IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第四十話 ~その力、誰がために~

「ここは……」

 

いつの間にか統夜は鉄で作られた部屋にいた。壁一面にはモニターが点滅し、並べられたパソコンはしきりに数字の羅列を映し出している。本来部屋を照らすはずの照明は全て破壊されているため全体的に薄暗く、何処か陰湿なイメージが満ち満ちている。

 

「ここは、あなたの心の出発点」

 

その声と共に、統夜の周囲が燃え上がった。出現した炎の壁は部屋と統夜を照らし出し、明るすぎる程の光を浴びせる。パソコンは焼け爛れ、モニターはひび割れ、四方八方から熱気が体全身に襲いかかってきた。

 

「うっ……」

 

胃の腑から込み上げてくる吐き気を何とか抑えながら嗚咽を漏らす。確かに声の言う通り、統夜はこの景色に見覚えがあった。だがこの風景は二度と見る事の無い物のはずである。いや、見られない物のはずだった。

 

「聞かせてもらいます。あなたの心の叫びを」

 

辺りに響く声の主を見つけようと、視線を周囲に這わせる。機械が焼ける嫌な臭いが鼻を突く中、その声の主は現れた。

 

「俺の、心……?」

 

炎の中から足音を立てて現れたのは、鎧武者だった。感情を気取られないためか、顔には能面の様な仮面を付けている。炎は鎧を照らし、仮面の奥の目が妖しく光っている。武者は腰に下げられている太刀を抜き放ち、片方を統夜に放った。

 

「取ってください」

 

まるで夢遊病者の様な緩慢な動きで、統夜は地面に転がった太刀を取り上げた。ずっしりと手にのしかかる鉄特有の重さが、これは幻影ではないと語りかけてくる。

 

「ハアアッ!!」

 

「なっ!?」

 

統夜の眼前に鈍色の光が迫り来る。統夜は横っ飛びでそれを交わして、素早く体を起こした。周囲の炎が放つ熱気に当てられながら、統夜は喚き散らす。

 

「な、何でいきなり斬りかかってくるんだよ!!」

 

「戦ってみろ、全てはそれからだ」

 

口調をがらりと変えた武者は再度統夜に斬りかかってくる。反射的に太刀を強く握り締めて応戦しようと試みるが、どうしても躊躇いが生まれてしまい、攻撃する事が出来なかった。

 

「くそっ!!」

 

太刀を握ったまま、統夜は武者の攻撃を回避し続ける。勿論全てを回避する事など叶わずに、時間の経過と共に顔や足、腕へと幾つも赤い筋が刻まれていく。何時もならば数秒も経てば消えていく傷も、何故かこの時ばかりは統夜の体に消えない痕として残っていた。業を煮やしたのか、唐突に武者が攻撃を止めて怒号を上げる。

 

「何故、戦わない!!」

 

「お、俺は……もう戦わない。戦いたくないんだ」

 

「……」

 

「俺が戦ったら、また誰かが傷つく。そんなのは、もう──」

 

「甘えるな!!」

 

怒声と共に、速すぎる一撃が統夜に襲いかかる。避けきれない、と悟った統夜は咄嗟に片手を添えて、太刀の腹の部分で武者の攻撃を防いだ。

 

「お前が戦わなければ誰も傷つかない。そんな事、誰が言った!?」

 

「ぐっ……」

 

「降りかかってくる災厄をお前のせいだと誰が言った、誰が決めた!!」

 

二本の太刀が鍔迫り合う事で、互いの間に火花が飛び散る。統夜は武者の斬撃を受け止めるのに精一杯で、自分の口を動かそうとしない。全神経を張り詰めて武者の攻撃を受けなければ死に直結する、そう思わせる程の殺気が目の前で放たれていた。

 

「お前が戦わなくても誰かが傷つく、それはつい先程目の前で嫌というほど実感したはずだ!!」

 

「……分かってる」

 

「何がだ!目の前の事態を見ても何も決めず、何もせず!何がわかっていると言うのだ!!」

 

「分かってるんだよ……そんな事はさぁ!!!」

 

普段の彼からは考えられない、野獣の様な雄叫びを上げて眼前の武者を睨みつける。その双眸は赤く光り輝き、同時に太刀を支えている両腕に人外の力が宿る。

 

「何度も何度も!言われなくったって分かってるんだよ、そんな事!!」

 

腕力に物を言わせて、武者の太刀を一瞬だけ弾き返して隙を作る。体勢を崩したその瞬間、統夜は両膝をバネの様に使って飛び上がり体当たりを繰り出した。

 

「ぐっ!?」

 

もんどりうって武者が地面を転がる。荒い息を繰り返しながら、統夜は太刀の切っ先を下げて、叫び続けた。

 

「だったらどうしろってんだよ、戦えってのか!化物だって罵られて、友達にも怖がられて!!」

 

統夜の口調は、まるで泣いている赤子の様だった。心の中だけで叫んでいた本当の気持ちを、口に出して目の前の武者にぶつけ続ける。太刀を杖代わりにして立ち上がった武者は先程とは打って変わって、統夜の言葉に耳を傾けていた。

 

「ああ楽だろうさ。一夏達に全部話して、全部ぶちまけられたらな!でも怖いんだ、どうしようもなく!!」

 

「……」

 

「簪と楯無さんは受け入れてくれたけど、二人が少数派だってのは分かってる。多くの人は、篠ノ之さんみたいに思ってるに決まってる!!」

 

あの時聞いてしまった、嘘偽りの無い箒の言葉。初めて戦ったあの日、艦船や戦闘機に乗った軍人たちが自分に向けた怯えた目。つい先程千冬に言われた、自分を表す決定的な一言。その全てが、刺となって統夜の心を突き刺していた。

 

「アンタに何が分かるって言うんだ!!あの時、初めてラインバレルになったあの日からずっと悩んでいた俺の気持ちなんて絶対に、誰にも分からない!!」

 

早鐘を打ち続ける心臓を止める様に、右手で胸を掻き毟る。微動だにせず立ち尽くしたまま統夜の言葉を聞いていた武者は、大きく息を吐くと正眼に刃を構えた。

 

「……確かに、私はお前ではない。その意味では、私はお前の気持ちは一生分からない。だが、私はお前をずっと見てきた」

 

「俺を……見てきた?」

 

「ハッ!!」

 

太刀を振りかざして、武者が統夜めがけて吶喊する。今度こそ真正面から受け止めた統夜は、覗き込むようにして仮面の奥の瞳を見る。その瞳は自分と同じく、紅色に輝いていた。しかも、その形には見覚えがあった。だがしかし、それはこの世で自分一人しか持ち得ないものであり、存在するはずの無いものだった。

 

「アンタ、その目……」

 

「……私はこの目でお前を見続けてきた。手足で、耳で、私の全てでお前を感じてきた。あの日、あの場所から……決して抜け出せない茨の道を歩むとお前が決めた、あの瞬間からずっと感じていた。」

 

「っ!!」

 

その言葉の羅列は統夜にとって衝撃的な物だった。その言葉は自分を含めた三人しか知りえないはずである。先程から、自分しか知らない事を淡々と述べる目の前の武者に対し、統夜は驚きを隠せなかった。同時に、目の前の人物が何者なのか。その問の答えが朧げながら、頭の中に浮かび上がってくる。

 

「だから私は理解出来なくとも知っている。共有してきた時の中でお前がどのように悩み、苦しみ、決断してきたかを。そして私は断言する、その全てはお前が戦ってはならないという理由にはならない!」

 

「がっ!!」

 

統夜の太刀を避けるように打ち込んだ武者の蹴撃が、綺麗に決まる。一瞬だけ体が地面から浮き上がった隙を突いて、武者の重い斬撃が統夜を部屋の隅まで弾き飛ばした。

 

「何より私は知っている。お前は目の前で傷つく彼らを見て、黙っているような真似は出来ない」

 

「……ああ、そうだよ」

 

一夏が、楯無が、簪が傷つくのを目の当たりにしたあの時、統夜は半ば無意識の内に走り出していた。その行動の結果、彼らは無事ですんでいる。もしかしたら統夜が動かなくても彼らは無事でいたかもしれない。だが、彼らが無事に済んだのは少なからず統夜が自分の意思で動いたからでもあった。

 

「その思いを、意思を隠す必要はどこにもない。彼らに自分の事をひた隠しにしたいと願うその心も、大切なお前の一部分。しかし、それ以上にお前は彼らを救いたいと願っていた」

 

「俺が願った事……」

 

「ふっ!!」

 

独白を終えて、再び武者が太刀を振り回す。先程より勢いを増した斬撃は銀色の剣筋となり、統夜の太刀と交差する。

 

「その程度かっ!!」

 

武者の鋭い一太刀が、統夜に襲いかかる。統夜は柄を両手で握り締め、真っ向からその剣を受け止めた。烈火の用に激しい斬撃を受け止めながら、統夜はひたすら耐え続けた。

 

「くうっ……」

 

「心に決めた物は何だ!私を初めて使ったあの時の決意は偽物か!!」

 

怒号が周囲に響き渡るたびに、容赦の無い太刀筋が統夜に降りかかる。その全てをギリギリで防いでいる統夜の身に、感情の乗った言葉が染みていく。

 

「何故お前はこの場所で、私を使った!!」

 

武者の一言で、周りの景色が変わった。燃え盛る炎は一瞬で掻き消え、地面は冷たい金属から確かな感触が帰って来る土に変化する。見上げれば青い空が広がり、周囲に広がる無人の観客席が二人を見下ろしていた。

 

「IS、学園……」

 

「お前は自分の事も顧みず、彼女らを助けた!何故だ!!」

 

覇気を放ちながら迫り来る武者の言葉で統夜は正面に向きなおる。大上段に振りかぶられた太刀は、一直線に統夜の頭めがけて振り下ろされた。統夜は太刀を握る両手に更なる力を込めて、真っ向からぶつかりに行く。

 

「思い出せ!余計な感情は要らない。あなたが思ったそれこそ秘められた真実、本当の願い!!」

 

「俺の……願い……」

 

互いの刃が擦れ合い、両者の間に火花が飛び散る。白色の火花に照らされる能面は、怒っているようにも、何処か悲しんでいる様にも見えた。だが本来ならばそれを隠す為の仮面が意味を成さない程、武者の言葉の端々には感情が乗っていた。

 

「もう一度言おう!!私はお前を一番近くで見てきた。力が無い自分を責める無念、力を宿す自分を恐れる苦悩、初めて秘密を明かした決意。それらはあなたの大切な糧であり、嘘偽りではない!!」

 

「俺が、感じてきた思い……」

 

「全てを受け止め、刃に乗せろ!」

 

武者の咆哮と共に、再び風景が変わる。いつの間にか遠くの空で夕陽が輝く、どこまでも続く砂浜の上に二人は立っていた。打ち寄せる波の音と砂を踏みしめる音、そして火花が散る金物の音が二人を包み込む。

 

「見せてみろ!」

 

「ぐはっ!!」

 

腹に蹴りを入れられて、バシャバシャと水を打ちながら波打ち際を転がる。湿った砂浜に片手を突きながら、統夜は再び立ち上がった。視線の先では、武者が太刀を正眼に構えている。

 

「ここで私に見せてみろ!思いを……覚悟を!!」

 

「俺の、気持ちは……」

 

両手で太刀を握って思い起こす。そう言えばこうして武器を手にとっているとき、胸の中には誰かを守りたいという思いが確かにあった。言葉と共に何人もの顔が、統夜の脳裏に溢れ出す。

 

(姉さん……)

 

自分を守ってくれた最愛の姉。苦しかっただろうに、両親を失った自分を引き取って女手一つで育ててくれた。紆余曲折があったにせよ、あのとき力に手を伸ばした事は何一つ後悔していない。

 

(一夏……)

 

高校で初めて出来た友人。普段はぼけた事も言うし、女方面は鈍いにも程がある。だが、右も左も分からなかった入学当初、初めて声をかけてくれた大切な友人だ。彼を守ろうと思ったのは、純粋な自分の気持ちだ。

 

(簪……)

 

初めて自分の正体を明かした女性。姉にも秘密にしていた体の事を明かしても、彼女は全く対応を変えなかった。そんな彼女の時折見せる笑顔に、何度助けられたか分からない。

 

(俺は……)

 

「……決意は固まった様だな」

 

はっと顔を上げると、太刀を構えなおす武者がこちらを見つめていた。どうやらご丁寧に待っていてくれたらしい。統夜も再び太刀を握る手に力を込める。

 

「ああ……それと、アンタの正体もなんとなく分かった気がするよ」

 

「……全てはこの一瞬の為に!」

 

武者が水面を荒立たせながら、統夜に斬りかかってくる。対する統夜も、波を蹴散らしながら、武者めがけて一直線に突っ込んでいった。互いの影が夕闇に溶け、人の形を失っていく。

 

「オオオオオオッ!!」

 

「アアアアアアッ!!」

 

獣の如き咆哮が、夕暮れの砂浜に木霊する。そして閃光と化した二人が交差する。統夜は勢いを殺しきれぬまま、おぼつかない足取りで数歩足を進めた。

 

「これが……あなたの覚悟か」

 

余りの声の近さに統夜が後ろを振り向くと、武者が虚ろな瞳で統夜を見下ろしていた。慌てて太刀を構えなおすが、ふと疑問に思う。

 

「アンタ……武器は?」

 

「あちらに」

 

武者が指差す先には、刀身が真っ二つになった太刀が砂浜に突き刺さっていた。自分のやった事に驚いているのか統夜が茫然とする中、武者はおもむろに膝をついた。

 

「……その決意、しかと見させてもらいました」

 

「俺の、決意……?」

 

「その通り。言の葉だけではありません。心の中に根付いている強い意思、強い思い。その全てを」

 

「……」

 

「試す様な行動、誠に申し訳ありませんでした」

 

「俺は……あんたに認めてもらえたのか?」

 

「はい」

 

「そっか」

 

脱力した手から、音を立てて太刀が滑り落ちる。膝に込めていた力も抜けて、統夜は波打ち際に大の字に倒れ込んだ。

 

「申し訳ありませんが、現世の方が……」

 

「……外はどうなってる?」

 

「依然、織斑様が交戦を続けています」

 

「分かった」

 

統夜は立ち上がる。波打ち際で、一人の武者と、一人の少年が静かに向かい合っていた。

 

「一つ聞いていいか?」

 

「何なりと」

 

「俺は……どこまで行ける?」

 

「……主の望むままに」

 

その言葉と共に、武者の体が発光を始めた。統夜は武者から視線を外して、静かに夕日を見つめる。幻想であるにも関わらずその光は、何処か暖かかった。

 

「俺さ、本当に意気地なしで半端者なんだよ」

 

「……」

 

「簪のヒーローになるなんて豪語しちゃってさ。いざって時はこの有様だろ?自分が嫌になるよ」

 

『……』

 

「でも、そんな俺を簪は肯定してくれた。傍にいるって、一人じゃないって言ってくれた」

 

武者からの返答は全く無かった。統夜は只淡々と、自分の気持ちを夕日にぶつける。思えば初めて力を手にしたあの日あの瞬間、この時が来るのを目の前の存在はずっと待っていたのかもしれない。

 

「こんな俺でもさ……なれるかな?簪を守る、ヒーローってやつに」

 

『……私がその力となりましょう』

 

そこで初めて統夜は顔を横に向けた。そこには人などはいない。あるのは、ただ一振りの刀だけだった。統夜の脳裏に響くように、再び声が流れる。

 

『私が貴方の力となります。世界中全てが敵に回ったとしても、私は貴方の剣であり、盾であり、生涯を全うする最後の瞬間まで、貴方の力となりましょう』

 

「……」

 

その言葉はどこまでも力強かった。抑えきれない喜びが言葉の端々に滲んでいる。

 

『私の存在は貴方の為に。私の力は貴方の為に。道を突き進み、果てるその時まで私は貴方の御側にいます』

 

「……」

 

『どうぞ、御命令を』

 

統夜はゆっくりと刀に手を伸ばした。夕陽を受けて柔らかな光を放ち続けているその刀は、確かな感触を統夜の掌に伝えてくる。掌に受ける感触を実感しながら、持った刀を緩やかに目の前へと構えた。

 

「……俺は、自分の気持ちさえ満足に決められない臆病者だ。そんな俺に、お前を使う資格なんて無いのかもしれない」

 

『……』

 

「だからさ、俺に命令なんて出来ないんだ。出来るのは、ただ願う事だけなんだよ」

 

言葉を切った統夜は刀の切っ先を空に掲げた。古めかしくも無骨な刀は、夕陽を浴びて燦然と煌く。

 

「頼む。俺と一緒に、皆を守ってくれ」

 

『……御意』

 

短い返事と共に、刀が内側から輝き始めた。その光は夕日より美しく、鋼より強く、大気より優しく統夜を包み込んででいく。そして視界が全て白一色に染まった時、統夜は確かに声を聞いた。

 

『我は紫雲 統夜に仕えし鬼。我が名は──』

 

それは今まで何度も自分がそう呼び、何度も自分を助けてくれた力の名前だった。

 

 


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