IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第五十話 ~青春の代名詞、合宿~

「暑い……」

 

炎天下の中、セミの鳴き声が響く歩道を一人歩く。背中に担いだ旅行用のボストンバッグが妙に重く感じられる。頭上から照りつける太陽を恨めしく思いながら、統夜はちらりと横を見た。

 

(住所、間違ってないよな?)

 

一旦足を止めるとポケットの中からついこの間新調した携帯電話を取り出して、映し出されている文面を確認する。そこに書かれている住所を確認すると、統夜は再び歩を進めた。首に下げられているネックレスも、手首に付けられているブレスレットも、炎天下にされされて熱を持ち、統夜の肌を焼いている。

 

「……ここ、だよな」

 

入口を見つけた統夜が立ち止まる。目の前にそびえ立っているのは、統夜の身長の1.5倍はあろうかという木で組まれた巨大な門だった。門に下げられている表札を見て、統夜は一人言葉を漏らす。

 

「俺、何でこんな所にいるんだろう……」

 

その表札にははっきりと“更識”と刻まれていた。

 

 

 

事の起こりは二日前の夜の事だった。久しぶりに家の中で三人がのんびり過ごしていると、自分の携帯電話が鳴ったのである。思えば、あの着信が全ての始まりだった。

 

『あ、もしもし統夜君?いきなりだけど、合宿しない?』

 

携帯電話の向こう側から聞こえてきたのは更識 楯無の声だった。一方的に喋る楯無の言葉は要領を得ず、何を話したいのか分からなかった。そんな統夜の考えが向こう側に伝わったのか、途中から話し手が変わった。

 

『統夜?私だけど……』

 

聞きなれた声に切り替わったあと、簪がゆっくりと丁寧に説明してくれた。どうやら自分の為に楯無が直々に稽古を付けてくれるという事らしい。トレーニングと言うのであれば統夜に反対する理由は無かった。ただ、その合宿を行う場所が問題だった。

 

『あ、あのね、私の家でやるってお姉ちゃんが……』

 

何も彼女の家に行くことが嫌な訳ではなかった。ただ、彼女の家に行っていいものか、自分の中で判断が出来なかった。何しろ彼女は少なからず情愛を抱いている相手である。そんな彼女の家に、ましてや年頃の少女の家に上がり込んでいいものか、統夜の懸念はそこであった。

 

『い、嫌なら断ってくれても……』

 

ただ、その気掛かりに決着をつけたのは自分自身ではなく、姉のカルヴィナだった。統夜から携帯電話を奪い取ると、まるでそれが自然であるかのように、躊躇いもなく会話を始めたのである。

 

『あ、もしもし簪?カルヴィナよ、何か用かしら?』

 

統夜の携帯電話を耳に当ててはきはきと言葉を紡ぐカルヴィナは、統夜を尻目に簪と会話を続けた。

 

『……ああ、そうなの。それで日時は?……ええ、大丈夫よ。統夜には私から言っておくから。何か疑問があれば統夜からかけさせるわ。それじゃあね』

 

携帯電話を切って携帯電話を投げ返してきた姉は、機関銃の如く喋り始めた。

 

『あんな優しい子が興味を持ってくれるなんて、奇跡に近いのよ?確かに引っ込み思案で大人し過ぎるみたいだけど、それを差し引いてもいい子なんだから。あなたには勿体無いくらいよ』

 

姉が何を言っているのか分からなかったが、自分を非難して簪を褒めている事だけは理解出来た。

 

『それにあなた、最近何処かに遊びに行ったかしら?』

 

姉たちが戻ってきて一週間、確かに家にいる事が多かった。しかし、全く外に出なかったという訳でもなかった。前に約束していた通り、一夏の家に遊びにも行ったし、久しぶりに中学校の友人達とも連絡を取って遠出もした。しかし、それだけでは姉にとっては不満だったらしい。

 

『いい?別に統夜の青春にケチをつける訳じゃないけど、もっと遊びなさい。一夏君と遊ぶのもいいし、中学の頃の友達と遊ぶのもいいわ。でもせっかくの一度きりの夏休み、もっと他にやる事があるでしょう?』

 

『確かに。私達といるのはもう十分だろう。私達の事はいいから、いい加減自分の事に集中した方がいい』

 

アル=ヴァンからの援護射撃に対しても、反論出来る材料が何もなかった。こうして憐れ本人の意思は無視したまま、簪の家での合宿が決定したのであった。

 

 

 

 

二日前の情景を思い浮かべながら、統夜は一つため息を吐く。しかし、門の前で佇んでいても何が変わるわけでもない。取り敢えず目の前の門を開けようと、手を当てて力を入れてみた。

 

「開いた……」

 

中へ一歩足を踏み入れると、統夜の目に飛び込んで来たのは綺麗な庭園だった。まるで武家屋敷の様な平屋の家屋が目の前に、両側には玉砂利が敷かれた庭が広がっている。右手に見える池では鹿威しが音を立てて動いている。

 

「……おっと」

 

何時までも目を奪われているわけにも行かず、統夜は門から玄関へと続く道を辿っていく。玄関の前に立つと、武家屋敷の様な家には場違いなインターホンが扉の横にあった。取り敢えず指で押し込むと、ごくごく一般的なチャイムが鳴る。

 

『……は、はい?』

 

「あ、簪か。俺だけど」

 

『と、統夜!すぐ逃げ──』

 

簪の言葉が終わらない内に、いきなり扉が横に引かれる。間髪入れずに統夜めがけて飛んできたのは、先が丸まった矢だった。

 

「なっ!?」

 

とっさの反射行動で後ろに飛び退ると、矢は全て先程まで統夜がいた足元に当たって勢いを失った。玄関から距離を取って待ち構えていると玄関を隔てた向こう側から、何者かがこちらに向かって歩いてくる。

 

「わざと外したとは言え、中々いい動きをするな」

 

「……ぶ、武士?」

 

「貴様か。娘を誑かした男というのは」

 

ガチャガチャと音を立てて歩いてきたのは、鎧を着込んだ人間だった。どこぞの武蔵坊弁慶よろしく、数え切れない程の武器を背負っている。武士は両手で保持した弓を脇に捨てると、背負った武器を自分と統夜の間にぶちまけた。

 

「好きな得物を取れ」

 

「ちょ、ちょっと待てよ!アンタ一体──」

 

「問答無用っ!」

 

地面にばらまかれた武器の内、木刀を拾い上げて武士は統夜に躍りかかる。背負っていたボストンバッグを盾代わりにして一撃を防いだ。

 

「こ、このっ!!」

 

左手で握り拳を作って、がら空きの腹部めがけて拳を打ち込む。ハンマーで殴られた様な衝撃が腹部に突き刺さり、武士は思わずたたらを踏んだ。生じた一瞬の隙を突いて、統夜が蹴りによる連撃を加える。

 

「ぬっ!」

 

武士は鎧に包まれた右手で、統夜の蹴撃を受け止める。武士の動きが止まった瞬間、統夜はボストンバッグを脇に捨てて後ろに飛び退った。唐突に発生した一瞬の攻防に動転しつつも、目の前の敵に罵声を浴びせる。

 

「おい!一体全体何だって言うんだ!?」

 

「シラを切るつもりか!刀奈から話は聞いたぞ、紫雲 統夜!私の娘と同室なのを良いことに、不埒な事を働いていると!!」

 

「……は?」

 

全く身に覚えの無い非難が統夜を襲う。自分の世界に入ってしまった武士は、その口調を更に加速させた。

 

「娘が言い出せないのを逆手に取り、他人に言えないあんな事やこんな事をしているなどと……許さん!!」

 

「な、何の事──」

 

「しらばっくれるつもりか!大人しく事実を認めるならまだしもこの期に及んで嘘を吐き続けるその性根、私が叩き直してやる!!」

 

木刀を構え直して、武士が再び突撃をかます。統夜は徒手空拳のまま構えを取り、迎撃の体勢を整えた。そして木刀と拳が交差する瞬間、声が響く。

 

「はい、ストップ!」

 

空気を裂くような鋭い声で、両者の動きがぴたりと止まった。統夜が視線を声のした方向に向けると、武士の体越しに三人の女性が玄関に立っているのが見えた。

 

「何のつもりだ、刀奈!この男がお前の言った奴だろう!?」

 

「落ち着いて、お父さん。全部冗談よ」

 

「何……?」

 

「楯無さん、どういう事ですか!?」

 

IS学園の生徒会長である、更識 楯無がそこにいた。片手で開いた扇子で口元を隠し、目元には笑いが浮かんでいる。扇子には“大袈裟”と書かれている。三人のうち、一人が動きの止まった統夜の下に小走りで駆けてきた。

 

「と、統夜、大丈夫?」

 

「簪、一体何がどうなってるんだ?」

 

楯無の横に立っていた女性が、武士に近づいていく。楯無や簪と同じ水色の髪を背中まで伸ばしている女性は、細い目を統夜に向けて口を動かした。

 

「紫雲君ごめんなさいね、主人が迷惑かけて。ほら、貴方はこっちに来てください」

 

「ちょっと待ってくれ、これは一体……」

 

「はいはい、ちゃんと説明するから。大人しくこっちに来て頂戴」

 

「ま、待て刀奈!一体あの男は何者──」

 

楯無と謎の女性に両脇を掴まれて、武士はずるずると引きずられて行く。残された統夜と簪は茫然自失としたまま、立ち尽くしていた。唖然としている統夜の横で簪がいち早く意識を取り戻して、脇に投げ捨てられていたボストンバッグを取ってくる。

 

「はい、統夜」

 

「あ、ありがとう簪……」

 

「えっと……いらっしゃい」

 

「え、ああ……お邪魔します」

 

炎天下の中、場違いな挨拶が二人の間で飛び交う。夏休みも残り半分となった日に、また新たな思い出が生まれようとしていた。

 


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