IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第六十一話 ~過去と現在の交差点~

「挨拶も無しとは、マナーがなってないわねっ!」

 

叫びながら、迫りくる実弾の雨をガトリングの掃射で叩き落とす。スターブレイカーから発射されていた銃弾全てを空中で相殺すると、目の前に迫っていた敵めがけて槍の腹を叩きつけた。巨体に似合わぬ動きでするりと避けたヤオヨロズはそのまま上空へと舞い上がり、乱入者の隣に並ぶ。

 

「あの機体は……」

 

青に染まった羽と、六基のビットを従えるそのISの名前は、サイレント・ゼフィルス。イギリスの第三世代型ISであるはずのそれが、何故この場所にいて、何故ラインバレルを銃撃して、何故敵の隣にいるのか。頭の片隅で数々の疑問が渦を巻く。

 

「……って、考えても仕方ないか」

 

亡国企業の新型と、イギリスのBT兵器二号機を一人で相手しなければならないこの状況。しかし、この程度ならば問題無い。相手のデータは殆ど無い。サイレント・ゼフィルスは資料で見た限り、もう片方は先程見た遠隔操作式の爆弾についてだけだ。だが、悲観する要素は何一つ無い。この程度など、苦境の内にも入らない。“国家代表”と“IS学園 生徒会長”、そして“更識 楯無”という名前は伊達では無い。

 

「さてと、それじゃあそろそろ再開しましょう」

 

蒼流旋を片手で握り直し、もう片方の手にラスティー・ネイルを喚び出して逆手で構える。戦闘の為の仕込みはつい先程全て終わった。大きく深呼吸すると、研究所の屋上を蹴って空へと飛び出す。ガトリングの軌跡が夜空に一閃となって煌めくと、ゼフィルスとヤオヨロズが左右に分かれ、楯無を挟撃する。

 

「まずは、こっちから」

 

ゼフィルスを無視して、一直線にヤオヨロズに迫る。勢いを保ったまま、ラスティー・ネイルで刺突を繰り出す。対するヤオヨロズはこれを白刃取りで受け止めると、肩部ポッドを解放する。

 

「おっと、それは勘弁」

 

ヤオヨロズの胸元めがけて三連射、後に背後より降りかかる銃弾を回避する。普段なら多少の射撃はマントで防げる。ミステリアス・レイディが持つアクア・クリスタルから産まれる水のヴェールをもってすれば、問題は無い。しかし、今はそれを展開していない。その為、攻撃を受けてしまうと非常に不味い。

 

「でも、これでいいのよね」

 

ぼそりと呟いた。こちらのレンジの外から撃ってくるサイレント・ゼフィルスは一先ず放って置いて、目の前のヤオヨロズに意識を集中する。

 

『何を考えているのか知らないが、このまま押し切らせてもらう』

 

「気の早い男は嫌われるわよ。もう少し余裕を持って生きなさいな」

 

ヤオヨロズが神火飛鴉を出そうとポッドを開けば、すかさず楯無が距離を詰める。楯無が撮った手段は徹底的なインファイト。楯無は槍と剣で、ヤオヨロズはその一対の手足で。泥臭い拳劇が展開される。上空から狙撃手が狙うも、味方に余りに近すぎる標的に、積極的に引き金を引く事が出来なかった。

 

「爆弾さえ潰してしまえばその機体、手詰まりじゃないかしら?」

 

自分を巻き込んだ爆撃は容易に行う事は出来ないはず、そう読んだ上での行動だった。事実、ヤオヨロズは徒手空拳でこちらの剣を迎撃し始める。武器を持ったこちらが有利なはずなのに、一撃を捻じ込む隙間が全く見えない。そうして何合か打ち合った時だった。

 

『……悪くない』

 

「うん?」

 

『二体一のこの状況下、その選択は間違っていない。だが──』

 

相手が口を開いている隙を突いて、蒼流旋を相手の胸元に突き下ろす。ISの膂力と槍の重量を生かして装甲を砕いて先端を突き刺した後、四連装ガトリングを叩き込む。それで勝ち筋が見えるはずだった。

 

(誘われたっ!?)

 

少しは疑うべきだったかもしれない。つい先程まで拳を入れる隙すら見えなかった敵に、こうもあっさりと生まれた攻撃のチャンス。圧倒的に有利な二対一という場面で距離を取るそぶりすら見せず、敢えてこちらに付き合うその余裕。そして、装甲に槍を突き立ててずぶりと先端をめり込ませた瞬間に感じた手応えの無さ。危機を感じた途端になりふり構わず全力で退避するが、それより早く視界の全てを灼熱が支配した。

 

「つうっ!!」

 

絶対防御を抜けて、黄と赤と黒の爆炎が楯無の皮膚を焼く。痛みで顔をしかめるが、すぐさまそれを後悔した。続いて、背中に回された両手の感触。自分を抱いた者が誰かなど考える必要も無い。脳裏を走る焦熱の痛みを耐えつつ、視線を下に向ける。

 

「爆発……はん、応装甲……?」

 

『似たような物だ』

 

自分を抱きかかえているヤオヨロズが楯無の疑問に答える。槍が刺さったと思っていた場所はぽっかりと穴が開き、その底にもう一枚、装甲が見えている。二枚の装甲の隙間には、隙間なく神火飛鴉が敷き詰められていた。

 

「カウンター、ってわけ、ね」

 

『こちらは任せろ。エムは周囲の警戒を頼む』

 

言うが早いか、ヤオヨロズが腰に回している両腕に力を込める。先程の爆発でラスティー・ネイルは取り落してしまったし、蒼流旋は内部に仕込まれているガトリングごと完全に壊れてしまった。

 

『これで終わりだ』

 

楯無を抱いたまま、地上めがけてヤオヨロズが加速する。その勢いは留まる事を知らず、老朽化した研究所の天井をぶち抜いて部屋の床に激突する事でようやく止まった。100キロを超える鉄塊に押し潰されて、肺の空気が全て吐き出される。元天井だったコンクリートの塊をベッドに寝転がっている楯無を一瞥したヤオヨロズは、数歩離れて自ら装甲をパージした。

 

「その数はちょっと遠慮したいなぁ、なんて……」

 

装甲の下から出てきたのは、数えるのも億劫な数の神火飛鴉だ。残ったポッドを開いて更に数を増やすと、爆弾を自分の周囲に滞空させる。

 

『これが国家代表か。拍子抜けだな』

 

「最後に、言っていいかしら?」

 

『……好きにしろ』

 

「ありがとう」

 

感謝の言葉を述べて、大きく深呼吸をする。ヤオヨロズの視線はこちらを捉えて離さず、変な動きは出来そうにも無い。もとよりこちらは爆発の衝撃と、床に叩きつけられたダメージで、指一本すら動かない。何とか動く口だけを動かして、言葉を吐き出す。

 

「……感謝するわ、ここまで連れてきてくれて」

 

『何だと?』

 

「残念だけど、王手をかけたのは私の方よ」

 

『それは──』

 

どういう意味だ、という続きの言葉をヤオヨロズは口にする事が出来なかった。

 

『うぐっ!?』

 

ヤオヨロズの眼前で連続する爆発に、思わず踏鞴を踏む。そのまま二撃、三撃と続けて火炎の花が咲き誇った。楯無の脳内で送られる指示に従って、部屋に充満していたナノマシンが対象物を爆発する。見えた勝機を見逃す訳も無く、極々小規模な絨毯爆撃を繰り返す。神火飛鴉が収納されていたポッドも、装甲部分に格納されていた残りの神火飛鴉にも引火し、部屋中に爆炎が行き渡る。自爆に近い行動だったが、横たわる楯無を護る様に立つ影がいた。

 

「……ナイスタイミング」

 

『何とか回復したから良かったものの、間に合わなかったらどうするつもりだった?』

 

「そこはほら、信頼ってやつよ」

 

傷だらけの体に鞭打って、何とか動く左腕を盾にして、楯無を庇っているラインバレルの姿がそこにあった。衝撃で崩れた瓦礫の雨が止んだ所で、楯無が片手を地面に突いて上体を起こす。目を向けてみれば、ヤオヨロズも似たような状態だった。

 

『こ、これが、そのISの能力か』

 

「そう、その名も清き熱情(クリアパッション)。まあ、あなたの神火飛鴉(それ)と違って、私のは限定空間でしか使えないから、この状況まで持ってくるのに苦労したわ」

 

《成程、俺はまんまとこの部屋におびき寄せられたと言う訳か》

 

「違うわ。この研究所、その全ての部屋と廊下にナノマシンを散布済みよ。どこでも良かったの。あなたが戦うフィールドを空から陸に変えてくれさえすれば良かった。まあ、研究所の外に落とされたらやばかったんだけど、その時はその時。今はこうなっている事だし」

 

『……人形(ヒトガタ)を何体か向かわせたはずだが』

 

機械的な音を鳴らしながら、ヤオヨロズは光の弱まった単眼を楯無からラインバレルに向ける。動かない右腕を空いた左手で庇いながら、一歩一歩、ラインバレルは膝を突いているヤオヨロズに近づいていく。

 

『全て倒した、それなりに苦労はしたが』

 

「私の援護もあったでしょ~。その為の清き熱情なんだから」

 

後ろで声を上げている楯無を無視して、左手でヤオヨロズの顔を掴む。そのままギリギリと締め上げながら、左腕一本でその巨体を持ち上げた。

 

『う、ぐっ……!』

 

『殺しはしない。動けなくして、いろいろ聞かせてもらうぞ』

 

バギリ、と嫌な音がしてヤオヨロズの顔の装甲が罅割れる。もう少し力を入れようとラインバレルが握力を強めた所で、ヤオヨロズの単眼の光が完全に消え入る。そして、装甲全体に光が宿ると、金属的な光沢が全て消える。

 

「ぐあっ!!」

 

『こいつ……?』

 

ヤオヨロズの装甲が消えて、代わりに現れたのは人間だった。ラインバレルの手から抜け落ちて、肩から床に落下する。目の前の敵が消えた事で生まれた数秒の空白に、少女の声が響く。

 

「お姉ちゃん!」

 

簪が壁に空いた穴を抜けて楯無の下に駆け寄る。ISを部分解除した楯無は、大切な妹の無事を喜び、その体に両手を回す。

 

「怪我は無い?」

 

「うん、ラインバレルが守ってくれて」

 

『な、んで……?』

 

狼狽の声を聞いて、姉妹揃ってラインバレルに目を向ける。大きな音を立てて床に崩れ落ちるラインバレルの前には、先程までヤオヨロズを操縦していた人間の姿があった。背格好は大人と呼ぶには少し背丈が足りなく、子供と呼ぶには骨格がしっかりしている。そして夜空から降り注ぐ月光が彼を照らして、その顔がはっきりと見えた。

 

「あの顔……」

 

「簪ちゃん、どうかしたの?」

 

「あの顔……見たことある」

 

その顔は、人の手で作り出されたかのような無機質さだった。街角に紛れてしまえばすぐに目立たなくなるような、普遍という言葉を張り付けたらあんな風になるのではないか。そう思わせる顔だった。しかし彼の瞳、その鈍色に淀む到底人間の物とは思えない一部分だけが彼を普通という枠から除外していた。

 

「統夜の家の、アルバム……」

 

『何で、何でこんな所にいるんだよ!!』

 

突然感情的な声音を上げたラインバレルに、男が訝しむ。何とか距離を取ろうとずるずると体を移動させるも、ダメージの蓄積により腕はまともに動かず、肘から崩れ落ちた。その体が再び床に落ちる前に、ラインバレルが抱き留める。

 

「その中の写真に……子供の頃の統夜と一緒に、映ってた」

 

『今までどこに、いや、他の皆は何処にいるんだ。何で急にいなくなったんだよ!?』

 

「……ラインバレル、お前は──」

 

「そいつに触れるなぁっ!!」

 

天から大音声が木霊する。次の瞬間、ラインバレルを中心として円状にエネルギー弾が連続で撃ち込まれる。ラインバレルと楯無が揃って警戒するが、狙撃場所が分からなければ対処は難しい。牽制の銃弾は終わり、今度は実弾がラインバレルの体に撃ちこまれる。たまらずラインバレルは男を手放して楯無の所まで後退した。

 

「アール、大丈夫か!」

 

エネルギー弾で開けた穴から降下してきたのは、姿を消していたサイレント・ゼフィルスだった。男とラインバレルの間に立ち塞がり、大型レーザーライフル“星を砕く者(スターブレイカー)”を構えている。しかし、目の前に脅威が存在するというのに、ラインバレルは亡者に似た頼りない足取りで再び男に近づいた。

 

『俺、待ってたんだぞ、いつものあの場所で、皆が来るのを。お前達が消えたあの日から、ずっと!!』

 

「動くな!貴様、何を言っている!?」

 

サイレント・ゼフィルスを駆る少女、エムがスターブレイカーに取り付けられている銃剣をラインバレルの胸元に突きつける。しかし、それでも尚近づこうとするラインバレルに対して、エムは拒絶半分、困惑半分で引金を引いた。真正面から胸元に銃撃を浴びたラインバレルがもんどりうって床に転がる。

 

「これ以上近寄るな!」

 

再び立ち上がるラインバレルに、エムが悲鳴に近い怒号を浴びせる。それも仕方の無い事だろう。攻撃する意思も無い、攻撃を避けようともしない、ただ近づいてくるだけ。その様な存在に恐怖を抱くのは至極当然のことだろう。

 

『悠、お前なんだろ?何で連絡してくれなかったんだよ。俺、ずっと、ずっと待ってたんだ!!』

 

「撤退するぞ、掴まれ!!」

 

『待て!』

 

エムが男の体を鷲掴みにすると、スラスターを吹かせて浮遊する。ラインバレルがその体に手を伸ばすが一歩を踏み出した途端、左足が崩壊した。膝より上しか残っていない足で何とかバランスを取りながら手を伸ばすも、彼女らには届かない。意思とは正反対に、体から力が抜けていく。心は燃え盛っているのに体の芯から何かが抜けていくのを感じながら、空を掻き毟る。

 

(まだ、あともう少し、もう少し持ってくれ……!)

 

「忠告してやる。この施設はあと数十秒で自爆する。巻き込まれたくなければ、早々に逃げる事だ」

 

『待っ、てくれ。ゆ、う……』

 

とうとう心の炎も萎んでいく。最後の支えすら消えていく。そして、紫雲 統夜はその意識を手放した。

 


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