IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第五十三話 ~姉妹の絆~

「ほらほら、脇が甘いわよ!!」

 

楯無の手刀が統夜の竹刀をいなす。すぐさま距離を取ろうと動くが、それより早く楯無が統夜の足を払った。

「力に頼りすぎないで!攻め方が正直過ぎるわよ!!」

 

「も、もう一丁!!」

 

畳を蹴って飛び上がった統夜が、掌底を繰り出す。楯無の顎を狙った一撃は、目標を外れて空気を切り裂く。体さばきで攻撃を避けた楯無が統夜の懐に入り込んで逆に顎への一撃を見舞う。

 

「ぐっ!!」

 

「統夜君の攻め方は馬鹿正直過ぎるのよ。一手目は躱して当然。その二手先、三手先を常に組み立てておきなさい」

 

脳を揺らされた統夜がふらふらと体を揺らして、畳に倒れこむ。楯無も胸元に手で風を送りながら、畳へと腰を下ろした。

 

「これで私の十戦十勝。気分はどうかしら?」

 

「嫌味ですか、それ……」

 

統夜もそれぞれ片手に握りしめていた竹刀を遠くへ放る。無造作に投げられた竹刀は乾いた音を立てて、壁に当たった。壁にかけられた時計にちらりと目を向けると、既に時間は午後六時になろうとしている。

 

「それにしてもやっぱり凄い身体能力ね、えーっと、なんて言ったかしら。その……統夜君の体の事」

 

「“ファクター”ですか?」

 

「そうそう、それそれ。やっぱりそれって、ラインバレルのお陰なのかしら?」

 

「はい。俺の体の中にある、ナノマシンって奴の能力みたいです」

 

「ナ、ナノマシン?」

 

「ええ……ってあれ、言ってませんでしたっけ?」

 

さも当然と言った口調で統夜が怪訝な顔をする中、楯無は目を瞑って考え込む仕草を見せる。数秒間思考に浸る楯無だったが唐突に目を見開いて統夜に質問を投げかけた。

 

「ねえ、確認だけどそのラインバレルって、本当に統夜君のお父さんから貰った物よね?」

 

「そりゃそうですよ」

 

「……あー、長くなりそうだからまた今度聞く事にするわ。今日は取り敢えずもうおしまい。考えるのも面倒になっちゃった」

 

心底億劫そうに、畳の上に大の字になって寝そべる楯無。統夜はだらしない楯無の姿を視界から外しながら、ゆっくりと立ち上がった。つい数分前まで掴まれては投げられ、掴まれては投げられる事を繰り返していたとは思えない程滑らかに体を動かす。

 

「俺も、少し疲れましたよ」

 

「あれで“少し”なの?」

 

「……訂正します。“滅茶苦茶”疲れました」

 

統夜の体が丈夫なのを良いことに楯無は約3時間、ぶっ続けで特訓を行っていた。途中で根を上げるのが普通なレベルの特訓を繰り返し続けたにも関わらず、統夜が泣き言一つ言わなかったのも、ひとえにその肉体と意思の強さがあったからに他ならない。

 

「楯無さんは疲れてないんですか?」

 

「ちょーっとだけね。ほんのちょっとだけ」

 

「国家代表の肩書きは伊達じゃないって事ですか」

 

「統夜君も若いんだから、こんなんでへばってちゃダメよ?」

 

寝転んでいた二人の耳に、道場の扉が開く音が届く。二人揃って視線を音の聞こえてきた方向に向けると、簪が半開きになった扉からこちらを見つめていた。

 

「お姉ちゃん、もう終わった?」

 

「ああ、そろそろ夕飯の時間?」

 

こくりと頷いた簪が、扉を開けて入ってくる。髪と合わせているのか、青色のエプロンを着た簪は統夜が投げ捨てた竹刀を纏めて壁際に置いた。楯無は勢いよく立ち上がると、座っている統夜に手を差し伸べる。

 

「さあ、ご飯の時間よ。一杯食べてね」

 

「それも特訓の内容ですか?」

 

差し出された手を掴んで統夜が立ち上がる。

 

「いいわね、簪ちゃんの手料理をお腹いっぱい食べる特訓と行こうかしら?」

 

「簪の料理、ですか」

 

「とってもとっても美味しいんだから。期待しててね」

 

「そ、そんな事無い……」

 

立ち上がった勢いで、統夜が道場の出口へと向かう。簪の脇を通りすぎて道場を出ようとした時、ふと楯無が一緒に来ない事に気づいた。後ろを振り向くと、何故か楯無は畳の上で立ったまま、動こうとしない。

 

「楯無さん、どうかしたんですか?」

 

「ああ、ちょっとここの後片付けがあるから。荷物を置いた部屋に戻って待ってて頂戴。私と簪ちゃんも、後で合流するわ」

 

「わ、私も……?」

 

「ごめんなさい、少し手伝って」

 

「じゃあ、俺も──」

 

「統夜君は先に戻っていて。もう疲れてるでしょ、片付けはやっておくから」

 

「分かりました。先に部屋に戻ってます」

 

統夜は怪訝な顔をしながらも反論はせず、一人で道場を出ていった。残された簪と楯無の視線が交差する。どういう訳か、楯無は先程から全く動かない。不思議に思って簪がゆっくりと立ち尽くしている楯無に近づいていく。

 

「お姉ちゃん、どうかしたの……?」

 

「……」

 

「お姉ちゃん……お姉ちゃん!!」

 

簪が楯無の肩に手を添えようとしたその瞬間、ぐらりと楯無の体が傾く。危うく畳の上に倒れこむ直前で、簪が楯無の体を支えた。楯無の耳元で、叫ぶように姉を繰り返し呼ぶ。

 

「お姉ちゃん!!」

 

「……あー、ごめんなさい。少しぼーっとしちゃった」

 

あはは、と笑いを零す楯無の顔は、林檎の様に赤かった。抱いているその体はとても熱く、夏の陽気で温められたものでないと一瞬で分かる。簪に支えられたまま、楯無は独白した。

 

「いやー凄いわね、統夜君。もう少しやってたら、私の方が先にギブアップしてたわ」

 

「ど、どうして……?」

 

「ああ、これ?統夜君に付き合ってたら、こうなちゃった。統夜君ったら、休まないでずっと続けるんだもの」

 

楯無の手が空中でひらひらと左右に振れる。一見平気な様に見えたが、一皮剥けば姉の体は疲弊しきっていた。現に、左右に振れている手はぷるぷると震え、足には全く力が込められていない。体をゆっくりと畳の上に下ろすと、簪は楯無の横に膝をついた。

 

「嫌な言い方だけど、やっぱり統夜君と私達って違うのね。これでもかって程、思い知らされちゃった」

 

「大丈夫、なの……?」

 

「平気平気。少し休めば、すぐ動けるようになるわよ」

 

「……」

 

「ああ、簪ちゃんが気に病む必要は無いわよ。これは私がしたい事なんだから」

 

振られていた手が力なく楯無の胸元に落ちる。荒い息を繰り返し、手足の感覚が消えかけていても、楯無の言葉は止まらなかった。

 

「私自身、統夜君の助けになりたいの。それに統夜君がどこまで出来るのか、見てみたいって願望もあるしね」

 

「お姉ちゃん……」

 

「加えて、最終的に簪ちゃんをお嫁にもらうんだから、少なくとも私よりは強くなってもらわないと」

 

「そ、それは、関係無い……!」

 

若干語調を荒げて姉に反論する簪。そんな簪の様子を意に介することなく妹の膝に頭を乗せたまま、楯無はにやにやと相好を崩した。

 

「……ねえ簪ちゃん。一週間くらい前から私の化粧道具が誰かに使われてるみたいなんだけど、何か知らない?」

 

「……!」

 

楯無の言葉で、簪の背筋がぶるりと震える。夏に相応しい部屋の空気が、どろりと楯無と簪の皮膚にまとわりつく。

 

「お母さんに聞いても知らないって言うし、簪ちゃんなら何か知ってるんじゃないかと思って。どう?」

 

「そ、それは……」

 

二人の体は体温を下げるために、必死になって汗を生み出していた。しかし、簪の背中にはそれとは別の、いわゆる”冷や汗”と呼ばれる物が流れ始めていく。

 

「そう言えば丁度簪ちゃんが統夜君の家に遊びに行った頃からね。私の化粧品が無くなり始めたのは」

 

「あ、あの……」

 

「そうそう。私の本棚にある本も読んだ形跡があったのよね~。あれも化粧の仕方とか書いてある物だったから、もしかしたら犯人は同一人物かもしれないわ」

 

「……ごめんなさい」

 

がくりと簪の首が傾く。楯無は微笑みを浮かべたまま、震える右手を持ち上げてうなだれている簪の頬を撫でた。

 

「いいのよ。まあ本音を言えば、一言位言って欲しかったけど」

 

「だって……恥ずかしくって……」

 

「……ふふっ」

 

「あ……」

 

楯無の手が更に伸びて、簪の頭に置かれる。そのままわしゃわしゃと簪の髪の毛を乱すように、半ば乱暴に頭を撫でる楯無は笑顔混じりに言葉を続ける。

 

「一杯我が儘を言って、一杯お願いしていいのよ。私は簪ちゃんに頼られる事が、何より嬉しいんだから」

 

「うん……ありがとう、お姉ちゃん」

 

「……うわぁ、物凄い元気出てきた」

 

その言葉を証明するかの様に、簪の膝から頭を除けると勢い良く楯無は立ち上がった。簪が静止の言葉をかけるより早く、筋肉をほぐす為に四肢を動かしていく。一通り体を動かし終えた楯無は座り込んだままの簪に片手を差し出した。

 

「さあ、行きましょ。統夜君が待ってるわ」

 

「うん……!」

 

姉の手をしっかりと握って簪が立ち上がる。手を握ったまま、二人仲良く道場の出口へと足を動かしていく。

 

「統夜君が帰ったら、お化粧の勉強もしましょうか。それとも、統夜君がいた方がいい?」

 

「……統夜が帰ったらで、いい」

 

「ふふふ、じゃあ色々と準備しておかないとね」

 

まるで普通の姉弟の様な会話が二人の間で飛び交う。久方ぶりに握る姉の手は自分と同じ、小さな手だった。

 


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