帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百六話 女子トイレに隠れる糞貴族はこいつです!

 蜂起の始まりは宇宙暦788年8月26日1545時に起きた捕虜収容所東部の警備隊詰所での爆発であった。散歩に見せかけた捕虜達が服の下に隠していた爆弾を投げつけた事が監視カメラで確認されている。その後捕虜収容所内の計一一か所で同時に襲撃が行われた。

 

「な、何だ!?何があった!?」

「捕虜共が暴動を起こしたのか!?」

「暴動!?違う!反乱だよっ!」

 

 この捕虜収容所で小規模な暴動こそ起きた事はあっても銃器を使った大規模な蜂起が起きたのは凡そ半世紀ぶりの事であり、警備兵達は動揺と混乱こそしたが、日々の訓練もありすぐに組織だった抵抗を開始する。装備の面でも警備部隊の方が充実しており決して不利な状況ではなかった。

 

「くっ……!増援部隊は!?ドローンならすぐに来るだろう!?」

 

警備兵の一人が叫ぶ。携帯端末で近隣のドローンを呼ぶ兵士。それに応えるように敷地に入った二足歩行型の警備ドローンが光学カメラと並行して備えられた機関銃を蜂起した囚人達に向けようとする。

 

「よせっ!警備ドローンは全て防御モードに切り替えろっ!無関係な者を巻き込む!」

 

 現場の警備隊長が叫ぶ。捕虜収容所に配属された軍人と軍属には顔認証とIDカードで射撃を禁止されているが、反乱とは無関係な捕虜や囚人や勤務する兵士の家族と言った収容所訪問中の一般市民もこの場にはいるのだ。それらを巻き込む訳にはいかなかった。ここの捕虜は重要性の高い者が多いし、一般市民を巻き込むのは論外だ。

 

 慌てて警備兵達が携帯端末からコードを入力して殺傷兵器の使用を禁止させる。こうなってはドローンは弾避けか偵察、あるいは陽動程度にしか使えない。

 

「糞、捕虜の分際で……!」

 

 警備兵の一人は毒づく。捕虜なら捕虜らしく大人しくしてれば良いものを、よりによって面倒な訪問客のいる今日にこんな事しなくて良いだろうに!!

 

「第三分隊右に回れ、第二分隊はドローンを盾にして前進するぞ、無線で第四分隊に援護を……」

 

 銃撃戦の最中、前線の警備部隊は蜂起の鎮圧のために作戦を練る。隊長が携帯端末と無線機片手に指示を出して行く。だが……。

 

「ん……?」

 

 空き缶のような物が転がっていく音に小隊司令部の兵士達は一斉にそちらに視線を向ける。そこにはオレンジ色の空き缶に割り箸を突き刺し、死んだ目をした顔が描き込まれた物体があった。

 

「ジャスタウェイ……!!」

 

 悲鳴に近い声と共に兵士達は一斉に地面に伏せる。同時に腑抜けた顔の書き込まれた空き缶状の物体はニヤリと笑う(ように見えた)と共に爆発した。地面のコンクリートが吹き飛び石礫が周囲に散る。

 

「畜生……!何で捕虜共がジャスタウェイなんて使ってんだよ……!?」

「いやっ……!ある意味当然だろうよっ……!!」

 

 コルネリアス帝の親征において、占領地のゲリラやレジスタンスが帝国軍の監視の目を逃れて大量に生産した兵器が簡易工作爆弾こと「ジャスタウェイ」である。町工場レベルの設備と廃品からでも大量に生産可能というこの兵器は、占領地における専制政治に対する抵抗の一種の象徴だ。右翼の牙城たるマルドゥーク星系では鋼鉄のジャスタウェイ像が星都のメインストリートに置かれているし、ヴァラーハ出身の戦争文学作家ドゥメック氏の執筆した占領下の故郷を舞台とした「青年と夏とジャスタウェイ」は右翼の聖典の一つとして有名で一億五〇〇〇万部も売れたベストセラーである。兵器としての評価に至っては未だに同盟軍で改良型が制式装備として採用されている程だ。

 

 帝国の上層階級が多くを占める捕虜達がそのような反帝国の象徴とも言える爆弾を使う事に、疑問を持つかも知れない。しかし、逆に言えば占領地の監視下ですら簡単に揃えられる兵器であるとも言える。同じく看守達の監視の目を逃れて作るにはもってこいなのかも知れなかった。

 

 見れば、反撃を封じられている警備ドローンは優先的にジャスタウェイの標的になっているようで、彼らが盾にしようとしていたそれも彼らが起き上がった時には炎上してゆっくりと崩れ落ちつつあった。

 

「やむを得ん、一旦後退するぞ。包囲網を作り増援を得てから一気に反撃に移る……!!」

 

 只でさえ装備の殆んどが戦闘ではなく暴動鎮圧用のそれである警備部隊にとって、予想以上に重武装の囚人達との無理な戦闘は犠牲が大きくなる事が想定出来た。ここは無茶をせず周辺基地からの援軍を期待した方が良い。

 

 そして捕虜収容所司令部もその考えに至ったらしく、戦闘中の各部隊は民間人や軍属、無関係な捕虜等の避難と並行して防衛ラインの後退と周囲一帯の封鎖を命じた。

 

 同時に首都防衛軍(バーラト星系警備隊)のハイネセン星域軍南大陸警備区司令部に緊急事態の連絡と増援部隊の派遣を要請。これに対応した南大陸警備区司令官シャルマ少将は、サンタントワーヌ捕虜収容所に近いモルドヴァン陸上軍駐屯地及びソヴュール航空軍基地に出動を要請。また、近隣都市に対して戒厳令を発したのであった……。

 

 

 

 

 

 

「この部屋はどうだ?」

「いや、いないな」

「よし、隣の部屋を探すぞ……!!」

 

 捕虜収容所の屋外にて銃撃戦とそれに伴う同盟軍の一時撤収が行われていた頃、施設の屋内でも蜂起した囚人達が銃器を手に収容施設の廊下を駆けていた。

 

 彼らの目標は、施設内に隠れた同盟軍兵士や一般市民、あるいは蜂起に参加しなかった囚人の確保と連行である。屋内で蜂起した彼らは行動を開始すると同時に各部屋の制圧を始め、一室一室に入り込み入念な捜索を行っていた。

 

「……誰かいないか?いるなら出てこいっ!命令通り出てこなければ射殺するぞっ!」

 

 少々下手な同盟公用語で叫びながら、人が隠れられそうな場所を探していく囚人達。その中には当然のように施設内のトイレを見て回る者もいた。

 

「行くぞ、シューマン」

「分かった、援護する」

 

 蜂起軍の屋内捜索隊に所属するハーシェ准尉とシューマン曹長が互いに援護しながら男子トイレの一つに侵入する。

 

「………いないな」

 

 トイレの物置と個室を一つ一つ確認して誰も潜んでいない事を確認するハーシェ准尉。と……。

 

「……今音がしたな」

「ああ、隣だ」

 

 ドンッ、という小さな音が隣の部屋から響いたのを二人は確認する。

 

「……反乱軍の兵士でも隠れているのか?」

 

 この捕虜収容所に収監されている帝国人捕虜は男性のみ、そして、ここのトイレは職員も使うトイレである。そうなると、考えられるのは反乱軍の女性兵士が隣に隠れているということだ。

 

「………行くぞ」

 

 隣が女子トイレであった所で彼らには関係の無い事だ。そんなつまらない事をこの有事に気にしてはいられない。すぐさま隣の部屋に入れば、個室の一つがあからさまに扉を閉め鍵が掛けられている事が一目で分かる。

 

「ふん、馬鹿者め。こんな事するだけ無駄であろうに」

 

 恐怖からか、個室の扉を閉め鍵を掛けるなぞ自ら隠れている場所を晒す行為でしかない。所詮は無学ですぐパニックになる反乱軍の女性兵士という訳か……。

 

 因みに帝国軍においては基本的に女性軍人は存在しない。所謂本国の受付や軍病院の看護婦等でこそ女性が働いているが、あくまでも軍属としてであり、しかも大半は武門貴族や士族の子女であった。平民や奴隷の女性なぞ軍属としてすら役に立たないのでまず応募の時点で拒否される。

 

「おい、そこに隠れているのは分かっている。今すぐ扉を開き降伏しろっ!降伏しない場合は問答無用で射殺する!!」

 

 ブラスターライフルを扉に向けながら脅すようにそう宣言するハーシェ准尉、無論誇り高い士族階級出身の彼も女性に銃口を向ける事は余り好ましく思っていないが、相手を個室から引きずり出すには脅迫が一番であるのは確かであるし、相手の抵抗に備える必要もあった。すぐ傍のシューマン曹長も最悪相手を射殺する覚悟でハンドブラスターを構える。

 

「五秒待ってやる!それまでに出てこい!五……!」

「ひっ……わ、分かりました!開けます!開けますから殺さないで下さいっ……!」

 

 個室から悲鳴に近い声が響き渡る。秒読みの最初を言い終えるかどうかでこれである。所詮は逃亡奴隷の血の流れる女だ。すぐに命乞いをする。

 

 ゆっくりと個室の扉が開かれる。一応抵抗に備えて身構えるハーシェ准尉は、しかし次の瞬間一瞬目を見開いて驚いた。

 

 反乱軍の軍服を着たその女性兵士は、薄いブロンドに紅玉色の瞳をした美女だったためだ。白い肌にそのどこか品のある所作も含め、帝国人が想像する美人の条件にとても合致していた。

 

「ひっ……い、命だけは……!」

 

 向けられる銃口を見て顔を青くした女性兵士は目元に涙を浮かべて怯える。その悲鳴にハーシェ准尉とシューマン曹長は我に返り、互いに顔を見合わせた後銃口を下げる。

 

「怯えるな、吾等は誇り有る帝国軍人だ。卿が大人しく連行されるのなら一切の害は与えん。その個室から出てくると良い」

 

 騎士道精神でも刺激されたのか、先程に比べて若干優し気に声をかけるハーシェ准尉。怯えた表情の女性兵士はちらりと准尉と曹長を見やり、ほかに銃を持っている者がいないかおどおどと尋ねる。

 

「安心しろ。ここには我らだけだ。隠れて卿を狙っている者はいない」

「そ、そうですか……で、では……」

 

 ゆっくりと個室の扉を開いて出ようとする女性兵士は、しかし途中で止まる。

 

「す、すみません……あ、足が震えて……」

 

 どうやら恐怖で足が竦んでいるらしく、その事を涙声で伝える女性兵士。

 

「うむ……宜しい、ならば手を貸そう。こちらに」

 

ハーシェ准尉が銃を肩にかけて紳士らしく近寄る。

 

「は、はい……そ、その……次いでにその銃も貸して頂けますか?」

 

 怯えながら准尉の手を取る女性兵士は次の瞬間、凛とした、鋭い声を口にした。

 

「なっ……がっ!!?」

 

 何があったのか理解する前にハーシェ准尉の視界が回転し、同時に背中に衝撃が走る。背負い投げで床に叩きつけられたのだ。

 

「なっ!?この……!」

「させるかよ……!!」

 

 慌ててハンドブラスターを構えようとするシェーマン曹長に対して用具入れから飛び出した私は先を取り外したモップで背中を突く。

 

「ぐっ……!?」

 

 姿勢を崩した曹長は、しかしすぐさま振り向いて私にハンドブラスターを向けようとするが……。

 

「させる訳ねぇだろ!」

「痛ぇ……!?」

 

 此方に銃口を向けようとした瞬間に私はその手をモップで上から叩きつける。相手はその衝撃でハンドブラスターを手から取り落とす。

 

「この……がはっ!!?」

 

 すかさず私は相手の胸元を一気に突く、そしてそのまま遠心力を利用して横から振りかぶって首元に殴りつける。案の定相手は咳こみながら昏倒した。私はそこから床のハンドブラスターを遠くに蹴飛ばして苦しむ曹長の上に覆い被さり組み敷く。棒術は戦斧術の刃を外したのと事実上変わらない、そして戦斧術ならば幼少時代から散々指導されている。

 

「若様……!」

「私は気にするな、いいからそちらをどうにかしろ!!」

 

 同じくハーシェ准尉を押さえ付け制圧しつつあるノルドグレーン中尉に私は命令する。私の方に注意を向けて反撃を受けては困る。

 

「うぐっ……!?ぐっ……!」

 

 捕虜が暴れて逃げ出そうともがく。ちぃっ!士官学校でリューネブルク伯やチュン、不良中年と言う酷い面子にしごかれ続けた私の格闘戦能力を舐めるなよっ!?

 

「お前さんはっ……寝ておけ!!」

 

 私は叫ばれる前に頭に一撃入れて迅速に意識を奪う。中尉を見れば同じく相手を気絶させ終えたらしく、装備していたブラスターライフルを奪い取る。

 

「はぁ…はぁ……上手くいったな……」

 

 相手を無事に無力化出来、私は気分を落ち着かせるように呼吸を整える。

 

 周辺では蜂起した捕虜達、そんな状況で手持ちの武器が無い私達はこのままでは人質にされるか射殺されるしか道が無かった。無論、そうなる訳にはいかなかったので武器の確保は最優先するべき事だった。

 

 ノルドグレーン中尉の意見を容れて女性用トイレの個室と用具入れにそれぞれ隠れ、相手を呼び寄せ油断させてから襲いかかった。ノルドグレーン中尉は帝国風の美人であり、この捕虜収容所には士族や貴族、富裕市民の捕虜が多い。怯える美女に紳士的に対応する可能性は高いので奇襲性は高いと思われた。

 

「これはどういたしましょう?」

 

 倒れる捕虜達を見て中尉が尋ねる。止めをさしておくか?という意味であろう。 

 

「いや、止しておこう。用具入れにでも叩き込んで外側から鍵をしとけば十分だ」

 

 弾が惜しいし、反乱を起こしたとは言え下手に捕虜を殺し過ぎるのも宜しくない。どうせ武器は奪い取ったのだ、この騒動が終わるまでトイレで寝ていてもらおう。

 

「随分と大規模な蜂起だな……百…いや、二百はいそうだな」

 

 捕虜の服で手足と口を縛り、用具入れに押し込んで閉じ込め終えた後、トイレの窓から外を一瞥し私は推測する。外で見える捕虜達や黒煙、周囲で聞こえる銃声から、蜂起のおおよその規模は分かっていた。

 

「それにこの装備……良くも気付かれずに集めたものです」

 

そう語るのはノルドグレーン中尉である。

 

 従士の言を聞いてから私の手に持つハンドブラスターを見やる。同盟製でも帝国製でもない、恐らくはフェザーンの兵器企業が民間軍事会社に販売している……正確にはしていたものだ。随分と古い型である。ノルドグレーン中尉のブラスターライフルはもっと珍しい。外縁宙域に拠点を置く宇宙海賊やら武装勢力が独自に製造・使用している物だろう。当然同盟で配備されている物ではない。

 

「横流し……にしては少し解せないな」

 

 横流ししようにも、ハイネセンの軍倉庫からの横流しは頻繁な監査があるので簡単ではないし、そもそも同盟軍が配備していない装備は横流しが出来よう筈もない。無論、テロリストや宇宙海賊から回収した装備が員数外の予備役装備として倉庫に保管されている可能性もあるが、それはあくまでエコニアのような辺境での事だ。中央にこの手の銃器が数百人分も眠っているとは思えない。

 

「まぁ、今はその事は気にする必要はないか……」

 

それよりも今気にしなければならないのは……。

 

「ボーデン大将達の身柄がどうなっているか、だな」

 

 我々がこの場で行わなければならないのは状況把握と保護である。前者は蜂起の規模と目的、そして自治委員会メンバーがこの蜂起にどれだけ関係しているのかであり、後者は協力していない場合の自治委員会メンバーとその他の友軍と民間人、そして……。

 

「迅速にグラティア様を保護する必要も御座います。もしもこの騒動で火の粉をかぶられてしまえば……」

 

 深刻そうな表情を浮かべる中尉である。寧ろ中尉にとってはそちらが重要かも知れなかった。同盟軍に所属していようとも根本的には彼女はノルドグレーン従士家の人間であり、ティルピッツ伯爵家の臣下であった。同盟の存亡も、何万という民衆も、ほかの貴族の生命や国家の重要人物の生命すら、究極的には伯爵家の存続と利益と天秤にかければ取るに足らない物でしかない。その観点から見れば、政略結婚の相手であるケッテラー伯爵家の娘の身の安全は、ティルピッツ伯爵家の権益と政治的思想から間違いなく優先して守るべきものであった。そしてさらに言えば……。

 

「若様、非れ……」

「言いたい事は分かっている。だがそれも容易な事ではないだろう?」

 

 ノルドグレーン中尉にとって最優先で考えなければならないのが、私の身の安全だ。即ち私を避難させる、その上で彼女はグラティア嬢の保護を考えている事であろうが……この場で逃げるのも中々簡単な事ではない。寧ろ、ここからなら自治委員会の幹部の居場所が近いので、逃げるより彼らを保護した上で部屋に立て籠もった方が良い、逆に彼らが手を引いていた場合はその制圧が必要である。

 

「……それに本来の任務もあるしな」

 

 その指摘に黙りこむ中尉。ベアトに大佐達の監視を命じているのだが、彼女からの連絡はこの騒動以来通じない状況が続いていた。

 

「基地のネットワークにアクセスしているが、そちらでも大佐達が保護されたという記録は出てきていない。となるとこの騒動に巻き込まれていると考えるのが自然だ」

 

 ここから安全地帯に逃げるのは困難であり、監視対象は行方不明、婚約者や自治委員会のメンバーのいた場所からは比較的近い、となれば選択肢は限られる訳だ。

 

「それでは……」

「無論無茶はしない、下手に動いて状況を悪化させる事もあり得るからな。取り敢えずはベアトと合流する事と情報収集、可能であれば保護対象を確保する、という方針で行きたいが……駄目かね?」

 

私は中尉の方を伺うように尋ねる。

 

「それは……」

 

 迷うような表情をするノルドグレーン中尉。彼女からすれば私を危険に晒すのは避けたいのだろう。

 

「いや、こういう言い方は良くないな。中尉、私としてはここで何もせずにのこのこと逃げる訳にはいかん。危険は承知しているが、私のために付き合ってもらう。いいな?」

 

 私は上から目線で命令する。こういう時は頼み込まれるより命令される方が臣下には気楽なものである。

 

「……!!はっ、了解致しました!」

 

 直ぐ様承諾の返事をするノルドグレーン中尉。その態度は既に同盟軍人のそれではなく門閥貴族に仕える従士のそれであった。

 

「うむ。では方針は決まったとして、移動は………」

 

 当然ながら素直に廊下や通路を歩いては蜂起した囚人達と十中八九遭遇し銃撃戦となるであろう。弾には限りがあるし、そもそも銃の性能と信頼性も安心出来ない代物、その上防弾チョッキもない状況だ。可能な限り戦闘は避けたい。そうなれば……。

 

「……まぁ、御約束のパターンだな」

 

私は肩を竦めてトイレの天井を見て呟いた………。

 

 

 

 

 

 

「失望したぞコーゼル大佐。卿の家は平民とは言え武門の誉れ高い士族の名門コーゼル家の出だ。このような日に無粋な真似をする程下品な血が流れる者ではなかろうと考えたのだが……どうやら私の見込み違いであったようだな?」

 

 銃を構える十名ばかりの囚人を前にしてもボーデン伯爵、あるいは大将は悠然とした面持ちを崩さない。三〇〇〇ディナールは下らないワイングラス(それでも門閥貴族にとっては安物だ)を天井のシャンデリアと重ね見て、グラスの中の深紅の液体を揺らしその輝きを見つめる伯爵。その余裕と落ち着きを持った所作は到底二桁の銃口を向けられている人物のそれとは思えない。

 

 その傲岸不遜な態度に、老伯爵の眉間にハンドブラスターの銃口を向けるエリック・コーゼル大佐は苦虫を噛みつつ鼻を鳴らした。

 

「ふんっ、帝国軍人としての誇りと矜持を捨て去ってこんな場所で何年もサロンを開く世捨て人共に言われる筋合いなぞないわっ!」

 

 老伯爵の持つグラスを無理矢理奪い取りその中身を飲み干すとそのまま絨毯の敷かれた床に叩きつける。硝子の砕け散る音が室内に響いた。

 

「やれやれ、然程高級な物ではないが下町の安酒と言う訳でもないのだがの。葡萄酒を飲む前にはまず色と香りを楽しめ、麦酒のように音を立ててがぶ飲みをするものではない」

「ふんっ!悪いが俺は葡萄酒より麦酒の方が好みでな。そういう語らいはミュンツァーの野郎とでもしな」

 

 その横柄で荒々しい態度にボーデン伯爵は肩を竦める。帝国では葡萄酒は上流階級の、麦酒は下層階級の物と相場が決まっている。中流階級以下の者が葡萄酒を入手する事は困難であり、一方貴族や社交界に参加を許された極一部の富裕市民は葡萄酒に対する広範な知識とその味を見分ける舌を持つ事が半ば義務化していた。「身分に相応しい物を口にさせよ、価値の解らぬ者に価値ある物を口にさせるは資源の浪費である」は偉大なる大帝陛下の残した言葉である。

 

「やれやれ、してそんな世捨て人達に銃口を突き付けて何の用なのかね?」

「決まっておろう、人質よ!!」

 

呑気な声で尋ねる大将に対して噛みつくように答える。

 

「人質か、内地なら兎も角、この外地の反乱軍にとっては我らの人質としての価値はそう高くないぞ?我々よりも……」

 

 そう言ってボーデン大将が見据える先には十数名ばかりの手足を縛られた同盟軍兵士や軍属、蜂起に参加していなかった捕虜、それに一部の一般人達に、恐らくはつい先程までここにいたであろう賓客の護衛二人も制圧されていた。黒服の護衛以外は蜂起とその後の戦闘でコーゼル達の捕囚となった者達であろう。一部の同盟軍兵士は負傷しており、止血と痛み止めでどうにか怪我に耐えている状態であった。

 

「彼方の方が余程役に立つだろうに。これでは下手すれば我々が糸を引いているように思われかねんのだがな」

 

 フレデリック・ジャスパーとの戦いで捕虜となってから二四年。伯爵も流石にそれだけの年数をこの捕虜収容所で暮らせば、反乱軍(同盟軍)の価値観にもそれなりに理解が及んでいた。大貴族の命も一兵卒の命も、反乱軍にとっては大きな違いはない。もちろん、捕虜としての軍事的・政治的な部分での価値は違うであろうが、根本的な意味での差は存在しない。

 

 それどころか、帝国の大貴族の命よりも自国の兵士や一般市民の安全の方が遥かに重要ですらあるだろうし、ボーデン伯爵もその事を理解していた。その意味では態態手間とリスクを取ってまでこの自治委員会本部を制圧する意味はない。

 

「ふん、惚けるな。その気になれば貴様らは反乱軍に協力する事位理解しているわっ!」

 

 貴族の保身術をコーゼルは軽視するつもりはなかった。もし彼らを放置すれば時期を見て彼らは自分達の情報を同盟軍に売るであろうし、自分達を支持する捕虜達を使い潜入工作や末端の同志の説得を行い切り崩しを仕掛けて来るであろう。この捕虜収容所からでも彼らは多少の権力程度ならば内地に向けて行使出来る。彼らがこの捕虜収容所の囚人達の身元と個人情報の大半を特定している事位コーゼル大佐は知っていた。

 

「確かに、反乱軍共にとって貴様らの価値は大したものではないかも知れん。だが、ここに貴様らと違い付加価値がある者がいた事位は把握している………小娘をどこに隠したっ!!?」

 

 そう叫びながらコーゼル大佐は一瞥していた空席の椅子を蹴り倒した。

 

「きゃっ……!?」

「ひぃ……!?」

 

 その怒鳴り声に手足を縛られている軍属や一般市民……特に女性は小さな悲鳴を上げる。それに反応してコーゼル大佐は鬼のような形相でそんな捕囚達を睨み付け、すぐにボーデン伯爵に向き直る。

 

「老い耄れ共、貴様らがどこかに隠したのは知っているんだからな?吐かないならばその身に聞いても良いのだぞ?」

 

 脅すように尋ねるコーゼル大佐。その殺気を纏った視線に対して、しかし相変わらずボーデン大将は悠然とした表情を崩さない。

 

「コーゼル大佐、お止め下さい。曲がりなりにもその方は我ら帝国軍の大将でありますぞ。例え一時の敵となれど礼節は守るべきと存じます」

 

 ボーデン大将とコーゼル大佐の睨みあいに終止符を打ったのは、自治委員会の本部に入室した紳士の言葉であった。コーゼル大佐は不機嫌そうに声の主を見やる。

 

「ミュンツァー中佐、外の方はどうなっている?」

 

 粗末な囚人服を来た男性は、しかしその佇まいのお陰で気品を損ねる事はなかった。蜂起軍の副司令官たるフェリックス・フォン・ミュンツァー中佐は、コーゼル大佐の質問に流暢な宮廷帝国語で答える。

 

「反乱軍は味方を避難させつつ後退しております。恐らくは周辺の増援を得た上で包囲網を狭めていくつもりなのでしょう。こちらはほかの同胞を同志が説得しつつ、バリケードを作り防衛線を構築中です」

「ほぼ予定通り、という訳か」

 

 コーゼル大佐がミュンツァー中佐の報告に頷く。一方ボーデン大将は背筋を伸ばして起立する中佐に非難するような視線を向ける。 

 

「ミュンツァー中佐、君には失望したよ。愛国的な信条は構わんが、このような野蛮な行為に手を染めるとは。名門ミュンツァーの家名に泥を塗るつもりかね?」

「ボーデン大将閣下、それは誤解で御座います。私は一度たりとも誇りある帝国軍人として不名誉な態度を示したつもりは御座いませぬ」

「ほぅ、誤解と。亡命したとは言え、帝国開闢以来の名門の令嬢を人質にしようとした行為が誇りある行動と?」

 

 ミュンツァー中佐の発言に不機嫌そうにボーデン大将は言い返す。この時点でボーデン大将は彼らがここに来た目的を完全に理解していた。

 

 確かに、この捕虜収容所にいる貴族達の生命の価値は、平民共のそれと大きな違いがあるわけではない。だが、同盟内で地位を固め、決して無視出来ぬ勢力を持つ亡命政府に所属する貴族の命であればどうか……。

 

「失礼ですが、我々から見れば反乱軍と協力する亡命貴族共なぞ裏切り者以外の何者でもないのです。ルドルフ大帝から与えられた帝室の藩塀たる義務を放棄し都合の良い偽帝を立て、その上貴族としての誇りを捨て去り奴隷共に協力する輩なぞ同じ貴族ではありますまい!」

 

 そう言って帝国を裏切る亡命貴族達を糾弾するミュンツァー中佐。武門十八将家の一つであるミュンツァー伯爵家と言えば異様なまでに教条的な家である事で有名だ。

 

 初代当主ニコライはルドルフ大帝の勅命に愚直なまでに従い、辺境の反乱勢力数百万名を略式裁判で処刑した。ジギスムント一世帝の時代には、反乱に対処したロベルトが前例と法律に倣い叛徒共の六等親までを処刑するように上申した(これはノイエ・シュタウフェン公により退けられ叛徒の親族は三等親までを奴隷階級に墜とした)。恥愚帝ジギスムント二世に対してはその行いが前例と法律を無視し帝国の権威を落とすものであったがために、第六代当主ハインベルグがオトフリート二世による宮廷クーデターに協力した。第九代当主レオポルドは貴族の私戦を全面的に禁じたリヒャルト二世(忌血帝)に対して、貴族の伝統と権利の侵害であると直訴した。

 

 最も有名であろう第一六代当主たるオスヴァルト・フォン・ミュンツァー伯爵は、神経質で気難しく、例外を認めない面倒な性分の人物であると見られていた。士官学校同期でもあるゴッドリープ・フォン・インゴルシュタット伯爵とは全く正反対の性格であり、犬猿の仲ですらあった。「弾劾者ミュンツァー」の名を得た軍法裁判にしても、敗戦の真の責任者を追求しなければ再度栄光ある帝国軍が敗北すると考えたがために過ぎない。

 

 晴眼帝に推挙された彼は執着的に帝国の膿を取り除いた。腐った部分を切除する事こそが偉大なる帝国の復権のために必要不可欠であると考えたためだ。この時期多くの亡命者や宮廷を追放されて同盟に逃げた貴族もいるが、それすら彼にとっては寧ろ狙ったものであった。晴眼帝に臣民の大量亡命について意見を求められたミュンツァー伯爵は「これで帝国に巣くう病原菌が取り除かれ、しかも叛徒共は病にかかるのです」とこの状況を放置する事を薦めたとされる。

 

 その上で叛徒の討伐に関しては帝国の立て直しを優先し、その後情報収集と拠点を確保した上で行うべきであるとして、少なくとも半世紀の時間は必要との見解を示していた。記録によれば本心では帝国の権威の及ばぬサジタリウスの反逆者共の討伐を今すぐにでも実施したかったようであるが、彼は政治的には教条的な理想主義者であっても軍事面では現実感覚に優れた有能な軍人であり、それが不可能である事も理解していた。そして困難な遠征の失敗はそれこそ帝国の権威を失墜させる事もまた熟知していた。コルネリアス帝の親征に反対したのもあくまでも帝国の権威を憂慮しての事に過ぎない。

 

 このように帝国の権威と伝統に異様に固執するのが代々のミュンツァー家の人間であり、その末端に位置する中佐もどうやらその血を色濃く受け継いでいるようであった。彼にとっては亡命貴族の大半は奴隷共に迎合し、民主政を受け入れる敗北者であり、異端者でしかない。

 

「中佐、それは言い過ぎであるぞ。血は水より濃いのだ。亡命した者達の中にも卿の一族と縁を持つ者もおろうに……」

「であれば、より嘆かわしい事ですな。我が一族の血を引きながら奴隷共におもねるような者がおろうとは。私が直々に手を下し恥を雪がねばなりますまい」

「むぅ……」

 

 ボーデン大将の説得にミュンツァー中佐は聞く耳を持たないようだった。

 

「ボーデン大将殿、私は閣下を深く尊敬しております。忌々しい730年マフィアによる神聖不可侵なる帝国本土への侵攻を防ぎ、その身を以てイゼルローン要塞建設を阻止せんとするジャスパーの野望を打ち砕いたその献身的な戦いぶりは帝国貴族の鑑と言えましょう、ならばこそ、此度の我らの義挙に賛同して頂けると私は考えているのです」

「義挙だと……?」

 

 ミュンツァー中佐の言に怪訝な表情を浮かべるボーデン大将。

 

「ええ、そうです。我々は……」

「中佐、それ以上ここで口にする必要はない。それよりも本題に入るぞ」

 

 ボーデン大将を説得しようとするミュンツァー中佐を止めるコーゼル大佐。彼にとっては日和見主義の老貴族の説得は時間の無駄のように見えたのかも知れない。

 

「細かい話はどうでもいい。結局は我々にとって今必要なのは今日、ここにご訪問あそばされた小娘の身柄な訳だ。そして貴様らはその在処を口にするつもりは無い、と言う訳だな?」

 

 コーゼル大佐は椅子に座り沈黙を貫くボーデン大将を見やる。次いでこの場に出席する首席秘書官ヴルムプ中将(子爵)、自治委員会書記長ブランバルト少将(男爵)、自治委員会警備主任ハーケンマイヤー大佐(ボーデン伯爵家従士)に視線を移す。当然ながらその表情はコーゼル大佐の質問に答える意思が無い事が明白であった。

 

 次いでこの室内に連行されたコーゼル達の「捕虜」を見やる。苦しそうに傷口を抑える兵士に、怯えながら監視する同志達の表情を伺う軍属や民間人。腑抜けた面だ、民主政治などと言う人類を堕落させるカルト思想の下で生きる賎民らしい。

 

 そして最後に目についたのは縛られた黒服の人影であった。室内に突入すると共に襲いかかって来た彼らを制圧するのには少々骨が折れたが、所詮丸腰の上たった二人であり、最終的には手足を縛られて捕囚となった。

 

「ふんっ……では護衛であった貴様らなら知っているだろう?何処に貴様らのご主人様を隠した?」

 

 黒服達の下に歩み寄って尋ねる大佐。しかし彼らはそれに対して沈黙でもって返した。

 

「いい度胸だ………舐めているんじゃねぇぞ案山子共がっ!!」

 

 怒声を上げながらコーゼル大佐は黒服のうちの一人の腹を思いっきり蹴り上げる。

 

「がはっ……!?」

「ひぃっ……!?」

 

 蹴り上げた衝撃で黒服は苦悶の声を上げ、それを見ていた一般市民や軍属数名が小さな悲鳴を上げた。

 

「げほっ……げほっ……!!?」

「ふぅ……さて、隠し場所を言う気になったかね?」

 

咳き込む黒服に再度質問するコーゼル大佐。

 

「………」

 

しかし黒服達は相変わらず口元を縛るように閉じる。

 

「ふん、自己犠牲的な忠誠心か。見上げたものだな……これでも黙るか?」

 

 咳き込む黒服にハンドブラスターを向ける大佐。周囲から僅かに悲鳴が上がる。

 

「……無駄だ。我らは雇われの身とは言え誇りある従士だ。貴様ら程度の脅しになぞ屈する事はあり得ない」

 

 もう一人の黒服が淡々とした口調で答える。コーゼル大佐はちらりとそちらを見る。

 

「ほぅ、随分と我らを舐めているようだな。まさかとは思うが私(平民)に貴様ら(貴族)が撃てないとでも思ったか?」

 

 ハンドブラスターをもう一人に向けて大佐は質問する。黒服の方は深く息をしながら沈黙を持って答える。

 

「そうか、覚悟はしているようだな?では……自己陶酔しながらくたばるが良い」

 

次の瞬間、室内に銃声が響いた……。

 


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