歩み寄り恭しくそれは開かれた。同時に玄関ホールで客人を出迎える伯爵家の者以外、即ち出迎えの使用人達は役職や立場事に列に並び一様に頭を下げる。

 

 扉から現れた数人の人影を一瞥すると客人を出迎えるための高級ドレスに身を包んだ母がそのスカートを摘まみ上げ、宮廷風の挨拶を同じく宮廷帝国語で口にする。

 

「御待ちしておりましたわ、本日は我がティルピッツ伯爵家一同、男爵を御持て成しさせて頂きますれば、どうぞごゆるりと御寛ぎ下さいませ」

 

 その声を聞き、まずは客人の実家からここまでの出迎えの護衛を受け持ったダンネマン亡命軍大佐とファーレンハイト亡命軍中佐が端により主家一族に敬礼を持って返答する。次いで同盟軍からの目付役……という立場で客人と共に私に接触を図ってきた国防事務総局情報部所属、ヴィクトリア調の外套姿をしたフロスト・ヤングブラット大佐が現れる。トップハットを脱いで帝国貴族階級ですら満点を与えるであろう優美な宮廷帝国語で今日の訪問と出迎えの感謝の言葉を伝える。

 

 最後に形式上の本日の訪問客の主役が笑顔を浮かべて前に出る。帝国からの輸入品であろう上等な外套にその隙間から見えるのはこれまた上質な漆黒の燕尾服に蝶ネクタイ、装飾の施された杖を持ち、トップハットを被る老境の紳士は私を見ると意地悪そうな含み笑いを浮かべた後、母の方に視線を向けて帽子を脱ぎ、優美に頭を下げる。その所作一つ一つが明らかに洗練されており、老人の育ちの良さを伺わせる。

 

「ティルピッツ伯爵夫人、本日は宮中の末席を汚す私なぞの訪問のお許し頂けました事、真に光栄で御座います。此方、細やかな物ではありますが感謝の印で御座います。どうぞ御納め下さいませ」

 

 そういえば出迎えの使用人達が背後から客人の用意したのであろう幾つかの酒類を納めたらしき木箱を運んでいく。木箱に記された銘柄を見るに此方もフェザーン経由で輸入された帝国の高級銘柄であろう。

 

「……男爵、本日は良く御来訪下さりました。さぁ、細やかですが御茶の準備も整えております。どうぞ奥にお入り下さい」

 

 私は母から役目を引き継ぎ、使用人達と共に男爵を客間に案内するため口を開く。

 

「それはそれは、お手数をお掛け致します。因みに茶葉はいずこのものですかな?」

「アルト・ロンネフェルトですよ」

 

 私が答えれば男爵は今度は心から驚いたように僅かに目を見開く。

 

「ほぉ、これはまた大層な……この歳で、よもや二度と口にする事はあるまいと考えておりましたが……」

「アルレスハイムの土を使っているので男爵の召し上がった物とは僅かに風味が異なるかも知れませんが……そちらは御容赦下さいませ」

「いえ、構いません。楽しみにさせて頂きましょう」

 

 そう語り、私にだけ見える角度で含むような笑みを浮かべる紳士。私の貴族的な態度に笑いを堪えているようにも見える。残念だがそれあんたにもブーメランだからな?

 

「さて、では参りましょうか?」

 

 私はそう言って本日の客人、元銀河帝国宇宙軍大佐、現自由惑星同盟名誉市民、そしてケーフェンヒラー男爵家当主たるクリストフ・フォン・ケーフェンヒラー氏を迎え入れたのだった。


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