IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第六十三話 ~新学期~

「で、あるからして今学期もIS学園の一員として……」

 

講堂の演説台で熱弁を振るっているのは、IS学園の教頭だ。本人としては心からの言葉かもしれないが、残念ながらその熱情が届く事は無い。何しろ学生にとっては新学期の挨拶など億劫以外の何物でもなく、大半が話半分で聞いているからである。IS学園の生徒達もその例外でなく、殆どがぼんやりとした目で前を見ていた。

 

「……なあ統夜、何か随分眠そうだけど、どうかしたのか?」

 

「ああ、今日は朝から楯無さんに特訓してもらってたんだよ。お陰で眠くて眠くて……」

 

二人の男子生徒が口元を隠しながらひそひそと会話する。何百人という生徒がいるお陰で、幸運にも咎められる事は無かった。

 

「楯無さんってあれだろ、更識さんの姉さんだっけ」

 

「ああ。いい人なんだけどさ、結構悪戯好きなんだよ。この間も──」

 

とんとんと統夜の右肩が叩かれる。隣に顔を向けてみれば、二組の名前の知らない生徒がこちらを見ていた。

 

「二人とも、静かにした方がいいんじゃないかな。さっきから織斑先生が見てるよ」

 

二人揃って慌てて壁際に視線を送ると、確かに眉間に皺を寄せている千冬が、まっすぐこちらを睨みつけていた。お礼を言いながら、目線を前に向け直す。教頭の話は終わる事を知らないようで、良く回る口を動かして挨拶と言う名の念仏を送り続けていた。数分もしない内に、一夏と統夜が話を再開する。少しは反省しろと思うが、これが男子学生という生き物なのかもしれない。

 

「悪戯と言えばさ、昨日俺も似たようなことされたぜ。授業の前に、男子更衣室で」

 

「男子更衣室って、俺が出て行った後か。授業に来たのが遅れたの、もしかしてそれが原因か?」

 

「ああ、なんか不思議な人だった。結局すぐいなくなっちゃったんだけど」

 

「ふぅん。奇妙な事もあるもんだな」

 

「……それでは、私の話はこれで終わりとします。次に、生徒会の方からの連絡事項をお願いします」

 

ようやく終わった教頭の演説を切っ掛けに、二人の会話が終わる。揃って前を向くと、脇から階段を上ってゆっくりと演説台に近づく一人の女子生徒がいた。その姿を見て、後ろにいる一夏があっと声を上げる。

 

「どうした?」

 

「あの人だよ。ほら、さっき話した、悪戯してきた人」

 

「みんな、おはよう。私は更識 楯無。生徒会長をやってるわ。よろしく」

 

(新学期の朝っぱらから何やってるんですか……)

 

心の中だけでため息を吐く。自然と人を引き付けるのだろうか、先程まで話していた教頭とは大違いで、自然と全ての生徒の耳と目が楯無に引きつけられていくのが分かった。一夏も、それ以上は何も言わず、楯無の言葉に耳を傾けている。

 

「さて、単刀直入に言うわ。今月にある学園祭、今年はもっと面白くする為にとあるルールを導入したいと思います。それは──」

 

「「……はい?」」

 

一夏と統夜の声が重なる。声を潜ませる事もせず自然と出たその一言は、楯無の背後にある巨大なディスプレイに映し出された写真による物だった。

 

「題して“各部対抗男子学生争奪戦”!!」

 

「「はあああっ!?」」

 

一面に映し出されたのは数々の写真だった。一夏がISで特訓を行っている写真、統夜が自分と簪の為の弁当を作っている写真、放課後に二人だけでその日の授業の復讐をする写真。私的(プライベート)公的(パブリック)も問わず、二人の生活風景が所狭しと映し出されている。

 

「ちょ、ちょっとマジかよ!?」

 

「何考えてんだあの人……?」

 

まだ詳しい内容が発表されていないが、そのタイトルから大体の事は察する事は出来る。要は意思を無視して統夜と一夏を身売りしようというのだ。頭の片隅で流れるドナドナの音楽を聴きながら、頭を振って考え直す。

 

(ま、待て。流石に何か意味がある筈だ。何の意味も無しにこんな事する人じゃあ)

 

「みんな、男子生徒が欲しいかあっ!!」

 

「「「「「きゃあああああああっ!!」」」」」

 

(何の意味も無しに……)

 

「運動部の生徒よ、敏腕マネージャーが欲しいかあっ!!」

 

「「「「「うおおおおおおおおっ!!」」」」」

 

(する人じゃあ……)

 

「文化部の生徒よ、パーフェクトな主夫が欲しいかあっ!!」

 

「「「「「ひゃあああああああっ!!」」」」」

 

(……やるかもしれない)

 

九月四日。夏休みが明けたIS学園に、乙女達の咆哮が轟いた。

 

 

 

 

その日の放課後、紫雲 統夜はIS学園を早足で駆けていた。行く先は楯無がいると思われる生徒会室だ。

 

(幾らなんでもあれは無いだろ……!)

 

クラスの方でも放課後にHRを行ってクラスの出し物を決めると言っていたが、そっちは一夏に任せていた。正直、出し物などどうでも良いし、一夏がいれば自分達(男子学生)にとって悪い物にはならないと確信しての行動だった。角を勢いよく曲がった所で、自分より背丈の低い影と真正面からぶつかる。

 

「きゃっ!!」

 

腕に書類の束を抱えていた生徒が、尻餅をつく。宙に舞い散る白い書類に紛れて、青色の髪が見え隠れする。

 

「あ、ご、ごめん簪!!」

 

ぶつかったのは簪だった。急いであちこちに散らばった紙切れを引き寄せると、手元でまとめる。束にした書類を差し出した所で、統夜の体が強張った。

 

「統夜……?」

 

数秒固まった所で、先程よりも更に慌てて後ろを向いた。右手だけ差し出して、それ以外は簪と真逆の方向を向いている。

 

「そ、その、転んで、す、スカート……」

 

「っ!!」

 

簪が顔を真っ赤にしながらスカートの前半分を押さえつけた後、体を丸めて顔を伏せる。少しの間、互いに身じろぎ一つしなかったが、服を直した簪が先に動いた。体を強張らせている統夜の背中に近づくと、震える唇で問いかける。

 

「……み、見たの?」

 

「な、なな何を!?」

 

「だ、だから、私の……」

 

「み、見てない!白いのなんて見て……あ」

 

「……!」

 

丸く固めた簪の両手が、統夜の頭に振り下ろされる。痛みを全く伴わない拳が、統夜の頭に降り注がれた。ぽかぽかと繰り出される駄々っ子のようなパンチの応酬に、今度は統夜が体を丸める番だった。

 

「ちょ、ちょっと簪!」

 

「忘れて、忘れて、忘れてっ……!!」

 

「わ、分かった。忘れる、忘れるからストップ!!」

 

「……もう」

 

ようやく手を降ろした簪に、統夜が向き直る。書類を手渡そうとしたところで、タイトルが初めて目に入った。

 

「各部対抗男子学生争奪戦について、か」

 

「け、今朝お姉ちゃんに頼まれて。さっき、印刷してきたの。これから渡しに行く」

 

「じゃあ俺も一緒に行くよ。ちょっと楯無さんに言いたい事もあるしな」

 

渡そうとしていた書類の束を小脇に抱えて、二人が歩き出す。運動部が活動している元気の良い掛け声が、窓越しに廊下へと響いていた。

 

「やっぱり、今朝のあれ?」

 

「ああ。幾らなんでもあれはないだろ。俺にも一夏にも何も言わないで」

 

「織斑君はともかく、統夜は生徒会所属って事にしてもいいと思うのに……」

 

現在何の関係も無い一夏はいざ知らず、一学期の頃から生徒会に出入りし、たびたび業務を手伝っていた統夜を見ていた簪も、やはり思う所はあるらしい。横にいる簪に同意の意を示しながら、大げさに肩をすくめて見せる。

 

「どうせ、何言ってもいまさらだと思うけどな。やるって言った以上、覆るとは思わないから。ただ、俺が吐き出したいだけさ」

 

「それよりも統夜、クラスの方でホームルームとか無かったの?」

 

「あったけど、一夏に任せてきた。大して興味も無かったし、あいつがいれば変な出し物にはならないだろ。簪の方こそ、そういうの無かったのか?」

 

「私もあったけど、生徒会の方の仕事があったから。それに、私もそういうのにはあんまり……」

 

「だよな」

 

生徒会室に着いた所で、目の前の扉を右の中指で三度叩く。

 

「はい」

 

「虚さん。紫雲です」

 

「ああ、どうぞ。中に入って」

 

中にいる人物に許可を得て、扉を開ける。既に慣れ親しんだ部屋の中には、いつも通りの光景があった。山積みの書類の中で仕事をしている虚、自分の机に突っ伏して寝息を立てている本音、そして真正面の重厚な造りの机でふんぞり返っている楯無がいる。

 

「あら、簪様も一緒なのね」

 

「ええ、さっきばったり会いまして」

 

「……とーやんの声がする~」

 

もぞもぞと机の上で体を震わせて、眠りこけていた本音が目覚める。右の袖で口元を拭いながら、きょろきょろと寝ぼけ眼で周囲を見渡して統夜を見つけると、左手をひらひらと振った。

 

「お~、やっぱりとーやんだ」

 

「クラスの方はいいのか?」

 

「うん、こっち(生徒会)の仕事が優先~」

 

「仕事って……寝るのが仕事?」

 

「……zzz」

 

「ほ、本音。起きなきゃダメだよ」

 

簪が駆け寄って本音を揺さぶるが、返答は無い。統夜は視線を真正面に向けてツカツカと足音を大きく立てて詰め寄る。机の前に来ると、持っていた書類を目の前で足を組んで座っている生徒会長に差し出した。

 

「こういう事は事前に教えてくださいよ」

 

「だって、教えたら反対されちゃうじゃない」

 

「そりゃしますよ。と言うか何で俺達が身売りされなきゃいけないんですか」

 

「いいじゃない。苦情が来てるのは事実なんだし、ここらへんで身を固める必要があると思うけど?」

 

「……分かりましたよ」

 

この人には一生勝てない、と思いながら諦めの言葉と共に、中央に設置されているソファに腰を下ろす。同時に、目の前のティーカップが音を立てずに置かれた。横を向いてみれば、微笑みながらショートケーキを乗せた小皿を差し出している虚がいる。いつの間に、と驚きながら差し出された皿を受け取った。

 

「あ、そうだ統夜君。一つ頼まれごとしてくれない?」

 

「何時もの手伝いですか。いいですけど」

 

「お手伝いじゃないわ。ちょっと話があるから、織斑君に連絡取って欲しいんだけど」

 

「何するんですか?」

 

「それは秘密」

 

そこで言葉を切った楯無は、懐から扇子を取り出す。白い扇子には黒い筆文字で“最高機密”と書かれていた。特に断る理由も無いので、ポケットから携帯電話を出すと、電話帳から一夏の番号を選択して電話を掛ける。

 

「……あ、一夏か。今大丈夫か?……ああ、悪いな。あのさ、今朝話してた生徒会長、楯無さんがお前に話があるみたいなんだけど、今日時間あるか?……ああ、うん。生徒会室だって」

 

自分の指で床を指し示しながら“ここで”と口パクしている楯無を横目で見ながら、返答を待つ。友人の返事はすぐさま帰って来た。

 

「ああ、サンキュ……え……うちのクラスの出し物か。そう言えば何に決まったんだ?……何だよ、早く言えよ」

 

「統夜」

 

自分の名前を呼ぶ声に視線を向けてみれば、今度は簪が本音の机の隣で手招きしていた。ティーカップに注がれた紅茶を零さないようにゆっくりと立ち上がると、簪の隣まで移動する。

 

「今、本音の友達から統夜のクラスの出し物の内容が送られてきたんだけど……」

 

携帯電話の向こう側にいる一夏と同じく、妙に歯切れが悪い言葉使いで簪が本音を指し示す。机の上で寝そべっている本音は、顔を少しだけ上げながらその片手に握りしめた携帯電話をこちらに伸ばしてきた。

 

「……なんだこりゃ」

 

そこに描かれていた文字を読んで絶句する。確かにその文字は読める。書かれている内容も理解できる。しかし、脳がそれを承諾する事を拒否していた。何度かそれを読み直して、自分の目の錯覚でない事を確認した後、携帯電話に意識を向け直す。

 

「ああ、うん。のほほんさんの友達から送られてきてるよ……ああ……山田先生の所に行けばいいのか?……分かった、ありがとな。それじゃ」

 

携帯電話を切って、テーブルに置いてある手を付けた紅茶を一息に飲み干す。残ったショートケーキに少し後ろ髪を引かれつつも、統夜は生徒会室を後にしようとする。

 

「一夏はこっちに来るそうです。俺はちょっと山田先生の所に行ってきます」

 

「あら、どうかしたの?」

 

「大したことじゃないです。さっき教室で、学園祭の入場チケットが配られたらしくて。俺の分を山田先生が預かってくれてるみたいなんで、それを取りに行こうと」

 

「あ、紫雲君。職員室に行くならこれもお願いできるかしら」

 

書類が山積みになっている机に座っている虚が、A4サイズの茶封筒をこちらに差し出していた。手に取ると、中には重量を感じるほどの量の書類が入っている。

 

「一学期分の各部活動の活動報告書と予算資料よ。織斑先生に渡して欲しいのだけれど」

 

「分かりました。それじゃ、行ってきます」

 

先程より遥かに多い書類片手に統夜が生徒会室から出ていく。その様子を言葉を出さずに見守っていた簪に、目ざとい姉が口を出した。

 

「やっぱり、簪ちゃんとしては好きな子が他の部活に取られちゃうのが嫌なのかしら」

 

「べ、別にそんな事……あるけど」

 

女子生徒のみ、しかも深い仲しかいない空間で簪が本心を露わにする。すっかり虜となっている簪を温かい目で見つめながら、楯無は頬杖を突きながら深いため息を吐いた。

 

「でも統夜君って意外と人気なのよねぇ。今回の苦情の量も、織斑君と統夜君であんまり違いなかったし」

 

「ほ、ほんと?」

 

「それに関しては、詳細なでーたがこちらに~」

 

顔をむくりと持ち上げて眠気を振り切った本音が、机の引出しを開ける。中からタブレット端末を取り出すと、数度操作を行ってとあるファイルを開いた。

 

「“織斑君とは違う方向性のかっこよさ”“一学期の時は少し話しかけづらかったけど、最近はそういう事も無い”“家事が出来る男の子ってだけでポイント高い”“何だか最近よく練習してるのを見かける。何かに一生懸命な姿ってやっぱりいい”“妹を任せられる要素は揃っている。後は私を超えてくれれば言う事なし”などなど。様々な声が上がってま~す」

 

「そ、そんな……」

 

「たった二人の男子生徒と言うだけで何もしなくても視線は集まりますから。うかうかしていると簪様でも危ういかもしれませんよ?」

 

三方より責め立てられて、力無くソファに腰を落とす簪。統夜の気を引くために何をすればいいか、普段とは全く違う頭の使い方をし始めた所で、楯無が可愛い妹へ救いの手を差し伸べた。

 

「ふっふっふ。大丈夫よ」

 

「お姉ちゃん……」

 

「簪ちゃん。この私が、勝算も無くあんな企画(各部対抗男子学生争奪戦)を。簪ちゃんから統夜君を引き離すような事、すると思う?」

 

「……思わ、ない」

 

「その通り!」

 

どでかい肯定と共に椅子を蹴飛ばして立ち上がった楯無は、裏返した扇子を簪に突き付ける。そこには表と違い、“完全犯罪!”と達筆で記されている。

 

「そろそろいい時期だと思うし、と言うか見ててイライラしてきたし、いい加減くっつきなさいこの野郎とか統夜君あなたいつまで簪ちゃんを待たせるのよ少しはそっちからアプローチかけなさいとか思ってたりするし、ここいらで勝負を付けてもいいわよね?」

 

「う、うん」

 

自分より激しい感情の炎を燃やしている姉に少し辟易しながら、肯定の心を込めて首を縦に振る。楯無も“うむ!”と腕を組んで大仰に頷くと、机の上から一枚の紙を取り上げる。

 

「題して“紫雲 統夜捕獲作戦”、待ってなさい統夜君。もう逃げ隠れさせないわよ!!」

 

高笑いを生徒会室に響かせる姉を、妹が期待と尊敬の眼差しで見つめる。布仏姉妹は両脇でぱちぱちと拍手を送る。IS学園は今日も平和だった。

 


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