IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第五十四話 ~微睡みの中で~

(もう、こんな時間……)

 

更識家の次女、更識 簪は枕元にある目覚まし時計を見ながらそんな事を考える。時計の短針は七の数字を指し、部屋の窓からは陽光が差し込んでいる。もぞもぞと体を動かして布団から這い出ると、服を着替える。寝間着から普段着に服を変えると、部屋の隅に置かれている姿見の前に立って全身をチェックする。

 

(……うん、大丈夫)

 

何時もならば絶対にやらないが、この時ばかりは事情が違った。家の中だから、などと言っても気を抜けない事情があるのだから。一通りチェックを終えると部屋から出て、居間へと向かう。

 

「あら、もう起きたの?もう少しゆっくり寝ててもいいのに」

 

キッチンから母の楓が顔だけ出す。味噌汁の匂いが鼻孔を刺激し、体の中で食欲が頭をもたげる。とりあえず自分もキッチンへと侵入して、冷蔵庫の中から冷えた麦茶を取り出す。

 

「お姉ちゃんは?」

 

「珍しくまだ寝てるわよ。統夜君の相手をして、疲れてるのかしらね」

 

透明なガラスのコップに麦茶を入れると、一息に飲み干す。乾いていた喉を潤すと、母の手伝いをするべくキッチンに立つ。

 

「何すればいい?」

 

「こっちは大丈夫よ。もうそろそろ朝ご飯が出来るから、統夜君と刀奈を起こしてきてくれるかしら?」

 

「うん」

 

母の言葉に素直に頷くと、居間から抜け出して先に姉の部屋へと向かう。

 

(お姉ちゃん、やっぱり疲れてるのかな……?)

 

統夜が更識家に来てから既に三日が経過していた。その間、楯無は統夜の特訓につきっきりであった。間に夏休みの宿題を片づけたり、ISについての学習などの事柄も挟んではいたが、基本的に統夜の相手は楯無が務めている。勿論、超人的な肉体を持つ統夜の相手を人間である楯無が相手したらどうなるか、その結果が今の状況だ。いつもは起こしに行かなくとも一人で起きている姉が、自分より目覚めが遅い。統夜の相手を肩代わり出来ない自分に若干の不甲斐なさを感じつつも、姉の部屋の扉を開ける。

 

「お姉ちゃん?」

 

「……あ~、もう朝なの?」

 

簪の声を聞いて目が覚めたのか、布団から出ようとする姉の姿が視界に映りこむ。枕元に置いてある時計に目を向けた楯無は、覚醒しきっていない頭を左右に振りながら布団から出た。

 

「そこに置いてある湿布取ってくれない?」

 

姉が指さすのは部屋の床に無造作に置かれている湿布の束だった。それを拾って姉に手渡すと、布団の上に腰を落ち着けて、湿布の封を切っていく。

 

「お姉ちゃん……大丈夫?」

 

「あー、平気平気。そろそろ慣れてきた頃だし」

 

一人で器用に湿布を張り終えて布団から立ち上がると、服を脱ぎ散らかしていく。クローゼットの中からホットパンツとTシャツを出して着替えると、楯無はいつもの顔を作り上げた。

 

「さてと、今日も気合入れていきますか!」

 

「もう朝ご飯出来てるから、先に行ってて」

 

「簪ちゃんはどうするの?」

 

「統夜を先に起こしてから行く」

 

「簪ちゃん簪ちゃん」

 

部屋から出る直前、姉に声をかけられて立ち止まった。

 

「何……?」

 

「寝てる男の子の唇を奪うのは、ダメだからね?」

 

数瞬、姉の言葉の意味が分からずに思考を巡らせる。そして言葉の意味の変換を終えると、簪の顔が真っ赤に染まった。音を立てて扉を閉めると、足音を響かせながら廊下を歩く。

 

(そんな事……絶対しない)

 

姉と和解してから徐々に硬さが取れてきたと自覚しつつあるが、流石にその様な行動に及ぶ事は出来ない。何よりも恥ずかしさが先行してしまい、大胆な行動が取れないのだ。しかし、今の自分に取ってはこの距離感が心地良い。

 

(このままで、いい……)

 

急ぐ必要は何処にも無い。まだ自分と統夜は高校一年生なのだ。これからたっぷりと時間はある。寧ろこの関係が壊れる事の方が怖い。己の中で完結させるうちに、目的の部屋へとたどり着く。ゆっくりと襖を開けて、中にいるはずの人物の名前を呼んだ。

 

「統夜……?」

 

ゆっくりと部屋の中に入り込む。広々とした客間の中央に一枚だけ布団が敷かれ、その上で一人の少年が寝こけていた。取り敢えず統夜がまだ寝ている事を確認すると、布団の脇に膝を突いて統夜の顔を眺める。

 

「ZZZ……」

 

無防備な顔を晒して惰眠を貪る目の前の少年が、ISをも凌駕する力をその身に宿していると誰が信じるだろうか。こうしているだけでは極々普通の男子学生にしか見えない。寝癖で少し髪の毛が撥ねているのを見て、指を伸ばす。撫でつけても再び撥ねてしまう髪に、なぜか微笑みが零れる。

 

「ふふ……」

 

伸ばした指を彼の頬に宛がう。自分とは違う少しざらついた頬、その頬を指で押す。まるで赤子にするように、何度も何度も頬を押す。

 

「ううん……」

 

「……!」

 

寝返りを打った統夜から、慌てて指を引っ込める。そこで初めてここに来た目的を思い出す。ぶんぶんと頭を振って邪念を追い出すと、統夜の体を両手で揺さぶる。

 

「と、統夜……起きて」

 

「もう、少し……」

 

何度も何度も体を揺らすも、統夜は頑なに起きようとしない。逆に毛布を目元の位置まで引っ張り上げて、布団の中に潜り込んでしまった。駄々をこねる子供の様に、目覚めを拒否し続ける。

 

「もう少しだけ……姉さん」

 

「……」

 

何故だか分からないが自分の心の中にほんの小さな苛立ちが生まれる。統夜のその寝言は何もおかしくないはずなのに、違和感などある筈も無いのに。ただ寝ぼけているだけの少年に苛立ちが沸き起こる。半ば八つ当たりの様にどの様な方法で起こしてやろうか、と考えを巡らせる。

 

「……!」

 

唐突に先程の姉の言葉が頭に浮かぶ。羞恥心もあるが、考えを実行したいと思う心のほうが強かった。高鳴りつつある胸を片手で押さえつけ、統夜の耳元に顔を近づける。

 

「は、早く起きないと……無理やり起こしちゃうよ……?」

 

何をするかは、流石に口に出すのは憚られた。最後の羞恥心が勝り、口がうまく動かない。だが勿論、そんな囁き声で統夜が起きる事は無い。布団の上ですやすやと眠る統夜の耳から一旦顔を離して、深呼吸を繰り返す。最後に目を閉じながら大きく息を吐くと、統夜の髪を掻き上げて顔を近づけていく。

 

「もうちょっと……もうちょっとで」

 

「刀奈、声が大きいわよ。あともう少し頭を下げて頂戴」

 

「お母さんこそ、娘があんな事してるのを見過ごしていいの?」

 

「あの位はいいのよ。寧ろ、積極的な簪ちゃんが見られてお母さん嬉しいわ」

 

「学校でもあれくらいの事してたわよ?」

 

「え、嘘!?教えて教えて!」

 

「それは一か月ほど前。統夜君が帰って来るのを見越して簪ちゃんは男の子の理想、裸エプロンという装備で──」

 

「……」

 

背後から聞こえてくる高い声に目を向けてみれば、朝食の準備をしているはずの母親と、食卓に向かったはずの姉が揃っていた。ほんの少しだけ開かれた襖の間から顔を突き出したまま、こちらへの興味を失ったかのように言葉を交わしている

 

「──とまあ、こんな感じで簪ちゃんは統夜君を誘惑してたって訳」

 

「私の知らない間に成長してたのね。お母さん感激!」

 

「……ね、ねえお母さん。なんか簪ちゃんが物凄い目つきで私たちを睨んでるんだけど」

 

「あ、あれ?もしかして、気づかれてる?」

 

「あ、あの~……簪ちゃん?」

 

「……いつから、いたの?」

 

「えっと、簪ちゃんが統夜君の髪の毛をいじるとこから……」

 

楓の答えを聞いた簪の反応は素早かった。一瞬で体を反転させると、統夜の頭の下にあった枕を右手で素早く引き抜く。

 

「ぐえっ!?」

 

背後から聞こえる断末魔にも似た悲鳴を意に介さず、握りしめた枕を思い切り振りかぶった。その光景を見た楯無と楓は急いで逃げの態勢に入る。その背中めがけて、勢いよく枕を投げつけた。

 

「た、退避~!!」

 

空を飛んでいく枕は目標から逸れ、襖にぶち当たった。どたどたと廊下を走る音が遠ざっていくのを聞きながら、簪は肩で息を繰り返す。ふと、聞こえてくるうめき声を聞きつけて振り向くと、横になっていた統夜が首を摩りながら体を起こしていた。

 

「痛てて、朝っぱらから何なんだ……ってあれ、簪?」

 

「お、おはよう、統夜……」

 

「あ、ああ。おはよう。でもどうして、簪が──」

 

「朝ご飯、もう出来てるから」

 

先程までの勢いは何処へ行ったのやら、端的な言葉のみを口にして簪が部屋から出ていく。

勿論、今の今まで眠っていた統夜に状況など分かる筈も無い。

 

「何だったんだ……?」

 

更識家の何処かで、二つの甲高い悲鳴が響いた気がした。

 

 

 

 

 

「ふっ、はっ!!」

 

自分の目の前で統夜が拳を振るう。その軌道は昨日自分が教えた物と寸分違わず、綺麗な軌跡を描いている。道場の空気が震えるのを感じながら、一言も発さずに統夜の動きを見守る。

 

「これでっ、ラスト!!」

 

最後の咆哮と共に統夜が拳を振り抜く。拳と共に出された右足が道場の床に打ち付けられ、大きな音が道場を支配する。一瞬で消えていく音の残滓を感じ取りながら、両手を打ち鳴らした。

 

「いやぁ、凄いわね。ここまで完璧だとホント教え甲斐があるわ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

大の字に寝転んだ統夜が荒い息の合間に感謝の意を述べる。自分の後ろに控えていた簪が、水筒片手に統夜に歩み寄った。頭の中で今後の予定を組み立てながら、取り敢えず終了の旨を伝える。

 

「キリもいいから一旦休憩にしましょうか。少し休んでらっしゃい」

 

「俺はまだいけますけど」

 

「ダメよ。先生の言う事はちゃんと聞きなさい」

 

「はぁ……分かりました」

 

渋々と言った様子で立ち上がった統夜が道場を出ていく。さも当然の様に簪が付いていく辺り、将来が楽しみだと心の中で苦笑する。一人きりになった所で手始めに上を一枚脱いだ。長袖のジャージに覆われていた上腕が露呈すると、そこには何枚もの湿布が張られている。

 

(そろそろ交換しておかなきゃ)

 

道場から出て廊下を歩きながら、右腕に張られている湿布を剥がしていく。薬液特有のツンとした匂いを感じながら、剥がした湿布をまとめて握りこんだ。

 

(しかし、本当に習得が早いのよねぇ……)

 

開始から既に三日、予定していた内容は既に半分以上消化しきっていた。元々一週間近く掛けて行おうと思っていたメニューの内、七割は終わっている。そのため、新学期が始まってから手解きをしようと思っていた内容もこの夏休みの間に行うことも視野に入れた。

 

「……大丈夫かしら」

 

はっきり言って統夜の成長は著しい。確かに元々肉体は出来上がっていたし、技術の方も一定のレベルはあった。そのお陰と言えば簡単なのだが、それ以外にも何か別の要因があるようにも感じる。不気味な程の成長速度も気になるが、楯無の懸念はもっと別の所にあった。

 

「頑張りすぎて後でパンク、なんて事にならないといいけど」

 

誰もいない廊下で一人呟く。日常の彼を見ているだけでは気づかないかもしれないが、特訓の様子を見ればはっきりと分かる。彼の特訓に対する打ち込み方は半端ではない。その姿勢はがむしゃらに力のみを求めている様にも見えた。

 

「あったあった」

 

自分の部屋に入って床に置いてある湿布の山に手を伸ばす。慣れてしまった手つきで体の何か所かに貼り終えると、腕と脚を伸ばして体の調子を確かめる。

 

「うん、OK」

 

処置が完了すると机の上に手を伸ばして、一冊のノートを取る。表紙に何も書かれていない、一見何の変哲も無いそれを開く。中にはびっしりと文字が書き綴ってあった。ノートに挟んであったボールペンで、空白の部分に文を書き込んでいく。

 

(今日も特訓の経過は良好、っと……)

 

頭の中の考えを吐き出すような勢いでページが埋まっていく。一区切り書き終えて手を休める間、ページをめくって前に書かれている文を閲覧していく。そこには自分が考えた事、更識の当主としての仕事の事、簪の事、そしてIS学園で自分を取り巻く統夜を含めた全ての出来事が綴ってあった。

 

「……全く、一体何者なのかしら」

 

今現在、一番の頭痛の種であるのは正体不明の敵の集団だ。何度もIS学園を襲い、妹や統夜を傷つけ、狼藉を働き続けている彼ら。その正体は全く分からない。いや、ただ一つだけ分かっている事がある。

 

亡国企業(ファントムタスク)

 

更識の当主としての立場を使い、前代の父に頼み込んで情報を回してもらい、使える全ての情報網を使って調べ上げた、唯一の手がかりである敵の集団の名称。彼らに関する情報は余りにも少ない。実際に彼らと交戦して得られた情報ならば幾らでも存在するが、それはあくまでも敵機に関する物のみだ。核心的な物は何一つ得られていない。

 

「四月の時といい、七月の時といい……私達の楽しみを奪うのが目的なのかしら」

 

これまでの行動を鑑みるに、行事に合わせて襲撃を繰り返してきているのは明らかだ。確かにその行動は理解出来る。IS学園と言えども行事の際は人が多く動く。その為警備に穴が生まれる事も無くは無い。だが、わざわざ警備網を掻い潜ってIS学園に手勢を送り込んでおいてやっている事は、無人兵器による戦闘行為だ。何かを探る為でも、破壊する訳でもない。行っている行動に対して、目的が全く見えてこなかった。

 

(臨海学校の時はラインバレルと白式を退けたという絶好の機会にも関わらず、そのまま攻め込む事はしなかった……目的は戦いそのものだとでもいうの?)

 

戦闘という手段を用いて目的を達成する。普通ならばそれが一般的ではあるが、亡国企業の今の行動は手段と目的が同じようにも思える。それはすなわち、戦いという手段で得られる何かが目的、と言う事だ。

 

「まさか……IS相手の戦闘データとか?」

 

その時、ポケットの中に入れていた携帯電話が震えた。取り出して液晶に映っている名前を一瞥すると、すぐさま耳に当てる。

 

『刀奈、私だ』

 

電話の相手は更識 総司。自分と簪の父であり、先代の楯無だ。統夜がこの家に来た日に彼と入れ替わりで外に出て、今は情報収集に当たっていた。何か情報が得られたのか、と微かな期待を胸に抱きながら電話に応じる。

 

「あらお父さん、どうしたの?」

 

『経過報告だ。お前が欲しがっていた亡国企業の情報が、ある程度手に入ったのでな』

 

「……どうだった?」

 

『まず一つ、亡国企業は第二次大戦中に生まれた組織のようだ。長らく表舞台に出る事は無かったが、最近活動が活発化してきている』

 

「その要因は?」

 

『不明だ。ただ、活動が活発化したのが丁度ISが表舞台に出てきた頃と合致する。この事から考えて、ISと亡国企業がただならぬ関係にあるのは容易に想像がつく』

 

父の言葉を一言一句聞き逃すまいと、自然と居住まいを正す。正直言って、ここまでは特に驚きもしない情報だ。しかし、ここから先の言葉が真に重要なものであると、直感的に理解していた。

 

『二つ目にその活動範囲だ。日本だけではなく、世界を相手に手広く活動しているらしい。どうやらあの織斑 一夏の誘拐事件にも一枚噛んでいたという話だ』

 

「一夏君の?」

 

あの織斑 千冬がモンド・グロッソの決勝戦を辞退した原因を作り出したのが亡国企業だというのに、少なからず疑問を覚えた。千冬を辞退させて彼らに益があるとは思えないが情報が揃っていない以上、決めつけるのは危険だ。その頃と比べて今の目的が変わっている可能性も否定出来ない。

 

「他には何かある?」

 

父よりもたらされた情報は亡国企業の核心に迫るには足りなかったが、愚痴を言ってもしょうがない。半ば投げやりな口調で続きを促す。しかし、父の情報はここからが本題だった。

 

『あるぞ。二日前、米国にある地図に無い基地(イレイズド)という基地が襲撃された。襲撃してきたのは亡国企業だ。修学旅行で簪達を襲った迅雷とイダテンがそれぞれ確認された』

 

「それで、その基地の現在の状況は?」

 

あの敵にISだけで立ち向かうのは無理がある。いくら現代最強の兵器と言っても、その立場は失いつつあるのが現状だ。イダテンにしろ迅雷にしろ、ISよりも強力な兵器である事は既に証明されている。てっきり半壊、もしくは全壊状態に陥っているかと思ったが、父の言葉は信じられない物だった。

 

『聞いて驚くなよ。なんと損害はゼロ、人的な被害も無いらしい』

 

「……お父さん、流石に冗談きついわよ」

 

『お前もそう思うだろうな。私も、その情報を聞いたときは耳を疑った。だが一枚の写真を見て、確信したんだ。メールに添付して送ったから、見るといい』

 

父に言われるより早く、部屋の隅に鎮座しているパソコンを起動する。長いパスワードを入力してメールボックスを開いてみると、未読のメールが届いていた。はやる気持ちを抑えながらメールを開くと、一枚だけ写真が添えてある。その写真を見た瞬間、楯無の口から自然に言葉が漏れていた。

 

「なに、これ……」

 

写真には幾つかの雲と機動兵器群が写り込んでいた。中心の一機を取り囲むようにして、迅雷が浮かんでいる。楯無の目を引いたのは、その取り囲まれている一機だった。

 

『私も見た瞬間、目を疑った』

 

機体の全身は蒼一色に染め上げられていた。全身を幾重にも装甲板で覆い隠したその姿は一目でISではないと断ずる事が出来る。太刀を保持した両手を、威嚇するかのように大きく広げるその姿は、何処か人間臭い。連結された盾の様な物が背部から左右両側に伸び、それらの裏側にはそれぞれ二本の太刀が収納されていた。姿かたち全てが特徴的な機体だったが、楯無はその姿に既視感を覚えていた。

 

『それを見て、お前も思わないか?』

 

「……ええ、似ているわね。ラインバレルに」

 

前腕を覆う手甲、踵の無い足の形状、そして額から生えている一本角。写真を見た瞬間から感じていた既視感を言葉にすると、より一層似て見える。

 

『そいつが襲撃してきた部隊を退けた。敵が去るとその機体も同じように基地から撤退したらしい。まるで白鬼事件の再現だ。まあ、そいつは最後に消えたりしなかったがな』

 

「どこに行ったの?」

 

『地図に無い基地に一番近い海に飛び込んで以降、行方が掴めないそうだ』

 

「そう……」

 

もしこれがラインバレルと似た存在であるのならば、亡国企業相手に地図に無い基地をたった一機で守りきるなどという離れ業も可能だろう。心の中で一人納得していると、父が口を開く。

 

『私が掴んだ情報は今のところこんな物だ。少なくてすまない』

 

「ううん、ありがとう。たった3日でここまで探すなんて」

 

『構わん。“楯無”を引退した私に出来る事はこの位しかないからな……それと、話は変わるのだが』

 

「どうかしたの?」

 

『その……彼はどうしてる?』

 

一瞬頭の中で父の言葉の意味を考えた後、苦笑を漏らす。父の言っている彼という言葉が指し示す人物は一人しかいない。

 

「もう、そんなに気にすることなの?」

 

『あ、当たり前だ!簪が、あの子が男を連れてきたんだぞ!?どこの馬の骨ともしれない男をだぞ!!』

 

「だから私とお母さんで説明したでしょ。それにあの子はただの友達よ」

 

『し、しかしだな……』

 

父の懸念は理解出来るが、流石に早過ぎると思う。あの二人は近そうで近くない、絶妙の距離を保っていた。二人の距離が縮まる速度は正に、亀の歩みと言えるだろう。少なくとも、夏休みの間に劇的に距離が縮まる事は無いと言い切る事が出来る。

 

「まあ、“今は”っていう言葉が付いちゃうんだけどね」

 

『ど、どういう事だ?』

 

その時、部屋の扉がノックされた。振り返って後ろを見てみると、楓が扉の隙間から顔を覗かせて手招きしていた。机に手を突きながら立ち上がって、別れの言葉を口にする。

 

「それじゃあねお父さん。また何かあったら電話頂戴」

 

『ま、待て刀奈!さっきの言葉はどういう──』

 

父の言葉が終わらないうちに電話を切る。すると母が扉を開けて部屋の中に入り込んできた。口角を上げて笑っている母親に目的を尋ねようと口を開く前に、楓が自分の手を取る。

 

「どうしたの?」

 

「こっちこっち」

 

自分の手を取った楓は一言だけ言うとそのまま廊下に出る。既に時刻は夕方になっている。その証拠にガラス張りの廊下には夕日が指していた。板張りの廊下を進みながら母へと問いかける。

 

「ねえねえ、どうしたの?」

 

「面白い物、見たくない?」

 

「面白い物?」

 

廊下を進んで道場の裏手へと回る。道場の裏手は丁度小さな庭の様な造りになっていた。縁側を夕日が照らし、涼しい風が駆け抜ける。普段は静かなその空間に、今は一組の男女がいた。

 

「これよこれ♪」

 

「あらあら……」

 

小さな庭に広がる光景を見た瞬間、母と同じ笑みを楯無も浮かべる。縁側に座っている二人は楓と楯無が現れても微動だにしなかった。その原因は二人の顔を見れば一目瞭然だった。

 

「一緒に眠っちゃうなんて、二人とも可愛いじゃない」

 

楓の言葉の通り、統夜と簪はぐっすりと眠っていた。統夜は太い柱に体を預けるように、簪は統夜の体に寄り添うようにしてそれぞれ眠りこけている。恐らく、特訓の後にここに来た二人は話している間に眠ってしまったのだろう。

 

「いいわねえ、こういうの。なんか“青春!”って感じで」

 

その光景には全く違和感が無い。極々自然に二人は寄り添い、共にそこにいた。しかし本来であれば微笑ましいその光景も、少年の過去を知っている楯無にとっては複雑な物だった。

 

「……だからこそ、今を大事にしなくちゃね」

 

「うん?刀奈、どうかしたの?」

 

「ううん、何でも無い。ねえお母さん、カメラ持ってる?」

 

「うふふ、勿論よ」

 

母親が自分の前掛けのポケットから取り出したデジタルカメラを受け取ると、楯無は足音を立てないようにそろそろと移動する。ピロリン、という音と共にカメラが起動すると、画面の中に二人が写り込んだ。

 

(そう。今、この瞬間を)

 

カメラのピントを二人に合わせる。スヤスヤと寝息を立てる二人は、楯無と楓の存在に全く気付かない。そのまま、スイッチを押す人差し指に力を込める。最後に、二人に聞こえないように小さく告げた。

 

「はい、チーズ」

 

二人の返事の代わりに、シャッター音が更識家の庭に鳴り響く。

 


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