IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第七話 ~想定外~

統夜が一夏にデータを渡してから三日が過ぎた。とうとう試合当日、統夜達はアリーナに向かいながら最後の確認をしている。

 

「いいか一夏、相手の機体は完全な遠距離仕様だ。お前の専用機がどんな奴でも取り敢えず最初の方は慣らしも含めて様子見した方がいいからな」

 

「ああ。箒とも特訓したし、大丈夫だぜ!」

 

「やれるだけの事はやった。後はお前にかかっている」

 

それぞれ一夏を叱咤しながら廊下を歩いていくと、意外な人物が三人の前に現れた。

 

「あれ、簪さん。どうしたの?」

 

「……」

 

「紫雲、この生徒は誰だ?」

 

「ああ、俺の同室の子で更識 簪さんって言うんだけど」

 

「あ、あの何か用かな」

 

一夏が話しかけようと一歩前に出たが簪は無視を決め込む。そのまま一夏の横を通り過ぎる様にして統夜に近づいた。

 

「紫雲君……一組の代表決定戦に……行くの?」

 

「あれ?何で簪さんが知ってるの?」

 

「本音から……聞いた。それで、行くの?」

 

「ああ、うん」

 

「私も一緒に……行っていい?」

 

いきなりの簪の願いに困惑する統夜。流石に当事者の確認を取らないといけないと思い、一夏に顔を向ける。

 

「なあ篠ノ之さん、一夏、この子も一緒にピットに行っていいかな」

 

「ああ、俺は大丈夫」

 

「私も構わないぞ」

 

「……」

 

「じゃあ行こうか」

 

二人の了解を得ると、そのまま簪も集団に加わった。時間も少し押していたので四人は迷わず目的地へと向かう。

 

 

 

 

アリーナのピットに着いてもすぐさま戦闘、とはならなかった。何でも一夏専用のISがまだ届いていないらしく、少し待っていろと千冬から告げられる。手持ち無沙汰になった四人は一夏と箒、統夜と簪でそれぞれ雑談をしていた。

 

「それにしても簪さん、何でいきなり来たいって思ったの?今日の朝までそんな事言ってなかったのに」

 

「別に……何でもない」

 

「……」

 

簪はこう言うが統夜には大体の当たりは付いていた。恐らく当たっているだろう答えを口にする。

 

「多分だけど、一夏のISに興味があるんでしょ?」

 

図星だったのだろう、簪がこちらを振り向く。その目は驚きで見開かれていた。言葉を発しない簪の代わりに統夜が話を続ける。

 

「ごめん、のほほんさんから聞いてたんだ。一夏のIS開発の煽りを受けて簪さんのIS開発が中止されたってね。その一夏のISが見たいんじゃない?」

 

「……」

 

その言葉を聞いて簪は口を閉ざしてしまう。統夜も簪が黙ってしまったために続く言葉が見つからず黙るしかなかった。そのまま十数秒、二人が黙り込んでいると今度は簪が口を開く。

 

「……何で、聞かないの?」

 

「何を?」

 

「私が一人で……ISを作っている理由」

 

「……誰にでも聞かれたくない事や話したくない事ってあると思うから」

 

その言葉には何故か妙な含みと重みがあった。統夜の回答を聞いて簪が逡巡する様子を見せる。するとゆっくりと簪が口を開く。

 

「私のは……そんな大した理由じゃない」

 

「え?」

 

「私は……あの人に──」

 

≪織斑君!織斑君!!≫

 

簪が続きを話すタイミングで山田先生の声がピット内に響く。いきなり名指しされた一夏はその場で慌てながら反応する。

 

「はっはい!何ですか!?」

 

≪来ました!織斑君専用のISです!!≫

 

真耶の声と共にピットの壁際にあるエレベーターから何かが上がってくる音が響く。その音が止むと同時に壁の扉が開いた。

 

「これが……」

 

まるで誘い込まれる様にゆっくりと一夏は扉から出てくるISに歩み寄る。統夜達も一夏に続いて後を追った。

 

「これが、一夏のISか……」

 

感慨深そうに箒が言葉を漏らす。装甲が白色に鈍く光って操縦者を待っていた。そして次の瞬間、驚くべき千冬の一言がピット内に響きわたる。

 

≪時間が無い、さっさとしろ。フォーマットとフッティングは試合中に行え≫

 

「っ!?冗談じゃない!!織斑先生、本気ですか!?」

 

いきなり統夜が激昂した口調で管制室に向かって声を荒げる。その様子に一夏はどうしたのか、と訝しむ。

 

「お、おい統夜、どうしたんだ?別に俺は──」

 

「いくらなんでも一次移行(ファーストシフト)もしないで戦うなんて無茶過ぎる!先生、せめて一夏のISが一次移行するまで待って下さい!!」

 

「落ち着け紫雲、何も命のかかった戦いではない。少し落ち着け」

 

箒が見かねて統夜を止めに入る。統夜もその言葉を聞いて落ち着き始めた。

 

「命……そうか、そうだよな。ありがとう、篠ノ之さん」

 

「でも、一次移行してない機体じゃ……危険だし、勝ち目は薄い」

 

静かに簪が正論を言う。その声は管制室にも届いていた様で再び千冬の声がピット内に響いた。

 

≪ふむ、それも確かだ。なら紫雲、貴様が時間稼ぎでもするか?≫

 

「俺が?」

 

≪そうだ。経験を積む良い機会だと捉えればいい≫

 

「俺が……戦う」

 

その言葉を聞いて統夜の頭にとある光景がフラッシュバックする。

 

 

 

 

 

 

 

「はっ、はっ」

 

統夜は必死になって逃げていた。既に目的は達した、後は帰るだけ。そう思っていた所でいきなり襲われた。

 

「何なんだよ、クソッ!!」

 

頭の中でアラートが鳴り続ける。既に周辺は包囲されていた。飛んでいた目の前を火線が通り過ぎる。

 

「っ!?」

 

下を見ると海に何隻もの船が浮かんでいた。そこから何百発という銃弾が統夜めがけて襲いかかる。統夜は空中を高速で動き回り回避を続けていた。

 

「もう、もう止めろ!!」

 

今度は船のいる方向と反対側に向かって高速で飛ぶ。何も無い所へ、自分に襲いかかってくる物が無い所へ。今の統夜の頭の中にあるのはただそれだけだった。

 

「……」

 

目の前の遥か彼方に戦闘機が回り込む。その戦闘機は何かを発射したかと思うと離脱を始めた。

 

「止めろ……」

 

戦闘機から発射されたミサイルは統夜にぐんぐんと迫ってくる。いくら懇願してもそれは動きを止めず、ただ無機質に統夜めがけて飛び続けた。

 

「止めてくれ……」

 

そして統夜とミサイルが触れ合う瞬間、統夜は叫んだ。

 

「もうやめてくれええええっ!!」

 

 

 

 

「──雲君、紫雲君」

 

「っ!?」

 

いつの間にか目の前には簪がいた。大きな瞳に心配の色を浮かべながら統夜の顔を覗き込んでいる。

 

「紫雲君……大丈夫?」

 

「あ、ああ。ありがとう、簪さん」

 

「その顔色は大丈夫という物では無いぞ。保健室に行ったらどうだ?」

 

箒も顔面蒼白の統夜を心配して声をかける。一夏は既にISに乗り込んでいて遠くから統夜を心配する視線を送っている。さすがの千冬の統夜の狼狽ぶりに驚いたのか、いつになく優しい口調で話かけた。

 

≪紫雲、体調が優れないのなら休んでいろ。織斑、早く準備しろ。他の者はこちらの管制室に来い≫

 

「織斑先生、どうしても無理ですか?」

 

その言葉を聞いて箒と簪の足が止まった。一夏も驚いた顔をして統夜を見つめている。

 

≪無理だ。対等の条件で戦わせてやりたいのは私も同じだが、何せ時間が無い。相手は既に準備も終わっている状態で反対側のピットにいるのでな。待たせる訳にもいかん≫

 

「……俺が戦えば時間稼ぎは出来るんですよね?」

 

「おい紫雲。どうしたのだ、いつもと違うぞ?」

 

出口に向かっていた箒が統夜に声をかける。簪は状況を無言で見守っていた。

 

≪ああ。一次移行の方は山田先生と私でやれば五分程度で完了するだろう≫

 

「分かりました。俺が出ます」

 

「おい統夜、いいのか?」

 

ISに乗ったまま、一夏が統夜に問いかける。顔色は少し戻っていたがまだ病人の様な顔をしている。その様な顔では心配されるのは当たり前だろう。

 

「ああ、お前は早く準備してくれ。山田先生、打鉄を一機出してください」

 

そう言って統夜は準備を始める。正直言って自分でもどうなるか分からなかったが、統夜はポジティブに考える。

 

(そうだ、ここに来る以上戦う事は日常茶飯事になる。だったら今のうちに慣らしておいた方がいい)

 

「おい統夜、本当に大丈夫か?」

 

一夏が白式に乗りながら再度質問してくる。いつの間にか簪はいなくなっていて、ピット内にいるのは統夜、一夏、箒の三人だけだった。

 

「ああ、それにこれくらいやらせてくれよ。一夏だけに戦わせるのはちょっと心苦しかったんだ」

 

空元気で応じる統夜。その胸中はこれから起こる事への不安で一杯だったが、悟られまいとわざと朗らかな声で応じる。そうやって話している間にピット内に真耶と千冬が入ってきた。

 

「紫雲、お前の試合だが五分間の制限時間をつけての試合となる。あの打鉄に乗って急いで準備しろ」

 

壁際を差しながら千冬が統夜に知らせる。統夜が千冬の指差す方向を見ると、一夏の白式が出てきた隣から訓練用のIS、“打鉄”が出てくる所だった。真耶は手に何やらいくつもの機械を持って白式に駆け寄る。

 

「管制官は更識が引き受けてくれるそうだ。さっさと支度しろ」

 

「分かりました」

 

簪が途中で消えた理由に納得がいった統夜は急いで準備を始めた。

 

 

 

 

 

数分後、ピットに残っているのは打鉄を装備した統夜だけだった。一夏と箒、先生達は白式と共にエレベーターに乗ってどこかに行ってしまっていた。一人ピット内で準備する中、簪の声が通信で入る。

 

≪チェック項目。機体、武装、エネルギー周り、オールグリーン≫

 

「ありがとね、簪さん。管制官してもらって」

 

≪別にいい。……いつも作ってもらっているお礼≫

 

恐らく昼食の弁当の事だろうと考えながら機体をカタパルトまで移動させる統夜。

 

「いいって、あれは俺が好きで作ってるんだから。そういえば簪さん、ちょっと前に何か言いかけてたけど何だったの?」

 

≪それは……後で話す。それよりもあなたの方が……心配≫

 

「俺?」

 

≪さっきのあなた……どう見てもおかしかった。まるで何かに……怯えているみたいに≫

 

今度は統夜が図星を刺される番だった。しかし正直に言う訳にもいかなかったのでぼかす様な言い方で逃げる統夜。

 

「……まあ、ちょっとね。それより準備はいい?」

 

≪うん……何時でも行ける≫

 

その言葉を聞くと、集中を始める統夜。

 

(大丈夫、今度は命の危険はほぼ無いんだ。俺も、そして相手も)

 

カタパルトに打鉄をセットして体を低く構える。一旦切れた通信から再び簪の声が耳に届いた。

 

≪機体オールグリーン、どうぞ≫

 

「行くぞ!!」

 

その言葉と共に甲高い音を立てて足元のカタパルトが稼働を始める。数秒後、統夜は戦う空間へと投げ出された。

 


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