IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第八話 ~世界最強の姉~

ピットから出撃した統夜は宙を滑走しながら地上に降り立った。地上で動きながら統夜は考える。

 

(一応動けるかな……)

 

無手のまま、体を動かし続ける統夜。すると上空で何かが飛ぶ音がアリーナに響きわたる。顔を上げると、上空には青いISがいた。そのまま見つめているとふと相手から通信が入る。

 

≪あら?何故貴方がいらっしゃるのかしら?≫

 

それはセシリア・オルコットの声だった。出てきた相手が予定と違っているのでいくらか戸惑っている様だったが、統夜はそれに構うことなく言葉を返す。

 

「一夏はちょっと野暮用でね。少し遅れて来るんだよ」

 

≪全く、これだから男というものは。約束の時間も守れないのですか?≫

 

「まあそう言わないでよ。その代わりに俺が相手をするからさ」

 

そう言って統夜は目の前に右手を突き出してイメージを固める。そして右の手のひらに光が集まったかと思うと一瞬の間に統夜の右手には大振りの太刀が一本、握られていた。

 

≪あら、その様な武器で私のブルーティアーズと戦おうというのですの?≫

 

相手も統夜を見て自分の武器を構える。大きなスナイパーライフルの銃口を統夜に向けると、目の前のバイザーに“警告 敵IS 射撃体勢に移行”という文字が踊った。

 

≪しかも貴方のそのIS、打鉄ですわね?まさかこの私相手に訓練機で戦おうとは。本気ですの?≫

 

「俺は前座だからね。一夏の出番を取るつもりは無いよ」

 

そう言って太刀を両手で正眼に構える。軽口を叩きつつも心の中ではパニックの嵐だった。

 

(大丈夫、もう大丈夫。あれから何年も経ったんだ!!)

 

心の中で自分を鼓舞しながら相手と相対する。数秒後、開始のブザーが鳴った。

 

≪すぐに終わらせて差し上げますわ!!≫

 

構えたスナイパーライフルから青色のレーザーが統夜に襲いかかる。統夜は地上で動き回りながら攻撃する隙を狙っていた。

 

≪ああもう、ちょこまかと!!≫

 

いらついたように連続で発射し続けるセシリア。しばらくそのまま様子を見ていた統夜だったが、射撃が途切れた瞬間、打鉄のスラスターを吹かせると共にPICを最大限に活用、両足に力をこめるとセシリアめがけて大きく飛び上がった。

 

「うおおおおっ!!」

 

≪このっ!!≫

 

しかし隙は一瞬でありセシリアはすぐさま射撃を再開、もちろん統夜はレーザーの攻撃に晒される。

 

「こんなものっ!!」

 

驚くべき事に統夜は飛んでくるレーザーを右手に握った太刀で弾き飛ばしていた。刃の部分で弾き飛ばし、切っ先を使って弾道を逸らし、刀身自体を楯の様に扱ってレーザーを防ぐ。そしてセシリアの懐に潜り込んだ。

 

≪嘘っ!?≫

 

もちろんただ突っ立って攻撃されるようなセシリアではなかった。狙撃を中止するとそのまま後方に移動、統夜の打鉄では空中で満足な行動が出来ないと判断しての動きだった。

 

「遅い!!」

 

しかし統夜はそんなセシリアの動きも想定内だった。右手に握っていた太刀を逆手に持ち直すと大きく振りかぶり太刀を勢い良く投げつける。

 

≪え!?≫

 

まさかそんな行動に出るとは思っていなかったのだろう、頓狂な様な声を出すセシリア。しかしそのままでいる訳にもいかず、飛んできた太刀を避ける。

 

「ここだっ!!」

 

セシリアが避けた方向にスラスターを最大で吹かして一気に近づく。そしてとうとうセシリアのISに取り付いた。

 

「あなた!!」

 

「これだけ近けりゃ、その武装は使えないだろ!!」

 

空中で取っ組み合いを演じる二人。そして統夜の右手がセシリアのスナイパーライフルを掴む。

 

「うおおおっ!!」

 

「そんな、まさか!!」

 

セシリアは統夜の行動に驚愕の声を上げた。吼えると共にスナイパーライフルの砲身を握ると、ミシミシと音を立てながら砲身が歪んでいく。もう狙撃は出来ないと思える程壊れたスナイパーライフルを見ながらセシリアは取り乱す。

 

「そ、そのIS本当に訓練機ですの!?」

 

(マズイ!!)

 

「このっ!!」

 

数秒、統夜が硬直してしまう。セシリアはその隙をついて近接武器のブレードを展開、統夜を弾き飛ばすため横薙ぎにブレードを振るった。

 

「くっ!!」

 

地上に落ちる直前、スラスターで体勢を整える。統夜が敵を見上げると、セシリアは片手に握りしめたもう使い物にならないであろうスナイパーライフルを見つめて驚きの表情を浮かべていた。

 

≪な、なんなんですのそのIS。私のスターライトmkⅢが……≫

 

(……やり過ぎた)

 

統夜は後悔していた。今回の目的は一夏の為の時間稼ぎとこれから何度も起こるであろうISにおいての戦闘への慣れ、それだけだった。

 

「……一つ聞いてもいいかな」

 

≪な、何をですか?≫

 

「何で君はそこまで男を嫌う?」

 

その言葉を聞いて狼狽していたセシリアが黙る。口を開いて出てきた言葉は先程まで戸惑っていた少女の言葉とは思えない程落ち着いていた。

 

≪……貴方に関係する事ではございません。強いて言うのであれば男は弱い生き物だという事を良く知っているからですわ≫

 

「そうか、男は弱いのか」

 

そう言って統夜はセシリアの背を向ける。そのままゆっくりとピットに向かう統夜に対してセシリアが声をかける。

 

≪まだ終わってませんわよ!!≫

 

「いや、もう終わりだよ」

 

統夜がそう言った瞬間、アリーナにブザーが響き渡った。制限時間の五分に達した為、試合が終了したのである。呆気にとられているセシリアに向かって統夜が話かける。

 

「言っただろ?俺はただの時間稼ぎ。それと男が弱いって事だけどね」

 

≪何ですの?≫

 

「そんな事は無い。これだけははっきりと言える」

 

そう言ったが最後、統夜は浮かび上がってピットに戻っていた。セシリアも統夜の最後に戸惑いながら自分のピットに戻っていく。

 

 

 

 

統夜がピットに戻ると、ピット内にいるのは簪だけだった。一夏達がいない事に戸惑いながらもISから降りて簪に歩み寄る。

 

「あれ?一夏達は?」

 

「まだ……戻ってない」

 

そう言って簪は統夜の横を通り過ぎて打鉄の方へと歩いていく。打鉄のコンソールを開いて何やら操作すると共に、右腕を凝視する。

 

「か、簪さん?どうしたの?」

 

統夜の言葉には反応せず、コンソールを閉じて統夜の元へと歩いていくとまるで咎める様な目で見上げる簪。統夜は何を言われるのかと恐怖半分、緊張半分の心持ちで簪の言葉を待った。

 

「……壊れてる。無茶させすぎ」

 

「え?」

 

「右手……ライフルを握った時に壊れた」

 

「あ、ああ。ごめん、やり過ぎた」

 

統夜は内心ほっとしながら返答する。それと同時に心の中で驚愕する。

 

(まさかISを破壊出来るレベルだったなんて……)

 

その時、壁から何かが上がってくる音が響く。統夜と簪が壁に目を向けるとエレベーターが開き、中から一夏達が出てきた。

 

「統夜!大丈夫だったか?」

 

「ああ。一夏の方こそどうだった?一次移行は出来たか?」

 

その言葉を聞いて目に見えて肩を落とす一夏。説明しない一夏に変わって箒が説明を始めた。

 

「結論から言うと出来なかった。五分では余りにも短すぎたという事だったのだろう」

 

「いや、それだけではない」

 

四人が声のした方向を見ると、エレベーターの中から白式と共に千冬と真耶が出てきた。そのまま説明し続ける千冬。

 

「恐らくあの馬鹿者だろうな。戦闘しなければ一次移行出来ない様なプログラムを仕込んでいたのだろう」

 

「つまり、白式は戦闘中でしか一次移行出来ないって事ですか?」

 

「そうだ。すまなかったな、紫雲」

 

「い、いえ。いいですよ」

 

統夜と千冬が会話している間に、一夏は真耶に言われるがまま白式に再び乗り込んでいた。箒はたどたどしい一夏に対して鼓舞する言葉を送り続けている。

 

「それで、貴様らはどうする?見学でもしていくか?」

 

「あ、俺は見ていきます。簪さんはどうする?」

 

「私も……行く」

 

「そうか、ついてこい」

 

先導してピットから出ていく千冬。統夜と簪も千冬の後に続いてピットから出ていった。

 

 

 

 

試合が始まってから数分後、戦況は一夏に不利の状態がずっと続いていた。何故なら一夏の機体には近接用の武器が一つしかなく、必然的にそれだけで戦わなければならなかった。しかもセシリアの方は予備があったのか、新しいスナイパーライフルと共に何やらビット兵器で四方八方から一夏を攻撃し続けている。敵の隙をついて一夏も何度か斬りかかっているのだが、流石に一次移行も果たしていない機体では満足な性能は無いのだろう、全てセシリアに避けられていた。

 

(武装の方は統夜のデータ通り、これだったらまだ二基のミサイル型のビットがあるはず!!)

 

あちらの攻撃はほとんど一夏には当たらなかったが、肝心の一夏の攻撃もセシリアには当たらなかった。この数分間、お互い攻撃を避けて仕掛けての繰り返しである。

 

(でもこいつ、狙撃とビットの同時攻撃を何でしてこないんだ?)

 

ビットを素早く飛び回りながら考える一夏。やはり事前にデータをもらっているのが大きいのだろう、頭は妙に冷静だった。

 

(データだったら同時攻撃できるはず……ともかく直接セシリアへの攻撃は当たらない。だったら!!)

 

一夏はセシリアめがけて一気に加速する。それを見たセシリアはビットでの攻撃を中断、スナイパーライフルによる狙撃に切り替えた。

 

≪これで終わりですわ!!≫

 

連続で狙撃するセシリア。しかし一夏の狙いはセシリアではなかった。飛んでくるレーザーを避けると、いきなり飛ぶ方向を変える。狙撃していたセシリアは一瞬何をしているのか? という表情を浮かべるが直ぐに一夏の思惑に気づいて指示を下そうとするが遅かった。

 

「おらあっ!!」

 

気合一閃、一夏がビットに向けて刀を振るう。そのまま二基、三基と撃墜し始めた。最後の指示だけは間に合ったのか、一基のビットは一夏の攻撃から逃れてセシリアの元へと飛んでいく。計三基のビットを撃墜した一夏は得意満面だった。

 

(やっぱり!このビットは──)

 

≪あ、貴方!その動きは何ですの!?≫

 

疑念が確信に変わった事に気づいた一夏にセシリアからの通信が入った。

 

「いや、気づいた事がいくつかあってさ。まずお前はビットによる攻撃と狙撃、同時には出来ない」

 

≪くっ!?≫

 

図星をつかれたと言った様子のセシリアだったが、一夏はもう一つの事実を淡々と告げる。

 

「それと、ビット兵器はお前の指示がなきゃ満足には動かせない。データじゃあ動かせる仕様だったけどな」

 

≪あ、貴方!なぜそれを!?≫

 

データ上では動かせる事を言及されてセシリアが慌てふためく。一応口止めされているため一夏は言わなかったが行動でその返事を返した。

 

「くらえっ!!」

 

再びISを加速させてセシリアに斬りかかる。悔しそうな顔をしながらセシリアは逃げ続けた。元々遠距離仕様の機体は距離を詰められればそこで終わりなのだ。セシリアの近接戦闘の技量はそこまで高くはない。幸か不幸か、逃げ続けることによって試合は膠着状態になり始めていた。逃げている間もセシリアはビットで攻撃を仕掛けるが一基だけでは決定的な攻撃にはならない。ビットによる攻撃は全て避けられていた。

 

「こなくそっ!!」

 

何度目か分からない斬撃を繰り出す一夏。セシリアはそれを焦った表情をしながら避けきる。そのままセシリアは加速して一夏と距離を取った。

 

≪ここまで私を追い詰めるとは、褒めて差し上げますわ≫

 

「追い詰めるだけじゃないぜ?」

 

そう言って再び斬りかかろうとする一夏。しかしセシリアと一夏を結ぶ線上に何かが割り込んだ。

 

(これはビット!?)

 

そう、最後に残った一基のビットだった。何故かセシリアはそれを一夏と自分を結ぶ線上に動かしたのである。空中で止まったビットは射撃を繰り出す。

 

「喰らうかっ!!」

 

もちろんただの攻撃など当たる訳が無く、一夏はそのレーザーを回避して真っ二つに斬る。ビットは綺麗に縦に割れ、数瞬切り口からバチバチと火花を散らせた後盛大に爆発した。

 

「くっ!?」

 

「これで終わりですわ!!」

 

爆炎に包まれる一夏に向かってセシリアが大声を上げる。爆炎で前が見えない一夏に向かってセシリアから何かが発射される。

 

「ミサイルかよっ!!」

 

「さあ、墜ちなさい!!」

 

「くそ!!」

 

そして数瞬後、一夏に二発のミサイルが着弾した。ビットを切り裂いた時の比ではない爆発が一夏を覆い隠す。

 

「やっと、これで……」

 

「まだだ!!」

 

いきなり爆炎の中から声が上がった。慌ててセシリアが顔を向けると同時に爆炎が晴れる。そこには確かに一夏の姿があった。

 

「あ、貴方そのISは!?」

 

セシリアが指を差して問いかける。一夏のISは形が変わっていた。所々にあった凹凸は取れて機体色はより白くなっている。

 

「ま、まさか一次移行!?あなた今まで初期設定の機体で戦っていたのですか!?」

 

セシリアの言葉には耳を貸さず、一夏は右手に握り締めた刀を見つめる。そしてふと笑みをこぼした。訳が分からないセシリアとは対照的に一夏は全てを理解している様で一人で独白する。

 

「ああ、最高だ。俺は最高の姉を持ったよ」

 

「は?あ、貴方何を」

 

「そうだな、まずは勝たなきゃな。千冬姉の名前を守るため、何より!!」

 

まるで心中を吐露する様な口調で大きく声を上げると同時に一夏が持っていた刀の刀身がスライドしてエネルギーが放出される。エネルギーはそのまま収束してまるで日本刀の様な刀身を形成した。

 

「勝たないとあいつに申し訳が立たねぇ!!」

 

「くっ!!」

 

右手を後方に引きながら急加速する一夏。セシリアはいきなりの一夏の変化に驚きを隠せず対応が遅れた。そして一夏の刃がセシリアにあたる瞬間、アリーナにブザーが響くと共に勝者の名前が読み上げられる。

 

≪試合終了。勝者 セシリア・オルコット≫

 

「……何で?」

 

 

 

一夏は戸惑った顔をしながらピットに戻る。そこには既に千冬を筆頭として一夏を出迎える準備が整っていた。開口一番、一夏は千冬に問いかける。

 

「えーと、何で俺負けたの?」

 

「この馬鹿者が。特性も考えずにバリア無効化など使うからこうなる」

 

「バリア無効化?」

 

一夏がオウム返しで返す。今度は千冬の変わりに統夜が説明を始めた。

 

「自分のエネルギーを大量に消費する代わりに、相手のシールドバリアを無効化して直接攻撃出来る能力の事だ。でも織斑先生、それって先生が現役で使ってた時と同じ能力でしたよね?」

 

「ああそうだ、同じ能力が発現している理由までは分からんがな。しかし紫雲、よく知っているな」

 

「織斑先生の事に関しては姉さんから何度も愚痴を聞かされましたからね。言ってましたよ、“全力の千冬と戦って見たかったわ”って」

 

ふと服が引っ張られる感触がする。そちらに目を向けてみれば簪が統夜の顔を見上げながら服の袖を引っ張っていた。

 

「どうしたの?」

 

「紫雲君のお姉さんって……何者?」

 

「何だ貴様ら、知らなかったのか?」

 

簪の質問が届いていたのだろう、いきなり千冬が声を上げた。その場にいる全員の目が千冬に向けられる中、一夏が質問する。

 

「千冬姉、統夜の姉さんって──」

 

一夏はその言葉を全て言い切る事は出来なかった。何故なら千冬がどこからか取り出した出席簿が一夏の頭を直撃、その結果一夏はしゃがみこんで悶絶している。

 

「全く。織斑先生、だ馬鹿者。紫雲、お前もこいつらに言っていなかったのか?」

 

「まあ別に進んで喋ることでもありませんし、あまり関係も無いでしょう」

 

「ふん、あいつに似た口を叩きおって。あいつは自分の肩書きと立場を全く自覚しないからな」

 

「姉さんも織斑先生には言われたくないと思いますよ?」

 

「あ、あの織斑先生。何を言っているのですか?」

 

雑談を始めた二人に箒が割って入る。もはや事情が分からない他の四人には何の事を言っているのか分からなかった。

 

「ふむ、話が逸れたか。こいつの姉はな、あの(・・)“ホワイト・リンクス”だ」

 

至極あっさりと言ってのける千冬だったが周りの反応は凄まじい物だった。まず全員が惚けた顔をして数秒間、騒がしかったピットが静まり返る。その後、箒と真耶の叫び声が響き渡った。

 

「「えええええ!!!」」

 

「?」

 

「……」

 

一夏は意味が分からないといった顔をして、簪は叫び声こそ上げなかったが目を大きく見開き統夜を凝視している。話題の中心にいる統夜本人は居心地が悪くなったのか、頭をポリポリと掻く。

 

「みんな、そんなに驚く事か?」

 

「ままままさか紫雲、貴様の姉の名はカルヴィナ・クーランジュか!?」

 

驚きのあまり口が上手く回らない箒が統夜に詰め寄る。統夜はその勢いに押されながらもあっさりと返答した。

 

「ああ。そうだよ」

 

その答えを聞くと箒は開いた口が塞がらない、と言った様子で呆ける。箒が黙ると今度は真耶が統夜に詰め寄った。

 

「お、お願いがあります!!」

 

「な、何ですか?」

 

「サイン貰えないですか?」

 

「……」

 

山田 真耶、意外とミーハーだったらしい。唐突の願いに呆然とするだけの統夜だったが改めて気を取り直して対応した。

 

「ま、まあ今度言ってみますよ。それに今後はIS学園に顔を出したいと前に行っていたのでその時に頼んだらどうですか?」

 

そう言って真耶は満足した顔をしながら落ち着き始める。しかし事情を理解していない人間がまだいた。

 

「なあなあ箒、カルヴィナ・クーランジュって誰だ?」

 

「一夏、知らないのか!?」

 

一夏が統夜に質問する。質問された箒ははぁ、とため息をついて説明を始めた。

 

「いいか一夏、お前もモンド・グロッソは知っているだろう?」

 

「それくらい知ってるさ。ISの世界大会だろ?」

 

「そう、そしてカルヴィナ・クーランジュというのは第二回モンド・グロッソの総合部門における優勝者だ」

 

「えっ!?で、でもあの大会は……」

 

一際驚いた後、一夏は申し訳なさそうな目で横にいる千冬を見る。そこからの説明は千冬が引き継いだ。

 

「そうだ。私が決勝戦を辞退した事で不戦勝となってカルヴィナが優勝した。“ブリュンヒルデ”の称号も与えられる予定だったがカルヴィナが辞退してな。何でも“千冬と戦っていないから”だそうだ。全く我が儘な女だ」

 

「千冬ね、織斑先生も人の事言えないと思いますけ──」

 

そこで再び千冬の鉄槌が一夏に振り下ろされた。悶絶している一夏を放っておいて説明を続ける。

 

「煩い。そして“ブリュンヒルデ”の称号を辞退した結果、それまでのあいつの戦いを称えて送られた世界において唯一の称号。それが“ホワイト・リンクス(白い山猫)”という訳だ。分かったか?」

 

「わ、分かりました……」

 

涙目になりながら一夏が復活する。全てを話し終わった所で今度は一夏から統夜に話しかける。

 

「ごめんな統夜、あそこまでしてもらって負けちまうだなんて」

 

「気にするなよ。流石にISが試合直前に来るなんて誰も予想出来なかったし、そもそも国家代表候補相手にあれ程いい試合をしたんだ。誇っていいくらいだよ」

 

「さて貴様ら、話はこれで終わりだ。放課後を過ごすのは自由だからな、それでは解散」

 

パンと手を叩いて千冬が締める。統夜は一人ピットの出口へと歩いていった。不思議に思った一夏が統夜を呼び止める。

 

「おい統夜、どこ行くんだ?」

 

「悪い。ちょっと調子が悪いから先に戻ってる。じゃあな」

 

「ああ、そっか。また明日な」

 

「紫雲、体を大事にな」

 

背中に一夏と箒の言葉を受けながら、統夜はピットを出て自室への道を歩み始めた。

 

 

 

「紫雲君……」

 

「簪さんか」

 

アリーナから寮へ向かう途中、中庭の様な場所で統夜は簪に話かけられた。話しかけられたと言うより統夜を追いかける形でピットを抜け出してきたのだろう。何も言わずに統夜の隣を歩く簪。しばらく無言だった二人だがふと簪が声を漏らした。

 

「初めて知った……紫雲君のお姉さんの事」

 

「まあ、わざわざ言う必要のある事でも無かったからね」

 

「だから……だったの?」

 

「何が?」

 

「この間話してくれた……お姉さんとの事」

 

「ああ、あの話はほとんど姉さんが有名になる前だけどね」

 

「そんなお姉さんで……色々言われたりしなかった?」

 

その言葉と共に統夜の歩く速度が遅くなる。簪の言葉を聞いて質問の意味を察した統夜は一人でゆっくりと話し始めた。

 

「姉さんが有名になると、俺も色々言われたよ。何かと姉さんと比べられたり、“カルヴィナ・クーランジュの弟”っていうレッテルも貼られたりした。学校でも先生とかに言われたよ、“あなたのお姉さんはあんな人なのに”とかね」

 

「……」

 

「俺は姉さんが誇らしかったけど、周りの人間からのそんな物言いにはうんざりしてた。しかも俺は姉さんと姓が一緒じゃないからね、姉さんを妬む人から何かと酷い事を言われたりもしたよ」

 

「……それじゃあ」

 

「それでも姉さんを嫌う事や妬む事は絶対に無かった。だって姉さんがそうなったのは今までの努力の結果だったし、俺はそれを支えながらずっと傍で見てた。周りの人は簡単に羨ましいとか言うけど、そういう人はその人がしてきた努力とかは全く知らないからそんな事が言えるんだと思う」

 

そこまで聞いて簪が足を止める。統夜の話を聞いて顔を俯かせていて、不安に思った統夜は回れ右をして簪に歩み寄る。

 

「どうしたの?」

 

「……紫雲君は何でも一人で出来る人って……いると思う?」

 

「え?」

 

簪は顔を俯かせたまま統夜に疑問を投げかける。いきなりの簪の脈絡の無い質問に統夜は戸惑うが、はっきりと確信のある口調で返事をした。

 

「そんな人いないと思うよ。少なくとも俺はいないって思ってるし、そんな人見たことも無い」

 

「え?」

 

今度は簪が呆ける番だった。簪の重苦しい口調とは対照的にあっさりと言い放つ統夜。簪は顔を上げて統夜を見ると、きっぱりとした物言いで続ける。

 

「全部が得意で何でも出来る人っていないと思うし、それに姉さんだって俺が身の回りの世話とかしないと酷い物だったよ。所構わず服は脱ぎ散らかすわ、食事は全部外食で済ますわ、体調管理の文字が辞書に載ってないんじゃないかってレベルだったし。それにその……」

 

最後の方は戸惑う様な言い方になってしまったう統夜。簪はその言葉を聞いてふと笑みをこぼす。

 

「……ふふっ」

 

「簪さん?」

 

「ご、ごめんなさい。でも……そのお姉さんをお世話出来る紫雲君こそ……何でも一人で出来る人じゃないの?」

 

その言葉を聞いた瞬間、統夜の顔が様変わりする。今までのんびりとした顔をしていたのだが、一瞬で緊張、不安、苛立ちといった感情が入り混じる顔へと変化する。あまりの豹変ぶりに今度は簪が戸惑い始めた。

 

「ど、どうしたの?」

 

「そんな事ありえない。だって俺は──」

 

小さく呟きながら統夜は一人で寮への歩みを再開する。簪は戸惑いながらも統夜の後をついていった。

 

 

 

二人はそのまま無言のまま、自室についた。部屋に着くなり自分のベッドに潜り込む統夜。

 

「ごめん、ちょっと寝る。お休み」

 

いつもの彼からは考えられないようなぶっきらぼうな口調で言い放ち、直ぐに寝てしまう。簪はそれを見た後、机でパソコンを起動させてISの設計図を書き始めた。

 

 

 

(私、笑ったの?)

 

カタカタとキーボードを打ちながら考える簪。しかし何度も何度も打ち間違いをして消していく。それを続ける間にとうとう諦めて十分程で作業を中断、統夜と同じ様にベッドに寝転がってしまう。仰向けの体勢で右腕を目の部分に乗せる。

 

(さっき紫雲君と話しているとき、私確かに笑った……)

 

統夜と話しているとき、簪は確かに笑っていた。

 

(いつぶりだろう。笑ったの)

 

少なくともここ最近で笑う事は無かった。自分の姉と比べられ始めてから、笑う事は確実に少なくなっていたし、本音と話している時ですら笑った記憶は無い。

 

(私、どこかおかしいのかな……)

 

そもそもあんな質問を聞いた事自体、簪にとっては異常と言えることだった。普段の自分だったらあんな質問しない。そもそも積極的に他人とは関わろうとしないのが簪の普通だった。ここ最近は統夜と話すことも多くなってその普通が崩れ始めていたのも事実だったが。それでもあんな質問はしなかった、しないはずだった。

 

(何であんな事、言ったんだろう……)

 

統夜が自分と似たような境遇だと知ったから?いつも面倒を見てくれて親しみやすかったから?

 

(違う。分からない……)

 

簪は自分が統夜に対して抱いている感情が理解できずに、思考を放棄してしまう。しかし放棄してもすぐに次の疑問が浮かび上がってきた。

 

(そもそも彼は……)

 

ベッドでうつ伏せになりながら顔だけを横に向ける。そこには布団にくるまった統夜がいた。

 

(あれは……なんだったの?)

 

簪が考えるのは先程の戦いの事だ。考えてみればおかしい事はいくつもある。

 

(あの動き、素人じゃなかった)

 

いくら世界的に有名なIS操縦者を姉に持ち、事前にISに関する知識を得ていたとしてもあの動きは普通じゃない。国家代表候補生を相手に互角以上の戦いをしていた様に簪の目には写った。その動きはその後の戦いにおいての織斑 一夏と比べれば一目瞭然である。彼は事前にいくらか特訓をしていたらしいが、統夜は特訓などしていないはずだ。

 

(しかも、あのIS……)

 

統夜がピットに戻ってきた後、簪は彼の使用していたISを見た。一般人が見ればただ単純に壊れたと判断するかもしれないが、簪の感想は違っていた。

 

(あの壊れ方は……外部からの圧力によるもの)

 

まるでISの右手の方が耐え切れずに破砕されたかの様な壊れ方だった。そんな事ありえるはずがないのに。しかし今頃はISの自動修復によって直されているだろう。後日確認しようとしても出来なかった。

 

(……もう寝よう)

 

考えても答えが出ない問いに対して、簪は眠り込む事を決め込んだ。しかし眠りにつこうとすると、統夜の質問の答えが頭に浮かび上がった。

 

『そんな事ありえない。だって俺は──』

 

(あれは……どんな意味なの?)

 

考えながら簪は眠りに落ちていった。連日のIS作製で疲れが溜まっていたのだろう、すぐに意識が途絶える。最後の瞬間、統夜の答えが最後まで心の中に浮かび上がった。

 

『──ただの臆病者だから』

 


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