帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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悲報、四月以降少し忙しくなるので更新が遅れるかも
頑張って遅くても週一位は更新します

謝罪として後日二つ程設定資料(殴り書きを少し修正したもの)を一話の前に投稿します
4月4日9時 帝国身分制度・文化についての資料(仮)
4月7日9時 帝国政府官庁組織(仮)

殴り書きなので後である程度修正すると思いますが御容赦下さい


第百十九話 主人公よ、これがらいとすたっふルールを挑発した報いである

『ガルーダ・リーダーより各機、地上観測部隊が二時方向より光を観測、数八……奴さんのお出ましだ』

 

 日の出前のエル・ファシル東大陸西部山岳地帯の空を同盟地上軍航空軍所属のクルセイダー大気圏内戦闘機の編隊が翔る。地上で凄惨な戦い……特にとある星道を巡る激戦……が続く中、彼らは近接支援攻撃と友軍上空の制空権確保のために前線に向かおうとして、案の定それを阻止せんとする帝国軍の迎撃を受けようとしていた。

 

 万を超える艦隊が宇宙空間で会戦を繰り広げ、低周波ミサイルによる軌道爆撃で半径数キロの空間を焼き尽くされる中、空軍の存在価値がどれほどあるのか?と問われるのは当然の事であろう。だが現実は、大気圏内航空機は費用対効果の面でいえば寧ろ極めて安上がりな存在と言えた。

 

 軌道爆撃も万能ではない。寧ろ不用意に近づけば地上の防宙網により巨額の費用をかけて建造された戦艦があっけなく撃沈される事も珍しくない。地上に備え付けられた防空レーザーやエネルギー中和磁場発生装置、あるいはそのエネルギーを供給する核融合炉は艦船用と違いサイズの制約が緩いためより高出力であり、しかも宇宙艦艇と違い全方位に向けて警戒しなくても良いのだから、下手すれば寧ろ地上の方が有利な場合すらあった。

 

 そうなると危険を冒してまで軌道爆撃を行うのは費用対効果の面で大幅な赤字となる。しかも軌道爆撃は威力や範囲が大きすぎて細やかな地上部隊の支援には使いにくい面もあった。

 

 大気圏内航空機はその面において地上部隊とより緊密な連携が期待出来たし、また航空部隊による宇宙艦隊に対する攻撃は思いのほか脅威にもなり得る。

 

 徹底的にステルス化し、小型化されている大気圏内航空機が雲の中に隠れてしまうと衛星軌道からでは発見が困難だ。大気圏内防宙攻撃機等は大型対艦ミサイルを備え雲下や渓谷地帯に隠れながら不用意に近づく宇宙艦隊に奇襲のミサイルを撃ち込む。艦隊戦では対艦ミサイルは最短でも数光秒の距離で発射されるが、大気圏内から防宙攻撃機の撃ち込むそれは一光秒の距離もないだろう。

 

 多くの場合そんな近距離からの攻撃に対応する時間は皆無であり、このような奇襲攻撃で撃沈される宇宙艦艇も少なく無かった。仮に一個飛行隊の犠牲と引き換えに一隻しか撃沈出来なくても犠牲者の数でも費用の面でも恐ろしいまでに費用対効果が良いと言えるだろう。無論対ゲリラ戦や偵察、輸送の面でも普通に利用される。航空軍は宇宙軍や陸上軍、水上軍と共に帝国や同盟の軍事作戦を支える大きな支柱であった。

 

『ガルーダ・リーダーよりスカイアイ・ワン、レーダーでは確認出来ない。そちらは捕捉可能か?』

『スカイアイ・ワンよりガルーダ・リーダー、こちらも大出力で妨害を受けている。いつも通りだ、諦めろ』

『シットっ……!』

 

 航空隊隊長は約三〇〇キロ後方に控えるAWACSからの連絡に舌打ちをする。

 

 決してクルセイダー大気圏内戦闘機、あるいは後方を飛ぶセンチュリー早期警戒管制機のレーダーが不良品と言う訳ではない。仮にこれが同盟外縁部での任務であればクルセイダーも、センチュリーもそれこそ一〇〇〇キロ先の小鳥すら簡単に発見してみせるだろう。

 

 電子機器と索敵装置、そしてそれに対抗するための妨害装置やステルス化処理の技術は既にその技術的限界に達しつつある。同盟軍がありとあらゆる方法で索敵し、帝国軍はありとあらゆる方法でそれを妨害する。結果として双方共最も確実な発見方法は目視、あるいは光学カメラによる発見という滑稽な事態になる訳だ。宇宙暦8世紀の大気圏内における空戦は西暦20世紀中期の如きドッグファイトが主流となってしまった。

 

 そんな訳でガルーダ隊の面々は操縦席から目を皿のようにして周囲を捜索する事になる。ヘルメットに備え付けられたディスプレイのお蔭でやろうと思えば本来影となる真下や後方すらカメラとセンサーで確認する事が出来た。

 

『こちらガルーダ・シックス!今雲の中……九時方向の雲海で何か見えました……!』

『何ぃ?本当かっ?』

 

 ガルーダ・リーダーはほんの五か月前に任官した新米パイロットの言にしかし嘘臭そうに答える。

 

 この新米パイロット、話によると実家は『長征一万光年』にも参加した旧家と言う。だが息苦しい実家に反発するように不良になり、何やら事件も起こした前科持ちであるらしい。そして家では腫れ物扱いされ、家族に更正と厄介払いも兼ねて軍専科学校に叩き込まれたという。元々は扱きの厳しい歩兵科だったのが偶然教官から適性を見出だされて航空科に転化した珍しい経歴の持ち主らしいので才能はある筈だが……編隊長からすれば然程期待している訳でもなく、臆病風に吹かれて何かを見間違えたのでないかと疑う。

 

 だが次の瞬間、彼もまた厚い雲の隙間に地平線の先から届く朝日に反射する何かを一瞬視認した。そして同時に編隊長は目を見開き無線機に向けて叫んだ。

 

『……!各機回避運動……!』

 

 その言葉と同時であった。雲海から二十はあろう、雲を引く何かが飛び出して来た。それが帝国航空軍の使う短距離空対空ミサイルである事を確認すると共にクルセイダーの編隊は殆ど自動でチャフとフレアを吐き出し、三種類に及ぶ妨害電波を放った。

 

 クルセイダーのパイロット達は近距離から放たれたミサイルを恐ろしい機動で回避していく。アクロバット飛行に詳しい者がいればそれがインメルマンターンであり、バレルロールであり、あるいはローリングであり、ひねり込みである事を把握できたであろう。各種の妨害と凄まじい機動による回避によりパイロット達はミサイルの追跡を次々と振り切る。

 

 どれも簡単に出来る回避運動ではない。もし航空機黎明期のパイロット達が見れば見惚れたか、あるいは驚愕した事であろう。しかし、それはこの同盟軍のパイロット達の才能と技量が隔絶しているからではない。

 

 大気圏内航空機と言っても最早西暦時代と宇宙暦時代のそれとでは古代の木造ガレー船と核融合炉搭載型大型空母程違う。マッハ二桁すら出す事の出来る高性能エンジンとそのエネルギーを支える小型簡易核融合炉、カーボンナノチューブを超える強度を持つEカーボンの機体素材は瞬間的に襲い掛かる凄まじいGにも耐えて見せるし、機体自体にも簡易慣性制御装置、機体制御・パイロット補助用簡易AI、パイロットスーツもまた12Gまでならば問題なく耐えきれるパワードスーツ機能も持つ対Gスーツである。そしてそれらを万全に活用出来る洗練に洗練を重ねて発展した効率的な訓練・教育内容……それらの集合体がマッハ8で襲い掛かるミサイル群を余りにも無茶に思える軌道で避け切るこの光景を生み出していた。

 

 無論、だからとって誰もが平然と避け切る事が出来る訳でもないのも確かだ。

 

『ぐおっ……!?』

『ちぃっ、世話が焼ける餓鬼め……!!』

 

 しつこくミサイルに背後を突かれたガルーダ・シックスを見かねたガルーダ・リーダーが素早く割って入りガンポットのウラン238弾で新米の尻に食らいつこうとする二発の対空ミサイルを撃破する。

 

『た、隊長……!助かり……』

『礼なら後にしろポプラン!来たぞ……!』

 

 そのガルーダ・リーダーの指摘と同時に雲海より躍り出るのは帝国航空軍(ライヒス・ルフトヴァッフェ)のBe171シュヴァルベ大気圏内戦闘機、数は八。

 

『つまり待ち伏せってことか……!地上の奴ら後でぶっ殺してやる……!』

 

 罵倒の声を上げるガルーダ・リーダー。そう言っている間に空戦は双方入り乱れる乱戦へと移行する。クルセイダーはドッグファイトに向けてハードポイントのJDAMを放棄してその戦闘に参戦する。

 

 レーダーや熱探知は殆んど役に立たない。故に彼らは原始的な目視で目標を狙い、その飛行技量で背後を取り、光学カメラと簡易AIにより誘導されるミサイルを撃ち合い、ガンポッドの劣化ウラン弾をばらまいていく。

 

『糞っ……このっ……!!』

 

 ガルーダ・シックスは二機のシュヴァルベにより追いたてられていた。恐らくは最も若いパイロットが搭乗している事を見抜いていたのだろう。

 

『フェーア・ドライよりフェーア・アハトに連絡、ひよっこ、お前さんは牽制に徹しろ。私が止めを刺す』

『こちらフェーア・アハト了解しました……!!』

 

 帝国航空軍のパイロット達の間ではそんな無線のやり取りが為される。声質から見てフェーア・ドライが中年の、フェーア・アハトは随分と若い兵士のように思われた。若造をベテランがサポートする体制だ。

 

『くっ……ガルーダ・リーダーよりシックス!今そちらに行く……糞ッタレ!邪魔をしてくれる……!!』

 

 同盟軍の編隊長は二対一となった新米の援護に向かおうとするがかなり熟練なのだろう帝国軍のパイロットに妨害される。

 

『シックス……!今そっちに……うわっ……』

『ガルーダ・フォー……!!』

 

 焦って助けにいこうとしたガルーダ・フォーが背後からミサイル攻撃を受け爆散する。パイロットは直前に脱出に成功したのが幸運だった。最も、彼が生きて味方の下に戻れるかはまだ分からないが。森の中では帝国軍の猟兵達が蠢いている。

 

『ぐっ……舐めるなよコンチクショが……!!』

 

 後方からひっきりなしに襲いかかるガンポッドからの銃撃に舌打ちするガルーダ・シックスはしかしその内心では全神経を集中させてタイミングを見計らう。支援を命じられているフェーア・アハトがしかし集中し過ぎているのか、支援と言うには余りにも前のめりになって攻撃してくるのを彼は気付いていた。

 

『焦るなよ……焦るなよ……今だ……!』

 

 何度も襲い掛かる銃撃を寸前で回避するガルーダ・シックスに痺れを切らしたのだろう、フェーア・アハトが五度目の支援攻撃に深入りした瞬間ガルーダ・シックスは機体を一気に上向きに傾けた。

 

『っ……!?』

 

 マッハ八・五で飛行していた機体は角度を九十度まで跳ね上げ、それによる空気抵抗により急速にその速度を低下させる。俗にプガチョフ・コブラと呼ばれるアクロバットである。その急激な減速の前に二機の帝国軍機はガルーダ・シックスを追い抜いて背後を晒す事になる。

 

『ぐぐぐぐっ………!!?も、貰った……!』

 

 襲い掛かるGと平衡感覚との戦いに勝利したガルーダ・シックスのクルセイダー戦闘機は機体を水平に戻し、必死に射線上から逃れようとするシュヴァルベに照準を合わせる。

 

『回避しろベックマン……!』

 

 恐らくは帝国側の編隊長であろう、帝国公用語の悲鳴がガルーダ・シックスの無線に割り込んだ。それと同時だった。ガルーダ・シックスより毎分八八〇〇発の速度で撃ち出されるウラン238弾が吸い込まれるように帝国軍戦闘機に命中する。一発だけではない、何発もだ。

 

母さん(ムッター)……!』

 

 フェーア・アハトことカール・ベックマン帝国航空軍曹長は次の瞬間操縦席にねじ込まれた高温の劣化ウラン弾により身体の左半分が吹き飛んで即死した。その二秒後には蜂の巣状態になった機体が空中で分解するように四散し、そのまま爆散して青々しい空を黒く染め上げた。

 

『良くやったぞガルーダ・シックス!帰ったら一杯奢ってやる……!』

 

 喜色を浮かべてそう言い放つのは編隊副隊長ガルーダ・ツーことデイビス准尉である。新米が足手纏い所か予想外の大金星を挙げた事を心から喜んでいるようだった。

 

 一方、帝国航空軍(ライヒス・ルフトヴァッフェ)の方は先手を取ったにも関わらず逆撃を受けて戦意を挫かれたのか、編隊を組んで戦闘空域から急速に離脱する。

 

『いや、違うな……』

 

 ガルーダ・リーダーは逃げるように撤収する帝国軍機を見つめながらそれを否定する。奴らはその任務を十全に果たしていた。地上支援に向かおうとしていた彼らは、帝国航空軍(ライヒス・ルフトヴァッフェ)の攻撃を前に爆装を捨て、空戦で燃料と体力と時間を空費した。

 

 このまま支援予定空域に向かっても恐らく効果的な支援は望めない。お蔭で殆ど悲鳴に近い口調で航空支援を望んでいる地上の友軍はもう暫く苦しい戦いを強いられ、多くの無駄な犠牲を払う事になるだろう。彼らは二機の犠牲と引き換えに地上軍への爆撃を阻止したのだ。同盟軍は戦闘では勝ったが戦術的には敗北したといっても良い。

 

『隊長、迫撃は良いのですか……!?』

 

 ガルーダ・シックスの要請にガルーダ・リーダーは注意する。

 

『若造、白星だからって調子に乗るなよ?……恐らく地対空ミサイルがこちらを待ち構えてやがる』

 

 奇襲をかけたのは帝国軍の方だ。退避する方向は事前に想定していただろうし、当然そうなれば追撃に備えて地上では逆撃のため待ち伏せしている部隊が隠れているだろう。追えば恐らく殺られる。

 

『司令部に連絡、爆撃任務は中止だ。基地に帰投する。ああ、落っこちたフォーの回収に救難部隊を要請せんとな。……おい、未練がましいぞポプラン伍長、命令だ』

 

 ガルーダ・リーダーはこれ以上の任務継続は無意味であると判断し、部下達に命じる。部下達はその命令に従い編隊を作り来た方向に急いで戻っていく。

 

『……了解しました』

 

 新米のガルーダ・シックスだけは少々名残惜しそうにするが……最終的には命令に従って編隊に復帰する。

 

『ふっ……』

 

 ガルーダ・リーダーは不敵な笑みを浮かべ、その新米の行動を内心で褒めた。戦果を挙げて舞い上がってはいるが己惚れずに命令に従う事が出来た。恐らくはこのパイロットは比較的長生き出来る事だろう。編隊長は機首を航空軍基地に向けながら若い部下の行く末を祈ってやった。

 

 こうして一つの戦いが終わる。戦略的には無価値なこの空戦はこのエル・ファシルの地上戦で発生した六〇〇〇回を超える多種多様な航空戦の事例の一つに過ぎず、ここで発生した犠牲者の名前も後世に伝わる事は無いだろう。

 

 そう、例えこの戦いによりどこかの老夫婦が息子を失い悲嘆にくれたとしても……。それがこの一五〇年続く大戦争の残酷な一側面であった………。

 

 

 

 

 

 

 目覚めて最初に感じたのは肌寒い空気と毛布の心地よい温かさであった。

 

「んっ……ここは……ああ、そうだったな」

 

 私はどこか埃っぽい空気に次第に意識を覚醒させる。そうだった、ここはハーフトラックの荷台だった。確かエル・ファシルの夜の空気に当てられて風邪をぶり返さないように慌てて荷台に戻ったのだったか。

 

 漸く私のぼやけていた視界が少しずつ輪郭を取り戻していく。私のために下にシーツを何枚か重ねて敷かれ、毛布は寒さに備えて三枚も用意されていた。荷台は暗い。私は洋燈を探して暗闇で手を伸ばす。

 

「ん?……これじゃないな。どこだ……?」

 

 毛布、シーツ、恐らくは何かの缶詰、良く分からないが柔らかい物、そして漸く私は洋燈の電源をつけて内部を照らし出した。

 

 ………そして白い下着だけで毛布にくるまりすやすやと小鳥のような寝息を立てるノルドグレーン中尉を発見した。

 

「………よしよし待て、落ち着け。まだ早まるな。一旦状況を整理しよう」

 

 私は自身と抑止力的な力の気配(らいとすたっふルール)の双方によくよく言い聞かせるように呟く。

 

 そうだ、私はハーフトラックの荷台で毛布にくるまり眠りについた。その際、副官であり付き人でもある従士は傍らで護衛任務に就いていた筈だ。

 

 この時点で私は副官に手をつけてないし、服を剥いでもいない(筈だ)。無論、途中何度か寝惚けながら起きたがすぐに眠りについた。可笑しな事は何もない。そうないのだ。

 

「……じゃあ、何でこうなっているんだよ?」

 

 というかこれヤバくね?アレだよアレ、何お前こんな緊急事態で懇ろしているんだよ案件じゃねぇかよ。完全にどら息子ですよ、馬鹿なの死ぬの?というよりも副官起きたり他人に見られたらこれ危なくね?

 

「……綺麗な髪だな」

 

 そういって私は副官のサラサラとしたブロンドの髪を触れるか触れないかの距離で撫であげる。額の傷は……もう塞がっているらしい。傷が浅くて良かった。

 

 ………おう、現実逃避しているんだよ。悪いか?……うん、悪いよね?

 

「……お褒めに預り光栄で御座います」

 

 そしていつの間にか起床していた従士が髪に触れる私を見つめていた。おう、大体予想出来てたぞ。こういう時に話を聞かれるのは御約束だからね、仕方無いね。

 

「んんっ……!若様……はぅ、御早う御座います。良くお休みになられましたか?」

 

 眠たげな表情で毛布から上半身を起き上がらせ、小さく背伸びした後欠伸を噛み殺して微笑みながら副官は私に尋ねた。当然ながら背伸びなんかすれば胸元やら脇やらが否応なしに強調される事になる。見慣れていないと目の毒だ。

 

「……ああ、一応な」

 

 恥ずかしがる事もなくそんな態度で呼び掛ける副官に私は若干伏し目がちに、短くそう答えた。

 

 正直、中尉の下着だけの姿なら良く見ているので今更ではあるのだが(これはこれで問題ではある)、やはり平然と直視出来るかと言えば視線を泳がせたくなる程度には憚られる。

 

 ……ちらりと視線を戻してみる。ベアトより年下の筈だがその良く似た顔立ちは端正でどこか大人びているように思える。若干薄い金髪は洋燈に照らされ輝き、紅い瞳は紅玉のように鮮やかな光を放つ。身体の方は白く透き通り、緩やかな弧を描く豊かな双丘に細い括れた腰、丸みのあり引き締まった臀部とふくよかな太股の組み合わせは女性的魅力という面では申し分はなかった。

 

「……それで?私の記憶が間違っていなければ中尉のその出で立ちは少々この状況では不適切と思われるが、どうかね?」

 

 私は丁寧に、平静を持って、紳士的(であると思いたい)な態度で副官に尋ねる。

 

「……あぁ、そういう事で御座いますか?」

 

 若干重たげな瞼を開く副官は私の態度に僅かに沈黙し、続いて合点がいったように恭しく答える。

 

「当初は就寝中の護衛として起床していたのですが……一度若様が目覚めて寒いと仰りまして、毛布を温めるために中に入らせていただきました」

「ブッダファックっ!!」

 

私じゃねーかよ発端っ!!

 

「いや待て、毛布を温めるだけならばその姿になる必要はない。その点の説明はしてくれるだろうな?」

 

「二度目のお目覚めになられた後、まだ寒いと仰りましたので……もっと温めろとの御命令でしたので人肌でやらせて頂きました。……御迷惑でしたでしょうか?」

「あー……うん……さいですか………」

 

 淀みなく答えるノルドグレーン中尉。言っている言葉に嘘があるとは思えない。ストーブ等の電気ないし火器製品は火事の元になるし、電力や燃料面の節約も必要なので自身を使ったのだろう。私も寝惚けたままそんな事を言った記憶がある……気がする。

 

 そこに不安そうにこちらを伺う従士の視線を加えたら流石に私もそれ以上問い詰める事は出来なかった。元より中尉には負い目もある。こちらの命令に従っただけでここまで責められる道理はない……と思う。

 

「……取り敢えず服を着たらどうだ?この寒さだ、中尉も風邪を引きかねん」

「承知致しました、それでは少々失礼致します」

 

 私は誤魔化しの意味も込めて取り敢えずそう命じる。中尉は下着姿のままで恭しくそう答えると傍らに折り畳んでいたタオルと軍服に手を伸ばす。まずタオルで寝汗を拭いてから服を着込むつもりのようだった。

 

「若様、朝で御座います。お目覚め下さいませ」

 

 コンコン、とハーフトラックの荷台の搬入口の扉をノックしてそう呼びつける声が響く。嗄れた声の主は恐らくノルドグレーン少佐だ。

 

「……ああ、起きている。今支度中だ。少し待っておいてくれ」

「支度中で御座いましたか。では世話役を幾人か今からそちらに……」

「いや、いい。こちらでやれる」

 

 今の状態でそんな事されたら困るので速攻で私は却下する。

 

「ですが……」

「少佐、私がおりますので問題御座いません。用具だけ持ってお待ち下さい」

 

 助け船を出したのはノルドグレーン中尉であった。扉越しに少佐に向けてそう答える。

 

「お嬢さ……ノルドグレーン中尉ですか。承りました。それではそのように」

 

 恭しく承りの返事をし、足音と共に少佐が立ち去るのが分かる。

 

 少佐と中尉の立場上、上司の筈の少佐が敬語を使い素直に引いたのは家柄からであろう。中尉はノルドグレーン従士家の本家筋、私の前では世話役だが実家では逆に世話される側だ。ノルドグレーン少佐にとって中尉は階級は下であっても本家の御嬢様であった。

 

「あー、済まんな」

「いえ、お構い無く」

 

 手間を取らせた事に軽く謝罪するが釦をとめていないカッターシャツ姿のノルドグレーン中尉はにこり、と笑みを浮かべて問題ないと答える。

 

 カッターシャツとズボンを着た中尉が私の身支度を始める。外で控えていた少佐と従兵より洗面器や櫛を受け取り私の世話を始める。

 

 粗方の支度を終えた頃、外が少し騒がしくなるのが聞こえてきた。

 

「何事でしょうか?」

 

 私と中尉がハーフトラックから顔を出せばその理由が判明した。

 

 オルベック准尉が数名の兵士達と共に仕留めたのだろう、大の豚を背負って運んできたからだ………。

 

 

 

 

 

 

 

「熟成したいですが時間がないのでこのまま焼いてしまいましょう」

 

 オルベック准尉が獲物の皮を剥ぎ、首を切って血を抜き、内臓を切除する。その一連の動作を素早く行い比較的短く下処理を終えてしまう。部位ごとに分厚く切り落とすとある部分は香辛料を振りかけて、ある部分にはバターを乗せて?バーナーで焼いていけば豚特有の芳ばしい香りが漂う。その香りに誘われるように幾人もの部下が調理する准尉の所に駆け寄る。

 

「セレ豚とは……准尉、これはどこで?」

 

 品種改良により豚の癖に霜降り状態という高級品種のこの豚は当然野生でいる筈がない。

 

「森で見つけました。恐らくは放棄された牧場の豚でしょうな。この惑星の放棄の際、市民は手に持てる財産以外は捨てさせられましたから」

 

 エル・ファシルの脱出の際、ヤン・ウェンリー中尉(当時)は三〇〇万の市民の脱出のために星間交易商工組合や星間旅行会社、フェザーン船籍の艦船までかき集めてギリギリ席を確保する事に成功した。

 

そう、ギリギリである。

 

 当然ながら三〇〇万人分の席を一週間もかけずに用意するのは至難の技だ。手荷物は兎も角財産の大半は放棄せざるを得ない。エル・ファシルに帝国軍が揚陸した後、民家の家電製品や家具、ショッピングモールの品物等はその多くが略奪を受けたという(被害の半分は同盟政府が、残り半分はフェザーンの保険会社が補償した)。

 

 当然エル・ファシルの畜産家や酪農家も家畜を放棄した事であろう。話によると、ある畜産農家はどうせ接収されるなら、と家畜達を山や森に放り出し、帝国軍兵士達が山狩りしてそれらを確保していったとかいないとか……。恐らくオルベック准尉達が狩ったこのセレ豚もそんな一頭であろう。シエラ市の郊外では牧場が経営されていた筈だ。

 

「流石に荘園で育てる物に比べれば質は悪いですが新鮮な豚です。病み上がりからレーションばかりでは身体に悪いですからな、どうぞお召し上がり下さい」

 

 良く火が通ったのを確認した上で准尉が私に焼豚を提供する。当然のように最も希少なヒレである。胡椒をかけたステーキと言った所か。

 

 当然食べる事が出来る部位も帝国では厳格に決められている。正確に言えば複数階級が共食する場合、希少な部分は階級が高い者に優先的に提供される。この場合は私が最優先で、次いで身分と軍の階級ごとにランクの下がる部位が与えられる。

 

 周辺を当番の陸兵達が警戒する中で朝食が始まる。祈りの言葉の後に焼豚をレーションや黒パンと共に頂く。私は病み上がりもあって粥と共に頂いた。遠くで砲撃の音がするのを聞き、遠方の空に時たま長距離ミサイルが通り過ぎていくのを見物しながらゆっくりと食事をすると野営の証拠を抹消して私はハーフトラックに乗り込む。

 

 ジープと小型半無限軌道式自動車(ケッテンクラート)を先頭に、その次にハンヴィー、二台のハーフトラック、最後尾にまたハンヴィーの車列を作り、我々は山道の移動を開始した。先頭は地雷等が無いか警戒し、後続車両は対人センサー等で森の中を警戒する。襲撃に備えて各車両の間のスペースは少し広めに取っていた。

 

「やはりまだ長距離無線は使用不可能のようです」

「つまりまだ帝国軍の勢力下と言う訳か」

 

 ハーフトラックの荷台に備え付けられた簡易無線で友軍との連絡を取ろうとする通信特技兵は苦い顔で報告する。期待はしていなかったがやはり落胆してしまう。

 

「それにしてもここまで通信妨害が徹底していると関心するな。帝国軍はソフトウェアは同盟に一歩譲る筈なのだが……」

「相当の量の機材を集めているのでしょう。要塞の地下から放つ妨害電波なら移動しなくて良いので大型の設備を用意出来ますし、設備が破壊される可能性も低い上に電力も核融合炉で確保出来ます」

 

 オルベック准尉が推測する。電子戦の中においてこと無線に関してはサイバー戦と違い、必ずしもスマートに戦う必要はない。最悪全ての周波数帯に最大出力でノイズを入れてやれば良いのだ。

 

「無線を封じられ孤立無援か……カプチェランカを思い出すな」

「カプチェランカと仰いますと……」

「ああ、最初の赴任地だな。最悪だった」

 

 傍らのノルドグレーン中尉に説明するように私は吐き捨てる。

 

「ああまで不運が重なると悪意を感じたな。流石に今回はそこまで酷くはならないと思いたいが………」

「御安心下され。吾等臣下一同、全力を持って若様を御守り致す所存です」

 

 オルベック准尉が恭しく答える。私の不安を消そうと思っているのだろう。

 

「私も同じく、付き人として一命を賭しても若様を御守り致します。どうぞ御安心下さい」

 

 丁寧、品のある立ち振る舞いでノルドグレーン中尉も同意する。ここにはいないが前方のハンヴィーの指揮をしているベアトがいれば多分目を輝かせて同じような事を言うのだろう。

 

「……そうか、それは有難いな。期待しているよ」

 

 私の内心はどうあれ、相手の厚意を無碍にする訳にはいかない。私はそう返した。形式的で、この場で求められる返事を………。

 

 

 

 

 

 

 

「判断をミスしたかな……?」

 

 険しい山道を索敵を警戒しながら進まざるを得なかったために数日程過ぎた12月13日0600時早朝、山林の茂みの中、私は苦虫を数十匹纏めて噛みしめたような表情を浮かべる。電子双眼鏡を目元に持っていき拡大と彩度の上昇を調整すればレンズは内蔵コンピュータからの指示に従い三キロは離れたシエナ市郊外の様相を映し出す。

 

 エル・ファシル脱出時の混乱と帝国軍による略奪、その後一年以上に渡り放置されていたために若干廃墟と言える程荒れていた人口一五万人都市であるシエナ市、後方を襲撃される前の最新情報では最大でも一個大隊を越えないであろう程度の二線級の後方警備部隊しか観測されていなかった。それが……。

 

「一個歩兵連隊、それに……砲兵大隊ですな」

「様子を見る限りここに展開したばかりのようです。恐らくですが……このまま更に転進するように見えます」

 

 同じく茂みから双眼鏡で偵察に参加するオルベック准尉、ベアトが意見を述べる。

 

「転進か。さっさといなくなってくれるのは結構な事だが………どこが目標だ?」

 

 私は市郊外に天幕を張り駐留する帝国軍部隊から手元の地図に目を移す。携帯端末の地図を使わないのは電力の節約と光で居場所が発見されないようにだ。

 

「部隊の展開から言うと……四六七高地か?確かあそこは………」

「記憶が正しければ数日前に我が方が陥落させた筈です」

 

ベアトが即座に自身の記憶を掘り起こして説明する。

 

「少し待て、地図で確認する」

 

 そう言って私は再度地図を確認、そこには後方を襲撃される直前の敵味方の部隊位置が事細かにマーカーで記入されている。

 

「………ああ、ここだな。味方の勢力圏から突出しているな」

 

 後方攪乱は大概前線での攻勢とセットだ。となると規模は兎も角前線でも攻勢があったのは確実、場合によっては四六七高地が味方から孤立していても可笑しくない。

 

「って、待てや。あそこに展開しているのって……!!?」

 

 地図に書かれた部隊名を見れば独立第五〇一陸戦連隊戦闘団と第六五八装甲旅団を表す部隊符号がチェックされている。

 

「よりによって顔見知りとはな……」

 

 とは言え助けに向かう選択肢はない。この周辺の情況が不明なので本当に彼らが展開しているのか不明であるし、展開しているとしても我々よりはマシな筈だ。独立第五〇一陸戦連隊戦闘団は精兵の集まりであるし、第六五八装甲旅団はフェルディナント重戦車二個大隊とティーガー戦車一個大隊からなる重戦車旅団だ。しかも要塞がある。今の一個小隊に満たない我々よりも余程マシであろう。

 

「では……」

「ああ、あの連隊が去ってから行こう。態々正面からぶつかってやる必要はない」

 

 私達は気取られぬように後退していく。彼らが移動した後市内に潜入させてもらうとしよう……。

 

 

 

 

 

「ん?」

「どうした、一体?」

「いや、今何やら視線を感じてな……」

 

 そう言ってその端正な顔をした金銀妖瞳の中尉は怪訝な表情で山林の方向を見つめる。それに促させるように蜂蜜色の髪をした小柄な中尉もまた山林を見つめる。

 

「……敵か?」

「さてな、だとしても大軍とは思えんが……」

 

二人の中尉は再び市内郊外のキャンプ場を歩き始める。

 

「それはそうとまた陸戦とはな。陸戦なぞあの蒸し暑い惑星でこりごりなのだがな」

「全く同感だ。地面に足を着けて戦うのは俺も好きじゃない。どうせ戦うなら宇宙の方が良いな」

 

 惑星カキンでの熾烈な戦いを生き残った彼らは漸く本隊と合流し、前線後方……即ちエル・ファシルに転任した。そこで宇宙軍の敗残兵を再編した陸戦大隊に配属され同盟軍の揚陸作戦が始まってからも特に戦闘を経験する事なく警備任務についていた。別に戦いばかりが趣味と言う訳ではないが、こうずっと警備ばかりしていればうんざりとして来る事は否定出来ない。

 

 二人は警備大隊本部の天幕に辿り着く。警備兵に敬礼してから天幕に入る。大隊長たるリーヴァンテイン少佐の姿を捉えると二人は再度敬礼するとそれぞれ官姓名を名乗った。

 

「オスカー・フォン・ロイエンタール中尉、御命令通り出頭しました」

「ウォルフガング・ミッターマイヤー宇宙軍中尉、同じく出頭しました!」

 

 リーヴァンテイン少佐は二人の報告に頷くと命令を通達した。同時に二人はにやり、と笑みを浮かべて互いに見合わせる。

 

 命令はキャンプ場周辺の反乱軍の有無を調べる哨戒任務であった………。




地上軍の戦闘機の機動力はファイターとガヴォーク形態だけのバルキリーと考えてください、あのサーカスじみたミサイル祭りを避けながらドッグファイトしています


新元号なんだろうなぁ

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