IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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少々短め


第六十七話 ~強くなるために~

 

「お帰りなさい、統夜」

 

「ああ、ただいま」

 

まだ水気の残る、乾ききっていない髪の毛をバスタオルで拭いながら、自分のベッドに腰掛ける。急いで風呂に入ってきたのは良いが、出る頃には入浴時間ギリギリで髪の毛も満足に拭けなかった。

 

「今日も特訓?」

 

「ああ。今日はシャルロットと。あと少しのところまではいけたんだけど」

 

「今、シャルロットから訓練の詳細が送られてきた」

 

バスタオルを被ったまま、簪の横に顔を並べて、ディスプレイを眺める。そこには、今日の訓練の様子が事細かに記載されていた。慣れた手つきでデータをまとめる簪に対して、統夜は頭を下げる。

 

「いつも悪いな。簪だって弐式の調整作業があるのに」

 

「ううん。私が好きでやってることだから、気にしないで……統夜?」

 

簪が視線のみこちらに向けて、ディスプレイを指している。そこには、シャルロットの放ったグレネードランチャーの爆炎を統夜が切り裂いているシーンが映っていた。

 

「これって、もしかして?」

 

「ああ、昨日簪に見せてもらったのに出てた奴。これなら俺でも出来るかなと思って、ずっと思ってたんだ」

 

「それじゃあ、今日も」

 

簪がディスプレイの電源を落として、今まで映っていた映像を全て消す。席を立った簪は自分のベッドの隣に置いてあったバッグの中を漁ると、一枚のDVDを見せてきた。

 

「今日はこれ」

 

「……なあ、見なきゃダメか?」

 

「継続は力なり。せっかく今日みたいに成果が出たんだから、続けるべきだと思う」

 

「わ、分かったよ」

 

簪からパッケージを受け取って、ベッドに再度腰掛ける。受け取ったパッケージには『煩悩変形!キバイダー』と派手な色彩でタイトルが描かれていた。

 

(戦い方のヒントを探る、って言ってもなぁ)

 

発端は二週間ほど前のことだった。統夜統夜と簪、それに楯無を含めた三人で訓練の内容を反省していたところで、楯無が発した何気ない一言が始まりだった。

 

『それにしてもラインバレルってISって言うより、やっぱりロボットみたいよね。ほら、簪ちゃんが見てるアニメみたいなやつ』

 

楯無の言葉を聞いて少し考えこむ様な素振りを見せた簪だが、その場では特にそれ以上の反応を見せなかった。統夜も適当な反応を返して、その日は何事も無く終わった。しかし三日後、簪宛てに実家から大きなダンボールが届いたかと思うと、その中身をこちらに差し出してきたのだ。

 

『一緒に見よう?』

 

簪が差し出してきたのはロボットアニメのDVDだった。その後も、ダンボールの中から出るわ出るわ、中身は全てアニメのDVDだった。なんでも母親にお願いして簪が昔見ていたロボットアニメのDVDを全て送ってもらったとの事。その時点では簪の意図は見えてこなかったが、その後30分かけて延々と説明された。端的に言うと以下の通り。

 

『統夜のラインバレルはお姉ちゃんが言ってた通り、どちらかというとISよりロボットに近い』

 

『ラインバレルの戦闘スタイルにしても私達が使うISより、こういったロボットの方が参考になることが多いと思う』

 

『だから、一緒に見よう?』

 

見事な三段論法とキラキラした笑顔で迫られて断れるほどの鋼の意志を、統夜は持ち合わせてはいなかった。その日からほぼ毎晩、統夜は簪と一緒にロボットアニメを見ているのだった。

 

「えっと、今日は……」

 

アニメのみならず、先週の休みの日には簪と一緒にゲームセンターで『バーニングIS』という体験型ゲームもやっていた。バッグを漁る簪を端目に捉えながら、何の気なしにパッケージの裏面を見る。裏面には『驚異の108式変形!』『超究極戦隊軍団キバイダー』と表面と同じく派手な文字で描かれている。

 

「まあ、この間のゲームよりはこっちのほうが効果ありそうだな」

 

ちなみに、先日簪と一緒に鑑賞したロボットアニメのタイトルは『機動侍ゴウバイン』である。今日の訓練で繰り出した『炎を切り裂く』という芸当も、そのアニメの中で必殺技として出てきた『ゴウバインスラッシュ』を参考にしたものだ。劇中ではエグゼキューターの様なエネルギー兵器のビームを切り裂いていたが、爆炎を切り裂く程度ならば自分にも出来ると考え、実行に移したのが今日の訓練だった。

 

「お待たせ」

 

バッグから顔を上げた簪が、統夜の隣に座る。この体勢がロボットアニメを鑑賞するときのいつもの二人だったが、今日はなにやら様子が違った。

 

「あれ、何だそれ?」

 

何時もであれば、簪が取り出したDVDを部屋に設置されているプレイヤーに入れて、鑑賞会の始まりだった。しかし今日は、バッグから取り出したであろうポータブルDVDプレイヤーをその手に持っていた。右手を差し出す簪に、その意を察した統夜がパッケージを手渡す。受け取った簪は中から取り出したDVDを部屋に設置されたプレイヤーには入れず、手に持ったポータブルプレイヤーの方にいれた。

 

「あっちのプレイヤー、昨日から故障してるから」

 

「そっか。それじゃあ寮監さんに言って修理して貰わないと──」

 

「統夜、そこ、空けて」

 

不自然な片言で簪が示しているのは、統夜の足だった。言葉の意味が把握できないまま、簪の手の動きに合わせて、両足を広げる。十分な間隔が確保できたことを確認すると、簪は立ち上がってベッドにより深く腰掛けるよう促した。

 

「ちょ、ちょっと何やってるんだ!?」

 

「いい、から」

 

「いや、良くはないって!!」

 

「こっちのプレイヤーじゃ、並んで見れない。二人一緒に見るには、こうする必要がある」

 

「だ、だけど──」

 

重なる統夜の抗議の言葉も、今の簪には届かない。統夜の足の間、開けた空間に無理やり捻じ込むようにして、小さな身体を滑り込ませる。

 

「か、簪、ちょっと近──」

 

「いいから。早く見る」

 

既にアニメは始まっており、小さなプレイヤーの画面にはオープニングが流れている。しかし、簪に促されても、統夜は全くアニメに集中できなかった。

 

(な、何で簪はこんなに近くて平気なんだよ……!)

 

統夜も年頃の男子高校生である。しかも、鈴達に相談したように最近妙に距離が近くなっている相手からこんな事をされれば、意識するなという方が無理な話だ。統夜の腕にすっぽりと収まってしまいそうな程小さく、本気で抱きしめれば壊れてしまいそうな身体がすぐ傍にある。妙に良い匂いが鼻腔をくすぐり、思わず姿勢を正す。

 

「……」

 

慌てふためく統夜と正反対に、膝にプレイヤーを置いてアニメを鑑賞している簪。その視線は真っ直ぐプレイヤーの画面に向けられ、一瞬たりともぶれることはなかった。

 

(……ん?)

 

そこで、統夜は気づく。確かに、簪の身体は動いていない。自分と比べれば動揺は全く見られないし、

視線もアニメに集中している。しかし、本当に全く動かないのだ。

 

「お~い」

 

試しに、プレイヤーと簪の間に手を差し込んでも、全くもって反応しない。音を立てずに立ち上がり、簪の正面に回る。そこで初めて、アニメに視線を向けて俯き気味の簪の表情が見えた。しきりに口を動かして、何かぶつぶつと呟いている。

 

「……大丈夫、大丈夫、これくらいは大丈夫」

 

耳を近づけて、簪の呟きを聞く。統夜の顔が近づいても気づかないばかりか、よくよく見ると簪の手は硬く握られ、耳まで真っ赤に染まっている。挙句の果てには、統夜の位置から見えなかっただけで、

力いっぱい両目を瞑っていた。

 

「……ぷっ」

 

思わず噴き出す統夜。自分だけでなく、簪も自分と同じかそれ以上に緊張していることが分かると、妙に安心できた。そんな妙に愛おしい彼女の肩に、両手を回す。

 

「と、統夜!?」

 

「寒いだろ、ほら」

 

「……うん。ありがとう」

 

先程までの緊張はどこへやら。簪も統夜の手を取って背中を預ける。簪の背中と統夜の胸板が零距離となって、互いの体温が伝わっていく。

 

「統夜の身体、温かい」

 

「そりゃ、風呂入ってきたばっかりだからな」

 

「ううん。そうじゃないよ」

 

「変な奴」

 

顔は見えないが、今、この瞬間だけは互いがどんな顔をしているのか、容易に想像できていた。そして互いに同じ表情をしていることも、時折漏れる小さな笑い声で理解できた。

 

「ははっ」

 

「ふふっ」

 

学園祭を翌日に控えた、木枯らしが吹き始めている10月の出来事だった。


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