帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百十三話 妹は二次元に限る

 銀河帝国亡命政府ことアルレスハイム星系政府の地方自治体は、その殆どが亡命した門閥貴族が領民と資金を使って開発・整備したものである。彼らは各自治体で表向きは民主的な政治を行っているものの、実情は当然のように貴族の領地経営のそれに近いものだ。

 

 ティルピッツ伯爵家とその血族が同盟への亡命と共に開拓し切り開いた、ヴォルムス北大陸のシュレージエン州もその例に漏れない。辺境星系数個分に匹敵する約七〇〇万前後の人口を有し、その七割前後が旧ティルピッツ伯爵領及びその他のティルピッツ系列の亡命貴族領の領民を先祖に持つ。

 

 かつてのティルピッツ伯爵家一門がその支配体制で殆んどそのまま移転したためであろう、シュレージエン州はヴォルムス各州の中でも五本の指に入る程に保守的で貴族主義の風潮が強い。

 

 州知事や郡長は当然伯爵家やその分家筋から輩出され、市長や町長、村長レベルでは殆どが従士家や奉公人の一族から当選している。各議会なども伯爵家とその臣下、そしてその親族ばかりと来ている。完全に只の平民や奴隷から政治家を出させるつもりはないように見えた。

 

 経済的にはコルネリアス帝の親征で主要な攻撃拠点とならなかったため、肥沃な大地は汚染される事なく農作物を育んでいる。人口は全一四州中五位、一人当たりGDPは四位、武門の家柄の領主が頂点にいるためか重工業の生産額は第三位であり、特に兵器工廠が多く小火器は勿論、航空機、車両、弾薬、更には建造ドックは流石にないものの宇宙戦艦用修繕・整備用ドックのキャパシティは二百隻余りに上る。

 

 ここまでの事を説明するだけで、伯爵家の領地の豊かさが分かろうものだ。帝国開闢以来の名門である権門四七家にして帝国軍首脳部を長年独占してきた武門十八将家の一角を占めて来たのは伊達ではない。

 

 無論、流石に帝国の諸侯であった最盛期に比べればその権勢は数分の一にまで弱体化している。それでも当主と次期当主が同時に戦死しても軍高官に一族の係累を幾人も捩じ込み、虎視眈々とその座を狙う家々から武門三家の地位を死守し、あまつさえ皇族の血を引く姫君を迎え入れる事が許されるだけの地力がティルピッツ家一門には存在した。

 

「はぁ……にしてもこの人数はいらんよなぁ」

 

 寝惚け顔で高級木材の椅子に腰掛けた私は、十名ばかりの使用人達による朝支度をさせながら(あるいはされながら)小さく欠伸交じりに呟いた。これでも大昔に比べたら少ないらしいのは笑えるね。何に使うんだよ。

 

「若様、どうぞ御起立下さいませ」

「うむ」

 

 洗顔し、髪を整えられ、同盟軍制式採用の軍靴と軍服を着せられ、執事の声に応じて起立すればズボンを恭しく上げられる。ベルトを程よく絞められ、首元にはスカーフを括りつけられる。最後に上着を新人であろう、若い女中によって恐る恐ると着せられる。帝都の別邸なら兎も角、実家に戻るのはかなり久し振りなので使用人も若く見慣れない者が多い。悲しい事に私の世話をしていたベテランの使用人達は多くが引退していた。

 

 内心で少しだけ寂しさを感じつつ、私は執事二人が運んできた立て鏡に視線を向ける。そこに映るのはいつもの同盟軍士官の制服に身を包み、無駄にこれまで手にした勲章や技能章を胸に飾り付けた私自身の姿だ。

 

「流石伯爵家の家督を継がれる身、旦那様と奥様に良く似てとても凛々しく、勇ましいお姿でございます」

 

 立て鏡を見て六十を超えた老女中の一人が染々とした表情で語る。恐らくは幼い頃の私の事でも思い出しているのだろう。

 

 老女中には悪いが、実際の所、顔と体格は両親や御先祖様の血を良く継いでいるのは事実だが、逆に言えばそれだけだ。父のように生真面目で厳格でもなければ、母のように貴族的で誇り高い訳でもないのだが……。まぁ、感慨に耽る老人に態々指摘する事でもないが。

 

「そうか。……そろそろ遅くなる、行くぞ」

 

 私は老女中の言葉に覚えた気まずさを誤魔化すため、敢えて興味が無さそうに答える。踵を返せば既に執事が私室の扉を開き、頭を深々と下げていた。私は世話役と弾除けを兼任する使用人達を引き連れ、赤い絨毯が敷かれ水晶のシャンデリアが天井に規則正しく吊り下げられる廊下へと歩み出る。

 

「若様、おはようございます」

「ああ、早くから御苦労だ」

 

 軍服を着こなし、背筋を伸ばして敬礼するベアトとノルドグレーン中尉に私も応える。仕度中から私の部屋の前で警備をしていたのだろう、労いの言葉をかける。

 

 廊下を出れば、ステンドグラス越しに宮殿の外に広がる美しく手入れされた噴水庭園を視界に映す事が出来た。

 

 事実上の伯爵家の領地たるシュレージエン州……その州都から南東に二〇キロ離れた郊外に広がるティルピッツ伯爵家本邸『鷲獅子の宮(グライフ・シュロス)』は、何と伯爵家が帝国の大貴族として君臨していた頃の宮殿と同一の物である。呆れた事に当時の伯爵家が屋敷を解体して輸送船で運び、この地に移築したのだという。

 

 とは言え、帝国軍が領地に来襲する中急いで亡命したので、流石に移設出来たのは宮殿の本邸部分だけである。その周囲の噴水や無意味に広い庭園、その他周辺の離宮や屋敷、倉庫等は完全に新築である。あるのだが…………『新無憂宮』や『新美泉宮』には及びも尽かぬが、それでも伯爵家本邸が広大無比である事に変わりはない。平民の家であれば間違いなく千戸は入る敷地に高級木材と大理石と煉瓦を中心にして築かれ、窓には太陽の光で七色に輝くステンドグラスをはめ込まれ宮殿を光彩で彩る。

 

 また一般的な生活の間だけでなく親族や諸侯を持て成す舞踏会場があり、離れには銀河統一戦争末期のコレリア共和国史、共和国から銀河連邦の名士時代に遡る伯爵家の一族史、帝国時代と亡命後の伯爵領の様相と開発を記録した郷土史、その他様々な未公開資料を含む数万の書籍が収蔵される図書館が設けられている。

 

 百種類近い動物を飼育する動物園に美しい水族館、植物園、薔薇園、教会、410年物の白すら保管される酒蔵に博物館、秘蔵の美術品を収めた美術館があり、数十頭の名馬を飼育する厩舎と乗馬をするための馬場に至っては貴族の嗜みからして存在するのは必然だ。

 

 当然、武門貴族の家柄であるために宮殿は戦闘に備えた城としての機能も備えている。防空壕は地下二〇階まであり、宮殿とその周辺を一個連隊が警備する。宮殿に詰める使用人の数も膨大で、代々仕える従士から街で雇い入れた末端の雑用まで含めると一〇〇〇名近くにものぼる。無論、彼らのための住まいも本邸の外苑に設けられている。相変わらず同盟で滅茶苦茶門閥貴族ライフをエンジョイしている一族である。尤も、これでも私の母の感覚で言えば普通なのだがね?

 

「あら、ヴォルター。起きたのね?お早う」

「お早う御座います、母上」

 

 ベアト達を連れて本邸の庭園で早朝の散歩をしていれば、噴水庭園の前で侍女に日傘を持たせている母に当然のように出くわし、一瞬ベアトを不機嫌そうに見つめた後(ハイネセンで捕虜になった事を未だに根にもっているのだろう、相手が名門貴族の分家で良かった)、優しくそう挨拶する。私もそれに応えて頭を下げて朝の挨拶をする。

 

 自分の母に恋慕する訳ではないが、客観的に見ても朝の日差しの中、日傘の影で佇む母の姿は四十を超えているとは思えない程に美しい。良く良く手入れをしているからだろう、長い銀髪は未だに艶があり、白い肌も化粧をしているとは言え染みも皺も見つけられない。品性のある顔立ちと佇まいと相成って十歳以上は若く見える。熟女好きでなくとも今でも十分に魅力的な女性であろう。まぁ、そんな姿以上に後ろに引き連れる三ダース程の随行人……侍女と使用人と甲冑に身を包む騎士だ……の方に注意が向くけど。

 

「……流石に少々多すぎでは?」

 

私は若干引き攣りそうになる表情を誤魔化して尋ねる。

 

「あら、そうかしら?だってナーシャも一緒だもの。何かあったら大変だわ。弾除けは必要よ?」

 

 そう不思議そうに首を傾けた後、慈愛の視線で後ろに視線を向け呼びかける。

 

「ナーシャ、お兄様がお越しになりましたよ?御挨拶をなさい」

 

 そう呼びかければ、使用人達の中からてくてくと子供用ながら一流の職人が仕立てた白いフリルをあしらったロングドレスの少女……いや、幼女と言った方が良いだろう、が現れてこちらをちらりと見た後、不安そうに母の足元にしがみついて警戒するように窺う。

 

「あらあら、困ったものだわ。ほら隠れないの、お兄様に失礼よ?」

 

 母は僅かに機嫌を損ねて、しかし困ったように幼女を叱りつける。

 

 母を丁度四十近く幼くして気弱にしたらこうなるのだろう。アナスターシア・フォン・ティルピッツ伯爵令嬢、この年三歳は、しかし私が軍人として艦隊やハイネセンに勤務していたがために面識が浅く、生来の性格も相まって中々懐いてくれないようであった。

 

「お嬢様、奥様の仰る通りで御座いますわ。若様にご挨拶を為されますよう……」

 

 十六、七程であろうか、グラティア嬢を思い起こさせる年齢の侍女が臆病な妹の傍で膝をついて説得する。

 

「………」

 

 いやいや、と言った顔で母を見上げ、次いで侍女を見つめ、最後に私を警戒するように見つめて渋々と言った風にてくてくと足を踏みだす。そして口を開く。

 

「おは…よう…ございましゅ……おにい……ちゃま」

 

 拙い口遣いでそう端的に言い切ると、すぐに侍女に抱き着いて再びこっちをちらちら警戒するように覗き始める。やれやれ、随分と怖がられているようだ。

 

「はぁ……御免なさいね、ヴォルター。ちゃんと躾はしているのだけれど………」

「いえ、構いませんよ。私の時に比べれば御淑やかで良いではありませんか?」

 

 私はこの気付いたら出来ていた妹のフォローを入れた後、その方向を見て可能な限り笑みを浮かべて挨拶を返す。

 

「アナスターシア、お早う、良い天気だね」

 

 怖がらせないようにそう答えるがそれでも挨拶を聞くとすぐに侍女の胸元にぎゅっと抱き着く力を強める。仕方なかろう。彼女にとって私は血縁上の繋がりはあろうとも社会的には限りなく他人だ。あるいは周囲の影響もあるだろう。

 

 年齢からも分かると思うが、彼女の出生は宇宙暦786年の事である。因みにこの時代ともなれば人工子宮やら遺伝子操作自体は不可能ではない。しかし、前者は主に未熟児や母体の保護のために使われており、後者は地球統一政府時代初期に必要以上の操作は寧ろ個体に予期せぬ弊害を与える事が判明したため、細菌や動物は兎も角、人間に行う事は忌避されている。よって今でも普通に一〇か月母胎の中で育って生れ出るのが基本であり、彼女もまた一般的な方法で生まれている。

 

 即ち仕込みは逆算して785年である訳で……おう、あの時か。あの時なんだな?

 

 母にとっても私とかなり歳の差があって安全とは言い難かったが、細心の注意を払った上で無事健康にアナスターシアは生まれた。

 

 とは言え、両親も親族や臣下も祝いはしたが、どうせなら男子の方が良かった、という考えが無かった訳ではないらしい。何せ私は毎度毎度母を卒倒させる問題児だ。スペアが欲しいのが本音だろう。残念ながら女子、しかも性格的に社交的という訳でもないのでは不安もあろう。妹も本能的にその事を感じ取っているようで、時折私を不安そうに見やる。母親や使用人達を取られるとでも思っているのかも知れない。

 

「母上、余り御叱りにならないでやってください。彼女は今が甘え盛りなのですから」

「ヴォルターがそういうのなら……」

 

 頬に白い手を当て、困り顔で母は幼い娘を見る。そして小さな溜息を漏らす。

 

 私は母に妹を任せ、一人(正確には付き人や使用人は付くが)で散歩を再開する。

 

「ははは、分かってはいるが警戒されるな」

「若様……余りお気になさらないで下さいませ」

 

 何とも言えない口調で苦笑いすると随行人の一人であるベアトが私を慮るように口を開く。

 

「いや、良いんだ。あの歳の子供にはな……」

「ですが……」

 

 そこまで口にしてベアトが警戒する。すぐにノルドグレーン中尉や数名の使用人が私の前に盾になるように立ち塞がる。

 

 彼らの視線の先にはこちらに小走りにで駆け寄る侍女の姿があった。

 

「も、申し訳御座いません、お目通りを御願い致します……!」

 

ベアト達の眼光に怯えつつも侍女が申し出る。

 

「……構わん。退いてくれ」

 

 その侍女が妹……アナスターシアが抱き付いていた娘であると気付いて、私はベアト達に引くように命じる。直ぐ様恭しく頭を下げて彼らは背後に控えた。

 

「アナスターシアの侍女だな?済まないが貴女の名を知らないものでね。どこの家の娘だったか?」

 

 改めて侍女を見る。黒い艶やかな長髪に朱く輝く大きな瞳をした、貴族の多くの例に漏れず水準以上の美貌を有する娘である。あるが……余り実家に帰らないせいもあってこの侍女の顔立ちに見覚えは無かった。ベアト達が必要以上に警戒していたが、どこの従士家の者だろうか?

 

「はっ……はい、申し遅れました。私はダンネマン帝国騎士家のリューディアで御座います」

 

 慌てて侍女はスカートを僅かに持ち上げて宮廷風の挨拶をする。

 

「ダンネマン……?ああ、あのダンネマンか?」

 

 侍女の口にした家名に一瞬そんな家、伯爵家の親類か食客にあったか、と考えるがすぐに思い出した。第四次イゼルローン要塞攻略戦で遭難した時、出会した食い詰めの上官だった人物の家名だ。

 

 捕虜となった巡航艦の生存者の内半数はそのまま亡命し、残りは帝国に返還されるか捕虜収容所に送られた。

 

 クリストフ・フォン・ダンネマン少佐は亡命政府に降り、恭順した。同じく帰順・亡命した部下達と共に再教育の後亡命政府軍に所属となり、そこでの働きと私の手紙による実家への口添え(食い詰め経由で頼まれた)により伯爵家の食客身分と家族の亡命申請が許された筈だ。成程、新参者ならば警戒するのも納得だ。

 

「父の件に際しては重ね重ね感謝を申し上げます」

 

 深々と頭を下げる侍女ことダンネマン帝国騎士令嬢。まぁ父親から言い含められているのだろう。曲がりなりにも食客身分のお陰で亡命したての新参者でも食い扶持と立場を手に入れられたのだ。伯爵家や口添え役の私の機嫌を害したくはなかろう。いや、こっちも食い詰めに対するイメージアップ狙いなんだけどね?

 

「礼には及ばんよ。貴女の父上には色々と無理難題を押し付ける事になったからな、細やかな返礼だ。して、何用かな?」

 

私はゆっくりとそう本題を尋ねる。

 

「は……はいっ!先程のアナスターシア様についてですが、御気分を害された事をお詫び申し上げます」

 

今でも下げたままの頭を一層深々と下げる。

 

「ですがお嬢様は若様に対する他意なぞなく、普段から感受性の豊かな気質であり遠慮する御方なだけなので御座います。どうぞお嬢様を厭む事なく労わり下さる事をお願い申し上げます……!」

 

 若干緊張で上ずった口調で侍女は、しかし最後まで言い切った。

 

「ふむ……私に妹を虐めるな、と言う事かね?」

 

私は侍女の言葉を若干意地悪な解釈をしてみる。

 

「い、いえ………はい、その通りで御座います」

 

少し迷った後で侍女はそれを認める。

 

「そうか……」

 

 ベアト達が剣呑とした雰囲気で侍女を見る(というよりは睨みつける)。しかし私は気分を害するつもりは無かった。

 

 本家筋が一門当主を世襲する関係上、父が仮に死去すれば第一継承権は私にある。とは言え私も小さい頃から問題を起こした身であるし、分家筋も全てが本家に絶対恭順かつ私の命令に一切合切従うと言う訳でもなかろう。中には私の代わりに当主になりたがる者もいるはずだ。そうでなければ貴族達の中で御家騒動なぞ起きる訳がない。

 

 そこでポイントとなるのが妹だ。同じ黄金樹の血を引く当主の娘である。女性だから本人が当主になるのは難しいとしても、分家筋から婿になればその婿が、あるいは子供が男児なら当主になる事も不可能ではない。

 

「いや、気にすることは無い。私が悪意的に解釈しただけだからな。それにそれは妹の責任ではなかろう?」

 

 侍女の発言を敵視する周囲を宥める意味も込めて私は語る。

 

「私自身はアナスターシアを敵視なぞしていないよ。血を分けた妹、しかもあんなに幼いのだからな。守らなければならないと考えてもその逆なぞないさ。寧ろ怖がらせてしまって困っていてな?」

 

 二十も歳が離れた面識の少ない軍人の兄なんて怖いに決まっている。しかも恐らくは武門の家柄だから(誇張した)私の武勲なんかも伝えられている事だろう。私が同じ立場なら前世の記憶があろうとも絶対怖い。

 

 というか私も距離を測りかねている。グラティア嬢の時もそうだが歳下と淑女との適切な距離の取り方が苦手なのかも知れない。なんせ私が普段会話をするのは家臣で軍人な付き人である。というよりほかの女性も大概濃い面子多くね……?そりゃあ妹やらグラティア嬢のようなタイプは不慣れにもなるわな。

 

「私からも母上にお伝えしておくが……貴女にも伝えておこう。侍女として妹の事を頼むよ?変な虫が寄り付かないように守ってやってくれ」

「し、承知致しましたっ……!」

 

 私は侍女の返事に笑みを浮かべて頷き散歩に戻る。妹はあの侍女に結構なついていた。彼女を通じて妹の警戒心を解いて行くべきだろう。世代が近いので婚約者の事についても相談出来るかも知れないという下心もある。

 

「いやはや、男子でなくて良かったのか悪かったのか……」

 

 どちらにしろ貴族の兄弟姉妹関係は難しいとこの年で再確認させられる早朝の散歩であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 以前にも触れたが、銀河帝国亡命政府軍は約五〇万名の宇宙軍と約一〇〇万名の地上軍から構成される。より正確に言えば、派遣用・機動戦力としての正規軍と、地元に根付き本土防衛を主体とする「郷土臣民兵団」を中心とする州軍の二つが亡命政府軍総司令部の下に置かれている。

 

 これらの内三割前後が職業軍人から構成され、残りは徴兵された領民、外縁星系やフェザーン、同盟人、亡命政府施政権の圏外に居住する帝国系及びハーフ・クォーター等の混血の志願兵及び傭兵、捕虜収容所等から志願した帝国軍降伏兵士等から構成される。

 

そしてあくまでもこれは現役兵士のみの兵力である。

 

 国境にほど近く、しかも一度帝国軍と本土決戦をした経験があるがために、最悪は国民皆兵で対抗する準備もしている。亡命軍には主に退役兵士、徴兵任期を終えた兵士を中心に二五万の即応予備役、二二〇万の予備役、三五〇万の後備役が軍部の名簿に登録されている(予備役の半数と後備役の八割は「郷土臣民兵団」所属の州兵である)。それ以外の国民も最低限の軍事教練は施されており、各公共施設や学校には予備装備が大量に保管され、避難用シェルターに至っては各家庭単位で設置されている。

 

 まぁ、実際に戦闘に使えそうなのはせいぜい即応予備役と予備役の三分の二程度であろう。それ以外の兵力は文字通り張り子の虎だ。即応予備は年間で四〇日、予備役は年に二〇日、後備役に至っては年間一二日の訓練しか課せられておらず、しかも装備は大半が型落ちの旧式である。本物の兵士相手にどこまで戦えるか怪しいものだ。数合わせ、精々陽動や足止め役の肉壁にしかなるまい。

 

 エル・ファシル陥落から始まる有人惑星の度重なる喪失は亡命政府に衝撃を与えた。そして帝国軍の攻勢が激しくなり、戦火がアルレスハイム星系に迫る中で亡命軍はこの一年、予備戦力の動員を繰り返していた。

 

 既に即応予備役の全て、そして予備役の二割が動員と訓練を終えていた。さらに予備役の三割も動員と訓練が行われており、残る五割は限定動員と部隊編成の最中にある。後備役の一部でも召集が始まりつつあった。各地の休眠中の基地の稼働が開始され、散発的に市民の避難訓練が行われる。軍倉庫や軍事宇宙港ではモスボールされていた旧式兵器や鹵獲兵器の稼働整備が行われている。

 

 シュレージエン州には書類編成上は正規軍の第四野戦軍団(ヴィクセル野戦軍団)主力が駐屯しているが、現在は前線に派遣されているため、実際にいるのは駐屯地警備の留守部隊のみだ。

 

 州軍は正規軍に比べて地元貴族(つまりこの場合はティルピッツ伯爵家一門)の影響力の強い子飼い部隊である。シュレージエン州軍は現役として二個師団と一個突撃砲旅団(機甲旅団)、装甲擲弾兵連隊と猟兵連隊が各一個ずつ、その他航空部隊と海上部隊が若干置かれている。

 

 州内において即応予備・予備役は主に正規軍所属が六個師団、州軍所属八個が置かれている。また後備役は正規軍二個、州軍一〇個師団が書類上は存在している。

 

 現在、来るべき攻勢に向けて派遣される第一線戦力の穴埋めのため、そして亡命政府施政権圏内への帝国軍来寇に備え、正規軍・州軍が合わせて四個師団の編成・訓練を完了させていた。また四個師団が編成完了・訓練中、二個師団が動員を開始している。後備役も一部動員が始まっていた。

 

 ヴォルムスでも特に古い古都の一つであり、州の工業と金融と交通の中心地である州都ブレスラウのメインストリート「琥珀通り」を、戦闘車両や迷彩服あるいは装甲服を着た兵士の隊列が行進する。軍楽隊が高らかに演奏を行い、紙吹雪が舞い、市民は同盟旗や星系旗、あるいは伯爵家の家紋を基にデザインされた州旗を掲げて歓呼の声を上げる。

 

 私は州政府議会堂のバルコニーにてヴィルヘルム・フォン・ティルピッツ州知事(男爵)と州軍司令官ロタール・フォン・ティルピッツ少将(帝国騎士)、特別参加の亡命軍装甲擲弾兵団副総監ヨハネス・フォン・ライトナー中将、そして妹を抱きながら椅子に座る母と共に彼らの行進を閲兵する。

 

「若様、手をお振り下さい。兵士達が喜びます」

「だといいんだがね」

 

 若造の分際で安全な場所から偉そうに、なんて思われそうだが……耳打ちする壮年で遠縁でもある州軍司令官に従い私は胸を張り行進する兵士達に手を振る。

 

 言葉にこそしないが、領民達も帝国軍がこの星に少しずつ近づいている事に不安があるらしく、それを宥めるために動員される州軍の軍事パレードが州都で開催されていた。ティルピッツ伯爵家の私兵軍の血を引く勇壮な軍隊の姿を見せつける事で、領民に安心感と主君への畏怖を与え、そして愛国心を鼓舞しようと言う訳だ。これはほかの州でも同様で、ここ数か月各地で動員された予備役による行軍式が次々と執り行われていた。

 

 第六艦隊第六陸戦隊に異動した私は、艦隊のアルレスハイム星系における最終的補給において上層部より半分強制的に休暇を申し付けられた。

 

 父は時期が時期なので宇宙艦隊司令本部か亡命軍幕僚総監部あるいは亡命軍統帥本部から離れる事は出来ない。領民のために当主が無理なら息子に顔を出させろ、という事だろう。実家に帰ってから短い休暇の間、地元の有力者との面会や食事会、あるいはこういう式典で出突っ張りだ。今日も朝の散歩と朝食の後は母と共に嘆願書の返答を書き、それから馬車でこのパレードに参加した。まぁ中佐とは言え所詮添え物で、私が任される仕事は多くはないのだから合理的なのだろうが………。

 

「………」

 

 私は悠然と手を振りながら、内心ではパレードを冷静に観察していた。予備役中心という事もあり、兵士の多くは退役した老兵や徴兵期間を終えた二、三十代である。一部は徴兵中の訓練兵やそれ以下の志願兵も交じっているように見える。兵士達の表情は様々だが、故郷や家族を守ろうとする使命感に燃えている者が一番多いようだ。(洗脳)教育の結果であろう、私の姿を目にして信仰のような忠誠心の視線を向ける兵士も少なくない。

 

 一方で反発や不安そうに此方を見つめる者の視線も散見される。恐らく自分達と大して歳が変わらないのに彼らの多くは兵士や下士官、大してこっちは中佐で安全な場所から命令しやがって、とでも思っているのだろう。まぁ絶望した表情をされるよりは反発する気概があるだけマシだろう。

 

「……おいおい、マジか。あれも動員するのか?」

 

 とは言え、流石に鹵獲品のパンツァーⅠに旧式のルクスⅡ号戦車を待ち伏せ攻撃用に改造したヘッツァー駆逐戦車の車列、しかも軍服を着慣れていない高等部ギムナジウムや女学院の学生が操縦する姿を見れば思わず不安にもなる。

 

「後備役の部隊です。まだ部分動員でありますので行軍する程度の練度しかありませんが……本土決戦の際に備えた後詰部隊、前線に出す訳ではありませんので御安心下さい」

 

 州軍司令官は微妙に私の言葉の意味を取り違えているようだった。私はあんな装備の部隊を動員した事実そのものに引いていたが、彼はそれを前線で足を引っ張らないかと解釈したらしい。どちらにしろ笑えない。

 

 兵士の行進が終わり広場に部隊が集結する。観衆と兵士達が議事堂のバルコニーに視線を集中させる。

 

「奮起せよ!今こそが決戦の時である!大帝陛下も仰られた、大いなる事業を完遂するためには臣民一人一人の献身こそが重要であると!」

 

 ティルピッツ州知事は議事堂のバルコニーの上で煽動演説を行った。拡声器により議事堂前に集まる領民の愛国心を鼓舞し、熱狂させるように叫ぶ。

 

「我らが土地を収奪せんとする邪悪なる賊軍を打ち倒し、その勢いを駆って帝国本土を解放するのだ!大神オーディンも御照覧召されている!今こそ真の皇帝陛下の、そして伯爵家の御ため、聖戦にその身を捧げるのだっ!!ティルピッツ伯爵家万歳!帝国万歳!皇帝陛下万歳!」

 

 州知事の熱気に当てられたのか、十万近い市民達が州旗や亡命政府旗を振り、叫び声をあげる。恐らくサクラもいるだろうが……それでも弁舌に長けた州知事は、市民に対して万一本土決戦が生じた際に備えて臣民の反帝国感情を見事に煽る事に成功する。おうおう、ここはどこの独裁国家だ?

 

「諸君は高貴なる伯爵家が新天地に赴く旅への随行を許された栄誉ある臣民の末裔である!腐敗したオーディンの宮廷を捨て、正統なる帝室に忠誠を尽くす事を許された選ばれし民なのだ!諸君!今こそ義務を果たせ!銃を取れ!伯爵家のために戦うのだ!」

 

 州軍司令官な親戚も同じように臣民に戦いを呼びかける演説を行う。というよりこちらに至っては臣民の選民意識を駆り立てて徹底抗戦を厳命していた。亡命政府の主張に従えば、亡命政府の下にある臣民は貴族達が腐敗した帝国から脱して新天地に向かう際に「遺伝子的優良性」故に随行を許された選ばれし民だった。

 

………おう、実際は資産価値で選んだだけだからね?

 

 真実は兎も角、領民達の選民意識を利用して士気を上げるのは決して間違った選択ではないのも事実である。誰が言った言葉であったか、「平民は貴族と違い誇りが無いから目を離すとすぐに逃げようとする」そうだ。だからこそ彼らに選民意識という誇りを持たせる事でそれを防止する訳である。

 

 母上は演説なぞしない。唯々椅子に悠然と座り大衆を見下ろすのみだ。それだけでも帝室の血を引く美女が仰ぐべき主君であるので士気高揚に役立つ。尤も、妹は異様な周囲の熱気を怖がって母に抱き着いているが。

 

 その後、私も州軍司令官に促され台本通りのアジテーションを行い(よくよく考えたら私はどういう法的根拠で煽動をしたのだろうか?)、それを終えてようやく本日の役目から解放される。独裁国家らしい拍手喝采を浴びつつバルコニーから州議会議事堂の中に戻ると、私は肩を落として深く溜息をついた。

 

「御疲れ様で御座います、若様」

「ん…ああ、副総監こそこの忙しい時期に出席してくれて助かる」

 

 労いの声をかける全長二メートル超えのライトナー家当主に私も答える。禿頭に彫りの深い五十代の亡命軍中将は、同時にティルピッツ伯爵家に従属する大従士家の一つライトナー家本家の当主にも当たる。軍歴三十年、その間に装甲擲弾兵として数百回の戦闘を経験し、恐らくは一個大隊に匹敵する敵兵を葬って来た。

 

 無論、個人の技量のみならず、指揮官としても、教官としての実績もまた豊富である。嘘か真か、若き日に同じく駆け出しのオフレッサー装甲擲弾兵副総監と戦い引き分けたとか。少なくとも現時点でいえばリューネブルク伯爵より遥かに格上の実力者である。

 

「いえ、この程度の事問題御座いません。副総監なぞ普段は事務と訓練の視察しかやる事なぞ御座いませぬゆえ。いやはや、若様も御立派になられましたな。このヨハネス、感動致しました」

「さいですか」

 

 にこりと微笑む装甲擲弾兵団副総監に苦笑いして私は答える。私個人としてはこの人物は正直苦手だった。顔怖いし、幼年学校に入る前から厳しい教練をさせられた。主家の嫡男相手に容赦が無さすぎなのだ。軽く死ぬと思ったね(尚相手からすれば激甘指導との事)。

 

「それよりも、部隊の編制は完了しているのか?」

「御安心下さい、若様のご安全に配慮した人選をしております」

 

 話は此度の同盟軍の反攻作戦にて私の指揮する部隊の事に移る。

 

 第六艦隊は主に亡命帝国人及びその子孫を中心に編成された艦隊であり、亡命政府がスポンサーを務める艦隊だ。当然その傘下の第六陸戦隊もその影響下にある。

 

 今回、私は第六陸戦隊所属の第七八陸戦連隊戦闘団「ハンブルク」の連隊長を拝命していた。これまで参謀としての業務は行った事があるが、部隊指揮となるとせいぜい小隊単位までしか経験がない。そんな人間を連隊戦闘団の指揮官に据えるのは明らかにコネ人事であろう。

 

 第七八陸戦連隊戦闘団連隊長に就くと共に、連隊の大規模な再編が行われた。ほかの部隊や亡命軍から人事異動させられた者が多く集まる。その大半がティルピッツ伯爵家一門縁の人物だ。つまりお飾りの連隊長を臣下達で補助する体制である。

 

「いや、サポートは有難い。だが……流石にアレはないと思うぞ?」

 

 こちらの身を案じての事であろうが、あの部隊編成に私は苦言を呈する。

 

 第七八陸戦連隊戦闘団はほかの幾つかの部隊と共に亡命軍より抽出された部隊と合同、臨時編成の「リグリア遠征軍団」を形成する。亡命政府から抽出された部隊は練度の高い部隊ばかり、しかも軍団長は母の親族で皇族と来ている。同盟軍の事情通が見れば身内可愛さの人事である事位すぐ見抜くし、過保護過ぎると呆れる事もまた確実だ。

 

「とは仰いましても………」

 

 困った表情を向けるライトナー中将。うん、知ってた。毎回死にかける私が悪いんだよな?

 

「……いや、無理難題を口にした。大体私のせいだな。なら我儘を言う訳には行かん。此度の計らい、快く………「おい!ヴォル坊はいるか!?ツェティ従姉様は!?」

 

 その凛とした、しかし叫ぶような声に私は暫く思考停止して沈黙する。州議会議事堂の奥では何やら騒然とした雰囲気に包まれているようで、警備の兵士が制止の言葉をかけているのが微かに聞こえた。

 

「あぁ?こっちは従姉と甥っ子に会いに来ているんだ、さっさとそこをどけ雑兵。流刑地に流されたいのか?」

 

 ヤクザかマフィアのようなドスの利いた声が響き、警備の兵士が体を竦ませてその人物に道を譲る。ライトナー中将が情けない、などと口にするが流石に相手が相手なだけにその評価は可哀想過ぎる気がした。

 

「あらあら、やんちゃなのだから。あの子も困ったものねぇ」

 

 一方、その人物の性格と破天荒ぶりをよく知る母は妹を抱きながら呑気にそう語る。

 

そして、人垣をかき分け、その人物が威風堂々と姿を現した。

 

 その顔立ちは母にもよく似ていた。粉雪のように白い肌に白金色の髪、目の色は微妙に違い琥珀色に輝く。雪の妖精のような美貌……そこまでなら良くいる門閥貴族令嬢と差異はない。

 

 だが二点違いがあった。一点は左頬に刻まれたブラスターライフルの傷跡であり、もう一点がオーダーメイドで仕立てたのだろう勲章と金糸の飾緒で飾り立てた黒色のオーバーコートに、双頭の鷲の印が刻まれた同色の帽子を被っていた。腰には拳銃とサーベルを吊るす姿は明らかに軍人のそれだ。

 

「おおっ!ツェツィ従姉様!御久し振りです!それにヴォル坊、大きくなったな!坊の武勇伝はよくよく聞いているぞ!流石義従兄様とツェツィ従姉様の子だ!私も身内として鼻が高いぞ?」

 

 軍服を着た令嬢は私と母に非常に砕けた口調で機嫌良さそうに語りかける。彼女にはそれが許されていたためだ。

 

 アウグスタ・フォン・ローデンドルフ亡命軍少将………旧姓をアウグスタ・フォン・ゴールデンバウムと言う。それが現銀河帝国亡命政府皇帝グスタフ三世の三女、我が母の従妹にして旧友アレクセイ・フォン・ゴールデンバウムの腹違いの姉……そして私の叔従母にして此度の同盟軍反攻作戦の上官となる皇族の問題児の名前であった………。




今更ながら母上の個人的(外側の)イメージは銀髪なアドミニストレータ、つまり妹の外見はクィネラをイメージしてください。

ついでに装甲擲弾兵副総監はベルセルクのボスコーン、叔母は某これくしょんの共産主義の戦艦が作者の脳内におけるモデルです

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