帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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平成最後の投稿です、令和も宜しくお願いします。


第百二十二話 平成も終わりだしリアル鬼ごっこしようぜ!お前逃げる方な?

『愛しのハンナ、多分そっちでは雪が降り積もり始めている頃だろうね。村の様子はどうだい?きっと生誕祭と年越しの準備で大変だろう?何だったら弟のエドモンドに雪かきを手伝わせてやってくれ。未来の義姉の頼みだ、喜んで手伝ってくれるさ。手伝わない場合?家に帰った後、俺が不届き者に御仕置してやるさ!

 

 そうそう、代官のラーゲン様は今年は村に何のケーキを用意しているか教えてくれ。後、言付もして欲しい、去年の苺とホイップの物は美味しかったけど出来ればチョコレートの方が良いとね。折角の生誕祭なんだケチな事しないで欲しいよ。

 

 ……冗談はここまでだね。ハンナ、今年の生誕祭は帰れそうにないと両親に伝えてくれ。今回の出征は少し長引きそうだよ。

 

 ここは本当に酷い戦場だよ。このエル・ファシルとか言う星の冬は雨が多くてこの時期なのに地面が泥でぬかるんでいてゴム靴が必要だ。毎日毎日爆撃が五月蝿い。しかも上官は専科学校を出たばかりの威張り腐った平民と来ている。

 

 御貴族様か士族様……せめて同族なら兎も角、あんな学校を出たばかりの奴らに顎でこき使われるとなるとうんざりするよ。俺達を農奴だからって馬鹿にして!あいつらは俺達をすぐ同じ農奴に一括りする!

 

 ……正直余り愉快な状況ではないのは確かだ。戦闘はどんどん激しくなっているらしい。唯、今こうして手紙を書いている塹壕は前線からは距離がある。暫くは安全だろう。反乱軍との戦いは一月程続いているけど奴らだっていつまでも戦える訳じゃない。その内疲れて逃げかえる筈さ。そうなれば援軍と交替して本国に戻れる。聖霊降臨祭(プフィングステン)までには多分帰れると思うよ。

 

 そうしたらまた一緒に鮎のバター焼きを食べて村の祭りで踊ろう。そして来年の秋には約束通り結婚しよう!……気が早いかも知れないけど実はこの前フェザーンの商人経由で指輪を買ったんだ。郵送で送り届ける事になっているんだ。給料三か月分だっけ?俺の給料じゃ余り大きいのは買えなかったけど、どうか受け取って欲しい。そして出来れば縫っているだろう衣裳と一緒に付けた写真を送ってきて欲しいんだ。それさえあれば残り半年の従軍も堪え忍ぶことができる。無理を言っているけど出来れば頼むよ。

                     君を宇宙で一番愛している、ダミアンより』

 

 

 鉄とコンクリートで補強され、休息や食事が出来る大小の地下室まで完備された塹壕、その薄暗い詰所の一室に置かれたテーブルの上で銀河帝国地上軍所属のダミアン・メッケル上等兵は古式ゆかしい紙の便箋に万年筆でそう故郷に残る婚約者への手紙を綴る。

 

「ふぅ……」

 

 手紙を書き終えてメッケル上等兵はテーブルの上に置いていた写真を手に取り口元を綻ばせる。出征前に故郷の荘園にて撮った婚約者との写真、その中であどけない笑みを浮かべる幼馴染でもある女性がこちらを見つめていた。

 

 ダミアン・メッケル上等兵は銀河帝国帝国直轄領にして軍役属領(シルトラント)である惑星ブルートフェニッヒの荘園出身の軍役農奴であった。

 

 帝国直轄領の外縁部や国境、重要拠点周辺に設けられた軍役属領(シルトラント)は、まだ体制が不安定であった帝政初期に帝国中央宙域の防衛のために設けられた緩衝地帯である。宇宙海賊や軍閥等の辺境勢力の侵攻、更に帝政安定後は諸侯の反乱に備え士族や軍役農奴が多数入植するそこは、農地の保持や過半の免税の代わりに兵士の供出や中央宙域の盾となる役目を課せられている。

 

 メッケル上等兵もまた帝国政府が軍役属領(シルトラント)の荘園に入植する軍役農奴に課す「二〇人に一人の兵士供出」の義務に従い、帝国地上軍にて一〇年間の軍務の三年目に就いていた。

 

 軍役自体にはメッケル上等兵は特に思う事は無かった。徴兵された平民兵士の中には不満を持つ者もいるというが、軍役農奴達にとっては従軍は五〇〇年二〇世代に渡り先祖代々続く義務に過ぎない。元よりその義務を果たすがために彼らは荘園で土地を持ち、税の大半を免除されているのだから。

 

 それどころか荘園で働き口が無い者にとっては絶好の就職先であり、大半の軍役農奴は従軍義務を終えた後も軍に留まり、下士官となって分隊長や鬼教官として退役まで働くのが普通である。寧ろ従軍義務が無効となり、それと引き換えに税を上げられ、土地を奪われ、働き口を奪われる事の方が問題だ(というよりもダゴン星域会戦以前は徴兵された平民階級兵士は軍役農奴出身兵士で足りない定員確保のための補助的なものに過ぎなかった)。

 

 帝国軍にとっても彼ら軍役農奴は貴重な人的資源である。自由惑星同盟を僭称する反乱勢力との遭遇以前は彼ら軍役農奴が帝国軍の兵士階級の大半を占めていた。徴兵されただけの平民と違い、我慢強く、勇敢で、父なる皇帝と大神オーディンへの素朴な信仰心を持つ軍役農奴は武門貴族、士族と共に精強な帝国軍を形作る貴重な部品であった。

 

 尤も、一五〇年という余りに長く続く戦争と軍備拡充は武門貴族や士族階級と同じく軍役農奴階級の空洞化と希釈化を招きつつあるのは事実であり、特に第二次ティアマト会戦とそれ以降の攻防で帝国軍はその門戸をかつて以上に平民階級に開かざるを得なくなった。それは実力主義の徹底の一方で、帝国軍の精神的な質の弱体化や団結力の低下を招いた面があるのは否定出来ない。

 

 さて、メッケル上等兵が手紙を書き終えてニヤニヤと写真を見つめていると詰所に同年代程……二十歳を過ぎたか過ぎてないかという伍長が偉そうに入りその場にいた者達に報告をする。

 

「上からの命令だ。逃亡する叛徒共の残党を捕縛する。行くぞ」

 

 上位司令部である臨時大隊司令部からの命令に従いグレーマー伍長率いる一個分隊は冬季野戦服を着こんで帝国地上軍の主力ブラスターライフルであるモーゼル437……正確にはそのマイナーチェンジ型であるFⅡ型……を背負い塹壕から一人、また一人を出る。

 

「すまん、これ次の回収の時に送ってくれ」

 

 メッケル上等兵は小隊の補給班の兵士に封筒に入れた手紙を差し出すと、婚約者の写真を懐に差し込み愛銃を手に分隊副隊長であるオルバーン兵長の後に続き塹壕から身を乗り出す。

 

「早くしろ、のろま共……!」

 

 そんな部下達に不快気にグレーマー伍長は動きを急かす。

 

 士官学校の入試に落第して仕方無く専科学校に入学したグレーマー伍長にとっては今のこの状況そのものが不愉快であった。

 

 エリートの士官学校を卒業すれば少尉からの任官、しかも最初の一年は殆どの場合安全な後方勤務で研修して中尉に昇進出来る。軍部の幹部となる事を期待され、配属地も兵学校や専科学校、あるいは徴兵された者達に比べ最大限の配慮が行われる。給金や食事、邸宅等の待遇は当然雲泥の差だ。

 

 富裕市民の三男として下位とは言え貴族階級に匹敵する教育を受けたグレーマーは自身の身を立てるために実力主義の帝国軍に出仕したのだが……彼としても専科学校で伍長から軍歴を始める事になるのは不本意この上なかった。

 

(お陰様でこんな反乱軍の星で奴隷や貧乏人共の部下を率いる事になる……!!)

 

 内心でうんざりした気持ちで伍長は毒づく。

 

 実際の所、彼の部下の半数は確かに都市部の下級労働者の師弟ではあるが、もう半分も軍役農奴であり、奴隷とは似て非なる別物だ。とは言え平民階級、特に上流市民から見れば農奴も奴隷も同じく無学で品のない劣等種族でしかない。その認識は貴族と同じ……いや、寧ろ常日頃貴族階級から下に見られているが故の強い対抗意識から、富裕市民は自分達より下の階層である彼らをより一層蔑む傾向にあった。

 

 無論互いに蔑み、あるいは不快気に感じるのは伍長と部下達の間だけではない。分隊副隊長のオルバーン兵長は士族階級の出として上官も部下も所詮軍人としては素人だと思っていたし、労働者階級の兵士達は上官を苦労知らずで偉そうなボンボン扱いし、軍役農奴達を同じく代々人殺しを生業とする卑しい身分の輩と内心で蔑んでいた。当然軍役農奴達は多くの場合自分勝手で信心の足りない平民達に反感を抱いていた。

 

 互いに互いを敵視しあうその関係は古代グレート・ブリタニア帝国の格言を借りるのならば『分断せよ、しかる後に統治せよ』、というべきであろう。銀河帝国の階級社会は臣民の統制や階層内の安定に効果を上げているのは事実であるが、階層間の分断を招いた事は否定出来ない。

 

 とは言え、経済格差とそれによる各階層間の羨望と嫉妬と蔑視は腐敗と混乱に塗れた銀河連邦末期には既にその萌芽があった事であるし、理想通りの共産主義でも行わない限りは格差が決して人類社会から消える事はないのも事実だ。どの道軍隊や官僚組織内でもなければ帝国でここまで各階層が一つの集団の中で入り混じる事はないし、長年に渡る帝国の文化・宗教・言語的な同化政策と『神聖不可侵なる銀河皇帝』の権威が最低限の彼らの団結は保障してくれた。『帝国人は皇帝、同盟人は民主主義、そしてフェザーン人は金銭という宗教を信仰している』とは外縁域や流浪の宇宙海賊の間で流行る皮肉に満ちた笑えない冗談である。

 

 兎も角も、グレーマー伍長率いる分隊は遠くで砲声や航空機の熱核ジェットエンジンの爆音が轟く中黙々と泥の地面を踏みしめて森の中を進んでいく。

 

「今日は一段と空が騒がしいですね」

 

 この中で一番若く、それでいて温和であるがためか、平民階級ながら分隊の皆から嫌われてはいない新兵のエイク二等兵は普段より多い反乱軍の航空機の爆音にボヤく。

 

「……そろそろ『選挙』でもあるのかもな」

「『選挙』?何ですかそれ?」

 

何と無しにメッケル上等兵が呟いた言葉にエイク二等兵は食いつく。

 

「おう、知ってるぜ、『選挙』だろ?奴ら『選挙』が近いとやたらと好戦的になるらしいよな?なんか黒い三角帽被ってやるやつだろ?」

 

分隊一の御調子者であるリッチェル一等兵が聞いた反乱軍の占領地で行われる闇の儀式『選挙』について語る。

 

 『選挙』、それは反乱軍の間で信仰されるカルト宗教的イデオロギー『共和主義』の最も重要で悍ましい生贄の儀式である。生贄として異教徒の魂と処女の娘を捧げて行われるそれは、まず生贄の候補者達が地上車の上で街中でその姿を晒されてその姓名がメガホンで一晩中響き渡る。翌日参加者は生贄候補の中で最も供物に相応しい者を指名していき最も多くの者に選ばれた娘は黒い三角頭巾を被った参加者達に胴上げされた後に殺した異教徒の魂ごと悪魔に魂を持っていかれるという。そうして信者達はそのまま悪魔からの宣告に従い次なる生贄を求めて侵攻してくるとか………。

 

「ひっ…!?本当ですか!」

 

 エイク二等兵は半分程悪ふざけに近い『選挙』の説明を真に受けて青ざめる。

 

「おいリッチェル、流石にそれは盛り過ぎだぞ?」

 

 新兵を怯えさせるリッチェル一等兵に呆れつつメッケル上等兵は彼の知る限りの『選挙』について説明する。どうやら自由惑星同盟を僭称する叛徒達にとって『選挙』とは彼らの崇拝する邪悪なる叛徒にしてサジタリウス王を僭称するアーレ・ハイネセンに捧げる戦の儀式であり、帝国人を一〇〇億人殺す事で僭王復活を目論んでいるという。彼らの予言によれば最後は地獄より怪異達と共に復活したアーレ・ハイネセンと天界よりエインヘリアルと共に降臨した偉大なるルドルフ大帝が『ラグナロク』の日に銀河の覇権をかけた最後の戦いを始めるのだとか……。

 

「マジですか……」

 

 エイク二等兵はリッチェル一等兵の話を聞いた時とは別のベクトルで顔を引き攣らせる。まだ一度も反乱軍と相対した事もない若い二等兵は不安げな表情を浮かべ若干怯え気味に周囲を警戒する。

 

 正直、同盟人やフェザーン人からすれば失笑ものの話であるが、当の彼らは大真面目だ。『選挙』などという言葉の意味すら忘れ去られ、ゲルマン文化で均質化され、銀河連邦末期の混沌と体制の無謬性を義務教育で徹底的に指導される彼らにとって、同盟の文化や言語は宇宙人のそれのように異質であり、連邦と人類を滅ぼした民主主義を掲げるのは無学と無知の証明であり、偉大なる黄金樹の人類統一王朝に剣を向けるのは狂気でしかない。

 

 そして理解出来ないが故に相手の正気を疑い、話に尾ひれがついて荒唐無稽な話が出来上がる(あるいは帝国政府もそのように誘導もしている)。相手は悍ましい信仰を掲げ帝国の民と富を略奪しようとしている蛮族の集団である……それが少なくとも大半の帝国人の共通認識であった。

 

「無駄口を叩くなっ!任務中だぞ……!」

 

 グレーマー伍長は不快感を如実に現して部下のお喋りを注意する。単に任務中に駄弁る事への怒りもあるし、少し訛りの強い品のない帝国公用語を聞き続ける事へのストレスもあるが、一番の原因はその内容の教養のなさにあっただろう。

 

 流石に富裕市民としての教育を受けた伍長は『選挙』がそんな荒唐無稽な内容ではないと理解している。無論、それでも時代遅れで馬鹿馬鹿しい制度であるとは思っていたが……女どころか無教養な労働者や奴隷にまで投票権があり、人気取りだけが取り柄の馬鹿共に政治を任せるなぞ伍長からすれば幼稚過ぎる政体に思えた。如何にも逃亡奴隷の末裔が考え付きそうな原始的な制度だ。政治は一部の選ばれたエリートのみが行うべきもの……少なくとも富裕層というエリートに属する伍長もそれは永久不変の真理であると考える。

 

 ……尤も、どこまでの階層を『選ばれしエリート』であるかは同じ帝国人でもその属する階級で意見が分かれるのだが。

 

「全く……口を動かす暇があるなら警戒しろ!ここらは目標の残党以外にも騎兵の目撃情報もあるんだ。油断するな!!」

 

 それは兎も角、分隊長の詰るような叱責に渋々とメッケル上等兵達は会話を止めようとする。………その次の瞬間であった。四方から青白いブラスターの光条が彼らの分隊の隊列に襲いかかって来たのは。

 

「っ……!伏せろ!」

 

 分隊副隊長であるオルバーン兵長は殆ど野生の勘でその殺気に気付いた。叫びながら泥の上に飛び込む兵長。

 

「がっ……!?」

「うわっ……!!?」

 

 四方から放たれた十条以上はあった光は行軍中であった分隊員一〇人の内三人の人体を貫き、内二人の命を刈り取った。分隊長のグレーマー伍長が胸を撃ち抜かれ倒れこみ、分隊支援火器であるMG機関銃を装備していた特技上等兵の頭部が横合いから鉄帽ごと撃ち抜かれる。

 

「あぐっ……!?」

 

 横腹を撃ち抜かれ重傷を負いながらも辛うじて助かったのはエイク二等兵であった。訳の分からぬままに彼は傷口を押さえ泥の中に倒れる。

 

「糞っ!どこだ……!?何人いる!?」

「馬鹿!不用意に撃つなっ……!ふぐっ!!?」

 

 半狂乱に周囲を発砲する仲間を抑えようとした軍役農奴出身の一等兵が背中から撃たれて絶命する。

 

「ひぃっ……!?」

 

 目の前で仲間が殺された事にパニックになった労働者階級の兵士二人は悲鳴を上げながら軍規も忘れて一目散に逃げる。発砲音の聞こえない方向に武器を捨てて全力で走る。

 

「っ……!駄目だ!そっちは罠だっ!」

 

 物陰でリッチェル一等兵と共に負傷したエイク二等兵の野戦治療を行っていたメッケル上等兵は軍役農奴としての経験から咄嗟にその事に気付き叫ぶ。だが遅かった。

 

「えっ……?」

 

 メッケル上等兵の指摘に振り返った二人の兵士は、次の瞬間泥中に仕掛けられたブービートラップに掛かった。張られたワイヤーに足元を引っかけると両脇の木々に仕掛けられていた破砕手榴弾の安全ピンが引き抜かれる。次の瞬間、乾いた爆発音と共に無数の鉄片が逃げようとした二人に襲い掛かりその人体を引き裂き四散させる。

 

「畜生……!」

 

 襲撃から三十秒も経っていない筈であった。僅かそれだけの間に分隊は分隊長と機関銃手を含めた五人が戦死し、一人が負傷するという大損害を被っていた。

 

「糞っ!待ち伏せかよ……!笑えねぇ、野郎共何人いやがる!?」

 

 リッチェル一等兵が悲鳴に近い声で叫ぶ。断続的にあちらこちらからブラスターの光と発砲音が響き渡る。音だけならば最低でも一個分隊はあるだろう、だが……メッケル上等兵はそれがカムフラージュである事を見抜いた。

 

「上等兵、気付いたか?」

「はい、恐らくは時限付きの自動射撃装置だと思われます」

 

 同じく物陰に隠れるこの場の最高指揮官たるオルバーン兵長の問いにメッケル上等兵は答える。

 

 銃撃の光と音ですぐには気づけないが、殆どの射撃はこちらを狙っていない。それどころか発砲する場所も移動していない。恐らくは木々にブラスターライフルを固定して自動発砲するように細工しているのだと思われた。

 

「恐らくは実際に襲いかかっているのは二、三人という所だろうなっ……!!」

「どうしましょうか……!?」 

「どうもこうもない!これは罠だ!この場から離脱……」

 

次の瞬間、天から何かが彼らの傍へと転がり落ちる。

 

手榴弾(グラナーダ)……!!」

 

 リッチェル一等兵がそれが何かに気づいて悲鳴を上げた。

 

「頭を下げろっ!」

 

士族階級の兵長が全員に警告を叫ぶ。

 

「えっ……!?」

 

 銃撃戦をしていたために手榴弾の存在にギリギリまで気づかなかったオルグ一等兵は兵長の声に振り向き、次の瞬間手榴弾の爆発を正面から受けて即死した。

 

「あっ……がっ………?」

 

 メッケル上等兵は腹に焼けるような痛みを感じ取った。手をその場所に触れる。滑った感触がした。触れた手を目線に移動させれば掌は真っ赤に染まっていた。

 

「嫌だ…死にたくないっ!……助け……ぎゃっ……!?」

「畜生……畜生……アメリ……」

 

 同僚の苦悶の声はブラスターの発砲音で途絶える。視線を向ければ額を撃ち抜かれたリッチェル一等兵の姿を見た。その傍らには目元に涙を浮かべて絶望した表情をしたエイク二等兵の遺骸もある。

 

「………」

 

 先程リッチェル一等兵を殺害した反乱軍の迷彩服を着た人影がこちらに視線を向けた。……若い士官だった。野蛮な反乱軍にしては随分と顔立ちの整い、綺麗な姿勢をした人物だった。その視線にどことなく憂いを秘めその足をこちらへと向ける。

 

(ああ、俺死ぬのか……)

 

 メッケル上等兵は泥に沈みながらぼんやりとそう自覚した。何故か逃げようという気にはなれなかった。恐らくはもう助からない事を理解していたからだろう。

 

 あの掌にこびりついた血糊から見て最早応急処置では助からない傷を負っていることは分かっていた。

 

 そうでなくても『軍役農奴は銃剣を持って生まれてくる』という言葉通り軍役農奴は五〇〇年に渡り兵士を供出し続けて来た。一族を遡れば戦死した親族なぞいくらでも見つける事が出来る。平民の兵士とは生まれついて覚悟が違った。故に戦死という現実を比較的素直に受け入れる事が出来た。無論、それでも怖いものは怖いが……。

 

「………」

 

 ふと朦朧とする意識で懐に偲ばせた写真を抜き取り見つめる。可愛らしい栗毛の少女のあどけない笑みにそれが現実逃避であると頭の片隅で理解しつつも思わず口元が綻ぶ。

 

「ハンナ、愛して………」

 

 最後まで言い切る前にメッケル上等兵の意識は一瞬の突き刺すような痛みと共にそこで途絶える事となった………。

 

 

 

 

 

 

 

「……悪いな、捕虜にする余裕はないんだ」

 

 手榴弾の破片で苦しんでいた最後の敵兵を射殺した私は誰にも聴こえない声で呟く。別に怨みはない。

 

 だが私達を捜索していた彼らを放置する訳にはいかなかったし、隠れて誤魔化すにも限界があった。ましてこちらは私とノルドグレーン中尉の二人のみであり捕虜に出来る程の余裕もなかった。 

 

 だから彼らには全員戦死してもらう事にした。命乞いする者も、私より年下の若い兵士達にも容赦なく止めを刺した。

 

「……どの道深手だったからな」

 

 手榴弾の破片で皆相応の負傷をしていた。いずれにせよ本格的な治療の資材も時間も無かったのだから寧ろこれは慈悲である……というのは質の悪い自己正当化なのだろうな。

 

 私はハンドブラスターを腰のホルスターに仕舞い遺体から使えそうな物資や装備を剥ぎ取ろうとする。その時だ……。

 

「若様……!」

 

 その声に振り向いた私は次の瞬間銃声と共に地面で手に持ったハンドブラスターを取りこぼした帝国地上軍兵長をその視界に捉えた。そして咄嗟に理解する。恐らくは手榴弾で死んだ振りをして私が来るのを待ち構えていたのだろう。そしてハンドブラスターで背後から撃ち殺そうとして手を撃たれたのだ。

 

「くっ……仲間の仇……!」

 

 ノルドグレーン中尉の第二射を回避した兵長はそのまま獣のように俊敏に立ち上がりもう片方の手でコンバットナイフを取り出して私に襲い掛かる。

 

「っ……!そう簡単に死んでやるかよ……!!」

 

私は炭素クリスタル製の手斧でナイフの突きを防いだ。けたたましい音と同時に火花が散る。

 

「若様っ……!?くっ……!!」

 

 森の中から迷彩服で偽装していたノルドグレーン中尉が現れる。恐らく私を誤射してしまう可能性が高いために近接戦で相手を殺害するつもりらしかった。ブラスターライフルを捨ててハンドブラスターとナイフを取り出す中尉。だが私自身としてはそこまで恐怖は感じない。

 

「悪いが……こちらも場数は踏んでいるんだよ……!!」

 

 激しく鍔迫り合いをするナイフと手斧の衝突……だがふと私は人体の重心をずらし、手斧の角度を調整して次の瞬間振り下ろさせた斬撃を受け流した。腕は悪く無いが、リューネブルク伯爵やチュン、不良中年に扱かれまくった身からすれば決して怖気づく程のものではなく、勝てない相手ではなかったのだ。

 

「ぐおっ……!?」

 

 敵兵が一瞬バランスを崩したのを見逃さない。私は一気に踏み込んで腕で殴りつけるように相手を押し倒す。

 

「ぐっ……!?あっ………」

 

 背中から泥に倒れた敵兵が最後に見た光景は手斧を振り落とす私の姿だっただろう。粘性がある泥から準備もなくバランスを崩した状態で逃げるのは難しい。

 

 敵兵は殆ど抵抗の暇もなく頭から手斧の一撃を受けた。ぐちゃ、という音と共に鉄帽ごと頭部を潰され血と脳漿が吹き飛ぶ。肉と頭蓋骨が潰れる独特の感触を手に感じながら私は返り血を浴びた。

 

 ぐったりと泥の中に崩れ落ちる敵兵。私は吐き気を堪えながら頬についた返り血を袖で拭き取る。次の瞬間両肩を副官に掴まれる。

 

「若様、御無事で御座いますか……!?御怪我は御座いませんか……!?ああ、血がついています……!!」

 

 必死の形相で私に詰め寄るノルドグレーン中尉。顔を青くして声を震わせて問い詰める。

 

「……問題無い、返り血だ。怪我はしていない」

 

 実質奇襲からの手榴弾による無力化、負傷して動けなくなった敵兵を一方的に射殺しただけの仕事だ。最後の白兵戦にしてもノルドグレーン中尉の射撃で負傷し、疲労していたであろう相手とのものだ。危なげなく……とは言わないものの十中八九は勝てるとは分かっていた。それよりも最後の手斧の一撃の感触が辛い。いつまでたってもやはりあの感触は嫌悪感を受ける。

 

「も、申し訳御座いません……!若様を危険に晒してしまいました……!!全て私の油断が原因です、ば、罰で御座いましたら謹んでお受けいたします……!」

 

膝をつき、頭を下げて副官は頭を下げる。

 

「気にするな、止めを刺しに行くと言ったのは私だ。私の方も油断していた、寧ろ助かった」

 

 今回の待ち伏せ攻撃において、最初手榴弾攻撃の後の止めを刺しに行くのはノルドグレーン中尉が志願した。だが陸戦技能では私の方が上なので説得して私が受け持った経緯がある。私が説得して横取りしたのに副官に間一髪の所で助けられたのは逆に恥ずかしい程だ。

 

「ですが……」

「二度同じ事は言わせるな。そんな時間もないだろう?物資を頂戴してとんずらする方が優先だ」

 

 私が中尉にそう言えば彼女はそれに従うしかない。少しバツの悪そうにするが私と共に敵兵の装備を剥ぎ取っていく。

 

「………」

 

 ちらりと私は剥ぎ取りを行いながら中尉を見やる。物憂い気味で、少し気弱になっている姿は普段の笑みを浮かべ余裕と包容力のある姿から見ると対象的だ。

 

その理由は分かっている。

 

 ベアト達と逸れてから丸三日が経ち、その間何度も迫撃を受けて昼も夜も休む事も出来ずに戦闘と逃亡を続けていた。恐らくは私の身元がバレたのだろう、功績欲しさに小部隊が私達を探していた。

 

 大部隊からは逃げ隠れしながら、数名程の斥候相手にはこちらの居場所がバレる前に始末を繰り返しどうにか今日まで生き延びた訳だが……流石に辛くなってきたのは事実だ。装備も逃亡中に殆ど喪失したので武器弾薬に食料も仕留めた敵から拝借し、ひたすら道なき道を歩き続ける。私も辛いが事務方のノルドグレーン中尉は私の護衛というストレスもありかなり消耗しているように見えた。

 

(そろそろ限界か………)

 

 少しずつ敵はこちらを捕捉しつつある。持って後一週間、その間に味方と合流出来るかと言えばかなり厳しい。今の正確の場所さえ良く分からないのだ。まして味方がこちらの居場所を把握しているとは思えない。

 

「食料は……はは、また冷製ヴルストとザワークラフトか。流石に飽きるな。エネルギーパックは……これか。電子タブレットは……まぁ、そうだよな……」

 

 第一に食料、第二に武器弾薬、第三に情報源を頂く……と言っても最後は望み薄だ。大半の歩兵用情報通信機器は鹵獲される事も想定して電子的なロックが掛けられている。決して難しいものではないが今の碌な装備のない私達にはどうしようも出来ない。

 

 ある程度の物資を補給し終えると死体を物陰に纏めて隠し、おまけにブービートラップを仕掛けておく。相手が間抜けならば引っ掛かってくれるだろう。

 

「行こうか?」

「……了解しました」

 

 私が少々心苦しい声でそう伝えると副官は明らかに疲労の溜まっている表情を誤魔化すような笑みを浮かべて応じる。

 

 ……正直罪悪感を感じる。だが私としても可能な限り追手から逃れる必要があるので甘い顔は出来ない。彼女を置いていく選択肢は合理性の面からも私的な面からもあり得ない。ノルドグレーン中尉もまたその事を理解しているから気丈に振舞う。

 

 私達は黙々と泥中の道を進んでいく。本来ならば気晴らしの会話をした方が良いのだろうが戦場でそんな事をしていれば居場所を教えるだけであるし体力も使う。必然的に黙りながら進む以外無かった。

 

そして鬱蒼とした森林地帯を進んだ先にそれがあった。

 

「これは………」

 

 森を過ぎた先、そこは広々とした草原地帯……いや放牧地が広がっていた。青々とした草地に虞美人草や菜の花が咲き誇る。同時に無言でひたすらに歩いていたために気付かなかった事実に気付いた。いつの間にか砲声が聞こえなくなっていた。恐らく部隊がどこかに移動したのだろう。そよ風が靡く草原はここが何百万の兵士達が死闘を繰り広げているとは思えない程穏やかな場所だった。そしてそんな草原の一角に……。

 

「………屋敷?」

 

 実家は当然としてヴォルムスの伯爵家別邸よりも小さいがそれでも一般的な市民感覚でいえば十分豪邸と呼べる洋館が草原の一角い堂々と佇んでいた。

 

「若様……」

「私が調べる。中尉は援護を頼む」

「ですが……」

「その弱り様では却って危険だ、命令は聞け」

 

 若干高圧的に命じるのは従士に無理を聞かせる常套手段だ。

 

「……何、一応警戒はするがあの様子だと無人だろう。危険はあるまいよ」

 

 尚も心配そうにするノルドグレーン中尉にそう補足説明する。そしてそれはその場限りの言葉ではない。外側から見た予想であり、恐らくそれは間違っていないであろう。

 

 渋々とではあるが従うノルドグレーン中尉、鹵獲したモーゼル437を構え周辺警戒を行う。

 

 私もまた同じように殺害した帝国兵から拝借したモーゼル437を構えながら屋敷へと近づく。近づけばよく分かるがその窓硝子は割られ、カーテンらしきものは無かった。

 

 屋敷の正面出入口に辿り着く。屋敷の営門の前に表札があった。同盟公用語ではなくて最早使用者の少なくなったエル・ファシル語の刻まれた表札、此度の出征に備えて事前に学習していた私は辛うじてその文字をどう読むのかを把握していた。表札の文字をなぞりながら私はその名を呟く。

 

「ロムスキー家……」

 

 その家名はエル・ファシル政財界に君臨する名家のものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 イゼルローン回廊のサジタリウス腕側出入口から数百光年も離れていない惑星エル・ファシルの歴史は銀河連邦末期に遡る。『銀河恐慌』以来数十年に渡る不景気が続きフロンティア開拓事業が次々と凍結されていく中で行われたサジタリウス腕入植活動の大半は、決して夢と希望に溢れた事業ではなかった。

 

 実の所この時期の入植活動の内、企業主導の物は所謂課税逃れの隠し鉱山開発のものであったりマフィアのペーパーカンパニーで麻薬の栽培のための農場開発や密貿易用の港湾開発がその目的の大半であった。入植に参加する者もその殆どは貧困層や浮浪者が大半であり、多くの者は劣悪な環境である事を承知で今日の食事のために参加し、そして大半は数年で命を落とす事になった。

 

 中には労働者とすら扱わなかった場合すらある。連邦末期から帝政初期に『ソウカイヤ』や『バダン』、『百夜教会』等と共にルドルフに徹底抗戦した『悪宇商会』はその一例だ。この商会は殺人請負や武器や麻薬、あるいは人身売買で巨利を稼いだ組織であり、一度に数十万単位の人間を暴力や拉致、あるいは詐欺によって連れ去りその大半が販売のために文字通り「バラされた」。事件が判明した後も莫大な賄賂と報復テロの嵐により連邦裁判所は商会経営陣を無罪放免で釈放せざるを得なかった程である。数百、数千単位の同類の事件はあの時代では日常茶飯事である。

 

 しかし、あるいはこれらの事例はあくまでも犯罪組織等が主導していただけあって後世からの視点では救いがあったかも知れない。むしろ、救いがないのは連邦政府が主導したそれの方だ。

 

 棄民政策と言っても良い。銀河連邦末期の政府主導移民事業は文字通りの片道切符である。警察や軍隊を使いスラム街の住民や浮浪者を拘束してサジタリウス腕等の殆ど星座標も分からない銀河連邦の外縁部に島流しにするのだ。そこでは放棄された植民地で、内戦はとどまらず、宇宙海賊が跋扈し、カルト教団が聖戦の名の下に虐殺を行い、マフィアが武器や麻薬を売りさばく世紀末世界である。そんな場所に開拓のための道具も食料も禄に与えずに送り込むのだ。殆ど処刑と代わり無いと言える。

 

 ……尤も、テオリアの中央街に住まう夢想的エリートや派閥争いを続ける政治家、腐敗した官僚にとって、彼らは所詮怠惰で無知で資源を貪り食うだけの税を払う能力もない国家の負債でしかなかったのかも知れないが。連邦末期に成立した『連邦治安保全法』は歴史上最悪の悪法『劣悪遺伝子排除法』の母体となった法律の一つであり、貧困層や浮浪者に対する扱いだけを見れば寧ろ『劣悪遺伝子排除法』を遥かに超える過酷さを誇っていた。

 

 銀河連邦主導のエル・ファシル入植は第一次ルドルフ政権が発足する一〇年前、宇宙暦286年頃の事であるとされる。殆ど口減らしのために集められた五〇〇万余りの貧困層はE級居住可能惑星であったエル・ファシルに年代物の旧式輸送船で輸送され、一年後には生存者は僅か半分となっていた。

 

 E級となると殆ど惑星に水も大気もありやしない。入植時に用意されているとされた惑星改造プラントや空気製造プラント、水生成プラントは碌に動くか分からないものが定数以下の数しかなかった(間違いなく植民予算は中抜きされていた)。一時的な居住地である筈のドーム型都市は常に食料と電気と空気が不足していた。ドーム外壁が壊れ数千単位で人が吸い出される事すらあった。

 

 ルドルフが銀河連邦首相に昇りつめた頃には恐らく中央政府の官僚達はエル・ファシルの存在そのものを忘れていた筈だ。この時点で推定人口は一〇〇万を切っていた。内部では口減らしのための殺人、更には食人の事例すらあったのが当時の記録で判明している。

 

 恐らくこのままではエル・ファシル植民団はほかの多くのフロンティア植民地と同じく全滅の道を歩む所であったろう。ボニファティウス、ロムスキー、カラーム、ハドカイ等の技術やカリスマを持つ指導者達の指導力が無ければ間違い無くそうなっていた。

 

 辛うじて周囲の資源や宇宙船のスクラップを使い頼りない各種プラントをどうにか使えるレベルまで改修し、ドームを補強し、公正な食料と空気の配給制を確立した彼らはその後代々エル・ファシル植民地の指導層を形成、同盟接触後はエル・ファシルの反同盟民族主義組織の中核となり、「607年の妥協」の後はエル・ファシル政財界に君臨する名家となった。

 

 ロムスキー家はエル・ファシルに君臨する旧家の中でも五本の指に入る名門中の名門だ。エル・ファシル東大陸に広大な農園を持ち、星系議会や州議会議員、地元企業役員、大学教授、星系政府首相も二人輩出してきた。

 

 原作のフランチェシク・ロムスキー氏もこの一族出身であり、エル・ファシルで最大規模にして最新の医療設備を備えるエル・ファシル中央病院の院長を務める人物である。人格者としても評判で、院長でありながらまるで町医者のように自ら患者を診、ボランティア活動に精力的に参加し、孤児院に多額の寄付を行っている事で知られている。昨年の『エル・ファシルの奇跡』においては魔術師や同盟軍に不信感を抱く地元住民の説得に奔走して同盟政府から市民栄誉章を授与されていた。

 

 恐らく私が今見上げているのはエル・ファシル東大陸の草原地帯に建てられたロムスキー家の別荘か何かであるようであった。よく見れば草原は放牧地であり、住み心地も悪くはなさそうだ、避暑地の可能性もあった。

 

「……誰もいない……か?」

 

 屋敷の裏側から窓を覗いたり集音装置で聞き耳を立て、内部に人がいる可能性が無い事を確認する。鍵が掛けられていない事を確認してブラスターライフルを構えて中に入る。

 

「まぁ、予想はしていたがね」

 

 見事に内部は荒らされていた。家具や電化製品の類い、恐らくカーテンや絨毯、絵画等もないすっからかんの空間が屋敷の中に広がっていた。帝国軍がエル・ファシルに揚陸した時に粗方持っていかれたのだろう。エル・ファシルでも五指に入る名家の御屋敷だ、さぞや略奪した兵士達はホクホク顔であった事であろう。

 

「となると望みはやはり………」

 

 屋敷内部の探索を終えると周囲の草原を見渡す。そして良く観察すれば妙に地面が盛り上がっている一角を見つけ出せた。そこに駆け寄り雑草の類を退かせば恐らく長年手付かずであったのだろうそれが見つかる。

 

「ビンゴか」

 

 長年放置されていたから帝国軍兵士も見つけられなかったのだろう、雑草と若干の土の下には厚そうな鋼鉄製の扉があった。

 

 所謂簡易シェルターである。ハイネセン等の中央宙域では今時珍しくなったが、今でもアルレスハイム星系等の国境や外縁星域の個人住宅では緊急事態に備えて簡易なシェルターがオマケに装備されている。多くの場合内部には数週間分の食料や防護服、ガスマスクや救難信号機、無線機、空気清浄機や浄水器が置かれている筈であった。

 

 シェルターの厚く重い鉄扉を開いていく。そして警戒しながら内部に入り電源を付けた。

 

「………漸くツキが回ってきたな」

 

私は口元に笑みを湛えて呟いた………。

 

 

 

 

 

 

「食料は……数ヶ月分はあるな。医薬品に……電源は地下水力発電に予備バッテリーとは豪勢な事だな」

 

 私は倉庫の中の物品を漁りながら驚嘆する。それだけで一般的な家庭のリビング並みの大きさのある倉庫の中には豊富な物資があり、その設備は豪華であった。浄水器と空気清浄機は何と軍用のそれで、六重のフィルターが掛けられていた。ピンポイントで毒ガス攻撃を受けようとも恐らくこのシェルターの中の人物は無事な筈だ。

 

「武器は……猟銃ですか。防弾着に暗視装置は軍用のもののようです。殆ど自衛レベルのものですね」

「仕方あるまいさ。そもそも戦闘よりも避難のためのものだろうからな」

 

 武器が然程豊富でない事に不満を口にするノルドグレーン中尉。とは言え重火器なぞ流石に個人所有のシェルターでは維持出来ないから当然の事だ。そういうものは政府所有のシェルターで管理される。亡命政府でも対戦車ミサイルやら重機関砲等を自宅のシェルターに保管しているのは門閥貴族レベルに限られる。

 

「エアコンに家電製品全般、しかも電磁線対策のコーティング済みの特注………はは、循環式貯水庫にシャワーまであるとはな。贅沢な事だ」

 

 から笑いしながらエル・ファシルの高級家具メーカーホライゾン社製のソファーに腰を乗せる。こういった家具まで高級ブランドとはお金持ちは違うね……と思ったが人の事を言えない事に気付く。いや普通に家に装備されている奴の方が大袈裟だわ。

 

 寧ろティルピッツ家よりも歴史も財力も劣るだろうとはいえ、エル・ファシルの名家ロムスキー家のシェルターとしてはこれでも小さすぎるレベルだ。恐らくは数多く保有するシェルターの中でもかなり小さい部類なのだろう。下手したら戦闘よりも災害に備えたものであるかもしれない。

 

 私とノルドグレーン中尉はこのシェルターを暫く拝借する事にした。このまま平原に出て逃げるよりも物資に恵まれたシェルターに隠れた方が良いだろう。そうでなくても疲労を回復させたかった。それに何より……。

 

「軍用回線の救難信号機、これなら行けるか?」

 

 同盟軍だけが利用する周波数に向けて救助信号を発する救難信号機がシェルターに装備されていたのが最大の理由だ。性能から射程は十数キロ程度と短いのが難点ではあるが……それでも助けを呼べるのはありがたい。上空を偵察機が飛んでくれれば確実に受信してくれる筈だ。というか来てくれないと泣く。

 

 シェルターの出入り口を偽装し、扉を閉じる。泥やら草やらを払ってから私は漸く重い防弾着とブラスターライフルから解放される。

 

「一応、ここなら文明的な生活は出来そうだな……不味い冷製ヴルストからも解放されるしな」

 

 フリーズドライ製品や缶詰、インスタントとは言え糞みたいな帝国軍下級兵士の前線レーションよりは遥かにマシである。

 

「んっ……はぁ、流石に疲れました……」

 

 何日も碌に睡眠もせずに歩き続けていたノルドグレーン中尉も同じようにブラスターライフルを手放し床にへたりこむように座りこむ。その表情には余裕は当然なく、鮮やかなブロンドの髪は土や泥でくすんでいた。

 

「……中尉、ここまで御苦労だ。ゆっくり休んでくれて構わない。……取り敢えず今日は食べてから寝てしまおうか」

 

 私は倉庫から運び出した缶詰めを手にして今日の予定について語る。

 

「了解しました……あのっ……その……」

 

そこで副官は少々言いにくそうに言葉を濁す。

 

「……?どうした?何か要望があるなら言ってくれて構わん。流石に余り無茶な事は却下せざるを得ないがな」

 

 何か必要な事があるならはっきり言ってもらった方が良い。特にこういう余裕の少ない時は特にだ。下手に一物隠されていても面倒でしかない。

 

「いえ……その…こんな時に失礼ですが……シャワーを浴びたいのです……流石に三日もですと……」

 

 手を首元に置き、こちらを伺うようにして途切れ途切れに呟く中尉。恐らくずっと気にしていたのだろう。

 

 脱出部隊に参加前は普通に連隊戦闘団の野外入浴機材が使えたし、脱出部隊でも濡らしたタオルで身体を拭く事位は出来ただろうが、二人で迫撃から逃げていた数日間は汗を拭う余裕すらなかった。

 

 無論未だ危機的状況である事に変わりはなく、言いにくい内容である事は間違いない。だが同時に一応の安全地帯を確保した以上、この手の優先順位が低い事も気になり始めるのも理解出来る。

 

 何より私も流石に何日も泥と汗で汚れていたら不快感もかなりのものだ。まして女性ならば耐えがたいものだろう。故に私は副官の言を非難すべき理由はない。

 

故に私は彼女の希望を咎める事なく認可したのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここで途切れているな」

 

 闇夜の中、森の終わりで二人は地面を見つめながら確認する。泥についた足跡は一応教本通りに隠滅されていたがこの二人の前では誤魔化し切れるものではなかった。

 

「となると……平原に出たのか?驚きだな、貴族の坊ちゃんは兎も角御付きは止めるだろうに」

 

 蜂蜜色の髪の小男が少しだけ驚いたように語る。恐らく逃亡している獲物は二、三名。内獲物の狐は一匹として残りは護衛だろう。功績を先に頂戴しようとして先行した幾つかの部隊が始末されている事から考えて護衛は相応に優秀な筈であった。ならば森から出る危険性位指摘出来そうなものだが……。

 

「その坊ちゃんが靴が汚れる森を嫌った可能性があるが……」

 

 僅かにその美貌を冷笑で歪ませながら金銀妖瞳の中尉は一度だけ見た『狐』の姿を思い出す。部下が残る中愛人兼任の護衛であったのか女性兵士に引っ張られながら逃げるその表情……相応に整った顔立ちであったがそれすら門閥貴族の不道徳の証明に思える……には明らかな弱者が強者に受ける恐怖の感情が垣間見えた。育ちも良さそうでいかにも我儘を言い、汚れるのを嫌がりそうな印象を受ける。

 

「まぁ、流石にそんな馬鹿げた理由ではないだろう。本人は兎も角御付きが反対するだろうからな」

「そうなると……」

「ああ、そのリスクを取るに値する理由があると言う訳だ」

 

 そう語り合う二人の視線の先にあるのはこの星の名士か何かのものであろう、帝国人から見ても豪邸と言える屋敷である。

 

「まさかあそこ……な訳はないな」

 

 ミッターマイヤーは一瞬考えた後その考えを否定する。あんな分かりやすい所に隠れるならそれこそ付き従う臣下は無能である。ここまで迫撃を返り討ちにした者達がそれこそ諫言しない筈もない。

 

「恐らくは……」

 

 周囲を警戒しつつ二人の帝国軍士官は僅かな足跡を手掛かりに草原に足を踏み入れる。

 

「流石に消えたか……」

「だがここで消えたとなれば……」

 

 ロイエンタールは微笑を湛えて周囲を見渡す。足跡がここで完全に消えたと言う事はここから入念に足跡を消す余裕、あるいは時間があった事を意味する。つまり……。

 

「見つけたぞ……!」

 

 ロイエンタールは暗視ゴーグル越しに目を皿にして見渡し、遂に僅かに土の掘り返された場所を見つけ出した。

 

「良く偽装しているが流石に完全には誤魔化せなかったらしいな。ロイエンタール」

「ああ、今度は卿からだ。援護する」

 

 ロイエンタールは小さく笑みを浮かべながら先鋒を親友に譲る。

 

「それは結構、臨時ボーナスは独り占めさせてもらうぞ?こっちは物入りなのでな」

 

 冗談気味に庭師の息子はブラスターライフルのエネルギーパックを確認する。彼が実家に住まう親戚の娘に贈る指輪のために支給される給金を貯金している事をロイエンタールは聞いていた。もし此度の狩猟が上手くいけば当初よりもずっと上等な大粒の天然金剛石の指輪を贈る事が出来るだろう。

 

 第三者がそれを見ればあるいはまるで相手側の反撃を想定していない傲慢な会話にも聞こえたかもしれない。そう、まるで人間狩りを行う門閥貴族のように……。

 

 だが、それは見る目のない者の受ける印象だ。口の悪さは兎も角として、見る目のある者ならば、その眼光にも立ち振舞いにも一切の油断は無く、相手の抵抗を想像さえしていないボンクラ貴族とは根本的に異なるプロの軍人を感じさせるものだと気付く筈だ。

 

「さて、どれだけ抵抗してくれるかな?」

 

 狼のように獰猛で狡猾な笑みを浮かべながらウォルフガング・ミッターマイヤーは獲物の引きこもる巣穴に足を踏み入れた……。


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