帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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「帝国軍組織図」の後半に徴兵制度等について幾つか追加内容を加えました


第百二十話 野生の双璧が現れた!

 エル・ファシル星道三二三〇号線の争奪戦は刻一刻とその苛烈さを増していた。帝国・同盟両軍とも明かりに引き寄せられる羽虫のように周辺部隊や敗残兵が集まり、それを支援する航空部隊が上空でドッグファイトを繰り広げる。

 

『死ねぇ!卑しい奴隷共がぁ!!』

 

 オフレッサー大将率いる装甲擲弾兵第三軍団は帝国公用語で同盟軍兵士達を罵倒しながら敵を次から次へと戦斧で屠る。

 

「くたばれ放蕩皇帝の手先がっ!!」

 

 同盟軍兵士達は同盟公用語で神聖不可侵な皇帝を侮辱する。数に物を言わせて装甲擲弾兵達を一人一人仕留めていく。一人の装甲擲弾兵に三人で連携して戦うのは同盟地上軍兵士の基本だ。

 

『失せろ賊軍共がっ!!』

 

 帝国公用語で偽帝の兵士達を詰るのは『リグリア遠征軍団』所属の亡命軍兵士達である。彼らは星道争奪戦の初期から最前線で装甲擲弾兵と互角の戦いを繰り広げていた。

 

 装甲擲弾兵が戦斧で同盟軍兵士を次々と引き裂き、次の瞬間には同盟軍の陸兵達が重機関銃で帝国兵を蜂の巣にする。銃剣付きのライフルで亡命軍兵士達が刃先を揃えて突貫し、神出鬼没の猟兵達と白兵戦を演じる。

 

「答えろ、坊はどこだ?」

 

 血肉がそこら中に巻き散らかされ鉄が焼ける地獄の最前線……その僅かに後方で地面に倒れるクラフト少佐は凍えるような冷たい声を浴びせられる。

 

 彼の主人を逃がした後、クラフト少佐は第一大隊及び後方支援部隊、工兵部隊を中心とした残存兵力七三一名を持って遅延戦闘を続けた。

 

 最終的に包囲を突き抜けゲリラ的に抵抗を続けた部隊は『リグリア遠征軍団』が救助に成功した時点で三五八名まで減少し、その多くが負傷していた。クラフト少佐もまた左足に銃撃を受け、砲撃による砲弾片を横腹に食らい、左指を数本欠損し、肋骨を数本折り半死半生状態であった。

 

 だが、そんな中でも血で濡れたサーベルを背負う彼女はクラフト少佐に対して同情も哀れみも一切なく、激情と怒りに駆られた視線でただ見下ろしていた。

 

「……我らの力及ばず……やむ無く…少数の護衛と共に…南部……に、待避をして……頂きました」

 

 治療も受けていないクラフト少佐は絶え絶えに説明していく。今最も優先するべき事は目の前の貴人にその説明をする事であると理解していたからだ。

 

『お急ぎ……下さい………御体調は…宜しくありま……せん。可能な限り……迅速にお助けを……』

「当然だ、このままでは従姉様に二度と顔を合わせられんわ」

 

 心底不機嫌そうにそう言い捨てると視線でローデンドルフ少将は衛生兵共に目の前の無能な従士を視界から失せさせるように命じる。担架で運ばれていくクラフト少佐を、しかし既に少将は完全に興味を失っていた。そのまま剣呑な表情を浮かべて彼女は背後の者達を睨み付ける。

 

「フレーダー、捜索部隊の編成はいつ完了する?」

「もう暫く時間がかかります。何せあの挽肉製造機が直々に率いる装甲擲弾兵と正面から激突しましたから、こちらも無視出来ない程度の損失は受けてしまっておりますので」

 

 そう説明する『北苑竜騎兵旅団』副司令官フレーダー大佐の姿を見た者は血の気を失い、下手すれば失神してしまっていただろう。

 

 『北苑竜騎兵旅団』の先頭に立ち装甲擲弾兵との戦いを指揮した彼の右腕は無かった。銀縁の眼鏡は失われ、義眼は片方抜け落ちており、頬の人工皮膚は削げ落ちてシリコンと金属の骨格が見え隠れしていた。腹は裂けてそこから機械仕掛けの腸の代替物が軍服の下から姿を覗かせる。

 

 血の代わりに油の匂いを纏うフレーダー大佐はこれだけの傷、いや人体の欠損があろうとも特に苦しみは感じていないようであり、にやりと底冷えする笑みを浮かべ続ける。その軍歴による負傷の数々により人体の半分余りを機械で代用している大佐にとって、この程度の傷なぞ部品を付け替えれば済むだけのものでしかなかった。

 

「理解している。その上で命令だ。すぐにでも捜索部隊を編制しろ。最優先でだ。幸い同盟の市民兵共も漸く集まって来たからな。幾つかの戦線を押し付けてやれ。坊の身の安全が何よりも最優先だ。私に恥をかかせるなよ?」

 

 その眼力は殆ど脅迫に近かったが、そんな事は気にせず飄々と、しかし恭しく礼をしてフレーダー大佐は了解する。

 

 フレーダー大佐の横には進軍、ないし戦闘中に合流した連隊戦闘団の幹部達が佇む。ローデンドルフ少将はフレーダー大佐から視線を外し、冷たい、非難の意思を込めた目線で彼らを観察する。

 

 指揮中に重傷を負ったクラフト少佐の代わり残存部隊を率いていた第一大隊副隊長ライトナー大尉は腹にナイフが突き刺さり、全身傷だらけの姿で佇み、軍団に通信を入れた第二大隊長ライトナー少佐は巌のように険しい表情で微動だにしない。第三大隊長のデメジエール少佐は御淑やかに、しかし不気味な微笑を湛えて控え、士族階級の食客の出であったドルマン少佐は彼らの中で唯一緊張の表情を浮かべていた。

 

「だ、そうだ」

 

 怜悧な声音で皇族少将は彼らに口を開いた。それは裁判の判決を告げる声にも聞こえた。

 

「のこのこ生き残っている愚か者に……」

 

ライトナー大尉を塵を見る目で睨みつける。

 

「必要な時にその場にいない木偶共め」

 

 そして視線を移し残る三名の大隊長を罵るローデンドルフ少将。四名は言い訳も口にせず(あるいは許されず)、唯静かに直立不動の姿勢を取る。

 

 無論、客観的に考えればそれは余りにも理不尽な非難であっただろう。彼らには少なくとも致命的な瑕疵は無かった。全ては不運な巡り合わせの結果と言えるだろう。

 

 それでも彼らがその役割を果たせなかったのは事実であり、それも彼らの護衛対象は彼らの仕える一族の中でも何より優先されなければならなかった。

 

 しかも事前に注意に注意を重ねられていたのだ。本来ならば自裁を命じられても可笑しくは無かったが……。

 

「失態を犯したのは私も同じだ、故に機会をやろう。………貴様らは今すぐに坊の捜索に向かえ。連れ帰って来るまで私に顔を見せるな、役立たずの無駄飯食いは射殺してやる」

 

 ドスの利いた声でそう警告する。恐らく実際に手掛かりもなくのこのこと帰ってくればその場で脳天に鉛玉を叩き込まれる事になるだろう。脅迫ではない。

 

 各大隊指揮官はそれぞれが敬礼により命令に応じた。それを確認した少将はそこで漸く「失せろ」と命じた。各大隊指揮官は礼と共に退出する。

 

「……坊、可哀想に……すぐに助けてやるからな。待っておいてくれよ……?」

 

 心底悲し気な表情で少将は傍らから襲い掛かってきた装甲擲弾兵の首をサーベルで斬り捨てる。最前線のすぐ近くであるが故に遮二無二で戦線を突き破った敵兵が時々明らかに高級士官であると分かる服装である彼女に襲い掛かって来るのだ。

 

 それでも自身の従甥を保護しようと指揮をカールシュタール准将に押し付け、フレーダー大佐、『北苑竜騎兵旅団』の精鋭大隊と共に態々最前線に吶喊したのだが……どうやら無駄足になってしまったらしい。

 

 サーベルにこびりついた血を払い捨てるとローデンドルフ少将は不機嫌そうにジープに向かう。従甥がいないのなら最早この場にいる意味は全く無かった。

 

「フレーダー、分かっているな?」

「ええ、司令官閣下のお望みのままに」

 

 ドスの利いた声で部下の名を口にすれば半分機械の大佐は応揚に承る。その口元はつり上がり実に楽しげだった。大佐には分かっていた、目的の身内がいない以上、その報いを与えなければこの皇族の娘が気が済まない事を。そして彼自身も漸く好きに戦争が出来る事に愉悦の感情を感じていた。腹から出て垂れ下がる人工の腸を掴んで傷口に押し込む。

 

「うむ。……行け」

 

 フレーダー大佐に現場の指揮を任せると、銃弾が飛び交う前線であるのも気にせず淡々とジープに乗り込み軍団司令部に向け走らせる。司令部に到着すると共にカールシュタール准将が極めて体裁を整えた丁寧な罵声を浴びせたのは、それから約三十分程後の事であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 深夜のエル・ファシル東大陸の広大な森の中をヴァルトハイム曹長は暗視装置を装備してキンブルク兵長と巡回していた。

 

 消音装置付きの火薬銃を構えて周囲を最大限警戒する彼らの役目は重要であった。何せ彼らがその務めを怠ればそれは部隊、ひいては彼らの主君の生命の危機に繋がるためだ。

 

 ヴァルトハイム士族家の始祖は、ティルピッツ伯爵家が成立する以前から辺境平定軍の先任下士官の一人として銀河連邦宇宙軍少将オスヴァルトの下で地方軍閥やゲリラとの抗争に身を捧げた。

 

 流石にライトナー従士家やレーヴェンハルト従士家程の活躍はなかったものの、以来先祖代々伯爵領の私兵軍の下士官や士官に取り立てられ、少なくない社会・経済的恩恵を受けてきた。

 

 故にこの年三十を超えた曹長はこの任務を拝命した時正直興奮していた。本家の嫡男を護衛する!これぞ古くからの家臣の名誉に他ならない!

 

 より現実的な理由として護衛を全う出来れば間違いなく相応の報酬と栄誉が報奨として与えられる、という事もあった。

 

 ……護衛対象が護衛対象である。もしかしたら従士に取り立てられる可能性もある。そうなれば一族の英雄であるし、息子娘達により良い生活、より良い将来を与える事が出来るだろう。

 

「ふっ……」

 

 僅かに口元を綻ばせる。決して実利だけ、報奨だけで伯爵家に仕えている訳ではない。彼にも崇拝すべき臣下としての忠誠心と帰属意識は十分に存在した。それでも何事も家族、一族の繁栄を第一に考えるのは帝国人の性であった。

 

 僅かに緩んだ意識を引き締め、曹長は一層真剣に任務に従事する。些細なミスは許されない故にである。

 

「………!」

 

 ふと、ヴァルトハイム曹長はキンブルク兵長を止める。そして茂みに隠れちらりと覗くように見据える。

 

「……賊軍ですか」

 

 軍役農奴の家系生まれの兵長は小さな声で呟く。彼らが見据える先には帝国宇宙軍陸戦隊の軍装に身を包んだ人影があった。

 

「ふんっ、素人が……」

 

 帝国兵のその警戒の仕方にヴァルトハイム曹長は小さく毒を吐く。宇宙軍の臨時編成の陸戦兵なのだろうが……それを差し引いても何とも下手な哨戒のやり方のように曹長には思えた。

 

「キンブルク、後ろから仕留めるぞ。援護しろ」

 

 腰からナイフを取り出してヴァルトハイム曹長はキンブルク兵長に伝える。消音装置付きの火薬銃はある。だがそれでも万全を期すためには直接背後から口元を押さえて喉元を切り捨て即死させるのが一番である。

 

 無論、接近すれば存在を気取られる可能性も否定は出来ない……が、ヴァルトハイム曹長は自身の幼少時から研鑽し、鍛え上げて来た一族の技術と身体能力を信頼していたしそれが虚仮威しでない事は幾多の経験から確信していた。だが………。

 

「……兵長?どうした?」

 

 確認の返事のないキンブルク兵長を不審に思いヴァルトハイム曹長は背後を振り向こうとする。

 

「がっ……!?」

 

 一瞬の事であった。突如襲い掛かった衝撃で視界が揺れる。次の瞬間には彼の視界は地に這うように下に向かう。体が動かない。まるで神経を切り捨てられたようだ。正面には喉元を斬られて驚愕の表情のまま木の根元に崩れていたキンブルク兵長が映る。

 

「あっ……かっ……」

 

 短い時間で自身の身に何が起きたのかを理解した曹長はどうにか動く視線だけが上に向かう。不気味な暗闇の中、ヴァルトハイム曹長は黒真珠のような黒色と蒼玉の如く輝く碧色の光を捉える。金銀妖瞳のその瞳はどこか詰まらなそうな、それでいて不敵な笑みを湛えていた。

 

 こいつは危険だ、せめて主君の下にこの危険を知らせなければ……そう理解してはいてもヴァルトハイム曹長の体は動く事はない。

 

 もし可能であれば彼は自身の命と引き換えにしてでもこの危険を伝えようとしただろう。だが現実にはそれすら叶わない。

 

「ぐっ………」

 

 次第にヴァルトハイム曹長の感覚は消えていき、意識は遠のき、思考能力は失われていく。

 

(ホルツァー……カティア………アンナ………………)

 

 消えゆく意識の最期、彼は最後に愛しい家族の名を心の中で呟いた…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「若様、御食事で御座います」

「ああ、御苦労様」

 

 ハーフトラックの荷台でベアトやクイルンハイム大尉と地図を広げて会議をしていた私は、しかしノルドグレーン中尉が夕食を差し入れして来たので一旦作業を中止して盆を受けとる。

 

 見れば乾パンとチーズ、ジャーマンポテト、ヴルスト等の冷製料理が盆に備えられていた。温かいチキンスープと紅茶はカップで受けとる。

 

「ほかの者達は?」

「警備と哨戒中の者以外は食べている所です」

「そうか……では我々も頂こうか」

 

 先程まで会議をしていた部下達にそう確認して我々は静かに、黙々と夕食を始める。

 

 シエラ市の帝国軍が移動するまで森の中に潜伏するため明かりは余り使えないし音も出す訳にはいかない。娯楽性が少ない栄養補給の夕食を黙々と食べ続ける。

 

「上はそろそろ私達に気付いたかな?」

「軍団長は無能では御座いません。恐らく第二・第三大隊から連絡は来ている筈、我々の捜索を始めていると考えて良いでしょう」

「だといいんだがな」

 

 別にあの叔従母を疑う訳ではない。ローデンドルフ少将は身内のためならば何でもする位情に深い人物だ。母を実の姉のように慕っていたし、私への印象も悪くない。危機知ったら良くも悪くもほかの何もかも無視して全力で私を助けに向かうだろう。

 

 別にそれを非難する資格は私にはない。問題は私を捜索する最中にほぼ確実に帝国軍の装甲擲弾兵団と正面衝突しているだろう事だ。

 

 『リグリア遠征軍団』は精鋭部隊であるが相対する帝国軍もまた精鋭、正面衝突である以上、叔従母とは言え私の捜索に全力は出せないだろう。

 

 となればやはり独力でどうにかするしかない訳で………。

 

「辛い所だな………」

 

 質は兎も角数は一個小隊にも満たない戦力である、哨戒部隊と出くわすだけでヤバい。皆練度は確かであるがそれでも油断すれば危険だ。

 

 こうして実際に戦場に身を置いて見て散々理解させられる事はやはり情報の大切さである。戦場全体の状況が分からないままでは選択肢を選ぶ所か考える段階でも困難を伴う。

 

 正しい判断は正しい理解から、そして正しい理解には正しい情報が必要不可欠だ。どれだけ真剣に考えた所で理解と情報に誤りがあれが全てが無意味と化すのだ。そして今の我々は五里霧中である。

 

「………若様、御気分が宜しく御座いませんか?」

「……ん?いや大丈夫だ。少し考え事をしててな」

 

 私の食事の手が止まっている事に気付いたのだろう、ベアトが心配するように私に尋ねるので私は笑みを取り繕う。

 

「この数日、お辛い移動でしたからな。病み上がりであるのも含め疲労が溜まっているのでは御座いませぬか?」

 

 食事の手を止めてクイルンハイム大尉もそう私の身を慮る。

 

 実際の所病み上がりとは言え、私はこの敗残兵の集まりの中で最も良い食事をし、最も休息を得ている身の上である。夜中の警備には一度も参加していない。私なんかよりもほかの者達の方が遥かに疲労している筈である。

 

 それでも疲労を心配されるとは……私の体力を馬鹿にされている訳ではないのだろうが少し居心地が悪く感じられた。無論、先方は完全な善意で心配しているのだろうが……。

 

「………ここは少し息が詰まりましょう。少し外にお出になられますか?」

 

 私の微妙な表情から何かを察したのか、傍に控えるノルドグレーン中尉が提案した。恐らくはこの場の私に向けられる視線を回避するのとずっとハーフトラックの荷台で会議していた精神をリラックスさせるためだ。

 

「ん……そうだな。確かにずっと此処にいると息が詰まりそうだな」

 

 残りの食事をさっさと口に入れてしまうと私は荷台に残るベアト達に付き添いは不要であることを伝えて副官と共に深夜の森に出た。

 

 私は車両が停車し、兵士が警備する夜営地を歩きながら深呼吸をする。冷たい冬の、しかし新鮮で澄んだ空気が肺を満たす。それだけで少し気が楽になるのは私が単純なのだろう。

 

「……中尉、済まんな。気を利かせたか」

「付き人として当然の事で御座います、どうぞお構い無く」

 

にこり、と笑みを浮かべて副官は問題ない事を伝える。

 

 ノルドグレーン中尉は副官としてはベアトよりも適性があるように思えた。

 

 ベアトの能力が劣る訳ではない。だが彼女の能力はどちらかと言えば戦闘指揮に秀でており、細やかな精神的サポートという面ではどこか中尉に劣る面があるのは事実だった。その辺りはやはりベアトよりも中尉の方が私を理想化せず、より等身大として見ているからかも知れない。

 

「若様、このような御時間に散歩で御座いますか?」

「ああ准尉、見回りご苦労だ」

 

 暫く黄昏ていると巡回中のオルベック准尉と遭遇して声をかけられる。私は労いの言葉をかけた。

 

「……正直な所、余り出歩くべきではないのですが………」

「?何があった?」

 

 どこか重々しい表情を浮かべるオルベック准尉を怪訝に思い私は尋ねる。

 

「哨戒中の兵士達の帰りが少し遅いのです。相応の手練れですので何の連絡をする暇もなく殺られるとは思えませんが……丁度若様に報告をしようかと考えていた所で御座います」

「ふむ………それは少し不味いな」

 

 私の護衛として引き抜かれた陸兵である。連隊の中でも特に練度の高い優秀な手合いであるのは間違いない。それが何の連絡もなく消息を断つとは思えないが………。

 

「……これは私一人では手に余るな。一旦ほかの者と話し合うべきだ」

 

 下手に動くと却ってこちらの位置がバレる可能性もあった。哨戒の部下達は居場所を吐く程惰弱ではない。私一人の判断で移動するべきか決めかねていたのだ。

 

「准尉、人手不足で悪いが警戒の強化をしてくれ。哨戒部隊は全て集めて非番の兵士も警備に参加させるんだ」

「了解しました。護衛をお付けします。おいキルヒ曹長、若様の傍に」  

 

 オルベック准尉が近くで警戒中であったキルヒ曹長に命令する。だが………。

 

「……キルヒ曹長?」

 

 ハンヴィーの傍で警備する曹長は反応もなく佇んだままであった。居眠りでもしているのだろうか?熟練の陸兵はどんな体勢でも睡眠を取る事が出来ると聞くが……。

 

「おい、どうし………」

 

 私は暗闇の中ぼんやり見える部下の下に近付き声をかける。私はそこでようやく立ちすくむ兵士の反応がない理由を把握した。

 

 ……兵士は死んでいた。クロスボウの矢が頭部を貫通して背後のハンヴィーに突き刺さっていた。ぼっとした表情で炭素クリスタル製の矢で脳天を貫かれ、背後のハンヴィーに鏃が刺さっているために倒れる事も許されずに強制的に立たされていたのだ。

 

全てを理解した私は驚愕の表情を作る。その時だ。

 

「若様っ……!」

「っ……!?」

 

 ノルドグレーン中尉に押し倒され、ギリギリで私は自身に向かうクロスボウの矢を避ける事に成功する。

 

「怪我はっ……!?」

「大事ないっ!それよりも………!」

 

 クロスボウはその構造からして次弾装填に時間がかかる。通常複数人で矢継ぎ早に撃つかその隠密性を利用して一人ずつ時間をかけて仕留めるのに利用される。

 

 そして恐らく敵は少数、それが発見されたとすれば次の選択肢は撤退するかあるいは……!!

 

「来るぞ……!」

 

 暗闇の中、突如として山刀を手にし、断熱素材を用いた迷彩服を着こんだ帝国兵が現れる。その頭部を見れば暗視装置の赤いレンズが虫の眼球のように怪しく輝いていた。山刀の刃が地面に倒れる私と中尉に振り下ろされる。

 

「若様っ!避難して下され!」

 

 横合いから戦斧を持った男が踊り出て私と中尉に向かう帝国兵の山刀を止めた。

 

「オルベック准尉……!!」

「お早く……!!」

 

 必死に帝国兵と鍔迫り合いをする准尉は私に向けて叫ぶ。

 

「だが………!」

「若様っ!」

 

 ノルドグレーン中尉が私の手を引いて半ば力付くで引っ張った。そこで漸く私は遠くから複数の人影がこちらに、向かってきているのを発見した。最低でも一個小隊はいそうだった。

 

「くっ……」

 

 私は苦渋を滲ませた表情を浮かべ数秒程葛藤し、最後は副官に従った。

 

複数の銃声が漆黒の森の中に響き渡った………。

 

 

 

 

 

 

 深夜の森の中で銃声が絶え間無く鳴り響き、ブラスターの閃光が飛び交った。

 

「くっ……数が多い……!!」

 

 オルベック准尉によって逃がされた私と副官はしかし途中別の敵兵と遭遇、木陰に隠れて手元のハンドブラスターで同じように向かい側の木々に隠れる敵兵と銃撃戦を継続していた。

 

 そう、帝国軍の襲撃である。数にして最低でも一個小隊、多くて二個小隊といった所か。少なくとも今我々が対峙している帝国兵は然程練度は高くない。宇宙軍の臨時陸戦隊であろうか……?だが先程襲いかかってきた帝国兵はかなり練達した兵士のようにも見えた。個々の兵士の技量に差がある?寄せ集め部隊であろうか?

 

「どちらにしろ……っ……!これは流石に厳しいか……!!」

 

 毒づきながらハンドブラスターで闇夜の中発砲する。銃声やブラスターの光筋から敵兵の位置を推測しての発砲である。

 

「ぎゃっ……!?」

 

 苦し気な悲鳴が闇の中で鳴った。幸運にも私の発砲が帝国兵を負傷か射殺したようだった。

 

「ちぃっ……!!」

 

 だが、すぐに報復するかのようの数倍する銃撃の嵐が私に襲いかかって来る。未だにぬかるんだ泥に身を伏せて私は耐えしのぐ。

 

 このままではじり貧だ。そんな事を内心で考えていると漸く少しだけ幸運の女神が私に愛想笑いを振り撒いた。

 

「なんだっ!?ぎゃぁっ!!」

「新手だっ……!がっ!?」

 

 我々と銃撃戦を繰り広げる帝国兵達が困惑と悲鳴の声を上げる。何発かの銃声が響き渡るとそれ以上こちらに向けて攻撃が来る事は無かった。

 

「若様っ!!御無事でご座いますか……!?」

「ベアト……!それに大尉か……!!」

 

 暗闇の中から現れたのは着の身着のままの姿にブラスターライフルやハンドブラスターを手にする数名の兵士である。その先頭にはベアトとクイルンハイム大尉の姿が見えた。

 

「御無事で何よりで御座います。若様、火急の事で申し訳御座いませんが今すぐに避難の準備を御願い致します……!!」

 

 私の下に駆け寄ったクイルンハイム大尉が必死の形相で私に具申をする。

 

「避難というが……それこそこの数だぞ?」

「我々が血路を開きます。問題は御座いません」

 

 それは捨て駒となる事と同意であるのだがクイルンハイム大尉は平然と宣う。その姿が一瞬連隊幕僚長であったクラフト少佐と被る。

 

「………」

「御当主や奥様、それに妹君と御婚約者様のためにもどうか一時の恥を忍びどうか……!」

 

 私が即答しないのを身内からの外聞を気にしているのとでも思ったのかクイルンハイム大尉はそう私に進言する。だが私が内心で考えていたのはそんな事ではない。

 

(やはり『私』と『彼ら』とでは命の価値が違う訳だな……)

 

 佐官である事や機密に触れている事もあるだろう、だがそれ以上に『私』であるが故に私は大尉達とは生命の値段が違うのだと思い知らされる。

 

「若様、どうぞ御決断を……!」

 

 ベアトも同じく苦渋の表情で逃亡を進言する。同じように私が逃げるのを嫌がっているとでも思っているのだろう。

 

「……今更一度逃げるのも二度逃げるのも同じだな」

 

私は一人で呟くように答える。

 

「分かった。ここは撤退しよう。だが私だけではなく可能な限り全員で撤退するぞ。悪いが私だけでは迷子になる所か餓死しそうだからな?」

 

 半分程ふざけるような口調で私は答える。尤も、言葉とは裏腹に口調は震え、表情は悲壮であったが。

 

「……それでは行きましょう」

 

 クイルンハイム大尉は生存し、かつ合流・移動が可能な者達だけを集めて帝国軍部隊の強行突破を計画する。集まった兵士は一二名であった。残りは戦死したかどこにいるか分からない者である。

 

「私は残りましょう」

 

 そう語るのはノルドグレーン少佐であった。ぜいぜいと肩で息をする少佐にとって全速力で走り帝国軍部隊を突破して逃亡するのは体力的に困難であった。彼のほか負傷兵二名も残留を希望する。

 

「分かった」

 

 私は一瞬葛藤するが彼らが全体の足手纏いになる事は明らかである事も、私が指揮官として苦渋の選択をしなければならない事も理解していた。だから端的にそう承諾の返事をしてから命令を追加する。

 

「少佐、暫く抵抗したら降伏しろ。こんな詰まらん所で死なれたら敵わん。責任は私が持つ。分かったな?」

 

 どこまで効果があるのかは分からない。だが言わないよりはマシな筈であった。

 

「……御武運をお祈り致します」

 

 ノルドグレーン少佐は恭しく敬礼をした後親族である中尉の方を見やる。

 

「お嬢様、どうぞ御無事であります事を……」

「少佐、貴方の一族と伯爵家への貢献は私から御報告致します。どうぞ後顧の憂い無く戦って下さい」

 

 深々と頭を下げる少佐に対して、ノルドグレーン中尉は言葉こそ丁寧ではあるが明らかに上位者としてそう少佐に伝える。ようは死ぬなり捕まるなりした後の身内の事は面倒見てやるから我々が逃げるまで命令通り戦え、という事だ。

 

 いや、これとて恐らく私が最初に降伏を許可する発言をしたから穏当に言い直したのだろう。本来ならば死ぬまで足止めしろ、と言うつもりだったかもしれない。

 

 どちらにしろ………もう余り時間はない事だけは確かだった。

 

「早くお行き下され……!」

 

 ブラスターの光筋が我々の近くを通り過ぎると少佐達が叫びながら帝国兵に向けて発砲を開始する。

 

「よし、私が先導する。旗持ち!連隊旗を奪われるなよ!若様、護衛の御側から離れぬように御願い致します……!」

 

 そう私に忠告をした後、火薬式ライフルを手にしたクイルンハイム大尉が先頭になって我々が森の中を駆け始めた………。

 

 

 

 

  

「あっちに逃げたぞ……!!」

「逃がすなっ!足止めしろ……!!」

 

 臨時陸戦隊の部下達が暗い森の中で叫ぶ。哨戒小隊長の「金銀妖瞳」の中尉はその声に一瞬だけ視線を向け、再度正面を見つめる。

 

「どうした?もう終わりか?何なら降伏しても良いぞ?貴官は良く戦った。階級に準じた捕虜として厚遇するがどうか?」

 

 銀河帝国宇宙軍中尉オスカー・フォン・ロイエンタールは陸戦隊員用の軍装に猟兵のように山刀を構えながら優雅な物腰で呼び掛ける。

 

 一方、相対する反乱軍兵士は疲労困憊の様子で苦悶の表情を浮かべる。ぜぇぜぇと肩で息をし、横腹からは赤い染みが軍服全体に広がる。しかもロイエンタールとこの瀕死の敵兵の周囲には一個分隊の帝国兵が警戒するように囲む。

 

 瀕死の重体……一目でそれが理解出来るだろう。しかしそれでも強い意志のこもった眼差しで中年を過ぎ初老に差し掛かろうとする准尉は震える手を抑え戦斧を構える。その闘志は怪我と負傷でも衰えず、その技量は十分過ぎる程に脅威だった。実際手負いだと油断したロイエンタールの部下二名は上司の警告を無視してこの重傷者に襲いかかり見事にヴァルハラに直送させられていた。

 

 何とも勇敢な武人だ、とロイエンタールは思う。それに優秀だとも思う。

 

 ロイエンタールが目の前の反乱軍兵士に対して優勢なのは必ずしも才能の差だけではない。奇襲を加えた側としての装備と精神的余裕の差、そして年齢の差である。恐らくは身体能力の最盛期であろう若い中尉に対してもう一方はそれをとっくに過ぎ去った初老の軍人である。経験の差はあろうともそれは多くの場合戦闘開始前の準備と駆け引きにて活用されるものだ。今回のように機先を制された場合意味がない。

 

 寧ろ圧倒的優位にありながらここまで粘られた事に、素直にロイエンタールは感心していた。地に足をつける陸戦は決して優雅ではないし好ましいとは思わないが、このような勇者と戦う事が出来るのならば悪くはない。実際一度は頭に戦斧の一撃を受けかけて装備していた暗視装置を吹き飛ばされてしまった程だ。あそこまで生命の危機を感じたのは軍人になってから五回もない。

 

 ……故に彼は目の前の勇者を哀れむ。そのような戦士が今まさに捨て駒にされようとしているのだから。

 

「上官を庇って戦うのは感心するが……あのような人物が上司とは不運なものではないか?」

 

 奇襲を受けるのは仕方無いにしてもその後の対応が悪い。迎撃するのか避難するのかぼさっと立ち尽くしながら迷い、しかも最後は女性であっただろうか?副官に先導される形で逃げ去った。上官としては……少なくともロイエンタールにとっては上に持ちたくないタイプの人物であっただろう。故に目の前の戦士に対してもある種の同情心から慈悲をかけたつもりであったが……次の瞬間、深手を負った勇者はロイエンタールに最大級の敵意を向ける。

 

「今すぐその卑しく無礼な口を閉じるが良い、成り上がりの帝国騎士よ。若様に対するこれ以上の暴言はその命を持って償ってもらうぞ……!!」

 

 手負いの獣のように荒々しい口調でオルベック准尉は警告する。

 

「成る程、やはりか……」

 

 これまで戦いながら収集した情報から見当はついていたが、この反応で確信する。ただの反乱軍兵士ならば上官の罵倒程度でここまで怒りを表すなぞ有り得ない。これは明らかに臣下が主君への無礼を目撃した時のものだ。即ち……。

 

「これが噂に聞く亡命軍というものか」

 

 ロイエンタールは山刀を構え直す。士官学校でその存在自体は知っていたが宇宙軍士官である自分がこんな場所でその一員と遭遇するとは流石に想像してなかった。

 

「となれば先程のは大方爵位持ちと言うわけか。いやはや、反乱軍の下でも門閥貴族は門閥貴族と言うわけかな?」

 

 嘲笑を含んだ口調で小さく冷笑する金銀妖瞳。彼は宮廷闘争に敗れ帝国から逃亡しても尚自らの権力を手放そうとしない亡命貴族達に対してある種の滑稽さすら感じていた。

 

 

「共和主義を奉じていても性根は変わっていないようだな?実力も覚悟もなく、戦場に女を連れ込んで危険になれば部下を置いて逃げるとは、卿もあのような主君の世話役とは不幸なものだな?」

「貴様、殺すぞ……!」

 

 これまでになく明確かつ感情的な殺気が向けられる。しかしその事に驚きも意外性も無かった。従士とはそういうものである事は同じく下級貴族の世界に生きるロイエンタールは知っているし、この場合敢えて相手に精神的に優位に立つために挑発した側面がある。無論、半分以上は本音が混じっているのだが……。

 

 オルベック准尉は残る体力を総動員してロイエンタールに襲いかかった。最早怪我でこれ以上身体が持たない事は自覚していたし、目の前の男の能力が(不本意ではあるが)極めて危険であることも理解していた。何より相手が門閥貴族と知りながらあそこまで主人の暴言を吐かれる事は従士の名誉として許容出来るものではなかった。

 

「悪いが終わらせてもらうぞ。俺も折角の武功の種を逃したくないからな……!」

 

 一瞬の事であった。駆け出しながらロイエンタールに向けて振り下ろされたオルベック准尉の戦斧は次の瞬間には空を切っていた。すぐに准尉は戦斧の柄の部分で右側から振られた山刀の一撃を防ぐ、が……。

 

「ぐふっ……!!」

「悪いが、一本だけで戦う程俺はフェアじゃない」

 

 次の瞬間、山刀を捨て准尉の懐に入っていたロイエンタールは腰のコンバットナイフを振った。首元から血の雨を噴き出した初老の従士は暫く若い帝国騎士を苦々し気に見つめる……だがすぐに吐血して無念そうに泥の地面にゆっくりと倒れた。 

 

「ふっ……」    

 

 強敵を破ったロイエンタールは、コンバットナイフにこびりついた血液を払うと鞘に戻す。

 

「中々苦戦していたようだな?」

 

 後方からの声に振り向けば、そこに蜂蜜色の髪に小柄な青年将校が佇む。ロイエンタールは彼の事をよく知っていた。

 

「ふっ、これまで相手をした中ではかなりの手練れだったからな、状況次第では俺の方が死んでいただろう」

「それほどか」

「ああ、それなりに名のある武門系従士の出身だろうな。技量もそうだが戦闘における心構えもなかなかのものだった。挑発しなければもう少し手間取っただろうな。それで……」

 

 一旦足元に転がる敵兵を見やり、再度親友でもある同僚に顔を向けるロイエンタール。

 

「その様子だと逃がしたのか?」

 

 今回ロイエンタールの小隊はオルベック准尉を始めとした居残りして抵抗する反乱軍を、ミッターマイヤーの小隊は離脱を図る反乱軍の退路を塞ぐ手筈であった。その退路を断つ筈の同僚が此処にいると言う事は………。

 

「おいおい、そんな目で見るなよ?俺が逃がした訳じゃない。リーヴァンテイン少佐が手柄をかっぱらおうと横槍を入れてきたんだよ。俺の小隊は途中から御払い箱さ」

「その言いようだと逃がしたのは否定しないんだな?」

 

 肩を竦ませるミッターマイヤーを揶揄するようにロイエンタールは指摘する。

 

「何人かは仕留めて残りも四散させたのは確からしい。まぁ二個中隊使って包囲殲滅出来ないのは呆れるべきか相手の練度を褒めるべきか……」

 

 恐らく両方であろう、とロイエンタールは内心で思う。あの逃げた若い士官は恐らく亡命した門閥貴族の出であろう。門閥貴族の強みを同じ貴族階級としてロイエンタールは良く理解していた。文字通り命を懸けて従う優秀な部下を幾らでも用意出来る事があの堕落した特権階級の一番の強みである。幾ら金を積もうとも実力と忠誠心を兼ね備える人材を用意するのは常人には簡単な事ではない。

 

「まぁ良い。結局少佐は取り逃がした訳か。……だが、これはこれで好都合だな」

 

 そこまで言って何かを思いついたようににやり、と不敵な笑みを浮かべる一等帝国騎士。

 

「どうだ?悪趣味と思うかも知れんが、一つ狐狩りならぬ貴族狩りでも経験してみないか?」

 

 そして貴族が友人を猟園での狩猟に誘うような楽し気な、しかしどこか意地の悪い表情でオスカー・フォン・ロイエンタールは庭師の息子にそのように提案したのだった……。




双璧のキャラ書くのが地味に難しい……。

今月中に多分後一話更新出来ると思います。

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