IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

6 / 69
第五話 ~姉と弟~

~食堂~

 

 

統夜が簪の身の回りの世話を始めてから三日、統夜は簪がどれだけ頑張っているか目の当たりにしていた。何しろ三日のうち二日は部屋に帰ってこないでISの整備室で寝落ちしていたのだ。その時は心を鬼にして統夜が簪を起こす事で、何とか部屋で寝てもらった。統夜が簪と始めて出会ったあの日、簪が自力で部屋に戻ってきたのは珍しいと言わざるを得ないだろう。今日は一夏と一緒に昼食を取る約束をしていたので、簪に弁当を渡して放課後部屋で渡してもらう約束をしていた。統夜が“簪さんちゃんと弁当食べてくれてるかな?”と考えていると、定食を食べていた一夏が顔を上げる。

 

「どうした統夜、何か気になることでもあるのか?」

 

「ああ、同室の女の子なんだけどな。ちょっと特殊で」

 

「へぇ~、統夜も女子と一緒なのか。俺も箒と一緒だったんだよ」

 

「えっと、篠ノ之さんだっけ?お前の幼馴染みの」

 

「そうそう、初めの日は木刀振りかざして襲ってきてさ。大変だったぜ」

 

いささか語弊がある言い方をする一夏だが、統夜はそれを言葉通りに受け取ってしまう。

 

「おいおいお前、大丈夫か?」

 

「まあ、死にはしないからなぁ」

 

(幼馴染みに殺される事ってあるのか?)

 

一夏の言葉に疑問を覚えつつも、統夜も自分の食事に手をつける。そして話題は一夏のクラス代表決定戦に移っていった。

 

「そう言えば、ISの特訓とかしてるのか?」

 

「ん?ああ、代表決定戦の事か。箒に教えてもらってるんだけど、まだだ」

 

「……それ、相当ヤバイぞ?」

 

今日は金曜日、とても代表決定戦を三日後に控えている人間の発言とは思えなかった。言い訳をする様に一夏が口を開く。

 

「箒がさ、“ISより体を鍛える方が先だ!”って言ってて。今のところ剣道の特訓しかしてない」

 

「……お前、勝つ気はあるんだよな?」

 

「おお、当たり前だ!!」

 

大きな声で宣言する一夏。その声を聞きつけたのか、いきなり統夜の背後から声が降りかかってきた。

 

「あら、今から負けた時の事でも考えているのですか?」

 

二人が声のした方向を向くと、そこには昼食のトレーを持ったセシリア・オルコットがいた。嫌味たらしく二人に言葉を浴びせ続ける。

 

「まあ、私に勝てる可能性など露程もありませんから?今謝れば許して差し上げない事もありませんわよ?」

 

ふふ、という笑い声と共に高圧的な物言いをするセシリア。一夏は真っ向から反論し、統夜は何を考えているのか、無言だった。

 

「なめんな!俺は負けねえよ!!」

 

「あら、その自信はどこから来るのですか?このイギリス代表候補生、セシリア・オルコットに対してあなたなど、三分持てば良い方ですわね」

 

「……上等だ」

 

「「?」」

 

いきなり統夜から低い声が漏れる。一夏とセシリアは今まで黙っていた統夜が喋り始めたので揃って黙ってしまった。統夜は低い声で喋り続ける。

 

「ああ、上等だよ。一夏、本気で勝つ気があるんだな?」

 

「お、おう!!」

 

「いいか、お前の考えを改めさせてやるよ。男は黙ってやられるだけじゃないって事をな」

 

いきなり統夜が荒々しい口調で喋り始めたのを見てセシリアはもちろんの事、一夏も若干雰囲気に押されてしまう。セシリアも統夜の言葉に釣られてつい乱暴な言葉で返してしまう。

 

「ま、まあ!あなた、礼儀という物を知りませんの!?」

 

「礼儀って言葉をはき違えていないか?胸に手を当てて考えてみろよ」

 

「おい統夜、お前性格変わってないか?」

 

「ふ、ふん!月曜日を楽しみにしていますわ!!!」

 

最後に捨て台詞を残してセシリアは去ってしまった。統夜の言葉に恐れをなしたのか、統夜から出る雰囲気に押されたのかは分からないが、セシリアが去って統夜がいつも通りの口調に戻る。

 

「一夏、明日の朝に渡したい物があるんだけどいいか?」

 

「あ、ああ。俺は別にいいけど……」

 

「おっと、早く食べようぜ。もう時間があんまり無いぞ」

 

「ヤベッ!!」

 

そう言って男二人は急いで昼食をかき込む。この日が初めて学園内において、統夜が本気で頭にきた日になった。

 

 

 

~放課後・自室~

 

「簪さん、いる?」

 

「(…入って構わない)」

 

統夜が確認の言葉をドアの奥にかけると、返事が帰ってきたのでドアノブを回して部屋に入る。これは簪が着替え中に統夜が部屋に入る事の無いように、と統夜が提案した物だった。

 

「…はい、これ」

 

そう言って簪が差し出してきたのは空の弁当箱だった。受け取った統夜は早速洗うために部屋から出ていこうとするが、簪に呼び止められる。

 

「…待って、聞きたい事が…ある」

 

「?いいけど」

 

くるりと踵を返して自分のベッドに腰を下ろす統夜。簪も自分同じ様に自分のベッドに腰を下ろして対面する形となる。すると統夜はある事に気づいた。

 

(あれ?もしかして簪さんが自分から俺に話しかけてくれたのってこれが初めて?)

 

「…何で、あなたは…こういう事をしてくれるの?」

 

簪は統夜が持っている弁当箱を指差す。統夜は質問に質問で返した。

 

「えっと、弁当作るとか、身の回りの世話って事?」

 

こくりと簪が頷くと、うーんと統夜が唸る。

 

(布仏さんにも聞かれたけど、そんなにおかしいことなのかな?)

 

「…教えて」

 

「まあ、そんな対した理由じゃないよ。布仏さんから簪さんの事情を聞いて、ほっとけないって思ったのと、俺自身の性格の問題。それと応援したくなるんだよ、頑張っている人を見るとね」

 

そう言っている間に統夜の脳裏に一人の人間の後ろ姿が浮かぶ。両親が死んでから女手一つで自分をここまで育ててくれた大切な人。仕事と両立するのは大変だったろうに授業参観などは欠かさず来てくれた。その人物の負担を少しでも減らせるように家事も覚えた。そんな事はしなくていいの、と最初は言っていたが俺の決意が本物だと分かると良く出来ました、と褒めてもくれた。褒められるのが嬉しくてどんどん家事を覚えた。統夜が昔の記憶に浸っていると、簪がふと言葉を漏らす。

 

「…それだけ?」

 

「うん、それだけだよ。あっ、でも簪さんの事情とかはそこまで聞いてないから。俺が聞いたのは精々ISの作製を頑張っている事だけだし、そこまで頑張る理由とかは聞いていないよ」

 

「そういえば、あなた…お姉さんがいるって言ってた」

 

「え?うん、いるけど」

 

いきなり簪が話題を変える。ついていけない統夜はいきなりの質問に戸惑うと同時に、何か今日の簪さんは良く喋るな、と考えていた。

 

「お姉さんって凄い人?」

 

「…うん、凄いよ。これだけは確信を持って言える。姉さんは凄い人だ」

 

「聞かせて欲しい、嫌じゃなければ」

 

三日前、本音の言葉を止めた人間とは思えない発言だったが統夜は特に気分を害する事もなく質問に応じる。

 

「うん、構わない。何から聞きたい?」

 

「お姉さんとの仲は…どんなの?」

 

「姉さんとの仲か。最初の方は荒れてたかな。主に俺が、だけど。姉さんも当時は手を焼いたってぼやいていたよ。今その話を聞くと身が縮こまる思いだけどね」

 

「じゃあ、やっぱり…お姉さんの事、嫌い?」

 

簪が言うと、統夜は素早く反応した。

 

「まさか!むしろ仲は良い方だと思うよ」

 

「でも、昔荒れてたって…」

 

「ああ。でも六年前。父さんたちが死んで、姉さんに引き取って貰ってから二ヶ月くらい経った時かな。姉さんが“いつまで落ち込んでいるの!!”って物凄い怒って、俺も本気で自分の思いをぶちまけて。その喧嘩からかな、お互いの気持ちが分かって段々と歩み寄って、三ヶ月もしたらもう普通の姉弟みたいに生活してた」

 

「…そう。お姉さんが凄いってそういう事?」

 

「それはちょっと違うかな。当時の俺はまだ子供だったからさ、俺を引き取った時にそれなりに周囲の人から色々言われたらしいんだよ。俺はそれを人づてに聞いたんだけど、“未婚の人間が子供を引き取るなんて”とか“未成年で子供を育てるなど聞いたことがない!”だったかな。姉さんも両親が早くに死んで身寄りが無くて、俺を引き取る時は一人だったんだ。でも姉さんはそんな外野の反応なんて気にしなかった。“この子は私が育てます”って言ってね」

 

「何で…そこまでしてくれたの?」

 

「俺も前にその質問を姉さんにした事があるんだけどさ、姉さんは笑ってこう言っていたよ。“あなたの両親には恩があるけど、それだけじゃないの。私がやりたいから、自己満足と言われようと私がやると決めた事だからやる。それだけよ”ってね」

 

そこまで話している統夜の顔は終始笑顔だった。他の人間にとっては聞いてはいけない事だったのかもしれないが、統夜にとっては自慢の姉であり、聞かれて困るような事でもなかったのである。簪はふと自分の境遇と重ねてしまった。

 

「本当に凄いお姉さん。私も……そんな風に、姉さんと……」

 

「え?何か言った?」

 

「な、何でもない。……話してくれて、ありがとう」

 

「別にお礼を言われる事じゃないよ」

 

「それでも…ありがとう」

 

そう言ってベッドから腰を上げる簪。ドアに手をかけると、統夜から声がかかる。

 

「ISの作製、頑張って」

 

「…うん」

 

簪は短く返事をして部屋から出ていく。統夜も調理室に行くため。ベッドから勢い良く立ち上がった。

 

「さて、俺も行くか」

 

明日の弁当の準備もあるため、いくつかの食材と調味料、空の弁当箱を持って部屋から出る。この日から、簪の統夜に対する何かが変わったらしく、統夜に対して簪がよく話しかける様になったのと同時に、学園内でも統夜の所に来る事が多くなった。

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。