IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第六十四話 ~夏を越えて~

「すいません、山田先生いますか?」

 

がらりと引き戸を開けて、職員室に入る。向かい合わせになった机が三列程ならんでいる職員室は、新学期と言う事もあってか多くの職員が目まぐるしく働いていた。声をかけると同時にサッと室内に目を走らせるが、真耶の姿は何処にも見えない。

 

「おい統夜、どうした?」

 

ふと、自分を呼ぶ声に反応してみると、千冬の席の所に一夏がいた。突っ立っていても仕方がないので、取り敢えず近くに寄る。

 

「紫雲か。山田先生なら出ている、用件なら私が聞こう」

 

「あ、じゃあ俺はこれで」

 

用件が先に終わった一夏が少し頭を下げてその場を後にする。椅子に座ったままそれを見送った千冬は、一つ咳払いをすると統夜を見上げた。

 

「さて、用件は何だ?」

 

「はい。えっと、織斑先生にも用があって。これ、生徒会からの書類です」

 

「ふむ……成程、予算資料か。確かに受け取った。それで、山田先生への用は何だ?」

 

「あの、さっきのHR(ホームルーム)で学園祭のチケットが配られたって聞いて受け取りに来ました」

 

「ああ、それか」

 

立ち上がった千冬が対面にある机から、先程まで統夜が持っていた物より小さな茶封筒を取り上げる。中身を確認して頷くと、統夜の胸元に放った。

 

「学園祭には各国の軍事関係者やISに関連した企業の人間が多く来場するが、一般人の参加も勿論出来る。そいつがその為のチケットだ。基本的には一枚につき一人、生徒の二親等以内の人間であれば一枚で4人まで入場出来る」

 

「ありがとうございます……あの、一つ質問いいですか?」

 

「む、何だ?」

 

「このチケットって、基本的に生徒一人につき一枚ですよね?」

 

「そうだが……ああ、すまん。立ちっぱなしも疲れるだろう。座れ」

 

タイミング良く、隣の席にいた数学教師が席を立った。千冬が頼んで席を貸してもらうと、そこに座るよう促される。腰を落ち着けた統夜はチケットを胸ポケットに入れながら、両膝に手を置いて言葉を切り出した。

 

「それで、話の続きなんですけど」

 

「確かに、基本的には生徒一人につきチケットは一枚しか渡せない。しかし、お前がそんな単純な事を理解できない程馬鹿ではないのは分かっているつもりだ。わざわざそんな事を聞く理由は何だ?」

 

「織斑先生は姉さんの事、知ってますよね?」

 

「当たり前だ。最近は会えてはいないが」

 

「このチケットで姉さんは入場できると思うんですけど、もう一人チケットを渡したい相手がいるんです。その、姉さんの大切な人で、将来的に俺の家族になる人です」

 

「ふむ、カルヴィナの恋人と言う訳か……そう言えば、見た事があるな」

 

「ホントですか?」

 

「ああ。第二回モンドグロッソの時に見た事がある。そうか、それが理由か」

 

「はい。いつ結婚してもおかしくないんですけど俺が卒業するのを待ってるみたいで。だから、その人も招待してあげたいんです」

 

「成程な」

 

そこまで聞いて、千冬が腕を組んで目を閉じる。ギシと音を立てて背もたれに体を預ける千冬の前で、ドキドキと心臓の鼓動が加速するのを感じながら、統夜は答えを待った。

 

「追加の発行は恐らく無理だろうな」

 

「そう、ですか……」

 

「ああ。流石に血縁関係も無い人間を呼ぶ訳にはいかない。籍を入れているのならともかく、法的にはお前とその男はまだ他人だ。学園側も警備上の理由から、そうホイホイ他人を入れる訳にも行かん」

 

「……ありがとうございました。それじゃ、俺はこれで失礼します」

 

落胆の色を露わにしながら、椅子から立ち上がって一礼する。くるりと踵を返した所で統夜の丸まった背中に千冬の言葉が浴びせられた。

 

「待て待て、そう急くな。とにかく座れ」

 

身振りと言葉の両方で引きとめられて、再び席に座る。千冬は何やら考え込んでいる様子で、先程からぼそぼそと呟きながら空を仰いでいた。

 

「あの……織斑先生?」

 

「……よし、お前の事情は分かった」

 

「はあ」

 

「持って行け」

 

書類を纏めてある棚を漁っていた千冬が、とある物を取り出して統夜の手に握らせた。それはつい先程、自分の胸ポケットに入れた茶封筒と瓜二つの物である。何が何だか分からない統夜は訝しげな表情を浮かべるだけだった。

 

「確かに新しくチケットを発行する事は出来ん、既に枚数が確定しているからな。だが、学園関係者の物を譲渡する事は可能だ」

 

「それじゃ、これって……」

 

手に握っている茶封筒の口を開けて中身を見る。そこには薄っぺらい紙が一枚入っているだけだった。しかし、あまりにも軽いその紙切れは、今の統夜の気分を高揚させるには十分な代物だった。

 

「教師としてはあまり褒められた行動ではないとは思うがな」

 

「い、いいんですか?」

 

「勘違いするなよ。私のチケットをカルヴィナに渡すだけだ。余ったお前のチケットは好きにしろ」

 

「はい!ありがとうございます!!」

 

「ああ、一応言っておくがむやみやたらにこの事を吹聴するなよ。煩いのが増えるのは堪らん」

 

「分かりました。あの、本当にありがとうございます!!」

 

けたたましい音を立てて席を立った統夜が、深いお辞儀を繰り返す。照れ隠しなのか、千冬はさっさと出ていけとばかりにしきりに手を振る。大声を上げてしまった事に若干の恥ずかしさを覚えながら、統夜は職員室を後にした。

 

(よし、これで二人を呼べる!)

 

内心走り出したいのを何とか堪えながら、もう一つの封筒を胸ポケットに捻じ込む。チケットをくれた千冬に感謝し、カルヴィナとアル=ヴァンが来る学園祭に思いを馳せた所で、自分のクラスの出し物を考えてあっという間に気分が急降下する。

 

(うん……まあ、姉さんに笑われるのだけは覚悟しておこう)

 

「たあああああっ!!」

 

特に用も無いため、生徒会室に戻ろうと足を向けた所で女子特有の高い声が響いてくる。続いてガラスの割れる音や金属物が倒れる音、大勢の生徒の怒号が飛んできた。閑静な平日の放課後、ISの訓練場所でもない只の廊下に響く音としてはおかしい物ばかりである。

 

「な、何だ?」

 

慌てて音の方向へと駆けていくと、大立ち回りを演じている生徒会長と、廊下の端で目の前の光景に口をあんぐり開けっ放しで突っ立っている男子生徒と、見知った女子生徒の姿があった。たった一人の生徒会長に、複数人の女子生徒が殺気を隠そうともせずに押し寄せている。

 

「い、いやいや、本当に何だよこれ?」

 

取り敢えず目の前の光景に突っ込みを入れてみる。ISも着けずに生身で立ち回っている彼女らは、たった一人を対象としていた。だが、窓から飛んでくる矢も、振り下ろされる竹刀も、悉く急所を狙ってくる拳も、その全てを生徒会長である更識 楯無はいなし続けていた。全く危機感を感じさせないその立ち振る舞いに心を奪われる統夜だったが、急に背後から迫る影を見て意識が覚醒する。

 

(まずい!!)

 

楯無の死角から飛び掛かろうとしている女子生徒を見つけて、統夜は飛び出していた。部活動で使用するとは思えない大型の金属製スコップを手にして大上段からの一撃を繰り出しつつある生徒と楯無の間に割って入る。

 

「し、紫雲君!?」

 

「危ないじゃないですか、こんな物振り回して!!」

 

「ね、園芸部とか興味無い? 花壇を作ったり、毎日花に水をやって癒されたり──」

 

「興味ありません! 少なくとも、こんな風に襲い掛かる人と同じ部活なんて、入りたくありませんよ!!」

 

「「「うっ!!」」」

 

その一言で、楯無に襲い掛かっていた女子生徒達が一斉に動きを止めた。目の前にいる女子生徒もスコップを降ろして、数歩後ずさる。

 

「正論、正論だけどっ……!」

 

「私達が織斑君達を手に入れるにはこうするしか……」

 

ぶつぶつと呟きながら意気消沈している周囲の女子生徒の中心部で、取り敢えず事の元凶であろう楯無に声をかける。

 

「一体全体何事ですか、これ?」

 

「後で話すわ。それよりも、お助けついでに一緒に来てくれると嬉しいんだけど」

 

「生徒会の方の仕事はいいんですか?」

 

「虚達に任せてきたわ。さ、早く行きましょうか」

 

一人でさっさと行ってしまう楯無の背中を見ながら、脇に駆け寄ってきた二人の内片方に疑問を投げかける。

 

「簪、何がどうなってるんだ?」

 

「えっと──」

 

 

 

 

 

「腕試し、ねぇ」

 

場所は変わり、四人は揃って道場に来ていた。畳が一面に敷かれた部屋の中心部では、一夏と楯無が白い無地の胴着に深い紺の袴を身に着けている。統夜と簪は揃って離れた所で気の壁に背中を預けていた。

 

「うん。その、お姉ちゃんの口車に乗っちゃって……」

 

簪は全てを話してくれた。一夏が生徒会に来てから交わされた言葉の数々。楯無が一夏に言い放った“弱い”という台詞。それらを聞いて統夜は畳に腰を下ろしながら眉を歪ませた。

 

「そりゃしょうがないな。俺もそんな事言われたら、我慢出来る自信ないし」

 

強くなろうと努力している人間の目の前で、その努力を侮辱されるような言葉を吐かれたら、平静を維持できると考えられる根拠を統夜は持っていなかった。恐らくは今の一夏と同じく、楯無に突っかかっていたに違いない。そう思うと一夏を自然と応援していた。

 

「一夏」

 

「何だ?」

 

「頑張れ、負けるなよ」

 

声援を受け取った一夏は少しの間、何を言われたか分からないと言わんばかりにきょとんとした目で統夜を見ていたが、すぐさま太陽に似た眩しいほどの笑顔をぶつけてこちらにサムズアップを返す。

 

「おう、任せとけ!」

 

「あ、二人は外に出てて頂戴。二人っきりでやらせて欲しいの」

 

「別にいいじゃないですか。俺達がいても」

 

「いいからいいから。私、恥ずかしがり屋さんだから、人に見られてると緊張しちゃうのよ」

 

おちゃらけた文言を並べながら、楯無が簪に向けてウインクを飛ばす。姉の考えを理解した簪は立ち上がると統夜の脇を持って無理矢理立たせる。そのまま、統夜の意を介さずに道場の外まで引きずっていく。

 

「な、何だよ簪。俺は一夏を応援して──」

 

「統夜は、負ける所を誰かに見られたい?」

 

その言葉で、統夜の頭が冷える。今の自分でも勝てない楯無の実力、努力を続けているとはいえ、まだまだ発展途上である一夏の力。その二つを天秤に掛けたら、どちらが強いかは明白だった。それらを材料にして勝負の行方を想像する事は、実に容易い。そして、一夏の立場に自分が立った時、その光景を誰かに見られたいかと言えば、勿論答えはNOだ。

 

「……分かったよ」

 

道場の外壁に、二人でもたれかかる。内側から響いてくる音は、既に戦いが始まっている事を意味していた。聞こえてくる苦悶の声は、どう考えても女性の物ではない。つまり、試合の展開は簪と楯無が予想した通りなのだろう。

 

「そうだ、簪」

 

「何?」

 

「あの時のお礼、まだ言ってなかったな。ありがとう、家まで送ってくれて」

 

唐突な感謝にしばしの間記憶を漁る簪。そして、思い当たるあの日の出来事を思い出す。

 

「その、平気なの?」

 

「何が?」

 

「だって、あの時戦ったのは、統夜の……」

 

「悠の事、か」

 

瞼を降ろして、あの日の情景を心に浮かべる。瓦礫の中立ち尽くす自分と、月光に照らされる親友の顔。鉄の仮面越しに見た懐かしき顔は成長こそしていたものの、彼だとはっきり分かる面影があった。

 

「正直、まだ分からない」

 

「……」

 

「けど、はっきりしている事は一つある。今のあいつは……敵なんだ」

 

「そ、それは──」

 

「いいんだ。あいつにも事情があるのかもしれない。でも、臨海学校のあの日、俺が割り込まなければ一夏は悠に殺されてた。研究所の時だって、間一髪で切り抜けられただけだ。もしかしたら、簪と楯無さんが傷ついていたかもしれない」

 

「統夜……」

 

「だからさ……次、俺の前に現れた時は、無理矢理にでも捕まえてみるよ」

 

「捕まえる?」

 

「簪が前に言ってくれただろ。“話してみる”って」

 

あの夜、家に帰ってから考えていたのは悠の事だった。本音や真耶に銃を向けた事、一夏の命を狙った事、楯無の身に危害を加えた事。様々な感情が浮かんでは消え、浮かんでは消えていったが、何をしたいかを考えた時、その答えはとてもシンプルだった。

 

「話したい事も山ほどあるしさ。急に消えた事とか、数年間何処にいたんだとか、連絡の一つくらい寄越せとか。あいつの口から事情を一通り聞いて、それから考える」

 

「……うん。統夜が後悔しないようにすればいいと思う」

 

誰の目も無い静かな場所で、二人の距離が自然と縮まる。統夜の肩に簪が頭を預ければ、触れ合わせるように統夜も頭を傾けた。

 

「まあ、話す前に一発くらい殴るかもしれないけどな。グーで思いっきり」

 

「そ、そこはぱーでしてあげた方がいいと思うけど」

 

「そうだな。平手で、思いっきり殴る事にするよ」

 

「あ、あの~。二人とも、ちょっといいかな?」

 

「うおっ!?」

 

遠くの方から声をかけられて、二人が文字通り飛び上がる。慌てながら揃って視線を向ければ、こちらに近づきながら手を振っているシャルロットと、顔を赤らめてシャルロットの背中に隠れているセシリアがいた。狼狽しながら居住まいを正す二人に、申し訳無さそうな表情を向けるシャルロットが口を開く。

 

「ちょっと聞いていいかな?」

 

「な、何をだ?」

 

「あの、一夏さんがどこに行ったかご存じありませんか?クラスの出し物について織斑先生に報告に行ったきり、何処かに行ってしまったようで」

 

「今日は久しぶりに皆で一緒に特訓しようって約束してたんだけど。二人とも、何か知らない?」

 

「あ~、それは……」

 

二人揃って振り返り、先程よりも静かになった道場に目を向ける。その行動から何かを察したのか、シャルロットとセシリアが二人の体越しに扉へと視線を飛ばすのと、同乗の中から一際大きい衝撃音が響いてきたのは同時の事だった。

 

「お、おい、幾らなんでも激しすぎないか?」

 

「お姉ちゃんの事だから、大丈夫だとは思うけど」

 

「な、中で何が起こっているんですの!?」

 

混乱するセシリアとシャルロットを尻目に二人は数度アイコンタクトを交わす。そして同時に頷くと、扉に手をかけて道場へと踏み込んだ。

 

「楯無さん、一体何が──」

 

踏み込んだ統夜の視界に飛び込んできた物は畳の上に倒れ込んでいる一夏。そして一夏の傍で満足げな顔を浮かべて、両手を払っている楯無。何故か字上着を肌蹴て下着が丸見えとなっていた。そして次の瞬間、細くて小さい何かが統夜の視界を埋め尽くした。

 

「痛ててててっ!?」

 

「統夜、目、瞑って!」

 

指が直接眼球に触れる痛みで思わず悲鳴を上げる。痛みを取り除くべく、引っぺがそうと試みるが、それよりも強い力で簪の指が統夜の視界を塞いでいた。

 

「か、簪!」

 

「は、外したらお姉ちゃんが見えちゃうし!」

 

「あらあら、統夜君には見られてもいいけど?」

 

「お姉ちゃんっ!?」

 

「統夜君。決着ついたから一夏君を運んであげてくれない?この後、アリーナで少し特訓したいから」

 

「い、一夏さんっ!?」

 

「ちょ、大丈夫一夏!?」

 

「平気よ。ちょっと強くやりすぎちゃって気絶してるだけよ」

 

「お姉ちゃん、早く服着て!」

 

「簪は早く外してくれ!!」

 

その後、収集がつかないと思われた事態は一夏を探しに来た鈴とラウラが加わった事でさらなる混乱を招き、最終的に異変を察知して駆けつけた本音によって収束し、統夜の痛みはそれまで続いたのだった。

 


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