IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~ 作:Granteed
「さてと、早速作るか」
場所は生徒用の調理室。時刻は午前七時。昨晩、しっかりと計画を立てて早々と布団に潜り込んだ統夜は早起きを敢行、そして寝ていた簪を起こさないように抜き足差し足で食材達と一緒に部屋を出た。調理室に到着した統夜は早速調理を開始。簪の嗜好は昨日の内に本音から聞いているので問題は無かった。
(えーと、確か肉は苦手だけど鶏肉なら食べられるって言ってたよな……)
考え事をしつつも、統夜の手は止まらない。部屋の冷蔵庫から持ってきた食材の内、鶏肉を取り出して下ごしらえをする。
(ちょっと重いかもしれないけど、唐揚げとかにしてみるか。そこにサラダとかも加えて……)
がさごそと部屋から持ってきたビニール袋を再びあさり、食材の中から数種類の野菜と調味料を取り出すと調理開始。鼻歌を歌いながら慣れた手つきで食材達を扱っていく。
~一時間後~
「出来たっと」
三つの弁当箱を丁寧に包みながら、統夜は自分の作品達を見つめる。時計を見れば既に午前八時を回っている。まだ若干余裕はあるとは言え、部屋に戻って学校の準備をしなければいけない時刻だった。
「もう行かなきゃな」
三つの弁当を上手く手に持ちながら、調理室を抜け出して部屋に戻る統夜。既に廊下には何人か女子生徒がいて、それらへ挨拶を返しながら部屋へと戻っていく。数分後、統夜は自室の前に到着していた。
「ここからだよな……」
目の前にそびえ立つ扉を見てごくりと唾を飲み込む統夜。何せ見つかったら即アウト。いくらなんでも一人で三つの弁当を食べるとは簪も思わないだろうし、そんな言い訳が通用するはずもない。部屋を出た時と同じくゆっくりと音を立てないようにドアを開けて、どこぞの潜入兵の様に音を立てないまま部屋に入る。
「zzz……」
部屋のベッドでは簪が小さな寝息を立てて寝ていた。昨晩も疲れていたのだろう、ちょっとやそっとの物音では起きないと思うほど熟睡していて、胸を撫で下ろす統夜。しかしグズグズしている暇は無いので急いで鞄に三つの弁当箱を入れて、制服に着替える。全ての準備を終えた時、簪はまだ寝ていた。
(これって、起こした方がいいよな?)
女性が寝ている事については姉がいたためか、いくらか耐性は出来ていたのだが簪の寝姿を見ると若干興奮してしまうのは男としての悲しい性であった。ブンブンと頭を振って邪念を振り払うと、まずは声をかける所から始める。
「さ、更識さん?朝だよ、起きた方がいいよ」
だがそんな統夜の言葉にも“我関せず”とでも言うかの如く無視を決め込む簪。いや、ただ単に寝ているだけなのだが、統夜の声ごときでは起きることはなかった。覚悟を決めてゆっくりと簪の体に手を伸ばす。
「さ、更識さん?」
ゆっくりと、不快感を与えないように簪の体を揺らす統夜。今度は効果があったようで簪から寝起きの声が漏れる。
「う、ううん……っ!?」
目を開けたかと思うと、いきなりがばっと体を統夜の方に向ける。いきなりの事に統夜も驚き、若干体を引かせる。
「ど、どうしたの?」
「あ、あなた、誰?」
その言葉を聞いて統夜は一瞬“何言ってんだこの子”、と思ったがただ単に寝起きで頭がはっきりしていないだけだと思って再度自己紹介をする。
「えっと、俺は紫雲 統夜。昨日から更識さんのルームメイトになったんだけど」
「……ごめんなさい、そうだった」
再び片言で統夜に謝る簪。どうやら昨晩の事を完全に思い出したようで徐々に目の焦点も合っていく。
「そろそろ支度しないと学校に間に合わないよ?」
「……分かってる」
全く分かっていなかった口調でもぞもぞと起き上がる。統夜はその行動に疑問を持たなかったが、ふと思った事を口にする。
「あれ?更識さんってもしかして、朝ごはん食べてない?」
「そんなもの…いらない。それとその苗字で呼ばないで」
簪はいきなり恨みがましい目で統夜を睨みつける。統夜はその目に驚きながら呼び名を変えて質問を繰り返した。
「えっとじゃあ、簪さんってそれで平気なの?」
「…大丈夫」
そのまま着替えようとする簪だったが、途中でぴたりと動きを止めてしまう。察しの良い統夜はすぐさま鞄を掴んで別れの言葉と共に部屋を出ていく。
「えっと、俺は先に行くから、簪さんも遅刻しないようにね」
そう言ってバタンと音を立てて部屋から出ていく。部屋から出た統夜は心の中でため息をついた。
(はぁ、想像以上の子だったなあ。まさか朝も満足に食べないなんて)
朝は食べない、夜遅くまで起きている、自己管理と言う単語など知らないかのような生活を送っている少女を見てますます統夜の主夫魂に火が点いた。
(まあ、嫌って言われたらやめればいいか)
そんな事を考えつつも、教室へ向かうために寮の廊下を歩いていく統夜。再び憂鬱な学校生活が始まるのだった。
~教室・昼休み~
『キーンコーンカーンコーン』
設備は変わっても、学校の時報というものはいつの時代も変わらない物らしい。昼休みの始まりを告げる鐘を聞きながら、統夜は昼食の準備に入ると、机に接近してくる一つの人影があった。
「とーやんとーやん、準備OK?」
「ああ、何時でもいいよ」
その人物は布仏 本音だった。昨晩一緒に立てた“かんちゃんお世話大作戦”(ネーミングは本音)の段取りを確認しつつ、本音は統夜に向かって敬礼する。
「それでは行ってきまーす」
にへら~と笑いつつもその動きは素早かった。いきなり駆け出すと教室のドアから出てあっという間に見えなくなってしまう。
(何か凄い子だな、布仏さんって…)
そんな事を考えつつ、統夜も行動を開始する。三つの弁当箱を鞄にしっかりと入れたまま、席を立とうとしたが、一夏に呼び止められた。
「統夜、一緒に飯食いに行かないか?」
「悪い、もう約束してるんだ」
統夜が断りの言葉を返すが、当の一夏は気にした様子を見せない。
「じゃあいいや、今度一緒に食べようぜ!!」
「ああ、またな」
端的な言葉を返すと、一夏は教室の隅に行く。その先には昨日紹介してもらった幼馴染みの子がいたので、どうやらその子と一緒に行くようだ。
(おっと、俺も急がなきゃな)
そそくさと席を立って教室の出口に向かう。目指すは校舎の屋上だった。
~IS学園・屋上~
「お~、とーやん登場~」
「……」
屋上に行くと、既に本音と簪がピクニック用のシートを敷いてその上に座っていた。統夜も近づきながら返事を返す。
「ごめんね、ちょっと遅くなっちゃって」
「大丈夫!とーやんのごはんが美味しければいいからね~」
「…本音、説明して」
まだ事情が理解出来ないと言った様子の簪が小さい声で尋ねる。本音は胸を張りながら自信満々といった様子で語りだした。
「今日はとーやんにお昼ご飯を作ってきてもらいました~!!」
「……何で」
「かんちゃん最近ご飯も食べてないでしょ?とーやんは料理が上手だって聞いたから作ってきてもらっちゃった」
えへへ~と笑いながら統夜の弁当を待つ本音。昼休みが終わってすぐに本音が簪を確保して屋上へ連行。統夜も弁当箱を持って屋上へ向かい、無理矢理にでも食事を取らせる算段だった。
「別に、いらない…」
「いや、簪さんのISの制作は手伝って欲しくないみたいだからやらないけど、こういう事だったら俺も力になれるしさ」
「本音、喋ったの…」
「~~♪」
簪の恨めしい目も、鼻歌を歌いながら知らない振りをしている本音には通用しなかった。観念して大人しく受け入れる様ではぁっ、とため息を付きながら統夜を催促する。
「じゃあ早く…ちょうだい」
「ああ、うん」
催促を受けて自分の鞄から三つの弁当箱を取り出す統夜。三人に弁当と箸を配って蓋を開けると、真っ先に本音が感激の声を上げる。
「うわっ、凄~い。とーやん、本当に料理出来るんだねえ」
「布仏さん、もしかして疑ってた?」
「ここまでとは思わなかっただけだよ~」
そう言って本音は再び弁当箱の中を覗く。そこには唐揚げを初めとした色とりどりのおかず達が“早く俺たちを食べろ!”と静かに自己主張していた。簪は蓋を開けた状態で固まっていて、それを不安に思った統夜が声をかける。
「簪さん、何か苦手な物とか入ってた?布仏さんから鶏肉は大丈夫って聞いてたんだけど…」
「…凄すぎる」
「え?」
「……負けた」
何故か統夜の弁当を見てうつむいている簪。
「じゃあ、いただきまーす」
「…いただきます」
「いただきます」
本音は元気よく、簪は落ち込んだまま食べ始める。統夜も自分で作った料理に箸を付け始める。一口目を食べた本音から、いきなり感動の声が上がった。
「お、美味しい~!」
「…うん、美味しい」
簪も統夜の料理を一口食べる毎に笑顔が戻っていく。その様子を統夜は微笑ましく見つめていた。
「良かったよ、喜んでくれて」
「とーやん、凄く美味しいよ!!」
「……」
簪は何も言わずに黙々と食べているが、脇目もふらずに食べ続けている所を見ると、統夜の料理が気に入った様である。
「とーやん、何でここまで料理上手いの~?」
「俺、
まあそれだけじゃないんだけどね、と統夜が呟くが二人には聞こえない。その話を聞いた二人はいけない事を聞いてしまった、という顔をして謝り出す。
「ご、ごめんねとーやん。私そんなだと思わなくって」
「別に気にしないで。父さん達が死んですぐの時は確かにギクシャクしてたけど、今じゃ問題なく生活してたから。でも姉さんも俺の入学と合わせてアメリカの会社に転勤になったんだけどね」
「へー、とーやんのおねーさんってもしかしてエリート?」
「んー、そうなるのか…」
「えっそうなの?ねえとーやん、もっと話を──」
「本音、他人の事情を…根掘り葉掘り聞くのは……良くない」
今まで一言も発さなかった簪が急に本音を止めた。本音は大人しく従うが明らかに意気消沈してしまう。
「あ、うん。ごめんなさい」
「いいよ、別に。今度話してあげるから、そんなに落ち込まないで?」
「うん、また今度。さあ、続きを食べよ~」
本音が食事を再開、簪と統夜も本音の食いっぷりを見ながら弁当箱に箸を向ける。あっという間に三つの弁当箱は空っぽとなった。
「ご馳走様でした~」
「…ご馳走様」
「お粗末さま。どうだった?」
「凄い美味しかった!!かんちゃんはどうだった?」
そこで本音が簪に話題を振る。簪は今まで黙々と食べていた事が恥ずかしいとでも言うように顔を伏せてしまうが、小さい声で返事をした。
「…お、美味しかった」
「うん、これだったらかんちゃんのお世話係はとーやんに決定だね~」
「え?」
簪は何を言っているのか分からない、という顔をしているが、本音の中では決定事項らしく、当たり前の様に統夜と今後の段取りを決めていく。
「えっと、かんちゃんはたまにISの整備室で寝ちゃう事もあるから夜遅かったら整備室に行けば大体いると思うよ?後は──」
「ちょ、ちょっと待って」
「どしたの?かんちゃん」
「本音…あなたは何を言っているの?」
「え~それは~かんちゃんお世話大作戦~」
「それは、紫雲君に……迷惑」
「俺は別にいいけど。でも布仏さん、いくらなんでも簪さんが了承しなきゃだめだと思うけど」
「え~じゃあ、かんちゃんはどう?」
「わ、私は…その……」
そこでどもってしまう簪。しかし統夜の方から助け舟が出た。
「俺の事は気にしないでいいから、自分の思った事を言えばいいと思うよ?」
「……ずるい」
流石にそこまで言われて、さっきのような料理を貰って、無碍に断る事など出来はしない。まさかここまで考えてやっているのだとしたら、へらへらしている様に見えて本音は相当の策士だ。簪がそんな事を考えながら黙っていると、本音がにへら~と笑いながら返事を催促してくる。
「ね、ね~かんちゃん。どうなの?」
「……分かった。これからよろしく、紫雲君」
「ああ、よろしく。簪さん」
「二人とも~そろそろ昼休み終わっちゃうよ~」
その声に従って三人は急いで片付ける。この日から、統夜の学園生活において一つやる事が増えた。