IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第六話 ~下準備~

午後九時。いつも通り明日の支度を全て終え、部屋に戻った統夜はベッドに横になる。いつもだったら簪を待つために机に座って授業の復習等をしているのだが、ベッドの上で統夜はおもむろに自分の荷物からノートパソコンを引っ張り出して起動した。指を動かしてインターネットに繋ぐと同時に、携帯電話を取り出して電話をかける。

 

「あ、姉さん?ごめん、夜遅くに。え?あ、そっちはまだ朝か。それはそうと姉さん、イギリスの“ブルーティアーズ”ってIS知ってる?……そう、じゃあ姉さんがブルー・ティアーズを見て思った事とかメールで送ってくれない?……うん、ISの操縦者としての。問題があるようだったらいいから。……あ、大丈夫なの?ありがとう。後、アル=ヴァンさんに変わって」

 

話している最中にも統夜の指は止まらない。ウインドウが休みなく表示され、統夜の目がめまぐるしく動いていく。そしてとうとう目的の物が見つかったらしく、指が急停止した。

 

「アル=ヴァンさん?おはようございます。えっと、持ってたらでいいんですけどイギリスの“ブルーティアーズ”ってISのデータを俺に送ってもらえませんか?……ええ、公開されている分は自分で取得しますので。問題が無ければ、で構わないんですが。……そうですか、ありがとうございます。今日は遅くまで起きていますので。…ええ、その時間で構いません」

 

画面の中のデータを凝視する統夜。そこの情報はイギリス政府が自国のパフォーマンスとしていくつかのISのスペックを公開しているものであった。いくつかの項目の中から“ブルーティアーズ”と書かれた物を表示させる。

 

(やっぱり、そんなに無いか)

 

やはり最新鋭のISのデータは一般人用に公開されている物では情報量が多くない。一応全てのデータを自分のパソコンに片っ端から移していく統夜。

 

「……理由ですか、ちょっと友達がそのイギリスの代表候補生と模擬戦をやるはめになりまして。あいつも頑張るって言うから少しでも力になってやりたいんですよ」

 

そこで電話の相手が変わったらしく、統夜の言葉遣いが変わる。

 

「あ、もう送ってくれたの?ありがとう。……うん、まあこっちの生活は大丈夫そうだよ。一夏もいるし、同室の子も良くしてくれるしね。……そ、そんな事しないって!!」

 

何を言われたのか、統夜の顔が真っ赤に染まる。明らかにからかわれている様子の統夜はベッドの上で騒ぎながら別れの挨拶を口にする。

 

「ああ、うん。ありがとう、姉さんも体に気をつけてね。……うん…うん、それじゃあ」

 

そこで統夜は通話を切って、携帯電話をポケットに戻す。メールソフトを起動させると早速姉から戦った時の感想が来ていた。統夜はその文字をゆっくりと読んでいく。

 

(完全な遠距離タイプか。専用装備のBT兵器はレーザータイプが四基にミサイルタイプが二機。オルコットさんは結構乗り慣れてそうだったから、狙撃とBT兵器を同時に使ってくると考えて……)

 

パソコンでデータをどんどんまとめていく。あっという間にレポート用紙三枚分位のデータが集まる。

 

(一夏の機体は分からないけど、一応遠近両方の場合の作戦を練って…)

 

再び指を動かしていく統夜。その最中に部屋の扉がノックされる。

 

「はい」

 

「(…私)」

 

「あ、うん。入って大丈夫だよ」

 

がちゃりと部屋のドアが空いて簪が入ってくる。今日は無事に帰ってきたようだ。ついでに風呂にでも入ってきたのか、髪が濡れてつやつやと光っている。

 

「……何やってるの?」

 

統夜がしている事に興味を持ったのか、統夜のベッドに近づいてくる簪。パソコンを覗き込むと顔が統夜に接近する。

 

(ちょ、簪さん!顔が近いって!!)

 

先程姉にあらぬ事を言われたからか、それとも簪が風呂上りでいい香りを放っているからか。統夜はいつも以上に簪を意識してしまう。しかしそんな統夜とは対照的に簪はパソコンの中身に夢中だった。

 

「…これ、イギリスの第三世代ISのスペックデータ?」

 

「あ、ああ。これはネット上に公開されている奴だけど」

 

「何でこんな物、持ってるの?」

 

「俺のクラスで今度、クラス代表決定戦ってのがあってさ。友達がそれでイギリスの代表候補生と戦うんだよ。少しでも力になりたいから、こうやって情報を集めているって訳」

 

「……紫雲君、分かるの?」

 

ふと簪が統夜に質問するが、統夜にはその質問の意味が分からなかった。

 

「何が?」

 

「……普通の生徒はまだ、授業では習ってない」

 

簪がふと声を漏らすと、新着メールが届いた。統夜が開くと、いくつかのデータが添付してある。それを開いたとき、簪の目が驚きに見開かれた。

 

「これ……ブルーティアーズの詳細なスペックデータ?」

 

「ああ、こっちは企業用に公開されている方。ほら、今欧州でやってる“イグニッション・プラン”もあるから、企業には正確なデータが公開されているんだよ」

 

そう言いながら統夜は慣れた手つきでパソコンを操作していく。一人で話を進めてゆく統夜に簪は全くついて行けなかった。

 

「今日は俺、遅くまで起きているから簪さんは先に寝てていいよ。作業がいつ終わるか分からないからさ」

 

ベッドの上でカタカタとキーボードを叩き続ける統夜。その指の動きは淀みが無く、熟練した技術者を思い起こさせる物だった。何か言いたそうにしていた簪だが、流石に眠気には勝てなかったのか、もぞもぞとベッドに潜り込む。

 

「お休みなさい……」

 

「お休み、簪さん」

 

数分後、規則正しい寝息が統夜の横から聞こえ始める。その寝息を聞きながら、統夜はずっとキーボードを叩いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……紫雲君」

 

「簪さん、どうしたの?」

 

「どうしたの、じゃない。……もう朝」

 

「え!?嘘っ!!」

 

統夜はパソコンから手を離してカーテンを開ける。確かに簪の言うとおり、朝日が昇っていて統夜に「朝ですよ」と告げていた。慌てて時計を見ると午前八時十分、既に学校へ行く支度をしないといけない時刻だった。気が動転している統夜に簪が話かける。

 

「やばい、まだ何も準備してない!!」

 

「……紫雲君、落ち着いて」

 

「急いでやれば、いや無理だ。遅刻するのはマズいし……」

 

「紫雲君……」

 

「いや、とにかく準備だ!俺の分は間に合わなくても簪さんのだけなら──」

 

「紫雲君」

 

「うわっ!!」

 

統夜が一人で部屋をぐるぐると歩き回りながら考えていると、進路上に突然簪が立ちふさがる。まだ落ち着かない統夜を簪が宥めにかかった。

 

「今日はいいから……学校の準備を」

 

「で、でも簪さんの昼食が!」

 

「今日くらいは……いい」

 

そう言って簪は学校の準備を始める。この時間帯ではどうあがいても無理なので、統夜も簪に習って学校の準備を始めた。

 

「ごめん、簪さん」

 

「いい…そもそもお願いしているのは私。だから…あなたがそこまで気に病む必要は……無い」

 

「まあ、そう言われるとそうなんだけど……」

 

統夜もやっと落ち着いて簪と同じ様に学校に行く準備を始める。ノートパソコンを鞄に入れ、夜通しまとめたデータも忘れないようにUSBメモリに移しポケットに突っ込む。簪は先に準備を終えてドアの所で待っている。

 

「早く」

 

「ああ、今行くよ」

 

そうして二人揃って廊下に出て、教室へ向かって歩き始める。五分後、一組の教室の前についた。

 

「じゃあね、簪さん」

 

「……また後で」

 

別れの言葉を残してスタスタと自分の教室に行く簪。統夜も前側の扉から教室に入ると、一夏を探す。目的の人物は既に席に座っていた。

 

「お、統夜!」

 

「おはよう、一夏」

 

一夏も統夜に気づいた様で声をかける。統夜は挨拶を返しながら一夏の席に近づくと、おもむろに自分のポケットに手を突っ込んでUSBメモリを一夏に差し出した。

 

「ほら一夏、これ」

 

「?何だこれ」

 

物珍しそうにUSBメモリを手のひらの上で転がす一夏。もちろん一夏は中身など知らないので統夜が説明を始めた。

 

「その中にはあのオルコットさんのIS、“ブルーティアーズ”の詳細なデータが入ってる。何かの役に立つと思ってな」

 

「ええっ!統夜ってそんな事出来るのか!?」

 

「まあ、俺はデータをまとめただけだから大きな事は言えないけどな」

 

『キーンコーンカーンコーン』

 

一夏が驚きに声を上げると同時に始業のチャイムが鳴った。教室のドアがガラリと開き、千冬が出席簿片手に教室に入ってる。統夜も自分の席に座ろうと一夏の席から離れ始めた。

 

「詳しい事は後でまた話すから、それじゃ」

 

「じゃあ、一緒に昼飯食おうぜ!」

 

「ああ、分かった」

 

統夜も自分の席に着くと、千冬が出席を取り始めた。こうして統夜の退屈な授業はいつも通り始まる。

 

 

 

『キーンコーンカーンコーン』

 

「──それでは四時間目はここまで。五時間目はISの法規について講義を行うのでしっかりと教科書に目を通しておくように。それでは解散!」

 

千冬の号令が教室に鳴り響き、生徒達がざわざわと騒ぎながら席を立つ。統夜もノートをバッグにしまっていると、一夏が箒と一緒に席に近づいてくる。

 

「統夜、飯に行こうぜ」

 

「ああ、いいよ」

 

「さっさと行くぞ」

 

箒が二人を先導して教室から出ようとする。統夜もノートパソコンが入って席を立って一夏と一緒に歩き始めた。昼休みの食堂は恐ろしく混むため、三人はやや駆け足で食堂を目指す。急いだ結果か、食堂はまだそれほど混んでいなかった。

 

「今日は俺何食べようかな」

 

「なあ統夜、あの定食美味そうだな」

 

「二人とも、早く選べ」

 

箒の声を受けつつも昼食を選んで三人とも席に着く。

 

「「「いただきます」」」

 

三人とも最初の方は昼食に舌鼓を打っていたが、半分ほど食べ終えた所で一夏が声を上げた。

 

「なあ統夜、それでお前がくれたあのUSBメモリ。結局何が入ってんだ?」

 

「ああ、じゃあ説明するか」

 

箸を止めて統夜が自分の鞄からノートパソコンを取り出す。箒は“行儀が悪い”と言う目で統夜を睨みつけていたが、統夜は気にしない。ノートパソコンを起動、そして一夏からUSBメモリを受け取るとパソコンに差し込んで操作し始める。

 

「これが、一夏が戦う予定の“ブルー・ティアーズ”のスペックデータだ。こっちは一般公開されてる方、こっちは企業用に公開されてる方だな。その他にも俺の考えた戦法とか、ISの操縦者から見た感想とかも入れてある」

 

画面を指差しながら統夜が説明する。一夏は画面を食い入る様に見つめる。箒は一夏達より先に食事を食べ終えて、同じ様に画面を見つめる。

 

「……凄えな。なあ統夜、これで勝てるのか?」

 

一夏が感激しつつ声を漏らす。しかし一夏の問いに対して口を開いたのは統夜ではなく箒だった。

 

「そんな訳が無いだろう。これはあくまでも情報に過ぎない。最後に物を言うのはお前自身の実力だ。しかし紫雲、こんな事をして平気なのか?」

 

「分かってる。こんな重要なデータを持ってていいのか、って事だろ?」

 

統夜には箒の質問が分かっていたので先回りして答えた。いかに公開されていようともこのデータは企業用、そもそも統夜達の様な学生では手に入らない代物なのだ。しかもISパイロットとしての姉の意見まで入っている。一般の人間ではどうあがいても手に入らない物がこの小さなUSBの中に詰まっているのだった。

 

「篠ノ之さんの言う通り、くれた人は大丈夫って言ってたけど結構グレーゾーンなのは確かだと思う。と言うわけで一夏、USBメモリはお前に預けるけど試合が終わったら返してくれ」

 

「ああ、分かったぜ」

 

「……感謝する、紫雲。この様な事までしてくれて」

 

いきなり箒が軽く頭を下げた。統夜は箒のその姿を見て慌てだすと同時に顔を上げる様に促す。

 

「いいって!そんな事してもらうためにやった訳じゃないし、俺も一夏の力になりたいと思っただけだから!!」

 

「それでも、だ。感謝する」

 

箒はもう一度感謝の言葉を述べてやっと頭を上げた。落ち着いた統夜はノートパソコンを鞄に仕舞った後、USBメモリを一夏に再び手渡す。既に周囲には他の学生も沢山いて、いつまでも机を占拠し続けるのは悪いだろうと一夏と統夜は急いで昼食を再び食べ始める。元々そんなに量も無かったため、すぐに器は空っぽとなった。トレーを持ち上げて食器を返すと、一夏と箒が統夜と別の方向に行く。

 

「悪い統夜、これから特訓があるんだ」

 

「そうか、頑張れよ。一夏、篠ノ之さん」

 

「ああ。さあ行くぞ、一夏」

 

「ちょ、待てよ箒!引きずるなって!!」

 

一夏を箒が引きずっていく様子を手を振りながら見送る統夜。何もする事が無いので、統夜も教室に戻るために廊下を歩きだす。数分後、無事教室についた統夜は席に座ると、いきなり睡魔に襲われる。恐らく今日の徹夜が堪えているのだろう。

 

(一夏の奴、あれでどこまで行けるかな……)

 

友人の事を心配しながら統夜は目を瞑ると、あっという間に眠気が統夜の体を支配して静かに眠ってしまった。そのまま五時間目まで寝続けた結果、千冬の出席簿が振り下ろされる未来が待っているとも知らずに。

 

 


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