帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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今回は余り話は進まないかも

後本編とは一切関係ないけど双璧に捕まった主人公をそのまま双璧にアへ顔ダブルピース状態にさせてその写真を母上に送りつけたい(鬼畜)


第百二十一話 流れ星にお願いごとをしよう!

 同盟標準時12月11日0430時頃、同盟宇宙軍第四艦隊第二分艦隊二二八〇隻は第四艦隊副司令官も兼任するジャック・リー・パエッタ少将の指揮の下、エル・ファシル東大陸北部要塞地点に対する軌道支援爆撃の準備に入る。彼らは数日後に行われるであろうべジャイナ海岸への水上軍の七個海兵隊師団と航空軍の二個空挺師団の強襲作戦のために帝国軍の沿岸防衛陣地を可能な限り破壊しなければならなかった。

 

「帝国艦隊の足止めはどうなっている!?」

 

 艦橋で艦隊の隊列変換を指揮するパエッタ少将はオペレーターに叱りつけるような厳しい口調で詰問する。いや、実際は別に怒っている訳ではないが常に仏頂面な彼は周囲から誤解を受ける事も多く、彼自身それを敢えて訂正する性格でもないので周囲からは「常に不機嫌そうですぐに怒鳴る気難しい上司」という不名誉な評価を受けていた。

 

 余談ではあるが、常に笑みを浮かべる真逆の性格の妻からは出征前に歳の割に皴の多い口元を指で伸ばされてにこにこ顔で「笑顔を浮かべて優しそうに言えば誤解されないと思いますよ?」と助言を受けたが、実際に可能な限りの笑みを浮かべてみたら参謀達にドン引きされたのでショックを受けて初日以来普段の気難しい表情に戻していた。

 

 そんな訳で艦橋のオペレーターはびくびくとした表情でパエッタ少将の表情を窺いながら状況を報告する。

 

「て、帝国軍の一個梯団が一二光秒の距離に展開しておりますが第四分艦隊が戦列を敷いて応戦しております」

「うむ、早めに終わさんとならんな」

 

 メインスクリーンに映る帝国軍の一個梯団と第四分艦隊の激しい砲撃戦に視線を移すとパエッタ少将は一層気難しい表情で腕を組む。

 

 エル・ファシルの地上戦が始まって以来、宇宙での戦いは縮小傾向にある。エル・ファシル本星の地上戦の支援や兵站の遮断、妨害、あるいは周辺惑星や小惑星帯での通信基地等の争奪戦に重点が置かれ、互いに多数の小規模艦隊を繰り出しあった結果、数十隻から数千隻単位の小競り合いが既に二〇〇回に渡り実施されていた。両軍とも不利を悟ると後退するため一方的に叩きのめすような戦闘にはならず、両軍共この一か月で生じた損害は二〇〇〇隻から三〇〇〇隻程度、兵員の損害は一〇万から一五万前後でしかない。とはいえ、その分地上戦の様相は凄惨さを増しているのだが……。

 

「全艦、衛星軌道に侵入せよ。防空システムは第一級警戒態勢に移行、中和磁場出力は最大にせよ……!」

「司令官、レーダーに反応あり、我が軍の艦艇ではありません」

「帝国軍かっ……!?」

 

 一瞬パエッタ少将は身構えるがすぐにその正体は発覚する。

 

「これは……フェザーンの中立船舶です」

 

 オペレーターの声は僅かに嫌悪感を含んでいた。前線の兵士は兎も角、分艦隊旗艦に配属されるような者にとって彼らはどちらかと言えば好意的な印象を持てる存在ではなかった。

 

 メインスクリーンが対象の船舶を拡大して映し出す。フェザーンの民間船舶は船体に戦時国際法で非武装中立を表すエンブレムとフェザーン自治領旗章をでかでかと刻み、全ての周波数で自らの位置を銀河基準宙域信号で同盟・帝国両軍に伝えながらエル・ファシル衛星軌道上に堂々と乗る。

 

「ふん、フェザーンのハイエナ共め」

 

 パエッタ少将もまた僅かに眉間を吊り上げて非好意的な視線を船舶に向ける。

 

 フェザーンの大企業の一つゾリーネ代理運送会社は、同盟と帝国の戦場を始めとした危険な宙域での業務を多く受注し、莫大な利益を挙げて来た企業でもある。

 

 会戦や地上戦における後方での物資の輸送業務は当然として、亡命者や犯罪者の密入国、宇宙海賊や犯罪組織との武器取引、同盟と帝国の外縁宙域、それどころかその外の無法地帯ですら各種の輸送業務を行うという噂もある。特に最前線での武器や軍需物資以外の緊急性の低く私的な貨物……手紙や差し入れ等……の運送を両国軍の後方支援部隊の代わりに受け持つ事なぞしょっちゅうである。

 

 此度のエル・ファシルの戦いでも両国がゾリーネ社と契約をしている。彼らの営業部は砲弾乱れ飛ぶ中を真っ白塗りに白旗を掲げたトラックで駆け抜け、前線の兵士達から手紙等を回収し、代わりに兵士達の家族等から預かった各種の荷物を送り届けるのだ。商売となれば命すら惜しまないフェザーン人らしい仕事ぶりである。あの船舶もその貨物の卸しと回収のために今にも戦闘が起きそうなこの前線に出張って来たのだろう。

 

「正気とは思えんな、正に守銭奴だ」

 

 パエッタ少将はフェザーン人の行いを心底理解出来ない、といった口調で評する。

 

 このエル・ファシル星系全体でもフェザーン人……少なくともフェザーンの企業に就職して様々な業務に従事する者は最低でも十万人はいる筈だ。輸送や医務の請け負いに無謀にも前線で開店するコンビニやファストフード店の店員と護衛、部隊の脱走請け負い業者に保険請け負い業者、挙げ句の果てには武器や傭兵を販売する営業マンまでいる始末だし、破壊された宇宙戦艦を漁り同時に漂流者や遺品を回収して身代金や転売費を請求するジャンク屋がそこら中に彷徨いている。一ディナールでも利益になるならそれこそ何でも商売するのがフェザーン人(あるいはフェザーン企業)なのだ。

 

「どうせ退きはせんだろうが一応警告はしてやれ、『本艦隊は軍事活動中である。速やかに退避しなければ敵の流れ弾が飛んできても責任は持たん』とな……!」

 

 そう投げやりに言い捨てたのと同時である。第四艦隊第二分艦隊旗艦「レゾリューション」のすぐ隣を航行していた駆逐艦「エイコーン16号」の船体を下方部から一条の光線が貫いたのは。「エイコーン16号」の船体後方は爆散し、前半分は引き裂かれてそのまま宙を幾度も回転する。四散した艦の破片が周囲に巻き散らされる。

 

「来たぞ……!各艦軌道爆撃開始だ!煩い砲台を黙らせろ!」

 

 パエッタ少将のその命令と共に二二八〇隻の艦隊が装備する低周波ミサイルや電磁砲をエル・ファシル東大陸北部の沿岸地帯と山岳地帯に雨あられのように叩きつけていく。

 

 地表に小さな火球が次々と生じる。特に低周波ミサイルは一撃で半径数キロの地表を吹き飛ばし、しかし環境の汚染は殆ど無い軌道爆撃にうってつけの兵器である。

 

 だが爆撃した地域からは地下に隠匿された防空レーザーや電磁高射砲、あるいはミサイルサイロから何百何千という星間ミサイルが撃ち込まれる。頑強に構築された防空陣地はかなりピンポイントで攻撃しなければ破壊は困難であり、そのために近づけばそれは艦隊もまた地上からの激しい攻撃に晒される。

 

 凡そ西暦時代、海上の艦隊は基本的に沿岸の要塞砲に対して劣勢の状況が長らく続いた。海上艦艇は要塞砲と違い砲の大型化に限界があり、海のうねりや砲撃の反動により照準がズレやすく、その防御力にも隔絶した差があった。『一三日戦争』以前の一時期、誘導兵器により海上艦艇が地上目標に対して優位に立つ時代が生まれたものの、誘導兵器に対する妨害技術の発達や地対艦ミサイル・光学エネルギー兵器の発達によって結局再び水上艦隊は地上要塞に対して風下に置かれるようになり、それは宇宙艦隊もまた同様であった。

 

 光学エネルギー兵器とエネルギー中和磁場を運用するのならサイズの限られた艦艇より地下深くに発電システムを備えた要塞砲の方が良いに決まっているし、艦艇は自身の姿を晒して爆撃しなければならないが地上軍は安全な地下で砲台だけ外に出して遠隔操作で砲撃出来る。また砲台一つと宇宙艦艇一隻を引き換えに喪失したとして、同じ一対一であろうとも死者もコストも遥かに宇宙艦隊の赤字である事は言うまでも無いだろう。

 

 結局、同レベルの技術力を有する場合は軌道爆撃によって地上軍を一方的に殲滅するなぞ不可能なのだ。シリウス戦役末期、『黒旗軍』は衛星軌道上からヒマラヤ山脈の奥底に設けられた地球統一政府軍司令部を破壊しようとしたが遂に敵わず、結局は特殊部隊による破壊工作により地下用水路を破壊して司令部を水没させる事でようやく無力化した事からも宇宙艦隊による地下要塞攻撃は困難を伴うのは分かる。

 

 そして、それを理解していても爆撃せざるを得ないのが宇宙艦隊のジレンマである。兵糧攻めなぞ現実の戦場では滅多に出来る事ではないし、地上戦の支援のためには危険を承知でも爆撃するしかない。

 

「戦艦「クラッスス」中破!巡航艦「アクラ3号」撃沈……!」

 

 艦隊の軌道爆撃に復讐するような地上からの激しい攻撃により一隻、また一隻と第四艦隊第二分艦隊は艦艇を喪失し、旗艦でオペレーターが損害を報告する。

 

「怯むな!奴らの砲台の数は知れている、我々を壊滅させる程の数の砲なぞ無い!光学カメラで陣地を特定次第一つずつ集中砲火で潰していけばいい!!」

 

 パエッタ少将は巌のように表情を固めながら強く命じる。帝国地上軍第九野戦軍の後方参謀と工兵参謀を兼務するアントン・ヒルマー・フォン・シャフト技術中将の建築した防空要塞陣地により構築される濃密な防宙網はベテランの同盟宇宙軍人でも思わず怯む激しさであるが、司令官が怯える姿を見せる訳にはいかない。攻撃が旗艦のすぐ傍を通り過ぎようとも、中和磁場がレーザーを受け止めて艦内を震動が襲おうともパエッタ少将は堂々とした佇まいで艦橋で仁王立ちして部下達を鼓舞し続ける。

 

 結局、第四艦隊第二分艦隊はこの後も約二時間に渡り軌道爆撃を続け、最終的に二〇〇余りの防空砲台と三〇〇余りのトーチカ群を破壊したものの、二八二隻の艦艇と約一万五〇〇〇名の戦死者を被る事となった。

 

 だが、この一連も戦いもまたエル・ファシルを巡る凄惨な戦いの一幕に過ぎなかった…………。

 

 

 

 

 

 

 深夜のエル・ファシル東大陸の広大な森林地帯を私は一人泥まみれになって必死に走り続ける。

 

「はぁ…はぁ……糞っ……糞っ……畜生……!!」

 

 私はひたすらに走り続け、肩で息をしながら誰に対してかも分からない罵倒を吐き捨てる。

 

 まず結果から言えば我々の包囲網突破は半ば失敗に終わったと言えるだろう。クイルンハイム大尉を先頭にした突撃はしかし帝国軍の一個小隊の防衛線の前に出鼻を挫かれてしまった。

 

 そして足止めされながらゆっくりと包囲殲滅されるしかないと覚悟した時の事だ。幸運にもそこに別の帝国軍部隊がやってきた事による混乱に付け込んだ浸透戦術と接近戦によってどうにか我々は包囲殲滅は避ける事は出来た。

 

 だがそれによりこちらも部隊が四散。味方とはぐれてしまった私は、途中襲い掛かる帝国兵を二名程返り討ちにして一人暗く冷たい森の中をひたすらに駆けていた。帝国軍から少しでも逃れるため既に嵩張る荷物や武器は捨てており、最小限の装備だけしか身に纏っていない。

 

「糞っ…糞っ……!!」

 

 必死に走る私は途中で疲労でふらつき足下を縺れさせる。そのままぬかるんだ地面に倒れ込んだ。

 

「はぁ……はぁ……糞っ………ふざけやがって……!私ばかり……糞っ!!」

 

 そのまま私は仰向けに身体を転がして大の字になって荒くなっている息を整える。

 

「………はっ、なんとまぁ、綺麗な事だな」

 

 息を整えながらふと天を仰げば、この場において少し場違いな言葉が漏れる。

 

 前世の地球と違い大気が澄み渡り、しかも森の中なので人工の光も殆どない。それ故に私が見上げる夜空は見たことのない程の銀色に輝く満天の星空だった。それはまるで地上の醜い争いが嘘のような美しさで……。

 

「いや、それは違うな」

 

 だが私はすぐにそれが前世が地球というただ一つの惑星に生きていた人間の古臭いセンチメンタルな感性であることを理解する。

 

「あれは……流れ星、ではないな」

 

 白銀の空に幾条もの光が流れる。確かに前世の地球と違い人口密度が薄く、大気も比較的澄んでいる満天の星空であるエル・ファシルの夜景……しかし流れ星のように見えるそれはしかし少々数が多すぎるように思える。

 

「宇宙艦艇の残骸か………」

 

 恐らくは衛星軌道上で戦闘でも発生しているのだろう。衛星軌道で爆散した艦艇、あるいはその残骸が惑星エル・ファシルの重力の井戸の底に引きずり込まれているのだ。大気との摩擦で船体や破片が焼けつき流れ星のように煌びやかな弧を描く……。

 

(結局どこであろうと危険、という訳か……!)

 

 流石にこの辺り一帯は敵味方が入り乱れているだろうから、まさか人命重視の同盟軍が味方への誤射覚悟で低周波ミサイルで周辺ごと耕すなんて事はしないとは思うが………流れ弾が飛んで来たら今の私では消し炭になる事だろう。

 

「っ……現実逃避もここまでだな」

 

 何分程こうしていたのだろうか?どこかで物音が聞こえ私はすぐに現実に引き戻され泥の上でうつ伏せになり伏せる。耳を澄まして、目を凝らして誰が(あるいは何が)どこから近づいているのか警戒する。

 

「………」

 

 茂みの中から私はゆっくりと人影を視認する。暗視装置が無いために夜空の光だけで相手の姿を確認しなければならず、残念ながらその姿をはっきり見る事は出来なかった。

 

 私はゆっくりと腰の軍用ナイフに手を伸ばす。ハンドブラスターは発光するし銃声もするのでほかの敵兵に気付かれる可能性があった。相手に気付かれる前に静かに仕留めるのがこの場合は正解だ。

 

(いけるか………?)

 

 自身の実力に己惚れている訳ではない。だが客観的に見て帝国地上軍の一般的な軽歩兵相手ならば一対一ならば十分仕留めきる自信はあったし、経験もある。あるいは通り過ぎるのならば放置しても良いが………。

 

(それは都合の良い願いだな……)

 

 明らかに人影は周囲を警戒し、捜索している。このままでは発見される可能性が高い。うつ伏せのまま隠れている今のままでは機先を制されたら危険だ。ならば………!

 

(っ……!)

 

 私は人影がこちらに背を向けたのと同時に動く。物音を立てずに立ち上がり、吸音材で靴底が作られた軍靴で一気に接近する。

 

 相手が寸前でこちらに気付いて振り返るが遅い。すぐに回り込んでハンドブラスターを持つ手を封じ、背後に回り込んで口元を腕で覆いそのまま押し倒す。叫べなくなり、体も動かせなくなった所を軍用ナイフで……って。

 

「中尉か?」

 

 喉元にナイフが触れた瞬間、星空の光で私は正に首を掻き切ろうとしている相手が大切な従士である事に気付いて咄嗟に手を止める。

 

「若様っ……?」

 

 中途半端な拘束になってしまったので口元を閉じ切れず、副官は少々驚いた表情で後ろにいる私を見つめる。私もまた惚けた表情でその場で固まった。

 

「す、済まん、敵かと思った……」

 

 私はその場ですぐにそう謝罪……というよりは自己弁護に近い言葉を放つ。

 

「い、いえ……この状況です。仕方ありません。それよりも御無事で御座いましたか……幸いでございます」

 

 ノルドグレーン中尉は自身が殺されかけた事を然程気にせず、寧ろ私の無事を心底喜ぶ。先程彼女を殺しかけた身としては気が引ける心境である。それはそうと………。

 

(……甘い匂いだな)

 

 鼻のすぐ近くでしなたれるブロンドの長髪から香水の柑橘系の爽やかな香りと女性特有のどこか御菓子のような匂いを感じとる。こんな時に何をしているんだと自分でも思うが匂うものは匂うのだ。

 

「あの……若様……」

「ん?ど、どうしたっ……?」

 

 私は突然中尉に呼ばれて僅かに上ずった声を漏らす。まさか髪の匂いを嗅いでいるのバレたか……?

 

「あのっ……その……そろそろ苦しいのでお退き下されば幸いなのですが……」

 

 遠慮がちにそう答えるノルドグレーン中尉。その言葉に冷静になって客観的に状況を確認する。

 

 さて諸君、想像してみて欲しい。野外の夜中、妙齢な女性が茂みから突如ナイフを持った男に襲われ口を塞がれ覆い被される。この状況は何でしょうか?

 

……おう、完全にギルティだわこれ。

 

「分かった、今退く」

 

 脳内裁判で有罪判決が出たと同時に私は早口でそう返答しながら颯爽と副官の上から退く。言っておくが私は何もやましい事はしていない。全ては偶然の産物である、いいね?……まぁ、冗談はこの程度にしておこう。それよりも………。

 

「……大丈夫か、中尉?」

 

 私が退いたために立ち上がったノルドグレーン中尉の姿を見て私は若干後ろめたい口調で尋ねる。ノルドグレーン中尉の姿がそれだけ痛々しいものだったためだ。

 

 泥は兎も角として軍服は痛み、大きな怪我こそないが擦り傷らしきものが見える。疲労困憊、といった風に見るからに疲れているのが分かる。私も相応に逃げるのに苦労したがノルドグレーン中尉は元々事務方だ、こんな前線の兵士のような状況だと相当堪えている筈であった。

 

「いえ、大きな怪我は御座いません。それよりも若様の方こそ本当に大丈夫で御座いますか?どこか痛む所は……?」

 

しかしノルドグレーン中尉は健気にそう尋ね、改めて否定すれば胸を撫で下ろす。

 

「……それで、中尉は無事で幸いだが……ほかの者はどうなったか分かるか?」

 

 周囲を警戒し再度茂みに身を伏せてから、同じように隠れる従士に私は尋ねる。

 

「いえ、私も混乱の中で目の前の賊を無力化する事で精一杯でしたので……途中、若様のお姿が無い事に気付き捜索をしておりました。ほかの者の安否は……」

「そうか……」

 

 あの状況だ、自分の身を守るだけで精一杯なのは間違いない。期待はしていなかったが……それでも実際に言われると焦れるものだな。

 

「……」

 

 脳裏に過るのは昔馴染みでもある忠実な付き人の姿だ。

 

「……いや、私でも無事だったんだ。恐らく無事な筈だ」

 

 私は小さく自分に言い聞かせる。私よりもベアトの方が優秀だ。私がこうして無事に生き残れたのだから彼女が無事でない道理がない。恐らくは中尉のようにどこかで私を捜索している筈だ。

 

「……若様、どういたしましょう?」

 

 私が思考を整理したのを見計らったようにノルドグレーン中尉は意向を尋ねる。

 

「……取り敢えずこの場から離れた方が良いだろうな。エル・ファシルの星座は分かるか?」

「一応記憶しております」

 

当然のように優秀な副官は答える。

 

「かなり古い手段だがそれで大方の方角は分かる筈だ。……取り敢えず敵が来た向きとは逆に向かおうか」

「……了解致しました」

 

 そう語り腰を低くして中尉はハンドブラスターを手に歩き始める。私はその援護をするように後ろからついていく。すると闇の中で私はかすかなその音に気付く。

 

「……来ているな」

 

 後方からまだまだ遠くはあるが複数の足音と声が聞こえてくる。恐らくは我々を探している追手であろう。

 

「上手く撒けるといいが……」

 

 どうやら無事に味方と合流するには、まだまだ困難が伴いそうだった。

 

 私が再び鼠のように地表で逃げ回り始めるのを無数の醜い流れ星が嘲るように見下ろしていた………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エル・ファシル東大陸西部に広がる標高五〇〇〇メートル級の山々が軒を連ねて形成されるアトラシア山脈地帯。数億年前まで行われた活発な火山活動によって形成されたこの山脈の岩盤は強固であり、そこを掘削しようものならば炭素クリスタル製のドリルを幾つも消耗する必要があるだろう。

 

 ましてその内部を結晶繊維や耐熱コンクリートで補強し、地下に大型核融合炉を設置して高出力のエネルギー中和磁場を展開すれば正に難攻不落の要塞と呼べる代物となる。

 

 フラウエンベルク要塞陣地の地下深くに設けられた帝国地上軍第九野戦軍司令部……薄暗い室内では神妙な顔つきで第九野戦軍首脳部が議論を重ねていた。

 

「第四〇軍は敗走、沿岸を守る第四二軍は軌道爆撃によって相当の損害を負った。兵員は兎も角陣地自体の機能は失われたといっていいだろう」

「装甲擲弾兵第三軍が後退したとの報告は事実なのか?」

「反乱軍の有力部隊と接触、正面から激突して前進を阻まれたとの事です。数日に渡り激戦を繰り広げたもののこれ以上の進軍は軌道爆撃の標的になりかねないため攻勢を断念、散開しつつ森林地帯から後退を開始したとの事です」

 

 通信参謀エルレーゼン少将からの報告に会議室は重苦しい雰囲気に包まれる。

 

「前線の攻勢は部分的に成功、幾つかの反乱軍部隊は包囲下に置けたが、肝心の敵主力の包囲殲滅には失敗した……と言う事か」

 

 状況を整理するように口にする情報参謀ガルトシュタイン少将が嘆息する。

 

 帝国地上軍第九野戦軍主力と相対する同盟地上軍の第五三・五四遠征軍総勢五〇万に対して猟兵部隊で索敵部隊を密に無力化し、その上で碌な道のない山岳地帯を『騎乗した』装甲擲弾兵団を中心とした迂回部隊で走破、後方に浸透してその補給路と退路を遮断した上で包囲殲滅する……この作戦が成功していればこのエル・ファシル地上戦における勢力バランスは一気に帝国側に傾いた筈であった。

 

 現実は後少しでそれが達成される所までは行けた。だが包囲網を閉じて陣地を形成する寸前に敵部隊の一部が補給路となり得る星道二三二〇号線に包囲網の内側から無謀とも言える激しい攻撃で突破を図り、それに対応している間に前に包囲網外側から精強な反乱軍の乱入を招く事態に陥った。反乱軍の通信網の混乱が沈静化するのが想定より早かった事もあり反乱軍前線部隊の動揺は小さく、各地の反乱軍部隊が集結した事もあって完成しかけた包囲網は結局霧散した。

 

「現在までに集計した此度の反抗作戦の損害は戦死二万、負傷四万四〇〇〇に及びます。前線の六個師団が損害から戦闘不能となり再編を必要とした状態に陥っております」

「先程水上軍の哨戒艦艇が北サフラン海に多数の水上揚陸艦艇を確認しました。数日以内にべジャイナ海岸に対する上陸作戦が行われると思われます」

「側背を取られる、このままでは包囲殲滅されるのは我々だ……!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その憎らし気な声と共に会議室を小さな揺れが襲う。同盟軍の定期的な軌道爆撃によるものであった。

 

「……反乱軍は我らの陣容を予想以上に把握している。まさかこの一月の間にここまで押されるとはな」

 

 第九野戦軍司令官である銀河帝国地上軍大将、エーバーハルト・フォン・ツィーテン三世は眉間に皴を寄せて苦悩の表情を作る。没落しつつあり最盛期の繁栄こそ無いものの、それでも武門貴族の名門である武門十八将家に名を連ねるツィーテン公爵家、その軍歴豊かな老当主からしても反乱軍がある程度偵察やスパイ活動で帝国軍の陣容を把握している事は理解していたがここまでのものとは流石に想定していなかった。

 

 反乱軍の攻勢ポイントは極めて正確であり、展開する帝国地上軍の最も脆弱な箇所や戦力の空白地帯を狙いすまして侵攻する。衛星軌道上からの軌道爆撃は帝国軍の要塞陣地に対して最も有効な地点に効果的な打撃を与えていた。

 

 実際の所、帝国軍が思う程同盟軍も余裕があるわけではなく、同じように苦戦していたがそんな事は彼らが知る余地もないし意味もない。どちらにしても帝国地上軍が苦戦の中にあるのは変わらないのだから。

 

「第九野戦軍の戦死傷者は既に全体の一割半を超えた模様です。また各要塞陣地も反乱軍の度重なる砲撃と爆撃によりその機能を喪失しつつあります」

 

 禿頭に暗赤色の眉、赤みを帯びた鼻、そしてふくよかな身体の小男が報告する。一見ビアホールの亭主のようにも見えるこの男はしかし見かけ通りの人物と思ってはいけない。

 

 後方参謀と工兵参謀を兼任するアントン・ヒルマー・フォン・シャフト技術中将は銀河帝国の最高学府で工学と哲学の博士号を取得し、数学と生物学と地理学の有望なアマチュア学者であり、詩人と作家としても一定の功績を立てた万能の天才でもある。補給と補充、そして要塞陣地構築を主導したこの男は現状の第九野戦軍の状況をある意味一番良く理解していると言ってよい。彼の作り上げた頑強な要塞陣地は当初の予定通り何万という叛徒に流血を強いてはいるがそれでもいつまでも持たない事もまた了解していた。

 

「参謀長、どう考える?」

 

 ツィーテン大将は第九野戦軍参謀長ヴァルブルク中将に意見を求める。

 

「……このままこの場に踏み止まり反乱軍に出血を強いるのも一つの手段としては良いでしょう。ですがそれでは我ら第九野戦軍は包囲下に置かれ最終的には玉砕する事になりましょう。皇帝陛下よりお預りした二〇〇万の兵をこのような辺境の惑星で失う訳にはいきますまい」

 

 重々しい口調で、慎重にヴァルブルク中将は言葉を紡いでいく。

 

「オフレッサー閣下に実施して頂いた後方撹乱からの包囲が失敗した以上、作戦の抜本的見直しが必要です。ここは戦線の縮小と戦力の保存と集中を重視するべきかと思われます」

 

即ち要塞陣地の放棄と後方へと後退である。

 

「となりますと………ボレフィア半島ですかな?」

 

 シャフト技術中将が参謀長の言に反応して地図の一角を指し示す。エル・ファシル東大陸の最南部、南大陸とも繋がるボレフィア半島。ここは未だ帝国軍が保持しえているクリム海峡を挟んでいるため同盟軍が揚陸していない。また、後方と言うこともあり比較的損失が少なく、戦域も限られるために戦線の縮小が容易だ。

 

「エーレンフリート少将の第二一軍とメルペンガルド少将の第三三軍を殿とします。主力は大隊から連隊単位に分散、夜間の間隙を縫って撤退作戦を行いましょう。側面支援と戦線の火消し役にはホト中将の第七装甲軍団を投入、後退しつつ反乱軍の戦力を削り取ります」

 

 ヴァルブルグ少将はテーブルの上に展開された三次元立体地図を操作し撤退作戦の大枠について説明する。比較的戦力が温存された部隊と精鋭部隊を以て主力部隊が撤収するまで各地の放棄される予定の要塞陣地を使い捨てながら遅滞戦闘を行おうというのだ。

 

 第九野戦軍副司令官ヴェンツェル中将指揮の下、第二一軍・第三三軍、第七装甲軍団、その他一部の特殊部隊・独立部隊から臨時編成される『第一独立機動打撃群』を編成。戦果拡大を求め、後退に合わせて勢いに任せた迫撃をしてくるであろう反乱軍の先頭に一撃を加えて足を止めさせたなら、それ以上の長居はせずに後退。反乱軍が態勢を立て直して迫撃してくれば、別の陣地で再度一撃を加えて後退する。

 

側面支援に第七装甲軍団を置いたのは流石というべきだろう。火力と機動力に優れた第七装甲軍ならば素早く部隊展開と撤収を行える。指揮を誤り敵中に孤立する可能性は無いだろう。後方攪乱に第一三猟兵師団や第二〇三独立強襲大隊等の特殊部隊を投入すれば後退作戦は万全と言えよう。

 

「司令部機能の移転はアイゼンベルク要塞陣地が良いでしょうな、あそこは比較的被害が少ない。物資もまだ余裕があります」

 

 シャフト技術中将が新たな司令部の候補を選出する。アイゼンベルク要塞陣地はこのような戦線縮小や後退を想定した司令部移転候補地の一つだ。

 

「撤収のために部隊展開の偽装も必要でしょう。工兵部隊で部隊の移動を偽装しつつ航空部隊で偵察部隊を迎撃しましょう。司令部の撤収ルートは……この山岳地帯が宜しいかと」

 

 ヴァルブルク中将が敵味方の配置から最も発見の少ないルートを指し示す。

 

「閣下、ご決断を」

 

 副官にしてツィーテン公爵家に古くから仕える従士家の出のキルバッハ中佐が恭しく最終的決断を促す。

 

「うむっ………」

 

 ツィーテン大将は苦い表情で腕を組み暫しの間沈黙する。撤収、といっても口に言う程簡単ではない。組織だって慎重に行わなければ一気に迫撃を受けて部隊は混乱の内に壊走する事になるであろう。だが………。

 

「やむを……得んか」

 

 苦虫を数十匹纏めて噛み潰したような苦渋の表情でツィーテン大将は決断をする。叛徒共相手に逃げるなぞ屈辱の極みであるが、ツィーテン大将も無能ではない。精神論では勝利出来ない事なぞ重々承知している。一時の汚名に塗れたとしても最終的勝利のために自らを律し、自制しなければならない事位理解していた。

 

「宜しい、ヴェンツェル中将に暗号通信を入れたまえ、前線部隊の指揮権を委ねるとな。……ヴォルブルク中将、司令部移転に関する各種の細事は任せるが良いな?」

 

 険しい表現でツィーテン大将は尋ねる。流石に歳が祟るのか、大将の顔には疲労の色が見えこれ以上の職務は難しそうであった。元より指揮官は自らの指揮が必要な時まで体力を温存するのも仕事の一つだ。故に司令部移転に伴う煩雑な事務処理を参謀長に任せようとそう発言する。

 

「はっ!将軍の御命令、承りました」

 

 ヴァルブルク中将は咄嗟にそこまで理解して優雅な敬礼で返答した。地方男爵家の次男でもある参謀長も末席とは言え同じ門閥貴族、ツィーテン大将の意図を理解していての事だ。

 

「うむ、頼むぞ……」

 

 そう大仰に答えるとツィーテン大将は若干ふらつく足で立つと会議の終了を伝えた後に少々危うげな足取りで副官と共に司令部を去る。全ての会議参列者が司令官に一斉に敬礼してそれを見送った。

 

 ………そして、彼らも気付いていなかった。この会議を換気口に仕掛けた盗聴器で盗み聞きしている一人の裏切り者の准将の存在を。

 

「…………」

 

自室に隠した受信機から会議の内容を聞き出し記録した男は険しい表情を作る。

 

「司令部の撤収、か……」

 

今がチャンスか?いやしかし危険も大きい。だが……。

 

 彼は何かを考えるように目を閉じ、項垂れながら暫く思考の海に沈む……しかし次顔を上げる時には既にその表情は強く決心をしたそれに代わっていた。

 

 そして、その者はそれによる更なる混乱に備えるために、そして彼自身の逃亡のために、静かに、しかし急いで自室で荷造りを始めたのだった……。


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