IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第六十話 ~炎に包まれる思い出の中で~

『……う、上手く行った、のか?』

 

先程とは手触りの異なる床に、両手を突いて倒れ込む。頭の中に広がるセンサーの反応を確認する限り、どうやら無事に逃げ切れたらしい。半ば無意識に行ったオーバーライドだったが、どうやら上手く行ったようだ。転移先の指定はしていなかったが、それなりに距離を取れた事に一先ず安堵の息を漏らす。

 

(取り敢えず、楯無さん達に連絡を取らないと)

 

膝に手を突いて立ち上がると、首を回して周囲の確認を行う。月の灯りも届かない室内は暗闇に支配され、一メートル先も見る事が出来ない。ゆっくりと自分の置かれている状況を確認し終えると、暗視装置を起動させて部屋の様子を眺め見る。

 

(まだ研究所のな、か──)

 

黒焦げになっている電子機器、半壊状態の部屋の壁、所々に散らばる瓦礫の数々。ラインバレルを囲む要素はこの研究所では珍しくない。どれも放棄された研究所では当たり前の物であり、別段驚く物でもない。だが目に入った途端、統夜の胸の奥が大きく揺れた。

 

(そんな、そんなはずない……)

 

ドクンドクンと早鐘を打つ心臓を無理やり止める為手で胸を掻き毟るが、普段とは違う鋼鉄の指でも、胸の奥まで到達する事は出来ない。否定出来る要素を探すために必死に左右を見渡すが、どれもこれもが頭の片隅に浮かぶ可能性を肯定していた。そしてとうとう、自分が立っている床に目を向けてしまう。

 

『あ、は、うあ……!!』

 

なまじ何でも見えてしまう機械の瞳が、この時ばかりは恨めしかった。傷だらけの床に混じって見えるのは数えきれない程の埃と煤の塊、加えて赤い何かが染み込んだような、色の違う箇所。

 

『がはっ、うあ、うあああっ!!』

 

少し考えれば分かる事だった。オーバーライドはその特性上、跳ぶ先を指定しないで実行するなどと言う事は不可能。ならば無意識下で転移先を指定したと考える方が自然だ。無意識の内に統夜が選択出来る場所など数える程しかない。そして研究所の中、という条件を付け加えれば、思い当たる場所は一つだ。

 

「は、は、おぶっ!」

 

夢でも幻でも無い、まぎれも無く現実である光景の中で統夜が再び倒れ込む。頭の芯で、ガンガンと不協和音が鳴り響き、目の前の景色がぐるぐると廻っていく。極め付けは胃の腑から込み上がる酸っぱい感覚だ。

 

「えヴっ、がは、おえっ!!」

 

統夜の口から、固体と液体の入り混じった物体が飛び出す。ビシャビシャと音を立てて床に飛び散る黄色の液体は、思わず顔を背けたくなるほどの悪臭を放っている。数時間前に味わって食べていた物の無残な姿が、その中にあった。

 

「はぁ、はあ、はっ……」

 

体の中に残る力を掻き集めて、這いつくばる形で壁際へと動く。手探りで壁を探し当てた後、背中を当てて座り込むと震える手で口元を拭った。

 

(れ、れんらく、しないと)

 

乱れに乱れている頭の中で、今やらなければいけない優先事項に集中する。右のポケットから取り出した携帯電話の画面を見ると、数件の着信履歴があった。考えずに光っている画面を押して、連絡を取りたい相手に電話を繋ぐ。

 

『統夜君、私の質問に答えなさい』

 

こちらが言葉を発するより先に、楯無の鋭い声が耳朶を打つ。返事を返さずにこくりと頷くと、無言を肯定と取ったのか、楯無は一人で喋り始めた。

 

『今どこにいるの?』

 

「父さんと、母さんがいた……場所です」

 

『二つ目、統夜君の状態は?』

 

「ちょっと……やばいです。今は生身の状態ですし」

 

『三つ目、敵は何機?』

 

「一機だけです……それよりも楯無さん、早く──」

 

『分かったわ。取り敢えず統夜君はその場で待機。私と簪ちゃんがそっちに行くまで絶対に動かない事。敵が来たらひたすら逃げなさい』

 

「お、俺の事は放って置いてくれて……いいですから。早く、逃げて下さい」

 

『一分でそっちまで行くわ。壁際に寄って、じっとしてなさい』

 

無常にも切れてしまった携帯電話をポケットに戻しながら、息を整える為に深呼吸を繰り返す。他人の声を聞いて幾らか平静を取り戻した結果、先程よりも落ち着いた頭で現在置かれている状況を確認する。

 

(落ち着け。こっちの戦力は俺一人。楯無さんが来ても、生身であいつに勝てる訳がない。でも、今の俺の状態じゃ、ラインバレルで戦うのは……)

 

首元にあるネックレスの存在を感じながら、無明の闇の中で統夜は一人考える。何をすれば勝てるのか、どうすれば一人だけで敵に勝てるか。しかし残念ながら、そんな時間を敵が与えてくれる筈も無かった。

 

「ぐっ!?」

 

鼓膜が破けそうな爆音と、肌が焦げてしまうと錯覚するレベルの熱を持った風が、一度に統夜へと襲い掛かる。一瞬だけ部屋に満ちた光を頼りに、慌てて物陰へと体を滑り込ませた。瓦礫の影に隠れながら顔を覗かせると、闇の中にぽつりと人魂にも似た赤い光が浮かんでいる。

 

『隠れていないで出てこい。先程の攻撃で動けなくなるほど、柔ではない筈だ』

 

コンクリートの塊を踏み砕きながら、ヤオヨロズが部屋へと侵入してくる。ここに来て逃げ切れない事を悟ると、両目を見開いて四肢になけなしの力を込める。闇が晴れ、手足が冷たい金属に覆われ、勢い良く立ち上がる。

 

『そこにいたか』

 

膝を大きく曲げると、ラインバレルが大きく跳躍する。狙うは敵の肩にある爆弾を射出する円形のポッド。そこさえ潰せば大きなダメージを与えられる上に、誘爆で敵を行動不能まで持って行けるかもしれない。そんな微かな希望も、ラインバレルとヤオヨロズの間に停滞している神火飛鴉が目に入った瞬間、砕け散った。

 

『いい加減学習しろ』

 

『ぐっ!!』

 

ヤオヨロズが指を打ち鳴らして生まれた音を合図に、爆発が幕となってラインバレルを壁際へと押し戻す。ヤオヨロズは素早く接近すると、もんどりうって倒れるラインバレルの胸元に右足を振り下ろして、その動きを強引に止めた。

 

『幾ら性能が良くても、操り手がそれではな。何故ラインバレルがお前をファクターに選んだのか、理解に苦しむ』

 

『く、そ……!』

 

ラインバレルの馬力に任せて拳を放つがあっさりと見切られ、空いている方の足で潰された。退屈なルーチンワークでも行うような口調で、ヤオヨロズが手を動かす。

 

『さて、お前はあと何発で動きを止めてくれる?』

 

これから来るであろう衝撃に備えて、両腕で顔を庇う。しかし次の瞬間、ラインバレルとヤオヨロズを同時に襲った衝撃は、爆発とは明らかに異なる物だった。

 

『うわっ!?』

 

『ぐあっ!?』

 

一秒後に発せられた驚愕の声はラインバレルの物であり、苦悶の声を上げるのはヤオヨロズだった。ヤオヨロズが神火飛鴉を起爆させようとした瞬間、ラインバレルの背中側にあった壁が爆散し、飛んできた太い棒状の物体がヤオヨロズの右肩にあったポッドを貫いたのである。

 

「ちょ~っと待ったぁ!!」

 

戦場に乱入してきたのは、合計で三つ。一つはヤオヨロズの右肩に突き立っている蒼いランス。二つ目はこの場に似つかわしくない明るい声音。そして三つ目は破壊された壁を更に粉々にしながら部屋へと侵入してきた、装甲が極端に少ない水色のIS。

 

「あんな爆発、見つけてくれって言ってる様な物よ。居場所を教えてくれてありがとう」

 

自分で組み上げたISを駆り、目の前の獲物に標的を定めた彼女はラインバレルを庇う様にヤオヨロズの前に立ち塞がる。ポッドが爆発して飛び火した事で、部屋の各所では煌々と炎が燃え盛っている。ヤオヨロズは無言のまま肩口に刺さったランス、蒼流旋を引き抜くと、無造作に放った。

 

「あら、返してくれるの。意外と紳士なのね」

 

『……誰だ、貴様は』

 

「聞かれたからには答えましょう。ある時は優しい皆のお姉さん、ある時はIS学園最強の、とってもとっても頼りになる生徒会長。しかしその実態は──」

 

戦場と言う名のステージの中心にいる彼女は、大仰な口調と手振りで自分へと注目を集める。しかし、それは過大評価でも過小評価でも無い。その言葉が示すのは、彼女という人間そのものだ。歌うように口上を述べていた女は途中で纏う気配をがらりと変えた。

 

「対暗部用暗部“更識”当主、更識 楯無」

 

声音は変わらない。聞こえによってはふざけたままとも取れる物だ。しかし、対峙しているヤオヨロズはそうは取らなかった。残ったポッドを展開して、消えてしまった分の神火飛鴉を射出する。楯無はまるで新体操のバトンでも扱うように巨大な槍を軽々と構えた。

 

『何故、邪魔をする』

 

「理由その1、亡国企業は敵だから。理由その2、こっちの白鬼さんには何度も助けてもらってるからね。見殺しにしちゃ、寝覚めが悪いのよ。他にも理由、いるかしら?」

 

『いらん』

 

槍を構えた楯無と、神火飛鴉を纏って眼前の敵を睨むヤオヨロズの間で火花が踊る。炎のリングの中で対峙する二人は、試合の開始をただひたすら待ち続ける。今まさに崩れ落ちている壁が瓦礫となって床に落ちると共に発生した轟音、それがゴング代わりだった。

 

「はぁっ!!」

 

開口一番、楯無がランスを構えて突撃する。阻む神火飛鴉をガトリングで排除しながら、ただひたすらに機体と共に駆ける。そしてそれは敵を槍の先端に捉えても止まらない。瓦礫を崩し、壁を破壊してヤオヨロズと共に研究所を粉砕していく。

 

(俺も──)

 

楯無に続くべく、立ち上がろうと片手を床に着いた途端、力を入れた肘の関節部分がバキリと嫌な音を立てる。

 

(だめだ、修復が間に合ってない!)

 

テールスタビライザー、稼働停止。エクゼキューター、使用不能。左脚部制御ケーブル、断裂。両腕下部ブレード、破損。右掌部フィールド発生装置及びマニピュレータ、欠損。右肘関節、損傷甚大。胸部ナノセラミック装甲、破砕。腰部骨格、異常。オーバーライド、ファクターの状態により発動不可。センサー、機能低下。ナノマシン活性率、低下。視界に映し出される警告文と、頭の中で走る警告音の数々が、自分の状態を物語っていた。

 

(稼働率は3割以下、こんな体じゃあいつの相手なんて……)

 

「ラインバレル!」

 

弱気になりかけていた時、唐突な自分を呼ぶ声。それは今まで何度も聞いてきた声だった。顔を上げて確認するまでも無い。しかし、彼女の存在に対する確信と同時に胸中に浮かんできたのは、彼女がここにいるという驚愕の気持ちだった。

 

「だ、大丈夫!?」

 

先程、楯無達が空けていった横穴の縁に手をかけて、息を整えている簪がいた。ISどころか武器になるような物を何一つ持たず、つい先程までと何ら変わらない浴衣姿の彼女は、確かにそこにいた。そして、その後ろにも何かがいた。

 

「お姉ちゃんが敵を引き付けてる今の内に──」

 

『簪、逃げろ!』

 

「え?」

 

言うが早いか、左手の五指を目の前の床に全力で突き立てる。深々と刺さって固定された事を確認すると、左腕一本の力で自分の体を地面から浮かした後、左手を引いた。

 

『頭下げろ!!』

 

野獣に似た動きで跳躍したラインバレルが、もはやスクラップ同然の右腕を振り抜く。簪の頭があった場所を通過して、今にも拳を振り下ろそうとしていた存在へと鉄塊を打ち付けた。

 

『な、何だこいつ?』

 

一撃で頭部を砕かれあっさりと動かなくなった敵を組み敷いて、ソレをまじまじと見つめる。

 

「これ……ロボット?」

 

そこにある機械は、二人が見た事の無い物だった。ラインバレルともISとも、迅雷やアルマとも違う、強いて言うなら人間に似ていた。しかし腹に当たる部分がごっそりと抜け落ち、上半身と下半身を繋いでいるのはたった一本の背骨のみだ。

 

『簪、怪我は?』

 

「も、問題ない。それよりも、早く逃げないと」

 

『逃げるって……』

 

数秒、楯無の事が頭を掠める。同時に、現状の自分の体についても考えて、熱くなりかけていた心が静まっていく。今何をするのが一番楯無の為になるか、どんな行動を取るのが簪を守る事に繋がるのか。

 

『……分かった。じゃあ──』

 

『ラインバレル、聞こえる!?』

 

『楯無さん!』

 

『空から狙撃で狙われてるわ、簪ちゃん連れて逃げなさい!!』

 

通信を聞いて、内心臍を噛む。センサーがまともに働かない今の状態は、両目を塞がれているのと同義だ。だが、教えて貰いさえすれば対策は打てる。

 

(空って事は、上から来るんだろ!)

 

装甲を解いた右腕を素早く簪の腰に回すと、無事な左手を頭上に掲げて体の底からエネルギーを絞り出す。左の掌が輝きを増すのと、天井が破壊されて群青色の光線が降り注ぐのは同時だった。頭の中に響く警告音に負けないように、その言葉を全力で叫ぶ。

 

『奪い取れ、ラインバレル!!』

 


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