IS インフィニット・ストラトス ~クロガネを宿し者~   作:Granteed

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第三話 ~ルームメイト~

SHR(ショートホームルーム)は千冬の号令によって終わった。生徒が鞄を持ち、教室から出ていこうとする中、統夜の席に一夏が近づいていく。

 

「さっきはありがとな、統夜」

 

「いや、だからいいって。それよりいいのか、あんな約束して?」

 

「何がだ?」

 

「…お前、分かってるのか?国家代表候補生と戦うんだぞ?素人のお前に勝ち目があると思うのか?」

 

「ああ、それか。多分大丈夫だろ、それに男が一度言った事を覆せるかよ!!」

 

統夜は焚きつけた様な物言いをしたことに責任を感じて心配するが、当の一夏はニコニコと楽観的な発言をする。そんな一夏の言葉に呆れて大きくため息をつく統夜。

 

「はぁ…。一夏って凄い楽天家なんだな」

 

「あ!ちょっと統夜、待てって!!」

 

鞄とボストンバッグを持って教室から出ようとする統夜を追って自分も教室から出ようとする一夏だったが、統夜が教室の扉を開いて廊下に出ると、声がかかる。

 

「紫雲君、ちょっと待ってください!!」

 

「はい?」

 

本日二度目の“君”づけで呼ばれる統夜。声の方向に顔を向けると、そこには小走りで駆けてくる真耶がいた。いきなり廊下で立ち止まった統夜の後ろから、一夏が出てくると同時に真耶が二人の所にたどり着く。

 

「はあ、間に合いました。あ、織斑君もいるんですね。ちょうどいいです」

 

言いながら手にもっている鍵と書類のようなものを二人に手渡す。一夏は何だこれ?と言う顔をしており、それを察したのか真耶が口を開く。

 

「ええと、それは寮の鍵ですね」

 

「?寮の鍵ってなんですか??」

 

「織斑君と紫雲君には今日から寮で生活してもらいます。それはその寮の部屋の鍵ですね」

 

一夏の疑問に答える真耶。しかし一夏にはまだ腑に落ちない事があるらしく、質問を続ける。

 

「あれ、俺の部屋って決まってないんじゃ?確か一週間位は家から通えって前に言われたんですけど」

 

「ええ、その件なんですけど無理矢理部屋割りを変更しました。その、事情が少し複雑なので。それで今日から学園内の寮で生活してもらいます」

 

「え、でも俺荷物とか無いんですけ──「それなら私が持ってきてやったぞ」──千冬姉」

 

タイミング良く教室から出てきた千冬が一閃、出席簿で一夏の頭を引っぱたく。悶絶する一夏に構わず話を続ける。

 

「織斑先生と呼べ、馬鹿者が。まあ生活必需品だけだがな。ありがたく思えよ?」

 

「は、はい。織斑先生……」

 

頭を上げる一夏だが相当痛むようで頭をさすりながら返事をする。説明を続ける真耶。

 

「えーとそれでですね、詳しくはその書類に書いてあるので目を通しておいて下さい」

 

「はい。分かりました」

 

「ええと、以上です。二人とも、真っ直ぐ寮に行ってくださいね?」

 

「わ、分かりました」

 

千冬の一撃からようやく立ち直った一夏が返事をして、千冬と真耶が去っていく。後には部屋の鍵を見つめている統夜と、まだ頭をさすっている一夏が残された。

 

「ああ、痛えなあ。千冬姉も少し手加減してくれてもいいのに、なあ?」

 

「……いや、どう考えてもお前が悪いだろ」

 

「ひでえ!!」

 

同意を求める一夏だったが統夜に一蹴されてしまう。歩きながら会話を続ける二人。

 

「それにしても寮生活か。統夜、お前の家ってどの辺にあるんだ?」

 

「まあ、ここからそんなに離れてないよ。徒歩で二十分位だ……あ、そうだ」

 

何かを思い出したかのように立ち止まる統夜。疑問に思ったのか、一夏がなんの気なしに尋ねる。

 

「統夜、どうした?」

 

「悪い、一夏。ちょっと織斑先生達に確認しておきたい事があったんだ。それじゃ」

 

「ああ、じゃあな」

 

手を振って送り出す一夏。廊下を早足で歩くと、千冬と真耶が揃って廊下を歩いているのを見てその背中に声をかける。

 

「織斑先生、少しいいですか?」

 

「ん?どうした?まさかとは思うが寮の場所が分からない、などとは言い出さんだろうな」

 

冗談を交えつつも足を止める千冬と真耶。統夜にはそれが冗談かどうか判別出来ないので慌てて否定する。

 

「違いますよ。あの、生徒でも使える調理室みたいな所ってありませんか?」

 

「ほう、自炊でもする気か?」

 

「ええ、姉さんが日本勤務だった時にもいつも弁当を作ってたので、もう癖になっちゃっているんですよ。それで何処かいい場所がありますか?」

 

「へえ、紫雲君自炊できるんですか。羨ましいですねぇ、私はいつまでたっても料理の腕が上達しなくて──」

 

「そこまでにしておけ、山田先生。そうだな、寮にある調理室ならば器具一式が使えるだろう。ただし食材は基本持ち込みだが、理由を話せば食堂の方々から譲ってもらえるだろう。分かったか?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「ではな、これから頑張れよ」

 

「さようなら、紫雲君」

 

最後に別れの挨拶を言いながら、二人は再び廊下を歩き出す。綾人も二人に向かってお辞儀をして、気合を入れて廊下を歩きだした。

 

(さて、明日は何を作ろうか。日持ちするのは後日でいいから、やっぱり弁当の中身かな。まずは食堂か)

 

まるで主婦のような事を考えながら寮の自室に向かう統夜であった。

 

 

~寮・統夜の自室~

 

「これは多すぎだろ……」

 

鍵をドアに差し込みながら自分の部屋に入る統夜。その両手には溢れんばかりの食材達がビニール袋の中でひしめき合っていた。

 

(食堂の人たちもいい人達だったんだけどなあ)

 

あの後、統夜が慣れない廊下を歩いてようやく食堂に到着。厨房の奥に声をかけると、あっという間に人がわらわらと集まった。何しろ統夜は世界で二人目のIS男性操縦者なのだ。それは統夜が考えている以上に珍しい物だったらしく、体中を小突き回された上、自炊したい旨を伝えるとこれでもかと言わんばかりの食材を貰った。何でも『男の子なんだからそれぐらい食べれるだろ?』という事らしい。

 

「でもこの量はどう考えてもおかしいって」

 

部屋に冷蔵庫があったのでそこに取り敢えず冷やしておかなければならない肉、野菜をぶち込む。調味料等は部屋の使い方がまだいまいち分からないので、ベッドの隣に袋ごと置いた。

 

「それにしてもここの部屋って……俺だけなのか?」

 

統夜は綺麗な部屋を見渡す。統夜がそう思ったのは部屋の状況を見て生活感が無く、人が生活している痕跡が全く無かったからだ。

 

「まあ俺だけでもいいか、気兼ねしなくていいし」

 

そう言って二つありベッドの片方に身を投げ出す。あっという間に眠気に襲われた統夜は小さな寝息を立てながら学園生活一日目を乗り切った余韻に浸る。

 

 

 

 

 

 

「ん、ううん……」

 

統夜が再び目を覚ましたのは午後七時、夕食時だった。壁に設置された時計を見ながら体を起こす統夜。

 

「何か食べに行くか」

 

流石にいきなり夕食も作る気は統夜にも無かった。ベッドから降りて服を整える。学園指定のジャージを着込みながら、ドアを開けようとした。

 

「え?」

 

「……」

 

ドアノブに手をかけようとした統夜だが、その手はドアノブに触れる事は無かった。何故なら統夜が掴む前にドアが開き、統夜の目の前に水色の髪の毛の少女が現れたのである。

 

「あ、あの、その、き、君は……」

 

身長は160cmくらい、髪の毛は水色で少し癖っ毛であり、メガネをかけた女子生徒がそこにいた。統夜はいきなりの訪問者にしどろもどろになりながら何とか言葉を話そうとするが、当の少女は無言を貫いていた。しかしいきなり体を後方に倒す。

 

「え……えぇ~!?」

 

てっきり統夜は廊下への道を空けてくれるのかと思ったがそうではなかった。何と少女はそのまま目を閉じて後ろに倒れ、気を失ってしまったのである。

 

「ちょ、ちょっと!大丈夫!?」

 

「あれ、紫雲君?どうしたの?」

 

「なになに~?」

 

統夜が介抱するために少女の傍らに膝をつくが、統夜の声が廊下中に響き渡ってしまったらしい。ドアが開いてぞろぞろと女子生徒が出てきた。その内の一人が統夜に声をかける。

 

「あ、いや。この子がいきなり俺の部屋に来て、俺を見たら倒れちゃって」

 

「え?紫雲君、更識さんと同じ部屋なの?」

 

「え?」

 

女子生徒の言葉に虚を突かれた統夜。まさかあの生活感の無い部屋で人が住んでいたとは、統夜が考えている間にも女子生徒は聞いてもいない事をべらべらと喋り続ける。

 

「その子、更識 簪さんって言うんだけど。四組の子でその部屋にいるんだよ?」

 

「え?本当に?」

 

「うん」

 

コクリと首を上下させる女子生徒。取り敢えず教えてくれたお礼を言いながら、簪を介抱するべく抱えて部屋に戻った。統夜が寝ていたのと別のベッドに寝かせると、自分もベッドに腰を下ろして簪を見る。もはや空腹感など何処かに吹き飛んでいた。

 

(ここ、人がいたのか。でもそれにしては生活感が無さすぎる……)

 

統夜が目の前の少女について考えること数分。ベッドに横たわっていた少女がむくりと起き上がる。統夜も刺激を与えないように自己紹介した。

 

「ごめんね、俺は紫雲 統夜。一組の生徒で今日からこの部屋で生活するよう言われたんだけど……」

 

「……知ってる。さっきのは……ちょっと驚いただけ」

 

片言で統夜との会話を終えると、つけていたメガネをかけ直して机のパソコンに向かう簪。もはや統夜など眼中に無い様で極限まで集中してカタカタとキーボードを叩いている。その様子を見て、統夜はもう大丈夫そうだと当たりをつけて簪に迷惑をかけないよう、静かに部屋を出ていった。

 

 

~食堂~

 

(あの子、あんまり喋らないのかな)

 

午後七時半、統夜は食堂で一人夕食を取っていた。まだこの学園で知り合いと言える人間は一夏と箒しかいなかったし、わざわざ呼んで一緒に夕食を取るのも臆劫だった。一人で親子丼と味噌汁をゆっくりと食べていると、ふと統夜の体に影がかかる。

 

「……?」

 

「えへへ~、ねえとーやん。一緒に座ってもいい?」

 

「あ、ああ。いいよ」

 

いつの間にか統夜のすぐ近くまできていたのは、だぼだぼの制服を着た女子生徒だった。統夜を聞き慣れない名称で呼ぶ彼女は、統夜から許可を得ると笑いながら手に持ったトレーと一緒に席に座る。

 

「私、同じクラスの布仏 本音。よろしくね~」

 

袖をひらひらとはためかせながら自己紹介をする本音。統夜も自分と同じクラスだと分かると、途端に緊張が薄れた。

 

「そう、もう聞いたかもしれないけど俺は紫雲 統夜。よろしく」

 

「よろしくね~」

 

「それでさ、さっきの“とーやん”って何?」

 

鰈の煮付けを食べている本音に質問をする統夜だが、本音はあっさりと返した。

 

「とーやんはとーやんのあだ名だよ~。もしかして、嫌だった?」

 

「い、いや。別に」

 

そんな邪気の無い笑顔で言われたら、反論したい物もできなくなってしまう。統夜自身は別段気にするような性格では無かったので、これまたあっさりと了承した。夕食をのんびりと食べていた二人だが、ふと思い出したかのように統夜に話題を振った。

 

「とーやんも大変だねえ、かんちゃんと部屋が一緒なんて」

 

「え?かんちゃんって誰?」

 

「えーっと、とーやんと一緒の部屋のはずだけど、もしかしてまだ会ってない?」

 

「……もしかして更識さんの事?」

 

「そーそー」

 

間延びした声を上げながら肯定の意を示す本音。その話題を受けて統夜も気になった部分をぶつけてみることにした。

 

「なあ、布仏さんって更識さんの事よく知ってる?」

 

「うん、よく知ってるよ~」

 

「じゃあさ、あの子って部屋でちゃんと寝てたりする?」

 

その質問を受けると、本音の様子がいきなり変わる。今までのんびり、のほほんという空気を醸し出していたのだが、それらがなりを潜めてそわそわし始める本音。

 

「え~と、う~んとね。ちょっとその辺りは複雑なんだけどな~」

 

「えーっと、もし事情とかあるのなら良かったらでいいから教えて欲しい。力になれるかもしれないし」

 

「……うん、分かった。ここにいればいつかは知ることになるからね~」

 

そこから本音はゆっくりと喋り始めた。元々簪はISにおける日本の代表候補生であり、IS学園に入学するタイミングで専用機が与えられるはずだった。しかし男のIS操縦者である一夏の登場によって自身の専用機の開発が停止。ならばと自分の手で一からISを作っていて今は碌に寝てもいないらしかった。全てを聞いた統夜はやっと得心がいった、という表情で椅子に体を預ける。

 

「はぁ、そういう事か。だからあの部屋に生活感が無かったんだ」

 

「かんちゃん、たまに疲れてISの整備室で寝ちゃう時もあるんだ。その時は私が頑張って部屋まで運んであげるんだけど。最近じゃあご飯も食べてなくて、私が言ってもあんまし聞いてくれないんだよね~」

 

話しながら味噌汁をずず~と飲む本音。話を全て聞き終わった統夜は難しい顔をしていた。

 

「でもそれってさ、誰かが手伝ってあげられないかな?」

 

「何を?」

 

「その更識さん専用のISの作製」

 

統夜が名案とばかりに提案するが、本音は変わらず難しい顔をしていた。頭をゆらゆらと揺らしながら自分の意見を口にする。

 

「う~ん、それはちょっと難しいかな。かんちゃん、意地でも自分一人で完成させたいって思ってるはずだから」

 

「え?それも何か理由があるの?」

 

「……ごめんね、とーやん。ここから先はちょっと事情が複雑だから言えないんだ」

 

統夜の疑問に対して頭をぺこりと下げてごめんなさい、と謝る本音。慌てて統夜は顔を上げる様に言うと、再び考え始める。

 

「まとめると、IS関連の方は手伝えないけど、身の回りの事は手伝えるって事?」

 

「うん、そゆことだね~」

 

夕食を食べ終わった本音は湯のみに入った緑茶をずず~と啜る。本音の言葉を聞いて何やら考え込む統夜だが、不意に大声で叫ぶ。

 

「そうだ!!」

 

「な、何が?」

 

「俺が身の回りの事だけでも手伝えばいいんじゃないか。更識さんとは同室だし、自慢する訳じゃないけど家事は慣れてるしさ」

 

その言葉を聞いた本音はぽかんと統夜を見ているだけだったが、途中で言葉の意味を正確に理解した様で目を丸く見開きながらゆっくりと口を開く。

 

「……いいの?」

 

「別にいいよ。慣れてるから特に負担とかは感じないし」

 

「ありがと~」

 

統夜の言葉を聞くと、今までの暗い雰囲気が嘘の様に吹き飛び、にんまりと笑う本音。二人は食器を片付けるべく、トレーを持って席を立つ。

 

「ねえとーやん、一つ聞いていいかな?」

 

「ん?何を?」

 

「どーしてとーやんはそういう事しようって思うの?いきなりこういうこと聞いても普通、協力したいなんて言い出さないと思うんだけど」

 

「……そうだね、まずは俺自身に少しお節介が過ぎる所があるから。二つ目は……」

 

そこで統夜が一瞬黙る。本音も待てずに先を促してしまった。

 

「二つ目は?」

 

「…頑張っている人を見ると、応援したくなるんだよ。そこまで事情を聞いたら今更“はいそうですか”で終わらせる事も出来ないしね。ただそれだけ」

 

食器を二人でカウンターに載せながらぽつぽつと漏らす統夜。その答えを聞いて本音が一層笑顔になる。

 

「にへへ~、ありがとうね。とーやん」

 

「い、いいよ別に。それで、明日からどうする?」

 

二人は廊下を歩く内に明日の予定をどんどん決めていく。話し込んでいる最中にいつの間にか統夜の部屋の前についてしまった。

 

「じゃあ、明日はその手はずで」

 

「うん~、よろしくね~。ばいばい」

 

ぶんぶんとだぼだぼの袖を振って別れの挨拶をする本音。統夜も挨拶を返してやると、物凄い勢いで廊下をダッシュしてすぐにその姿が見えなくなってしまった。

 

(さてと……、明日のために色々準備しなきゃな)

 

そう考えながら統夜もドアノブに手をかけて自分の部屋に入る。ぱたんと静かな音を立てて扉が閉まり、廊下は静寂に包まれた。

 


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