帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百九話 人質が下手に動くと警察は逆に迷惑するらしい

「成る程、タイミングが合い過ぎると考えていたがやはりか……」

 

 ハイネセンポリス第一区、自由惑星同盟の各省庁や政府機能が置かれるサジタリウス腕の国家機能の中枢……その一角に置かれる地上五十階、地下二十二階に及ぶ施設が同盟警察庁本部ビルであり、その地下八階にてその人物は説明を受けていた。

 

「既に確保した『人民裁判会議』メンバーを尋問、特定したアジトに保管されていた資料より詳細な計画書の確保に成功しております。後はサンタントワーヌ捕虜収容所にて蜂起中の帝国側の首謀者を捕縛、尋問すれば裏取りは可能かと」

 

 マジックミラー越しに尚も尋問を受けている「人民裁判会議」の実働部隊のメンバーをちらりと見た後、警部は説明する。

 

 人権意識のない帝国ならば自白剤やら直接的な拷問や親族を使った脅迫も使えるだろうが、同盟は民主国家である。犯罪者に対しても最低限の人権は擁護しなければならない。  

 

 まして、同盟警察が相手にするのは惑星間で活動する凶悪犯罪者やテロリスト、残虐な宇宙海賊であり、そういう手合いは尋問でも簡単に口を開く事はない。彼らに各種の手段を使い口を割らせるのは少々骨が折れたため、理詰めの尋問や心理戦を仕掛けた。更に同盟の刑法に抵触しないギリギリの線で精神的に疲弊させた上で、司法取引まで使って漸く口を割らせたのだが……少し遅かったと言わざるを得ない。 

 

「それにしても滑稽な話じゃないかい?目的のために捕虜と右翼と帝国の工作員が協力とは……」

 

 警部から説明を受けていたスーツ姿の議員は失笑する。テロリストの説明はそれほどまでに傍から見れば漫才のように滑稽に聞こえたからだ。

 

 サンタントワーヌ捕虜収容所で現在起きている蜂起は、元を辿れば同盟の極右組織と帝国の工作員が協力して起こしたものであった。より正確に言えば、帝国工作員により密輸された武器を持った「人民裁判会議」が捕虜の蜂起に呼応して収容所を襲撃、捕虜達の中の穏健派を殺害すると共に過激派を脱走させる計画……それが中止となった結果、計画がバレそうになった捕虜の協力者達が暴発したのだ。

 

 同盟の極右組織と帝国工作員、捕虜……通常ならば協力なぞあり得ない、そう思える顔ぶれである。しかし、笑える話ではあるが、現実はそう単純には済まない。

 

 捕虜や帝国工作員の目的は同盟への破壊工作である。もちろん、サンタントワーヌ捕虜収容所が狙われた事から考えて、それだけが目的ではないだろうが……それでも基本的には破壊工作が第一の目的と考えて良いだろう。

 

 では「人民裁判会議」は?戦死した同盟軍人の遺族や負傷兵、帝国系移民の犯罪被害者等が支持母体の彼らが捕虜や帝国の工作員に協力する理由なぞあるのか?普通はそう考えるだろう。

 

「捕虜の過激派に市街でテロなり犯罪なりを起こさせて、市民の帝国系への排斥を加速させる……いやはや、正気とは思えませんな」

 

 警部は顔をしかめる。殆んどマッチポンプであろう、そもそも自分達がそういう事件の被害者でありながら自分達のような被害者を更に増やそうとは……。

  

「教条主義者なり排斥主義者の時点で正気とは無縁だよ。それに思想面は兎も角、効果は絶大だろう」

 

 議員は語る。半年前のエル・ファシルの放棄から続く国境有人惑星からの撤収、それによる難民の増加、経済への打撃により同盟での帝国系亡命者への差別や排斥運動は一時期かなりのレベルに達していた。それがようやく沈静化しつつある中でそのような事が起きれば、アッシュビー暴動に匹敵する大騒動に発展した可能性すらあり得た。そうなれば……。

 

「特に亡命政府からすれば面子のために動かざるを得ないからね。只でさえ貴族だらけで中央の市民受けは悪いのに、臣民保護とか掲げて亡命軍を各地の帝国人街に駐屯させようものなら、それこそ銃撃戦になるところだよ」

 

 しかも前線では同盟軍が劣勢なのだ、そんな中で貴重な戦力である亡命軍を後方なんかに置かれては溜まったものではない。無論、帝国の工作員はそこまで計算していたのだろうが……。

 

「とはいえ……今の状況も予断は許されない、か」

 

 若い議員は嘆息する。よりによってこの時期、このタイミングで態態穏健派が多く大規模な蜂起が難しいサンタントワーヌ捕虜収容所を狙ったとなると……それに彼の伝手で仕入れた情報であるが、現在人質となっているメンバーは限りなく最悪に近い面子の揃い踏みである。貴重な捕虜の纏め役たる自治委員会幹部、亡命政府のご令嬢は傷物にしただけでも亡命政府が激怒する事だろう。密命を受けた亡命貴族の少佐は貴重なパイプ役でもあるので死なれたら困るし、何よりも………「アレ」の死亡は同盟の上層部にとってはかなり困る。場合によっては外交の道具にも、帝国に対する切り札にもなり得る人物なのだ。可能な限り五体満足で救出したい。

 

「帝国軍の工作員の動向の方はどうなっているのかな?」

「同盟軍情報部が潜伏先であったホテル・シャングリ・ラを監視していたようですが数日前に突如失踪したとの事です。現在同盟軍の星間航路巡視隊、及びこちらの航路保安艦隊がフェザーン・イゼルローンに繋がる航路を封鎖、検問を設けております」

 

 警部の説明に対して、しかし議員は諦念したように頭を振る。

 

「恐らくは駄目だろうね、フェザーン回廊の封鎖は同盟の物流経済に対して大きな打撃だ、そう長くは出来ないだろう。イゼルローンは論外だよ。かなり帝国軍に食い込まれている、戦線が広すぎて監視しきれない」

「では………」

「軍に責任を全て押し付けられては堪らない。元々は彼方の管轄なのだ、こちらとしても君達だけの問題にしないように努力はするから安心したまえ。それにしても……帝国の諜報機関と言うものは忌々しいものだね」

 

 議員は手元の資料に視線を移す。書類と共にクリップで留められた写真には帝国の工作員ポール・オーヴァーストーン……恐らくは偽名……の姿が収められている。接触した「人民裁判会議」の幹部を淡々と理詰めの論理(と幾つかのゴシップ情報)で説得し、今回の一見無謀な作戦を主導したと言う工作員の顔に議員は陰気で冷徹な印象を受けた。その感情の読み取れない顔は鋭利で冷たい剃刀を思わせる。

 

「帝国の諜報機関は実態の把握が難しい組織です。中央すら実行部隊の把握をしておらず、しかも排他的であるために潜入も困難を伴うようです」

 

 警部は説明する。銀河帝国は少なくとも名目上は外敵の存在しない人類社会の統一国家であり、治安組織なら兎も角、軍部においては対外諜報機関は存在しないとされる。 

 

 無論、あくまでもそれは建前である。実際は宇宙海賊や銀河連邦時代に放棄された植民地等の外縁部勢力が幾つも存在する。また、自由惑星同盟に対する諜報活動も必要であるために、帝国軍内部にも対外勢力に対する機関が幾つか存在する事が確認されている。

 

 問題はその組織の構成である。建前としてそのような組織は存在しないため、形式上は無関係な部署の一室として設けられており、名称も一見諜報関係とは思えないようなものだ。しかも、それら組織が有するのはあくまでも情報の分析や上層部の命令を連絡する司令部機能だけである。実際に破壊工作や情報収集、暗殺等を行うのはさらに別の下請けだった。

 

「『ハウンド』、だね」

 

 議員は意味ありげな笑みを浮かべ、警部の言葉に反応する。彼もその存在と決して無縁と言う訳ではなかった。選挙に当選し同盟議会に席を持つ以前、同盟警察の公安部で帝国の猟犬共と幾度も相対してきた。同盟国内で起きるテロや独立運動、宇宙海賊の跋扈の何割かは帝国が糸を引いている事ぐらい、同盟警察公安部にいれば常識である。そしてその内情を伺い知る事の困難さもまた………。

 

「はい、あれは一族経営ですから外部からの潜入には極めて困難を伴います」

 

 門閥貴族が暗殺や諜報のために私的に有する「ハウンド」は一族経営の極めて閉鎖的な組織だ。その門閥貴族の分家筋の者や従士、奉公人の一族等から代々構成されており、領地における領民や共和主義者、宇宙海賊等の危険分子の監視と弾圧、拷問に処刑、ほかの貴族へのスパイ行為、更には「ハウンド」の一族から憲兵隊や警察、社会秩序維持局に出向する者も少なくない。

 

 特に大規模な「ハウンド」を有する家として、代々治安関係の部署で重責を担ってきたブラウンシュヴァイク公爵家が挙げられる。それに続くのがベルンカステル侯爵家、ファルストロング伯爵家、ハルテンベルク伯爵家、オーベルシュタイン男爵家等であろう。没落した有名所ではトランシーやファントムハイヴ、亡命したのではゴールドシュタイン公爵家やリスナー男爵家の名前もある。特に最後の二家は同盟に亡命後そのノウハウを同盟軍や警察の情報機関に提供し、それは帝国との水面下での戦いで重要な役割を果たした。

 

「実際の潜入や暗殺は下請けの『ハウンド』が実施、それぞれの『ハウンド』には横の繋がりは無い上、命令を下す上層部すら各『ハウンド』の構成メンバーや人数を把握していないと来ている。その上各『ハウンド』は血縁と主従関係によって内部で結束するため買収も内部潜入も困難、捕縛しても自殺を選ぶと来れば……奴らの動きを把握するのは不可能と言う訳、か」

「はい、残念ながら……」

 

 議員の言葉を苦虫を噛むように肯定する警部。同盟の情報機関や治安機関、憲兵隊は帝国のそれに対して長年劣勢を強いられている。

 

「課題は山積みだが……兎も角も今はこの騒ぎの沈静化が最優先か。警部、ここは任せても良いかね?私は一旦議会に戻ろうと思う。この騒動で国内対立を再燃させるわけにはいかないからね、手を打たねばなるまい」

 

議員は溜め息を吐きながら立ち上がる。

 

「車を用意致しましょうか?」

「止めておこう、財政悪化でマスコミは議員の無駄遣いに厳しい。すぐそこの議会に行くのに態態車を呼び寄せたとなると明日のゴシップ紙で叩かれそうだからね」

 

 冗談とも本気ともつかない口調で答える議員。とは言えハイネセンポリスの第一区の警備は万全だ、軍と警察が威信をかけて二十四時間警戒体制を取っている。どのようなテロリストも、工作員も侵入は不可能だ。議員どころか最高評議会議長が護衛も連れず徒歩で歩こうともまず暗殺の危険性はないだろう。

 

 無論、だからといって楽観的に考えるのは禁物ではあるが……。

 

「それではお気をつけて……」

「うむ、失礼するよ」

 

 こうして、敬礼する警部に応じながら同盟議会上院議員同盟警察公安委員会所属ヨブ・トリューニヒト議員はにこやかな笑みを浮かべて席をたったのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直ミスしたと言うほかない。

 

 兵士に紛れる事自体は上手くいっていた。場合によってはこのままノルドグレーン中尉に加え、数名の人質になっていた同盟軍兵士と共に奇襲をかける事も想定していた。首謀者のコーゼル大佐とミュンツァー中佐さえ拘束ないし射殺してしまえば、士気が高いとは言えない残りの捕虜の大半が降伏するかもしれなかったからな。

 

 失敗は首謀者の一人であるミュンツァー中佐が帰還してきた時に起きた。コーゼル大佐は兎も角、ミュンツァー中佐の方は同じ貴族である事もあり、私の顔に見覚えがある可能性もあった。気付かれないようにするためには注目されないようにする必要がある。

 

 尤も、中佐が連行してきた面子を見て動揺するな、と言う方が無茶であった。

 

 ベアトとシュミット大佐とグラヴァー氏……役満かよっ!と叫びたくなったよ。三人一緒の可能性は十分あり得た事だが………連行されるのまで三人一緒でなくても良いだろうに………。とはいえ肩や足に数か所の銃創を負って満身創痍の従士を罵る程私も性根は悪くない。だが………。

 

(この三人がいるとなるとな………)

 

 思わず苦虫を噛む。ベアトの心配は当然として、残り二人は………。ちらりと私はボーデン大将の様子を窺う。皴のある顔を見開く大将を確認して、私は面倒な事態になった事を理解する。唯でさえ問題が山積みなのにここに来て新しい問題とはつくづく運がない。

 

 私は視線を戻して、可能な限り平静を装おうとして……誰かの視線を察知する。その気配の方向に視線を向け、次の瞬間、コーゼル大佐と共に通信室に向かおうとしていたミュンツァー中佐と目があった。

 

 一瞬、緊張のあまり私は思考停止した。何故こちらを見ている?偶然か?いや、違う。あの視線に含まれるのは疑念だ。バレたか?先手を打つべきか?いや、まだ誤魔化し切れる可能性も、だが…………!

 

 ほんの数秒の事であったろう、次の瞬間に中佐の視線に含まれる感情が疑念から驚愕に変わり、次いでそこに焦りが追加された事に気付いた。私は中佐の右手が腰に向かうと同時に完全に油断していた隣に立つキルヒホフ中尉の首を殆ど反射的に掴んでいた。驚いた表情を向けるキルヒホフ中尉を引きずり私は彼を盾にする。

 

ほぼ同時に銃声が室内に響いた。古い火薬式拳銃のものだ。

 

「ふぐっ!?」

 

 被覆鋼弾の衝撃を盾にした捕虜越しに感じた。腹部への命中はどうやら致命傷となったようで、崩れるキルヒホフ中尉を私は襟首を掴み無理矢理立たせていた。同時に奇襲となることを期待して……ある種死者への冒涜だが四の五の言っていられないので許して欲しい……囚人の死体の影からブラスターライフルを発砲する。尤も相手も素人ではない、すぐにこちらの意図を理解して身を翻していた。中佐の後ろにいた兵士が代わりに胸を撃たれて訳も分からない内に仰け反り倒れる。

 

「ちぃっ……!」

 

 私は舌打ちして直ぐ傍で銃声に身を竦ませていた少女の元に、死体を盾にしたまま駆ける。私に発砲しても意味が無いなら人質に銃口を向けて脅迫するべきである。彼らの価値基準でいえば、この場で最も高い価値を持つ人質は私の後ろに立つ少女か、拘束されている自治委員会の幹部達のどちらかであり、私が咄嗟に守れるのは当然近い方だけであったからだ。

 

(そして当然………!)

 

 ミュンツァー中佐は私の動きに対応してすぐさま目標を変更した。拘束されている自治委員会の幹部達を射殺するなぞ然程難しくない。脅迫の言葉を言われればその場で私は銃を捨てるしかないだろう。だが……。

 

 ブラスターの発砲音と共にミュンツァー中佐の脅迫は失敗に終わる。瞬時に事態を理解したノルドグレーン中尉が中佐の火薬式拳銃を撃ち抜く。同時に密かに拘束を解いていた同盟軍兵士が立ち上がり私と中佐の戦闘に気を取られていた捕虜達に襲い掛かろうとしていた。彼らの多くは憲兵隊だ、素手での近接戦を良く叩き込まれていた。決して無謀な行いとは言えないだろう。ミュンツァー中佐は予備の拳銃に左手を回しノルドグレーン中尉はその前に中佐を銃撃しようとする。ここまで来たら仕方ない、本部の増援部隊が来るのを待つのが一番安全だったが、このまま勢いに任せて制圧するほかに手段はなかった。

 

私は暫しの逡巡の後にブラスターライフルをコーゼル大佐に向ける。そして私は自身の判断の遅さを呪った。

 

「全員その場を動くなっ!」

 

私の視界に映っていたのは安全装置を外したジャスタウェイを掲げて周囲を恫喝する大佐の姿であった………。

 

 

 

 

 

 

 周囲が重い緊張に沈黙する中、コーゼル大佐は自身を落ち着かせるように深呼吸し、ぎろりと周囲を警戒する。そして殆んど物質化しそうな殺気を私に向けた。

 

「ひっ……!?」

 

 背中越しに息を呑むような小さな悲鳴がした。彼女自身に向けられたわけではないが、流石にあの顔で睨みつけられたら悲鳴の一つも上げたくなるだろう。というか私も上げたい。

 

「ちぃっ……まさか兵士共の中に賊が……いや、貴族何ぞが紛れているとはなっ……!」

「これからはもう少し兵士の顔を覚えておく事だな。まぁ次があるかは怪しいがね?」

 

 皮肉と嫌味を半々含めた口調で私は返答する。とは言え別に悪意ばかりという訳でもない。平民出身の士官やら将官やらが必ずしも部下に対して思いやりに溢れた者とは限らない。

 

 特に帝国軍のような上下関係に厳しい組織においては平民階級の指揮官には高圧的な者……寧ろ平民だからこそ高圧的な者も多い。貴族階級と違い権威や伝統、おこぼれによる忠誠心は期待出来ないのでその分高圧的に振舞う事で部下を掌握する手合いは少なくないのだ。まして士族階級ともなれば平民階級の中でも特に軍律に対して教条的、下っ端の兵士にとっては暴君のようなものだ(良く言いかえれば不正や怠惰とは無縁な勇士ともいえるが……)。コーゼル大佐の場合も部下を駒のように見ている節があり、その情愛は決して深い訳ではないように見える。

 

「ふんっ、貴様に説教される筋合いなぞ無いわ!これが何か分からぬ筈もなかろう?命が惜しければその銃を捨ててさっさと降伏するが良い……!」

 

 そうやって見せつけるのは安全装置を解除したジャスタウェイである(相変わらず死んだ魚のような目をしている)。床に落ちるなどの衝撃があれば恐らく起爆する事であろう。しかし………。

 

「そんな安い警告なんて効くと思ってるのか?それじゃあここの全員を吹き飛ばすには少々威力が足らんだろう?」

 

 内心では冷や汗をかきつつも確信を込めて私は大佐を詰る。ジャスタウェイ……正確には現在同盟軍が採用している60式工作用爆弾の型式と威力ぐらい、士官学校で知っている。大佐が懐から取り出したのはかなり古い対人式の物、しかも部品が全て入手出来なかったのだろう、制式のそれとは別の部品が多用されていた。

 

 無論、部品の代用が相当利くことがジャスタウェイの利点ではあるが、元々威力が控えめな上に、見る限り中の炸薬もきちんと装填されているようには思えない。精々手榴弾程度の威力だろう。この部屋全体を吹き飛ばすには威力が足らないばかりか、起爆前に伏せていれば半数以上は助かる筈だ。……多分ね?

 

「貴様こそ、素直に降伏した方が良いと思うがね、ここで命を捨てて何人か市民を犠牲にした所で同盟軍にどれ程の意味がある?はっきり言おう、無駄死にだな。小娘を人質にし損ねて自爆した情けない捕虜として新聞に名前を載せたいなら別だがね?」

 

 完全にブラフだ。市民、しかもハイネセンの市民が犠牲になればそれだけで新聞は大騒ぎだ。宇宙海賊やら外縁勢力による事件やテロが珍しくない同盟の最外縁宙域なら兎も角、中央宙域で市民を巻き添えにする事件なぞ起きればマスコミの袋叩きだ。あれだ、中東やアフリカで大事件が起きても少しの間他人事のように報道されるのがせいぜいの日本でも、国内で二、三人も死ぬ事件が起きれば連日新聞やニュースで注目されるだろう?

 

 正直ここで市民に一人でも死人が出れば多分バッシングの嵐だぜ?とは言え素直に相手の言う通りにしても状況が好転するとは思えない。弱みを見せる訳にはいかないので、敢えて余裕を見せて相手を会話に引きずり込み、この状況を察した上層部がさっさと救出してくれるまでの時間を稼ぐ。というか上層部、動き遅くね?マジ早く助けてくれない?

 

「何だとぅ……?」

 

 剣呑な表情で私を睨むコーゼル大佐。いやはや、名門士族とはいえ、平民から四十前に大佐になるような奴は雰囲気が違うね、目付きだけで人を殺せそうだ。

 

(まぁいい、下手に人質に死人が出ればこっちの責任もあるからな。ヘイトなら私だけに向けてもらった方がやり易い………)

 

「あ、あの………」

「悪いが少し黙って欲しい。流石にこの状況で御令嬢のお喋りに興じる余裕が無い事くらいは分かる筈だ、御話なら後で聞くから後ろで隠れておきなさい」

 

 二割程の苛立ちと三割程の虚勢を混ぜた口調で、私は背後にいるグラティア嬢との会話を強制的に拒絶する。彼女からすればそりゃあ訳が分からない筈なので説明を求めたい気持ちも分かる。だが、この状況では少しの油断が命取りになるので、繊細な貴族令嬢に対する配慮と熟考を重ねた会話をするなぞ論外である。

 

「は……はい………」

 

 少し怯え気味に弱弱しい返事が返ってくる。その口調に少し罪悪感が生まれるが私はすぐにそれを振り払い正面を睨む。

 

「………」

「………」

 

 互いが互いを伺うように暫しの沈黙……それを破ったのは私でも、コーゼル大佐でも、ましてミュンツァー中佐やノルドグレーン中尉、ボーデン大将でもなかった。

 

「もう止めるんだ……!!君達の蜂起は失敗したも同然だっ!無駄な血を流す必要なんてないっ……!!」

 

 場の全員が声の方向に注目する。顔に痣をつけたシュミット大佐が切実な表情で蜂起した同胞達を説得しようと試みる。

 

「コーゼル大佐……!ミュンツァー中佐もこれ以上の戦いに何の意味があるんだっ!?君達にも家族がいるだろう!?名誉ならば後からでも取り返せる!ここで死ぬほどの事じゃない筈だっ!」

 

 シュミット大佐が必死にコーゼル大佐とミュンツァー中佐を説得する。だが二人共、シュミット大佐の説得を聞くつもりが毛頭ない事は態度から明らかであった。

 

「……っ!君達もだっ!ここでの生活は死んだ方が良いような環境じゃない筈だ……!何だったら優先的に返還リストに載せられるよう、私から所長達に直訴してもいい!生きて故郷に帰れるように協力しよう!」

 

 首謀者達にこれ以上話しても効果がない事を悟り、シュミット大佐は兵士達の説得の方に方針を転換する。土壇場になれば人間覚悟を決めても怖気づくものだ。まして途中参加の者は元々士気は高くはない。

 

(それに私の潜入もあって半ば以上計画が破綻した現在、初期参加組にも動揺が広がっている筈……。寧ろ首謀者達の説得よりも効果があるかも知れんな)

 

私は内心でシュミット大佐の説得をそう評価する。ん……?

 

(これは………?)

 

 シュミット大佐の説得に皆の意識が注目する中、私は首元に何かが這いずる感覚を感じた。と、次の瞬間私の死体を持つ腕に肩から何かが移動してきた。

 

(これは………偵察か)

 

 小さくてクリアな……全長一、二センチ程しかないであろう、水黽か蜘蛛のようなドローンが小さなカメラを私に向けて、次いで周囲を確認するかのようにその光学レンズを回転させた。そのステルス性と機動性を意識したデザイン……明らかに同盟軍の近距離隠密偵察用ドローンであろう。

 

 ドローンは再び私の腕から肩、そして首から髪に隠れるように耳元に向かう。そして恐らく指向性スピーカーを使い私に指示が伝えられる。……了解、というべきかね?

 

 私が隠密に命令を受けていた一方、説得は続いていた。シュミット大佐の言に幾人かの兵士が明らかに動揺して目を泳がせ始める。他の兵士の様子を見ているのだ。大佐は手ごたえを感じて更に兵士達の心理を攻めようと口を開く。

 

「そ、そうだ!君達も知っている筈だっ!そこの……彼は亡命貴族の生まれだ!彼らは帝国にも伝手がある!君達の名誉を守って本国に送還する事だって不可能じゃないはずだ!」

 

 シュミット大佐は兵士達を懐柔するために私に話を振る。勝手に責任を押し付けるな……とは言えないな、この場では有効な手段であることは間違いない。

 

 シュミット大佐が更に説得の言葉を口にしていき、私も援護の言葉を放とうとした、その時であった。

 

「ほざくな、売国奴がっ!」

 

 コーゼル大佐の怒声に続いて響いた銃声がシュミット大佐の説得の言葉を強制的に止めさせた。一瞬びくっと震えたシュミット大佐は、その後糸の切れた人形のように床に倒れる。

 

「ヨハンっ!?」

 

 グラヴァー氏は悲鳴を上げて銃撃されたシュミット大佐に駆け寄る。

 

「うっ……ぐっ……だ、大丈夫……でも……ないかも………げほっ!」

 

 呻きながら高級木材の床に吐血するハンス・シュミット大佐(仮)。火薬式銃とは違い体内で弾が人体を捩じりながら引き裂く、なんて事は無いが、それでも胸にブラスターの銃撃を受けて捕虜服にじんわりと赤い滲みが広がっていく。右胸を撃たれたのはある意味幸運だ、左なら心臓がやられていた筈だ。

 

………とは言え余り長くはない。

 

(ベアト、それにほかにも負傷者がいるしな。時間稼ぎしたいのに長引かせられないとは……!)

 

舌打ちしつつ私はブラスターライフルを構え直す。

 

「祖国を裏切った亡命貴族共に土下座をして帝国に戻れだとぅ?ふざけた事を抜かすなっ!これだから只の平民は……!何の誇りも伝統も背負わん卑怯者がっ!奴隷にも劣る屑がっ!」

 

 血が流れる傷口をグラヴァー氏のハンカチで押さえつけられるシュミット大佐をコーゼル大佐は罵る。シュミット大佐の説得は却ってコーゼル大佐の怒りを買ってしまったらしい。

 

 苦しむシュミット大佐の傷口を必死で押さえながらグラヴァー氏は敵意しかない視線でコーゼル大佐を睨みつける。当然その不躾な視線はコーゼル大佐にもすぐに分かる。大佐は舌打ちしながらグラヴァー氏に何か言おうとする……前に私が遮る形で話す。

 

「おいおい、大佐。武器も持たない相手に銃撃はどうなのかね?それに大佐の御相手は私だろう?伯爵よりもそこの平民に夢中とは嫉妬してしまうじゃないか?」

 

 取り敢えず怒り狂ったコーゼル大佐が更にシュミット大佐や巻き添えにグラヴァー氏に発砲する可能性もあったので挑発してこちらに注目させる。いや、伯爵どころかその人侯爵様だけどね?

 

「シュミット大佐が撃たれたのは場の空気を読めなかった自業自得として……余り私を空気扱いは止めて欲しいな?これじゃあ私が間抜けみたいだろう?コーゼル大佐、そろそろ私との御話に戻ろうじゃないか?」

 

 私は敢えて人を不快にさせるような話し方をしてみせる。あ、人質達から少しヘイトの籠った視線が来ている。そりゃあ危険を顧みず説得しようとして撃たれた奴を自業自得扱いすれば残当よ!

 

「わ、若…様っ……!危険です!挑発なぞ……!」

 

 ここで負傷して息絶え絶えのベアトが気付いたように私に向け叫ぶ。多分さっきまで意識が混濁していたのだろう。慌てて叫ぶ。そして撃ち抜かれた足で私の元に来ようとする。

 

「中尉、それを押さえておけ。悪いが折角の軍功の稼ぎ時だ、邪魔をするな」

 

 淡々と、興味無さげに私は命令をする。こちらに向かおうとするベアトを命令された中尉や心配した数名の人質が制止した。ベアトは尚も苦しそうに私の名前を呼ぶが無視しておく……いやマジで無理しないでね?

 

「軍功の稼ぎ時とは……随分と甘く見られたようだな?温室育ちの貴族のボンボンの分際で……!」

「その温室育ちのボンボンに一泡吹かされた奴が笑わせる。下賤な血の分際で私と会話出来るだけでも名誉だというに、礼儀を弁えろ犬め」

 

 私は自身に注目が集まるように尊大に話してみせる。決して誰にも横壁の窓に視線を向けさせてはいけないし、出入り口の扉にいた蜂起側の捕虜が二人消えている事を気付かせてはいけなかった。

 

「何をぅ……!?」

 

 顔を真っ赤にしてこちらを鋭く睨みつける大佐。うん、挑発が上手くいっているようで何よりだよ。お願いだからマジ早く助けてくれない?そろそろ涙出てきそうなんだけど?

 

 気付いたらミュンツァー中佐も中尉から私に銃口を向ける相手を変えていた。いや、ほかの捕虜も私に銃を向ける。室内を剣呑な空気が支配する。

 

(御令嬢は……まぁ後ろにいるから床に伏せさせれば何とかなるかね?後ジャスタウェイは……それ位押し付けるか)

 

 そもそもここまでヘイト稼ぎ頑張ったんだから残り位他の奴やれよ、私に押し付けんな、つーか危険手当寄越せや!

 

「まぁいい。そろそろ詰まらない睨み合いにはうんざりとしてきた所だ。……そろそろこの茶番劇も終いにしようか?」

 

 私は耳元のドローンのカウントを聞きながらブラスターライフルを構え直す。その挙動に場の空気が一層引き締まる。反乱を起こした捕虜達が警戒するように身構えた。

 

「コーゼル大佐」

 

私は覚悟を決めた表情でジャスタウェイを構える男の名を呼ぶ。

 

「……何だ?」

 

恐らく私の口調に僅かに含まれる嘲笑に怪訝な表情でコーゼル大佐は答えた。

 

「ああ、実はな………ぶっちゃけそれ(ジャスタウェイ)って見てるだけで労働意欲失せねぇか?」

 

 恐らくは下手に皆緊張していたためであろう、私の言葉に場の皆が一瞬間抜けな表情を見せた。

 

 そして一瞬後、室内の強化硝子製の窓が大きな音と共に一斉に粉砕された。それは同盟軍や同盟警察が使用する超振動波障害物破砕機によるものだった。対象の固有振動を機械で再現して瞬時にかつ確実に、そして安全に破壊する……いや、別に詳しく説明する必要もなかろう。兎も角も何の前触れもなく突然自治委員会の室内の窓硝子が一気に破壊されたのだ。

 

「失礼……!!」  

「きゃっ……!?」

 

 私は殆ど同時に盾役の死体を捨てると後背に佇んでいた伯爵令嬢を抱き締め、その目と耳を塞ぎ、彼女ごと身を床に伏せていた。

 

 ほぼ同時に破壊された窓と出入口の扉から白煙手榴弾と閃光手榴弾が幾つも投入される。突入時に室内の敵性勢力の五感を潰すのは当然のことだ。私は咄嗟に目を、事態を理解したノルドグレーン中尉も目と耳を塞ぎベアトに駆け寄って身体を伏せる。

 

 ほかにも瞬時に反応した数名の同盟軍人が同じ事をすると共に、周りの人質達にもそうするように叫んだのが聞こえた。

 

 爆音と閃光が室内に満ちた。同時に窓からロープで、そして扉から多数の人間が突入したのを気配から察する。

 

「くっ……!?」

「このっ……がっ!!?」

 

 恐らくはパラライザー銃であろう発砲音と共に何かが倒れる音が連なる。反撃するようにブラスターや火薬式銃の銃撃音も響いているが、それも即座に制圧される。

 

 私が閉じたとはいえチカチカとする目を微かに開けば、二十名はいるだろうか、追加装甲を装備した重装甲服姿の兵士達の姿がかすかに見えた。

 

「こちらa分隊、状況クリア!人質を保護した!」

「負傷者がいるぞ……!衛生兵、こちらに来てくれ!」

「こちらc分隊、自治委員会のメンバーを確保。負傷者無し」

 

盾とパラライザー銃、あるいはエアライフルを構えた兵士達が人質を確保していく。

 

「おのれ奴隷共……がっ!?」

 

 抵抗を諦めていないコーゼル大佐が手元のジャスタウェイを起爆させようとするが、それは叶わなかった。気配を完全に消した突入部隊の兵士の一人が背後から大佐を拘束し、手慣れた動きでジャスタウェイを奪取する。そのまま関節を極めながら大佐を背負い投げして意識を刈り取る。

 

「ぐっ……!」

 

 続いて閃光手榴弾でやられた目元を押さえて床を這いずり回っていたミュンツァー中佐が私の視界に映った。どうやら床に落とした拳銃を必死に探しているようだった。

 

 ミュンツァー中佐は辛うじて拳銃を拾い私の方に向けようとする。どうせ殺られるなら最後に価値ある敵を討ち取ろうという考えであったのだろう。私は伯爵令嬢がいるので避ける事は出来ない。相手が視界を奪われている事から乱射されるだろう弾が命中しない事を祈るしかない。

 

 だがミュンツァー中佐の最後の抵抗も無駄に終わる。コーゼル大佐を無力化した兵士が一気に距離を詰めて腰の電磁警棒で中佐を無力化したためだ。

 

「確認する、ティルピッツ少佐で宜しいか!?」

 

ミュンツァー中佐の拳銃を奪い取った後、その兵士がこちらに駆け寄りそう尋ねる。

 

「ああ、その通りだ。負傷者が多くいる、そちらの治療を頼みたいが……」

 

 問題はこの部屋以外の蜂起した捕虜達だ。恐らく突入部隊は地下なり闇夜に紛れて空中なりから浸透してきた筈だ、つまりほかの捕虜は無傷の筈だ。彼らが戻ってくれば………。

 

「問題ありません、今頃ほかの部隊も攻撃を始めている頃合いです。それに緊急を要する者には屋上からドクターヘリを寄越せます、御安心下さい」

 

しかし兵士は予測していたように淀みなく答える。どうやら問題はないようだ。見れば突入部隊の一部は家具を持って部屋の外に出ている。下での戦いが終わるまでバリケードを設けて防衛線を構築するつもりなのだろう。

 

「ふぅ……そう、か」

 

 ちらりと人質達の方向を見やる。どうやら一般市民や自治委員会の幹部に多少の怪我人はいるが死者はいないらしい。

 

(後は重傷者が助かれば万々歳か……)

 

担架によって運ばれたベアトとシュミット大佐を見て私は緊張を解く。

 

「あ、あの……」

 

床にぺたりと座って尚も困惑する伯爵令嬢を見て私は可能な限り優しい声をかける。

 

「一応の危険は去ったと見て良いでしょう、御安心下さい」

「あっ……」

 

そしてグラティア嬢の反応を確認せず、すぐに兵士の方に向き直る。顔を合わせるのが気まずい事もあった。

 

「悪いが彼女に護衛を付けてくれ。……私も防衛に回った方が良いか?」

 

バリケードで銃を構える兵士達の方を指差して私は提案する。

 

「いえ、少佐殿には先にヘリで避難をするようにとの御命令です」

「捕虜収容所司令部から?」

「いえ、国防事務総局からのです。……任務に関する事のようです」

 

声を細めて答える兵士。となると……この騒動に関わる報告だな。

 

「……了解した。では行こうか。あー」

 

私はここで相手の名前を聞いていない事に気付いた。相手もそれに気付いて敬礼と共に軍姓名を答える。

 

「第九特殊作戦グループC小隊隊長、アーノルド・クリスチアン大尉であります。それではこちらにどうぞ」

 

私はクリスチアン大尉の誘導に従い輸送ヘリに乗るために立ち上がった………。

 


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